時々の事ハ外よりも御聞被遊候べし。然ニ先月(閏五月)(初五月ナリシ)
長国下の関と申所ニ参り滞留致し候節、蔵に久しくあハぬ故たずね候所、(それ)ハ三日路も外遠き所に居候より其まゝニおき候所、ふと蔵ハ外の用事ニて私しのやどへまいり、たがいに手(を)うち候て、天なる哉/\、きみよふ(奇妙)/\と笑申(ひ)候。このごろハ蔵一向病(気)もなく、はなはだたしや(達者)なる事なり。中ニもかんしんなる事ハ、いつかふ(一向)うちのことをたずねず、(終)だん(談)じ候所ハ、唯天下国家の事のみ。実に盛と云べし。
夫よりたがいにさき/″\の事ちかい候て、是より、もふつまららぬ(ママ)戦ハをこすまい、つまらぬ事にて死ま(ぬ)いと、たがいニかたくやくそく致し候。
おしてお国より出し人ニ、戦ニて命を(お)とし候者の数ハ、前後八十名(ばかり)ニて、蔵ハ八九度も戦場に弾丸矢石ををかし候得ども、手きずこれなく此ころ蔵がじまん致し候ニハ、戦にのぞみ敵合三四十間ニなり、両方より大砲小銃打発候得バ、自分もちてをる筒や、左右大砲の車などへ、飛来りて(あた)(たま)のおとバチ/\、其時大ていの人ハ敵ニつゝの火が見ゆると、地にひれふし候。蔵ハ論じて是ほどの近ニて地へふしても、(たま)飛行事(とびゆくこと)ハ早きものゆへ、むへき(無益)なりとてよくしんぼふ(辛抱)致し、つきた(突き立)ちてよくさしづ致し、蔵がじまんニて候。いつたい蔵ハふだんニハ、やかましくにくまれ口チ(ばかり)いゝてにくまれ候へども、いくさになると人がよくなりたるよふ、皆がかわいがるよしニて、大笑致し候事ニて候。申上る事ハ千万なれバ、先ハこれまで、早々。かしこ。
九月九日
池 さま
杉 さま
※(二の字点、1-2-22)、もちのおばゞハいかゞや、おくばんバさんなどいかゞや、平のおなんハいかゞや。其内のぼたもちハいかゞや。
あれハ、孫三郎、孫二郎お養子ニす(ママ)はずなりしが、是もとがめにかゝりし、いかゞにや時々ハ思ひ出し候。
○あのまど(ママ)ころの島与が二男並馬ハ、戦場ニて人を切る事、実ニ高名なりしが、故ありて先日賊にかこまれ(其かず二百斗なりしよし。)はらきりて死たり。
〈ここより裏面〉
このころ時々京ニ出おり候ものゆへ、おくにへたよりよろしきなり。然バお内の事、ずいぶんこいしく候あいだ、皆々様おんふみつかわされたく候。蔵にも下され度候。
私にハあいかわらず、つまらん事斗御もふし被成候に、おゝきに私方もたのしみニなり申候。
あのかわのゝむすめハ、このころハいかゞニなり候や、あれがよみ出したる月の歌、諸国の人が知りており候、かしこ。

お国の事お思へバ、扨今日ハ節句とてもめんののりかいきもの(木綿の着物に糊をきかした)などごそ/\と、女ハおしろいあぎ(顎)のかまほねより先キに斗、ちよふどかいつり(粥釣)の面の如くおかしく候や。せんも京ニてハぎおん新地と申ところにまいり候。
夫ハかのげいしやなどハ、西町のねへさんたちとハかわり候。思ふニ、然レ共あの門田宇平がむすめ下本かるもが、さかり三林亡サンリンボヲなど(ママ)などお出し候時ハ、そのよふニおどりハ致すまじく、たあ(ママ)ほふの(酔)ふたばかりかわり候べし。
○時に広瀬のばんばさんハ、もふ(死)にハすまいかと存候。
○わたしがお国の人をきづかうハ、私しのうバ(乳母)の事ニて時々人にいゝ、このごろハ又うバがでたとわらハれ候。
御目にあたり候得バ、御かわいがりねんじいり候。
○世の中も人の心もさわいだり、みだれたり致候得バ、かへりてしづまり候て、治世のよふなり候。なりかへりて一絃琴などおんはじめ、いかゞ。かしこ。
○文おんこしなれバ、乙女におんたのみぢき(直)とどき申候。このころハよきたよりにでき候。蔵にもかならず御こし、かしこ。
池 さま
各女中衆
龍より
杉 さま

底本:「龍馬の手紙」宮地佐一郎、講談社学術文庫、講談社
   2003(平成15)年12月10日第1刷発行
   2008(平成20)年9月19日第7刷発行
※底本手紙の写真のキャプションに、(個人蔵)とあります。
※丸括弧付きの語句は、底本編集時に付け加えられたものです。
※直筆の手紙の折り返しに合わせた改行は、省いて入力しました。
入力:Yanajin33
校正:Hanren
2010年7月24日作成
2011年6月17日修正
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