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 紀元前二百五年、始皇帝の秦は二世に滅びて、天下は再び曇り勝となつた。四隣には密雲が重く垂れ、稲妻に羅星の閃く戦国の夜は、いつになつて明けるやら、見定めもつかなかつたが、忽として頭をもたげた項羽の一睨によつて、西楚の曙は闇の帷を切り落されたのである。旌旗の翻る処、彼の行動は天馬空を征くの趣があつた。子嬰を殺し義帝を追ひ、咸陽を屠つてそれでも飽き足らず、阿房宮も焼いた、始皇帝の墓もあばいた。さうして自ら立つて彭城の春をほしいままにした。
 ある日の事であつた。項羽は無聊に堪へ兼ねて高殿の勾欄おばしまから、無辺に霞む遠近おちこちの景色を眺めて居た。あたゝかい小春日の日光に、窓下の梧桐きりの葉末までが麗はしく輝いて見えた。
「日は限りなく輝いて空には一点の曇りさへ見へぬ。彭城千里は野辺の草まで朕に従つた。朕の威力の及ぶところは、一縷の煙さへ逆はぬ。」
 項羽は侍臣を顧みて哄笑した。
「仰せの通りに御坐りまする。陛下の稜威みゐづは四海の果迄輝いて居りまする。」侍臣はかう奉答して恭しく一揖した。

 すると今まで黙つて居た重臣の范増が、
「陛下!」と呼びかけて、
「恐れながら陛下には勇にのみ走つて仁を施すことをお忘れになつては居りませぬか。」
「何といふ?」
 項羽は屹となつて、
「既にかくまで屈服して居る者に仁を施す要はないではないか?」
 范増はこゝぞと一膝乗り出して、
「力で圧へられてゐる者は力が弛めば必ずはね返します。僅の間隙すきまでも生ずれば――そこに彼等は自由を望んで反旗を翻すことは火を見るよりも明かなことではありませんか。麒麟も老ゆれば駑馬に劣るといふ譬のあることをお忘れなさいますな。達すれば又法ありで御坐います。勇は一時のもの、仁は永久のものです。仁を以つて従つた民こそ真の味方です。例令たとひ力が消え失せた時でも仁慈の徳は永劫に輝いて居ります。」
 項羽は豁然として覚つた。
「范増よ、善う言ふた。朕は幼時からいつも叔父の梁に諫められた。そちの申す通り朕はその時分から乱暴であつた。書を学んだが成らず、書は姓名を記するに足ると退けてしまつた。剣は一人の敵なりと軽んじて剣道さへも顧みなかつた。梁もあきれてそれ以上、何事も云はなかつた。」
「陛下よ。臣は陛下御自身のためのみならず、楚の未来をも憂慮して居る者で御坐います。どこまでもお諫め申さずには置きません。」
「ようわかつた。が、もう少し朕の言ふ事を聞いて呉れ。」
 項羽は更に言葉を改めて熱心に范増を瞶めた、その眉間には珍らしくも沈静な悲痛な色が浮んで居た。
「范増よ。朕は即ち勇と力とだけが並外れて強かつたが為めに、覇権を握ることが出来たではないか。朕の五体には猛々しい血潮のみが充満してゐる、その他のものを容れる間隙は許されないのだ。」
「戦を鎮める迄はそれだけで結構ですが、然しそれは王者の正道ではありません。」
「解つた。よく解つて居る――解つて居ればこそ嘆きがあるのだ。朕が若し仁者になれば、朕の生命は滅びるのだ。朕は二つのものを兼備する程の胸を持つて居ないのだ。兎に角今迄で勢一杯なのだ。一度、力即ち暴力を弛めれば、田栄の斉王、陳余の代王が反したではないか。これを北に攻むれば虚に乗じて劉邦が直ちに頭を擡げやうとする……朕は苦しまぎれに暴政を用ひ、酒池の快楽けらくに耽けつてゐるのだ。」
「陛下は英雄の意味を御存じで御坐いますか。」
「知つて居る。朕は決して英雄ではない。君主として資格のない事も知つて居る。――辛うじて目の前のみを圧へてゐるのだ。楚の未来も勿論慮つては居る。――然し朕にはどうすることも出来ないのだ。」
 項羽は両のまぶたを伏せて、沈黙の底に沈んだ。
「それ程迄お考へのことゝは存じませんでした。私の申上げた事は定めし御不快に思召したで御坐いませう。――お許しを願ひまする。」
「なんでそちの忠言を悪く取らうぞ。朕は来るべき楚の運命も予め想つてゐる。仕方がない。……范増よ――もう何も思ふまい。朕のやうな無学無謀な輩が一日でも覇者の位を汚し得たことだけでも身に余る事だ。……嗚呼、世は泡沫夢幻だ――」
「――陛下、私は私の最後の血潮が陛下の足下に枯るゝまで、陛下と私の影まで数へて四つになる時まで、私の命はお預け申して置きます。」
「……范増、過分に思ふぞよ……」
 項羽の睫毛には銀のやうな涙が宿つて居た。茫増も思はず男泣きに泣いた。
 日は西に傾いた。夕陽は血の如く真赤に項羽の顔を照らした。風もないのに梧桐の一葉はハラリと地に落ちた。
「ハツ/\/\」項羽は何と思つたか突然呵々と打ち笑つた。其の顔には狂者のやうな表情が漂つてゐた。その笑ひが消えると、急に怖ろしい顔になつて、爛々たる眼であらぬ天の一角をいつまでも凝視した。
 その後、項羽の暴政は益々烈しくなつたが、范増はそれ以来唯々諾々として一言も王を諫める事をしなかつた。

 終に最後の運命が来た。かくあるべき日を待ち構へて居た劉邦は、直ちに兵を挙げた。楚の民草は靡然として其の徳風になびいた。四面の楚歌は項羽の陣中にまで及んだ。
 彭城を追はれた項羽が遼河の岸にたどり着いた時には、愛馬の騅と范増とがとぼとぼと影を踏みながら歩いて来るより外、風すら追うて来なかつた。項羽のさしもに美しかつた綾羅も、ぼろぼろに千切れて汗と埃とに染まつて居た。――一人の王と一人の臣は一匹の愛馬と同じやうに黙つて歩いて居た。

底本:「牧野信一全集第一巻」筑摩書房
   2002(平成14)年8月20日初版第1刷
底本の親本:「少年 第一九三号(平和記念号 九月号)」時事新報社
   1919(大正8)年8月8日発行
初出:「少年 第一九三号(平和記念号 九月号)」時事新報社
   1919(大正8)年8月8日発行
入力:宮元淳一
校正:門田裕志
2011年5月6日作成
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