空は美しく澄みわたつてゐて、青い西洋皿をさかさにしたやうに山と山との間にかゝつてゐました。
 少年は山の中腹の芝の上に寢ころんで空の色に見入つてゐました。この山には煉瓦工場があります。煉瓦工場からは石炭の燃え滓を少年のすぐ近くの傾斜面へトロツコで運んでくるのです。傾斜面は石炭の滓が小さい山が出來てゐました。
 少年は、燃え滓の中から、まだすつかり燃えきつてゐない石炭を探して出してメリケン袋に入れるのです。そして、それはいくらかで町に賣られるのです。
 少年は、芝の上に寢ころびながらトロツコの響を待つてゐるのです。すぐ足もとのくさむらから小鳥が飛んで出て、チキチキと、かん高い聲をたてて、少年の後の山のあちらの空へ入つてゆきました。
 町が一目に見下ろされました。町の家並の間を、くゞりぬけて來た汽車が、今少年の眞下の山のすそを廻るところでした。
「おや」
 少年の眼には貨車の窓から出てゐる大きな石のやうな頭と、その頭からぶらぶら動いてゐる太い綱のやうな鼻が――
「象だっ」
 象の首がのぞいてゐる貨車の次の貨車は天井がなくて、高射砲のやうに何だか上にのびてゐて、ゆらりと動いてゐます。
「あっキリンだ」
 少年は、ぢつと眼を据ゑて次の貨車を見ました。鐵の柵がとりつけてあります。
「虎かな。ライオンかも知れない」
「馬だ。縞馬つてやつだな」
 少年の眼は次の貨車に、次の貨車にとあはたゞしく移つてゆきました。
 黒い貨車が二つ續いてゐました。汽車はもう山のすその林のかげに半分入つてしまひました。そして最後の貨車は客車になつてゐて窓からは白いカーテンと白いテーブルが見えデツキでは緑色のタイルの洗面臺で洋服をきた男が顏を洗つてゐました。
 汽車が吸ひ込まれるやうに林のかげに見えなくなると少年の眼には白い煙が殘つてゐるだけでした。こだまが谺を生んで空に消えてゆきました。
 少年にはいつか雜誌で見たドイツのハーゲンベツグ曲馬團の[#「ハーゲンベツグ曲馬團の」は底本では「ハーゲンベツグ曲馬圍の」]ことが思ひ出されたのでありました。

底本:「日光浴室 櫻間中庸遺稿集」ボン書店
   1936(昭和11)年7月28日発行
入力:Y.S.
校正:富田倫生
2011年9月27日作成
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