おかあさんになつた小鳥ことりうへなかたまごをあたためてをりました。するとまた今日けふ牝牛めうしがそのしたへやつてました。
小鳥ことりさん、今日こんにちは。」と牝牛めうしがいひました。
「まだたまごかへりませんか。」
「まだかへりません。」と小鳥ことりこたへていひました。
「あなたのあかちやんはまだですか。」
「だん/\おなかなかおほきくなつてまゐります。もう十日とをかもしたらうまれませう。」と牝牛めうしはいひました。
 それから小鳥ことり牝牛めうしはいつものやうにまだうまれてゐない自分じぶんたちのあかばうのことで、自慢じまんをしあひました。
牝牛めうしさん、いてください。わたし可愛かはいいばうたちはね。きつとうつくしい瑠璃色るりいろをしてゐて、薔薇ばらはなみたいによいにほひがしますよ。そしてすゞをふるやうなよいこゑでちる/\とうたひますよ。」
わたしばうやはね、ひづめが二つにれてゐて、毛色けいろはぶちでつぽもちやんとついてゐて、わたしぶときは、もう/\つて可愛かあいこゑびますよ。」
「あら可笑をかしい。」と小鳥ことりわらひをおさへていひました。
「もう/\が可愛かあいこゑですつて。それにつぽなんか餘計よけいなものよ。」
なに仰有おつしやるのですか。」と牝牛めうしけずにいひました。
つぽが餘計よけいなものなら、くちばしなんかも餘計よけいなものよ。」
 こんなふうはなしをしてゐたら、おしまひには喧嘩けんくわになつてしまひませう。ところが喧嘩けんくわにならないまへに、一ぴきかへるみづなかからぴよんとしてました。
なにをそんなに一生いつしやうけんめいにはなしていらつしやるのですか。」と緑色みどりいろかへるきました。そして、牝牛めうし小鳥ことりからそのわけをくと、かへるをまんまるくして、
「それは大變たいへんよ。」といひました。なに大變たいへんなのか牝牛めうし小鳥ことり心配しんぱいさうにきくと、かへるはいひました。
「あなたがたあかちやんがもうぢきうまれるといふのに、子守歌こもりうたならひもしないで、そんな暢氣のんきなことをつていらつしやる。」
 牝牛めうし小鳥ことりは、どうしてこんなにうつかりしてゐたのでせう。早速さつそく子守歌こもりうたならはなければなりません。ところでだれならつたものでせう。
「ぢやあ、わたしをしへてあげます。」とかへるがいひました。牝牛めうし小鳥ことり大變たいへんよろこんで、かへる子守歌こもりうたをしへてもらひました。
 けれども、こんなにむづかしい子守歌こもりうたはありません。とてもむづかしくて牝牛めうし小鳥ことりはちつともおぼえられませんでした。それはかういふ子守歌こもりうたでした。
げつ げつ げつ
げろ げろ げつ
ぎやろ ぎやろ
げろ げろ
ぎやろ げろ げつ
 牝牛めうし小鳥ことりは、一生いつしやうけんめいにならひましたが、それでもおぼえられないのでおしまひにはいやになつてしまひました。けれどかへるが、「子守歌こもりうたらないでどうしてあかばうそだてられませう。」といひますので、また元氣げんきして、「げつ げつ げつ」とならふのでした。そしてそれは夕方ゆふがたかぜすゞしくなるころまでつづきました。

底本:「校定 新美南吉全集第三巻」大日本図書
   1980(昭和55)年7月31日初版第1刷発行
   1992(平成4)年2月25日第4刷発行
初出:「幼稚園と家庭 毎日のお話」育英書院
   1936(昭和11)年11月15日
※「可愛(かは)いい」と「可愛(かあい)い」の混在は底本の通りです。
入力:Juki
校正:富田倫生
2012年5月24日作成
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