それとなき夢の白き巣立をねがふ時、
爪しろがねに指細きふたりの姉は
たをやかに寢臺近く歩みよる。
青天の光、咲き亂れたる花に注ぐ
明け放ちたる窓のそばに幼兒を抱き行きて
露ふりかゝるその髮の毛のなかに
美しく、恐ろしく又心迷はする指は動きぬ。
ふたりの息のこわごわに出入るをきけば
花の如く、草木の如きかをりして、
又折節は喘ぐ聲。口に出づるを
嚥み込みし片唾の音か、接吻の熱き願か。
香よき寂寞のなか、二人の黒き睫は繁叩き
えれきの通ふ細指はうつらうつらと、
貴なる爪の下にこそぷつと虱をつぶしけれ。
時しもあれや、徒然の醉は稚き心に浮び、
狂ほしきハルモニカの吐息の如く
姉が靜かになづさはる其愛撫に小休なく
湧き出でゝまた消えはつるせつなき思。
底本:「上田敏全訳詩集」岩波文庫、岩波書店
1962(昭和37)年12月16日第1刷発行
2010(平成22)年4月21日第38刷改版発行
初出:「女子文壇 五ノ六」
1909(明治42)年5月1日
入力:川山隆
校正:岡村和彦
2012年11月3日作成
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