初めに断わっておくが、私はごく最近社会大衆党に這入った一党員である。その限り一応党是に服し党の指導方針を尊重すべきであるのは、常識である。と共に党内に於ける党批判の自由は、そのデモクラシーの建前によって、又私の権利である。だが今私は党内に於ける批判をやるのではない。本誌は党と無関係であるから、ここで述べることは党内的な意見ではない。
 併し社会大衆党は、大衆の政党である。云って見れば、一切の日本国民が之に参加出来る筈のものであり、形式的にはそういう可能性を排除出来ない理屈だ。従ってその党員は、特別に党内の特定部署を代表する者でない限り、常に一介の市民としての平均的な資格を、党内外に於て保持し得るものであることを、私は信じる。一介の党員である私が、党外に立って、即ち本誌に於て、一市民としての見解を述べることに、意義のある所以だ。
 社大党は「ファッショ化」したと往々云われている。併しそれは何を指すのであるか、又何を意味するのであるか。思うに、社会大衆党が一般民衆の政治的に覚醒した部分から多大の期待を持たれているという事情に鑑みると、それの所謂「ファッショ化」という特色づけは、或いはこの期待に対する裏切りの的確な指摘の心算であり、或いは少なくともファッショという合言葉によってこの裏切りを象徴せしめようという心算であろう。いずれにしても社大党に対する不満の声であることは勿論である。政治的に覚醒した民衆の意識的な支持を以て最後の生命としている社大党にとっては、この「ファッショ化」という合言葉(或いは寧ろ出来合いの便宜的用語)によって示される不満は、その言葉の正否に関係なく、重大問題でなくてはならぬ。現に私も亦、社大党の綱要の大きな一つである「ファシズム反対」の建前の故に、この党を支持する決心をしたのである。
 社大党ファッショ化の証拠として挙げられているものは、之を外部から見る限り麻生書記長の言論の処々に散見して何となくその雰囲気を感じさせる民族主義風の定石に近いものや、議会に於ける膨大な軍事予算への積極的な協賛や、又亀井貫一郎氏の所謂「全体主義的」議会演説や、最後に最近の(第三回)中央委員会に於ける「革新政策」の大綱決定や、それ等一切のものに付いて見られる時局追随的な態度と軍部や政府への媚態や、これと関係あるらしく見える政府の各種委員会への欣然たる参加や、等々であろう。かつて近衛首相が各大政党の領袖を招いた挙国一致政策の支持を求めた際、安倍党首が唯々諾々として引き下ったということも、少なからずファッショ化の名を高からしめたようだ。つまり、社大党が時局に際して節を屈したという弱腰がすでにそのファッショ化であり、更にそれが居直ってその革新的積極政策に乗り出そうというのが又、そのファッショ化である、というのである。
 私も亦、この不満とかけ離れた心境にあるとは云うことが出来ない。不満に理由のあること、尤もなことは、深く知っている。だがそうだからと云って、凡そ右に述べたような論拠だけから、この不満が正当なものだと結論することには反対せざるを得ない。第一そのような所謂「ファッショ化」の指摘は、その言葉が出来合いの合い言葉であると同様に、実は案外単純な現象的な見方に立っているのであり、単に外部的なやや無責任な処から来る皮相な印象に他ならないかも知れないからである。こうした「ファッショ化」の現象(それはとに角表面上疑い得ない現象なのだ)が、果して同時に社大党そのものの本質的な「ファッショ化」を意味し得るのかどうか、そういうことを約束しているのかどうか、それは社大党の現下の社会情勢下に於ける客観的な存在理由そのものを、根柢的に検討してかかった上でなければ、判断を下し得ないことだ。
 尤も本質の変化を診断するには、まず以て現象として現われる徴候によるのでなければならない。だからこの徴候は、社大党の反ファシズム活動を期待するものにとっては、決して喜ぶべき性質のものでないことは云うまでもない。だがこの喜ぶべからざる徴候は、社大党の現下に於ける客観的存在意義、そういう意味での社大党の本質そのものの、喜ぶべからざる変質から発生した、とばかり決めてかかることは、やや思い切りの良すぎるペシミズムだろう。現下の時局に於て与えられた与件が、元来の社大党の同一本質から、この喜ぶべからざる徴候を発せしめたのだと見る方が、或いはもっと自然であるかも知れない。だが、この時局的与件の下に於ても依然として従来通りの態度を表明しつづけることこそ社大党の本質に忠実な所以ではないかと云うなら、その社大党の本質なるものが今日客観的に抑々何を意味するかを、いささか述べなくてはならぬ。
 私はさきに、社会大衆党入党の動機を説明して、夫が反ファシズム綱領をかかげているからと云った。だが反ファシズム綱領を掲げる政党は決して社会大衆党だけではない。日本無産党もそうだ。そうだというだけでなく、寧ろこの方がもっと尖鋭な反ファッショ的気概を現に今でも有っているだろう。だからその前身である農労無産協議会という労働組合を私は政治的な形で支持したのである。後に之が政党に変質することによって社大党との対立を招くことを恐れて支持を止めたのであるが、その運動の形態はとに角として、その観念上の方針については賛意を表するに吝かではない。だがそれにも拘らずなぜ私が社大党支持に決心したかというと、要するに之が無産勤労大衆の政治的要求を最大公約数的に代表し得る唯一の政党だと信じたからだ。日本の大衆が支配者の各種の政策にも拘らず根本に於て民主主義への要望を身から離さず、それが反ファシズムの情意ともなって現われるのだが、之を大量的に即ち大衆的に、そして最も実際的に代表する唯一の政治活動形態は、この政党を通じてでしかない、と考えたからだ。でつまり、私の社大党入党の最後の根拠は、それの持つ大衆的地盤(それは現実に形をもった目に見える地盤であることを必要とする)にある。質よりもまず量を、ということも、その際重大な問題なのである。まず民衆の大衆的獲得である、そうすれば日本のその民衆は、おのずから反ファシズム的力を産み出すだろうというのだ。私はイデオロギーやスローガンよりも、現実の地盤と、その地盤の政治的な含有肥料とを問題にするのである。
 私の入党理由の説明などはどうでもいい。私はこの問題に関して実際的には何等の大した意味を有っている人物ではない。だが今云いたいことは、一人の市民である私を動機づけて入党させた、社大党の持っているこの客観的な存在意義についてである。社大党は何よりも先に、民衆自身の手による最も大衆的な組織を意味する。仮に社大党自身がその幹部のあるものかが、そういう意味づけはこの際危険だから御免蒙る(人民戦線などとにらまれてはつまらぬ)と考えた処で、そういう主観的「ファッショ化」(?)の如何に拘らず、こういう大衆の大量的組織者の意義を、客観条件によって客観的に押しつけられている、だから又、そういうものを意味せざるを得ないのでもある。
 して見るとそのイデオロギーを尖鋭化するだけのエネルギーがあるなら、寧ろ之を民衆のより大衆的な結合に使う方が、この客観的存在意義によりよく応える所以となる。とに角、何はさておいても民衆を結びつけねばならぬ。その結びつきを妨害しない限りそのイデオロギーには屈伸性を与えねばならぬ。もし現在の社大党のイデオロギー現象が、すでにこの民衆結合の妨害になるほど「ファッショ化」したと云うなら、その「ファッショ化」を社大党に向かって(と云うのは民衆を前にしてだ)非難することは、益々結合の妨害を助長することでしかない。実際的な大衆的批判は、寧ろ社大党の民衆の結合点としての意義をまず第一に強調することでなくてはならぬ。そうした上で初めてその所謂「ファッショ化」の現象の根本的検討に向かわねばならぬ。
 処でその所謂ファッショ化現象であるが、その可なりの部分が、実は却って社大党の大衆結合の方針を実際化するに際しての、やむを得ない結論であるということに、注目しなければならない。私は決して所謂「ファッショ化」の凡ての内容が真に大衆政治的な正道から出ているなどとは云わない。その相当の部分が、例えば幹部の政治的抱負の小ささや人間的自信の低さや、機会主義的打算から、発していないとは云わない。大衆結合という大衆政治の正道でさえ、単なる選挙地盤の拡大のことや、大衆の「利用」のことと考えている者もいなくはないだろう。だがそれは後にして、今とに角民衆を結成するためになし得るこの政党の方針はどういうものでなければならぬか。日本の民衆は官憲的な圧力を最も無条件にうけねばならぬ処の民衆だ。そこには絶対的な力が臨むのである。之は今日の民衆の実際勢力を計算してみて、誰でも認めないわけには行かぬ力関係だ。かかる民衆をなおかつ自主的に、民主的に、結合結成するには、どういう実際方針が取られねばならぬか。
 民衆の既成常識や卑俗常識に媚びるという手もあるだろう。だがそんなことが大衆政治の正道であり得ないことは、言を俟たぬ。単にインチキだとか下等だとかいうのではない。そういうやり方では民衆の自主的政治活動など、決して結果として望むことが出来ない、要するに目的に応ったような形に民衆を結合することは出来ないと云うのだ。元来日本の民衆の卑俗な常識は、デモクラシーの未発達のために、長いものには巻かれろ主義なのだから、そういう原則の下に結合したものは、何等の自主的民主的な政治主体にもなれない筈だ。
 民衆の既成常識や卑俗常識に媚びることによって、ひそかに之を或る目的地に持って行くという手もある。民衆をだます手である。だが之は勿論民衆の自主的政治へ行くものではあり得ない。何等民主的なものではないのは当然だ。――だがもし社大党の政治的方針が日本の民衆の世界史的発達の中に根を生やしたものであるなら、そんな色々の手を使う必要はない筈で、民衆は云わばおのずから結成されて行くに相違ない。社大党が何等か単にみずからの存在理由をハッキリと標榜すれば、それだけで大衆はおのずから結成される底の資格がある筈だ。実際にそんな理想的な力量が今日の社大党にないことは、云うまでもないが、併し社会大衆党と日本の無産勤労大衆とを隔てたり両者の接近を妨げたりするものは、社大党自身の何等かの欠陥のある特徴ではなくて、根本的には全く、日本に於ける反民衆的な勢力そのものだということを、忘れてはなるまい。この反民衆的な勢力は、民衆の自意結合を好まないが故に、之を多少とも実力ある大衆政党の手に渡すことを好まず、従って、却ってみずからこの民衆の一種の結合、云わば非民衆的な結合を企てざるを得ない。而もこの勢力の大きさと強さとは、ごく物理的に考えて、到底社大党やその他当分想像出来る日本の大衆政党の力の比ではないから、民衆牽引力は明らかにこの勢力の勝だ。之が現下の日本の実情である。こういう実情の下に、なおかつ民衆を自主的に結合させねばならぬ社大党の政策は、どうしなければならないか。
 ボヤボヤしていると民衆は攫われて行くのである。一旦攫われたら当分帰って来る望は、まずない。かの勢力の強力な牽引力に打ち勝つことの出来ない民衆をして、その牽引力の一応の支配下にも拘らずなおかつ自主的な結合のプログラムを進め得させるために、社大党は一定のお膳立てをしなければならぬだろう。そうでなければ、民衆は、心ならずも、大衆政党を断念しなければならなくなる。だから重ねて云うと、今日唯一の可能な実際方針は、一面に於て民衆牽引勢力によって牽引される民衆に足場を提供することであり、他面に於て、この足場そのものから民衆結合のプログラムを打ち立てることだ。之を悪意に解釈すれば、一面追随他面対抗という「擬装」だと批評することが出来るが、併しこの擬装が現代に於て大きな真実を持っていることを認めない民衆は、ないだろう。「社大党ファッショ化」の現象は、この根本的なそして客観的な存在意義に基いて、発生する諸徴候だったのである。その真実性のあるものと愚劣極まるものとを含めて。
 愚劣な徴候に数えていいものは、恐らく亀井貫一郎氏の全体主義的議会演説の類であるかも知れない。但し今私は議事録を見ていないから確定的なことは云えないが、社大党内部で之が問題になってその結果が議事録訂正となり、それが又議会での問題になったというのが或る程度嘘でないなら、この演説は恐らく脱線物であったと推測してよかろう。それが党内で問題になったとすれば、それは党内の二派対立や何かを意味するよりも、党の政策がみずから産んだ弊害を訂正したことを意味する筈である。書記長麻生久氏の所説(例えば『社会大衆新聞』十月三十一日付に於ける「政治情勢報告」の如き)もまた、処々愚劣な色彩を有たぬでもない。特に無産勤労階級の利害と民族国民の問題との間の、有機的な必然関係がボヤかされている点など、ファッショ的定石からの借り物の感があって、甚だ感心出来ない。その他こういう色々の愚劣さはこうした実際的な動きにはつきものだろう。之を目して「ファッショ化」と呼ぶなら、それは大変痛快な批評であると同時に、又大して本質的な問題に食い入るものではないだろう。まして之と同じ筆法を以て、社大党の所謂「ファッショ化」の全体の現象を一概に批評し去ることは出来ない。
 社大政策の本質は、勿論みずから称する処の「革新政策」なるものにあるのである。革新政策なる言葉は軍部や或いは民間日本ファシスト団体からの借り物だが、その内容になると、大変複雑であることを免れない。或いは動揺し或いは茫漠としている。だが実際にどういう「革新」政策を取るかを見ねばならぬ。例えば前に述べた第三回中央委員会に提出された「戦時革新政策大綱」なるものは現下の戦時革新政策の基調として戦時体制の堅実化、国民経済の計画化、挙国一致の積極化、を挙げている。どれも支配当局が書き取らせた言葉によって出来上っているが、それに対する独自の(多分民衆の利害をなるべく代表すべき)解釈に立脚しようという心掛けが全くないとは云えない。
「戦時体制の堅実化」(厚生政策)とは、物価騰貴の抑制や、労働生産性の向上、農業生産性の向上、中小商工業の調整、税制改革(国民所得の調整)、科学的文化的水準の向上(義務教育年限延長其の他)、社会保険制度の拡充、を含んでいる。「国民経済の計画化」(日満北支一体)は、基礎産業の国営、輸入国営、輸出奨励、為替管理、軍需工業国営、中央銀行及び保険国営、工業商業農業各金融の調整、運輸産業の総合的改革、配給統制(専売制度の拡充)、政治機構の能率的改革、総合的国力発展計画、を含む。「挙国一致の積極化」(内外革新への国民協力)は、精神動員運動、新生活運動、産業協力運動、不当利潤制限、軍事扶助の徹底、独善主義打破、人材登庸徹底、建設的言論の尊重、を含んでいる。
 之はプログラムである。実際に実施しているものでない。又実行出来るかどうかも保証の限りではない。併しプログラムによって一応の政治的実質を診断することは世間の習慣だから、これを社大党本質の一表現と見ていいだろう。処で之は一見して明らかに玉石混淆であり、又之を平均して考えて見ると、大体社会ファシスト的色彩を持っている。だがこの最後の点は、まだ必ずしも日本型ファシズムの典型的なものを示すということは出来ない。そういうイデオロギーは必ずしも出ていない。社会ファシズムとして問題になるのは、「国民経済の計画化」の項を以て随一とするだろう。ここには国営という観念の特殊な響きがある。ただ無条件に国営を提唱することは、それだけでは結局は日本型ファシズムの結論とも一致するものでしかない。だがわずかに之を救っているのは、他の二項であって、多分の社会政策を盛った「挙国一致の積極化」と「戦時体制の堅実化」とである。之とても個々の細目の一つ一つには依然として又は愈々以て社会ファシストの典型を示すものがあるが、併し今日の日本に於て、例えば軍事扶助の徹底や社会保健の拡張が実際に何を意味しているかを知るものは、あながち之を社会ファシスト的社会政策の言葉としてばかり片づけることは出来ない。まして日本型ファッショ化への拍車でないことも推論していいだろう。
 こう見て来ると、たしかに現下の社大党の本質は、極めて錯雑した混合物であり、日本型ファシズムやそれに基準する社会ファシズムから始めて、実際に又正当な社会主義的なプログラムまでも含んでいることを、知るのである。力点のおき処は色々であろう。或る契機に於ては国営経済主義が中心となり、そこから民族主義や全体主義への通路も用意されているだろう。又或る契機に於ては、社会政策(特に動員下戦時体制下に於ける銃後の社会問題への関心)に重心を置く。すると必ずしも日本型ファシズムの非民衆的な力へ追随しているとばかりも云えない。――さてこうしたものが、社会大衆党の所謂「革新政策」の内容であり、夫が社大党の時局に於ける活動の本質をなすのである。
 片山哲氏が本誌〔『日本評論』〕九月号に発表した「社会大衆党の立場」という文章は、社大党の立場が今日に至るまで終始一貫、少しも変らないことを説いている。その論法はやや弁解的であり、反面の事実を必ずしもあけすけに吐き出してはいないが、党が民衆の利害の一般的な代表者として、個々の与えられた問題について、出来るだけ反資本主義的な解釈をして来たことを語っているのは、必ずしも嘘でない、と云わねばならぬ。ただそれが時局の圧力によって、発現形式を変えて来たのは勿論事実で、そこから、日本型ファシズムに於ける出来合いの諸観念を借用したり、之に一部分共鳴したりするという、相当必然性のある、併し必ずしも是正の可能性を有ち合わさぬではない処の、脱線が齎された。この正気の部分と、馬鹿げた部分とが、外部的な印象としては一緒クタになって、所謂「社大党ファッショ化」という感触を惹き起こすのである。
 その際最も気になるのは、社大内一部の幹部達の意見(併し之は同時に或る程度まで社大全体の動きをも決定するのだ)である民族主義(?)であろう。だが元来、民族の問題に注目することがすぐ様民族主義になるのではないのは勿論だ。「民族の発展」と云う時、社大党が実際に何を表象しているのか、まだ判然とはしないようだ。恐らくそう云っている当人達自身にとって明晰判明なものではあるまい。だが、民族の発展という課題は、正に無産大衆の利益伸張ということを措いて、何等の真面目な内容のないものであろう。そしてその限りに於て、民族の発展の課題こそは、階級的見解の時局的結論としての意味を与えられねばならぬ。そういう原則を指定するなら、この問題にまつわるデマゴギー性は原則に於ては清算されるのである。だが社大党はまだ、民族問題をこの階級問題の発展にまで結びつけ得てはいないようだ。だから何か急に、どこかから民族問題が漂流して来た観を呈する。漂流民族主義はファシストや日本ファシズムに淵源を有つのだから、この事情だけで即ち「ファッショ化」と銘打たれるのだ。戦時的事変についても、この国家的な権力と共に発展しつつある所与の事実をば民衆が如何に利用すべきかを教えるのが、社大党の所謂積極的戦争参加の客観的な意義となるのではないかと、私は想像している。
 繰り返して云おう。社大党の客観的な存在意義は、民衆の自主的結合の母胎であり民衆利害の最大公約数的代表者であるということだ。そういう意味に於ける日本のデモクラシーの堡塁が之である。だから社大党の仕事はさし当り出来るだけ速かに大衆を結合させることだ。そしてそのためには凡ゆる時局の進展を活発に活用し得るのでなければならぬ、その所謂イデオロギーの如きは、受動的抵抗力として以上の意味を有たなくても、必ずしも社大党の無意味化を結果するとは限らぬ位いだ。赤松克麿氏はやはり本誌(九月号)で社大党の変節を指摘し、而もそれが擬装された愛国的態度だと断じ、真の日本主義に転向するか、それとも非愛国的な社会民主主義に戻るか、どっちかに決めろと要求している。氏の関係する某右翼政党の機関紙も亦(「社会大衆党に与う」)全く同じことを書いている。大衆的地盤に極めて乏しい之等の右翼政党が社大党に対するこうしたプロボケーションを計画的に試みることは、一体何を意味するのか。それが「社大党のファッショ化」を意味するより先に、「社大党の大衆政党化」の脅威を意味するのだということは、注意されなければならぬ点ではないか。
 だが最後に一言すべきことがある。社大党は何等かの積極政策を執らねば大衆化を拡大出来ない。それはその通りである。積極政策とは、思うに少なくとも独自な社会政策的提案の実行に於て着々としてイニシャティヴをとることである。或いは支配当局からディクテートされた課題についても、大衆政党としての独自性を発揮して解釈と指導性とを発揮する、と云ったようなことだ。だが現下の支配当局が大変積極的であるからと云って、之に辛うじて割り込ませて貰ったことで、「積極的」になったなどと思ってはならぬのだ。批判的であることが、抵抗の母胎としてはすでに積極的であるという原則を忘れてはなるまい。その原則の下に、大いに政府の政策の内部に積極的に参画することが望ましい。ただその際、既成乃至新興の支配者的勢力を初めて眼のあたり見て、田舎者が東京見物に出て来たように、いつの間にか下手な東京弁などをひけらかしては困るのだ。「社大党ファッショ化」なるものの一端は、案外こうした人間的薄弱さと関係があるのかも知れないことは、反省に値いするだろう。私は「政治」の実際には固より全く無経験で又無知だ。それであるだけに、今日の大衆的政治家に、傲然たる人間的自負を特に要求したい気持になるのである。それとも社大党にはその人がないのであろうか。
(一九三七・一一)

底本:「戸坂潤全集 第五巻」勁草書房
   1967(昭和42)年2月15日第1刷発行
   1968(昭和43)年12月10日第3刷発行
底本の親本:「日本評論」日本評論社
   1937(昭和12)年12月号
初出:「日本評論」日本評論社
   1937(昭和12)年12月号
入力:矢野正人
校正:Juki
2012年9月24日作成
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