文壇と一部の評論壇では、一口で云うと「日本的なるもの」の検討が風をなしている。私がこう口を切ると、そら公式主義者が「日本的なるもの」にケチをつけようとするものだ、と推量する周章者も少なくないかも知れないが、そう注文通りには行かないのである。併し公式主義という評語はすでにあり公式主義的に使い古された、何とかもう少し利き目のある評語を考え出すことが必要だろうと思う。それが考え出せぬとすれば、公式主義呼ばわりは、犬の遠ぼえのようなものと云わざるを得まい。
 だが何はともあれ、私は今、公式主義者ではないのだ。なぜなら私は今、諸君と一緒に、正に「日本的なるもの」を探究しようとしているのだからである。ただその視角が、その力点が、諸君と多少違うかも知れない。そしてそこが勿論私の要点をなすのである。
 話しを少し別な一見遠い処から始めよう。私はかつての道徳の概念を論じて、社会科学的な道徳の概念と文学的な道徳の概念とを区別したことがある。前者は道徳律や良心や人倫的習俗として、社会の上部機構の形で現実に存在する道徳現象のことであり、実在的な範疇としては、之が最も科学的な道徳概念なのである。併し之は社会科学の取り扱う対象であっても、必ずしもこの対象を捉えさせる方法にぞくするものだということは出来ない。もし道徳に社会科学の方法という資格でも与えられるとしたら、結果は世間によくある理想主義や自由主義のように、倫理学主義と呼ばれている例の社会観に陥らざるを得ないだろう。だからこの場合の道徳はあくまで実在するそのままの道徳のことで、之に万一方法上の用具として抽象されたものとして動いて貰っては、その結果は全く科学的でなくなって了って、甚だ困るわけなのである。
 処が文学的な道徳概念は、もはやこうした実在する道徳を云い現わすものではない。無論道徳と呼ばれるものがそう幾つもあるものではない。之なら之と一つに決った実在的なものだが、今はこの一つに決ったものに基く処の、夫々異った概念のことを云っているのだ。まず抑々から云うと、文学は一種の認識だと云っていい。認識ではなくて表現だとか、認識だけではなくて表現の方が大事だとかいう反対もあるが、表現しないで認識しようなどということは、元来虫のいいことで、科学だって表現しなければ、科学的認識にならないではないか。観察のしっぱなしや、考察のしっぱなしでは、科学ではない。科学は観察や考察の結果を科学的な形象に表現することで、初めて仕事として実在するのであり、歴史的にも伝承されるのだ。で、こういう意味で文学はとに角一種の認識であるが、この認識という能動的な機能の一環として、道徳という観念が出て来るというのが、文学的な道徳概念ということの意義なのである。つまり之は、実在する所謂道徳のことではなくて、文学的認識に於ける、認識論上の、或いは又文芸学上の、一つの方法的なカテゴリーのことだ。世間では之をモラルとも呼んでいるのである。
 さてこの文学的認識の機能上に於ける道徳だが、之が自分とか自己とか自我とか呼ばれるものと遂に離れることの出来ないのは、人の知る通りである。そしてここでいう自分とか自己とか自我とかも亦、実に認識のメカニズムにぞくする一環としての夫のことで、必ずしも個人や人間というような現実の対象のことではない。
 明治以来のブルジョア文学の真髄が、この自我に就いての一種の探究であったことは、広く認められていると思う。特に夏目漱石――芥川竜之介の場合を取って見れば、確かだ。処がその自我が実はただの自我ではなくて、結局ブルジョア社会に於ける小市民的な自我でしかなかったという自覚=自我意識が、例えば芥川の自決を決定したという風に云われている。自我というものの果すさっき云ったような文学的認識に於ける役割がハッキリしていなくて、自我の探究という名義の下に、方法上のカテゴリーに過ぎない自我が、そのまま探究の対象に他ならぬものと想定されていたわけで、従って、小市民的自我(日本の多くの文学では之がブルジョアジーを代表する)の行きづまりの自覚は、遂に文学的機能としての自我をも同時に窮地に陥れて了ったのである。
 だが、この時はすでにプロレタリア文学の台頭が準備されていた時期だ。処がプロレタリア文学はその最大の繁栄期と考えられる時期に於ても、所謂自我の探究というような名目を採用しなかった。極端に云えば自我の代りに社会が問題にされたとさえ思われた。「自我」の破産を目の前にして、それに代るものが同じく自我という古い器を尊重する筈はなかったのだ。処がそれにも拘らず、元来当然なことだが、之こそ新しい自我の探究であったことを、プロレタリア文学の圧倒的な読者が誰よりもよく知っている。読者は社会の名に於て新しい自我を、自分のための新しいタイプを、受けとった。ただ問題は、その自我が本当に自分自身の自我であるかどうか、ということだったのである。
 そこで自我の探究という古い名目が、プロレタリア文学に於ても、主体の問題という形で、復活した。だがその時はプロレタリア文学が従来の無邪気な意味でのプロレタリア文学ではなくなって、探求される新しい自我が本当に自分自身の自我かどうかという反省につつきまわされた処のプロレタリア文学となった時である。プロレタリア的な文学と呼び改めねばならなくなった文学であり、転向文学とも称されるようになった文学であり、そして同時に、従来のブルジョア文学の末流と混線しなければならなくなった文学なのである。
 この混線を截断し、自我の探究という名目の復活を反作用的反動的なものに終らせないための、唯一の哲学的原則は、自我という文学的概念を一旦探究の対象たる自我から引き離して、文芸的認識上の機能の一環として整理することにあると私は考える。そうしなければ主体や自我の探究は、再び個人主義の内に覆没する他はあるまい。で、一旦こういう風にするならば、小市民は遂に小市民的な自我を小市民的自我によってしか問題になし得ないというような、機械的な宿命論の仮説も不用になる。自我は自我をつき放し、自我を超克するという、誰しもやっている一つの活動が、説明出来ることにもなる。
 だがこう云っただけでは、話しはまだ少しもプロレタリア的文学の特性に触れては来ない。ブルジョア的文学だって、私小説是非の問題をめぐって、今はここまでは来ている。で私がかつて発表した道徳論が批難されるとすれば、欠陥は正にここにあったのだ。之だけでは文学の唯物論的な特性を検出するに足りないという点にある。文芸的認識機能の一環としての、文学に於ける自我なるものが、何かまだ全く一般的な抽象的なものに止まっている。文学に役割を持つ自我と雖も、否この自我こそは、どこか天上から降って来たものではあり得ない筈で、現実の社会に生きている個人の自我から文芸的認識が自分の手段として抽出したものだった筈だからだ。
 この自我は意識一般や純粋我などではない。今までのブルジョア認識論は文芸的(乃至芸術的)認識を認識として考えても見なかったので、自我はこのような一般的なものに止まり得そうに思われたのだが、科学的認識に於ても、仮にもしこの種の観念論的認識に従って意識の独立な能動性から認識を説明するとすれば、恐らくそんな一般的なものでは困るだろう。吾々はその代りにこそ、科学の階級性や何かを論じたのだ。併し矢張り何と云っても、科学に於ては、個人から抽出鍛冶された自我・自己という形の主体は、科学性としては主観的な制限をしか意味しない。自我が本当に認識上の役割を果すのは、文学(芸術)に於てだ。そうすればこの自我は、抽象的な一般物などではあり得ず、又単なる階級主体でさえもあり得ずに、正に階級性によって支えられた自分自身の立場ということでなくてはならぬということになる。――つまり文学の階級性というものが、文学的認識の用具そのものに発しているということだ。こういう自我の感性・官能そのものが階級性を有っているということにもなるのだ。
 だがブルジョア文学も亦、自我のこの種の「具体化」ということにこの時すでに気づき始めた。横光利一氏が純文学にして通俗文学である処の純粋小説論を唱えたのも、その論理の説得力は別として、この問題を捉えたものであった。ブルジョア文学の圏内に於てさえ、まだ何等の定式を持てないでいるが、民衆論が起きて来たことが之なのだ。小林秀雄氏が民衆を論じ出したのも之である。
 勿論自我の「具体化」は他のものの具体化ではなくて正に自我の具体化に他ならぬのだから、それが民衆という限定を得て来る時は、正に日本の民衆ということである。文学者の作家としての自我という認識用具が(作家は自分でそういう認識用具となるのだが)、山を降って民衆にまで下りて行くのか、それとも作家自身が初めから一人の民衆として出発するのか、それは極めて重大な区別であるが、とに角自我を日本の民衆と結びつけずにはいられなくなったということは、ブルジョア純文学という約束の下に於ける一つの進歩だと云わねばならぬ。旧くは文学の政治性と云われたもの、最近では文学の社会性とか、又それに連関して文学者の教養とか呼ばれたものは、とにかくこういう形で取り上げられて来たのである。
 私は少なくともこの限り、ブルジョア文学に於ける「日本的なるもの」と云うのは今の説明によって実は日本民衆的なものということになるわけだが、之が単に満州行動をシグナルとする処の日本文化上のファッショ化(日本型ファシズムという言葉が許されるとして)に原因しているとばかりは考えない。それが原因として指摘されねばならぬのは、話しがもっと進んだ先の階段で必要になることで、今ここではそう云い切れない。そういう社会事情がなくても、ブルジョア文学は失われた自我の捜索の結果、早晩ここまで来ただろう。例のシグナルに続く日本の文化情勢は、世俗的な自信を与えることによって、単にこの結論の時期を早めたに過ぎない。
 だが自我というものは、云うまでもなく、何より身近かなものの謂だ。そこで仮に民衆というものを自分の身近かに感じない人間の自我でも、自分を日本人と感じることは立派に出来る。そういう「日本人」は現にいくらでも世間にいるので、植民地などには珍しくない。そして国内をも一種の植民地のように心得ている「日本人」も今日では甚だ多いのだ。そこでこういう系統に従って、自我の「具体化」を推し進めて行けば、自我の探究は正に無条件な「日本的なるもの」に行きつくだろう。日本の民衆へ近づかなくても、日本的なものに近づくことが出来るということは、自我の「具体化」というものを無思慮にも抽象的に敢行する場合に生じる、注目すべき現象なのである。――そればかりではない、日本民衆への執着にしても亦、民衆というもの故に日本的なものへ行くのと、単に日本的なものが何かで必要なばっかりに民衆というものをもかつぎ出すのとでは、やり口が全く反対だということを忘れてならぬ。民衆的なものと日本的なものとの結びつきの経緯の如何は、決して軽々には見逃せないのである。
 そこで私は一つの疑問を有っているものだ。なぜ人々は「日本的なるもの」という風にばかり云って、「日本民衆的なもの」とは云わないのであるか。日本的なものは即ち又民衆的なものではないか、日本民族の文化的伝統と云い、血統と云い、民衆の内にあるものではないか、日本的なもの即ち又日本民衆的なものであることは、初めから判り切ったことではないか、とそう云うかも知れない。だがでは一体その民衆と云うものは何なのか、民衆と諸君が好んで呼んでいるものはどういうものを指しているのか、と一歩問題を進めなくてはならぬ。併しそれはまあ後にして、日本的なものを検出すると称して人々のやっている処を見ると、夫が万葉の直観的豊醇であったり、或いは又源氏の「もののあわれ」であったり、そうかと思うと中世的な武士道であったり、徳川期の義理人情であったり、であって、その止め度のない日本的なものの定性分析の無意味さは別としても、一向それが現代の日本の民衆とつぎ合わされていないのである。日本の民衆が問題になるからには、要するに現代の吾々日本民衆が問題になるのでなければなるまい。日本的なもののスコラ的定義ならば、歴史からあれこれの特色を云わば好みに従って取って来ることも出来ようし、またそのバラエティの最大公約数のようなものでも好かろうし、乃至は思い切って内容は抜き去って日本民族の形式的な能力(外来文化の自主的な同化の能力とか何とか)を引き出すことも出来よう。処が現に眼の前に生きている民衆の方はそうは行かない。
 六百万人の東京市民(之は日本民族の一割弱に当る)が「もののあわれ」を感じながら労働しているとも思えないし、五千万人の農民が武士道で暮している筈もない(ファンク=伊丹万作ではあるまいし)。現代の日本の民衆のありのままの心事をリアリスティックに考察して見るなら、無理に日本的なものを見つける材料としてではなく、それ自身を尊重して考察するなら、所謂日本的なものに都合のいい姿ばかりは現われないだろう。日本の民衆は現に支那の民衆とも違いソヴェート・ロシアの民衆とも違う。だがそういう相違点だけを纏めて見ても、それと民族のあれこれの文化的特色から引き出された所謂「日本的なるもの」とは一致しない。このギャップを埋める心算でない限り、所謂「日本的なるもの」は日本の民衆にとってはまるで遠いどこかの国の物語りのようなもので、有難迷惑なものであったり、テレ臭いものであったりするのだろう。日本民族の現実の心理の分析に先立って、どこかで造って来た日本的なものを押し立て、之を日本民衆に押しつけることは、理論上一つの暴力と云わねばならぬ。現に日本の支配者は民衆に家族主義という醇風美俗を、日本的なものとして押しつける。それからすると、財産相続税の値上げなどはわが国体に反するという話である。殷鑑は遠くないのだ。
 人々は民衆々々と云うが、民衆とは一体どういう概念なのか。私は之をまず第一に政治上の観念として理解すべきものだと考えているが之を文化上の問題にする時には、之とは全く別にでも考えなければならぬのだろうか。民衆は如何なる国に於ても階級性そのものを持っていると私は思うが、それとも民衆とは国内人口の総和というようなものででもあるのだろうか。或いは又日本の民衆に限って、外国の民衆とは別に、階級性を有たないとでもいうのだろうか。ここは大切な点なのだ。なぜというに、日本の民衆は何等の社会階級性を有たないという社会観が、今日の日本で実際に存在しているからだ。ではブルジョア文学者達の所謂民衆の観念は、恰もこの社会観にその論拠を求めるのだろうか。それともそんな論理臭い論拠などは要らないというのであるか。信念ででも行くか、肚ででも行くか。
 日本の民衆が社会階級関係に於て、どういう役割を有っているか、又持たねばならぬか、ということが、日本民衆が何であるか、ということの、何より大事な第一の規定だ。他の一切の規定はこの上に立って検討されねばならぬ。単に日本人とか何とかいうのでなくて、日本の民衆という限り、そうだと思う。日本の民衆が如何に日本的であるかは、日本の民衆が政治的に如何に自主的であるかということを説明するのでなければ、ただの「日本的なるもの」の解明にはなっても、日本民衆の解明にはならぬ。日本という唯一の全的なものが、同時に二重の対立物だと云うのはこのことで、日本民衆も民衆である限り民衆支配に対する対立物だというのが、政治上の事実であり、そしてやがてそれが吾々日本民衆の民衆的信念となるべき筈である。この信念は勿論、「日本的なるもの」の検出やかつぎ上げで大衆的に発育すべくもない、民衆の日常利害に基く実際活動によって初めて必然的に固められて行く信念である。実は日本的なものもその時、初めて実際な形で創造されて行くのだ。それ以前の「日本的なるもの」とは、単に伝統というようなものに他ならぬだろう。伝統とは発展の動力ではなくて与件にしか過ぎないのだ。与件を充分に活用し切るということと、之を動力にして新しい発展を夢見ることとは全く別だ。もしそうでなかったら、進歩主義と保守主義との区別などはありはしない。
 「日本的なるもの」は往々西欧的なものや又世界的なものに対立させられているようだが、恐らく夫は本音ではあるまい。之は実は単に、作家なら作家の足下にあるものという意味だろう。それを無雑作に日本的なものなどと云い放つから、妙な破目になる。今後の日本の文化を世界的なものではなくて国民的、民族的なものにしたり、ヨーロッパ的なものを排除することによって狭隘化したり何かしようとは、誰も真面目に思ってはいないだろう。実は却って自分自我の足下にある故郷を、国際的に通用するものにしたいというのが、抑々の念願に相違ない。だが諸君の自我の足下にあるものは何か。日本の民衆ではないか。ただの日本やただの日本的なものではない筈だ。それとも諸君は民衆でない処の日本人ででもあるか。つまり日本に於ける政治的な支配者にぞくする文化人ででもあるのか。再びその点をハッキリして貰わねばならぬ。いやそれよりも先に、諸君は終局に於て日本民衆にとってのクラッセン・ゲーゲンザッツを認めるのか認めないのか、問題はそこに帰着する。之は単に政治上の問題ではない、今日の文化意識を貫徹する根本問題なのだ。
 日本的なものの代行者として、民族性が最も屡々問題にされている。だが之は民族理論へ解消したり民族理論から出発したりすることを意味してはいないだろう。まして民族主義や日本民族主義に帰着するものでもあるまい。夫は日本の民衆という問題を解く鍵の一つとして意味を持っているので、之から離れて価値があるのではない。血のつながりや血の要求という文化上の形而上学的譬喩も、同じく日本民衆故の鍵の一つである。逆に日本民衆というものが日本民族や日本人血統の解説に奉仕する鍵なのではない、とそう私は好意的に理解している。つまり民族の問題も、総て日本民衆・日本人民の生活問題の解決に帰着するのであって、決してその逆ではない、と私は観測している。もし不幸にして私の観測が誤っているなら、私は今の好意をかなぐり棄てる他はない。私は今、自分が日本民衆の一人としての立場を及ばずながら充足したいと望んでいる。夫が私の身の置き処のようなものだ。結局ここ以外に、私の存在理由は成り立たないようにさえ感じている。民衆が終局に於て有つ社会階級的意義をば私は信じる理由があるからである。その民衆よりも先走った民族や血統や又伝統のお題目は、私にとって少しも日本的なものとは響かない。
 或いはお前にはそう響かなくても、肝心な民衆自身にそう響けばいいではないか、と云うだろう。だがまたこういう形のお題目が実際に日本の民衆に受け容れられたのを見ない。
 日本の民衆は初めから日本的なのだ、ただそれだけだ。夫はまだ民衆の社会階級的意義を抜きにした限りの「日本的なるもの」が受け容れられたということにはならぬ。だがそうは云っても必ずしも受け容れられないとは限っていない。なぜというに、日本の民衆は政治(民主主義的なものさえ)的訓練をまだあまり積んでいないので(之は他方今後の民主主義の多少の有効さを物語るわけでもあるが)、今日でもまだ民衆のもつべき対立意識をハッキリとは定着出来ずにいるからだ。そういう意味で日本民衆はまだ社会民衆としての自分自身を殆んど理解していない。この民衆の自意識を明らかにすることこそ、今後の日本の作家の自己意識の役割であり、作家の自我の機能であろう。作家が単に「日本的なるもの」として、民族的なものとして、伝統的なものとして、又血として、自己意識したのでは、この役割の遂行は覚束ない。作者が一人の民衆とならねばならぬ所以だ、それともそういう役割は公式的で御免だとでも云うのであるか。
 日本民衆の利害を離れて、日本的なものを論じることは出来ない、許されない。日本民衆こそ唯一の日本的なるものと見做されねばならぬ。日本的なるものは日本人の伝統にあるとしよう、だがその伝統を処理すべき当の主人は、正に日本民衆であって、あれこれの「伝統的」なインテリゲンチャなどではないのだ。今は民衆に伝統を強制する者は用心せねばならぬ。
 最後に、文化の専門家自身の当然心得るべき守則のようなものと、その文化人が代表する民衆自身へ向かって文化専門家が注文すべきものとは、区別されねばならぬのである。「日本的なるもの」は事実上、善い意味に於ても悪い意味に於ても、日本の民衆がおのずから作家なら作家という文化専門家に向かって発する注文である。夫は作家が民衆の自然発生的な要望に応じるために充分心得て生かさねばならぬ守則だ。併しその代り、文化的に民衆を代表する者の方でも、之に沿って民衆の意識に向かって一つの注文を発する権利と義務とがある。夫は科学的精神というものの要求だと私は思う。作家ならば作家の、作品が之を実際に示さねばならぬ。文化全般から云えば、啓蒙とは之だ。なぜ又科学的精神であって他のものでないか。日本の民衆の日本民衆として意識を、そうした正に「日本的」特異性をもつ民衆性を、自覚させるメカニズムは之以外にはないからである。
 で問題は、諸君自身の「自分」とは何かということになる。
 そこが話しの分れ目だ。
(一九三七・三)

底本:「戸坂潤全集 第四巻」勁草書房
   1966(昭和41)年7月20日第1刷発行
   1975(昭和50)年9月20日第7刷発行
初出:「改造」
   1937(昭和12)年4月号
入力:矢野正人
校正:青空文庫(校正支援)
2012年7月27日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。