其の一

河の両辺に横はる
大麦及びライ麦の長やかなる畑地
此の畑 岡を覆ひ 又 空に接す
さて 此の畑を貫いて 道は走る
    多楼台のカメロット城へ
さて 上にまた下に 人は行く
うちながめつゝ 蓮咲くあたりを
島根に添うて かなた下手の
    シャロットの島といふ

垂柳はしろみ 白楊は顫ふ
そよ風は黒みてそよぐ
とこしなへに流れゆく河浪のうちに
河心の島根に添うて
    流れ/\て カメロットへ
四のしらけたる障壁と 四の白けたる高楼と
一帯の花野見おろし
此の寂寥たる島が根は蔵すなり
    彼のシャロットの妖しの姫を

岸のほとりを しだれ柳につゝまるゝ
重げなる大船ぞ すべる 牽かれて
徐歩の馬に さて 呼びかくる人もなく
此の船は飛ぶぞかし 綾の帆あげて
    走りつゝ カメロットへと
しかはあれど 誰れかは見つる 彼の姫の其の手をば打揮るを
若しくは かの窓の下に誰が見つる 立つ彼れを
はた 彼れはしも知らるゝや? なべて此のあたりの人に
    彼のシャロットの妖しの姫は

ひとり只 麦を刈る男らが 朝まだき麦狩りて
髯のびし大麦のうちに
歌うたふ声を聞くとぞ そは生き/\とひゞくなり
清けくくねり流れゆく かなたなる河辺より
    多楼台のカメロットへ
かくて 夜々の月の下に 疲れたる畑つ男が
束ねたる刈穂積みつゝ 風通ふ高き岡べに
其の耳をすまして聞きて ひそやかにつぶやくあり これぞかのシャロットの
    あやしの姫と

   其の二

そこに 彼の姫は よるも昼も
くしく怪しき綾を織る はでやかなる色したる
かねても彼れは聞きつ そこともなくさゝやく声を
身の上にまがつひあらんと 若し曾て手をとゞめば
    かなたカメロットを見やらんとて
彼れは知らず そのまがつひのいかならんものかをも
されば たゆまずも綾織りて
ほかの心絶えてなし
    此のシャロットの妖しの姫は

さて かゆきかくゆき 一の明鏡のうちに
年中つねに其が前にかゝる明鏡のうちに
いそがしき浮世の影ぞ あらはるゝ
そこに眼に見る ほどちかき大路をば
    カメロットへ うねくれる
そこに 河水も 渦まきてまきめぐり
又 そこに あらくれる村のをのこも
きぬ赤き市の乙女も
    いでてゆく 此の島より

あるときは うれしげなる乙女子の一むれ
さては やすらかに駒あゆまする老法師
あるときは 羊飼ふ ちゞれ毛のわらべ
若しくは 長髪の小殿原 くれないのきぬ着たる
    通りゆく影ぞうつる 多楼台のカメロットへ
あるはまた 其の碧なす鏡のうちに
ものゝふぞ 駒に乗りくる ふたり また ふたり
あはれ まだひとりだに真心を傾けて此の姫にかしづく武士もなし
    此のシャロットの妖しの姫に

さはれ 姫はいつも/\綾ぎぬを織ることを楽しみとす
鏡なる怪しの影を織りいだすことを
けだし ともすれば さびしき夜半に
亡き人の野べ送りする行列 喪の服に鳥毛を飾り松明をともしつらね
     さてはとぶらひの楽を奏し カメロットさして練りゆきけり
又は 夕月の高うなれるころ
まだきのふけふ連れそひし若き男女の むつやかに打語りつゝ来たりけり
あはれ倦みはてつ影見るもと
    妖しの姫はいへりけり

   其の三

矢ごろばかりに 姫が住む たかどのゝ軒端より
彼の人は騎馬にてゆきぬ 大麦の穂の間を
日の光 まばゆくも葉越しに射して
きらめきぬ 黄銅の胸当の上に
    勇敢なるサー・ランセロットが胸当の上に
一個の赤十字架のものゝふ 常に 一佳人の脚下に
跪座せり 彼れが持てる楯の面に
その楯 燦爛たり 黄ばめる畑に映じて
    はるかなるシャロットの島外に

珠玉を鏤めたる手づなは くまもなくきらめきぬ
とある連なれる星のやうに 我れ人の
懸かるを見る 彼の黄金なす天の河に
此の手綱に附けたる鈴 心浮き立つやうに鳴りひゞきぬ
    カメロットへ志して 彼れが駒を進めける時
また 其の盛飾せる革帯よりは つるされて
一のいみじき白がねの角ぶえぞ 懸かりたる
かくて 駒の進むにつれて 物の具は鏘々として鳴りわたりぬ
    かなたシャロットの島辺までも

なべて 青空の 雲もなく晴れたる日に
しげく珠玉もて飾られて 輝けり 鞍のなめし革は
兜も 兜の羽根飾りも
炎々たり 合して一団の猛火の如く
    カメロットへ志して 彼れが駒を進めける時
譬へば 折々に 彼の紫だつ夜半の雲を破りて
燦然たる 群星底に
さる長髯の光りものゝ かゞやく尾を長く牽きて
    此の孤島頭を過ぐるに似たり

彼れが広やかなる麗しき額は 日の光にかゞやきぬ
美しく磨きたる蹄もて 彼れが軍うまは 踏歩しゆきぬ
彼れが兜の下よりは 石ずみにもまがふ黒きちゞれ毛
房々と垂れかゝり流るゝ如くゆらめきぬ 其の駒の進むにつれて
    カメロットへとさしてゆく其の駒のすゝむにつれて
岸よりも また 河よりも
其の人の面影は ひらめきて映りけり 水晶の鏡のうちに
「テラ リラ」と 河辺にそうて
    歌ひけりサー・ランセロットは

姫は織り物を打棄てつ 姫は機をも打棄てつ
姫は居間を三あしあゆみつ
咲く蓮の花をも見つ
兜をも羽根をも見つ
    姫はカメロットを見わたしけり
突然 織り物はひるがへり 糸は八散してたゞよひぬ
憂然として明鏡は まッたゞなかより割れてけり
天罰 我が身にくだりぬと
    シャロットの姫は叫びけり

   其の四

吹きしきるあらしだつ ひがし風に
青ぐろく黄ばめる森は 見るうちに 葉落ち痩せゆく
はゞ広き川の浪は 其の岸に 悲しくうめき
空はいと低うなりて すさまじく雨ふりそゝぐ
    多楼台のカメロットに
姫は高どのをおりきて しだれたる柳のかげに
主もなくたゞよへる 小さき舟を見いだしつ
さて 其の舟の舳のめぐりに 姫は書きぬ
    シャロットの島姫と

かくて 蒼茫たる川のあなたカメロットの方を
あらかじめおのがわざはひを知悉せる ある膽太き予言者の
斯うと観念せる時のやうに
玻璃の如き面地して
    姫はカメロットの方を見つめき
かくて その日のくれがたに
つなげるくさりを解きて 姫は舟底に 打臥しぬ
滔々たる河水は 姫を載せて はるかあなたへと流れ去りぬ
    此のシャロットの姫を載せて

打臥して 雪よりも白き衣きて
右に左に ゆた/\とひるがへる
かろやかに散りかゝる木の葉のしたに
さはがしき夜宴のもなかに
    姫はカメロットへ流れゆきぬ
さて 姫が乗れる舟の 垂柳の岡に添ひ麦畑の間を経て
めぐり/\て下りける時
城内の人々は いまはの歌をうたふ姫をきゝぬ
    歌うたふシャロットの姫を

聴きぬ 神の徳たゝふる歌を かなしうもたふとげなる
はじめは高く 後には低く歌はれし歌を
つひに 血はやう/\こほりて
多楼台のカメロットを ながめつめし姫が目は
    こと/″\く昏うなりにけり
蓋し流れ/\て とゞきしまへに
水涯なる第一屋に
いまはの歌をうたひつゝも 島姫はみまかりけり
    シャロットの島姫は

高どのゝ下を 露台の下を
園のついぢのほとりを 長廊のほとりを
かすかにきらめく姿となりて しかばねはたゞよひぬ
土気色に青ざめて 高き家々のひまを
    寂然と音もせで カメロットの城内まで
いでて来つ 波戸に 皆人
ものゝふも 市人も あて人も 女房も
かくて 船首に 皆読みぬ姫が名を
    シャロットの姫といふ

これはたそ? さてこゝにあるは何ぞ?
かくて程近き ともしびのかゞやける館に
あて人らが 夜遊のさはぎも歇みつ
人々は おぢて十字を切りぬ
    カメロットなる ものゝふは皆
しかはあれど ランセロットはしばし沈吟し
いひけらく このをみなのつら らうたし
神よ 大慈心もて 此の女子にめぐみを垂れてよ
    此のシャロットの姫にと

底本:「ユリイカ 九月号 第23巻第10号」青土社
   1991(平成3)年9月1日発行
入力:鈴木厚司
1999年3月6日公開
2005年12月24日修正
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