あらすじ
夢の研究に情熱を注ぐネルソンは、四千を超える夢を記録しています。彼は夢を晩夢、夜夢、朝夢の三種類に分け、それぞれの夢の特徴を詳細に分析しています。特に、朝夢は、普段は意識しないような些細な出来事が、驚くほど鮮やかに蘇り、時間や空間を超越した壮大な物語を展開するといいます。ネルソンは、夢の頻度をグラフ化し、人間の生理的なサイクルとの関係性を解き明かそうとしています。一方、マカリオは病人の夢を研究し、病気の兆候が夢を通して現れることを明らかにしました。夢は、人間の心の奥底に潜む、知られざる真実を映し出す鏡なのかもしれません。次にネルソンは夢記の単複で夢の劇易を測り、これを弧に作つて見たに二十八日毎に弧線が跳上する、二十八日は即ち太陰暦の月に当る、然し真の月輪満虧には関係せずネルソンは是れを以てハムモンド Hammond の曾て信じた「男子月経」 Katamenia masculina の明証と云へり。
この消長はまた一年の中にも見えて三四月の弧線は尤も低く十一、十二月は尤も高し(Americ. Journal of Psychol., I, 3.)
これと趣を異にしたるものはニツツアーの人マカリオ Macario が病人の夢の検究なり未だ閾を越えて識界に入らざる痛楚、不仁等も眠つて居る間休む調停作用のお蔭で夢に顕はれる即ち所謂病兆夢 Prmonitorische Trume なり、――両足が石に成つた夢を見た跡から脊髄的の両下脚麻痺が起り、夢に犬に噬まれたと思つた所に跡で癰が呈はれ、右の腹に刀を刺された夢を度々見た跡で肝膿瘍が知れ、腹の上へ鷲鳥が下りた夢の跡で腸窒扶斯が発し、沈溺縊首の夢は屡々真の呼吸困難に先つ、また発狂前にも種々の夢を見る――其外既に発した病は症に随て夢を殊にす、鬱憂家の夢は悲むべく、躁狂家の夢は誇張し、痴狂家の夢は稀疎にして飄忽たり、依卜昆垤児の夢と喜斯的里の夢は多く自分の身を困め、心臓病者の夢は短くして醒る時には瀕死の苦あり、小児の腹中に虫湧く時は睡眠中驚き醒むること多し、陰部の刺衝と老人の僂麻質斯性睾丸炎の夢は猥褻にして洩精す、又萎黄病の処女は何時も心臓の噪響を聴く為め歟その見る夢は海の波の音、風の戦ぐ声、鶯のしばなく声などなり(Gaz. md. de Paris 1888 & 1889.)
了
底本:「日本の名随筆14 夢」作品社
1984(昭和59)年1月25日第1刷発行
1985(昭和60)年3月30日第2刷発行
底本の親本:「鴎外選集 第一一巻」岩波書店
1979(昭和54)年9月
初出:「衛生新誌」
1889(明治22)年9月
入力:土屋隆
校正:門田裕志
2008年1月15日作成
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