怪老人



     1

 怪塔王かいとうおうという不思議な顔をした人が、いつごろからたのか、それは誰も知りません。
 一彦かずひことミチ子の兄妹きょうだいが、その怪塔王をはじめてみたのは、ついこの夏のはじめでありました。
 そこは千葉県の九十九里浜くじゅうくりはまというたいへん長い海べりでありました。一彦は中学の一年生であり、ミチ子は尋常じんじょうの四年生でした。二人は夏休がはじまると、まもなくこの九十九里浜へまいりました。
 二人はたいへんふしあわせな兄妹で、小さいときに両親をうしないました。そののちは、帆村荘六ほむらそうろくという年のわかいおじさんにひきとられ、そこから東京の学校にも通わせてもらっていました。
 帆村荘六というと、ご存じのかたもあるでしょうが、有名な青年探偵です。帆村探偵という名は、きっとどこかでお聞きになったでしょう。荘六おじさんは機械のことになかなかくわしい人です。理学士だそうですからね。
 荘六おじさんは、夏休をむかえた兄妹を、この九十九里浜にある別荘へ遊びにやってくれました。
 九十九里浜は、なかなか景色のいいところです。そして実にひろびろとしたところで、さびしいくらいのものです。
 怪塔王に出会ったのは、一彦とミチ子がここへきてから、二三日のちのことでありました。兄妹が、波うちぎわで、貝がらをひろって遊んでいますと、うしろでざくりざくりと砂を踏む音がするではありませんか。
「だれかしらん」
 と、うしろをふりかえってみると、背のひょろたかい一人の老人が、腰を曲げてよぼよぼと歩いていきます。肩には何がはいっているのか、大きな袋をしょっていました。
 一彦は、そのとき下から老人の顔をちらと見上げましたが、おやと思いました。なぜといえば、その老人の顔がいかにも奇妙な顔だったからです。

     2

 砂の上をざくざくと歩いてゆく老人の顔が、たいへん奇妙だったといいましても、決してこわい顔だの、おそろしい顔ではありません。
 いや、むしろおそろしいの反対で、ずいぶん滑稽こっけいな顔なのです。それは、よくお祭のときなどに、つくり舞台のまんなかへ出てきて滑稽なことをやってひとを笑わせるひょっとこだの、しおふきだのというおかしい面をかぶった者がありますが、そのうちであの口のとんがった汐ふきそっくりの顔をしていたのです。
(あははは、おかしいな)
 と笑おうとした一彦でしたけれど、老人を笑うなんてよくないと思って、あわててわらいをかみころしました。
 汐ふき顔の老人は、なんにも気がつかないという風に、兄妹のうしろをとおりすぎました。そしてどこまで行くのか、袋を肩にかついだままとぼとぼと浜づたいに向こうへいってしまいました。
「ミチ子、いまのおじいさんの顔を見た」
「ええ見たわ。口が狐のようにとんがって、ずいぶんおかしかったわ。兄さんも見たの」
「うん、僕も見たとも。笑いたくてね、それをこらえるのにとても困っちゃったよ。あはは」
「おほほほ」
「ミチ子、ちょっと兄さんが真似まねをしてみせようか。ほら、こんな具合に――」
 と、一彦が口をとがらせ、腰を曲げてよぼよぼと老人の通った砂の上を歩いてみせますと、ミチ子はおなかをかかえて、ほほほほと笑い転げました。
 ミチ子はあまり笑いすぎて、息ができないくらいでしたが、そのうちに兄の一彦があまり静かにしているので、はっと思いました。
「兄さん、どうしたの」
 一彦は返事もしないで、腰をかがめてじっと砂の上を見つめています。
「ミチ子、来てごらん。変なものが――」

     3

「ミチ子、来てごらん。変なものが――」
 という一彦の声に、ミチ子はいきなり胸をつかれたようにびっくりし、兄のそばへとんでゆきました。
「ほーら、こんなものが落ちている」
 と一彦が指さすところを見ると、砂の上に妙な形をしたかぎが一つ落ちていました。
「あら、鍵ね」
 鍵にはちがいないが、普通の鍵の十倍ぐらい大きいようでした。色はまっくろで、鍵の切りこんだきばみたいなところが、まるで西洋のお城の塔のような形をしています。その上あやしいのは、その鍵をにぎるところについているりものです。それはよく見ると猿の頭の形になっていました。その彫刻の猿は、大きな口をあいて、上目うわめで空の方でも眺めているような恰好かっこうをしています。
 一彦は、その鍵がたいへん気に入ったと見えまして、いつまでも砂地でその鍵をもてあそんでいました。
 ところがそこへ、ばたばたと駈けてきたものがあります。みると外ならぬ例の汐ふきのような顔をした老人でした。
 老人は、あたりをきょろきょろ見まわしながら、一彦とミチ子の前まできました。
「お子供衆、このへんに猿の鍵がおちていやしなかったかな」
 と、ふくみ声でたずねました。
「おじいさん、これですか」
 と、一彦が砂の中に埋めてあった鍵を出してみせますと、
「おお、これじゃこれじゃ」
 と、一彦の手からひったくるように鍵をとると、お礼もいわずに元きた道へ走り去りました。
「兄さん。あのおじいさん、とても変なひとね。ありがとうともいわなかったわ」
 と、ミチ子が怒ったような声でいいました。
 一彦はただ一言「うん」とこたえたまま、老人の後姿うしろすがたをじっと見つめていました。その顔には、ただならぬ真剣な色がうかんでいました。


   怪事件



     1

 九十九里浜の沖に、一大事件があったのを一彦とミチ子とが知ったのは、その翌朝のことでありました。
 一大事件とは、一体どんなことだったでしょうか。軍艦淡路あわじ――といえば、みなさんも、すぐ、あああの最新式の戦艦のことかとおっしゃるでしょう。そうです、軍艦淡路は、帝国海軍が世界にほこる実にりっぱな戦艦であります。工廠こうしょうで作りあげられ、海をはしるようになってからまだ一箇月にもなりません。いままでの戦艦とはちがって、たいへんスピードが早く、これまでの戦艦とは全くちがった不思議な形をしていました。まるで要塞ようさいが海に浮かんだような恰好だと、誰かがいいましたが、そのとおりでした。
 その軍艦淡路が、昨夜九十九里浜の沖で、どうしたわけか進路をあやまって、浅瀬あさせにのりあげてしまったのです。
 いくら大きな最新式の軍艦でも、浅瀬にのりあげるとは変なことではありませんか。
 航海長は、決してあやまちをした覚えがないといっています。
 ただ不思議なことに、九十九里浜沖を走っていた軍艦淡路は、いつの間にか陸の方へひきよせられ、そして変だなと気がついたときは、もう遅く、浅瀬にのりあげてしまっていたのです。それから先は、機関をどんなにうごかしてみても、びくともふねはゆるがず、そのうちに軍艦の底の割れ目から海水がはいってきて、大きな艦体は、へさきを上にしてかたむいてしまいました。
 これが夜中の出来ごとなので、そのさわぎといったら大へんでありました。村の人々は軍艦淡路のふきならす非常汽笛に目をさまして、すぐさま、まっくらな浜べにかけつけたそうです。そのとき軍艦は探照灯をつけ、空にむけてしきりにうごかしていたといいます。
 一彦とミチ子とは、ぐっすり眠っていて、朝になるまでそれを知らなかったのです。

     2

 一彦とミチ子は、昨夜の怪事件を知ると、驚きのあまり、朝御飯もたべないで浜べにかけつけました。
「あっ、あれが軍艦淡路だ。すごいなあ」
「あら、あんなに傾いているわ。兄さん、あの軍艦は沈みはしないかしら」
「さあ、どうだか。誰かに聞いてみようよ、ミチ子」
 兄妹は、浜べにあつまった人たちの間をぬって、誰か事件にくわしい人はいないかしらとさがしまわりました。すると、そのときボートが浜べについて中から水兵さんが、どやどやと下りてきましたが、そのうちの一人が、警戒に来ているおまわりさんのところへやってきて、話をはじめました。
「警官、わらむしろは集りそうですか」
「ここの村では、水兵さんが申し出られたほどは集りませんが、その半分ぐらいは集りそうです。のこりの半分は、いま方々へ人を出して集めていますから、心配はいりませんよ」
「そうですか。早くしてもらいたいですね。潮はこれからどんどん引くそうだから、軍艦はますますあぶなくなります」
「水兵さん、一体どうしてあんなことになったんです。航海長の失策ですか」
「いや、そんなことはない。全く不思議というよりほかはないのです。いつの間にか、あの大きな艦体が陸地へひきよせられていたというわけです。まるで磁石に吸いよせられたくぎのようなわけですよ」
「変なことですねえ」
「変なことといえば、もっと変なことがあるんです」
「えっ、もっと変なことがあるんですか」
 とお巡りさんは、びっくり顔色をかえて水兵さんのおもてを見つめました。
「そうです。さらに変なことというのは、軍艦のほばしらが――これは鋼鉄でできているんですよ。それが一部けて、あめのように曲っているんです」

     3

 遭難軍艦の檣が、どうしたわけか飴のように曲っているという水兵さんの不思議そうな話に、一彦とミチ子が眼をあげて沖を見ると、なるほどそのとおり、後部の檣が、まん中から飴の棒を曲げたように曲っていました。
「風が吹いたわけでもないのにですねえ」
 と、お巡りさんが水兵さんに話しかけますと、
「じょ、冗談じゃありませんよ、警官。あれは鋼鉄の柱ですから、風が吹いたくらいで曲るものですか」
「なるほど、それもそうですね。これはどうも訳がわからないことになった」
 お巡りさんもとうとうさじをなげだしてしまいました。
 そのうちに、空の一方から飛行機の爆音が聞えてきたと思ううちに、南の方から六つの機影がぐんぐん近づいてきました。
「ああ、偵察機だ。勇ましいなあ」
 と、一彦はもう大喜びです。
 偵察機は、三機ずつ二組の編隊を作っていましたが、やがて傾いている軍艦淡路のま上までくると、ぐるぐるまわりだしました。機上から空中写真をとっているのでありましょう。
 それからしばらくすると、中の二機は機首をかえしてどんどんひきかえしていきました。
 あとには四機の偵察機が、はなればなれになって、九十九里浜の上空を、いつまでもぶんぶんと飛びまわるのでありました。
「ははあ、上空からこのへん一帯を警戒しているのだよ」
「兄さん、たいへんなことになって来たわねえ」
 ミチ子は目をまるくして、一彦の腕をしっかとおさえていました。
 しかし、まだこの浜べのさわぎは、ほんの始りだったのです。おひるごろになると、どこから来たのか、駆逐艦くちくかんだの、変な形をした軍艦とも商船ともわからない船だのが、およそ十せきほども集ってきて、沖はなかなかにぎやかになりました。


   帆村探偵



     1

 さわぎはますます大きくなって、午後になると陸戦隊がボートにのって、浜べにつきました。そしてただちに警戒につきました。
 沖合には、坐礁ざしょうした大戦艦淡路が傾いており、そのまわりには大小いろいろな軍艦がぐるっととりまき、空には尻尾しっぽを赤くった海軍の偵察機が舞い、それを背景にして、浜べには陸戦隊が銃剣をきらめかして警戒をしているのです。
 しずかなほんの漁村にすぎなかったこの海べの村は、一夜のうちにたちまち姿をかえて、まるで戦場のようなさわぎになってしまいました。
「おお一彦君にミチ子ちゃんじゃないか。どこに行ったのかと思って、おじさんは心配していたところだよ」
 そういう声とともに、兄妹の肩をやさしくたたいた人がありました。
「あっ、帆村おじさんだわ。おじさん、いつここへいらしたの」
「ああおじさん、とうとうやって来たねえ。僕、なんだかおじさんが来るような気がしていたよ」
「ああそうかそうか」
 おじさんはにこにこ顔です。
 兄妹のおじさんて、誰だか皆さん御存じでしょうね。あの有名な青年探偵の理学士帆村荘六氏です。
「ねえ、おじさん。あの軍艦が坐礁したり、ほばしらが曲ったことについては、なにか恐しいわけがあるんだろう」
 と、一彦が遠慮のない問をかけますと、帆村探偵は口をきゅっと曲げて、
「うん、それについて君たちの力を借りたいことがあるんだよ。君たちは、向こうの丘の上に建っている塔のことについて、なにか知らないかね」
 といって、帆村ははるか向こうを指さしました。
「おじさん、塔って、どこにあるの」

     2

「どこといって、あの塔のことさ。ここから大分とおいから、君たち気がつかないのか」
 帆村の指さす方を兄妹がよく見ますと、なるほど丘のかげに一つの塔らしいものが見えます。
「おじさん、あれのこと?」
「そうだそうだ。丁度軍艦淡路が坐礁している丁度真正面になるだろう」
「おじさん、あの塔になにか怪しいことがあるの」
「さあ、それは今は何ともいえない。そうだ一彦君ここに双眼鏡があるから、これであの塔を見てごらん」
 帆村おじさんは、ポケットから、妙な形をした双眼鏡をとりだしました。それははじめ普通の双眼鏡に見えましたが、その先を起すと、蝸牛かたつむりが角をはやしたようになります。のぞいて見ると、小形に似ずなかなか大きく、かつはっきりと見えます。
「どうだね、塔がよく見えるだろう。誰か窓からここを見ていないか、よく気をつけて見たまえ」
 あまりにも双眼鏡がよく見えるので、一彦はただぼんやりと塔をみつめていましたが、おじさんからいわれて塔の横腹に三段になってついている窓を一つ一つ丁寧ていねいに見ていきました。
 窓は手にとるようにはっきり見えました。するとどうでしょう。一番上の窓にはってある紫色のカーテンが、まん中からそーっと左右にひらかれるのが見えました。
「おや、塔の中に誰かいますよ」
「なに、いるかい。双眼鏡をこちらへお貸し」
「ちょっと待って、おじさん」
 と、一彦はなおもカーテンを見ていますと、そのうちにカーテンの間からあたりをはばかるように一つの顔があらわれました。その顔! その奇妙な顔!
「あっ、あの顔だ――」
 と、一彦はびっくりして双眼鏡から目を放しました。それは誰の顔だったのでしょうか。

     3

「あの顔って、どんな顔だ」
 と、帆村は一彦の手から双眼鏡をとって、すぐ目にあてて見ました。しかし帆村の目には、一彦が見た塔上の怪人の顔は、もううつりませんでした。
「もう顔をひっこめたらしい。一彦君、どんな顔を見たんだ」
 と、探偵帆村荘六になりきって、おじさんは一彦を離しません。
「おじさん、それが変な顔です。汐ふきのお面みたいな顔です」
 するとミチ子も、それに声をあわせて、
「ああ、あの変なおじいさんのことなの。そうだったわね。昨日ここを通りかかったところを兄さんと一しょに見て笑ったのよ。だって、とても変な顔なんですもの、ほほほほ」
 と、ミチ子はあの口のとびだした滑稽な顔を思いだして、おかしくてたまりません。
「とにかく、実はあの塔を調べてみろというその筋からの命令で、こうしておじさんは、はるばるやってきたのだ。じゃあミチ子はあぶないから、うちで待っておいで。おじさんは一彦君と一しょにいってみるから」
 ミチ子は、すこし不満でしたが、帆村探偵がとめるので、仕方なく家へかえってお留守をすることになりました。
 怪塔は、そこから一キロほどの道のりでありました。塔のうしろはこの辺に珍しい森になっていて、また前は海との間に寝たような形の丘が横たわっていました。
 一彦と帆村とは、たいへん急ぎ足でいきましたけれど、そこへつくまでには、三十分もかかりました。そばに来てみると、塔はますます高く、見るからに頭の上からおしつけられるような感じのする塔でありました。
「おじさん、ここに入口があるよ」
「うむそうか。開くかどうかやってみよう」
 といいながら、帆村は注意ぶかくゴムの手袋をはめ、ドアの把手とってを握っておしてみましたが、びくとも動きません。

     4

 怪塔王は、塔の一番上の部屋の中に、どっしりとえた肘掛椅子ひじかけいすにうずくまって、向こうを向いています。
「あっはっはっ。なにをしたって、お前たちに入口のドアがあいてたまるものかい。あっはっあっはっ」
 怪塔王は、壁を眺めてはからからと大声で笑っています。
 そうです、この壁には、どうしたものか、塔の入口と同じ光景がうつっていて、その前に、帆村探偵と一彦とがうろうろしているのがうつっています。まるで映画がうつっているようにも見え、また魔法の鏡がかかっているようにも見えます。なにしろ塔の下の入口の光景が、このように塔の階上の室で見えるのですからね。
「あっはっはっ。まだあきらめよらんな。それでは一つおどかしてくれるか」
 そういいながら、怪塔王は机の上から長いくだのついたマイクロフォンをとりあげて、口のそばに持っていくと、
「おいおい、なぜうちのまわりをうろうろしているんだ。ははあ、鍵穴をのぞいたな。変なまねをしていると、今に頭の上から、毒ガスをぶっかけるぞ」
 帆村と一彦の頭の上からふってきたのは、それは破鐘われがねのような大きな声でした。
「これはかなわん。おい一彦君、はやく逃げるんだ」
 と、帆村探偵はふだんにも似ず、弱音をはいて逃げだしました。
「あっはっはっ、ざまを見ろ」
 怪塔王は、なおもからからと笑いつづけます。
 怪塔王とは一体何者でしょうか。しかしとにかくこの怪塔に、おどろくべき最新科学による仕掛しかけがしてあることはたしかです。
 では、いま沖合に坐礁している軍艦淡路の事件とも、なにか関係があるのではないでしょうか。それにしてもあの勇敢な帆村探偵は、なぜしっぽをまいて逃げだしたのでしょうか。


   砂丘



     1

 帆村探偵と一彦少年とは、怪塔王にどなりつけられましたので、一目散に逃げだしました。怪塔からものの五百メートルも走ったところに、砂が風のため盛りあがって丘になっているところをみつけましたので、二人はこれさいわいと、そのかげにとびこみました。
 砂丘のかげから、うしろの怪塔をふりかえってみますと、別に何者もこっちへ追いかけてくる様子もなく毒ガスらしいものも見えないようです。二人はほっと安心のため息をつきました。
「なあんだ、おじさんは探偵のくせに、ずいぶん弱虫なんだね。これはかなわん、にげろにげろ――などと大きな声を出して逃げるなんて……」
 と、一彦は砂丘のかげに寝ころがったまま帆村荘六おじさんを弥次やじりました。
 すると帆村探偵はにやりと笑って、
「うふふふ、ずいぶん弱虫に見えたろうね。それでいいんだよ。あの怪塔の大将は、なにかテレビジョンのような機械をつかって、僕たちが忍びよったところを、手にとるようにはっきり見ているんだ。ところが、こっちには向こうの大将が見えないんだから、喧嘩けんかにならないじゃないか。あんなときには、こっちが弱虫で、すっかり腰をぬかしたように見せておくと、向こうは本当に自分が勝ったんだと思って安心するんだ。そこで向こうが油断をする、そこをねらって、こっちが攻めていく、どうだ、いいかんがえだろう」
「へえー、では帆村おじさんは、それほど弱虫ではないんだね。そうとは知らなかったから、さっき僕は、がっかりしちゃったよ」
 帆村はまたにやりと笑いました。
「さあ、そこで一彦君、こんどはいよいよ怪塔を攻める方法を考えるんだ。一体どうしたらあの塔の中にうまく忍びこめるだろうか」
「さあ――」
 これには一彦も弱ってしまいました。

     2

 一体どういう風にやれば、あの怪塔の中にしのびこめるでしょうか。
 あのそびえたった高い塔を、どこからじのぼればいいのでしょうか。
 入口の扉には、じょうがおりています。
 いや、そればかりではないのです。塔の近くへよると、怪塔王はそれをすぐ知ってしまいます。なにしろ、塔の三階にいて、入口の附近の様子がありありと見えるテレビジョン機械をもっているのですもの。
 そう考えてくると、怪塔の中に忍びこむには二重三重のむずかしい問題があります。
「どうだね、一彦君。いい考がうかばないか」
「僕、なにもわからないや」
「なにもわからないようじゃ駄目だねえ。もっと考えなくちゃ」
「おじさんは何か考えているの」
「うん、おじさんも実は困っているんだが、とにかく昼間行くと怪塔王に見られてしまうから、夜になって近づくのがいいということはわかるよ」
「なるほど、おじさんはえらいや。それからのちはどうするの」
「それからのちは――困っているのだ」
「おじさん、梯子はしご竹竿たけざおをもっていって、一階の窓にとりつきガラス窓をこわしてはいってはどう」
「それは駄目だ。さっき窓をよく見てきたんだが、ガラス窓の外にはもう一枚鉄の扉がしまるようになっている。夜になると、きっと、窓は鉄の扉にとざされて、なかなかはいれないと思うよ」
「それじゃ困ったね。窓からは駄目だ」
「入口の扉をあける合鍵でもあればいいんだが……」
「鍵?」
 そのとき一彦は、ふと猿の頭のついた鍵のことをおもいだしました。昨日怪塔王が砂の上におとしていったあの大きな変な形をした鍵のことです。

     3

「そうだ、あの鍵があれば、入口があくかも知れない」
 と、一彦はひとり言をいいました。
「なに、鍵だって? 一彦君は、あの入口の鍵をもっているのか」
 と、帆村探偵は、おどろきの声をあげました。
 そこで一彦は、今その鍵をもっているわけではないこと、しかし昨日一彦が変な鍵を砂の上で拾ったこと、そして間もなく怪塔王がひきかえしてきて、その鍵をもっていってしまったことなどを話しました。
「ああ惜しいことをした。その鍵があれば、今どんなに役に立ったかしれないのだが」
 と、帆村探偵は残念そうにいいました。
 一彦も、帆村探偵におとらず残念におもいましたが、そのときふと気がついたことがありました。
「ねえ、おじさん。鍵の形がはっきりわかっていると、それと同じ鍵をもう一つ作ることができるねえ」
「なんだって、鍵の形がわかっているのかね」
 そこで一彦は、昨日それを持って遊んでいたときに、湿しめった砂におしつけて、鍵の型をいくつも作ったことを話しました。そして、もしかすると、昨日遊んだところに、まだ鍵の型が一つや二つは残っているかもしれないといったのです。
 それを聞いて、帆村探偵はとびあがってよろこびました。
「そいつはいいことを聞いた。ではこれからいって探してみようじゃないか」
 二人は砂丘のかげからとび出すと、どんどんかけだし、昨日一彦とミチ子が遊んだ浜辺へやって来ました。
 さいわい昨日は風も弱くて砂をとばさず、またそこは湿った砂地でありましたので、一彦の作った鍵の型は、あちこちにのこっていました。
「うむ、しめた。これなら合鍵が作れる!」
 帆村は大喜びで、一彦の手をぐっと握りしめました。

     4

 帆村探偵と一彦は、一歩一歩怪塔の入口に近づきました。そしてもう一歩で、入口の扉に手が届くというところまで近づいたそのときでありました。突然あたまの上から、破鐘われがねのような声がおちてきました。
「こーら、誰だ。また二人づれで来やがったな」
 その声は、あまりに不意であり、そして大きかったものですから、こちらの二人は思わずその場に木のようにかたくなってしまいました。
「ねえ、おじさん、どうしよう」
「うむ」
 帆村はうなるばかりでありました。
 するとつづいて、塔の上からまた破鐘のような声がひびいてきました。
「まだぐずぐずしているのか。まごまごしているとこんどは本当に毒ガスをひっかけるぞ」
 そういう声は、たしかにこの前の怪塔王のののしり声でありました。そして本当に毒ガスがでてきたのでもありましょうか、塔の上に別の赤いがつきました。
「おい、一彦君。残念だが引きかえそう」
 と、帆村は無念そうにいいました。
「おじさん、やっぱり退却するの」
「うん、どうも仕方がないよ。折角せっかく鍵まで用意してきたけれど、これじゃ深入りしない方が後のためになる。さあ一、二、三で駈けだそう。走るときは真直に走っちゃ駄目だよ。のこぎりの歯のようにときどき方向を急にかえて走るんだぜ。そうしないと、塔の上から射撃されるおそれがある」
 と、帆村の注意は、どこまでも行きとどいていました。
 こうして帆村と一彦とは、折角怪塔まで近づきながら、遂に怪塔王に気づかれてしまって、残念ながら引きかえすこととなりました。
 二人は、この失敗にそのまま勇気をくじいてしまうでしょうか。


   不思議な木箱



     1

 さて、その翌日の夜のことでありました。
 怪塔のあたりはいつものように闇の中に沈んで、三階目の窓に黄いろい灯のついていることも、昨日のとおりでありました。
 その夜もけて、時刻はもう十二時ちかくでもありましたろうか。
 ちょうどそのとき、塔の向こうから、車のわだちの音がごとごと聞えてきました。
 そのうちに塔の前に姿をあらわしたのは、大きな木箱を積んだ馬車でありました。馭者ぎょしゃは台の上にのっていましたが、酒にでも酔っているらしく、妙な声ではな唄をうたっていました。車をひっぱる痩馬やせうまは、この酔払い馭者に迷惑そうに、とぼとぼとついていきます。
「こーら、老いぼれ馬め、もっとさっさと歩くんだ。俺さまの手にあるむちの強いことを、手前てめえは知らないな」
 ぴしりと鞭は、空中に鳴りました。
 痩馬は、痛さにたえかねたらしく、ひひんといなないて急に駈けだしました。そのとき、車の上から、積んでいた木箱がつづいて二つ、がたんと地上に転げおちました。それは馬車が急に走りだしたせいでありましょう。
 木箱二つが、砂の上に転がりおちたことを馭者は知らないようでありました。彼はなにかわけのわからぬことをわめきながら、かわいそうな痩馬に、ぴしぴしと鞭を加えて走らせていきます。そしてそのまま闇の中に見えなくなってしまいました。
 砂上にのこされた木箱二つ。いつ誰が拾いにきてくれますやら。
 この木箱の落ちたところは、ちょうど例の怪塔の扉の前でありました。怪塔王は、この木箱を室のうちから見たのか見なかったのかわかりません。
 それから二十分もたってのちのことでありました。もう誰にも忘れられたような二つの木箱が、そのとき不思議にも砂の上をしずかにはいだしました。まるで木箱が生き物になったようです。一体これはどうしたというのでありましょうか。

     2

 怪塔王は塔の中で一体なにをしていたのでしょうか。
 怪塔王は、そのとき寝床のなかにあの変な顔をうずめてぐうぐうと眠っていました。怪塔王は、夜が更けると一度すこしのあいだ寝ることにしています。二時間ほど眠ると、こんどはまた起出して、夜中から朝がたまで仕事をするのです。これを怪塔王の間眠あいだねむりと申します。
 しかし塔の前で、馬車の上から大きな木箱が、がらがらずどんと大きな音をたてて地面の上に転げおちたその地響じひびきに、ふと目をさましました。
「な、なんだろう。軍艦のやつめ、大砲をうちだしたかな」
 と、寝床から起きあがって、テレビジョンを壁にうつしてみました。
 このテレビジョンの器械には、自動車のハンドルみたいなものがついていて、これを廻すとレンズがうごきます。そのレンズの向いた方角なら、どこでも塔の外の景色が思いのままに壁にうつるのでありました。
 昼間だけではありません。夜間でもはっきりうつります。テレビジョン器械は、人間の眼よりもはるかに感じがするどく、人間の眼にみえないものでも器械の力でよく壁にうつしだすのです。
 怪塔王は、レンズを軍艦の方にむけ、壁に夜の海面の光景をうつしだしました。軍艦が大砲をうつと大砲の煙が出ているはずです。そう思って怪塔王が見てみましたが、一向いっこう煙もあがっていません。
「じゃあ何の音だろう」
 と、怪塔王は不思議がってテレビジョンを方々へまわしてみましたが、なんの変ったこともありません。ただ塔の前に、大きな木箱が二つ落ちているばかりでした。そして積荷をおとした馬車が向こうへゆくのも見えます。
「なんだ、ばかばかしい。あの箱が落ちた音だったか。ああねむいねむい」
 と、怪塔王はまた寝床にもぐりました。

     3

 二つの木箱がそろそろと塔の入口にむかっていだしたときには、怪塔王はテレビジョンを消して、もう寝床の中にはいったあとでありました。
 もっと永く起きていれば、このそろそろ動く怪しい木箱が目にうつったかも知れないのです。怪塔王にとっては珍しい大失敗でした。
 二つの木箱は、塔の入口にぴったりとよりそいました。
 すると木箱はすうと持ちあがり、箱の下に二本の足がにょきりとえました。二つの箱ともそうなのでしたが、一方の箱の足は長く、もう一つの箱の足は短くて細くありました。
 そのうちに、長い足の生えた木箱の横腹に、円い穴がぽかりとあきました。
 しばらくすると、その穴の中から一本の手がにゅうと出てきました。
 その手は、しきりに入口の扉をさぐっています。よく見ると、その手は大きな鍵をにぎっているではありませんか。大きい鍵です。もし近づいてよく見た人があったら、その鍵の握りのところに猿の彫りものがついているのがわかったでしょう――といってくれば、この箱から生えている手の持主が何者であるか、そろそろおわかりになったでしょう。
 そうです。この大きな箱の中には、帆村荘六探偵がはいっていました。そしてもう一つの小さい箱の中には一彦少年がはいっていました。
 二人は、怪塔王の目をくらますために、こうして底のない箱にはいったり、馬車をやとったりしたのでありました。
 いまや、鍵を握った帆村探偵の手は、鍵穴にとどきました。鍵はすいこまれるように鍵穴にはいりました。
「さあしめた!」
 鍵をまわすと、がちゃりと錠は外れました。二人はもう大よろこびです。かぶっていた箱を表に放りだすと、すばやく塔の中にとびこみ、ぴたりと入口をしめました。
 はじめてはいった怪塔の中!


   螺旋らせん階段



     1

 怪塔の中は、まっくらです。
 帆村探偵と一彦少年とは、用意にもってきた懐中電灯をぱっとつけました。あたりを照らしてみるとそこはまるで物置のように、なんだか訳のわからぬ機械が、いくつもいくつも壊れたままに積みかさねてありました。
「おじさん、これは何の機械だろうね」
 と、一彦はそっと帆村の腕をひっぱって、たずねました。
「ふうん、この機械かね。はっきりわからないけれど、こっちにあるのは、電気を起す機械だし、それからまたあそこにあるのは、どう考えても圧搾あっさく空気を入れるいれものだねえ。そのほかいろいろなものがある。どれもみな壊れているようだ。なぜこんなものを集めてあるのかなあ」
 と、帆村はふしぎでしかたがないという風に、頭をふりました。
 そのうちに目にはいったのは、この円い缶詰かんづめのなかにはいったような部屋の真中についている螺旋階段でした。
 螺旋階段というのは、普通の階段のようにまっすぐではなく、ぐるぐるとねじれている狭い階段のことです。
 二人はそれをつたって、二階へあがっていきました。
 この二階もまっくらですが、懐中電灯で照らしてみますと、ここはたいへんきちんとしていまして、黒ぬりの美しい配電盤や、そのほか複雑な機械がずらりと並んでいました。
「ここは何をするところなの」
「さあおじさんにはわからないよ。しかしまるで軍艦の機関室みたいだね」
「塔の中に、軍艦の機関室があるなんて、変だね」
「うむ変だねえ。なにか訳があるのにちがいない――さあ、いよいよこの上に怪塔王がいる部屋があるのにちがいない。一彦、しっかりするんだよ」
 と、帆村探偵は一彦をはげまし、三階につづく螺旋階段の手すりに手をかけました。

     2

 怪塔王の部屋は、いよいよこの階段を一つのぼれば、そこにあるのです。帆村探偵もさすがにのぼせ気味で、息づかいもあらくなってまいりました。一彦少年はというと、これは体をちぢめて、ねずみをねらう子猫のようなかっこうに見えました。
 足音をしのばせながら、螺旋階段を一段ずつのぼっていく二人のひたいには、いつしかあぶら汗がねっとりとにじみでました。帆村の右手には、愛用のコルト製のピストルがしっかとにぎられています。一彦少年は、一たばの綱をもって、いつでもぱっと投げられるようにと身がまえをしていました。
 まっさきに立っている帆村が、下をむいて手で合図をいたしました。
(おい一彦君、いよいよ階段をのぼりきるぞ。怪塔王はすぐそこにいるんだ。かくごはいいか)
 と、いったような意味をこめて、いよいよ最後の決心をかためさせたのです。勇ましいといっても一彦はほんの少年です。ついて来るといって聞かないので、やむをえず一しょにつれてきましたが、これからさきの危険をおもうとき、帆村おじさんの心配はひととおりではありません。
 帆村探偵は、階段のすき間から、そっと三階の様子をうかがいました。
 部屋のなかには、弱いスタンドが一つ、ほのあかるい光を放っているだけでありました。円形になった室内には、たくさんの本棚がならんでいます。テーブルの上には、わけのわからない機械が組立中のまま放りぱなしになっています。また高い脚のある寝台も見えました。
 帆村は、一彦に合図をして、じっと耳をすませました。どこからか、ごうごうといういびきのおとがきこえてまいります。
(しめた、怪塔王は、あの寝台のうえで眠っているんだな)
 よし、それなら飛びこむのは今だと、帆村はにっこり笑い、一彦をそばへ招くと、そっと耳うちをしました。

     3

 帆村探偵は、階段の「最後の段」をおどりこえ、ゆかの上にえいと飛びあがりました。そしてさっと照らしつけた手提てさげ電灯は、怪塔王のねむる寝台の上へ――
「あっ!」
 帆村は思わず、足を一歩うしろにひきました。なぜって、彼は寝台の上にかかっている薄い羽蒲団はねぶとんの間から怪塔王の目がじっとこっちをにらんでいるのを発見したからです。はじめて見る怪塔王の顔――ああ、なんという変な顔もあったものでしょう。
 帆村はピストルを怪塔王の目にねらいをつけ、もし相手がうごけば、すぐさま引金をひく決心をしていました。
 ところが、ごうごうごうと、どこからか、たしかに寝息らしいものが聞えてきます。
(変だな)
 すると後からついてきた少年が、寝台をゆびさし、
「おじさん。怪塔王は目をあけたまま眠っているんだよ」
「ふーむ、そうかね」
 ほんのわずかの話声でありましたが、それが人間ぎらいの怪塔王の耳に入ると、彼はがばと寝台から跳ねおきました。
「ああーっ、よく眠った」
 と、両手をあげたところを、帆村が、
「動くな。動くとうつぞ。手をあげたままでいろ。下すとうつぞ」
 と叫べば、怪塔王ははじめて気がついて、はっと首をすくめました。そしてあの滑稽な顔を、そろそろと帆村の方に向け、
「お前は誰じゃ――おや、いつも塔の前でうろうろしていた奴じゃな。うん、子供もついて来ている。それでこの俺さまをとっちめたつもりでいるのだろうが、それはたいへんな間違まちがいだぞ。あっはっはっ」
 と、怪塔王の声が、にくにくしげに、室内にひびきわたりました。

     4

「おれの寝ているところへ、踏みこんでくるとは、さても太い奴じゃ。あっはっはっ」
 と、怪塔王は寝床の上にあぐらをかいて、大笑いをしました。
「なにをいう。貴様の悪だくみはもうすっかり種があがっているぞ。おとなしくしろ」
 と、帆村探偵がピストルをかざすと、
「なんだ、そんなピストルでおれをおびやかそうというのか。貴様はよっぽど大馬鹿者だぞ。おれは、やろうと思えば、帝国の最新鋭艦でも、なんの苦もなく坐礁させるという恐しい力をもっているのだ。そんなピストルぐらい何がこわいものか」
 帆村探偵も、一彦も、これを聞いて、胸をつかれたようにはっとしました。「淡路」の坐礁事件につきどうしてそんな怪事がおこったかと苦心してしらべていた矢さきに、怪塔王が自分でもって、「あれはわしがやったのだ」と白状したのですから、そのおどろきといったらいいようもありません。
「な、なにをいう。うそだ嘘だ。自分でもって、そんな大それたことをやったなどというはずがない」
 と、帆村が叫べば、
「うふふ」
 と、怪塔王は気味わるく笑って、
「なにもわしがしゃべったとて、そう驚くことはないじゃないか、これはせめて貴様たちの冥途めいどのみやげにと思って、聞かせてやったばかりよ」
「えっ、冥途のみやげにとは――僕は貴様などに降参したおぼえはないぞ」
 すると怪塔王は、又おかしくてたまらぬという風にからから笑い、
「なんだな、貴様たちは一度この塔へはいればもう二度と外へは出られないということを知らないのだな。わっはっはっ」
 一彦はこれを聞くと、もうたまらなくなって帆村の腰にしがみつきました。
 帆村は危険とみて、ピストルをとりなおすなり、寝床の上にのばしている怪塔王の足をめがけて、ピストルの引金をえいっとひきました。

     5

 怪塔王をねらって、帆村がピストルの引金をひくと、轟然ごうぜん一発、弾丸は怪塔王の足をぷつりとうちぬいた――かと思いのほか、案にたがって怪塔王は煙の間から顔を出して、にやにやと笑っています。
「おや、これはいけない」
 と、つづいてまた一発!
 しかし怪塔王はつづいてにやにや笑っているばかりです。
 三発目を、帆村が撃とうとすると、怪塔王は手をあげてとめました。
「これ、無駄にたまをつかうなよ」
「なにっ!」
「なにもかにもないよ。ほら見るがいい、貴様のうったピストルのたまは、こんなところに宙ぶらりんになっているじゃないか」
 そういって怪塔王は、寝床の上から長い指を帆村の方にむけました。
 はじめのうちは、帆村には、何のことやら、さっぱりわけがわかりませんでしたが、よくよく怪塔王の指さしたところを見ると、なるほど奇怪にも二発の弾丸がまさしく宙ぶらりんになっています。それはちょうど、帆村と怪塔王との向きあった真中のところです。二発の弾丸は下にもおちず、お行儀よく頭をそろえて向こうを向いているではありませんか。
「おじさん、怪塔王は魔法をつかっているのだよ」
 と、一彦が早口で帆村にささやきました。
「あっはっはっ、そのちんぴら小僧は魔術といったな。魔術なんて下品なものではない。これこそ、わしの得意とする磁力術じゃ」
 磁力術? 磁力術とはなんのことでしょう。鉄をすいつける磁石の力のことらしいのですが、そんな強い磁石があるのでしょうか。
「ほら見なさい。貴様のうったたまは、わしがつくってある目にみえない磁力壁をとおりぬけることができんのじゃよ。さあどうだ、降参するか」

     6

 あまりにも不思議な怪塔王の力に、帆村も一彦も、ぼんやりしてしまいました。ピストルを撃っても、弾丸が途中で壁の中に埋まったように停ってしまうのですから、ピストルなんか何の役にもたちません。
 軍艦淡路をひきよせたというのも、これと同じ力をつかったのだと、怪塔王は秘密をもらしましたが、なんという恐しい力があったものでしょう。またここはなんという気味のわるい塔でありましょう。
 といって、帆村も一彦も、ここで怪塔王に降参するつもりはありません。そんな女々めめしいかんがえはすこしも持っていません。力のあらん限り、どこまでもこの怪人をやっつけなければならぬと、かたく決心をしていました。
「ははあ、二人ともむずかしい顔をしているじゃないか。まだ何か、わしに手向かう方法はないかと考えているのだな。あっはっはっ、そうはいかないよ。こんどは、わしがお前たちを片づけてしまう順番だ。覚悟をするがいい」
 というと、怪塔王は寝台を向こうへ下りようとして、後向きとなりました。
(今だ!)
 帆村探偵は、大胆にも怪塔王がうしろを向いたすきをのがすことなく、うしろから、「やっ」と掛声かけごえして飛びつきました。
「な、なにをする」
 怪塔王はせせら笑いました。そして後をむき、片手をのばすと、帆村をどしんとつきとばしました。
「あっ――」
 怪塔王の力のおそろしさといったら、まるで自動車に跳ねとばされたような気がしました。
 さすがの帆村も、ころころと転がって、うしろの壁にどしんとつきあたりました。
 するとそれが合図でもあるかのように、がちゃんと大きな音がして、天井てんじょうからなにか黒い大きいものがどっと落ちて来ました。帆村は一彦の名を呼びました。そして二人は抱きついたまま、思わず首をちぢめました。


   鉄のおり



     1

 天井からおちて来た黒い大きいものは、一体なんであったでしょうか。怪塔の正体はいよいよでて、怪また怪です。
「あっ、これは鉄のおりだ!」
 帆村は身のまわりを見まわして、びっくりしました。天井からおちて来たのは、実に鉄の檻でした。
 それは天井から床までとどく鉄の棒が、さしわたし五メートルもある円形に並んでいる鉄の檻でありました。
 こうなると、出ようとしても出られません。鉄の檻を、もう一度天井にひきあげてもらわないかぎり、この檻から外に出ることはできないように思われます。
 ピストルをうっても、もう怪塔王にはとどかないし、その上、おもいがけない鉄の檻にとりかこまれたのですから、帆村も一彦も手も足もでません。
「一彦君、ここへはいるのには、もっとよく調べてからにすればよかったね。これでは、僕たちは、怪塔王につかまるためにわざわざやってきたようなものだ」
 といえば、一彦少年は思いのほか元気な顔をあげて、
「おじさん、だめだなあ。こんなになってからいくら弱音をはいても、なんにもならないじゃないか。それよりは元気を出して考えるんだよ。一生懸命になって考えると、またすてきなことがみつかるよ」
「よく言った、一彦君。おじさんが弱音をはいたのはわるかった。さあ元気を出して、怪塔王とたたかうぞ」
 すると近くでくすくす笑う声がしました。はっと目をあげてみると、それは怪塔王が檻の中をのぞきこみながら、心地よげに笑っているのでありました。
「あっはっはっ、なにをいっているか。お前たちは、もうこの塔から出られないのだ。あきらめるがよい」

     2

「なんといおうと、この塔からりっぱに出ていってみせるぞ」
 帆村探偵は、鉄の檻のなかから、怪塔王をじっとにらみつけました。
「ほう、それは勇ましいことだ。じゃあ、まあよく考えてみるがいいさ。これからお前たちを、考えるのにはもってこいという場所へおくってやろう」
 考えるのにはもってこいの場所?
 それは一体どんなところなのでしょうか。
 怪塔王は、にやりと笑うと、また寝台のところへ歩いていって、後向きになりました。
「あっ、わかった。あそこに秘密のボタンがあるのだ」
 と一彦が叫びました。
「秘密のボタン――そうかもしれない」
 と、帆村は檻につかまって、怪塔王の背中をじろじろみつめています。
 秘密のボタンをおしたので、この檻が天井から下りて来たのでしょう。発射されたピストルの弾丸が空中でとまるのも、その秘密ボタンをおしたためでしょうか。さて今度、怪塔王はどんなボタンをおすつもりなのでしょうか。
「あっはっはっ」
 と、寝台にとりついている怪塔王が、二人の方をむいて笑いました。
「なにを――」
 と、帆村と一彦とが、睨みかえしました。
 そのとき、二人の立っている床がごくんと揺れたかと思うと、ああら不思議、そのまますうっと下にさがりはじめました。まるでエレベーターで下りるような工合です。
「あっ、僕たちをどうするのだ」
 と叫んだが、もうどうにもなりません。二人の立っている床は、どんどん下って、やがて十四五メートル下のまっくらな部屋へおりていって、止りました。どうやら、三階から一階へおりたらしいのです。
「あっ、止った」
「まっくらで、なにも見えない」
「手提電灯をつけてみよう」
 帆村は、ポケットから手提電灯を出すと、かちりとスイッチをひねりました。

     3

 手提電灯は、ぱっと真暗の一階をてらしました。
「おじさん、ここはやっぱり一階だよ」
 と一彦少年が叫びました。そうです、たしかに見覚えのある倉庫のような一階に違いありません。
 帆村探偵は無言で、じっとあたりを見廻していました。
「帆村おじさん、この鉄の檻から出る工夫はないの」
「うむ、鉄の檻ではどうもならないね」
 と、いいながら、探偵は鉄の檻が床についているあたりに手提電灯をさしつけてみていましたが、そのとき何を思ったか、一彦少年の腕をぎゅっと握りました。
「一彦君。大きな声を出しちゃいけないよ」
 と、まず注意をあたえてから、
「ほら、ここをごらん」
 と、帆村が指したところを見ると、鉄の檻が床から二十センチメートルばかり浮いているのです。
 一彦は、早くもこの意味をさとって、おどろきの声をだすまいと口に手をあてました。
「ほう、床に転がっているこの丸太ん棒が邪魔じゃまをしているから、檻が床までぴったり下らないのだ。これは天のたすけだ。一彦君、君は小さいから、この檻と床との隙間をくぐって檻から這出はいだしてごらん」
「ええ、僕、やってみる!」
 一彦は、すぐさま床にあおむけに寝ころぶと、頭の方からそっと檻の下を這出しました。あぶないことです。もしもこのとき丸太ん棒が鉄の檻から外れるようなことがあれば、鉄の檻の一番下にはまっている円形の太い台金でもって、一彦のやわらかい体はたちまち胴中から、ちょんぎられてしまうでありましょう。
 そんなことがあってはたいへんと、帆村は檻のなかにわずかにはいっている丸太ん棒のはしを、力のあらんかぎりおさえていました。

     4

 きわどい冒険がつづきます。
 一彦は怪塔の鉄檻の下にわずかにあいた隙間をくぐって、死にものぐるいで外にぬけようとしています。
 うまく頭が向こうへ出ました。
 一彦はなおも一生懸命に、両足で床をうんとけりました。すると肩が檻の向こうへ出ました。つづいて手が出ました。
「もう大丈夫!」
 あとはするりと向こうへぬけ出ました。
「おじさん、抜けられたよ。おじさんも出られないかなあ」
 と、一彦は鉄格子につかまって、帆村の方をのぞきこみました。
 そのときです、鉄の檻が、がたんとうごきだしたのは。
 それはきっと一彦が檻を出るときに、うれしさのあまり檻を足でったので、その震動が怪塔王の耳にはいり、鉄檻に隙間があってよく下りきらないのを知ったため、檻をむりにも下に下そうとしているのでありましょう。
 丸太ん棒がみしみし鳴りだしました。鉄の檻が力一杯丸太ん棒をしつけ、これをくだこうとしているのです。
 しかし丸太ん棒です。上から圧すのは鉄の檻にしろ、そうかんたんにくだけるはずがありません。めきめきという音がするばかりで、一向いっこう隙間は狭くなりません。
「一彦君、その棒の向こうの端をもって、力一杯おこしてみないか。隙間がもうすこし大きくひろがるかもしれないから」
 さすが帆村探偵です。たいへんいいところに気がつきました。
 一彦は檻の外へ長く出ている丸太ん棒の端をもって、ううんと力一杯もちあげてみました。
 めきめきとまた高い音がしましたが、果して檻と床との隙間は、さらに五センチほども広がりました。しめたと帆村は勇敢に、檻の下に頭を入れました。

     5

 帆村探偵は一生懸命です。
 檻と床との隙間に、顔を横にして入れると、うまく向こうへ頭がでました。しかしとたんに胸のところでつかえました。
「一彦君、もっとしっかり」
 一彦少年の腕はもう折れそうでした。しかしここで帆村を檻の外に出さなければとおもい、うんと腰に力を入れて、ええいと丸太ん棒をもちあげました。
 帆村の体はまたすこし向こうへ出ましたが、こんどは帆村おじさんのお尻が支えてしまいました。
 一彦は、このときあまりに腕がぬけそうなので、ちょっと力をゆるめた拍子に、鉄の檻は正直に下りました。
「あ痛い。ああっ――」
 帆村おじさんはお尻をはさまれて、悲鳴をあげました。六十二キログラムもあるおじさんのお尻ですから挟まれて痛いのもむりありません。こんなことなら、もっとせっぽちに生まれてくればよかったと思いましたがもう間にあいません。
 おどろいたのは一彦です。
 丸太ん棒を肩にあてて、ええいやっと力を入れますと、とたんにぽきりと音がして、鉄の檻は、がたんとはげしく床にぶっつかりました。その音をきいたとき、一彦はおじさんの胴中が二つになったと思い、おどろきのあまり頭がぽーっとしてしまいました。
「どうした一彦君、しっかりしなくちゃ駄目じゃないか」
 帆村探偵の声に、一彦ははじめて気をとりなおし、顔をあげてみると、あんなに心配した帆村は、いつの間にやら檻の下からぬけて一彦の体をかかえているではありませんか。おじさんは危機一髪、檻が落ちる前にひらりととびでたのです。
「ああ、おじさん助ったんだね。ああ僕、どうしようかと思った。よかった。よかった」
 と、一彦はよろこびのあまり、おじさんの首に手をまわして抱きつきました。

     6

 怪塔王の住む怪塔にはいりこんだのはいいが、しばしばあぶない目にあわされ、いよいよこれで命がなくなるかと思ったことも二度三度とつづき、あげくの果、どうやらこうやら鉄の檻をくぐりぬけた帆村と一彦少年とでありました。まあ運のいい方でしょう。
 しかし檻からぬけでたといっても、それで二人の危険はなくなったのではありません。
「おじさん、もう一度この階段をあがっていって、怪塔王に組みつこうよ」
 さっき泣いたからすが、もう笑ったとおなじように、さっきはだいぶん弱気を出していた一彦も、帆村おじさんが檻から抜けだすと、急に強くなりました。そしてしゃくにさわる怪塔王をもう一度襲撃して、あの低い鼻にくいついてやりたいと思いました。
 それを聞いていた帆村は、一彦の頭をかるくなでながら、
「だけれど、ここは一度出なおすことにしようよ。怪塔王をやっつけるためには、もっとりっぱな武器を用意してこなければ、とても退治することはできないよ。戦艦淡路があんなにやっつけられたことを考えても、それがよくわかるんだ。僕たちは、怪塔王をあまり見くびっていた。怪塔王は、僕たちの思っていたよりも二倍も三倍も、いや十倍も二十倍もおそろしい科学魔なんだよ。残念だけれど、僕ら二人の手にはとてもおえない」
 と、くやしそうにいいました。
「じゃあ、これから僕たちは、ここを逃げだすの。つまんないや」
「そんなことをいっていられないのだ。さあさいわいにこの扉はさっきあけたばかりだから、そこをあけて、外へとびだそう」
 帆村探偵は少年をなだめながら、さっき猿の鍵であけておいた扉をさっと開きました。
 二人の目には、九十九里浜が夜目にもしろくうつったことと思うでしょうが、そうではありません。扉の外には、どうしたことか、考えもしなかった土の壁が出口をぴったりふさいでいました。


   検察隊



     1

 遭難した軍艦淡路の士官室に、この事件の検察隊本部がおかれてありました。検察隊というのは、このおそろしい事件が、どうして起ったのか、またどういう害を軍艦や乗組員にあたえたかを調べる係なのです。
 検察隊長は、この軍艦の第一分隊長塩田大尉たいいでありました。この大事件とともに、艦長安西大佐あんざいたいさから命ぜられたものでありました。もちろんこのほかに東京から派遣はけんされた捜索隊そうさくたいや県の警察署もそれぞれに活動していましたが、塩田大尉は、自分の乗組んでいた軍艦に起った事件ですから、どうかして自分の手でしらべあげたいと思っていました。
 いま塩田大尉は、士官室の大きな卓子テーブルの上に、この辺の地図をひろげ、検察隊の士官や兵曹などと、額をあつめて相談をしているところです。
「どうも分らん」
 と、塩田大尉は、太い首をよこにふりました。
「東京から派遣された調査隊の中に、帆村荘六という探偵がいた筈だが、その後一向ここへやって来ないじゃないか」
「それがですね、塩田大尉」と、小浜こはまという姓の兵曹長が、達磨だるまのように頬ひげをったあとの青々しいたくましい顔をあげていいました。
「それがどうも変なのであります」
「なにが変だ」
「この先の別荘に泊っているので、今朝からいくども使者をやっていますが、その別荘にはミチ子さんという、親類のお嬢さんがいるきりで、本人は一彦君というミチ子さんの兄にあたる少年をともなって出たまま、まだ帰ってこないというのであります」
「ふーん、どこへ行ったのかな」
「お嬢さんもよく知らないといっていましたが、なんでも向こうの塔を見にいったとかいう話です」
「なに塔だって。その塔とはどこにある塔か」
「さあそれがどうも、艦橋からすぐ前に見えていた塔であるように思われるのです」

     2

「ああ、あの塔のことか」
 といいましたから、塩田大尉も怪塔のことは、かねて知っていたと見えます。そうでしょうとも。坐礁ざしょうした軍艦のすぐ前に見えるのですから。
「おい小浜兵曹長、そこで誰かを塔にいかせて、帆村の様子をたずねにやったかね」
 すると兵曹長は頭をかいて、
「いや、そこまではやって居りません。しかし塩田大尉、なぜ帆村探偵のことをそんなに気にされますか」
「うん、それはこういうわけだ。僕はこの前の遠洋出動のとき、あの帆村荘六の『探偵実話』という本を読んだことがあるんだ。今もどこかにその本があるかも知れない。帆村探偵というのは、理学士かなんかで、なかなか新しい探偵術をもって、科学応用の悪人を征伐せいばつしてあるくという変り者だ。だから彼がわが軍艦淡路の事件で、この土地にやって来たからには、きっと相当に活躍するだろうと思うんだ。僕は、それをひそかに期待していたんだが、彼が別荘に帰って来ないというのは、どうも変だね」
 そういって塩田大尉は、思いいれもふかく首をかしげた。
 それからしばらくたっての後であった。
 階段を急ぎ足でかけおりてきたのは、小浜兵曹長であった。ふうふうとあらい息をはきながら、駈けこんだのは士官室だ。
「塩田大尉、た、たいへんです」
 テーブルを前に、この事件をその後どうしらべるかについて考えこんでいた大尉は、小浜兵曹長のあわてた顔をじっとみあげ、
「なんだ小浜。またとりのようにあわてとるじゃないか」
「いや、あわてるだけのことはありますよ。私はとりの年ですからね」
「酉年は知っている。大変の方はどうしたのか」
「そ、それです。塩田大尉、すぐ甲板へあがってください。貴下でもきっと顔色をかえられるような、たいへんなことが起っています」

     3

 甲板の上へ出ると、なにかたいへんなことがあるというしらせです。塩田大尉は小浜兵曹長をひきつれて、すぐさま昇降口をかけあがりました。
 軍艦淡路の甲板の上からは、いつに変らぬ九十九里浜の長いみぎわがうつくしく見えていました。
 だが、塩田大尉の目には、べつにたいへんらしいこともうつりませんでした。
「小浜兵曹長、たいへんとは一体何がたいへんなのか」
 すると兵曹長は、大尉の前へ腕をのばして海岸の方をゆびさしました。
「塩田大尉、あれをごらんください。あそこにたっていた塔が、どこかへ姿を消してしまったではありませんか」
「なに、塔が姿を消したって。誰がそんなばかばかしいことを本当にするものか」
「いや、そのばかばかしいことが本当に起ったのです。では塩田大尉には、あの塔が見えるのでありますか」
「見えないはずはない、あの塔は、あの辺にたしかにあったと思ったが――」
 と、塩田大尉は甲板の上から、小手をかざし、かねて覚えのある場所をしきりにきょろきょろと眺めましたが、どうしても塔が見えません。
(変だな、たしかあの林のそばに建っていたと思うが、見えないとはどういうわけだ)
 塩田大尉の顔はだんだんと紅くなってきました。そのうちに、反対に顔がさっとあおざめてまいりました。
 大尉は、拳をかためると、欄干らんかんをとんと叩きました。
「これあ不思議だ。小浜、お前のいうとおりだ。たしかにあの塔が見えなくなった」
「やっぱり私の申しましたとおりでしょう」
「うむ、これはたしかに一大事だ。あの塔が見えなくなったとすると、あそこを調べにいった帆村探偵は一体どうなったのだろう」

     4

 九十九里浜に立っていた怪塔が、わずか一夜のうちに、かげも形もなくなってしまったというのですから、これには塩田大尉もすっかりおどろいてしまいました。
「これはすぐ偵察しなきゃならない。兵曹長、すぐ陸戦隊を用意しろ」
 兵曹長は、はっと挙手の敬礼をして駈けだしました。やがて集合を命ずる号笛ごうてきの音が、ぴぴーぃと聞えました。
 やがて一隊の陸戦隊員が、白いゲートル姿もりりしく、甲板へかけあがって来ました。
「気をつけ、番号!」
 銃剣をしっかり握って、水兵さんたちはさっと整列しました。
 塩田大尉はその前に進み出て、
「これから上陸して偵察任務を行う。場合によれば戦闘をするからその覚悟でいけ」
 戦闘?
 水兵さんたちは戦闘ときいて、心の中で、
(しめた!)
 と、思いました。こんな内地で戦闘があるとはもっけの幸いです。大いに奮戦して、突いて突いて、突きまくろうと決心しました。しかし敵は何者でありましょう。塩田大尉はそのことにつき一言もいわれませんでした。
 陸戦隊は、すぐさまボートを下しました。そしてそれに乗って、海岸めがけてぎだしたのであります。
 まったく不思議な出来ごとがあったものです。塔のなくなった海岸の景色は、なんだかすっかり間がぬけたものになりました。
「上陸!」
 陸戦隊は一せいにボートから水際みずぎわへとびおりました。
 そこでいよいよ塩田大尉を先頭に、小浜兵曹長がつきそい、陸戦隊は塔があったと思われる例の森をめがけて、勇ましく行進していきました。
 森はしずまりかえっています。白い砂も、青草も、みな黙ったきりです。迷子の怪塔はどこに立っているのでしょう。


   怪塔の一つの謎



     1

 怪塔の一階では、いま帆村探偵と一彦少年とが、しきりに小首をかしげています。
「帆村おじさん、なぜこの塔の出口が、土の壁でふさがれたんだろうね」
「ふーむ、おじさんにもよくわからないのだ。だがね一彦君、これは土の壁というよりも、むしろ土壌といった方が正しいのだよ」
「えっ、どじょう。どじょう――って、あのひげのある、柳川鍋やながわなべにするお魚のことだろう。なぜこの土がどじょうなの」
 帆村おじさんはくすくす笑いだしました。
「土壌って、魚のどじょうのことではない。いまいった土のことを土壌というのだよ。つまり大地を掘れば、その下にあるのは土壌ってえわけさ」
「なんだ、ただの土のことか、僕は魚のどじょうのことかと思ったから、それで驚いてしまったんだよ」
「いや、君はときどき面白いことをいうね。いま君に笑わせてもらったおかげで、おじさんはたいへん気がおちついてきたよ」
 と、つづいてにやにや笑い、
「そこで一彦君、もう一つ君にお礼をいわなければならないことは、いま君に土壌とはどんなものかと説明している間に、この出入口をふさいでいる土壌の謎をとくことができたよ」
 帆村探偵が、この不思議な土壌は、そもそもどこから来たかという謎をといたといったものですから一彦少年は目をまるくしました。
「といたの? おじさんは謎をといたんだって。じゃあ早く教えてよ。なぜこんな土を持ってきたの」
「といてみればなんでもないことさ」と、帆村はこともなげにいってのけ、「つまり、この土壌は、大地を掘ったところにあるはずのものだから、しからばいまこの怪塔は、エレベーターのように、地上から大地の中におりているのである。さあどうだ、おもしろい考え方だろう」

     2

 怪塔が、エレベーターのように、地上から大地の中におりたという帆村の考えは、じつに思いきった見方でありました。
「おじさん、本当かい。怪塔がエレベーターのように下るんだって、ははははは」
 と、こんどは一彦君が笑いころげました。
「いや、ちっともおかしくない」と、おじさんは大真面目でいいました。「いいかね一彦君。僕たちがこの出入口の錠をはずして、この部屋へはいったときには、もちろん扉の外は道路になっていた。ところが今は、扉の外には道路がなく、そして土壌があるというのでは、塔が地中にもぐったものとしか考えられないではないかね」
「だって塔が下るなんて、信じられないや」
「一彦君、お聞き、エレベーターだって、五十人も百人ものれる大きなやつがあるんだぜ。この怪塔王という不思議な人物は、戦艦をこの塔へひっぱりつけたほどの怪力機械をもっているのだから、この怪塔を上げ下げすることなんか朝飯前だろう」
「な、なーるほど」
 一彦ははじめて塔が地中に下るわけが、なんだかわかったような気がいたしました。
 もちろん皆さまは、ずっと前からそれがよくおわかりになっていたことでしょう。軍艦淡路の陸戦隊が地上を一生懸命さがしますが、そこには塔のかげもかたちもなかったというのも、この怪塔が地面の下におりてしまったためです。塔の屋上は砂原を帽子にしてかぶったような有様になっています。ですから塔の頂上が地面のところまで下りますと、あたりの砂原と見わけがつかなくなります。そこへ風が吹いてきて、あっちへ、こっちへと砂をふきとばせば、いよいよ塔が埋まっていることがわからなくなります。
 怪塔の秘密の一つは、こうして帆村探偵のあたまのはたらきで解けました。
 怪塔王がそれと知ったら、さあ、なんと思うことでしょうか。

     3

「じゃあ、帆村おじさん、この土を上へ掘っていくと、地上に出られるわけだね」
 と一彦が、塔の出入口のそとに見える土壌をゆびさしました。
「それはそうだが、ちょっと掘るというわけにもいかないね」
 といっているところへ、突然二人の頭の上で、破鐘われがねのような声がとどろきました。
「わっはっはっ、もういいかげんに、話をよさんか」
 そういう声はまぎれもなく、高声器から出る怪塔王のあのにくにくしい声でした。
「やっ、また出てきたな、怪塔王、声ばかりでおどかさずに、ここまで下りてきたらどうだ」
 と、帆村探偵がやりかえしました。
「ふふふふ、なにをいっとるか、この青二才奴あおにさいめが。しかし貴様は、塔が地面の中にもぐったことをいいあてたのは感心じゃといっておくぞ。しかし、この塔の威力はたったそれだけのことではないぞ。こいつは貴様も知るまいがな。いや、なにかといううちに、貴様たちを片づけるのが遅くなったわい。どれそろそろとりかかるとしよう」
 気味のわるいことをいって、怪塔王の声はぷつりと切れました。
「おじさん、怪塔王が僕たちせ片づけるってどんなことをするの」
 と、一彦は心配そうに聞きました。
「なあに、たいしたことはないよ。おじさんだって男一匹だ。そうむざむざ殺されてたまるものか」
 といっているところへ、いつ現れたか二人の背後に、怪塔王がすっくと立っていました。
「わっはっはっ、もう二人とも、死ぬ覚悟はついたかな」
「なにを――」
 と、帆村はふりむきざま、たくみにピストルの引金をひき、ぱんぱんと怪塔王をねらいうちしましたが、例の強い防弾力がきいていると見え、一向いっこう怪塔王にはあたりません。

     4

「うふふふ、わしの体に、そんなピストルのたまがはいるものかと、さっき教えておいたじゃないか」
 と、怪塔王はにくにくしげに笑いながら、すこしずつ帆村と一彦の方にすり足で近よってきます。
 帆村は、もう駄目だとは思いましたが、それでも一彦だけはなんとか助けたいものと、うしろへかばっています。怪塔王が一歩すすめば、彼もまた一歩うしろにしりぞきます。そうしてじりじりと怪塔王におされていくうち、とうとう二人は壁ぎわへ、ぴったりおしつけられてしまいました。
「さあ、いくぞ!」
 怪塔王はいきなり大声をはりあげると、隠しもっていたフットボールほどの球を、頭上たかくさしあげました。
「これは殺人光線灯だ。貴様たち、今このあかりがつくのを見るじゃろうが、その時は、お前たちの最期だぞ。わかるじゃろう。そのときは殺人光線が貴様たちの全身を、まっくろこげに焼いているときじゃ」
 ああ、あぶないあぶない。殺人光線灯のスイッチを入れると、すぐにそのあかりはつきましょう。そうなれば帆村も一彦もくろこげになって死ぬというのですから、二人の命は、もはや風の前の蝋燭ろうそくとおなじことです。
(どうしよう?)
 と、一彦は帆村にしがみつきました。帆村は彫刻のようにかたくなって、怪塔王をにらみつけています。
「ちょっと待て」
 と、帆村は怪塔王に声をかけました。
「なんだ、青二才、命がおしくなったか」
「いや、お前こそ気をつけろ。いま時計を見ると、丁度ちょうどこの塔へむかって、わが海軍の巨砲が砲撃をはじめる時刻だ。お前こそ命があぶないのだぞ」
「えっ――それは本当か」
「本当だとも。そんな手筈てはずがついていなければ、僕たちのような弱い二人で、なぜこんなあぶない塔の中へはいりこむものか」

     5

 怪塔が軍艦淡路から砲撃されると聞かされ、怪塔王はおどろきました。
「ああ砲撃される。そいつは気がつかなかった」
 そういったおどろきの言葉は、ほんとうに怪塔王の腹の底から出たものと見えました。
 帆村と一彦とをそこにのこしたまま、怪塔王はあわてふためき、階上にかけあがってしまいました。
 怪塔王はいま三階の自室にかえって、しきりに妙な機械の中をのぞいています。それは巧妙な地中望遠鏡でありました。地中にいてそれで地上がよく見えるという機械でありました。
 これは潜水艦の潜望鏡みたいなもので、光の入口は怪塔の近くにあるけやきの木の高いこずえのうえにありました。それから下は筒になっていて、欅の木の幹の中を通り地中にはいります。すると、そこから横に曲り怪塔の方へのびています、がその曲りかどに反射鏡がありました。
 怪塔が地上にのぼっても、またいまのように地下にもぐっても、怪塔の中からうまく地上の風景がのぞけるようになっています。まったく怪塔王はおそろしい発明家です。まだまだいくらでもおそろしい機械をもっています。
 それをのぞいた怪塔王は、怪塔がどこにいったろうと、陸戦隊が地上をうろうろさがしまわっているのが見えたものですから、もう駄目だと思いました。
「仕方がない。惜しいけれど、逃げることにしようや」
 そういって、怪塔王は、かたわらにある配電盤の上の大きなスイッチを一つ一つ入れていきました。そして最後に大きなハンドルを廻しますと、地底からおどろおどろと怪しい響が伝わってきました。そしてその響はだんだん大きくなり、やがては耳がきこえなくなるくらいはげしくなりました。


   飛ぶ塔



     1

 とつぜん怪塔の地階におこったものすごい物音!
 一体それは、なんであったでしょうか。
 らっ、たったったっ、
 らっ、たったったっ、
 とにかく、それは怪塔王が起しているものにちがいありません。
 一階にいた帆村探偵も一彦少年もこのものすごい物音には、きもをつぶしてしまいました。まわりの壁は、まるで金槌かなづちで叩いているかのように、がんがん鳴っています。足の下の床もびりびりびりと気味わるく震動いたします。
「おじさん、これはなんの音だろうね」
「さあ、よくわからないけれど、なんだか地べたの中で、さかんに爆発しているようだね」
「地震じゃないかしら」
「うん、地震とはちがうさ。怪塔王は、軍艦から砲撃されると聞いて、逃げだすつもりらしいのだ。してみればこの怪塔をなんとかうごかすつもりなのだろう」
「どんな風に動かすの」
「さあ、それは――」
 といっているところへ、床が壁もろともいきなりぐぐーっともちあがりました。
 と、思ううちに、またどーんと下へおちました。
 二人はとてもそこに立っていられないので、腹ばいになりました。
 どどーん、どどーんと室は四度、五度とあがったりさがったりしているうちに、一段と高い音をたてるとともに、ひゅーっと上の方にとびだしました。
「あっ、とびだした」
「うむ、やったな――」
 帆村と一彦は、いいあわせたように跳ねおきると、かたわらの小さな窓の鉄枠につかまって、一生けんめいに窓のそとをのぞきました。
 さあ、そのとき二人の眼に、どんな光景がうつったことでありましょうか。

     2

 ごうごうと、ものすごい音をたてて震える怪塔の中!
 その窓わくにとりすがって、外をのぞいた帆村探偵と一彦少年!
「ああっ、これは――」
 と、はげしいおどろきの声が、二人の口から一しょにとびだしました。
 窓の外の、まったくおもいがけない光景――ああこんなことがあってよいものでしょうか。そこに見えたものは、あの赤土の壁でもありませんでした。また二人が見なれた白い砂浜と、青い海原にとりかこまれた森の中の風景でもありませんでした。それはなにもない空でした。いや、なにもないわけではありません。白い雲が、あっちこっちにぽっかりうかんでいます。たったそれだけです。大地や海原はどこへいってしまったのでしょうか。
 二人は、大地と海原とをみつけるのに、大骨をおりました。なぜといって、二人が窓わくに顔をぎゅっとおしつけて、むりをしてはるか下をながめたときに、やっとその大地と海面とが、まるで模様かなにかのように足下に小さく見えているのを見つけたのです。おどろいたことに、怪塔はいつのまにか大地をはるかにはなれていました。そして天へむかって、ものすごい速さでびゅうびゅう飛んでいくのでありました。
「一彦君、これはたいへんだ。僕たちはいま空中をとんでいるのだよ」
「えっ、空中をとんでいるの。やはりそうだったの。僕は頭がなんだかぼんやりしてしまった」
 といったのも道理です。二人のとじこめられた怪塔は、いま空中を弾丸のようにとんでいくのでありました。今まで塔だとばかり信じていたのは、普通の塔ではなかったのです。空中を飛行機よりも早く走るといわれるあのロケット機であったことがわかりました。

     3

 いま帆村探偵と一彦とは、怪塔ロケットに閉じこめられたまま、思いがけない空中旅行をしています。
 怪塔ロケットを操縦しているのは、いわずと知れた怪塔王です。
 一たい怪塔王のほんとうの名前はなんというのでありましょうか。まだだれもそれを知りませぬ。
 このロケットというのは、だいたい砲弾に尾翼をやしたようなかたちをした飛行機の一種です。飛行機とちがうところは、飛行機にはプロペラがあるのに、ロケットにはそれがありません。したがってロケットにはエンジンもありません。ではどうしてこのロケットが空中を走るかと申しますと、それはロケットのお尻の方に穴があいていて、その穴からはげしくガスがふきだすのです。その勢でロケットは前へすすむのであります。
 ガスはロケットの中にたくわえられています。怪塔王のつかっているガスは、QQキューキューガスという世界のどこにも知られていない強いガスです。これはうんと冷して、固めて石膏せっこうのようにし、缶づめにしてあります。使うときは、その缶づめのせんをひらくと、その穴からQQガスがガス状になってはげしくしゅうしゅうとふきだすのです。冷して固めてあるわけは、そもそもロケットのようにガスがたくさん入用な乗り物では、ガス状のままでロケット内にたくわえるのでは、場所がせまくていくらもたくわえられません。そこで冷して固めて石膏のようにしておけばたいへん容積が小さくなります。たとえば部屋一杯のガスも、これを冷して固めると、耳かき一ぱいぐらいの粉末になります。ですから、相当の分量を積んでもたいした場所ふさぎにもなりません。
 怪塔ロケットには、いつのまにか屋根のようなものが出て、形を流線型にしています。また尾翼もいつの間にか胴中からひきだされました。古びた怪塔は、まったくここに最新のロケットに形をあらためてしまったのです。
 なんという物凄ものすごい怪塔でしょう。

     4

 行方不明の怪塔が、いきなりロケット機に早がわりをして天空にとびだしたのですから、これには誰しもおどろきました。
 なかでも一番おどろかされたのは、ちょうどあの時、現場ちかくの砂地を一生懸命にしらべていた軍艦淡路の陸戦隊員でありました。
 それまでは、たいらな砂浜としか見えなかった大地から、ごうごうばしゃんと大音をたて、いきなり怪塔に翼を生やしたロケットがとびだしたのですから、これは、いかに戦闘にめざましい手柄をたてる皇軍勇士であっても、驚かないではいられません。
 隊長の塩田大尉さえ、
「おおっ、ありゃ何だ!」
 と叫んだきり、しばらくは天空によじのぼってゆく怪塔ロケットをただ惘然ぼうぜんとながめつくしたことでした。
「立ちうち! 構え!」
 大尉はやっとわれにかえって号令を下しました。だが、今さらうしろから撃ってみても、どうにもならぬことを知ると、大尉はついに撃方うちかたはじめを命じませんでした。
 それに代って、信号兵がえらばれ、本艦との間にさかんに手旗信号が交されました。本艦でも、まったく不意うちのありさまで、甲板にいた水兵さんたちも、あれよあれよと、ロケットの出すガスの尾を見まもるばかりでしたが、この時勇ましい爆音が艦上に聞えると思う間もなく、二台の艦載機が、カタパルトの力でさっと空中にとびだしました。これは怪塔ロケットを追跡していくためでありました。乗手は有名な金岡大尉と三隈みくま一等航空兵曹とでありました。
 しかしこの名手たちも、やがてがっかりして艦の方にまいもどってきました。空中からの報告が発せられました。
「司令。追跡してみましたが、とても向こうの速度がはやいので、どうすることもできません。怪ロケット機の姿を、ついに真北の方角に見失いました」

     5

 それっきり、怪塔ロケットの行方はしれなくなってしまいました。
 帆村探偵や一彦少年はぶじでいるでしょうか。また怪塔王は、次にどんなことをやろうと考えているのでしょうか。
 軍艦淡路の検察隊長塩田大尉は、こうなったことについて残念でたまりません。
 そこへ一彦の妹のミチ子が、兄のことを心配してたずねて来たものですから、塩田大尉の胸のなかは、にえくりかえるような有様でした。
「ミチ子さん、まあ、おかけなさい。ほんとうにお気の毒なことになりましたね」
 ミチ子の捷毛まつげは心配のあまり涙でぬれていました。
「大尉さま、兄さんはもうかえってこられないのでしょうか。帆村おじさんも一しょに行ってしまって、あたしの身よりは、もう一人もなくなりましたわ。あたしが男だったら、怪塔王のあとを追って、兄さんたちを救いだしにいくのですけれど――」
 塩田大尉も目をしばたたき、ミチ子の頭をやさしくなでながら、
「ミチ子さんは、そう心配しないがいいですよ。私たちがきっと探しだします。本艦をこんなひどい目にあわせたのもどうやら、ミチ子さんのいう怪塔王の仕業しわざのようですから、これはどうしても私たちの手で怪塔王征伐をしなければならないと思います。しかしながら、あの怪塔王は、私たち専門家が考えても不思議でならないほどの恐しい武器をもっているのです。ですから、これを征伐するにしても、なかなか研究をしてかからねばなりません。そこで私たちは、艦長などとも相談の結果、日本一の大科学者といわれる大利根博士おおとねはくしに来ていただくことにして博士のお智恵を借りることにきめたのです。博士に来ていただけば、必ず怪塔王征伐のいい方法がみつかるにちがいありません」

     6

 大利根博士は、日本一の科学者でありましたが、また日本一の変り者でもありました。博士はいつも地下室の研究所にたてこもっていて、なかなか外へ出て来ません。誰かがたずねていっても、よほど機嫌きげんのよい時でないと、顔を見せません。ですから、強い近眼鏡をかけ、ひげぼうぼうのせた小さい顔をもった大利根博士を見た人は、よほど運がよかったことにされていました。大抵の場合は、博士邸の玄関にそなえつけてある電話機でもって、奥の間にある博士と電話で用事を話しあって、用を果すのが普通でありました。その電話さえ、時によると、博士が電話口にあらわれて来ませんために、二日でも三日でも玄関にがんばって、いくども電話をかけてみるよりしかありませんでした。
 その大利根博士が、軍艦淡路をおとずれたのは、約束より三日もあとのことでありました。
「やあ、ひどいことになったものですね」
 博士は腰をたたきながら、にこにこ顔で舷梯げんていをのぼって来ました。
 艦長相馬そうま大佐をはじめ、幕僚たちや検察隊長の塩田大尉なども、大利根博士を出迎えていました。
「これは相当の威力をもっている秘密兵器でやられたのですね。たいへん面白い。すぐにしらべてみましょう」
 と、甲板のうえから、艦橋が飴細工あめざいくのように曲っているのを見上げて、しきりに首をふって感心していました。
「大利根博士、お茶をめしあがれ」
 ミチ子が水兵さんに代って、紅茶をすすめました。
「やあ――」と博士は目をまるくして、「おや、このごろは軍艦では、女の給仕をつかうようになったんですか。あっはっはっ」
 ミチ子は、顔をあかくしました。

     7

 大利根博士は、竿竹さおだけのようにほそい体をいろいろに曲げては、飴細工のように曲ったり溶けたりしている軍艦淡路の艦体をいちいちていねいに見てまわりました。
 博士は感心するたびに、つよい近眼鏡のおくに眼玉をひからせたり、ぼうぼうひげをぴくりと動かしたりしました。
「塩田さん、だいたいよく見まわりました。一番おもしろいのは、この通風筒ですよ」
 といって、博士はそばにたっている通風筒を振返りました。この通風筒というのは、煙管キセル雁首がんくびの化物みたいな、風をとおす大きな筒です。それは鉄板でできていましたが、それがまるで大風にふきとばされたようにひん曲り、しかもその上にいくつもぶつぶつと大小の穴があいているのでありました。
「塩田さん、この通風筒をすこしばかりもらってゆきますよ。もってかえって、よく研究してみなければならぬ」
 そういうと、大利根博士は、白墨をポケットから出して、通風筒の穴のまわりに、丸印だとか三角印だとかをかきました。それから写真機を出して、その部分をいちいちていねいにうつしました。
 それがすむと、博士はどこに隠しもっていたのかへんなかたちのはさみをとりだし、鉄でできた通風筒をまるでボール紙をきるかのように、ざくざくざくと切りとりました。
「まあ、よく切れる鋏だこと」
 と、ミチ子は、そばからみていて、感心していいました。
 すると大利根博士は急にふりかえって、怒ったような顔をしました。
「どうも女の子は、お喋りでいけない」
 ミチ子は博士のじゃまをしたので怒られたのだなとおもい、べそをかきました。
 すると、そのときミチ子のうしろから、大きな手がちかづいて、その頭をやさしくなでました。
 ふりかえってみますと、それは塩田大尉の手でありました。


   怪塔はどこ?



     1

 ミチ子は、軍艦淡路の上で、しきりに妙なことをやって研究をしている大利根博士を、たいへんこわい人だとおもいました。
 しかし博士は、ミチ子がなにをおもおうと平気の平左へいざで、なにかさかんに口のなかでぶつぶついいながら、艦内をあるきまわっていました。
 検察隊長の塩田大尉は、博士の前にすすみよって、
「大利根博士、あなたはあの怪塔ロケットが、このようなひどいことをやったのち、どこへ行ってしまったとお考えですか」
 博士は、ぎょろりと、近眼鏡のなかから眼をひからせ、
「うん、そのことなら、大体見当はついていますわい。やはり、どこか人気のないところでしょうな。海岸とか、山の中とか、そういうところですね」
「博士は、それをはっきり探しあてるにはどうすればよいとお考えですか」
「それはやはり、怪塔の科学者が、このように軍艦の鉄板などをどんな力でとかしたか、それを調べるのが先ですな。それがわかれば、その怪力に感ずる、例えば受信機のようなものを作って飛行機にのせ、空中をとびながら、怪力の強くなる方角へとたどっていけば、きっと怪塔のあるところへ行きます」
「なるほど、それはいい方法ですね。するとこの怪力を博士に調べていただかねばなりませんが、何日ぐらいかかりますか」
「さあ、そいつはよくわからんが[#「わからんが」は底本では「わかんが」]――」といって、大利根博士は額にしばらく手をあてていましたが、
「まあ、この通風筒の鉄板などをもってかえって、できるだけ早く調を終えることにしましょう。じゃあもう帰りますよ」
「博士、もうおかえりですか」
「こんな落ちつかぬところじゃ、いい考えも出ませんよ。はい、さようなら」
 そういって、大利根博士は後をふりむきもせず、すたこら帰っていきました。

     2

 それといれちがいに、小浜兵曹長が甲板へ飛出してきました。
「塩田大尉、一大事ですぞ」
「なんだ、小浜、お前にも似あわず、あわてているじゃないか」
「あっはっはっ、あわてているかもしれませんね。とにかく怪塔ロケットの行方がわかりかけたのです」
「なに、怪塔ロケットの行方が――」
 と、塩田大尉がびくりと太いまゆをうごかし、
「ほう、それはうまい。しかし大利根博士は、怪塔から発射する例の怪力の正体がわからないうちは、とても怪塔の行方はわかるまいと言っていられたぞ」
「博士はそんなことを言われましたか。しかし、いま無線班は、怪塔から出していると思われる無線電信をつかまえたのです。それは非常に弱い無線電信で、しかもはじめは、たった二十秒間ほどしかきこえませんでしたが、たしかに軍艦淡路を呼んでいるのです」
「ほうほう」
 と、塩田大尉は前にのりだしてきた。
「なにか信号の意味でもわかればいいと思って苦心しましたが、たしかに電文をうっているのですが、符号がきれぎれになって、よく意味がききとれません。しかし淡路の呼出符号だけは、幾度もくりかえされるので、ははあ、こっちを呼んでいるなと、わかるのです」
「うむ、それから――」
 と、塩田大尉はあとを催促いたしました。
「そこで、向こうが何をいっているのかを、聞きわけることはあきらめまして、その代りその無線電信が、どの方角からやってくるかをしらべることにしてすぐとりかかりました」
「大いによろしい。そして無線電信のやってくる方角はわかったか」
「はい、始の電信はすぐ消えてしまいましたが、それから五分間ほどたちますと、またおなじ電信がはいってきたので、そいつを捕獲することに成功しました」

     3

 小浜兵曹長は、塩田大尉の前で、なおも熱心に、どうして怪電波のとんできた方角をはかったかということについて、報告をつづけています。
「塩田大尉、その方角は方向探知器の目盛めもりの上にあらわれました」
「どっちだ、その方角は」
 と、大尉は地図をとってひろげました。
「はあ、ここが九十九里浜で、この上を、真北から五度ばかり東にかたむいた方向に直線をひいてみます」
 といって、兵曹長は地図の上に赤鉛筆ですうっと線をかいた。
「この方角です」
 その方角というのは千葉県の香取神宮かとりじんぐうのそばをとおり、茨城県にはいって霞浦かすみがうらと北浦との中間をぬけ、水戸の東にあたる大洗おおあらい海岸をつきぬけて、さらに日立鉱山から勿来関なこそのせきの方へつらなっていた。
「ふうむ、北の方角だな。ついでにどの地点かわかるといいのだが――」
「はあ、それもやってみました」
「やった?」
「はい、ちょうど駆逐艦太刀風たちかぜが、鹿島灘かしまなだの東方約二百キロメートルのところを航海中でありましたので、それに例の怪電波の方角を測ってもらいました。あいにく洋上は雨風はげしく、相当波だっていますそうで、太刀風の無線班も大分苦心をして時間がかかりましたが、それでもついにわかりました。太刀風からはかった怪電波の方角は、大体真西から北へ十度ということになりました」
「そうか、真西から北へ十度かたむいているというと――日立鉱山のあたりか、勿来関のあいだとなるね」
「はい、線をひいてみますと、こうなりますから――」
 と、兵曹長は、太平洋上から青い鉛筆で線をつけだして、それをずっと西へひっぱっていった。そうするとさっきひいた赤線と、いまひいた青線とが交ったその地点こそ、勿来関!

     4

 方向探知器というものは、たいへん重宝ちょうほうな機械でありました。怪塔のかくれている地点から発射するよわい電波を、九十九里浜にいる軍艦淡路と、太平洋を航行中の駆逐艦太刀風との両方から方向を測って、その地点は勿来関だとちゃんといいあてることができるのですから、じつにすぐれた機械だといわなければなりません。わが日本には、世界にじまんをしていいほどのりっぱな方向探知器があるのは、気づよいことです。
 塩田大尉の顔は、さすがによろこびの色にあふれて、小浜兵曹長の手をかたくにぎり、
「方向探知器の方が、大利根博士よりもえらい手柄をたててしまったぞ」
「はあ、そうでありますか」
「なぜといって、大利根博士は怪塔ロケットがどこへ行ったかしらべるのは、なかなかだといっておられた」
「はあ、では大利根博士に、怪塔の行方がわかったと知らせますか」
「そうだね」
 といって、大尉はしばらく考えていましたが、
「まあ知らせないでおこう。すこし思うところもあるから」
 と、意味ありげなことをいいました。
 それはそれとして、あのよわよわしい怪電波は、果して怪塔から出ているのでありましょうか。それならば、誰があの信号を出しているのでしょうか。
 怪塔にとじこめられていた帆村探偵と一彦少年とは、いまどうしているのでしょうか。
 それはともかく、塩田大尉は、小浜兵曹長のもってきた怪電波のでている地点のしらべを、一切、艦隊旗艦にしらせました。
 司令長官はこのことを聞かれると、すぐさま勿来関へむけて、偵察機隊をむけるよう命令をだしました。
 塩田大尉や小浜兵曹長も、その人数のなかに加ることになり、九十九里浜にさよならをすることになりましたので、ミチ子を軍艦にまねいてお別れの言葉をのべ、一彦や帆村をたすけだすことをちかいました。


   偵察機出発



     1

 怪塔王がかくれているところは、勿来関の近所らしいという見当をつけ、わが塩田大尉や小浜兵曹長は、ミチ子にさよならをして、偵察機の上にのりこみました。
 偵察機隊は、すぐ空中にとびあがりました。翼をそろえてまっすぐに、北へ北へとんでいきます。九十九里浜は、まもなく目にはいらぬほど小さくなってしまいました。
「塩田大尉、平磯ひらいそ基地からも、爆撃機六機が勿来関へむけて出かけたと報告がありました」
 と、機上の無電機をあやつっていた小浜兵曹長が伝声管のなかから大尉に知らせて来ました。
「うむ、そうか」
 いよいよ怪塔王を征伐することになったのです。しかし怪塔王はそんなにやすやすと退治されるでしょうか。
 しばらくして塩田大尉は、
「おい、小浜兵曹長、そののち怪塔からの無電は、なにかはっきりしたことをいって来ないか」
 すると伝声管のなかから小浜のこえで、
「軍艦淡路を出てからこっち、あの怪電波はすこしもはいりません。ただいまも、一生懸命にさがしているところであります」
 と言って来ました。
「そうか、無電を打ってこないとは心配だ。空中へのぼれば、無電は一層大きくきこえるわけだから、むこうで無電を出せば、きこえない筈はないのだ」
 と、そう言っているうちに、とつぜん小浜兵曹長が、おどろいたようなこえをあげ、
「あっ塩田大尉、はいりました、はいりました。たしかに例の怪電波です。たいへん大きくきこえます。こんどは符号もよみとれそうです」
「それはすてきだ。しっかり無電をうけろ」
 さて怪塔からの無電は、どんな意味のことを放送しているのでしょうか。塩田大尉は胸をおどらせて、小浜兵曹長の報告を待っていました。

     2

 機上に、ふたたびきこえはじめた怪電波をじっときき入るのは、小浜兵曹長でありました。
 ト、ト、ト、ツート。
 ト、ト、ト、ツート。
「ふむ、分るぞ分るぞ」
 と、兵曹長は片手で受話器を耳の方におさえつけ、一字ものがすまいと、まちかまえていました。
 すると、いよいよ怪電波は、通信文をつづりはじめました。
 さあ、なにをいってくるのか?
「――カイトウオウトワボクセヨ、ホムラ」
 電文は、「怪塔王と和睦せよ、帆村」というのであります。小浜はまったく意外な電文だとはおもいましたが、すぐそのまま塩田大尉のもとに報告いたしました。
 おどろいたのは塩田大尉です。
「なんだ、怪塔王と和睦せよ――というのか。帆村荘六は気が変になったか。それともこれは怪塔王のにせ電文かもしれない」
 帝国海軍の最大主力艦であるところの、軍艦淡路をめちゃくちゃに壊した乱暴者の怪塔王を、どうしてゆるせましょう。その怪塔王と仲なおりをしなさいという帆村探偵の電文は、どう考えてもにおちません。
 帆村探偵はとうとう怪塔王のために捕虜となり、そしてむりじいにこんな電文をうたせられたのではないでしょうか。
「おい小浜兵曹長。いまの無電は、この前軍艦淡路できいたのと、同じ無電機でうってきたのだろうか」
「はい、同じものだとおもいます。音は大きくなりましたが、向こうの機械は、よほどあやしい機械とみえまして、音がふらふらよっぱらいのようにふらついてきこえます」
「ふん、まるで上陸した夜の、貴様の足どりみたいだな」
 と、塩田大尉はおどろきの中にも、勇士のおちつきをみせて、からかえば、
「いや、どうも」
 と、兵曹長は頭をかきました。

     3

 機上の塩田大尉は腕ぐみして、「怪塔王と和睦をしろ」という無電を、一体誰が出したかと思案中です。
「すると、やっぱりこれは帆村探偵が出している無電にちがいない。怪塔王が、怪塔にそなえつけの無電機をつかって、電文を打って来るのなら、こんな貧弱なそしてふらふらした、無電ではない」
 帆村が怪塔王に降参した、としか思えないのでありました。
 そのとき、平磯基地をとびだした爆撃機隊から、連絡無電がはいってきました。
「本隊は、高度三千メートルをとりて、鹿島灘上に待機中なり、貴官の命令あり次第、ただちに爆撃行動にうつる用意あり、隊長松風まつかぜ大尉」
 爆撃機隊は、海上三千メートルのところをぶらぶらとんでいて、塩田大尉が命令を出しさえすれば、すぐにどこでも爆撃するという電文です。いよいよおそろしい空からの爆撃戦が用意せられました。
 それでは、どこを爆撃するか。怪塔のあるところを早くみつけねばなりません。塩田大尉は水戸の上空にかかったとき、全隊にそれぞれ偵察コースを知らせ、これからばらばらにちらばって、地上にかくれている怪塔をさがすことになりました。さあ、手柄をあらわすのは、どの偵察機でありましょうか。
 午後四時十分!
 待ちに待った「怪塔が見えた!」の電文が一機から発せられました。それっというので、塩田大尉ののっている機も、その方へ急いで向かっていきました。小浜兵曹長は、「怪塔が見えた!」のしらせをうけると、自分が見つけそこなったのをたいへん残念に思いました。この上はというので、望遠鏡を地上に向けて、怪塔のすがたを早く見ようと一生懸命です。
 それは勿来関よりすこし西にいき、山口炭坑と茨城炭坑の間ぐらいの山中に、なんだか五十銭銀貨を一枚落したような、まるいものが見えました。

     4

「あっ、あれだ」
「そうだ、怪塔が見える」
 偵察機上の塩田大尉も小浜兵曹長も、思わず席からからだをのりだしました。
「爆撃機隊へ連絡!」
 大尉が叫んだので、通信員はすぐさま無電装置のスイッチを入れ爆撃機隊の司令をよびだしました。
「はい、爆撃機司令です」
 塩田大尉は、マイクを手にとって、眼下に見える怪塔のありさまを知らせました。そしてすぐさま爆撃をするように頼んだのでありました。
「承知しました。すぐ全機で急行いたします」
「頼みましたよ」
 それからものの十分とたたないうちに、東の空から爆撃機隊の翼がみえてまいりました。両隊の無電は、しきりに連絡をはじめました。そのうちに打合わせは、すっかりすみました。
 爆撃機体は二隊にわかれ、いずれも四千メートルの高度をとり、怪塔の上にしずかにすすんでいきます。
 塩田大尉も、小浜兵曹長も、偵察機の上からかたずをのんで、その行動を見守っています。
 そのうちに先にとんでいる爆撃機隊の編隊長機がまず機首をぐっと下げました。あとの僚機りょうきもそれにならって、順番に機首を下にしました。急降下爆撃です。
 機体の胴中から、まっくろいものが五つ六つ、ぱっと放りだされました。爆弾です。
 爆弾は仲よく一しょにかたまって、ぐんぐん下におちていきます。
 第二番機の爆弾群が、またあとをおいかけて、ぐんぐん地上の怪塔に追っていきます。
 さあどうなるのでしょう。あと数秒で、いよいよ土をふきとばし、黒煙が天にまきあがる大爆発がおこる――と思っていましたが、ところが実際は、そうなりませんでした。まことに不思議、いつまでも爆発がおこりません。

     5

 怪塔の中には、「怪塔王と和睦せよ」という無電をうった帆村荘六もいるはずですし、一彦少年も一しょのはずです。それにもかかわらず爆弾を怪塔の上に落すのは、まことに気のすすまないことでしたが、帝国海軍にあだをなす怪塔は、たとえ一日でも、一時間でもそのままにしておけませんから、それゆえ塩田大尉は、涙をふるって爆撃隊に爆弾を落すよう命じたのでありました。
 その爆弾が、下にぐんぐんおちていったきりで、そのまま音沙汰おとさたなしになってしまったものですから、爆撃員はすっかり面くらってしまいました。
「爆弾を投下したが、爆発しない!」
 と、妙な電文が、塩田大尉のところにとどきました。
「爆弾を投下したが、爆発しない――というのか。そんなばかなことがあってたまるか。なあ小浜兵曹長」
「はあ、わからんでありますな。爆弾が昼寝をしているわけでもありますまい」
 爆撃機六機の落した爆弾は、ことごとく不発におわりました。一体どうしたというのでしょう。
 塩田大尉は、偵察機を急降下させて、地上の様子をさぐろうと決心いたしました。
「急降下、高度百メートル附近! 南北の方向に怪塔を偵察」
 そういう命令を出しますと、偵察機はただちに、獲物をめがけてとびおりるたかのように地上めがけてまいおりていきました。
 塩田大尉は、双眼鏡をとってしきりに、怪塔のあたりを見ています。
 そのとき大尉は、小首をかしげ、
「ああっ、あれはなんだろう。おい、小浜あそこを見ろ」
「どこです。塔の上ですか」
 二人の双眼鏡の底には、一体どんな不思議な光景がうつったでありましょうか。

     6

 低空におりた偵察機上にあって、塩田大尉と小浜兵曹長の見たものは、怪塔がへんなかさをきていることでありました。
 へんな傘とは、どんな形のものであったでしょうか。それは塔の頂上から五六メートル上に、不発の爆弾がたくさん同じ平面上にならんでいるのがちょうど傘をかぶったように見えるのです。
「これは不思議だ。上からおとした爆弾が、下におちないで、あのように宙ぶらりんになっている。一体どういうわけかしらん」
「塩田大尉、まるで魔術みたいですな。こいつはおどろいた」
 と、小浜兵曹長もすっかり面くらっております。
 塩田大尉は腕をこまねいて考えこんでいましたがやがてうむと大きくうなずき、
「小浜、怪塔を機銃でうってみよう。偵察機全機でうちまくってみるんだ。命令を出せ」
 大尉は機銃射撃を決心いたしました。
 命令はすぐ発せられました。
 塩田大尉ののっている司令機のうしろについていた五機の操縦士は、前門の機銃の引金をいつでも引けるように用意をして、あとの命令をまちました。
 そのうちに、
「怪塔を射撃用意! 目標は三階の窓、塔のまわりをとびながら、射撃せよ。撃ちかたはじめ!」
 命令が下るがはやいか、だんだんだんだんだん、どんどんどんどんと、さかんな射撃をあびせかけること一分あまり。
「撃ちかた、やめ!」
 で、射撃はぴたりと、とまりました。
 どうも不思議です。怪塔の窓にはたしかに板ガラスが入っているのでしょうに、すこしもこわれません。怪塔の外壁に弾丸たまがあたれば、煙みたいなものが出るはずだが、それも見えませんでした。
 さすがの塩田大尉もいらいらしながら、塔の方をじろじろながめています。すると、――

     7

 塩田大尉の命令で、六機の偵察機は怪塔のまわりをぐるぐるまわりながら、はげしく機関銃をうちはじめました。
 もちろん、怪塔をねらって機関銃をうっているのですけれども、どうしたことか、弾丸はすこしも怪塔にあたりません。
「これは変だぞ」
 と、怪塔王のあやしい力をしらないうち手は、小首をかしげました。
 弾丸はどこへいったのでしょうか。
 このとき誰か塔のちかくによって、よく見たといたしますと、弾丸は、塔の壁から一二メートル外側のなんにもない宙に、ごまをふったように、じつと停っているのが見えたことでしょう。
 塩田大尉は、機上から双眼鏡の焦点をしきりにあわせていましたが、このように、弾丸の壁ができているのをみてとると、にっこりとわらいました。
「よし、これでよし」
「塩田大尉、なにがよいというのですか」
 と、小浜兵曹長がたずねました。
「うむ、つまり怪塔のまわりを爆弾と弾丸とですっかり囲んでしまったのだ。ねえ、そうだろう。上からおとした爆弾は、塔の屋上から何メートルか上に傘をさしたようにならんでいて、それから下におちてはこないし、また今うった弾丸は、怪塔のまわりに弾丸の壁をつくってしまった。だから怪塔は爆弾と弾丸とに囲まれてしまったのだ。こうなれば、怪塔の上からおりをかぶせたようなものさ。怪塔がとびだそうと思っても、爆弾や弾丸が邪魔になって、とびだせない。どうだ、うまくいったろう」
 塩田大尉は、たいへんうれしそうに見えました。
 しかし皆さん、塩田大尉の考えはまちがっていないでしょうか。怪塔は、はたして檻の中のわしのようになったでしょうか。なにしろ相手は鉄片をそばによせつけないという、不思議な力のある怪塔ですぞ。


   怪塔王のさがしもの



     1

 怪塔王は、塔の三階の室内を、あっちへはしりこっちへかけだし、そして机のひきだしをあけたり、蒲団ふとんをまくったりして、しきりになにかを探していました。
「ないぞ、ないぞ。どこへいったのだろうか」
 怪塔王が顔をあげたところをみますと、きょうはどうしたわけか、頭の上からすっぽりとくろい風呂敷ふろしきのようなものをかぶっています。つまり顔を、くろい風呂敷で包んでいるのです。怪しい怪塔王は、いよいよもって怪しいことになりました。
「ないぞ、ないぞ。一体どこへいった」
 と、怪塔王は、きょろきょろあたりをふりかえってみました。
「やっぱりない。変だなあ」
 怪塔のまわりは爆弾と銃丸とですっかり囲まれてしまっているのに、彼は一向いっこうそんなことには心配しないで、なにかしら「ないぞ、ないぞ」といってくろい風呂敷を頭からかぶってさわいでいるのでありました。なにかたいへんなことが起ったらしいのです。
 そのとき、電話の呼びだしのベルが、けたたましくなりだしました。しかし怪塔王は、そんなことに、見向きもしません。
 また、室内の配電盤の上には、赤い「注意」灯がしきりについたりきえたりして、怪塔王にあることを「注意」しているのですが、これにも怪塔王はみむきもしません。一体怪塔王は、なにをそんなにあわてているのでしょうか。
 その一階下は、つまり怪塔の二階で、ここは械械室でありました。いろいろなわけのわからない、こみいった機械がならんでいましたが、その中に、郵便箱ほどの大きさの円筒が三個、はなればなれにたっていました。これはなんであるか今までよくわかりませんでしたが、ちょうどこのさわぎのとき、円筒のふたがぱくんとあいて、そこから三人の黒人がぴょこりと顔を出しました。

     2

 今まで怪塔の中には、怪塔王一人が住んでいるばかりだとおもっていましたが、怪塔の二階にある郵便箱ほどの円筒が三つ、いずれもそのふたがあいて、なかからおもいもかけない黒人の顔がとびだしてきました.帆村探偵や一彦がこれを見たらどんなにおどろくことでしょうか。
 円筒の中にはいっている黒人は、一体なに者でありましょうか。そしてその中で、なにをしていたのでありましょうか。
「おいジャン。先生はなにをしているのかなあ」
「うん、ケンよ。ベルがじゃんじゃん鳴って、危険をしらせているのにね」
 と二人の黒人が、心配そうにいえば、もう一人のポンという黒人が、
「塔がこわれてしまってはしようがない。じゃあ、うごかしてみるか」
 といいました。
 するとジャンとケンはびっくりして、大きな眼玉をくるくるとうごかし、
「だめだよ、だめだよ。先生がちゃんとさしずをしなければ、塔はうまくうごいてくれないよ」
「そうだ、ジャンのいうとおりだ。それよりも先生がなにをしているのか、それを早くしる方法はあるまいか」
「それはない。おれたちは、この円筒のなかにはいったきりで、外へ出ようにもくさりでつながれているから、出られやしないじゃないか」
 こういう話を、さっきから階下へ通ずる階段の途中で、じっと聞いていた一人の人物がありました。
 彼は、もういいころと思ったのか、そっと階段をのぼりきって、黒人の前へいきなり顔を出しました。
 おどろいたのは黒人です。
「わっ、先生だ!」
 三階にいるはずの怪塔王が、なぜ階下からあがってきたのでしょう。

     3

 ジャン・ケン・ポンの三人の黒人は、大あわてです。さっそく円筒のなかに首をひっこめ、蓋をがたがたしめようとしますが、あわてているので、なかなかうまくしまりません。
「おい、こら。ちょっと待て」
 と、階下から来た怪塔王は言いました。
「へーい」
 三人の黒人は、蓋を頭の上にのせたまま、また首を出しました。
 そのとき黒人は、心のなかで、「おや!」と思いました。それは怪塔王が、へんな服を着ているからでありました。それはいやに長くすそをひいた、だぶだぶの外套がいとうみたいな服でありました。それは黒人たちが、はじめて見る服装でありました。
(先生は、へんな服を着ているぞ)
 と、三人が三人ともそう思いました。
「こら、お前たち。あの警報ベルがなっているのが聞えるだろうな」
「は、はーい」
「あれはお前たちも知っているとおり、この塔の一部がこわれたのを知らせているのだ」
「はい、はい」
「このままでは危険だから、塔をはやくうごかさにゃあぶない」
「はあ、そのとおりです。私どももさっきからそれを申していましたので……」
「じゃあ、すぐうごかせ。よく気をつけてうごかすんだぞ」
「先生、どっちへ塔をうごかしますか」
「うん、それは――」
 と怪塔王はちょっと考えて、
「そうだ、横須賀よこすかの軍港へ下りるように、この塔をとばしてくれ」
「へえ、横須賀軍港! それはあぶない」
 黒人は、横須賀軍港と聞いて、顔色をかえました。

     4

「横須賀の軍港とは、ワタクシおどろきます」
 と、円筒のなかの黒人は、大きなためいきとともに、怪塔王にあわれみをうように言いました。
 もう一人の黒人もふるえごえを出して、
「横須賀の軍港へこの塔をもっていくと、ワタクシたちまるでわざわざとりこになりにいくようなものです」
 のこりの黒人は、ただひとり元気よく、
「いや、そんなことはない。横須賀軍港であろうが何であろうが、わが塔のほこりとする磁力砲でたたかえば、軍港なんかめちゃめちゃだ。ワタクシ、心配しない。オマエたちも心配することはない」
 と胸をはって、さけびました。
「いや、なかなか心配ある。軍港には、大砲ばかりでない。日本水兵なかなかつよいよ。それが塔の中へはいってくる。磁力砲では人間をふせぎきれない」
「そのときは、殺人光線でもって水兵をやっつける」
「だめだめ。殺人光線は、かずが一つしかない。大ぜいの水兵がせめてくると、殺すのがなかなか間にあわぬ」
「いや、だめでない」
「いやいやだめだめ」
 黒人がさかんに言争っているのを、そばでは、アラビヤの王様が着ているような長いマントを着た怪塔王が、むずかしい顔をして聞いていましたが、
「お前たちは黙んなさい。わしの命令だ。さあはやく、横須賀へ飛ばせるんだ」
 と、手をふれば黒人は、怪塔王のけんまくにびっくりして、円筒のなかにくびをひっこめました。
 この黒人たちは、この怪塔の運転手でありました。怪塔王が特別に教えこんであるなかなか重宝な運転手です。いよいよ怪塔はまた飛びだすことになりましたが、そのとき天井にとりつけてある高声器が、とつぜんがあがあ鳴り出しました。

     5

 とつぜん頭の上で、があがあ鳴りだした高声器!
 三人の黒人は、またびっくり。
 しかし、もっとびっくりしたのは怪塔王でありました。彼はすばやく腰をかがめて、床のうえにおちていた木片をつかむがはやいか、天井の高声器めがけて、ぱっとなげつけました。
 その木片は、高声器にあたらないで、そのまま下におちました。
 このとき高声器の中から、しゃがれた声がとびだしました。
「こうら、ジャンにケンにポンよ。塔を横須賀の方へ飛ばしてはならんぞ。わしの命令だ。そむいた奴は、あとでたましいを火あぶりにするぞ」
 そう言う声は、怪塔王とそっくりでありました。
「おやおや、先生はそこに立っているのに、三階からも先生の声がするぞ」
 黒人は、びっくり仰天ぎょうてんです。
「こうら、はやく横須賀へやれ。わしのこの顔が見えないとでもいうのか」
 と、室内の怪塔王はどなります。
「へえへ、それでは横須賀へ――」
 と黒人は頭をさげながら、心の中に、
(はて、この先生の顔はどう見ても先生にちがいないが、言葉つきがすこしちがっているような気がするぞ。しかし先生と顔がおなじ人が二人あるとは思われない。なんだかこれはわからなくなったぞ)
 そう思っているところへ、頭の上から、
「こうら、ジャンにケンにポンよ。わしの声がわからないか。お前たちの前にいるのは、にせ者のわしだぞ。言うことを聞いてはいけない」
「えっ、それでは――」
 と、三人の黒人は目をくるくるさせて天井を見あげたり、室内の怪塔王の顔をながめたり。
「わしがここにいて、命令をしているのに、お前たちはなにをさわいでいるのか」
 と、室内の怪塔王は不機嫌です。

     6

 顔の怪塔王と声の怪塔王!
 塔の中に怪塔王が二人出来てしまいました。黒人はおおよわりです。なぜって、顔の怪塔王が横須賀へ飛べというのに、声の怪塔王は横須賀へ飛んではならないと命令するのです。一体どっちにしたがったものでしょうか。
 もし帆村探偵がそこに居合いあわせたなら、どっちが本当の怪塔王かを言いあてたことでしょう。その帆村探偵はこの塔の中にいるはずですが、まだ姿をみせません。一彦少年も、どこになにをしていることやら。
「なにをぐずぐずしている。塔をはやく横須賀へ――」
「いや、横須賀へ飛ばせることはならんぞ」
 顔と声との両怪塔王のけんかです。
 このとき怪塔の外では、塩田大尉指揮の編隊機がいくたびとなく翼をひるがえして、猛襲してまいります。そして機銃は怪塔の窓をめがけて、どどどど、たんたんたんとはげしく銃火をあびせていきます。このものすごいいきおいは、黒人たちをおそれおののかせるに十分でした。
 三人の黒人は、ふるえながら、おたがいに目くばせしていましたが、やがてなにかうちあわせができたものと見え、一せいに円筒の中に姿をかくし、蓋をとじてしまいました。
 すると、まもなくごうごうと機関がまわりはじめました。塔はがたがたとゆれます。配電盤のうえのたくさんのメーターは、一時に針をうごかしました。
 がんがんがん、ごうごうごう。
「横須賀へ飛ぶんだぞ」
「だめだ。太平洋の方へ飛べ」
 両怪塔王は、互にどなりあっていますが、その声はむなしく塔内にひびくだけです。怪塔は、どんとはげしいゆれかたをしたと思うと、矢よりもはやく、しゅうしゅうと白いガスをはきながら、空にむけて飛びだしました。あっあぶない。爆弾の傘が行手をさまたげているのに――


   大爆発



     1

 怪塔は、ついに勿来関の投錨地とうびょうちからぬけだし、大空むけてとびだしました。ここにふたたび怪塔ロケットとなって、飛行をすることになりましたが、怪塔の上には、わが爆撃隊が落していった爆弾が、傘のようなかっこうをして、塔の行手をじゃましていました。そこへ、塔がさっととびこんでいったものですから、さあたいへん。
 どどん、がらがらがら、がんがん。
 はげしい爆発です。あたりは、まっくろなけむりでおおわれ、まるで夕立雲がひとかたまりになって下りてきたようなありさまです。
 ぴかぴかぴか、ぴかぴかぴか。
 爆発の火か、それともいなずまか、いずれともわかりませんが、目もくらむような光がきらめき、そのものすごいことといったらありません。
 塩田大尉の指揮する十数機の飛行隊は、そのまわりをとびながら、このものすごいありさまをあれよあれよとみまもっています。さすがの怪塔も、そこで粉みじんにこわれてしまったのでしょうか。
 いやいや、そうではありませんでした。
 そのとき、夕立雲のかたまりのような黒煙の上部をつきやぶり、さっと天に向けてとびだした砲弾の化物のような巨体!
「ああ、怪塔ロケットが、あんなところからとびだした」
「うむ、怪塔ロケットだ。逃すな。それ、全速力で追撃!」
 塩田大尉は全機に一大命令を発しました。
 ああら不思議、怪塔ロケットは、傘のようにかたまっていたたくさんの爆弾のけとぶ中をすりぬけて、天空へまいあがったのです。みれば、怪塔ロケットには、どこにもこわれたところがありません。それもそのはず、怪塔ロケットは、前もって磁力砲をいっぱいにかけてとびだしたので、鉄でできている爆弾の破片なんかみんなふきとばされてしまったのです。

     2

 怪塔ロケットは爆弾の破片をふきとばし、ものすごい姿を夕焼雲のうえにあらわしました。お尻のところからは、しゅうしゅうとガスをはなっていますが、それが夕日にえて、あるときは白く、あるときは赤く、またあるときは黄いろになり、怪塔ロケットを一そうぶきみなものにしてみせました。
 塩田大尉は、偵察機隊をひきいて雲間をぬいつくぐりつ、怪塔ロケットのあとをおいかけました。
 小浜兵曹長は、大尉のかたわらにすりよってたたかいをはじめるのに都合のよいときをねらっています。
「おい小浜、わが機はもう全速力をだしているのだろうな」
「はい、塩田大尉、速力はもういっぱいだしております」
「そうか。はやく追いつかないと、夜になってしまう。すると、さがすのに面倒だ」
「は、こんどは何としても追いついて、体当りで撃墜したいものだと、私は考えております」
「うむ、俺も同感だ。俺はこっちの機体を怪塔ロケットの尾翼にぶっつけて、かじをこわしてやろうと考えている。舵をうしなえば、いくら怪塔ロケットだって飛ぼうと思っても飛べないではないか」
「なるほど、それは名案ですな。よろしい、私はうんとがんばりますよ」
 塩田大尉はさすがに隊長だけあって、すぐれたかんがえをもっていました。しかし、相手の舵を体あたりでこわすのだと一口にいっても、じっさいこれをやるのはなかなかたいへんなことです。うまくいくでしょうか。
 怪塔ロケットは、急に頭を上にむけてぐんぐんと天にのぼっていきました。そうかと思うと、また急に舵をまげて南の方に走りだしました。するとまたこんどは急に上むいて、お尻をきりきりふりながら天にのぼっていきます。どこへとんでいくのか、一向いっこうにわかりません。まるでよっぱらいの足どりのようでありました。

     3

 怪塔が、よっぱらいの足どりのように、あっちへとび、こっちへとびしているのも、むりはないことでありました。なぜといって怪塔のなかでは、運転手の黒人が二人の怪塔王のめいめいにさけぶ、まるで反対の命令におびやかされて、あるときは天へ、またあるときは水平にと、めちゃくちゃにとびまわっているのでありました。
 そのうちにも怪塔はいつしか、太平洋の上に出ていました。
 夕焼の残りのひかりが、だんだんうすくなってきて、いまやあたりはとっぷり暮れようとしています。
 塩田大尉は、死力をつくして、空中の怪塔ロケットをおいました。怪塔ロケットがまごまごしているおかげで、塩田大尉機は、ようやくそのそばにちかづくことができました。
「もうすこしだ、がんばれ」
 塩田大尉は操縦員をしきりにはげましています。
舵機だきをねらえ。こっちの車輪で、あの舵機をちらせ」
 大尉のあとにしたがう各偵察機は、これも大尉の気もちをさとって、われこそ体当りで怪塔ロケットの舵をこわそうと、一生けんめいにおいかけています。
 そのうちに、塩田大尉機が待ちに待っていた機会がやってまいりました。それは、怪塔ロケットが上むきになったままガスをとめたので、ロケットはその重さでだんだん上昇速力がおちてきたのです。おそらくロケットは、やがてくるりと一転して下向きになるとともに、さっと水平に走りだすことでしょう。まるでインメルマン逆旋回みたいなわけです。
 ロケットが上昇速力をおとし、宙にとまりかけたところを、塩田大尉は見のがさず、
「今だ! 垂直旋回! 敵の舵機をはらえ!」
 と、大胆きわまる号令をかけました。

     4

 塩田大尉は、さすがにえらい軍人でありましたから、たいへんいいときに体あたりの命令を出しました。大尉の乗った偵察機は、垂直旋回のまま、怪塔ロケットの尾翼をねらって、みごとに「どぅん」とぶつかりました。
「ううむ、どうだ」
 必死のかくごで、ぶっつかったのです。飛行機の車輪でもって、怪塔ロケットの尾翼を蹴ちらしたのです。はげしい音と共に相手の尾翼はもぎとられ、火花のようなものがぴかりとひかりました。偵察機もまるでつきとばされたように、空中でもんどりうち、塩田大尉はじめ乗っていた者は、みなくらくらと目まいをもよおしました。
 でも、気丈夫きじょうぶな操縦員はがんばって、傾いていた機をもとのようになおしました。ぐずぐずしていれば墜落したかも知れませんのを、あやういところでひきとめました。
「よろこんでください、機体は大丈夫です」
 と操縦員はさけびました。
 ゴムの車輪は、おもいのほか丈夫で、相手の尾翼をけとばしてへいきでありました。
 そのころ塩田大尉や小浜兵曹長はやっと目まいがなおり、目をひらくことができるようになりました。
「怪塔は、どこへいった」
「あれあれ、見えないぞ」
 二人は席からのりだして、上をみたり、下をみたり、
「あ、あそこにいる!」
 小浜兵曹長がみつけました。
「おおいたか。どこだ」
「あれです。あそこの夕やけ雲をつきぬけて下へおちていくのが見えます」
 小浜兵曹長のゆびさすところをみると、なるほど、怪塔ロケットは、その半面を夕日にてらされ、雲のかげに尾をひきながらおちていきます。そして機体はぶるんぶるんとへんに首をふっているのでありました。

     5

 塩田大尉は、またもや全機に命令を出して怪塔ロケットのあとを追わせました。
 全機は、それこそはやぶさのように猛然と怪塔ロケットのあとを追いましたが、相手はぶるんぶるんと首をふりながら、遂に海中にどぼんとおちてしまいました。
「あっ、怪塔ロケットが海の中にもぐりこんだぞ」
「いや、墜落したのだ。早くあの真上までいって見よ」
 どこかに飛去るかとおもわれた怪塔ロケットが、いきおいもついにおとろえたか、そのまま太平洋の波間にしずんでしまったものですから、塩田大尉以下はめんくらったかたちです。
 偵察機は、海面すれすれのところまでおりて、怪塔ロケットが見えるかどうかとさがしました。しかし黒い海は、どこにロケットをのみこんでしまったか、けろりとしていました。
 しかたなく塩田大尉は、全機をすこし遠方にひきはなし、海面ひろく警戒をするように命令しました。それは怪塔ロケットが、いつ波間からとび出してくるかもしれない、と思ったからでありました。
 しかし怪塔ロケットは、ついにふたたび姿を見せませんでした。
 そして暮れかかっていた空は、どんどん暗くなっていって、とうとうまっくらな夜になってしまいました。
 こうなっては、怪塔をさがすことができません。塩田大尉はざんねんにおもいましたが、やむを得ずあとのことを、折から全速力であつまってきた駆逐艦隊にまかせ、ついにそこをひきあげることにしました。
 怪塔ロケットはどこへいったのでしょうか。そして今はどんなになっているのでしょうか。怪塔王や帆村探偵は、なにをしているのでしょうか。いろいろの謎をつつんで、怪塔をのんだ黒い海面は、しずかに眠をつづけています。


   炭やき老人



     1

 太平洋の波間に姿を消してしまった怪塔ロケットは、その後もすこしも姿を見せませんでした。駆逐艦隊は昼間も夜間も、ずっと海上の警戒をとかず、もしや怪塔ロケットが波間から顔を出した時は、大砲でどぅんと撃ってやろうとおもって、いつも待ちかまえていましたが、相手はどこにかくれているか何の音さたもありませぬ。
 ここで話は、勿来関のちかくの山の中にうつります。
 炭やきのおじいさんが山の中で、気をうしなっている少年を見つけました。
 そういう深い山の中に、少年がやって来たのも不思議なら、また少年の服装や足を見ても、旅をしたらしいところが見えないのは不思議でありました。
 たすけおこして見ますと、少年は右足に怪我けがをしていました。
 さっそく傷の手当をしてやるやら、小屋へつれて行くやらして、炭やきのお爺さんはおもいがけない仕事にくるくると働きました。
 少年がやっと正気にかえったのは、それから三十分も後でした。
 少年は気づくと、お爺さんの顔を見てびっくりし、にげ出そうとしましたが、足がきかないので、そのままぱったり顔をわらむしろのうえにふせ、
「ああ、いたいいたい」
 とわめきながら、いたむ足を抱えました。
 この少年は、誰であったでしょうか。
 一彦少年です。みなさんよく御存じの一彦君なのでありました――一彦といえば、彼は怪塔の中にいたはずですのに、なぜこんな山の中にころがっていたのでしょうか。
「どうだ、そんなにいたいかね。男の子だ、がまんをして、がまんをして」
 と、お爺さんはしきりに一彦をいたわっています。一彦は、歯をくいしばりながら、
「お爺さん、町へ知らせるのには、どうするのが一等早いの」
 とたずねました。

     2

 傷ついている少年から、町へ使つかいを出すにはどうするのが一ばん早いかと、聞かれた炭やき爺さんは、少年の顔をつくづく見やりつつ、
「町へ使をだすといっても、そんなにいくとおりもやり方があるわけじゃない。わしがとことこ山をおりて行くよりほかに、別にかわった方法はないねえ」
 と答えたあとで、
「しかしお前さんは、どうしてこんなところへやって来たのかね。お前さんは一体誰だね」
 と、さも不審そうに、たずねました。
 少年は、傷がいたむとみえて、顔をしかめていましたが、やがて口をひらき、
「――僕のことかい。僕は一彦という名前なんだよ」
「なんじゃ、カズヒコというのか」
「そうだ、一彦だ。怪塔の中から逃げだしたんだ。その時こんな風に傷をおってしまったんだ」
 傷ついている少年は、意外にも一彦だったのです。怪塔の中に、帆村荘六とともに、とじこめられていたはずの一彦少年が、意外も意外、山の中に放りだされていたというわけでありました。
 しかし炭やき爺さんには、一彦といったところが、また怪塔といったところが、通じるはずがありません。
「怪塔てえのは、なんのことかな」
 と、のんきな問を出しました。
「怪塔を知らないの」
 と一彦は目をまるくして、
「ほら、昨日のことさ。たくさん飛行機がやってきて、空から爆弾をおとしていたじゃないか。この山の向こうで、やっていたじゃないか。あれは飛行機が怪塔を攻めて、空から爆撃していたんだよ」
「ほうほう、なるほどあれか。わしは演習をやっているのかと思っていたんだ」
「演習だなんて、爺さんはのんきだなあ。そしておしまいに大きな塔が尾をひいて、空中にとびだしたじゃないか。あれが怪塔だよ。僕は、あの塔の中から逃げだしたんだよ」

     3

「ああそうか、あれが怪塔かね。あれならわしも見たぞ。いま聞けば、お前はあの中から逃げて来たというが、一体どうして、また怪塔の中なんぞにいたのかね」
 炭やき爺さんは、目をまるくして、それからそれへと一彦少年にたずねました。
 一彦としては、お爺さんにしてきかせる山ほどの話をもちあわせていましたが、そんなことよりも、一分でもはやく、塩田大尉に知らせ、一彦が怪塔から逃げだすまでに起ったいろいろのことを、報告しなければならぬとおもいましたので、
「ねえ、お爺さん。ぐずぐずしていると、怪塔王のため日本の軍艦がどんなにひどくこわされてしまうかわからないんだよ。だから僕はね、すこしでもはやく海軍の軍人さんかおまわりさんかにあいたいんだよ。いそがないと、たいへんなことになるんだ。ねえ、お爺さん。すまないけれど、山をくだって、誰かに僕がここにいるということを知らせてくれないか」
 一彦は熱心をおもてにあらわして言いました。
 日本の軍艦がひどくこわされてしまうと言う話を聞いて、炭やき爺さんはとびあがるほどおどろきました。なぜと言って、この爺さんの一人息子は水兵さんで、いま軍艦にのっているのです。軍艦は大切ですし、一人息子も大切です。
「ようし、じゃあこれからわしが村のしゅうへ知らせよう。待てよ、早くしらせるには、これから山をくだるよりももっといい方法があったっけ。もっともこれは、天地のひっくりかえるような大事件の時でないと、使ってはならぬと、村の衆とのあいだの申し合わせじゃが、怪塔王が日本の軍艦をめりめりこわすと言うのなら、この非常警報をつかってもかまわんじゃろ」
 そう言うと、お爺さんは腰にさげていたかまをとって、傍に生えていた太い竹を切りおとし、ころあいの長さにして穴をあけました。お爺さんは、なにをこしらえているのでしょうか。

     4

「お爺さん、竹を切って、それで一体なにをつくるの」
 と、一彦は、お爺さんの手に握られた鎌が、器用に動くのを感心しながら言いました。
「うん、これかね。これはわしの大得意な竹法螺たけぼらじゃ」
「竹法螺って、なにさあ」
「お前は竹法蝶を知らないのか。こいつはおどろいた。まあ見ているがいい」
 そう言ってお爺さんは、五十センチほどの長さに切った竹筒に、しきりと細工さいくをしていましたが、やがてにっこり笑い、
「さあ、竹法螺が出来たぞ。これならよく鳴りそうだ」
 と、竹法螺を唇にあて、はるかふもと、村の方をむきながら、ぷうっと大きな息をふきこみました。
 ぷーう、ぷーう、ぷーう、ぷーう。
 竹法螺は、大きな、そしていい音色でもって、朗々と鳴りだしました。その音は山々に木霊こだまし、うううーっと長く尾をひいてひびきわたりました。
「ああ、いい音だなあ」
 一彦少年は、傷のいたみをわすれて、お爺さんのふく竹法螺の音に聞きほれました。
 お爺さんは、いくたびもいくたびも竹に口をあて、ほっぺたをゴムまりのようにふくらませ、長い信号音をふきつづけていましたが、
「さあ、このくらいやれば、村の衆の耳に、この竹法螺の音がはいったろう」
「お爺さん、今の竹法螺を聞きつけて、村の人がこの山の中までのぼって来るのかい」
「そうさ。皆おどろいて、ここへのぼって来るよ。ああ言うふき方をすると、ちゃんと場所がわかるのさ」
「竹法螺をいろいろにふきわけて、ふもと村へ言葉を知らせられないの」
「ふきわけて言葉を知らせることができるかって。それは無理だ、息がつづかない」

     5

 炭やき爺さんは首をふって、竹法螺でもって、ふもと村へ言葉をおくるのには、とても息がつづかないと、ざんねんそうにいいましたので、これを聞いた一彦少年はちょっとがっかりいたしました。
 しかしながら、ふもと村からこの山の中まで、村人にえっさえっさとあがってきてもらい、また山をおりて、塩田大尉のところへ使にいってもらうのはどう考えても二重の手間だとおもいましたから、なにかほかに、いい通信のやりかたがあるまいかとおもい智恵袋をしぼってみました。
 そのとき、一彦の目にうつったものがありました。
 それは炭やき爺さんの、そこにつくってあった炭焼竈すみやきかまどでありました。
「うん、これはいいものが目にとまった」
 と一彦少年はおもわずひとりごとをいい、炭やき爺さんをよびました。
「いいものがあったよ。これならふもと村へ通信することなんか、わけなしだ」
「えっ、それはなんのことだね」
「あの炭焼竈のことさ。あれに火をつけると煙突から煙がむくむくでてくるだろう。そのとき風呂敷か板片かをもって屋根にのぼり、煙突から出る煙を、おさえたり放したりするのさ、それを早くくりかえせば、煙突から短い煙がきれぎれに出てくるだろう。またそれをゆっくりやれば、長い煙がきれぎれになって出てくるだろう。つまり煙でもって、短い符号と長い符号とをだすことができるから電信と同じように、モールス符号を出すことができるのさ。ふもと村に、モールス符号のわかる人がいればこっちでだしている煙のモールス符号を読んで、ははあ、あんなことを言っているなと分るだろう。ねえ、僕がモールス符号をつづるから、爺さんは屋根にのぼって、このとおり、炭焼竈からでる煙を短く、あるいは長く符号にして出してくれないか」
「ほほう、お前は子供のくせになかなか智恵がまわるわい」
 炭やき爺さんは感心いたしました。

     6

 煙をつかうモールス符号の通信!
 一彦少年は、えらいことを知っていました。しかしこれは一彦が考え出したことではなく、じつは大むかし、原住民がつかっていた通信のやりかたなのです。今ではもうわすれられたようになっていましたが、よく考えてみますと、このような人里はなれた山の中と、ふもと村とのあいだの通信にはたいへん便利なやりかたです。こんな風に、今はやらなくなっても、むかしのものには、なかなかいいものがあります。はやりすたりを気にしないで、むかしのものでも役にたついいものは、今もどんどんつかってやるのが、ほんとうにすぐれた人と申せましょう。
 一彦少年は、いつか本で読んでおぼえていた煙通信を、うまくいかして使ったのです。
 炭やき爺さんは、竈の屋根にのぼり、煙突のそばに立って、一彦が紙きれに書きつけた長短の符号をみながら、煙突に風呂敷をかぶせて、煙をとめたり出したり、大汗になってつづけました。その文句が、一彦が怪塔から逃げだして、ここにいるから助けに来いというのでありました。
 炭やき爺さんとしては、一彦のさしずでもって煙信号をつづけているのですが、内心では、これが果してふもと村に通じるかどうか、きっと自分の竹法螺の音は村人の耳にはいっても、一彦がいま自分にゆだねたこの長ったらしい通信文は、とてもふもと村に達しはしまいと思っていたのです。
 ところがどうでしょう。間もなくふもと村の中から一本の煙がむくむくと、風のない空に、まっすぐ立ちのぼりはじめました。
「おやおや、村でも煙火みたいなものをあげたぞ。こっちの真似をする気かしら」
 と爺さんが目をみはっているうちに、その村の煙火が、下の方から長短の符号どおりに切れはじめたのですから、爺さんは大びっくり、紙きれにその符号をうつし始めました。
 一体村の煙火は、山の中へ向かって何を伝えているのでしょうか。


   塩田大尉のお迎え



     1

 ふもと村から、煙の信号がたちのぼるのが見えます。一彦少年は炭やき爺さんの手をかりて、その信号の見えるところまで、傷ついた体をうごかしてもらいました。
 ふもと村からの信号は、どんなことを伝えて来たのでしょうか。
「シオダタイイガムカエニイク」
 塩田大尉が一彦をむかえにいくというのでありました。塩田大尉のところへ、どうしてそんなにはやく知れたものかと、一彦は夢のようにおどろきましたが、このとき塩田大尉は、ちょうど飛行基地から警察電話で、このふもと村へ昨日以来、何か聞きこんだことかまたは変ったものを見なかったかと、問いあわせ中であったので、それならば今、裏山からこうこういう煙の信号があがっているところで、塩田大尉に知らせてくれといっていますよ、というわけで、たいへんうまく塩田大尉と話がついたのであります。
「ああうれしい。塩田大尉が来てくださる。僕、うれしいなあ。大尉に会うことができたら、僕はすぐ帆村おじさんからの言づてを話して、一刻も早く怪塔征伐をやってもらうのだ。――大尉はどうしてこの山の中まで来るかしら。やっぱり飛行機で来るのかしら」
 と、一彦は急にたいへん元気づきました。これを見ていた炭やき爺さんも、これなら自分も骨おりがいがあったと大よろこびです。
 それはちょうど、おひる前の十一時ごろでありました。一台の飛行機が、東の方の空から近づいて来ました。飛行機は、一彦たちのあたまの上まで来ました。一彦は寝そべったまま白布はくふを手にして振り、爺さんはしきりに炭焼竈の煙をさかんにあげて飛行機の方に相図あいずをしました。
 その相図が通じたのか、その飛行機はぐるぐる旋回をはじめながら、しだいに高度をさげてまいります。千メートルから九百、八百、やがて五百メートルと低空にうつりました。

     2

 一彦たちの頭上を旋回しながら、しだいしだいに高度を低くして来る尻尾しっぽの赤い飛行機から、やがて人間と荷物とのつながったものが空中へぽいと放り出されました。
「おや、なんだろう」
 と、炭やき爺さんは、まぶしそうに目をぱちぱちしながら、天を仰いでいます。
「あっ、落下傘だ。塩田大尉は落下傘でおりて来るんだぜ。ああすごいなあ」
 といっているうちに、ぱっと空中に大きな真白な花傘がひらきました。三百メートルほどの低空です。人間の重みで、傘はぶらんぶらんとゆれています。
 落下傘はどんどん下におりて来ました。風の流れる方向をみさだめてあったものとみえ、じつにたくみに一彦たちのいるところへ、静かにまいさがってまいります。
「爺さん。僕、起きたい、起きたい」
「まあ、そうむりをいうちゃならねえ。お前は怪我しているということを、忘れちゃいけねえぞ」
 そういううちに、塩田大尉のぶらさがっている落下傘は、ぐんぐん下におりて、一彦たちの頭上を越し、その奥の山腹にどさりと着陸いたしました。大尉はもんどりうって、山腹にころげるとみましたが、とたんに落下傘をゆわえたバンドをはずして、すくっと地上にたちあがりました。これをみていた一彦は、おもわず万歳ばんざいをさけびました。
 塩田大尉は、すぐさま一彦のところへ駈けよりました。そして少年をなぐさめるとともに、持ってきた衛生材料でもって、手ぎわよく一彦の患部を消毒し、仮繃帯かりほうたいをぐるぐるまいてくれました。
「塩田大尉、ありがとう。どうもありがとう」
「いや、なあに。それよりも一彦君は、じつに元気だね。水兵だって、君の元気には負けてしまうぞ。――そして、一体君はどうして怪塔から抜けだしたのか。帆村君はどうした。はやく聞かせてくれ」

     3

 一彦は塩田大尉の手あつい介抱かいほうをうけ、さらに元気になり、そこで一体どうして一彦ひとりが怪塔から抜け出たか、そのあらましを語りだしたのでありました。
「――僕、おどろきましたよ。だって、怪塔が、ものすごいうなりごえをあげて、空高くまいあがったんですものねえ。それから空中をあちこちと、ぶんぶんとびまわり、どうなることかと、窓わくにすがりついて、ひやひやしているうちに、こんどはどすんと大きな震動とともに、怪塔がしずかにとまってしまったんです。そのとき自分はもう死んでしまって、墓場にはいりこんだのじゃないかと思ったくらいです。あのときはじつにこわかった」
「うむ、そうだったろうねえ」
 と塩田大尉は大きくうなずきました。
「――それからですよ、帆村おじさんの活動がはじまったのは。おじさんは、怪塔の二階をいろいろと苦心してうかがいましてね。怪塔の中には、怪塔王のほかに、妙な筒の中に黒人が住んでいることをさがしあてたんです。黒人は、怪塔王のいいつけなら、どんなことでも素直にはいはいときいて、機械をうまくあやつるのです」
「ほう、そうか。よし、なかなかいいことをしらべてくれた」
「――そのうちに帆村おじさんは、僕をぜひとも逃してやりたいといいました。僕はひとりで逃げるなんていやだとことわったんですけれど、帆村おじさんは、お前が逃げ出して、塩田大尉などに大事なことを知らせてくれないと、怪塔王はいつまでも暴れ、軍艦などに害をあたえるというので、僕はようやくいうことを聞きました。そして帆村おじさんが、鉄の窓わくを永い間かかってこわしてくれたので、その狭いところから、外へとびだしたんですが、そのとき足に怪我をしました」
「もうそれだけかい。帆村君からの言づてはほかになかったかい」
「いや、一つ重大な言づてがありますよ」

     4

「なに、帆村君からの重大な言づてって、どんなことだい」
 と、塩田大尉は一彦の手をしっかりと握って、聞きかえしました。
「それはね――」
 と、一彦はしばらく目をとじて、じっと考えていました。この言づてはよほど重大なことでありましたから、、帆村からいわれたとおりまちがいなく大尉に伝えねばならぬと大事をとっていたのです。
「そうだ、帆村おじさんはこういってましたよ」
「ふむ――」
 と塩田大尉はかたくなって聞いています。
「それはね、大利根博士にぜひ会ってくださいって。そして大利根博士の体に、なにか変ったことがあるかないか、ぜひともそれを調べておいてくださいって、いってましたよ」
「ふん、ふん。大利根博士に会えというんだな。そして博士の体に変ったことがないか調べてみろといったんだね。うむ、よくわかった。やっぱり帆村君は、なかなかの名探偵らしいぞ」
 と、塩田大尉はなにごとかをひとりでもってしきりに感心していました。なにか大尉の胸におもいあたることがあるのでしょう。
 一彦少年の、怪塔にとじこめられていたあいだのこまかい話は、それからそれへと、なかなかつきませんでした。
 怪塔から発せられたあの無線電信は、やはり帆村探偵が出したものであることがわかりました。どうしてまた無線電信機を手に入れたのかと、大尉はびっくり顔でありましたが、一彦の語るところによると、帆村は一階のあのがらくた倉庫の中から、一つの壊れたラジオ受信機をさがし出し、その配線をかえて短波の送信機になおし、さいわいに切れていなかった真空管と電池があったので、あの通り送信がやれたのだそうです。

     5

「ぜひ、大利根博士に会ってくれ!」
 一彦がもってかえった帆村探偵の言伝ことづては、塩田大尉の胸をたいへんいためました。
 そういう急ぎの用事なら、なぜ怪塔の中から無線電信で打って来なかったのであろうかと、大尉はふしぎに思っているのです。怪塔の外へ出したけれど、はたしていつ大尉に会えるやらわからない一彦に、この重大なことがらを、言葉で伝えさせようとした帆村探偵の心には、なにかわけがありそうです。
 塩田大尉は考えた末、無線電信などでこのことを空中に発すると、それが大利根博士に知れて具合がわるいのであろうと思いました。つまり大利根博士に会えと帆村がすすめたことは、あくまで博士に知れないようにしなければならぬということだと思いました。なぜ知れて悪いのか。それはいずれ後になってわかってくる事でしょう。
 塩田大尉は、かたい決心をしました。
 一彦にも、帆村探偵が大利根博士を訪ねよ、といったことを秘密にして、他人に喋らないよう約束させました。
 そのかわり、大利根博士に会いにいくときには、かならず一彦をつれていくと、大尉の方でもお約束をいたしました。
 こうなると、大利根博士に会うということは、たいへん重大なことになりました。
 そうこうするうちに救護隊が山をのぼって来ました。
 一彦の足の傷は、本職のお医者さまが見てすぐさま治療してくれました。かなり出血があり、そして足首のところで骨がはずれているということでありました。でも当人はたいへん元気だから、この分なら間もなく元のようになおるであろうといってくれたので、みなみな安心をしました。
 救護隊は一彦を担架たんかにのせ、山をくだることになりました。一彦は命を助けてくれた炭やき爺さん木口公平きぐちこうへいにあって、お礼をいってそこを出立しました。


   入院



     1

 怪塔ロケットがしずんだ海面は、あいかわらずわが駆逐艦隊によって、たいへんきびしい見張みはりがつづけられていました。また潜水艦や潜水夫までがでて海の中を一生懸命にさがしましたが、怪塔ロケットはどこへいったか、まだ行方がしれません。
 捜索隊はいろいろとやり方をかえて、あくまで怪塔ロケットをさがしあてるのだと、はりきっていました。
 こちらは一彦少年です。
 塩田大尉や救護の人たちのおかげで、山をおりるとすぐ病院にはいり、手あつい治療をうけました。
 妹のミチ子へも、さっそくそのしらせがゆきましたので、小さい胸をいため続けていたミチ子は、夢かとばかりよろこびました。そしてお迎えの自動車にのって、何時間もかかって病院に急ぎました。
「ああ兄ちゃん」
 とミチ子が病室へかけこむなり、一彦の枕元にかけつければ、一彦は思いのほか元気な顔をもたげて、
「おおミチ子、よく来てくれたね。兄さんの怪我は大したことないんだよ、心配しなくていいんだよ」
「あら、そんなに軽いの。うれしいわ。でも痛むでしょう」
「痛かないよ。すこしちくちくするくらいだよ。あと四五日すれば歩けると、院長さんがいったよ。僕は心配なしだけれど、心配なのは、帆村おじさんだ」
「ああ帆村おじさん! おじさんは、どうして」
「それがねえ、困っちゃったんだよ」と一彦はいいにくそうに、
「僕だけ逃げるのはいやだとおじさんにいったんだよ。だから一緒に逃げようと、いくどもすすめたんだけれど、おじさんは中々聞かないんだ。おじさんはまだこの塔の中でする仕事があるんだといってね、僕いやだったけれど、おじさんのいうとおり一人で報告にかえってきたんだ」

     2

「兄ちゃん、帆村おじさんを残して来たことを、そんなに気にしないでもいいわ。誰も、兄ちゃんがいけない子だなんて思う人はなくってよ」
 と、ミチ子は兄の一彦をなぐさめるのに一生懸命です。聞くもうるわしい兄妹の仲のよさでありました。
 そういうかんしんな兄妹を、こうもくるしめるのは、一体誰のせいでしょうか。いうまでもなく、それは帝国軍艦淡路を怪しい力によって壊し、それから後、いろいろとおそろしいことや憎いことをやっている、怪塔王のせいにちがいありません。
 怪塔王と言うのは、一体いかなる素性の人間なのでしようか。いままでに、このことはほとんどわかっていません。
 一彦とミチ子は、それからのちわずか五日間の短い日数のことでしたが、久万ひさかたぶりに一しょに食事をしたり、歌をうたったり、お話をしたり、また夜は同じ室に枕をならべてやすんだりして、たいへん楽しいことでありました。そのためでもあり、またミチ子の手あつい看護のこともありまして、六日目になると一彦は殆ど普通に歩けるようになりました。ミチ子は一彦が病院の庭を歩く後姿をみまもりながら、うれし涙をこぼしました。
 一彦は、もうすっかり元気です。
「さあ、もう大丈夫だ。きょうは塩田大尉が来てくださると言ってたが、もう見えそうなものだね」
「塩田大尉が見えたら、御用があるの」
 と、ミチ子は心配そうにたずねました。
「うん、僕はね、塩田大尉と約束がしてあるんだよ」
「約束ってどんなこと」
「約束というのはね、僕を大利根博士のところへつれてってくれると言うことだよ。しかしこのことは、他人に言っちゃいけないよ。帆村おじさんが怒るからね」
 そう言っているところへ、当の塩田大尉が軍装もりりしく病室へはいって来ました。


   出発



     1

「ああ塩田大尉」
「おお一彦君か。おやミチ子さんもいるね。二人ともうれしそうだな――一彦君、よろこびたまえ。今院長さんに聞いて来たんだが、君の傷はもう大丈夫だそうだよ」
 三人は、声をあわせてうれしそうに笑いました。
「塩田大尉、僕と約束のこと忘れていませんね」
「え、約束。うむ、あのことか。しかしあのことはまあ、僕にまかせておいて――」
「いやだなあ、あんなことを言っている。僕はどんなにか待っていたんですよ。ぜひおともさせてください。それが帆村おじさんを救う近道のように思うんです」
 塩田大尉は、しばらく無言でいましたが、やがてミチ子に向かい一彦をつれていってもいいかと尋ねました。ミチ子はもちろんそれに賛成しましたのでそれならばと塩田大尉は立ちあがりました。
「僕が心配するわけはいずれわかるだろうが、とにかく変り者の大利根博士のところへいくのは、これでなかなか大仕事だよ」
 塩田大尉は二人の頭をなでながら、ほんのちょっぴり、気持を言いあらわしました。大尉は、帆村の言伝ことづてを聞いてからのち、いろいろ考えた末、大利根博士を訪問することをたいへん重大に思うようになったのです。
 一体なにがそんなに重大なんでしょう。
 ミチ子に別れて、一彦は塩田大尉とともに海軍の自動車にのって出かけました。
 行先は、東京近郊の大利根博士の研究所でありました。
 自動車が博士のやしきに近づいたとき、塩田大尉は一彦に向かい、
「一彦君は、伝書鳩を知っているかね」
「伝書鳩ですか。知っているどころか僕は鳩の訓練も上手なんですよ」
「そうかい。それはえらい。では君に伝書鳩を二羽あずけておこう。これでもって、腰にさげておきたまえ」
 と、脚にをはめた鳩を渡しました。

     2

「この伝書鳩は何時いつ放すんですか」
 と一彦は塩田大尉の顔をみあげていいました。
「放すのがいいときがくれば、きっとそれとわかるだろうよ」
 と塩田大尉は、なぞのようなことばをなげかけました。
 いよいよ自動車をおりました。ここは大利根博士邸の門前です。
 大尉は無雑作むぞうさに門のところについているベルのぼたんをおしました。
 しばらく待ちましたが、門内からは何の答もありませんでした。
「何も返事がありませんね」
「うむ返事がない。そうだ、返事がないのがあたり前かもしれない。りんりんりーんりんと特別の鳴りかたをしなければ奥へ通じない規則があったね。それをいま思い出したよ」
 そういって塩田大尉はベルの釦をおしなおしました。
 りんりんりーんりん。
 するとどうでしょう。
 りんりーん――と、返事のベルが門柱のうえで鳴りました。そして城のような高い壁にはめてあった門の扉がぎいっとうちへあきました。それはくぐり戸ぐらいの小さな扉でありました。
「さあ入ろう」
 塩田大尉は一彦をうながして、その小さい門をくぐりました。
「大利根博士は、お邸にいるのですね。ベルが鳴りましたから」
「まあ、どうかなあ」
「だって、今のベルは特別符号をおくったのでその返事として鳴ったんでしょう、博士の耳に通じたにちがいありませんよ」
「そうかなあ」
 二人はあなぐらのようなところを、ずんずんむこうに歩いてゆきました。そのうちに玄関が見えてきました。

     3

 大利根博士の玄関には、有名な電話機があります。博士と面会することはなかなかむずかしく、まずこの電話機で用を足すよりしかたがないと言われているんです。
 塩田大尉は一彦少年に目くばせして、この電話機を取上げました。
「もしもし、私は塩田大尉ですが、博士にお目にかかりたい急な用事があってまいりました」
 と、大尉は相手に聞えているかいないかにかまわず、送話器へ声をふきこみました。
「……」
 何の返事もありません。
「もしもし」
 塩田大尉はさらに声を大きくして言いました。
「博士は留守なのですかねえ」
 と一彦は大尉をみあげて言いました。
 大尉は首をふりました。
「――なにしろ急用ですから、失礼して中にはいりますよ」
 すると向こうから電話の声で返事がありました。たいへん低い声ですから、何のことかよくわかりません。
「何ですか、よくわかりませんよ。中へはいってから、改めてお話しねがいましょう」
 と、大尉はすましたもので、玄関の扉をひらきました。
「さあ一彦君一しょに来たまえ」
 大尉はずんずん上にあがっていきました。長いくらい廊下が、奥の方までつづいていましたが、そこをずんずんはいっていくのでありました。
(人の家へことわりなしに入って悪かないかなあ)
 などと一彦は心配しましたが、大尉は平気です。もっとも家の中には誰一人姿をあらわしませんから怒る人もないのです。
「さあ、向こうのつきあたりが、博士の居間なんだ。万事あそこへいけばわかる」

     4

 大利根博士の部屋の前へ来ました。
 くらい廊下のつきあたりに、重い扉がぴったりしまっています。
 塩田大尉と一彦少年とは、その扉の前に立ちました。
「博士はいるでしょうか」
 と、一彦は、そっと塩田大尉にたずねました。
「さあ、どうだか」
 といいながら、大尉は扉をことこととノックしました。
 部屋のなかからは、なんの答もありません。
 大尉は、つづけてことことと扉を叩きました。けれども、扉の向こうからは、やはりなんの返事もありません。
「博士は留守なんですかねえ」
「ふうん、どうだかなあ」
 塩田大尉は首をちょっとかしげました。
 博士は有名な人ぎらいであることを考えてみますと、本当に留守なのかどうかわかりません。そこで大尉は決心して、扉の前で大声をはりあげました。
「ああ、もしもし、大利根博士!」
 部屋の中は、あいかわらずしんかんとしています。
 大尉は、さらに声をはげまして、
「ああもしもし、大利根博士! 私は塩田大尉です。急用ですからちょっとここをあけてください」
 それでもまだ、部屋の中はしずまりかえっています。
「ああ、もしもし、大利根博士!」
 三たび大尉は、扉の前で叫びました。さっき電話をかけたとき、[#「電話をかけたとき、」は底本では「電話をかけたとき、、」]話はよく聞きとれなかったが、博士か誰かわからぬが低い声で返事をした者がありましたので、大尉の声を、せめてその者でも聞きつけて出て来そうなものだとおもったのです。
 ちょうどそのときでした。扉の向こうから怪しい声がきこえてきたのは。――

     5

 扉の向こうで、はじめて人の声がきこえました。
「ああ、ああ、うるさい。わしは研究中だ。誰がきても会わんぞ。今日はだめだめ。帰ってくれ」
 博士はしわがれ声でどなるようにいいました。
 塩田大尉と一彦とは、顔をみあわせました。
「博士はいるのですね」
 と一彦は小さい声で塩田大尉にささやきました。
「うむ、博士はやっぱりこの中に居られたね、ふふむ」
 と大尉はなにか意外な面持おももちで、ひとりで感心していました。大尉は博士が留守のようにおもっていたらしくおもわれます。
「塩田大尉が来たということが、はっきり博士の耳に通じないのですよ。もう一度、よんでみてはどうです」
「そうだね。じゃもう一度、声をかけよう」
 塩田大尉は、また声をはりあげて扉にむかって博士の名をよびました。
 すると、室内からは返事がありました。
「ああ、ああ、うるさい。わしは研究中だ。誰がきても会わんぞ。今日はだめだめ。帰ってくれ」
 一彦はそれを聞いて、この調子ではとても博士は会ってくれないだろうとおもいました。
 塩田大尉はと見ますと、どうしたものか顔を真赤にしています。
「大尉、どうしたのです」
 大尉はこれに答えようともせず、何をおもったものか、ポケットから手帳と鉛筆とをとりだしました。そして扉の方をにらみすえるようにして、三たび博士の名をよびました。
 すると室内からの返事が、きこえてきました。
「ああ、ああ、うるさい。わしは研究中だ。誰がきても会わんぞ。今日はだめだめ。帰ってくれ」
 一彦が見ると、大尉は一生けんめいになにか筆記をしています。


   意外な仕掛しかけ



     1

「塩田大尉、そんなところで、なにを書いているんですか」
 一彦は、いぶかってたずねました。
「おう、これだ。うーむ」
 と、大尉は大利根博士の居間の扉をにらんで、うなるようにいいました。
「ど、どうしたんです、塩田大尉」
 大尉はなにごとに気をいらだたせているのでしょうか。
「おお一彦君、ちょっとここへおいで」
 大尉はこのとき、われにかえったように目をぱちぱちさせて、一彦をよびました。
「はい、な、なんですか」
「これをよんでごらん」
 といって、大尉はさっきから何か書きこんでいた手帳を、一彦の方へさしだしました。
 一彦がその手帳をうけとって、大尉の走書はしりがきをよんでみますと、次のようなことが書いてあります。
“ああ、ああ、うるさい。わしは研究中だ。誰がきても会わんぞ。今日はだめだめ。帰ってくれ”
 それから、一行おいてその次に、また書きつけてある文句がありました。それは、
“ああ、ああ、うるさい。わしは研究中だ。誰がきても会わんぞ。今日はだめだめ。帰ってくれ”
 という文句です。前の文句も後の文句も全く同じことが書いてあります。
「塩田大尉は変だなあ、同じことを二度も書いてありますよ。気分でも悪いのですか」
 と一彦がききますと大尉は首をふり、
「体もなにも変りはないよ。変なのは、この扉のうちで返事をした博士の言葉が、いつも同じ文句だということだ。まるでゴム判をおしたように、“ああ、ああ、うるさい”などと、同じことをいっているのだ」
「それがどうしたのです」
「一彦君、おどろいてはいけない。博士は留守なのだ。博士はこの部屋の中にはいないのだよ」

     2

 博士は留守だ――と、塩田大尉は、意外なことをいいだしました。
「だって、それは変ですね」と一彦はにおちぬ顔です。
「だって、この扉の中で、大利根博士が“今日はだめだめ、帰ってくれ”などと、いまさっきも喋ったではありませんか」
 一彦には、塩田大尉の言葉がどうしても信じられません。
 塩田大尉は、ますます顔を赤くして、心臓のわくわくするのをじっとおさえつけている様子です。
「一彦君。私の考えはきっとあたっているよ。大利根博士は留守なんだ。この私の言葉にまちがいのないということを、これから見せてあげよう」
 塩田大尉は、この扉のなかに、大利根博士がいないということを一彦に見せてやろうというのです。一彦はたいへん不思議におもいました。彼はあくまで、それは塩田大尉のおもいちがいだと思っていました。
 塩田大尉は、ポケットのなかから、小さい紙包と長い電線とをひっぱりだしました。
「それはなんですか」
「これは爆薬だ。これを入口にしかけて扉をこわすのだよ」
 軍人だけに、塩田大尉のやり方は思いきったものです。これが探偵だったら、合鍵をつかったり、重い材木でつきこわしたりするでしょうに。
 開かぬ扉は、ついに轟然ごうぜんたる一発の爆音とともにこわされてしまいました。
 大尉と一彦は、だいぶはなれた地下道のかげに、じっと息をころして、その爆破をまっていたのです。
「さあ、もうこんどははいれるぞ」
 大尉は一彦に目くばせをして、扉のところへかけつけました。
 なるほど扉の錠まわりが、丸窓ぐらいの大きさにぽっかりと穴があいています。ですから扉をおすと、すうっとあいてしまいました。
「さあ、奥へ行ってたしかめよう。博士がいられるかどうかを――」

     3

 入口に、爆薬のけむりがまだ消えてしまわないうちに塩田大尉は室内へおどりこみました。
 一彦は、ちょっと気持がわるくなりましたが、こんなことで退却をしては、日本の少年の名折なおれだと思いましたから、思いきって大尉のあとにつき、勇敢にとびこみました。
「ああ、こんなことをやっていたんだ。おい一彦君はやくこっちへ来てごらん」
 と、塩田大尉はけむりの向こうから、大声でさけびました。
「え。なんですって」
 塩田大尉がなにかかわったものを見つけたらしいので、一彦少年は、胸をわくわくしながら、そこへかけつけました。
 すると大尉は、テーブルのうえにのっている蓄音機のようなものを指さしていました。
「これ、なんでしょう」
「おお一彦君。これは蓄音機だよ。しかし普通の蓄音機とちがう。これはね、こっちから大利根博士の名をよぶと、ひとりでに音盤が回りだして、蓄音機から声が出る仕掛になっているんだ」
「えっ、なんですって」
「君にはわからないかねえ。つまりこの室内に大利根博士はいなくて、そのかわりにこの蓄音機が仕掛けてあったんだ。入口の外で博士の名を三度よぶと室内では音盤がまわりだして、“研究中だ、会わないぞ、帰れ帰れ”などと博士の声が、この蓄音機から聞えてくるのだ。だからこれを聞いた者は、室内に博士がいるのだと考える。ほんとうはこのように博士は留守なんだ。誰がこしらえたのか、たいへんな仕掛をこしらえてあったものだ。も少しで、うまくひっかかるところだった」
 そういって塩田大尉は、機械のこっちから大利根博士の名をくりかえしよんでみましたところ、三度目になると、はたして蓄音機の中から(ああ、うるさい……)と、博士の声がとびだしてきました。一彦はおどろいて、目をまるくするばかり。――

     4

 大利根博士の研究室に、博士の姿はどこにもなくて、ただ博士の声が飛出して来る蓄音機だけがあったのです。
 じつになんという変な仕掛でしょう。
 一体この変な仕掛は、なんのためにこうして博士の室内につくられてあるのでしょうか。またこの仕掛をつくったのは、誰なのでありましょうか。
「どうも変ですね。塩田大尉、これはきっと博士が人と口をきくのがいやなので、こんな仕掛で、来る人をみなおっぱらっているのではないでしょうか」
「うん、一応はそうも考えられるね。だが一彦君、一方ではこういうふうにも考えられはしないだろうか。つまり、大利根博士は、この研究室にたてこもっていると見せかけるため、わざわざこうした仕掛をしておいたとね」
 なるほど、そういう場合もあるだろうと、一彦は大尉の考えに感心しました。
「でも、博士ともあろう人が、なぜそんなややこしいことをするのでしょう。いるならいる、いないならいないと正直に人にしらせるのが本当なのに、そんな不正直なことを博士がするでしょうか」
 一彦はあくまで博士がえらい人だと信じていたから、こう申しました。
 塩田大尉は、一彦の言葉をじっと考えていましたが、やがて一彦の顔を見ながら、すこし言いにくそうに、
「ねえ一彦君、私はどうもちかごろ博士のすることに、腑におちない点があるのだよ。それに帆村君からの言伝ことづてにも、博士に必ず会って見ろとあったではないか。帆村君も博士に気をつけろというつもりでそう言ったのではあるまいか」
 一彦はなぜ、塩田大尉がそう言うのか、はっきりのみこめませんでした。早くもその顔色を見てとった大尉は一彦の肩を叩き、
「さあ、元気を出して謎にぶつかって見ようではないか、博士にはすまないが、まずこの室内をよくさがして見よう」


   顔の怪塔王



     1

 お話はかわりまして、ここは皆さんおまちかねの怪塔の中です。
 あれ、怪塔はまだちゃんと形がのこっていたのかとお尋ねになるのですか。そうです。怪塔はまだちゃんとしていましたよ。
 塩田大尉の指揮する飛行隊に追われ、太平洋の波間に姿をけしてしまった怪塔は、そののち海上の監視艦の目に二度とうつりませんでしたが、じつはその怪塔は、波の下のふかいふかい海の底に、じっと横たわっていたのです。
 そこは水深四百メートルといいますから、たいへんな深さの海底です。
 太陽の光も、もうここには届かず、あたりはインキをとかしたように、まっくろで煙のような軟かい泥が、ふわりとたいらに続いています。さすがに海藻も生えていません。まるで眠っている沙漠とおなじことであります。
 その軟泥なんでいの寝床のうえに、怪塔は横たおしになったまま、じっとしていました。ただ怪塔の窓には、内部のほの明るい電灯の光がうつり、まるで、魔物の目をあけて、あたりをにらんでいるように見えます。
 さあ、怪塔の中は、一体どうなっているでしょうか。
 ここは二階の機械室です。
 怪塔が横になっているので、すべての機械るいは横たおしになっています。
 三人の黒人が入っている三つの太い鉄の円筒もみな横むきになっていました。
 帆村探偵は、どこにいるのでしょうか。
 それから、問題の怪塔王は、いまなにをしているのでしょうか。
「どうだ、もういい加減に降参したがいいだろう」
 どこかで聞いたような声ですが、三階の階段のかげから叫びました。階段のかげにうずくまっている一の人影――こっちへ顔を出したところをみればそれは例のしおふきそっくりの怪塔王の顔でありました。彼は一体誰に、(もう降参をしろ)などとよびかけているのでしょうか。

     2

 怪塔のなかの不思議な会話です。
「だ、誰が降参するものか。このインチキ怪塔王め!」
 おやおや、そういう声はたしかに、怪塔王の声でありました。そう叫んだ人物は、どこにいるかとさがして見ますと、一階の階段のうしろに隠れて、こっちをうかがっている一箇の怪人物がそれでした。どうしたのか、この人は、自分の首を黒い風呂敷みたいなもので、すっかり包んでいます。
 そうです、この方が『声の怪塔王』でありました。三階の階段から顔を出している方が『顔の怪塔王』でありました。つまり二人の怪塔王は、たがいに勝手気ままな号令を出して、操縦士の黒人をこまらせていたところでありました。声の怪塔王と顔の怪塔王とのたたかいは、まだつづいていたものと見えます。二人の怪塔王なんて、変なはなしです。一体どっちがほんとうの怪塔王でしょうか。
「なにがインチキなものか、貴様こそにせものの怪塔王だろう。くやしかったら、貴様が顔をつつんでいる風呂敷をとって、黒人やわしに、貴様の地顔を見せろ」
「ば、ばかな!」
 と言いすてましたが、声の怪塔王は、そのあとで、うーんとうなっています。よほど弱っているものと見えます。
「さあ、もういいだろう。そのへんで降参したがいいじゃないか」
「いやだ。天下無敵の怪塔王が、貴様のようなインチキ野郎に降参したり、この大事な怪塔をとられたりしてなるものか」
 と、声の怪塔王はあくまで降参を承知しませんでしたが、そのうちに彼は急に何事かに気づいたという風に、
「おお、そうだ。貴様のからいばりは勝手だが、この怪塔は、そういつまでも深海の底にじっとしていることは出来ないんだぞ。ある時間が来ると、自然爆発をするようになっているんだ。貴様は、それでも驚かないと言うのか」

     3

『声』の怪塔王と『顔』の怪塔王とは、機械を中にはさんで、やはり睨みあっています。いまはどっちも機械の方に近づくこともできず、そうかと言って後へさがることもできません。どうしてもここで相手を降参させてしまわないと、食事をとることさえもできないのです。
 どっちの怪塔王も、もう何食もたべないので、おなかはぺこぺこです。
 黒人はどっちにつこうかと困っていますが、おなかの方は大丈夫です。なぜって黒人は、長期にわたって円筒のなかに暮せるようにと、あらかじめ食料品と水をもちこんでいました。ちょうど長距離飛行のときの、飛行士のような生活をしていたのです
 だんだん疲れて来るのは、二人の怪塔王です。
『声』の怪塔王は、『顔』の怪塔王をおどすように、(もう海底にながくいられない。やがて怪塔は爆発するであろう)と言って、降参をすすめましたが、『顔』の怪塔王はいっかな降参をしようとは申しません。一体どうなることでしょう。
「おい、がんばらないで、わしのいうところに従え。この怪塔が爆発して、みんながここで死んでしまっては、何にもならないじゃないか」
 と、『声』の怪塔王はなおもくどきます。
「僕は爆発なんぞ平気だ。怪塔とともに、ここで粉々にくだけてしまっていいとおもっている」
「それは無茶むちゃだ。命は一つしかない」
「貴様はそんなに命がおしいのか」
 と、『顔』の怪塔王はからからと笑い、
「では、海底から怪塔をとびあがらせるがいいじゃないか」
「駄目だ。お互の、このかっこうでは駄目だ。黒人には、どっちが本当の怪塔王か見分がつかなくなっている。だから、どっちの命令を聞いていいか、わからない」
「じゃあどうすればいいのだ」
「わしの部屋から貴様が盗んだものをどうか返してくれ」
 と、『声』の怪塔王は泣きだしそうです。

     4

「――盗んだ物を、僕に返せと言うのかい。あっはっはっ、とうとう本音ほんねをはいたね。食事にもいけなかったり、また折角せっかくの殺人光線灯も役にたたなかったり、黒人が言うことをきかなかったりしたんでは、もう弱音をはくより仕方がないだろう」
 と、『顔』の怪塔王は、ほがらかに笑い、
「じゃあ、貴様の頼みをきいて、あれを返してやろうよ。こっちへ来い」
「えっ、返してくれるか」
 と、『声』の怪塔王は、大よろこびでじりじりと、近づきます。
「おっととっ、そのまま近づいちゃいけないよ。両手を高く上るんだ。頭より高く上るんだ。さもなければ、僕は貴様の恐れている秘密を黒人に――」
「待て――」
 と、『声』の怪塔王は、いたいたしい声でもって叫びました。
「あれを返してくれるなら、なんでも、貴様の言うとおりにする」
 そう言って、『声』の怪塔王は、両手を頭の上に高くあげて、しずかに『顔』の怪塔王の方へ近づいて来ました。
『顔』の怪塔王は、それを見て満足そうにほほえみました。相手は降参したのです。
「さあ、ここへ来い。このうしろへはいれ」
 と、階段のものかげを指さしました。
 顔を風呂敷で隠した『声』の怪塔王は、はじめのいきおいもどこへやら、いまはしょんぼりとして『顔』の怪塔王の言いなり放題になっています。なにが彼をそうさせたのでしょうか。それはもちろん、この怪塔が海中につかりきりだと、あとしばらくして爆発し、彼も死んでしまわねばならぬのをおそれての上のことです。
『顔』の怪塔王は、いきなり、『声』の怪塔王の両手をうしろへしばりあげてしまいました。
「あれは本当に返してくれるのだろうね」
 と、『声』の怪塔王はまた念をおしました。

     5

 水中にながくつかっていると、怪塔は爆発するかもしれないというので、さすがに命のおしくなった『声』の怪塔王は、いまや『顔』の怪塔王に降参してしまったかたちです。彼の両手は、うしろにまわされ、しっかりとしばられてしまいました。
「さあ、君の言うとおりになったから、はやく約束どおり、君が盗んでいったものを返してくれい」
 と、『声』の怪塔王はさいそくしました。
「うむ、約束はかならず果すよ。しかしその前に、貴様の体を念いりにしらべておかねば、あぶなくて安心していられない」
「なに、体をしらべるって。ちぇっ、そんな約束をしたおぼえはない」
 と、『声』の怪塔王は、あわてました。
「ばかなことをいうな。僕の方こそ、貴様の体をしらべない約束なんかしなかったぞ。それがいやなら、やはり怪塔の爆発するのを待つことにするか」
「いや、いや、いや。それはいかん。怪塔が爆発すれば、こっちの命がない。まあ仕方がない。なんでもしらべろ」
「それみろ、余計な手間をとらせやがる」
 そういって、『顔』の怪塔王は、『声』の怪塔王の後によると、彼の体を上から下まで、念入りに調べていきました。
 すると果して、『声』の怪塔王の服の下にはたまを近よせない怪力線網がかくされていました。またその怪力線網に磁力をとおす電源もみつかりました。さっそく、そのようなあぶないものをとりのぞきました。
「さあ、これでもう貴様の体は、たまをはじきかえす力がなくなったぞ。おとなしくしたがいい」
『声』の怪塔王が、ふかい溜息ためいきをつくのがきこえました。
「どうかあれを早くかえしてくれたまえ」
「よし、かえしてやろう」
 と、『顔』の怪塔王は自分の顔を両手でおさえました。さあ、なにごとが始るのでしょうか。


   マスクと顔



     1

 いま怪塔の中に、とても信じられないような不思議なことが行われている。
 こっちへ顔を見せている、『顔』の怪塔王は、その両手を自分の顔にかけると、えいやと力をいれて、すぽりと顔を脱いだ。
 顔を脱いだのである。
 目、鼻、口、それから頭のかみの毛までそっくりついて、怪塔王の顔の皮はまるで、豆の皮をぐようにくるくると剥がれたのであった。
 ああなんといたいたしいことだ。
 血?
 さだめしたくさんの血がどっとふきだすこととおもわれたが、そうはならなかった。ただびっしょりと玉の汗をかいた帆村荘六の顔が、その下から現れた。
 なんだ、マスクだったのか。
 マスクにしては、なんと巧妙なマスクだろう。
 帆村荘六も、このマスクを怪塔王の寝所しんじょかたわらに発見したときは生首なまくびが落ちている! と思って、どきっと心臓がとまりそうになったほどである。しかもその生首は、外ならぬ怪塔王の首であったではないか。おどろきは二倍になった。
 だがよくおちついて視察[#「視察」はママ]すると、生首とおもったのは、じつに巧妙なゴム製マスクであるとわかった。そのマスクも、普通のマスクやお面のように顔の前面をかくすばかりのものでなく、耳も、首も、頭部もすっかり隠してしまうし、頭髪さえちゃんと生えているものだった。ちょうど、人間の手をすっかり隠してしまう手袋のような式に、のどのあたりから上をすっぽり包んでしまう別製マスクであった。それは質のいい生ゴムでつくられてあり、例のしおふきのような顔になっており、そして生ゴムの表面は渋色に染めてあった。マスクの合わせ目は、耳のうしろの頭髪の中にあって、このごろよく見かけるみあわせ式の金具の、特に小さくこしらえたものでかんたんに縫ったり裂いたりできるのであった。

     2

 怪塔王の巧妙なマスクを、三階の寝所で発見したときの帆村のおどろきは近頃にないものだったが、では生きている怪塔王の体はどこにあるのかと思って、あたりをみまわしたところ、その寝台の上からすうすうという寝息が聞えるので三度びっくりしました。
 寝台を見ると、寝具はたしかに人間の体のかたちにふくれていた。しかし彼は頭を毛布の中にすっぽりうずめていました。
「さては、――」
 と、帆村ははやくもぴーんと感じて、勇気をふるって寝台に近づくと、その下にある人の顔をのぞきこもうとして、そっと毛布をもちあげました。
「いまのが怪塔王のマスクであるとすれば、ほんとうの怪塔王はどんな顔をしているのであろうか」
 はやく見たいという気持と、おそろしい気持とがごっちゃになって、帆村の胸をゆすぶった。――が遂に彼は見ました!
 彼は見ました! 彼は溜息をつきました。
 その寝台の上に寝ていた怪塔王は、顔を下にむけて寝ていたのである。帆村の目にうつったのは、赭茶あかちゃけた毛と白髪とが交っている、中老人らしい後頭部を見ただけでありました。
 叩きおこして、顔を見てやろうか。
 そうおもった帆村だったが、ついにそのことは思いとどまった。ここで怪塔王に目をさまされ、いろいろとおそろしい武器をつかって暴れられてはたまらない。それよりもここは、怪塔王の気づかないうちに、怪塔王が困るようなことをやっておこう。そういう考え方で、帆村はマスクをにぎったまま、その辺にあるいろいろな仕掛などを、できるだけ壊したり外したりしておいたのです。そしてマスクをもって階下におり、鏡の前で怪塔王のマスクをかぶりました。
 帆村はすっかり自分を怪塔王に変えてしまったこの巧妙なマスクに、改めておどろきの声を出しました。

     3

 さても巧妙にできているマスク! 首全体をつつむようにできている最新式の怪マスク!
 そのマスクの顔は、世にもおそるべき破壊力の持ちぬしである怪塔王の顔だ!
 さていま、帆村探偵は、その怪マスクを手にして覆面ふくめんの怪塔王とむかいあっているのです。その怪塔王は、あわれにも帆村のため、両手をうしろにしばられ、手をつかうことができなくなっています。
「さあ、このマスクは一たん貴様にかえしてやるぞ。その代り、こんどは僕のいいつけをきいて、怪塔を横須賀方面へとばせるのだ。いいか」
 と、帆村探偵が勝ちほこっていえば、覆面の怪塔王は力なくうなだれ、
「よろしゅうございます。こうなってはあなたさまのおっしゃるとおり、なんでもいたします。私としては、この海底から一刻もはやくのがれたいのです。私の一番こわいのは、海面にうきあがる以前に、この塔ロケットが爆発しやしないかということです」
「水中に永くいると、なぜ爆発するのかね」
 ロケットが海中に永くつかっていると爆発すると怪塔王はおそれていますが、帆村はなぜ爆発がおこるのかわけをしらないので、ただ不思議でありました。
「それは、ロケットをうごかす噴出ガスの原料であるところの薬品に、塩からい海水がしみこむと、だんだん熱してきて、おそろしい爆発がおこるのです」
「じゃあ、海水のはいらないようにしておけばいいのに」
「そうはいきません。どうしても金属壁の隙間すきまから浸みこんで来ます。さあ、帆村さん、はやくマスクをかえしてください」
「うん、マスクはここにある」
 といって、帆村はようやく怪塔王のマスクをさしだしました。
「ああ、私は手をしばられているから、マスクをかぶれやしません。ひもをほどいてください。ああ、手がいたい」

     4

 怪塔王にマスクをかえしてやったのはいいが、怪塔王は両手を帆村のためうしろにしばられているためマスクがかぶれないから、紐をほどいてくれというのです。
 帆村はそれをきいて、つよくかぶりをふりました。
「いや、だめだ。しばってある貴様の手をほどいたりすれば、貴様はどんなにおそろしいことをやるかしれない」
「ああいた、いたい」
 と、怪塔王はしきりに身もだえをします。そんなに両手が紐にくいしめられていたいのでしょうか。
「それほどいたくもないくせに、いたいいたいなどとおどかすなよ」
「いえ、ほんとにいたいのだ。ああいたい」
「いくらいたくても、僕はけっしてほどいてやらないぞ。じゃあマスクは、ぼくが貴様の顔にはめてやろう」
「えっ、あなたさまがマスクを私の顔にはめてくださるというのですか」
 怪塔王は、わざとらしくながいため息をついた。
「なにをそんなに、ため息などをつくのだ」
「いえ、ため息というほどのものではありません。さあ、では一刻もはやく、私にマスクをかぶせてください」
「うむ、いまやってやる」
 と、帆村はマスクを手にして、風呂敷で覆面している怪塔王の前に近づきました。
「そうだ。まずその覆面をとらなくては。――」
 と、帆村はマスクを下におき、両手をのばして怪塔王の覆面に手をかけました。
 ああ、いまこそ怪塔王の覆面がひきむかれるのです。その覆面の下には、はたしてどんな顔があるのでしょうか。胸はおどる! 帆村の胸は、どきどきとおどります。
 それを早くも察したものとみえ、怪塔王は覆面の下からおどかすような調子で叫びました。
「さあ、はやく覆面をとってください。しかし帆村探偵よ。この覆面の下にあるはいの素顔を見て、腰をぬかさぬように!」

     5

 怪塔王が、いまや覆面をはぎとられようとして、その刹那せつなに――覆面をとるのはいいが、その覆面の下にある我が輩の素顔をみて腰をぬかすな! と叫んだ捨てぜりふ――
「うむ。――」
 と帆村は、怪塔王が放ったいたい言葉に、思わずうめきました。
 ああなんという奇襲のおどかし文句でしょう。たしかに怪塔王の一言は、帆村の心臓をぷすりとさしとおしたようです。
 怪塔王の首全体をつつんだ風呂敷の下には、一体どんなおそろしい顔があるのでしょうか。帆村でなくても誰でも、覆面の下をみることはおそろしい気持がするではありませんか。
 ことにここは、隣家というものもないふかい海底に、横だおしになっている怪塔ロケットの中です。鬼気はひしひしと迫り、毛孔はあわのつぶのようにたちます。
「なあに、そんなおどかし文句に、誰がのるものか」
 と帆村は、ふりはらうように言いかえしました。
「それなら、マスクをはやく。――」
 と怪塔王は、せきたてます。
 帆村は、ついに変な気持にとらわれながら、なにほどのことがあろうかと気をふるいおこし、両手を怪塔王の首のうしろにまわして、風呂敷の結び目をときにかかりました。そのとき、さすがの帆村も、この覆面の下の怪塔王の顔を見るのをおそろしく感じたものか、怪塔王の首のうしろにまわした両手が思わずぶるぶるとふるえました。
 怪塔王は、そうなるのを、さっきから熱心に待っていたようです。
「やっ!」
 大喝一声だいかついっせい、怪塔王の膝頭ひざがしらは、帆村の下腹をひどいいきおいでつきあげました。腹の皮がやぶれたろうと思ったくらいです。何条なんじょうもってたまりましょう。
「う、ううん。――」
 苦しそうなうめき声とともに、帆村の体は棒のようになってたおれました。

     6

 怪塔王の覆面をとるのにすっかり気をとられていて、怪塔王の足がとんで来るのを用心しそこなったのです。
 名探偵として、たいへんはずかしいことだと、帆村はのちのちまでそれをくやしがっていましたが、なにしろ大問題の怪塔王の覆面の下から、本当の顔があらわれようという息づまるような場合だったものですから、ごんな失敗をしたのです。
「う、ふふふふ、ざまを見ろ」
 怪塔王は、さきほどのおろおろ声もどこへやら、またいつものにくにくしい怪塔王のしゃがれ声にかえって、床の上にたおれている帆村を見下しました。
「……」
 帆村は、うなり声さえ立てないで、床の上にまるで死人のようによこたわっていました。さあたいへん。帆村の息はそのままたえはててしまうのではないでしょうか。
「う、ふふふふ。口ほどにもないやつだ。しかし間もなく息をふきかえすだろうから、そうだ、いまのうちに大切なマスクをかぶっておこう」
 と、怪塔王は、あわてて床の上にしゃがむと、帆村の手から例の汐ふきの顔をしたマスクをひったくりました。そしてそのマスクを目の前にさしあげ、さも感心したという風に、
「ふうん、実にうまく出来ているマスクだわい。こんないいマスクはないねえ。なにしろ顔にぴたりとあう。そして笑えばこのマスクも一しょに笑う。また怒れば怒ったで、このマスクもまた一しょに怒る。これをつけていれば、マスクをつけているとは誰もおもわないほどうまくできている」
 と言って、マスクをあげて頭からすっぽりかぶりました。そのとき怪塔王は、自分で覆面をさらりと脱いだので、その下から大問題の素顔があらわれたはずですが。――

     7

 怪塔王は、自分の顔をつつんでいた風呂敷をぱらりと解きましたから、そのときたしかに下から怪塔王の素顔があらわれたはずです。
 ですが、たいへん残念ながら、このとき折角の怪塔王の素顔を、誰も見たものがありません。なぜって、帆村探偵は気絶して床の上にたおれていますし、三人の黒人は鉄の円筒のなかに小さくなってふるえていました。そのほか誰もその場のありさまを見ているものがなかったのです。
 作者の私の方に怪塔王がむいていればよかったのですが、あいにくと怪塔王はこっちにお尻をむけていましたので、はなはだ残念ですけれど、今回は怪塔王の素顔を見ることができませんでした。
 そう申しても、みなさんはがっかりなさるにはあたりません。なぜなら、この勇ましい帆村探偵や、えらい塩田大尉や、また小さいながらなかなかかしこい一彦少年やミチ子などが、がんばっているかぎり、いつかはマスクの下の怪塔王の素顔をひんむくときが来ることでしょう。それは一体いつのことでしょうか、あばれまわる怪塔王の秘密は、一つの事件ごとに、だんだんと身のまわりをせばめていくではありませんか。すると、怪塔王の正体がわかるのもあまり長い先のことではありますまい。
 さて、怪塔王はマスクをかぶって、すっかり元の怪塔王になりました。
 帆村探偵がこれを知ったら、おどりかかっていくでしょうに、彼はまだ夢心地で床の上にたおれています。
「う、ふふふふ」と怪塔王はあざ笑い、「すぐ殺してもいいのだけれど、今はなりよりもこの塔ロケットを海中からうきあがらせる方が大事だから、殺しているひまはない。そうだ、また一時こいつをしばってうごけないようにしておこう」
 怪塔王は長い綱をとり出すと、すばやく帆村の体をぐるぐると巻いてしまいました。


   危い怪塔



     1

 怪塔王のため、ついに帆村探偵は、体を荒縄でもってぐるぐるまきにされてしまったのです。怪塔王は、そこではじめてほっと息をつきました。
「う、ふふふふ。さあ、これでいいぞ。これですべて、元のとおりになった。やっぱりわしは、大科学王だ。天下に誰ひとりおそれる者はないのだ」
 そういっているときに、ぴしんと大きなもの音がしました。配電盤の上についている一つのメートルの針が、ぐるぐるとまわりはじめました。それにつづいて、警鈴けいれいが、けたたましく鳴りだしました。
「ありゃありゃ」
「うう、ありゃありゃ」
 黒い円筒のふたが、内側からぽんとはねて、黒人の顔が三つ、ぬっと出ました。三人とも、生きている顔色とてもなく、ぶるぶるふるえて、室内をみまわしています。
 怪塔王も腰をぬかさんばかりにびっくりして、
「おや、とうとう始ったかな。――」
 と、配電盤の前にかけつけるなり、大きなハンドルに手をかけ、力をいれてううんとハンドルを廻しました。それは、強い酸性の薬をはきだす口がひらかれたのです。
 ぴしんという音は、たしかに海水が怪塔のガスの原料室の一つにしみこみ、大切な原料をおかしはじめたもの音らしいです。それがだんだんすすむと、やがてはおそろしい大爆発となって、怪塔がこなごなになるであろうことは、わかりすぎるほどわかっていました。
 ですから怪塔王は、ガスの原料を海水がおかさないように、かねてそなえつけてあった強い酸性の薬をはきださせて海水のはたらきをとどめたのです。さいわい、それがうまくいて、気味のわるいぴしんという音は、それっきりきこえなくなりました。とはいうものの、いつまたどこから海水がしみこんでこないとはいえません。あぶないあぶない。

     2

 怪塔が海水中にながくつかっていたため、いまや大心配のときが来たのです。一度は、怪塔王がみずからハンドルをとって、たかい薬をつかっておししずめましたけれど、いつまた、いや、そういっているうちにも、どんなひどい爆発がおこるかもしれません。
 怪塔王は、もうこの上は、ただの一秒もぐずぐずしているときではないと思いました。
 さいわい怪塔王は、帆村探偵からうばいかえしたマスクをかぶって、いつもの怪塔王になりすましていましたから、これなら黒人も安心していうことをきくだろうとおもいました。
 そうだとすれば、怪塔を爆発からすくうのは、今だ、今だけである、そう思った怪塔王は、いきなり三人の黒人の方をふりかえりざま、大喝一声だいかついっせいしました。
「こらっ、さっきから見ていると、お前たちはみな頭がどうかしているのじゃないか。いつもに似あわず、今日にかぎって、変なことばかりをしているじゃないか。なぜここにわしがいるのに、ぼんやり考えこんでいるのか。それとも、わしが二つにも見えるというのかね」
 そういわれて三人の黒人はびっくりです。だって、怪塔王がいきなり変な事をいいだしたのですもの。
(わしが二つにも見えるか――などというけれど、たしかに二人の怪塔王がいたのだ。いやそれともやっぱり自分は、怪塔王のいうとおり、頭が変であるために怪塔王が二つに見えたのではあるまいか。そういえば、あのえらい御主人怪塔王が二人とあるはずがない。すると自分は、真昼に夢をみていたのかしら)
 黒人は、めいめいそう思いました。すっかり怪塔王にかつがれてしまったようです。うまくいったとみるより怪塔王は、さらに声をはげまして、
「こらっ、さあさあ何をしている。お前たち、早く持場につかんか。さあ出発だぞ」

     3

 怪塔王が、いつもの調子でぽんぽんどなるので、これをきいていた黒人三人は、さっきまで二人の怪塔王をみていたことなんかどこかへ忘れてしまいました。
 めいめいに口にこそ出しませんが、ひとりひとり心の中で、
(こいつはいけない。主人のおこるのもむりはないよ。おれは、昼間から夢をみたりしたんだもの)
 というわけで、怪塔王にうまくごまかされてしまったとも気がつかず、号令にちぢみあがって円筒の中にひっこむと、怪塔をうごかす機械の前にぴったりとむきあいました。
「よいか。――次は飛行準備だ」
「はーい、飛行準備は出来ております」
 黒人は、伝声管でもって返事をいたしました。
「よろしい。――ではいよいよ出発!」
「よーう」
 と、黒人はかけごえして、使いなれた複雑な機械をあやつりはじめました。
 ごぼごぼごぼごぼ。
 海底によこたわった怪塔のお尻から、大きな白い泡がさかんにたちました。
 ごとん、ごとごとん。
 きりきりきりきり、きゅうん。
 金属のすれあう音がして、怪塔はぐぐっ、ぐぐうっと動きはじめました。
 機械の音は、刻一刻とやかましいひびきを立てはじめました。それとともに、怪塔の首がすうっと上にたち、やがていつもの怪塔と同じように、床は水平になり、壁はつっ立ちました。
 ごぼ、ごぼん、しゅうっ。
 怪音をあげて、怪塔はふかい海底から水面までをひとはしり! ついに海面に、その気味のわるい首をあらわしたかと思ったとたん、ぴゅうと空中高くまいあがりました。

     4

 めずらしや、海底からうかび出て、ふたたび空中高くまいあがった怪塔ロケット!
 海底では、日がさしませんから、夜はもちろん、昼間もまっくらで、あたりの様子から時刻を知ることができません。
 だが、こうして空中にとびだしてみると、あたりはいま、夜が明けはなれたばかりの朝まだきであることがわかりました。
 朱盆しゅぼんのように大きくて赤い朝日が、その朝、ことにふかくたちこめた海上の朝霧のかなたに、ぼんやりと見えます。
 霧は、怪塔王のために、まさに天のあたえためぐみだと、怪塔王は、じぶんでそう考えてよろこんだのです。
 しかし、一体怪塔王に、天のめぐみなどがあってよいものでしょうか。
 そうです。天のめぐみだとよろこんだのは、怪塔王の早合点はやがてんのようでありました。
 たんたんたんたんたん。
 どっどっどっどっどっ。
 ううーっ、ううーっ、ぶりぶりぶり。
 たちまち聞えるはげしい機関銃のひびき。そして間近にちかづくエンジンの爆音!
 飛行機だ!
 わが監視隊に属する偵察機だ!
 なんという大胆な行動だろう。このふかい霧のなかをついて、どんどん怪塔の方へ近づいて来る。
「ややっ、また出たな。なんといううるさい飛行機だろう」
 怪塔王は、にがにがしいといった顔をしました。
「正面から来るやつなら、幾台でも落してやるんだが、しゃくにさわることに、このごろ敵の飛行機のやつは、こっちの舵器のあたりがよわいことを知っているとみえ、そこのところばかり攻めて来るので、あぶなくてしようがない」
 そういって怪塔王は、あらあらしく舌打をしました。


   追跡急!



     1

 海底から浮かびあがって、爆発する心配はなくなった怪塔ロケットでありましたが、さて空中にとびあがってみますと、こんどは深い霧にまきこまれ、さらに待ちかまえていた監視飛行隊にみつけられ、ひどく急な追跡をうけたのであります。
「ちくしょう、ちくしょう!」
 と、怪塔王は配電盤をのぞきながら、たいへん怒っています。
「あっ、あぶない。また飛行機が……」
 配電盤には、四角に切った窓のようなものが三つばかり明いていて、その奥の幕に白い霧がうごいているところがうつっていました。これは怪塔王がつくった塔の外の景色をながめるテレビジョンの望遠幕です。
 おお、飛行機!
 とつぜん、そのテレビジョン望遠幕の上に、一台の飛行機の姿があらわれました。
 どこの飛行機でしょうか。
 いや、たずねるまでもありません。翼と胴とに日の丸がついているから、誰にでもすぐわかるとおりわが海軍機です。
 それより前、怪塔ロケットが海面からとびだすと、手ぐすねひいてまっていたわが監視飛行隊は、みなでもって十七機、すぐさまロケットのあとをおいかけたのですが、なにぶんにも霧が深いのと、怪塔ロケットがはやいので、だんだん姿を見うしない、せっかくの追跡もだめになったかとおもわれました。
 ところがただ一機、最後までがんばっているのがありました、いま怪塔王が見ているテレビジョン望遠幕にうつりだした一機が、そのがんばり飛行機なのでありました。
 この飛行機は、青江あおえ三等航空兵曹――略して青江三空曹が操縦している偵察機でありました。同乗の偵察下士は、例の小浜兵曹長でありました。
「おい、そんなにがんばって大丈夫か」
 と小浜兵曹長は伝声管をとおして、ただ夢中にかじをとっている青江三空曹によびかけました。

     2

 そんなにがんばって大丈夫かと、小浜兵曹長にきかれたがんばり屋の青江三空曹は、お団子のようにまるい顔を「ぷーっ」とふくらませてちょっと怒っています。
「兵曹長、青江はですね、日中戦争のときからこっち、敵と名のつくものを狙ったが最後、そいつを叩きおとさないで逃したなんてことはですね、ただの一度もありゃしないのであります。がんばるもがんばらないも、あの怪塔ロケットを叩きおとすまではですね、私はなにも外のことは考えないのです」
「外のことって、なんだい」
 と、小浜兵曹長はたずねました。
「それは、つまりガソリンがきれるとかですね、敵の高射砲が盛に弾幕をつくっているとかですね、それからまた自分が死ぬなんてこと――そんなことをですね、外のことというのであります」
「ふうん、ガソリンのきれるのも、弾幕のこわいことも、自分が死ぬことも考えないのだね。すると、貴様は、俺の死ぬことは心配してくれているのだね」
「いえ、どういたしまして、自分の命はもちろんのこと、上官の命もですね、どっちも心配しておりません。そもそも私の飛行機にお乗りになったということがですね、上官の不運なのであります。それとも――」
「なんじゃ、それともとは――」
「いや、どうも私は夢中になって自分の思っていることをしゃべるくせがあっていけません。なんですか、上官は命がおしくなられたのでありますか」
「ばかをいえ。俺が若いときには、貴様より三倍も命がおしくなかった」
「今は?」
「今か。今は十倍も命がおしくない。だから、貴様そうやってがんばって操縦しているが、俺の目から見れば、まだまだがんばり方が足りんな」
 これをきいて、青江三空曹の顔は、赤いほうずきのようになりました。

     3

(まだがんばり方が足りない。おれなら、もっとがんばるんだが――)
 と、小浜兵曹長にからかわれて、青江三空曹は怒ったの怒らないのと言って、うれすぎたほおずきのように赤かった顔が、逆に青くなりました。
「これだけがんばっているのに、まだがんばり方が足りないと言うのか。兵曹長に甘く見られちゃ三空曹の名おれだ。ようし、そんなら大いにやるぞ。死んでもやる。向こうをひょろひょろ飛んでいく怪塔ロケットに、この飛行機をぶつけるまでは、おれはどんなことがあってもスピードをゆるめないぞ。あの怪塔ロケットの野郎め、こうなっては逃げようとしても、誰が逃すものか」
 青江三空曹は、武者ぶるいをしながら、怪塔ロケットを睨んで、猛然とスピードをあげました。彼の眼尻まなじりは、いまにもさけそうに見えます。
 小浜兵曹長は、うしろからそれを見ていて、にっこり笑いました。
 兵曹長は、わかい青江三空曹のことを、いじわるくからかったのではありませんでした。なにしろ相手は怪塔ロケットです。尋常一様のことでは、とても追いつけません。がんばり青江と言われる青江三空曹のがんばり方でも、まだまだ足りないと思ったので、思いきって彼を怒らせてしまったのです。
 兵曹長のこの計画は、すっかり的にあたりました。少年航空兵あがりの若い青江三空曹は、それこそ人間業とは思えないほどの名操縦ぶりを見せて、ともすれば見おとしそうになる怪塔ロケットのあとを、一生けんめいにおいかけています。
 ある時は密雲のなかに途方にくれ、またある時は急旋回をして方向をかえたり、ものすごい追跡ぶりです。
 いくたびか見失おうとして、それでもやっと追いすがって、じりじりと追っていくうち、両機はいつしか七千メートルの高空にのぼってしまいました。

     4

 七千メートルの高空!
 いまや偵察機は、怪塔ロケットにおいつきそうです。
 霧はもちろんのこと、雲もなくなりました。ひろびろとした空です。地球はどこかへいってしまいました。下には蒲団の綿のような密雲が、どこまでもひろがっています。
「おい青江。貴様、とうとうがんばったな。えらいぞ」
 と、兵曹長がはじめてちょっとほめた。
「ま、まだであります」
 青江三空曹は、どなりかえしました。
「なに、まだだって」
「そうであります。私の得意とするがんばり方を十分に兵曹長にごらんにいれていないのであります」
「なんだって。まだがんばるというのか」
「いよいよこれから本当にがんばるのであります」
 青江三空曹は、じゃまものもなくなってひろびろとした高空を、おもいきりぐんぐんと愛機をとばせていく。
 そのあいだにも、小浜兵曹長はしきりと電鍵でんけんをたたいているのでありました。彼は偵察任務のため、青江機にのっているのであるから、機上から見た怪塔追跡の刻々の様子を、無線電信でもって本部へ知らせているのでありました。
「ただ今、わが青江機と怪塔ロケットの距離は一千五百メートル。あたりはすっかり晴れ、視界広し」
 と打てば、やがて本部からは返電があって、さらに報告をさいそくして来るのでありました。
 兵曹長はいそがしい。青江三空曹を励ましたり、怪塔ロケットを監視したり、それからまた本部へ無線電信をうったり。
 そのうちに、青江三空曹必死の追跡のかいがあり、とうとう機は怪塔ロケットと平行になりました。敵味方の二機は頭をならべて、まっしぐらに飛んでいく。怪塔の窓がよく見える。小浜兵曹長は望遠鏡を眼にあてました。

     5

 小浜兵曹長と青江三空曹との乗った偵察機ただ一機が、もうぜんと怪塔ロケットにおいすがっています。
 怪塔ロケットと偵察機とは、いままさに併行へいこうして高度すでに一万メートルにちかい高空をとんでいきます。
 小浜兵曹長は、やすみなく怪塔ロケットの様子を見ては、本部あてにくわしい報告を無線電信でおくっています。
「ただいま、怪塔の窓から、怪塔王が顔を出した。おそろしい眼つきでこっちをにらんでいる。あっ、顔をひっこめた」
 小浜兵曹長の報告は、なかなかくわしいものです。
 怪塔王が顔をひっこめたのは、また何か偵察機の方へ危害をくわえるつもりであろうと思われましたが、はたして間もなく、偵察機のエンジンの調子が怪しくなって参りました。
「青江三空曹、なんだかエンジンがとまりそうじゃないか。がんばり方が足りないぞ」
「そうじゃないんです。がんばっていますが、エンジンが言うことを聞いてくれません。まだ参るには早いのだが、変ですね」
「そうか、さては――」
 と、小浜兵曹長は気がついて、怪塔ロケットの方を睨みつけました。まさしくあの怪塔ロケットから出す例の怪力線が、こっちのエンジンの息の音をとめようとしているらしい。
 さっそく危険信号が、小浜兵曹長の手によって、本隊へむけ発せられました。
「怪塔ロケットの発する怪力線によって、エンジンがとまりそうだ。これ以上の追跡は、あるいはむずかしいと思う」
 すると本隊の方から、折かえして入電がありました。
「あと三十分、がんばれ。こっちでも、救援隊を手配しているところだ」
 あと三十分がんばれ! エンジンのこの調子ではその三十分が、うまくもつかしら。


   奇計



     1

 あと三十分がんばれ!
 怪塔ロケットを追う青江機の上で、偵察士の小浜兵曹長は歯がみをしました。
 青江三空曹の、人間わざとは見えないがんばりぶりにもかかわらず、エンジンの調子は、重病人の眼のようにわるくなるのでありました。
(怪塔ロケットにせっかく追いついたのに、このままでは、ぐんぐん遅れてひきはなされてしまう)
 どうにかして、あくまで怪塔ロケットにおいすがっていきたいものだと思った小浜兵曹長は、いろいろあたまをひねって、計略をかんがえました。
 そのときに小浜兵曹長のあたまにうかんだことがありました。それは、愛機に積んでいる長い綱のことでありました。これは救助作業のときにつかうもので、どの軍艦も持っている丈夫な麻綱でありました。
 兵曹長は、その綱の一番端に鋼鉄でつくってあるいかりをむすびつけました。その錨は、西瓜すいかぐらいの小型のものでありました。
 兵曹長は、それをつくりあげると、青江三空曹に彼のすばらしい計画をうちあけました。青江三空曹は、まったくおどろきました。しかし只今のところこうした試みでもしないかぎり怪塔ロケットのごく近くに三十分間もくっついていることはむずかしいので、結局青江三空曹もこの計画にしたがうことにしました。
「じゃあ頼むよ。このうえは、貴様の操縦術にたよるほかないのだ。しっかりやれ」
 と小浜兵曹長がはげまします。
「だ、大丈夫です。私は、死んでもがんばるつもりなのです。さあどうか錨をおろしてください」
 青江三空曹はりっぱにひきうけました。
 そこで小浜兵曹長は、錨を先につけた綱を、そろそろと機体の外におろしはじめました。

     2

 天空たかく逃げのびようとする怪塔ロケットです!
 逃がしてはなるものかと、青江機は猛追撃をしています。
 偵察席にいる小浜兵曹長は、ありったけのちえをしぼって、錨のついた麻綱をまずおろしました。
 麻綱はながくながくのびていきます。その先についている錨のおもさで、麻綱はぶらんぶらんとゆれています。そして錨はだんだんとはげしく振れていきます。
「おお、右旋回だ!」
 小浜兵曹長が、伝声管の中にさけびますと、
「はい、右旋回!」
 青江三空曹はかじをひきました。すると飛行機は翼をかたむけるとみるまに、みごとに右へぐるりとまわっていきます。
 怪塔ロケットのお先へまわったのです。
 怪塔ロケットはまたスピードをおとしました。そしてやっとすれすれに、青江機のたらしている麻綱のそばをすりぬけました。
「はっ、はっ、はっ、怪塔ロケットもそろそろ困って来たようだ。こうなるとあぶなくて、スピードが出せないというのだろう。むりもない、もともと怪塔ロケットは、舵が半分ほど利かなくなっているのだからな」
 さきに小浜兵曹長は、体あたり戦術でもって怪塔ロケットの舵を半分ほどこわしておきました。それからこっち怪塔ロケットは、思うようにまっすぐ飛べなくなっていました。まっすぐ飛ぼうと思うと、ぐるぐるまわりをしたり、下りようとすると、ロケットの首が上にあがったり、酔っぱらいが自動車を運転しているのとおなじです。これには怪塔王もどんなにか困っていました。
 そこへ今、錨をぶらさげた麻綱がとんでもないときに鼻さきへぬっとあらわれるので、ますますロケットは飛びにくくなって来ました。スピードを落しておかないと、急に方向をかえることができません。

     3

 怪塔ロケットは、そろそろ目がまわりだしたように見えました。
 しかし追撃中の小浜兵曹長は、まだまだそんなことで手をゆるめるつもりはありませんでした。
「おい、青江、いよいよこのへんで、貴様の高等飛行の手並を見せてもらうぜ」
「はい、それを待っておりました。かならず敵を征服いたします」
 と青江三空曹は、はりきったこえで、返事をいたしました。
「うん、その調子でしっかりたのむぞ。では、おれが命令するとおりに操縦をしてみてくれ」
「はい、承知しました」
「では命令を発するぞ。――まず急上昇!」
「はい、急上昇!」
 こえのおわらないうちに、青江機は空中に垂直に立ちました。エンジンははげしい爆音を立てます。機はぐんぐん上る!
「ああ、怪塔ロケットが右へにげだしたぞ。にがしてたまるものか。――宙がえり、急降下で右へ!」
 青江機は空中に美しい輪をえがいて、くるりと一転しました。そして、そうするが早いか、たちまち機首を下にむけて、のろ牛をおそうわしのように、猛烈なスピードでさっとまいおりるのでありました。
「うまいうまい。りっぱな手並だ、まるでおれの若いときのようだ。いや、おれの方が、もうちっと上手じょうずだったがね」
 と、小浜兵曹長がいいました。操縦中の青江三空曹は、ほめられたのか、それともひやかされたのか、どっちであろうかと目玉をくるくる。
 そのうちにも錨綱は、不思議なゆれかたをして、空中を大蛇のようにのたうちます。
 おどろいたのは怪塔王です。あぶなくて、ロケットを飛ばしていられません。
 繰縦をやっている三人の黒人をしかりつけ、やれもっと左へ避けろだの、やれもっと高くあがれだの、体中汗びっしょりになって号令をかけています。が、怪塔ロケットはだんだん空中にすくんで来ました。

     4

 怪塔ロケットが宙ぶらりんにすすみだしたと見て小浜兵曹長は、
「おお、今だ!」
 と、さけんだのでありました。
 なにが今だというのでありましょうか。
 そのとき小浜兵曹長は、青江三空曹にむかって風変りな命令を発しました。
「おい、青江、怪塔ロケットの周囲を連続宙がえり!」
 連続宙がえりとは、たいへんな命令です。しかも怪塔ロケットの周囲をぐるぐるまわれというのですから、これはなかなかむずかしい。このへんが、操縦士のうでまえの見せどころであります。
「怪塔ロケットの周囲を連続宙がえり、始めまぁす」
 と、復唱するなり、青江三空曹はかんをぐっとひいた。すると、青江機はぐっと機首をあげるなり、空中にうつくしい大きな曲線をえがいて、怪塔ロケットにせまりました。
 怪塔ロケットは、わが偵察機ににらみすくめられたようになって、その銀いろの巨体を、ぶるぶるとふるわせました。
 青江三空曹は、ここぞとたくみな操縦ぶりをみせて、怪塔ロケットのまわりを、上になり、下になりぐるぐるとまわるのでありました。
 錨のついた長い麻縄は、だんだん輪のようにまるくなりました。
 小浜兵曹長は、麻縄をありったけのばしました。
 錨はだんだんあとにおくれて、やがて偵察機の正面に来ました。
 麻綱をのばすと、その錨はまたさらに偵察機に近づきました。
「青江三空曹、もっと小さくまわれ。そして錨のさきに、こっちの麻綱をひっかけろ!」
 と小浜兵曹長は叫びました。
「えっ、錨にこっちの麻綱をひっかけるのですか」
 青江三空曹は、自分の耳をうたがうように聞きかえしました。

     5

 青江機があとにひっぱる錨づきの麻綱が、怪塔ロケットのまわりを環のようにとりまくと、小浜兵曹長は、錨のさきに、こっちの麻綱をひっかけろと命令したのです。
 ものに動じない青江三空曹も、このかわった命令には驚きのいろをかくすことができませんでした。
「そうだ、錨のさきに、こっちの麻綱をひっかけるんだ。早くしろ。しかしうまくやれよ」
 小浜兵曹長は、はげますようにいった。
「はい。やります」
 青江三空曹は頼もしい語気で、言葉すくなに答えた。そして、操縦桿をさらに手前へひいたのでした。
 機はぐっと傾いた。
 錨はふわりと機首のところをとびこえて、うしろの方へながれました。
 空中の投綱だ
 なんというむずかしい曲技でしょう。
 小浜兵曹長は、窓にかじりついて、窓外を夢中になってながめています。
 錨をさきにつけた麻縄と、彼が機体からくりだしている麻縄とが二本ならんでみえる。
「うむ、もうすこしだ! おちついて、しっかり、そして大胆に!」
 小浜兵曹長は、もうたまらなくなって、伝声管を通じて、操縦士の青江三空曹に声援です。
 青江三空曹は、それにはこたえなかった。操縦桿をにぎる彼は、そのとき緊張の絶頂にあったのだ。彼の目も、耳も、心も、反射鏡に映る錨と麻綱のほかに、なにも見えず、聞えず、感じなかったのです。
 錨と麻綱とはだんだん近づいて来ました。
「もうすこしだ。青江、しっかりやれ」
 ぴしり!
 空中で錨と綱とが、はげしくつきあたった。火花がはっきりみえたと思った。あっと思った瞬間、錨はぶうんとはねとばされました。
「ちぇーっ」

     6

 空中の曲技!
 錨のさきに、こっちの綱がうまくかかったと思った刹那せつなに、綱は錨をぽーんとはじいてしまいました。
「しまった」
 と、さけんだのは操縦の青江三空曹です。
「うむ、ざんねん」
 と、呻いたのは同乗の小浜兵曹長です。
 空中の曲技が、おしいところで失敗してしまいました。
「上官、やりなおしをいたします」
「うむ、おちついてやれ」
 このときはじかれた錨は、せっかく空中につくった美しい輪をこわしてしまいました。
 青江三空曹は、怪塔ロケットをおいながら、ふたたび綱を怪塔の胴のまわりに、ぐるぐると輪状につくりなおさねばなりませんでした。
 小浜兵曹長は、ただ呻るばかりです。
 そのうちに、ふたたび麻綱は錨をすなおにひきもどし、美しい輪が空中にえがかれました。
 いくたびか、この綱の下をぬけ出そうとして、ついにぬけだすことができなかった怪塔ロケット!
 ここぞと、青江三空曹は機体をひねって、こっちの綱を向こうの錨のそばにちかづけていきました。
 たてつづけの宙がえりに、さすがの二勇士も、このときはげしい頭痛を感じるようになりました。これ以上、あまり宙がえりをつづけると、気がとおくなり、やがては死んでしまうおそれがあります。しかし青江三空曹は、あくまで精神力でもって、そうなるのをくいとめています。
「ああもうすこしだ」
 と、小浜兵曹長が思わず口走った刹那、錨はうまく綱をひっかけました。青江三空曹のお手柄です。
 綱は錨にひっかかったまま、するするとすべりましたので、綱の輪は小さくしぼられていきます。さあこれからどうなるのか。


   遂に現る



     1

 錨にひっかかった綱は、するするとすべって、たくみに怪塔ロケットの胴をしめつけてしまいました。
 綱はいま怪塔ロケットのかじの上からぎゅっとおさえています。
 青江機は、そのながい綱のさきにぶらさがっています。
「エンジン、とめ!」
 と、小浜兵曹長は号令をかけました。
 エンジンをとめろというのです。ここでエンジンをとめると、どういうことになるか。
 とにかくおどろいたのは怪塔王です。
 飛行機に追いこされ、それから先まわりされてロケットの飛行をさまたげられ、なんという意地のわるいやつだろうと舌うちをしているところへ、このような綱がぐるっとロケットの胴中をしばってしまいました。そして大事な舵の上をその綱がおさえてしまったのですから、ますますロケットの飛行はくるしくなりました。これでは、ちょうど歩いている人間の両腕、両脚をしばってしまったようなもので、走るに走れず歩くことさえなかなか大骨折です。
 だが、なんという乱暴な、そしてなんという思いきった青江機のやり方でしょう。
 いま青江機は、まったくエンジンをとめました。ですから、ロケットにひっぱられて、まるで大きい船のうしろに綱でむすびつけられている伝馬船てんませんのように、ロケットの飛ぶまにまに、あとからついていきます。
「ちぇっ、あんなことをして、ぶらさがっていやがる」
 怪塔王は、窓の外の光景を、テレビジョンで見ながら、いくども大きな舌うちをいたしました。
「こうしていては、いつまでたっても、思うところまで逃げられやしない。なんとかしてあの飛行機をぶっつぶす方法はあるまいか」
 怪塔王は、けわしい目をぎょろりと光らせて、映写幕にうつる宙ぶらりんの青江機を、いまいましそうににらみつけました。

     2

 小浜・青江の二勇士が、おもいきった決死の大冒険をしまして、麻綱をもって愛機を怪塔ロケットにむすびつけたものですから、怪塔王は大腹立ちです。このままでは、怪塔ロケットのいくところへ、青江機がどこまでもついてくるわけですから、邪魔になるったらありません。
 怪塔王は、窓から首を出して、青江機をいまいましそうににらみつけていましたが、
「うん、よしよし。そうだ。あの飛行機をやっつけるにいい方法があった」
 と言って、顔を窓からひっこめました。なにを考えついたのでしょうか。とにかく怪塔王はいろいろといい武器をもっているので、おそろしいことです。
 こっちは小浜・青江の二勇士です。
 愛機は、さっき申したとおり麻綱でロケットにつながり、そのままひっぱられていきます。エンジンはもうとめてあります。操縦席の青江三空曹は、舵だけを一生けんめいでひいています。
「おい、青江、うまく飛んでいくなあ」
 と小浜兵曹長が声をかけました。
「はあ、エンジンをかけないでよろしいのでありますから、ガソリン節約になりましてけっこうであります」
「はっはっはっ、ガソリン節約はお国のため――というやつだな。しかし怪塔ロケットはすっかりおとなしくなったね」
「はい、おとなしくなりました。しかしあれでスピードを出しますと、まっすぐはとべないのですよ。御承知のとおりロケットの舵がこわれていますうえに、こっちの麻綱が舵の上からおさえつけていますので、スピードは出せますが、思う方向へとぶことができないのであります。つまり、どこへとぶのやらさっぱりわからないのであります」
「うん、どこへとぶやらさっぱりわからないわい。高度はいま一万メートルだが、いま何県の上空にいるやらさっぱり、下が見えないや」

     3

 怪塔ロケットにつながって、一万メートルの上空を滑走かっそうしていく青江機上では、小浜・青江の二勇士が顔色一つかえずにのんきな話をつづけています。
「上官、まったく気持がいいですねえ。第一、エンジンをはたらかさなくてもいいからガソリンはいらないし、その上エンジンの音もプロペラの音もしないから、しずかでいい。ただうるさいのは、あの怪塔ロケットが放出するガスの音です」
「うん、ガスの音もかなわんけど、ガスのにおいはいやだな。プロペラがまわらなくなったので、あの悪臭が頭の上から遠慮なくおりてくる」
「それでは毒ガスマスクを被りましょうか」
「うん、それほどのこともなかろう。ロケットのお尻の方にまわったのが、こっちの不運だ。いや、今になれると楽になるよ」
「私は、ガスの悪臭をそれほど苦に感じません」
「ほう、それほど感じないとは、貴様にしては感心だな。おれは相当つらいよ」
「いや、それほど私をほめていただかなくともいいのであります」
「貴様、きょうはいやに謙遜けんそんするね」
「どうも恐れ入ります。じつは昨日から風邪かぜをひいていますので、鼻がきかないのであります」
「なんだって、風邪をひいていて、鼻がきかないというのか。わっはっはっ、なるほどそれなら、臭いものをいでも平気の平左でいられるはずだ。わっはっはっ」
「えへへへへへ」
 と、青江三空曹は、すこしきまりわるそうに笑いました。
 その時、怪塔王の顔がふたたび窓からあらわれました。青江機の方をじろりとにらみつけると、
「うふふふ。さあ日本の水兵め、神の名でもとなえるがいい」

     4

 怪塔王は、ロケットの窓から首を出し、下の青江機をにらみつけ、神の名でもとなえるがいいと、気味のわるいことを言いましたが、一体なにごとをはじめようというのでしょうか。
「おや、また怪塔王が、窓から顔をだしているぞ」
「あっ、なにか手に持っていますぞ」
 小浜・青江の二勇士が、たがいに叫びあううちに、怪塔王は半身を窓からのりだすと見る間に、かくしもっていた怪しい機械をぴったりと自分の胸にあてて、身がまえました。
「あっ、あんなものを出しやぁがった。あれはなんだろう」
「さあ、ベルクマン銃に似ていますけれども、ベルクマン銃が三つ寄ったくらいこみいった武器ですね」
「そうだ、武器にちがいない。どうするつもりかしら。ともかく戦闘準備だ。ぬかるなよ」
 怪塔王は、その怪しい武器を胸につけて身がまえると、そのねらいをロケットのうしろの方につけました。
 やがて奇妙な音響がすると、その怪しい武器の銃口とおもわれるところから、太いうす紫色の光がさっととびだしました。
 うす紫色の光線!
 あれはなんだろうとおもっているうちに、この光線はしきりに、ロケットのうしろの方をなでています。光線がロケットの外壁にあたると、そこから黄いろいような赤いようなつよいほのおがぱっとあがりました。
「おおあれが磁力砲なんだろう。おれははじめて見たぞ」
 と、小浜兵曹長は望遠鏡から目をはなそうともしません。
 おそるべき磁力砲の力!
 それは、いまうす紫の光線を吐きながら、金属をめらめらとかしていきます。

     5

 怪塔王が、いよいよ磁力砲を使いだしたのです。空中をとんでいく怪塔ロケットの窓から半身をのりだして、しきりに妙な機械を下へ向けています。
 怪塔のお尻の方が、赤黄いろい焔をあげて、めらめらととけかかります。
 小浜兵曹長と青江三空曹とは、このありさまを、またたきもせずじっとみつめています。
「おおあれだ。たしかにあの武器だ。金属にかけると、めらめらと焔をあげてとけてしまうというおそるべき武器だ。あれが怪塔王が一番大事にしている武器なんだ。あっ、あのとおり、怪塔ロケットの壁がとろとろとけていく。おい青江、あれをみろ」
「上官、私ははじめてみました。あれがうわさにたかい磁力砲なのですか。しかし怪塔王は、自分の乗っているロケットの壁をとかして、一体なにをしようというのでしょう」
 まったく変なことをやる怪塔王です。磁力砲はしきりにうす紫の怪力線をうちだしています。
「うん、あれはね、怪塔王のやつ、こっちが麻綱にひっかけておいた錨をねらっているのだよ。つまりあの錨をとかせば、麻綱がほどけると思ってそれでやっているのさ」
「ああ錨をとかすつもりなのですか。錨よりも、麻綱を切ればいいのに。怪塔王も、考えが足りませんね。あっ、はっ、はっ」
 と、青江三空曹が笑いました。しかし、それは彼の思いちがいでした。
「そうじゃないよ。青江、磁力砲は金属をとかす力はあるが、金属でないものにはわりあい力が及ばないのだ。だから、あのうす紫の光線は、鉄板をとかしても麻綱をとかすことは出来ないのだ。怪塔王が麻綱をねらわないで錨をねらっているわけが、これでよくわかるだろう」
 青江三空曹は、「ははん、そんなものか」と感心したりびっくりしたり。

     6

 怪塔王は磁力砲をさかんにふりまわしています。
 怪塔ロケットのお尻がめらめらととけていきますが、かんじんの錨はなかなかとけません。
「やあ、怪塔王のやつ、手がふるえていて、うまく錨にあたらないのだ」
 と、小浜兵曹長が、おもしろそうに笑いました。
「どうです上官、機関銃をあびせかけてみましょうか」
「うん、機関銃の弾丸はうまくとどくまいよ、磁力砲が弾丸をはじきかえすだろうから」
「しかし、怪塔王が磁力砲をひねくりまわしているのを、こっちはじっと手をこまぬいてみているのはたまりませんね」
「そうではない。おれは、さっきから、本隊へしきりに通信しているんだ。怪塔王がいま磁力砲をあやつっているのが見えますといってやったら、司令はよろこばれて、もっとよく観て、くわしく知らせろといわれるのだ。当分じっとしていて、怪塔王のすることをみていることにしよう」
「ああそうですか、本隊では、磁力砲のはなしをよろこんでいますか。だが、じっとしているのはつらい。もっと手が長かったら、怪塔王のあのにくい顔を下からがぁんとつきあげてやりたいがなあ」
 青江三空曹は、磁力砲に錨が焼かれるのを、じっと見ているのを、たいへんつらがっています。
「おや上官、麻綱がぷすぷすくすぶりだしましたぞ」
「なんだ、麻綱がとうとう燃えだしたか」
 怪塔ロケットの金属壁が、とろとろとけているくらいですから、そのあたりの温度はたいへんあつくなって、やがて麻綱がぷすぷすとくすぶりだしたのです。これはいけないとみまもっているうちに、ついに麻綱は、赤い焔をあげてめらめら燃えだしました。

     7

 さあたいへんです。
 怪塔ロケットと青江機とをつなぐ麻綱が、めらめらと燃えだしたものですから、さあ、たいへんなことになりました。
 小浜兵曹長は、本隊司令へ無電報告をするため、電鍵をたたきつづけていましたが、このありさまを見て、
「うむ、やっぱり燃えだしたか。怪塔ロケットは、こっちの飛行機をきり離して逃げていく気だぞ。もういけない。おい青江、エンジンをかけろ。大いそぎだ!」
 と、ふたたびエンジンをかけて飛行の用意をいいつけました。
「はい、エンジンをかけます」
 青江三空曹は、すぐさまその命令をくりかえして発火装置をまわしました。
 すると、ふたたびばくばくたるエンジンの音がきこえだし、機体がぐっとうきあがってまいりました。
「おい青江、麻綱はいよいよ切れそうになったぞ。用意はいいか」
「は、はい。もう大丈夫、飛べます」
 といっているとき、いままで怪塔の舵の上をしばっている麻綱や、錨の方ばかり気をくばっていた怪塔王は、このとき身がまえをやりなおして青江機の方にふり向きました。
「おや、上官。怪塔王がこっちを向きました」
「うん、おれも見ている。あの磁力砲でこっちをうつ気かな」
 といっているとき、果して怪塔王は磁力砲を二人の方へ向けました。そして、それみたことかといわぬばかりに、大口あいてにくにくしげにあざわらうではありませんか。
 せっかくがんばって、ここまで怪塔ロケットについて来た青江機も、いよいよお陀仏だぶつになるときが来たかのようでありました。
 もちろん二勇士の心の中には、いさぎよく死ぬ決心がついていましたから、おくれはとりません。とはいえ、ここでいよいよ飛行機を怪力線でやかれるとはくやしいことです。


   空中の離れ業



     1

 怪塔ロケットと青江機をつないでいる麻綱は、いまや赤いほのおにつつまれて、めらめらと燃えだしました。いくら丈夫な麻綱でも、こうなっては間もなく燃えきれるのはわかったことです。
 麻綱が燃えきれると、せっかくおいすがることのできた怪塔ロケットと、またお別れになってしまいます。こんどお別れになったら、さてその次はそうかんたんに怪塔ロケットにおいすがることはできますまい。
「ううむ、ざんねん。麻綱が燃えきれるのを、こうして手をこまぬいて見ているなんて、なさけないことだなあ」
 と、小浜兵曹長は歯をばりばりかんで、ざんねんがっています。
「小浜兵曹長」
 青江三空曹がよびかけました。
「なんだ、青江」
「ぜひお許しねがいたいことがあります」
「なんだ、なにを許せというんだ」
「それは、つまり――あの麻綱をつたって、怪塔ロケットの中へとびこもうというのです」
「ええっ、なんだって。麻綱をつたっていって、あの怪塔を拿捕だほするというのか。貴様、えらいことを考えだしたな、ううむ」
 さすがの勇猛兵曹長も、若い青江三空曹の考えだしたおどろくべき怪塔占領の計画にはびっくりして、ううむとうなりました。
「よし、では青江。綱わたりをやってよろしい」
「おお、お許しが出ましたか。私はうれしいです」
「うん、大胆にやれ、あせっちゃいかん」
「麻綱はさかんに燃えだしました。では、すぐ綱にとりついてのぼります」
 若武者青江三空曹は、バンドをはずすと、席をとびだしました。そしてあっという間もなく、青江機と怪塔ロケットをつなぐ麻綱に、ひらりととびつきました。

     2

 青江三空曹の、空中の冒険がはじまりました。
 綱にぶらさがって渡るのは、大得意でありましたが、なにしろ空中を猛烈なスピードでとんでいる綱をつたわるのですから、なまやさしいことではありません。ともすればひどい風の力で、体はふきとばされそうになります。
「青江、しっかりやれ」
 小浜兵曹長は、偵察席の上から腕をふりあげて、青江をはげましました。
 青江三空曹は、それに対して、かすかに頭をふって上官へあいさつをしました。
 二メートル、三メートルと、青江の体はすこしずつ向こうへうごいていきます。
 小浜兵曹長は、この勇ましい若武者のはたらきをすぐさま本隊あてに、無電で報告いたしました。
 するとりかえして本隊から、
“わが帝国海軍戦史のあたらしき一ページは、青江三空曹のこのたびの壮挙により、はなばなしくかざられたり”
 と、光栄にみちた感状の無電がとどきました。
 これをうけとって、小浜兵曹長は、わがことのようによろこび、
「おい青江、司令官から感状だ!」
 とさけびましたが、夢中に綱をわたっている青江三空曹には、きこえた様子もないのは、ざんねんでありました。
 それにつづいて本隊からは、新手の攻撃機隊がいま現場にむかって急行中であるから、ここしばらくがんばるようにと、しらせて来ました。
 小浜兵曹長は、本隊への連絡を、まずりっぱにしとげたわけであります。
 そのとき彼は、急に気がついて、怪塔王のその後の様子はどうであろうかと目を上げてみますと、さあたいへんです。窓から半身をのりだして、手にもった磁力砲の砲口を、しきりに青江三空曹の方に向けているではありませんか。あっ、あぶない。

     3

 怪塔王は、窓から磁力砲を向けて、しきりに青江三空曹の体をねらっています。
 うすむらさきの光線が、空間をつつーっと走りますと、そのたびに、その光線のとおりみちにあたった怪塔の鉄壁から、ぱちぱちと火花が散ります。
 怪塔王の手もとにくるいがあるのかして、さいわいに今までのところ、青江三空曹の体にはあたらず、彼は元気一ぱいで綱をわたっていくのが見えました。
「おお青江、がんばれ!」
 小浜兵曹長は、思わずこぶしをにぎって、うちふりました。
 しかし、様子をみていますと、今までのところはまあ無事にいきましたが、これから怪塔に近づくにつれて、危険はいよいよ急にふえてまいります。果して、青江三空曹はこの空中の大冒険、ロケット・飛行機間の綱わたりをやりとげるでしょうか。
 麻綱は、ますます燃えあがります。やがて焼けおちるのが、目の前にみえているようです。
 そのとき、目を青江の方に向けなおした小浜兵曹長は、あっとさけびました。
「あっ、火がついた。青江の体に、火がついた」
 さあ一大事です。今の今まで、なんでもなかった青江三空曹の腰のあたりから、白煙がふきだしています。それに気がついたか、青江は綱にぶらさがったまま、しきりに腰をふっています。ズボンが燃えだし、それで体があつくてたまらなくなったのでしょう。
「これはいかん」
 小浜兵曹長の眉が、苦しそうに八の字に寄りました。部下の危難を目の前にみていることは、つらいことでした。
「ははあ、青江は腰のあたりに、ナイフかなんか鉄でつくったものをぶらさげていたのだろう。それへ怪力線があたって、鉄が真赤になってとけだしたものだから、火が服に燃えついたのだ。こいつは困ったな。ほうっておくとあいつは焼け死ぬばかりだ」

     4

 偵察機と怪塔ロケットをつなぐ一本の麻綱にぶらさがり、怪塔へじりじり近づいていく勇敢な青江三空曹の服が、ぷすぷす燃えだしたのを見て、機上の小浜兵曹長ははっと胸をつかれたようにおもいました。青江をここで焼け死なせてはなりません。といって、とおくはなれたこの機上から、青江三空曹の燃える服にまで手のとどくわけがありません。
「こまったなあ」
 小浜兵曹長は、部下のこのあやういありさまをにらんで、ぶるぶると身ぶるいしました。なんとかして助けてやらねばならぬ。この様子では、青江の生命はあと十分ともたないであろうと、気が気ではありません。
「こまったなあ――そうだ、このうえは、おれも青江とともに死ぬんだ」
 なにを考えたか、小浜兵曹長は座席のなかをのぞきました。彼は座席の下から、革のふくろにはいった飲水をとりだしました。この革ぶくろを腰にさげると、彼はバンドをとき、座席にぬっとたちあがりました。
 彼はいそいで革ぶくろの上をナイフで切り、小さな穴を三つ四つつくりました。それからこんどは、革ぶくろの底を手ばやくひもでゆわえ、その紐のさきを左の手首にしばりつけました。一体彼は、こんなことをしてなにをしようというのでしょう。
 もちろんそれは、部下を助けるための一か八かのこころみだったのです。
 小浜兵曹長の用意はできあがったようです。
 と、見る間に、
「やっ――」
 と、小浜兵曹長はかけ声もろとも、機上から怪塔ロケットにはりわたした麻綱にぶらさがったのです。
 ああついに、麻綱には二人の勇士がぶらさがりました。綱はずっしりおも味をひきうけることになりました。はたして綱はこのようなおも味にたえましょうか、見ればその麻綱は、いまや怪塔の胴をむすんであるところで炎々ともえているではありませんか。

     5

 なんと危い光景ではありませんか。
 怪塔の胴をむすんである麻綱は、炎々ともえさかっており、しかもその麻綱には、わが二人の勇士がぶらさがって、おも味はたいへんふえています。麻綱はいまにも切れそうです。もし麻綱が、怪塔の胴のところからぷすりと切れたら、二勇士の生命は一体どうなるのでしょうか。
 そのとき青江三空曹は、自分の服が燃えているのにやっと気がつきました。
「あっ、こいつはいけない」
 服についた火は、じりじり体を焼きこがして来ます。
火をもみけしたいが、手が両方とも自由になりません。このようなはげしい空気のながれのなかでとても麻綱を一本の手で握り、体をささえることはできません。そんなことをやれば、たちまち墜落です。
 青江三空曹は、ついに綱わたりをあきらめて、体をしきりにくねくねさせています。なんとかして服に燃えついた火を消したいとおもい、必死の努力をつづけていますが、風はいよいよあらく、火は燃えさかる一方です。あわれ青江三空曹も、いさましく怪塔に進撃の途中で、火だるまになって焼け死ぬかとおもわれたその時――
「おい青江、がんばれ」
 とつぜん、青江の耳になつかしい声がきこえました。
「おお」
 とふりかえって見ると、おもいがけなく自分のうしろに、いつ来たのか小浜兵曹長がやはり綱にぶらさがって、こっちへ近づいて来るではありませんか。
「ああ、上官」
 青江のまぶたから、あつい涙がはらはらとこぼれおちました。部下をおもう小浜兵曹長のあつい心に感激した涙でありました。
「おい青江、力をおとすな。おれが火を消してやるから、もうしばらくの辛抱しんぼうだ」
 と叫んだのですが、はたして兵曹長は、火だるまになった青江をすくうことができるでしょうか。


   あわてる怪塔王



     1

 怪塔にわたしかけた一本の麻綱に、あぶない生命を託してぶらさがっている青江・小浜の二勇士の姿を、もし誰か同胞が見たとすると、彼ははらわたをかきむしられるようなくるしさにおそわれずにはすみますまい。
 怪塔王は、このありさまを怪塔の窓から、見おろし、ますます狼狽ろうばいのいろをあらわしています。そしてなお磁力砲を腕にかかえこんで、ひねくりまわしていますが、あわてているので、なかなかおもうようなところへ怪力線をあてることができません。
 ただ一回、まぐれあたりか、怪力線がぱっと青江機の車輪をささえている金具にあたりました。
 すると、おそろしいもので、その金具はたちまち青い焔をあげてとろとろと溶けてしまいました。車輪は、ささえがなくなったので、下へくるくるまわりながら、おちていきました。
 磁力砲が、金具にひどい熱をあたえ、人間の体にはそれほど熱をあたえないのは、この場合二勇士のため、まだしもの仕合わせでありました。
「もう一息だ。青江、がまんをしていろよ」
 つよい小浜兵曹長は、はげしい空気のながれにもひるまず、たったったっと綱にぶらさがって、青江三空曹のそばに近づきました。
「小浜兵曹長――」
「おお青江、気をゆるめちゃいかんぞ。死ぬなら、おれがよろしいというまで死んじゃならんぞ」
 たいへんな命令をだす兵曹長です。
 そのうちに彼はついに、青江三空曹の下っているところにつきました。
「おい、青江、火をけしてやるぞ」
「そんなことができますか」
「なあに、きっと消してやる」
 小浜兵曹長は、水のはいった革ぶくろの底をゆわえてあった紐を口でくわえ、首をまげてぐっとひっぱりました。ふくろは逆さになり、破れ目から水が滝のようにふきだしました。

     2

 なんという奇抜な考えでしょう。
 小浜兵曹長は、首と手首とをうまくうごかして、革ぶくろの底をゆわえてあった紐をひっぱり、ふくろの中の水を、革ぶくろの破れ目から滝のように噴出ふきださせました。
「おい、青江、しばらくじっとしておれ」
 小浜兵曹長は、両手で綱にぶらさがったまま、体のひねり具合で、ふくろの中から流れでる水を、青江の服の燃えている一番上のところにかけました。
 多くはありませんが、しゅうしゅうとこぼれる水は赤く燃えている青江の服を上の方からべとべとにしめらせましたから、水をひきやすいきれ地はみるみる水びたしになって、火のいきおいをよわらせていきました。
「ああ、うまくいくぞ」
 水が革ぶくろのなかになくなると見るや、小浜兵曹長は、まだぷすぷすとのこりの火種の光っている青江のズボンのうえを、彼の両脚でもっておさえつけ、たたきつけ、とうとう火をのこりなくたたき消してしまいました。
 火だるまの種となった鉄製のナイフは、青江三空曹の焼けぬけたポケットから、ぽこりと下におちていきました。怪塔王にたいして、なによりも用心しなければならぬのは、金具です。
 小浜兵曹長はどこまでも、沈着な大勇士でありました。どこまでも注意ぶかく、そしておもいきって大胆に、この火消仕事をやりましたので、火だるまと化し、もうすでに危かった部下の一命をすくうことができました。
 急に身のらくになった青江三空曹は、うれしなきによろこびました。なんという尊敬すべき上官でしょう。
「ああ、上官、私は――」
 と言ったが、あとは胸せまって、つづけることができません。
「ばか、敵前でなにを女々めめしく泣くか」
 とつぜん兵曹長の怒声どせいが爆発しました。

     3

 青江三空曹は、もうすこしで火達磨ひだるまになるところでありましたが、小浜兵曹長の勇ましいはたらきにより、その一歩手前で服についた火は消されたのであります。
 これが空中に綱がぶらさがっているだけのことなら、まだやりやすかったかも知れませんが、なにしろその綱が、怪塔ロケットと青江機との間にはりわたされてある綱で、ぶんぶん、しゅうしゅうと空中をとんでいながらの離れ業ですから、よくまあそんなことができたものだとおどろかされます。
 火は消されましたが、青江三空曹は、さすがにすこし元気をうしないました。服についた火で、じりじり体をやかれ、どんなにか苦しかったことでしょう。
 小浜兵曹長は、はやくもこれを見てとって心配になりました。なにしろおそろしい風が、こうして綱にさがっている二人の体をもぎとりそうに吹きつけるのですから、その苦しさったらありません。
「青江、しっかりしろ。怪塔王は、こっちをにらんでいるぞ」
 小浜兵曹長は、しきりに青江をはげましています。
 ところが、もう一つ心配なことが、いよいよ心配になって来ました。それは、怪塔ロケットのかじのうえをしばっているこの綱の輪になっているところです。これはしきりに風にあおられ、炎々と燃えていましたが、その火を消そうにも、手がとどきません。
 小浜兵曹長は、綱にぶらさがったまま、歯をくいしばって残念がっています。
「うふふ、ざまをみろ!」
 と、怪塔王は、いい気持そうに窓から指さししてわらっています。なんというにくらしい奴でしょう。
 ごくん! 綱がすこしゆるんで、変なひびきが、その上をつたわって来ました。――と思うまもなく怪塔ロケットと青江機とをつないでいたこの綱は、ついにぷつんと焼けきれてしまいました。ああ!

     4

 さあたいへん! 怪塔ロケットと青江機とをつないでいた綱が、とうとう焼けきれたのです。
「あっ、綱が切れた!」
「ああっ、しまった!」
 と、さけぶ小浜兵曹長と青江三空曹。
 と、綱の端は怪塔から離れ、二人の軍人をぶらさげたまま、空中を大きくゆれて下へ。――
 なんという恐しいことでしょう。
 二人の軍人をぶらさげた長い綱は、まるで掛時計のふりこのように、ぶうんと反対の方へふりつけられます。
 あっ、あぶない。
 ――と思う間もなく、飛行機は上に、綱は一たび垂直にさがりましたが、いきおいあまって、ひゅうっと綱がもちあがった。
「あっ、いたいいたい。腕が折れる!」
 青江三空曹の悲痛なさけびです。
 これはいけないと思った小浜兵曹長は、いそぎこれをたすけようと空中で自由にならない両脚をば、歯をくいしばって青江三空曹の方にむけて開き、彼の胴中をその両脚ではさんでやろうとしました。
「ああっ、いけない!」
 と、青江が叫んだときには、もうすでにおそく、彼の両手は綱の上をすべっていきます。小浜兵曹長の両脚は、かいもなく、なんにもない虚空こくうをはさみました。
 その声が、青江の耳にはいったころには、青江の両手は、綱のはしからするりとぬけていました。
(あっ、青江が綱をはなした!)
 小浜兵曹長の目の前は、急にくらくなった思です。
「青江、青江、青江!」
 兵曹長は、のどもはりさけるような声で、こんかぎりに青江の名をよびつづけました。しかし青江は。――
 もうこの先を書く勇気がありません。
 がんばりやだった青江三空曹の最期!


   墜落



     1

 あれほどがんばりやだった青江三空曹も、鬼神ではなかったので、力もこんもつきはて、ついにたっと犠牲ぎせいとなりました。
「ざんねん、ざんねん」
 と、部下の気の毒な運命を思って、小浜兵曹長の胸はつぶれる思です。
 しかし彼は、ゆっくり涙を出しているひまもありません。なぜならば、綱にぶらさがっている彼も、やがて青江のような運命を迎えねばならぬことがよくわかっているからです。腕はぬけそう、体は風にもぎとられそうです。怪塔王のにくい顔が、こっちをのぞいて笑っているのが見えるようです。
「おのれ怪塔王、おれまで、ふりおとそうというのか。冗談いうな、おれは小浜兵曹長だ。だれが貴様をよろこばせるためにふりおとされてやるものか。なにくそ!」
 帝国軍人がこんなことで二人ともふりおとされてどうするものか、わが海軍の名誉のためにも、死んでもこの綱ばかりは放さないぞと、兵曹長はいきばっています。
 兵曹長がつりさがっている綱は、さかんにぴゅうんぴゅうんとふれています。飛行機は綱よりも上空にありますが、今は誰も操縦していませんから、ぐるぐるまわりながら、綱もろともしだいにおちていきます。
「うむ、誰がふりおとされるものか」
 そのうちに綱のふれ方がゆるやかになりました。綱と飛行機がもろともに下におちだしたので、ふれ方がゆるくなったのです。兵曹長の腕は、すこし楽になりました。
 しかしこうしていれば、飛行機も兵曹長も、だんだんスピードを増して下におち、やがては地上にはげしくぶつかるでしょう。
 兵曹長も、前からそれに気がついていました。綱のゆるくなったのを幸いと、兵曹長は今だとばかり満身の力を腕にあつめて、綱をよじのぼりはじめました。

     2

 部下をうしなったかなしみと、はげしい風力とにたえながら、わが勇士小浜兵曹長は満身の力をこめ、えいえいと綱をのぼってゆきます。
 幸いと、こういう綱のぼりは、艦上でうんときたえてある兵曹長です。彼はみるみる上にのぼっていきました。飛行機の腹が、もうすぐそこに見えます。
 そのころまで水平をたもっていた飛行機は、急に翼をかたむけました。やがてまっさかさまになっておちるものと思われます。そうなると、墜落のスピードはたいへんはげしくなるでしょう。
(はやくのぼりきらないといかん!)
 兵曹長は、いまはこれまでと、ありったけの力を出して、うんうんと綱をのぼっていきました。
 うれしや、兵曹長の頭が、飛行機の腹にごつんとあたりました。
(しめた。もう一いきだ!)
 小浜兵曹長の勇気は百倍しました。
 飛行機の座席に、手がとどきました。
(さあ、ついに戻って来たぞ!)
 こうなれば、兵曹長万歳です。彼はお得意の器械体操のやりかたで、
「えーい」
 と、操縦席におどりこみました。そこは青江三空曹の乗っていた席です。
 もちろん青江の姿は見えません。小浜兵曹長の胸に、また熱いものがぐっとこみあげて来ましたが、いまは生死のさかいです。それをふりはらうようにして、すばやく青江ののこしていったバンドで自分の腰をしばりつけました。
(さあ、これでいい。こんどは操縦だ)
 兵曹長は、そのとき、機体が機首を下にして、きりもみになっておちているのに気がつきました。このままでは、地上にはげしくぶつかるばかりです。いそいで水平舵を力一ぱいひくと、うれしや、機首がぐっとあがりました。
 もう大丈夫! 兵曹長は命をひろいました。

     3

 ひとり機上にかえった小浜航空兵曹長の胸の中は今は亡き青江三空曹のことで、はりさけるようです。
 さっきまで、この機上に一しょにのっていたのでした。そして、たがいにはげましあいながら、怪塔ロケットを追いかけ、怪塔王とたたかって来たのでした。その勇しい戦友のすがたは、もはや機上に見られないのでありました。
「八つざきにしてもあきたりないあの怪塔王だ」
 小浜航空兵曹長は、墜落していく愛機を、やっと水平にもどすことができると、目をあげて怪塔ロケットの姿を空中にさがしました。ところが、頭の上は雲ばかりで、もとめる怪塔ロケットの機影はどこにも見あたらないではありませんか。
「ちぇっ、うまく逃げられてしまったか。いや、青江のかたきをとらないうちは、どんなことがあっても逃しはせんぞ」
 兵曹長は、飛行の邪魔になっている麻綱を、くるくると機内にひっぱりこみました。そして、勇敢にもぐっと上舵あげかじをとり、エンジンを全開にして、猛然と急上昇をはじめました。エンジンは幸いにも、たいへん調子がよろしいので、兵曹長は安心しました。
 雲の中をぬいつつ、兵曹長の目は、あちらこちらにうごきました。雲が視界を邪魔していましたが、雲の切れ目に、もしや怪塔ロケットの姿が見えはしないだろうかと思ったのです。
 しかし、敵の姿は、どこにも見あたりません。そのうえに、雲はいよいよ濃く渦をまいて来て、どこを飛んでいるのかわけがわからなくなりました。暴風雨のしらせさえ感じられます。
「ざんねんだなあ。こうしていては、雲にまかれてガソリンを損するばかりだ、しかたがない、雲の外に出よう」
 雲の外に出ようといっても、いつの間にか、古綿のような密雲はすっかり小浜機をつつんでしまい、どこが雲の切れ目か見当がつきません。兵曹長の心は、はやるばかりです。


   死力



     1

 せっかく急上昇したのに、密雲に邪魔をされ、ふたたび下降しなければならなくなった小浜機は、いまぐんぐんと雲を切って下っていきます。
「あっ、五千メートルだ。四千八百メートルだ。もっといそいで下りよう」
 小浜兵曹長は、さらに水平舵をひいて機首を下げましたから、機は弾丸のように下におちていきます。
「三千九百、三千七百。――まだ雲が切れない。執念ぶかい雲だなあ、まるで怪塔王の親類みたいだ」
 それでも雲は、なかなか切れません。
 三千メートル、二千八百――
「これは変だなあ。そんな厚ぼったい雲があるだろうか」
 兵曹長は、あまりに厚い雲に対して不平をいいながら、愛機を操縦して、なおもぐんぐん下りていきました。
 あたりはますます暗くなる一方で、まるで壁の中にぬりこめられたような感じです。いつの間にか飛行服の上を、雨が滝のようにながれています。空中生活になれた兵曹長も、こんな目にあうのははじめてです。普通の人だったら、泣きだしたかもしれません。
 兵曹長は操縦桿をにぎりしめたまま、なおもぐんぐん落ちていきました。
 九百メートル、七百メートル――
 雲はまだ、そこら中に漂っています。
 そのうちに、彼は雲をとおして、はるかの下に、くろずんだものを見つけました。
「あっ、見えた。陸地か、海面か」
 ごうっと落ちていく機体の前に、下からむくむくともりあがるように上って来たのは、白い波頭をふりたてて怒っている大海原でありました。まるでガラスの棒のような雨は、海面をめちゃくちゃに叩きつけています。
「これはたいへん。ものすごい荒天だ」
 飛行機は、水の中を飛んでいるように見えます。視界ははなはだせまい。怪塔ロケットを追うどころではありません。

     2

「ずいぶん海上生活もしたが、こんな荒天にあったのははじめてだ」
 小浜兵曹長は、しのつく雨の中に愛機を操縦して、海上すれすれに飛びつづけます。
「はて、ここは一たいどこの海面かしら」
 太平洋であることはわかっていますが、太平洋といってもたいへんひろいですからねえ、コンパスを見ても、方角はわかりますが、自分が今いる場所まではわかりかねます。こういうときには、無線ビーコンというものを受信すると、ちゃんと今いる場所がわかるのです。無線ビーコンは、無電灯台というところから、その灯台の名を無電で送っているものなのです。
 小浜兵曹長は、うしろの座席にある受信機のスイッチをいれました。そして受話器を、耳にあててみました。
 ところが、いつまでたっても、受話器からはなんの音もはいって来ません。
「これは変だなあ。スイッチはちゃんとはいっているのに、なぜ聞えないのだろう」
 いろいろとやってみましたが、どうしても聞えません。ざんねんながら、受信機は故障になっていることがわかりました。
「さあ弱った。今どこを飛んでいるんだか、さっぱりわからなくなったぜ」
 送信機の方はどうかと思いこの方にスイッチをいれてみましたが、やはり働きません。無電機械は、送受とも利かなくなってしまったのです。
 そのうちにも、あたりは夜のようにくらくなり、視界は五十メートル先がもう見えないようになりました。あぶないあぶない。遭難する一歩手前のあぶなさです。
 怪塔ロケットを追うどころか、こうして飛んでいることがあぶなくなりました。小浜兵曹長は、荒れくるう暴風雨を相手に、腕も折れよと操縦桿をにぎり、両足[#「両足」は底本では「雨足」]をふんばって、この危機をぬけようと必死の努力をしています。が、雨と風とにたたかれ、いまは海面に車輪がすれすれの低空飛行です。ああ!

     3

 たのみにおもう無電はきかず、愛機は雨と風とにたたきつけられ、ともすれば車輪がざざーっと怒濤どとうに洗われます。一たびは空中にいのちをひろいながらも、ついに今ここに小浜兵曹長の運命もおわるかとおもわれました。
「敵陣に自爆するのなら帝国軍人の本懐であるが、あれ狂う海中につっこんで、死んで何になるのだ。よし、俺はどうしてもこの暴風雨と海とを征服してやるぞ」
 兵曹長は、機上でこう叫びました。
 飛行眼鏡もすっかり曇って、もう駄目です。翼はいくたびか波浪にばっさりとまれそうです。人力ではどうすることもできない自然力の猛威です。
 それでもわが小浜兵曹長は、飛びつづけました。それは二時間半というながい時間の後でありました。どこをどう飛んだか、ちっとも油断のならない二時間半の飛行に、さすがの勇士も、気力も体力もくたくたになってしまいました。いよいよ翼を波にぱくりと呑まれる時がやってきた、と思いました。
「ざんねんだ。青江のかたきをとらないうちに死ぬなんて、じつにざんねんだ」
 兵曹長は、歯をくいしばり、眼をしばたたいて、眼下の真白な波浪をにらみつけました。そのときです。彼は、ふと前方に、まっくろなくじらのようなものがよこたわっているのに気がつきました。
「あっ、あれは何だ。鯨か?」
 眼をしきりにぱちぱちやって、この黒影を見ていた兵曹長の頬に、さっと血の色がわきました。
「あっ、あれゃ島だ! 島だ!」
 島が見つかったのです。死の一歩前に、島影が見えるなんて、何という天佑てんゆうでしょう。
 小浜兵曹長の元気は百倍しました。
「何としても、あの島まで辿たどりつかなければ――」
 それから先は、夢中でありました。どこをどう飛んだのか、気のついたときは、飛行機のエンジンはぴたりととまっていました。

     4

 小浜兵曹長は、夢のようにあたりを見まわしました。
 嵐は、あいかわらずごうごうと吹きまくっていますが、飛行機の下にあるのは、例の波のたかい荒海ではなく、真白な砂浜でありました。飛行機は、片車輪を砂のなかにふかくつきこみ、斜にかしいでとまっているのでありました。
 一体ここは、どこなのでしょう。
 とにかく、すんでのことに飛行機もろとも怒濤にのまれ去るところでしたが、それだけは助ったようです。
 たぶん小浜兵曹長は、嵐のなかに全身は綿のようにつかれ、目はかすみ、耳はがーんと鳴りつつも、あくまで軍人精神で、
(なに、これしきのことで、へたばってたまるものか!)
 とみずから気をひきたて、無我夢中に着陸をしたものと思われます。
 そこは砂浜とはいえ、やはり大地のことですから機体が砂丘のかげにどんとうちあたるなり、兵曹長はそのはげしい反動でもって、はっとわれにかえったらしいのです。
 だが、危かった勇士の一命が助って、たいへんさいわいなことでありました。
 小浜兵曹長は、雨にたたかれながら、座席のバンドをはずして立ちあがりました。
(一体、ここはどこだろう)
 頭の中には、鳥がさえずっているように、ぴーんと高い音がしています。思うようにまわらぬ首を無理やりにうごかして、あたりをながめていた兵曹長の眼底に、変なかたちをした木がうつりました。
「ああ、あれは椰子やしの木に見えるが、こんなところにどうして椰子の木が生えているのかなあ」
 兵曹長には、何が何だかわからなくなりました。
「うーむ――」
 と一こえ叫んだまま、彼はそのまま崩れるように座席にへたばってしまいました。
 椰子の木のある海辺は、どこだったでしょうか。


   大利根博士邸



     1

 ここで話はすこし前にさかのぼります。
 場所は、大利根博士の邸内です。
 みなさんおなじみの塩田大尉と、それから元気のいい一彦少年とがしきりと、怪しい博士の室内をさがしまわっています。
 二人とも、帆村探偵がわざわざ注意して来た言葉にしたがい、博士邸の謎を早く解かねばならぬとおもっています。
 一体大利根博士と怪塔王との間には、どんな関係があるのでしょうか。そしてあの天馬くうを行くような怪塔ロケットは、なぜあのようなおそろしい新科学兵器を持っているのでしょうか。そしてこれから何をしようと言うのでしょうか。この重大な秘密はいつになれば解けるのでしょうか。
 われわれはいましばらくこのままに、塩田大尉や一彦少年や、それから今怪塔中におしこめられている帆村探偵や、それからまた例のふしぎな海辺に気をうしなっている勇士小浜兵曹長の活動を見まもることにいたしましょう。
「どうも私には、人の持っているものをさがすのは不得手ふえてだ。これはやはり帆村探偵の専門だよ」
 と、艦隊の智慧ぶくろといわれる塩田大尉も、なれない室内さがしにややまいったようです。
「ねえ、塩田大尉、大利根博士は悪人なんでしょうか」
 一彦少年は、戸棚の中に首をつっこんでいる大尉のうしろから、声をかけました。
 この質問に、大尉はおどろいて、戸棚から顔をだしました。
「悪人? さあ、それが拙者せっしゃにはどうもわからなくなったんだ。もともと博士は、じつに尊敬すべき学者だとおもって[#「学者だとおもって」は底本では「学者だともおもって」]いたんだけれど、こうして家さがしをしているうちに、だんだん変な気持になって来る。そう言えば、いつか博士が軍艦に来られたときも、言葉づかいやたち居ふるまいが、どうも変だったね。変り者の博士とは言え、むかしはあれほどそわそわしていなかった」

     2

 塩田大尉と一彦少年との話は、この家の主人大利根博士の上にくらい影をなげかけたことになりました。
 ずいぶん家さがしをしてやりましたが、どこをひっくりかえしても博士の熱心な研究材料が山とつまれているばかりで、別に怪しい手紙もありません。
 また、なんだかわけのわからぬ機械などが、たくさん並んでいましたが、これもまた別に怪塔ロケットに備っているほどの大仕掛のものではありませんでした。
 これで見ると、大利根博士は、やっぱり尊敬すべき熱心な科学者としかうけとれませんでした。
 塩田大尉は、ついに室のまん中にある丸い腰掛に腰をおろし、戦帽をぬいで丸刈頭に風を入れました。
「ざんねんながら、なんにも怪しいものが見つからん。一彦君、君もそこへ掛けたまえ。そうだ、いいものがある。これは軍艦の中で売っている別製のキャラメルだ。これを食べると、疲れもなおるし、それからまた、すばらしいかんがえがうかぶはずなんだ。さあたくさんお取り」
 そう言って大尉は、青いはこにはいった、キャラメルを、一彦にすすめました。
「はあ、ありがとう。ずいぶん重宝なキャラメルがあるんですね」
 一彦も、大尉と並んで、同じ形の腰掛に腰をおろし、そのみどりいろのキャラメルを頬ばってみましたが、なるほどたいへんおいしく、そして口の中がすうっとしました。
「どうだ一彦君、海軍のキャラメルも、なかなかおいしいだろう」
「ええ、僕、大すきだな」
 二人がうまそうにキャラメルをしゃぶっているうちに、この室には、すでに変なことが起っていました。二人が円い腰掛に腰をおろしたときに、それが始ったのですが、まずそれに気がついたのは、一彦です。
「あっ、塩田大尉、変ですね。この部屋はうごいていますよ」

     3

「この部屋が、うごいているって。――なるほどこいつはたしかにうごているぞ」
 塩田大尉はおどろいて、椅子から立ちあがり、一彦少年の顔を見ました。
 一彦は、目をくるくるまわしていました。
「ああ、この部屋はずんずん下っていく――」
「うん、なるほど下っていく」
 一彦少年は、このまえ怪塔の中に帆村と忍びこんでいたとき、やはり自分のいた部屋が、床ごと下へ下っていったときのあのおどろきを、またあたらしく思いだしました。それを大尉にはなしますと、大尉は剣をひきよせたまま、うんうんとうなずいてみせました。
 部屋は一体どこまで下っていくのであろうと、二人はそればかり考えています。
 ごとん。
 かすかに床がゆれて、うごいていた部屋はぴたりととまりました。
「ああ、とまった」
「うむ、とまったね」
 二人は、目を見あわせ、ほっと溜息ためいきをつきました。なんという思いがけないからくりが仕掛けてあったことでしょう。
「こんなエレベーターみたいな仕掛が、はやっているのでしょうかねえ」
 少年は、ふしぎでたまりません。
「さあ、どうだか、それは――」
 とまごついた大尉は、そのときになに思ったものか息をのみ、
「おう、あんなものがうごきだした。一彦君、君のうしろの、機械戸棚がうごいているよ」
「えっ」
 一彦がふりかえってみると、おどろきました。顕微鏡や気圧計などいろいろの理化学機械のはいった戸棚が、しずかに横にすべりつつ、壁の中にはいっていくのでした。
 二人は息をころして、ひとりでにうごいていく戸棚を見つめていました。
 戸棚のうごいていった後には、意外にも、一つの扉があらわれました。地下室の怪!

     4

 大利根博士邸の実験室が、塩田大尉と一彦少年とをのせて、まるでエレベーターがさがるように、すうっと下におちていったのさえふしぎでありますのに、そのおちきったところで、実験機械をいれてある戸棚が、するすると横にすべって壁の中にかくれたのは、またふしぎです。そして、戸棚のうしろには、どこへ通じているのか、おもいもよらない扉があらわれました、いよいよもってふしぎであります。
「おお扉だ。これは大利根博士の秘密室の入口なんだろう。一彦君、この中になにがあるかしらないが、かまうことはない。行けるところまで、どんどんはいって行こうじゃないか」
 塩田大尉は、一彦をふりかえって、はげましました。
「ええ、僕も突撃しますよ。もうなにが出てきたっておどろくものですか」
「よろしい、その元気、その元気」
 塩田大尉は、体に似あわず元気な少年をたのもしくおもいました。
「ところで、この扉だが、どうすればあくのだろう」
 と、塩田大尉が、扉のところへ近づきました。
「おやおや、鍵穴もなんにもありませんね」
 と、一彦も、ともに顔を扉に近づけながらいいました。
 ふしぎにも、その扉には、鍵穴もなんにもありません。
「はて、押しボタンでもあるのじゃないかなあ」
「さあ、ちょっと手で押してみましょうか」
 一彦が、扉を押すために、手をちょっと扉にふれますと、扉はまるではじかれたように、するすると上にあがってしまいました。
「おやっ、手をふれただけで、あいたよ。ははあ、すぐこの奥にとびこめるようになっているんだね」
 さて、あいた扉の向こうには?

     5

 ぱっくりと開いた怪しの扉のうちは、なにがあるのか真暗でありました。
「一体、この中には、なにがあるのだろう」
 塩田大尉と一彦とは、しばらく中をじっとみつめていましたが、なにしろ真暗で、なにも見えません。人のいるけはいでもと思って、耳をすましてじっと聞いていましたが、なんの音もしません。
「塩田大尉、とびこんでみましょうか」
 一彦は元気にいいました。
「うん、ちょっと待ちたまえ。ためしてみるから。――」
 塩田大尉は、ピストルを取出すと、室内の天井めがけて、ずどんと一発放ちました。
 かあんという、固いものにぶつかる高い音が、銃声のあいだにきこえました。しかし、その銃声におどろいて、鼠一匹飛出してくる様子がありません。
「もう大丈夫だ。進め!」
 塩田大尉は、まっさきに室内にとびこみました。つづいて一彦が。――
 すると、ふしぎなことが起りました。二人が室内にとびこむと同時に、どういう仕掛があるのか、室内にはぱっと明かるく電灯がつきました。
「うむ、なにからなにまで、最新式に作ってある」
 塩田大尉は、感心しました。
「なぜ、こんな秘密室がこしらえてあるのでしょうかねえ」
「さあ、どういうわけだろうね。帆村探偵がいればすぐわかるだろうに」
 といって、塩田大尉は、室内をみまわしました。ここはがらんとした室で、なんにもおいてありません。
「なんにも物がおいてないというのは、へんだね」
「へんですね。秘密室の中を、わざわざ空部屋にしておくなんて、へんですね」
 一彦は、少年探偵きどりでいいました。


   血痕けっこんの行方



     1

「塩田大尉。これは、やはりなんかもっとたいへんな仕掛があるのじゃないでしょうか」
 と、一彦少年は、がらんとした秘密室内をみまわしながらいいました。彼はいつの間に覚えたか、帆村の探偵術をまねしているようです。
「うん、なるほど。じゃあ一彦君、君はそっちをさがしてみたまえ、私はこっちをさがしてみよう」
 塩田大尉と一彦とは、左右にわかれて、室内をさがしはじめました。
 一彦は、腰をかがめて、床をなめんばかりにして見てあるいています。すると彼は、床の上に、黒ずんだ点々が、ぽたりぽたりとついているのを発見しました。
「あっ、へんなものが――」
 と一彦がさけぶと、塩田大尉は、すぐとんで来ました。
「なんだ、一彦君。へんなものって、なにかあったのかね」
「ここにあるんです。黒ずんだ点々が、ずっとむこうまでつづいています」
「ほう、これか」
 と、塩田大尉は床にしゃがみ、その黒ずんだ点々の一つを指先でつぶしてみました。
 それは、ぐちゃりとつぶれました。そして赤黒い汁が、わずかとびだしました。
「ふん、これは怪しいぞ」
 塩田大尉は、指のさきを鼻のさきにもっていきました。ぷうんと、生ぐさいにおいが、塩田大尉の鼻をうちました。
「あっ、これは血だ。血のにおいだ!」
「えっ、血ですか」
 さあ、たいへんなものを見つけました。大利根博士邸の秘密室にこぼれていた古い血だまりは、一体なにを語るのでしょうか。
 大利根博士は、どこへ行ってしまったのでしょうか。この血だまりのあることを知っているのでしょうか。
 塩田大尉と一彦とは、しばらく無言で顔を見あわせていました。

     2

 大利根博士の秘密室に、点々と床をよごしている血のあと!
 一彦少年はびっくりしましたが、その血の点々がどこへつづいているのかと、それをたどっていきますと、やがてそれは奥まった室のすみのところで、とまっていました。
「塩田大尉、血はここでとまっていますよ」
「なるほど、これから先は、どこへいっているのだろうかなあ」
 二人は、その室の隅をいろいろとさがしてみました。するとその壁の一番隅っこに、一銭銅貨を五つ並べたぐらいの大きさの、お猿の面がはりつけてありました。
「おや、こんなものがありますよ」
「どれどれ。ほう、お猿の顔のりものらしいが、このがらんとした部屋には似あわしからぬ飾りものだね」
 そのお猿の面は、鉄かなにかでできていました。
「一体これはなんでしょうね」
 一彦は、お猿の面をいじってみました。ひっぱってみましたが、とれません。しかし、横にひっぱってみますと、お猿の面がうごきました。そして下から、思いがけなく鍵穴があらわれました。たいへん大きな鍵穴でありました。
「おやおや、こんなところに鍵穴がありますよ」
 塩田大尉も、そこへしゃがんで顔を前へつきだしました。
「なるほど、これは大発見だ。たしかに鍵穴にちがいないが、こんなところに鍵穴があるなんて、どういう仕掛になっているんだろう。しかし、みたまえ一彦君、この鍵穴はずいぶん大きいね。よほど特別製の大きな鍵をつかうのだ。どっかに、その鍵がおちていないかなあ」
 そういって大尉は、室内をまたきょろきょろみまわします。
 一彦は、それには答えないで、じっとその大きな鍵穴をみつめていました。

     3

 お猿の面の下にある大きな鍵穴!
 一彦少年は、しきりに考えています。
(どこかで、見たことのあるような鍵穴だが――)
 そのうしろに、塩田大尉の靴音が、こつこつこつときこえてまいりました。
「ざんねんだなあ。どこにもそんな大きな鍵はおちていやしないよ、一彦君」
「あっ、そうだ!」
 そのとき一彦は、とびあがって、さけびました。
「この鍵は、僕が持っています」
 塩田大尉は、びっくりしました。
「えっ、なんだって。君がこの鍵を持っているって」
「そうです。いまやっと思い出しました。これはあのお猿の鍵がはいるのにちがいありません」
「なに、お猿の鍵だって」
「ええ、そうです。それはね、あの怪塔王が海辺におとしていった鍵なんです。僕はその鍵を型にして別の鍵をつくって持っていますよ、怪塔の入口も、その鍵であいたのです」
「そうか。ふうむ、それはたいへんな鍵だ。一彦君は、今それを持っているのかね」
 塩田大尉は、息をはずませて、ききかえしました。
「持っていますとも。僕はそれをお守のようにしていつもポケットの中に入れているんです」
 といって、少年はポケットをさぐって、鍵をとりだしました。それは銅びかりのした大きな鍵で、なるほど握りのところが猿の顔になっているものでありました。
「おお、なるほどこれは見事な鍵だ。では、はまるかどうか、さっそくはめてみようではないか」
 塩田大尉は少年からその鍵をうけとって、隅の鍵穴にあててみました。すると鍵は、うまく穴の中にするするとはいりました。

     4

 猿の鍵は、ついにするすると鍵穴にはいったのです。さあ、この大利根博士の地下秘密室に、これからどんなことがはじまるのでしょうか。
 塩田大尉と一彦少年とは、鍵穴の前にかがんで、ちょっと一息つきました。
「うまく鍵がはいりましたが、鍵をまわしてみましょうか」
「うん、うまくはいったね。一体これは何の鍵だかわからないが、まあとにかく鍵をまわしてみよう」
 まことに、変な隅っこに鍵穴があるのですから、二人とも、この鍵をまわしたとき、どんなことが起るのか、一向に見当がつきません。
「じゃあ、鍵をまわしますよ、いいですか」
 一彦少年は、猿の鍵を右へひねってみました。するとがちゃりと音がして、錠はうまくはずれました。
「錠がはずれた」
「うむ、はずれたか」
 二人が顔をみあわせたとたんの出来ごとでありました。どこか地の底で、ごうごうというモートルのまわる音がきこえだしたとおもったら、ぎりぎりぎりと金属のきしる音がして、二人の目の前にある壁全体が、しずかに上へあがっていくではありませんか。
「おや。壁が上へあがっていく」
「うむ、そうか。この壁の向こうに、まだ部屋があるんだ。一彦君、こっちへよっていたまえ。中からなにがとびだすかわからないから――」
 塩田大尉は、少年をうしろにかばいました。そしてなおも怪音をたてて上へあがっていく壁をじっと注意していました。
 ぎりぎりぎり。
 重い扉は、なおも上へあがっていきます。壁の下からは、その奥にある部屋の床がみえてきました。しかしその部屋にどんなものがあるのかについてはわかりません。わかっているのは血痕が中までつづいていたことだけです。


   怪しい機械



     1

 大利根博士の地下秘密室のおもい壁扉は、まだぎりぎりぎりと音をたててあがっていくところです。
 新しい科学兵器の研究者として名高い大利根博士は、いまどこへいっているのでしょうか。この前、軍艦淡路にあらわれたきり、誰も博士の姿を見たものがないのです。磁力砲にやられた軍艦淡路の鉄板をたくさん切りとってもってかえった博士は、それをしらべてくれるはずでしたが、博士は本当にしらべているのでしょうか。
 一彦少年は、大利根博士のことを、たいへん怪しい博士だとおもっています。塩田大尉は、それと反対にかなり信用しているようです。
 どっちが本当か、それはいずれはっきりわかるでしょうが、一彦にしてみれば、いくら秘密の研究をしている学者にしろ、邸内にずいぶん怪しい仕掛をしているのがなにより不審でたまりません。
 大利根博士の実験室が、部屋全体エレベーターのように下におりる仕掛になっていたり、またさっきみつけた隅っこの鍵穴に、あの怪塔王のもっていた猿の鍵がぴったりはいったりするところから考えると、大利根博士と怪塔王とは、なんだか深い関係があるようにおもわれます。
 その深い関係とは、はたしてどんな関係でありましょうか。
 重い壁扉はぎりぎりぎりと上へあがっていきました。そしてとうとう壁だったところが、すっかり開放しになりました。
 いまこそ、室内がよくみえます。
 おおその部屋は、ちょっとした倉庫ほどもあるひろい部屋です。しばらくあけたこともなかったとみえ、中からはぷーんとかびくさい臭がただよってきました。
「こら、出てこい」
 塩田大尉は、暗い部屋に向かって叫びました。しかし室内はたいへんしずかでした。

     2

「誰もいないようだ」
 塩田大尉は、一彦をふりかえっていいました。
「でも、中が暗くて、よくわかりませんね」
「待った。そこに電灯のスイッチが見える。いまつけるから――」
 と、壁の内側にあったスイッチをおしますと、室内は、ぱっと明かるくなりました。
「ほう、あれは何だろう」
 塩田大尉は、その部屋の真中に、横だおしになっている妙な機械のそばによりました。
「なんでしょうね」
 一彦も、そばによって、その機械をつくづくながめました。それは全く妙な機械というよりいいあらわし方のない機械でありました。まずそれに似たものを思いだしてみますと、熱帯地方にんでいる錦蛇という大きな蛇が、とぐろを巻いていて、そして鎌首をもちあげているところを考えてください。但し、その大蛇の首は一つではなく、七つの首をもっています。その首をよくみますと、それはラッパみたいに先が開いているのです。そのところは、ちょうど聴音機みたいです。それが横だおしになって、長くくびをだらんとのばしているのです。全体はすべて大小のちがいはあれ、管でできているので、蚯蚓みみずの化物のようでもあります。まことにふしぎな機械です。
 これをじっとみていた塩田大尉は、だんだん息をはずませてきました。その顔色は、はじめは赤く、そしてのちには青くかわりました。
「塩田大尉。これはどうした機械なのですか」
 一彦も、なにかしらぞっとするものを背中にかんじ、大尉のそばによっていきました。
「ふうん、これはね、多分大利根博士が研究中だといっていたあべこべ砲の一種らしい」
「あべこべ砲とは、なんのことですか」
 あべこべ砲というのは、きいたことのない名前です。一体この七つの首の化物機械は、なにをする機械なのでしょうか。

     3

「あべこべ砲というのはね」
 といって、塩田大尉はぶるぶると身ぶるいをしました。
「そんなに恐しい機械ですか」
「うん、もしこれが出来たら、これまでの兵器はみな役にたたなくなるという恐しい機械だ。しかし、それはたいへんむずかしくて、ここ十年や二十年のうちには出来ないだろうという話だった。つまり、あべこべ砲というのは、たとえば、自分がピストルを敵にむけてどんと撃ったとする。するとあたりまえなら、弾丸は敵の胸板を撃ちぬくはずであるが、このとき、もし敵があべこべ砲をもっていたとすると、その弾丸は敵にあたらないで、あべこべに自分の胸にあたって死なねばならぬというのだ」
「なるほど、それであべこべ砲ですか。しかしそんなことが出来るでしょうか」
「うむ、まあ出来ないだろうという話だったが、今ここに横たおしになっている機械を見ると、かねて大利根博士がちょっとらした話の機械によく似ているんだ。待っていたまえ。もっとよくしらべてみよう」
 そういって、塩田大尉は機械をめんみつにしらべていましたが、そのうちに大声で、
「あっ、わかった」
「えっ、わかりましたか」
「対磁力砲のあべこべ砲――と書いてある。一彦君、ここを見たまえ。機械の裏側に、博士の筆蹟で、管のうえにほりつけてある」
 一彦が、のぞいてみますと、なるほど一等太い管の裏に、「対磁力砲のあべこべ砲」とほりつけてありました。
「じゃ、もう安心ですね。これがあれば怪塔王のもっている磁力砲をやっつけられますからねえ」
「ところがそうはいかないよ、一彦君」
「なぜです」
「だって、このとおり、あべこべ砲はひどく壊れているじゃないか。その上、大利根博士がどこに行ったのか、姿が見えんではないか」

     4

 怪塔王の持っている磁力砲を負かすことが出来そうに思われるあべこべ砲が、大利根博士の秘密室の中にころがっていましたが、残念にも、あべこべ砲は壊れています上に、それを発明した大利根博士もいないのです。
 塩田大尉と一彦とは、顔を見合わせてため息をつきました。
「なんとかして大利根博士を、早く見つけるより仕方がない」
「そうですね、博士はこんな大事な機械をここへおいて、どこへいってしまったのでしょうね」
 といったとき、はっと一彦が思い出したものがあります。それは、外からつづいていたあの気味のわるい血のあとのことです。
(そうだ。あの血のあと! あれはこの部屋へつづいていたが、どうなっているのかしら)
 一彦は、少年探偵気どりで、血のあとをしらべにかかりました。
 血は、この部屋にはいると、たいへんたくさん床の上にこぼれていました。それは、床の上になにかひきずっていったように、すじになっていました。その跡をつけていきますと、奥の隅っこにあるテーブルの上につづいていました。
 テーブルの上にも、下にも、血はたくさんこぼれていました。そのうえ、テーブルの下には、血にそまったズボンが一つ落ちていました。
「あっ、こんなものが――」
 と、一彦がとりあげてみますと、ズボンはひどく血によごれ、そしてナイフかなんかで切ったらしくずたずたにひきさいてありました。
「どうした一彦君。なに、血ぞめのズボンがあったというのか」
 塩田大尉は、かけつけるなり、そのズボンをとりあげて、電灯の光の下でじっとながめていましたが、さっと顔色をかえ、
「あっ、これは見覚えがあるしまズボンだ。いつも大利根博士は、この縞ズボンをはいていられた! すると博士は……」


   一彦の探偵眼



     1

 怪塔王というふしぎな人物のために、軍艦淡路をこわされたり、飛行機をうちおとされたりしたものですから、わが海軍は、いよいよこれは一大事と怪塔王を本式に討伐することになりました。
 なにしろめずらしい新兵器をもっている怪塔王を相手とするのですから、その作戦もなかなかたいへんです。
 まず第一におしらせしなければならぬことは、秘密艦隊というものが編成されたことです。この司令官には、池上少将いけがみしょうしょうが任命されましたが、この秘密艦隊は、それこそまったくの極秘のうちにつくられたので、海軍のなかでも知らぬ人がたくさんありました。
 怪塔王を討伐するために、艦隊ができたということは、まったく今までになかったことです。それを見ても、いかにわが海軍では怪塔王をおそるべき敵とおもっているかがわかるでしょう。
 ○○軍港にうかんでいる旗艦六甲きかんろっこうの司令官室において、池上少将は、いま幕僚を集めて秘密会議中です。そこには塩田大尉と一彦少年の顔も見えます。いや、見えるどころではなく、二人はいま、司令官に大利根博士邸のことを報告しているところなのです。
 司令官はじめ幕僚は、塩田大尉の報告があまりに怪奇なので、目をみはったり、首をふったり、こぶしをかためたりして、おどろいています。
「その縞ズボンは、たしかに大利根博士の物にちがいないのだね」
 司令官は、念をおしました。
「はい、塩田はかたくそう信じております」
「それで、大利根博士は、その後どうしたというのか」
「博士は、この血ぞめの縞ズボンを残したまま、どこかへいってしまったようです。私どもは、かなりくわしく秘密室をしらべましたが、とうとう博士の姿をみつけることができませんでした」

     2

「博士のありかがわからないうちは、なんともいえないが、どうやら博士は、怪塔王一味に襲われたと思われるが、それはどう思う」
 司令官池上少将は、塩田大尉にたずねました。
「塩田も、司令官閣下のおっしゃるところと同じかんがえであります。大利根博士は、新しい学問をしている国宝的学者です。怪塔王にとっては、それがずいぶん邪魔であることと思います。それで襲撃しまして、博士を殺したのではないでしょうか」
「まず、そんなところであろうな」
「ところが、ここに居ります一彦少年は、私とちがった考をもっております。少年の口から、ぜひおききをねがいたいのであります」
 塩田大尉は、かたわらに腰をかけている一彦の方をふりかえった。
「なに、この少年がちがった考をもっているというのか。それはぜひ聞かせてもらおう」
 司令官も、一彦が帆村探偵のおいであることは、よく知っていました。この少年が、なにをいいだすやらと、急に顔をにこにこさせて一彦をながめました。
「僕は、大利根博士がたいへん怪しい人物だと思います。なぜといえば、博士邸には怪しいことだらけです」
「怪しいことだらけとは――」
「まず第一に、博士の実験室がエレベーターのように上下に動きます。これと似た仕掛が、怪塔の中にもありましたよ。帆村おじさんと僕とは、その仕掛のために、おりの中に入れられて、一階下へ落されたことがありました」
「怪しいことがあるなら、どんどんいってごらんなさい」
 司令官は、熱心な面持で、一彦をせきたてるようにいいました。
「第二は、この猿の鍵です」
 一彦は、ちゃりんと音をさせて、テーブルの上に大きな鍵を出しました。

     3

「なに、猿の鍵?」
 司令官は、その大きな鍵を手にとって、ふしぎそうにながめ、
「第二に、この鍵が怪しいとは」
「そうです、博士邸の一番おくにある秘密室は、その鍵であいたのです。ところが、その猿の鍵は、怪塔王が大事にしてもっている鍵なのです。あの怪塔の入口をあけるのは、やはりこの鍵でないとだめなのです」
 と、一彦は自分の信じているところをすらすらとのべました。
「で、それがどうしたというのかね」
「はい、司令官閣下。僕が今あげたように、怪塔と博士邸とは、たいへん似たところがあるのです。ですから、怪塔王と大利根博士とは――」と、ちょっと言葉をとどめ、「同じ仲間ではないかとおもうのです」
「えっ、怪塔王と大利根博士とが、同じ仲間だというのか。それはどうもとっぴな答だ。あっはっはっ」
 司令官は、思わず笑いました。
「でも、そうとしか考えられませんもの」
「しかしだ、一彦君。博士は、われわれの尊敬している国宝的学者だし、それにひきかえ怪塔王は、わが海軍にあだをなす憎むべき敵である。その二人が同じ仲間とは、ちと考えすぎではあるまいか」
「でも、そうとしか考えられませんもの」
 一彦少年は、いつに似ず、たいへんがんばっています。
「だがねえ、一彦君」
 と、こんどは塩田大尉が、口をひらき、
「君のいうように、もし怪塔王と博士とが、同じ仲間だとすると、博士のズボンが血ぞめになっているのが変ではないかねえ。なぜといえば、仲間同志で殺しあうなんてことは変だからね」
「あれは、怪塔王が僕たちをだますためにやったのだと思います。怪塔王が博士を殺したとみせかけ、実は――実は。――」
 と、一彦少年は、その先をいおうか、いうまいかと、息をはずませました。


   兵曹長の蘇生そせい



     1

 小浜兵曹長は、どうしたでしょうか。
 大暴風の中を突破して、やっと陸地をみつけて海岸に不時着した兵曹長は、そのまま、機上に人事不省じんじふせいになってしまったことは、皆さんおぼえておいででしょう。
 それからどのくらい時間がたったかしれませんがふと気がついてみると、夜はすっかり明けはなれ、あれほどはげしかった嵐はどこかへ行ってしまい、まるで嘘のような上天気になっていました。
「ああっ、暑い!」
 やけに暑い太陽の光線が、兵曹長の体にじかにあたっていました。その暑さのあまり、気がついたらしいのです。
「ああ、どうも暑くてたまらん。なんて暑いのだろう。のどが乾いて、からからだ」
 兵曹長は、座席の下から水筒をとりだし、目をつぶって、がぶがぶとうまそうにのみました。
 ふと気がついてみると、これは青江三空曹の名のはいった水筒でありました。怪塔王と闘って、ついに壮烈な死をとげた青江三空曹のことが、いまさらに思い出されて、兵曹長ははらはらと涙をこぼしました。
「おい、青江。空のどこからか俺の声を聞いているか。俺はきっと貴様の仇を討ってやるぞ。俺のすることを見ていろ!」
 と、ひとりごとをいいながら、また水筒の水をがぶがぶとのみましたが、
「やあ青江、いま貴様の水筒から水をのんでいるぞ。どうもごちそうさま、貴様は暑かないのか。なに、もう神様になったら、ちっとも暑くないって。よしよしわかった。それじゃ、もう一口水筒の水をごちそうになる。いやどうもすまん」
 兵曹長は、ひとり芝居しばいをやりながら、また水筒の水をがぶがぶとのみ、とうとう水筒をからにしてしまいました。よほどのどが乾いていたようです。むりもありません。昨日からの兵曹長の奮闘ぶりといい、そして今またこの暑さです。

     2

「なんしろ暑い。ここはどこなんだろう」
 と小浜兵曹長は、座席から下りて、飛行機の陰にはいりました。
「ああ、壊れていらあ。翼がめちゃめちゃだ。よく働いてくれた愛機だったが、もうどうにもならん」
 愛機は、怪塔王の磁力砲にうたれたり、暴風雨に叩かれたり、無理な着陸で翼を折ったり、さんざんな目にあいました。
 水をうんとのんだので、兵曹長はたいへん元気づきました。さらに座席の下から、航空用食料をとりだして食べましたので、いよいよ兵曹長は大元気になりました。
「さあ、元気になった。ところで、電話のある家をさがそう」
 兵曹長は腰をあげ、壊れた飛行機の下から出ました。
 小手をかざして、附近をじっと眺めていた兵曹長は、
「ここは一体どこだろうか。たいへんさびしい海岸だな」
 うしろに砂丘がありましたので、兵曹長はその上にのぼりました。高いところへのぼれば、見晴らしがきくからと思ったのです。
「あれえ、な、なんにも家らしいものが見えないぞ」
 海岸に家が一軒もないばかりか、その奥は一面の砂原つづきでありまして、家も見えなければ、電柱も立っていません。
「これはおどろいた。まるで無人島のようだ」
 無人島?
 この荒涼たる風景を見ていると、ほんとうに無人島であるように思われてきました。
「無人島へ不時着したとなると、こいつはなかなかやっかいなことになったぞ」
 でも兵曹長は、口ほど困っている様子もなく、あたりをしきりにじろじろ見ていましたが、砂原の向こうは、そう高くない山ですが、まるで、のこぎりの歯のように角ばった妙なかっこうの山があるのに目をつけました。

     3

 無人島で見つけたのこぎり山!
 小浜兵曹長は、そののこぎり山のところまでいって山をのぼって見ようとおもいました。
 ひょっとすると、山の向こうに、なにか漁夫の家でもありはしないかと、そんなことを考えついたからです。
 小浜兵曹長は、草原を山の方にむかって、歩きだしました。
 太陽の光は、じつに強く、頭がぼうっと煙になって燃えてしまいそうです。でも、その砂まじりの草原を、どんどんすすんでいきました。
 草原がつきると、いよいよ岩石でつみあげられたのこぎり山です。小浜兵曹長は、はやく山をのぼりきって、その向こうにどんな風景があるか見たいものだと、たいへん好奇心をそそられました。
「これでは、まるでロビンソン=クルーソーだ。どうか山の向こうに、一軒でもいいから人間の住んでいる家がありますように」
 ロビンソン=クルーソーは、有名な漂流物語の主人公ですね。
 小浜兵曹長は、いよいよのこぎり山の頂上を、すぐ目の前に見るようになりました。
「さあ、いよいよ向こうが見えるぞ。はやくのぼってしまおう」
 兵曹長の足どりは、急にかるくなりました。やっとかけごえをかけ、のこぎり山の頂上の岩の間から、向こうをひょいとながめました。
 そのときの兵曹長のおどろいた顔ったら、ありませんでした。
「やややややっ、これはたいへんだ。まさか夢を見ているのじゃあるまいな」
 兵曹長は、岩の上に、へなへなと腰をおろしました。あまり思いもかけない風景に、さすがの猛兵曹長もきもをつぶしたようです。
 山の向こうには、一体どんな風景があったでありましょうか。
 おどろいてはいけません。山の向こうは、まっ平になっていまして、怪塔ロケットが七つ八つも、まるでたけのこのように地上に生え並んでいるのです。

     4

 山の向こうは、たぶんひろびろとした海岸であって、白い砂浜を、まっ青な浪が噛んでいるのであろうとおもっていた小浜兵曹長の想像は、すっかり外れてしまいました。
 のこぎり山の向こうは、ちゃんと地ならしをしてありまして、りっぱな飛行基地のようです。おどろきはそればかりではなく、天下にただ一つとおもっていた怪塔ロケットが一つや二つどころか、みなで八台も並んでいたのです。
「これはたまげた。一体あそこはどういう人が持っている飛行基地なんだろう」
 飛行基地ではない、怪塔ロケット基地といった方が正しいようです。
 あのおびただしい怪塔ロケットは、一体誰のものなのでしょう。そしてまた、こんなところに集めておいて、なにをしようというのでしょうか。
 考えれば考えるほど、たいへんな秘密基地です。小浜兵曹長は、この地球のうえに、まさかこのようにたくさんの怪塔があろうとは、一度も考えたことがありませんでした。
「下りていってしらべてもいいが、もし俺がみつかればふたたび生かして帰してくれまいなあ。命はおしくないが、このような秘密基地のあることを、わが海軍に知らせるまでは、死んだり俘虜ふりょになってはいけない」
 このとき小浜兵曹長は、海岸に翼をぶっつけて壊れてしまった愛機の中に、まだ無電装置だけは壊れずにあったことをおもいだしましたので、それを使って至急艦隊へ知らせようと、くびすをかえして、のこぎり山をかけおりました。
 どんどん走って、壊れ飛行機の上にとびのり、無電装置をいじってみますと、天のたすけか、うまく働くではありませんか。
 兵曹長は、しきりに艦隊の無電班によびかけました。すると、ひょっくり応答がはいってきました。
「おお、小浜兵曹長からの無電だ。小浜はもう海中にちて死んだかとおもっていたのに、ちゃんとこっちを呼んできたぞ」
 無電班は、おどろいたり、よろこんだり。

     5

 孤島から、小浜兵曹長がうった無電は、艦隊無電班をたいへん驚かせました。
 それから双方はしばらく、無電をさかんに打ちあいました。
「貴官は今、どこにいて、なにをしているのか」
 と、小浜兵曹長にたずねますと、
「自分は怪塔を見失い、嵐の中をむちゃくちゃにとびまわり、ついに無人島らしきところに不時着し、翼を折った。もう飛行機は飛べない。しかし身体には異状がないから、安心を乞う――応援に出動したという知らせのあったわが飛行隊はどうしたか」
 と、小浜兵曹長は答え、また問いかけました。
「わが出動飛行隊は、暴風雨にさえぎられ、ついに怪塔ロケットにもあわず、貴官の飛行機にもあわなかった――その孤島は何処どこかわかるか」
「わからない。しかし自分は大変なものを発見した。この島に、のこぎりの歯のような形をした山がある。この山の西側に、大飛行場があって、そこに怪塔ロケットが七八機集っている。だからこの島は怪塔ロケットの根拠地だと思う。はやくこのことを塩田大尉に知らせてもらいたい」
 すると、無電班ではたいへん驚いたようでありました。しばらく答はなく、小浜兵曹長は、無電が故障になったかとおもったくらいでありました。
 そのうちに、艦隊からの無電が、また聞えてきました。
「貴官の報告は、じつに重大なものであった。貴官のいる孤島の位置を知りたいから、これから五分間つづけて電波を出してもらいたい。こっちでは、その電波を方向探知器ではかって、位置をきめるから。とにかく貴官は貴重なる偵察者であるから、大いにそこにがんばっていてもらいたい。では、早速さっそく五分間つづけて電波発射をたのむ」

     6

 小浜兵曹長は、愛機の無電装置をはたらかせて、五分間つづけざまに電波を発射いたしました。
 本隊の方では、この電波を方向探知器ではかり、小浜兵曹長のいまいる位置をはっきりきめようというのです。
 そのうちにも、小浜兵曹長は生存していたというよろこばしくも、またおどろくべきニュースは、それからそれへと伝わっていきました。
 本隊の無電班は、しきりに潜水艦ホ十九号をよんでいます。
 その潜水艦は、そのころちょうど南洋群島附近を巡航中でありましたが、よびだしの無電をうけとったので、すぐさま無電で応答してまいりました。
「貴艦は直ちに、遭難機の方角を測定せられよ」
「承知!」
 本隊と潜水艦ホ十九号との両方の方向探知器が、ともに小浜機の発射する電波の飛んでくる方角をさだめました。
 両方の結果をあわせて、地図のうえに、小浜機の位置をもとめてみますと、ついにわかりました。
 北緯三十六度、東経百四十四度!
 それが遭難機の位置になります。
 そこは、犬吠埼いぬぼうざきからほとんど真東に、三百キロメートルばかりいった海中です。
 いや、海中ではありません。普通の地図には出ていませんが、実はそこに一つの小さな島があるのです。
 島の名は、世にもおそろしき白骨島はっこつとう
 この島は無人島ということになっていました。しかし、昔からこの島には、何べんか原地人が住んだことがあるのです。しかし、いつの場合でも、原地人たちは誰もこの島から元の集落へ帰ってきません。後から別の原地人たちがいってみますと、前の原地人たちは白骨になっているのです。それが毎度のことでした。


   白骨島



     1

 そういう不思議ないいつたえのある白骨島です。だれも恐しがって住む者がありません。いまではもう無人島になっていることと、だれもが信じていた白骨島です。
 その白骨島に、小浜機が不時着したというのです。翼は折れて飛べなくなったといい、また操縦士の青江三空曹が壮烈なる死をとげたといいます。それさえたいへんなニュースであるのに、その白骨島の山かげには、怪塔ロケットが八台も肩をならべてそびえ立っているというのです。これが一大事でなくてなんでありましょう。
 しかし、その位置がわかったことは、なによりよいことでありました。
「貴官の位置は判明した。北緯三十六度、東経百四十四度、白骨島と思われる」
 本隊からは、すぐさま小浜兵曹長に結果を知らせてやりました。
 そして、もっと島の模様を知らせてよこすように命令を出しました。
「よろしい。まず地形をのべます。島の中央に、のこぎりの歯のような岡があり、その東……」
 と、そこまで無電は文字をつづってきましたが、とたんにぷつりと切れました。あとはどう催促してもだめでした。
 小浜兵曹長は、どうしたのでしょうか。
 いや、どうしたのどころではありません。白骨島のうえでは、いま大格闘がはじまっているところです。
 小浜兵曹長は、本隊との無電連絡で、一生けんめいになっていましたところ、とつぜん背後から首をぎゅっとしめつけられました。全くの不意うちでありました。
 兵曹長は、救難信号をうつ間もなく、電鍵から手をはなさなければなりませんでした。
「な、何者!」
 というのものどの奥だけです。兵曹長は、自分の首をしめつけた曲者の腕をとらえて、やっと背負投せおいなげをしました。それから大乱闘となったのです。とつぜん現れた相手は一体何者でしょう?

     2

 勇士小浜兵曹長は、息つぐまもなく前後左右からくみついてくる怪人たちを、あるいは背負投でもって、機上にあおむけに叩きつけ、あるいはまた得意の腰投で投げとばし、荒れ獅子じしのようにあばれまわりました。
 兵曹長をおそった怪人たちも、このものすごい兵曹長の力闘に、すこしひるんでみえました。そして砂上に、遠まきにして、兵曹長をにらんで立っています。
 小浜兵曹長は、はじめてこの不意うちの敵をずらりとみまわしました。
 敵の人数は十四五人もありました。兵曹長一人の相手としてはずいぶんたくさんの人数です。
「な、何者だ。俺をどうしようというのか」
 小浜兵曹長は、ひるむ気色もなく、敵に対してどなりつけました。
「う、ううっ」
 と、うなっている敵方の面々は、黒人があるかと思うと、ロシヤ人がよく着ているルパシカという妙な上衣うわぎをきている者もあります。このルパシカをきているのは、白人のようでありました。
 そのうちの一人の白人が、たっしゃな日本語でもってしゃべりだしました。
「アナタは、向こうの山へのぼって、下になにがあるか、ことごとく見たでしょう。白状なさい」
 言葉はたいへんていねいですが、敵の身構みがまえはたいへんものすごいです。多分彼は、こういうていねいな日本語はしゃべれますが、乱暴な日本語をしゃべることができないのでしょう。
「なんだ、白状しろって。あっはっはっはっ、あまり俺を笑わせるない。ここは日本の領土ではないか。貴様たちこそ、こんなところで一体なにをしているのだ。さあ、それをまず俺に話すがいい」
 小浜兵曹長は仁王におうのように突立ち、敵方の大将株らしい白人をぐっとにらみつけました。
 敵方は、すこしうろたえはじめました。

     3

「さあ、話せ。貴様たちこそ、日本の領土内で、なにをしているのか」
 小浜兵曹長のおごそかな言葉に、兵曹長をおそった敵方は、いよいよもじもじしはじめました。
「どうだ、悪いと思ったら降参せよ。おとなしくすれば、なんとか助けてやろう」
 と小浜兵曹長は、あべこべに敵方をのみこんでいます。
 すると敵方の大将株らしい白人が、なにごとか、変な言葉でかけ声をかけました。
「うん、来るか」
 敵方は、目を猿のようにひからせ、ふたたびじりじりと兵曹長の身ぢかくにせまってきました。
「アナタ、動くとあぶない。これが見えませんか」
 敵の大将株の白人が、いきなりピストルを兵曹長の方につきつけました。
 ピストルは、他の敵の手にも握られています。
「撃つのか。うまくあたったらおなぐさみだ」
 兵曹長は、ピストルのおそろしいことなどを全くしらないようです。
 相手は、自分を俘虜ふりょにしたいのであって、殺すつもりではないことを、はやくも見ぬいていたからです。
 果して、ピストルをもっていない十人ばかりの敵が、合図とともにどっと押しよせてきました。
「おお来たな。そんなに俺に投げとばされたいか」
 兵曹長は、敵の来るのを待たず、自分からすすんで敵の一人にとびつき、
「やっ!」
 と、あざやかな巴投ともえなげで、相手の体を水車のように投げとばしました。
 あとの敵は、不意をくらい、その場に重なりあって両手をつきました。それをみるや、兵曹長は栄螺さざえのような拳固をかためて、手もとに近い敵から、その頬ぺたを、ぱしんぱしんとなぐりつけました。いや、いい音のすることといったら。――

     4

 小浜兵曹長は、海ばたで、十数人の敵を相手に、格闘をつづけています。
「どうだ、降参か!」
 と、叫んでは投げ、どなっては投げ、敵の荒くれ男をころがしました。
 ルパシカ男も黒人も、地上にって、うんうんうなっています。
 どーん。
 どどどーん。
 その時です。銃声が大きくひびいたのは。――
「ううむ」
 小浜兵曹長は、ばったり砂上にたおれました。
 敵はピストルを発射したのです。
 兵曹長がたおれたのを見ると、敵はたいへん元気になって、そのまわりにあつまってまいりました。
 兵曹長は、起きあがろうとしきりに砂上に腕をつっぱっていますが、なかなか起きあがることが出来ません。それもそのはず、彼はもものところをピストルのたまにうちぬかれたのです。鮮血はズボンを赤く染めて、なおもひろがっていきます。
 敵はそれを見ると、どっと兵曹長の上におし重なりました。なんでもかんでも、彼を俘虜にしてしまおうというのです。
「き、貴様らにつかまってたまるものか。この野郎、えいっ」
 小浜兵曹長は腕だけつかって、また敵を投げとばしました。なかなか勇猛な兵曹長です。
 そのとき、敵の大将株の男は、卑怯にも兵曹長のうしろからそっと忍びよりました。そして兵曹長の油断をみすますと、足をあげて、かたい靴のさきで、兵曹長の後頭部を力まかせにがぁんと蹴とばしました。
「あっ!」
 いくら勇猛でも、頭を蹴られてはたまりません。兵曹長は苦しそうにうめき、そのまま砂上に手足をだらんとのばして、静かになってしまいました。
 敵どもの、大きな吐息といきがきこえました。


   秘密艦隊会議



     1

 ○○軍港に碇泊ていはくしている軍艦六甲では、秘密艦隊司令官池上少将をはじめ幕僚一同と、塩田大尉や一彦少年の顔も見え、会議がつづけられています。
 司令官池上少将は、一彦少年の顔をじっとみつめ、
「さあ、遠慮なく一彦君のかんがえをいってごらんなさい。怪塔王が博士を殺したと見せかけて、それでどうしたというのかね」
 一彦は、いおうか、いうまいかと、まだ口をもごもごしています。
「おい一彦君、司令官のおっしゃるとおり、君の考を大胆にいってごらん」
 塩田大尉も、そばから口をそえて、一彦をはげましました。
「はい。では、思いきっていいます」
 と、一彦は、すっくと席から立ちました。
「これまで僕が見たところでは、大利根博士邸内のエレベーター仕掛の実験室といい、猿の鍵であく秘密室といい、怪塔王が怪塔の中に仕掛けているのと同じなんです。だから博士と怪塔王は、なんだか同じ仲間のようにおもわれます。ところが、あの邸内の秘密室に、博士の血ぞめのズボンが発見されました。博士の身の上にまちがいがあったように思われます。ちょっと見ると、怪塔王がやしきへしのび入って博士を殺したように考られます。しかしこれから怪塔王が大活動をしようというとき、大事な自分の仲間を殺すなんてことは変だとおもいます。僕は――僕は、こうおもいます。怪塔王と大利根博士とは、別々の人ではなく、同じ人だとおもいます」
「なに、怪塔王と大利根博士とは、同じ人だというのか。ふうむ、それはおもいきった考じゃ」
 と、司令官はおどろかれました。
「もっとくわしくいいますと、怪塔王というのは、実は大利根博士の変装であるとおもいます」
「えっ、大利根博士が怪塔王だと――」

     2

「大利根博士が怪塔王だというのか」
 なんという大胆な考でしょう。
 一彦少年のこの大胆な言葉に、司令官をはじめ幕僚たちは、しばらくはたがいに顔を見あわせるだけで、言葉をつぐ者もありませんでした。
 そのうちに、やっと口を開いたのは塩田大尉でありました。
「一彦君。なにがなんでも、それはあまりに大胆すぎる結論だぞ。あの尊敬すべき国宝的学者が、まさか大国賊になろうとは思われない」
「でも、大利根博士邸で発見されたいろいろな怪しいことがありますねえ。あの怪しいことは、どう解いたらいいでしょうか。今もし大利根博士が怪塔王に変装しているのだと、かりに考えてみると、この怪しい節々は、うまく解けるではありませんか。博士邸と怪塔が、まったく同じような仕掛になっていること、同じ鍵であくことなど、みな合点がてんがいくではありませんか。どう考えても、怪塔王というのは大利根博士が化けているのだとおもいます」
「一彦君のいうところは、もっともなところがある。しかし私には、あの大利根博士が、そんな見下げた国賊になったとは、どうしても考えられないのだ」
 塩田大尉は、まだどうしても、一彦のいうことを全部信ずる気にはなれませんでした。
 ちょうどそのとき、本隊から池上司令官のところへ、怪塔ロケットを追跡中行方不明になった小浜兵曹長からの無電がはいって来たという喜ばしい報告がありました。
「おお、小浜兵曹長からの無電がはいったそうだ」
「えっ、小浜は生きていましたか」
 と、おどりあがったのは、塩田大尉です。
「うむ、生きているらしい。彼は無人島上につくられている怪塔ロケットの根拠地に不時着ふじちゃくしているそうだ」

     3

「えっ、無人島上に、怪塔ロケットの根拠地があるというのですか」
「根拠地とは、一体どういう意味の――」
 幕僚や塩田大尉は、このだしぬけの根拠地報告に、びっくりしました。
 司令官は、電文のおもてを見ながら、
「場所は北緯三十六度、東経百四十四度にある白骨島だとある。そこには怪塔ロケットが七八台も勢ぞろいしているそうだ」
「ふむ、怪塔ロケットは一台かぎりかと思っていましたが、七台も八台もあるのですか。これはわが海軍にとって、じつに油断のならぬ敵です」
「そうだ、怪塔ロケット一台ですら、あのとおり新鋭戦艦淡路をめちゃめちゃにしてしまったんだから、その怪塔ロケットに七八台も一しょにやって来られたのでは、わが連合艦隊をもってしても、まずとても太刀打たちうちができまいな」
「残念ですが、司令官がおっしゃるとおりであります。これが砲撃や爆撃や雷撃でもって攻めて来られるのでありましたら、わが艦隊においてこっぴどく反撃する自信があるのですが、世界にめずらしい磁力砲などをもって来られたのでは、鋼鉄でできているわが軍艦は、まるで弾丸の前のボール紙の軍艦とかわることがありません」
「ううむ、残念だが、これは困ったことになった」
 さすがに武勇にひいでた士官達も、怪塔ロケットの持つ磁力砲の威力のことを考えると、たいへんにおもしろくなくなりました。
 塩田大尉は、この時、席に立上り、
「こうなれば、われわれの選ぶ道はただ一つであると思います。すなわち、大利根博士の秘密室で発見されたあべこべ砲を製造して、あれを軍艦や飛行機にとりつけるのです」
「うむ、そうするより仕方がないが、あのあべこべ砲は壊れているそうではないか」

     4

 怪塔ロケット一台さえ、もてあまし気味でありますのに、小浜兵曹長からの無電によれば、白骨島には、このような怪塔ロケットが七八台もいるという報告なのでありますから、全く驚いてしまいます。
 たのみに思う大利根博士発明のあべこべ砲は、博士の秘密室のなかにありましたが、これは壊れていて役に立たないということであります。
 塩田大尉は、司令官の前でじっと考え込んでいましたが、やがて決心の色をうかべ、
「司令官、あべこべ砲のことは、塩田におまかせくださいませんか」
「なに、まかせろというのか。塩田大尉は、どうするつもりか」
「はあ。私は、あべこべ砲をもう一度よくしらべてみます。そしてなんとか役に立つようになおしてみたいとおもいます」
「塩田大尉、お前には、あべこべ砲をなおせる見込があるのか」
「はい、私はかねて大利根博士と、新兵器のことにつきまして、いろいろと議論をいたしたことがございますので、それを思い出しながら、あのあべこべ砲を実際にいじってみたいとおもいます。机の上で考えているより、一日でもはやく手を下した方が勝だと考えます。あべこべ砲は、とてもなおせないものか、それともなおせるものか、いずれにしても、すぐにとりかかった方が、答は早く出ると思います。白骨島をすぐにも攻略したいのは山々でございますし、あの島に上陸後、音信不通となった小浜兵曹長のことも気にかかりますが、しかし御国みくにに仇をする怪塔王を本当にやっつけるには、今のところ、このあべこべ砲の研究より外にみちがありません。ですから、私は我慢して、目を閉じ耳をふさぎ、壊れたあべこべ砲と智慧くらべをはじめたく思います。ぜひお許しを願います」
「よろしい、では許してやろう。当分、秘密艦隊の方へ出勤しなくてもよろしい」


   青い牢獄ろうごく



     1

 こちらは、白骨島です。
 勇士小浜兵曹長は、残念にも怪人団のために頭をけられ、人事不省におちいりました。
 それから後、兵曹長の身のまわりにはどんなことがあったか、それは彼には何もわかりませんでした。それからどのくらいの時間がたったか、はっきりいたしませんが、とにかく兵曹長はひとりで我にかえりました。気がついてみると、脳天がまるで今にも破れそうに、ずきんずきんと痛んでいるのです。
「ああ、痛い」
 さすがの兵曹長も、思わず悲鳴をあげました。そっと手をもっていってみると、そこの所は、あんパンをのせたように、ひどくれあがっていました。
「ち、畜生。よくもこんなに、ひどいめにあわせやがったな」
 兵曹長は、目をぱっちりあけると、あたりをきょろきょろと眺めました。
「はて、ここはどこかしら」
 あたりは、電灯一つついていない真暗な場所でありました。そしてたいへん寒くて、体ががたがたふるえるのです。
 手さぐりで、そこらあたりをなでまわしてみますと、床は固く、そしてじめじめしていました。
「ははあ、これでみると、俺はとうとう怪塔王の一味のため、俘虜ふりょになって、穴倉かどこかへほうりこまれたのにちがいない。ちぇっ、ざ、残念だ。無念だ。帝国軍人が俘虜になるとは、この上もない不名誉だ。それに、憤死した青江三空曹の仇も討たないうちに、こんな目にあうとは、かえすがえすも残念だ――なんとかして、俺はここを破って、自由な体になってやるぞ」
 小浜兵曹長は、ばりばり歯がみをして、奮闘をちかいました。
 その時、どうしたわけか、小浜兵曹長の頭の上の方から、青い光がさっと照らしつけました。

     2

 頭の上から、さっと照らしつけた青い光!
「おやっ――」
 と、小浜兵曹長は、上を見あげました。
 すると、下から二十メートルもあろうと思われる高い天井に、一つの青電灯がついたことがわかりました。
 それと共に、今小浜兵曹長のいる室内の様子が、青い光に照らし出されて、大分はっきりわかってまいりました。
 それは、実に細長い室でありました。まるで、煙突の中にいるような気がします。兵曹長の横たわっている所は、円くて、そして人間がやっと手足をのばして寝られるくらいの広さの床をもっていました。そこから上は、まっすぐに円筒形の黒い壁になっていました。
「ふん、怪塔王が好きらしい造りの牢獄だ」
 その黒い壁に、もしや上にのぼれる梯子はしごのようなものでもあるかと思いましたから、よく気をつけて眺めました。しかしそのような足掛あしがかりになるものは何一つとてなく、全くつるつるした壁でありました。
 その時、小浜兵曹長の頭に、ちらりとひらめいた疑問がありました。
「なぜ、今頃になって、天井の青い電灯がついたのだろうか」
 これはなにか、小浜兵曹長に対し、上からピストルでもうちかけるのではないかと思われました。そこで彼は身動きもせず、じっと天井の方に油断なく気をくばっていました。
 その時でありました。
「はっはっはっはっ」
 と、とつぜん破鐘われがねのような笑い声が、頭の上から響いて来ました。
 兵曹長は、はっと息をのみました。
「はっはっはっはっ。ふふん、やっぱり貴様だったのか。わしのロケットを執念ぶかくどこまでも追いかけて来た飛行機のりだな。なんだ、変な顔をするな。ははあ、わしがどこから見ているかわからんので、びっくりしているのだろう。あははは、こっちからは、貴様のそのぐるぐる目玉が大見えじゃ」
 という声は、まさしく怪塔王です!

     3

 怪塔王のしわがれ声は、天井裏からうすきみわるくひびいて来ます。声はきこえますが、怪塔王の姿はふしぎにも見えません。
 小浜兵曹長は、傷のいたみもわすれて、怪塔王の声のする方をじっと睨みつけていました。怪塔王は、これから何をしようというのでありましょうか。
「あははは、そんな恐しい顔をしても、もう駄目だよ。この牢獄へはいったが最後、二度と外へは出られないのだ。このへんで、すこし早目にお念仏でもとなえておくがいい」
 怪塔王のいうことは、あいかわらず憎々しいことばかりです。このとき、小浜兵曹長はきりりとまゆをあげ、
「やい、怪塔王、貴様は俺をなぜこんなところに入れたんだ。俺がどうしたというのか」
「わかっているじゃないか。貴様は、わしの乗っていた怪塔ロケットを空中で攻撃した。そのとき一人だけやっつけたが、貴様を殺しそこなった。わしはそれを残念に思っていたところ、貴様の方から、この白骨島へ踏みこんで来たではないか。そして貴様の方では気がつかないだろうが、あの岡の上から、貴様は怪塔ロケットの根拠地をすっかり見てしまったろう。こんなとこに怪塔ロケットの根拠地があるなんてことは、絶対秘密なんだ。それを知った上からには、いよいよ貴様を殺してしまうほかない」
「ふふん、そんなことか。なんだ、ばかみたいな話ではないか」
「なにがばかだ。こいつ無礼なことをいう」
「だって、そうじゃないか。ここに怪塔ロケットの根拠地があったということは、俺は無電でもって、すっかり本隊へ知らせておいたよ。だから今では、秘密なんてえものじゃないよ。お気の毒さまだね」
「えっ、無電で知らせたのか」
 怪塔王の声は、おどろきのために、急にかわりました。ここぞとばかりに、小浜兵曹長は、
「本隊では、いまに大挙して、ここへ攻めて来るといっていたぞ」

     4

「なに? ここへ大挙して攻めてくるって?」
 怪塔王は、思わず聞きかえしました。
 小浜兵曹長が、声を大きくして、わが海空軍がこの白骨島へ攻めてくるぞと、おどろかしましたので、怪塔王もさすがにぎょっとしたようでありました。
「どうだ、おどろいたか」
 怪塔王は、それには言葉をかえさず、しばらく天井裏からの声はきこえませんでした。
「おい怪塔王、このへんで降参してはどうだ。わるいようには、はからわないぞ」
 兵曹長は、牢獄のなかから、大きな声で怪塔王をどなりつけました。
「なにをいうんだ。捕虜のくせに、口のへらない生意気なやつだ」
 と怪塔王は、ついに腹をたてたようでありました。
「まあ、そこにそうしてひとりでいばって居るがいい。いまに貴様は、自分でもって、どうしても黙らなきゃならないようにしてやる。そうだ、その前に、貴様にいいものを見せてやる」
「なんだと!」
「ふん、貴様がいま居るところを、どんなところと思っているのかね。まあいい、いま扉をあけて、外を見せてやろう。これを見たら、貴様はもうすこしおとなしくなることだろう。――さあそろそろあけるぞ」
 怪塔王の声が、まだおわらないうちに、ふしぎや、彼の頭の上で、ぎいぎいと音がして、壁に四角な穴があきました。そして青い光がすうっとはいってきました。
 おや何だろうか。
 兵曹長は、痛む体を腕でおこして、頭の上にあいた四角な壁穴をのぞきました。
「ああっ、これは!」
 兵曹長は、思わず大きな声を出しました。
 四角な壁穴の外にはあついガラスがはってありましたが、その向こうに見えたのは、おそろしい海底の風景でした。

     5

「どうだ、窓の外が見えるか。ゆっくり見物しているがいい」
 そういいすてて、怪塔王の声は、天井裏から消えてしまいました。
 窓外は、たしかに深い海底でありました。青い光に照らしだされて、大きな魚がおよいでいるのがみえました。海藻群が、ゆらゆらとまるで風をうけた林のようにゆらいでみえます。見るからに気味のわるい風景です。
 そのうちに、小浜兵曹長がとじこめられている部屋の明かりが、海底にさしたものと見えて、魚がゆらゆらとガラス戸のところへ、よって来ました。
 それをじっと見ていた小浜兵曹長は、はっとおどろきました。
 窓を外からごつんごつんと鳴らしに来る魚が見えましたので、これをとくと見なおしますと、魚も魚、たいへんな魚でありました。それは、長さ四五メートルもあるようなさめだの、海蛇だのでありました。それ等のおそろしい魚は、みな腹をへらしているものと見え、歯をむいて小浜兵曹長の顔がみえる窓のところへ、一つ、また一つとよって来ます。おそろしい海底の有様でありました。
(怪塔王は、おれをこんな魚に食べさせようと考えているのか)
 と、小浜兵曹長は、背中がぞっとさむくなるのをおぼえました。
 だが、こんな魚に食べられてしまうのは、ざんねんです。なんとかここを逃げだす工夫はあるまいかと、兵曹長は壁をのぼるつもりで、ちょっと手をふれてみましたが、壁はぬらぬらしていて、とてものぼることはできません。さすがの勇士も、しょげていますと、その時、
「小浜さん、今たすけてあげますよ」
 と、とつぜん頭のうえで、おもいがけぬ声がしました。兵曹長はおどろいて立ちあがり、上を見上げました。そのとき、上から一本の綱がするすると下って来ました。


   生きていた帆村



     1

 おそろしい海底牢獄へ、とつぜん下された綱一本!
 兵曹長は、夢かとばかりにおどろきました。とにかく先のことはわかりませんが、これさいわいにまずこの海底牢獄からぬけだしたがよいと思いましたので、綱につかまってどんどんあがりました。
 煙突のようにほそ長い海底牢獄を、綱をたよりにぐんぐん上へのぼっていきますと、もうあとすぐ天井にぶつかりそうなところに、一つの横穴があいていました。
 綱は、そこから下へおろされているのでありました。
「おお、ここにぬけ穴があったか」
 小浜兵曹長が、その横穴をひょいと見ると、そこに命の綱を一生懸命に引張っている帆村荘六の姿が、電灯の光に照らされて見えました。
「おお帆村君か。君は無事だったのか」
 と、うれしさ一杯で、思わず兵曹長がさけびましたところ、帆村は、
(しーっ。黙っていてください)
 と、眼と身ぶりでしらせました。
 どうやら帆村は、小浜兵曹長すくいだしの途中で、怪塔王に気どられることを、たいへんおそれているようでありました。
 小浜兵曹長にも、すぐそれがわかりましたので、あとは黙々として綱をたぐり、帆村のいる横穴へいこみました。
「帆村君、助けてくれてありがとう」
 と、兵曹長が思わず帆村の方へ手をさしだせば、帆村もそれをぐっと握りかえし、
「いいえ、たいしたことではありません。それより僕は、思いがけなく、小浜さんを迎えることができて、どんなにかうれしいんです」
「君こそ、よくこの島にがんばっていてくれたねえ。この島は怪塔王の根拠地らしいが、一体、怪塔王は何を計画しているのかね」
「それはいずれ後からお話しします。しかし、今は、それをお話ししているひまがないのです。それよりも、すぐここを逃げてください」

     2

「すぐ逃げろというのかね」
 と、小浜兵曹長は帆村の顔を見つめ、
「いや、僕は逃げないぞ。怪塔王と一騎うちをやって、生捕いけどりにしてやるんだ。あいつは悪い奴だ。わが海軍に仇をするばかりか、俺の大事な部下の青江を殺しやがった。ここまで来れば、俺は命をかけて、怪塔王をとっちめてやるんだ」
 小浜兵曹長には、青江三空曹の死が、どんなにか無念であったのでしょう。
「いや、待って下さい。怪塔王をやっつけるには時期があります。とにかく今夜、あらためて僕たちは会いましょう。こうしているうちにも、もし怪塔王がテレビ鏡をのぞけば、あなたの姿も僕の姿も、すっかり見られてしまうんです。見られたら最後、僕たちは殺されてしまいます。さあ、ぐずぐずしないで一刻も早く、ここを逃げて下さい」
 帆村は一生懸命に、小浜兵曹長に脱走することをすすめました。
「そうか。そういうことなら、残念ながら、ひとまずここを逃げよう。どっちへ逃げるのかね」
 小浜兵曹長は、おさまらぬ胸をやっとおさえました。
「わかってくれましたね。さあ、こっちへついて来て下さい」
 帆村は、持って来た綱を、くるくるとまき、束にすると、それを肩にかついで、先に立ちました。横穴はかなり長く向こうへつづいています。
 帆村と小浜の両人は、ひざがしらが痛んで腫れあがるほど、一生けんめいに匐いました。
 横穴はいくたびも曲りましたが、やがてついに尽きて、その代りにぽっかり洞穴に出ました。小浜兵曹長は、やっと腰をのばして、やれやれと背のびをしました。かなり広い洞穴です。じめじめしているのは、やはり海近いことをものがたっているのだと思われました。帆村は先に立って、岩をしきりに押しています。

     3

 帆村は、しきりに岩を押していましたが、そのうちに、ぽっかり穴があきました。とたんに、黄いろい光がすうっとはいってきました。
「小浜さん。ここが海底牢獄の秘密の出入口なのです。さあここから出ていきましょう」
「やあ、まるで冒険小説をよんでいるような気がするなあ。さあ、君のいくところへなら、どこへでもついていくよ」
「ええ、あまり大きな声をしないで、ついてきてください」
 二人は秘密の出入口を出ました。外は明かるいお月夜でありました。くもりない濃い紺色の夜空には、銀のお盆のように光ったまんまるい月があがっていました。
「ああ、いい月だ。白骨島にも、こんなにうつくしい月が、光をなげかけるのかなあ」
 今までは、どこまでも強いばかりの小浜兵曹長だとばかり思っていましたのに、彼は月をみてこんなやさしいことをいいました。本当の勇士は、強いばかりではなく、また一面には、このようにやさしい気持をもっているものです。
 帆村の方は、そんなゆっくりした気持になれません。もしこんなことをしていることを怪塔王や見張番にみつかっては、それっきりです。ですから、兵曹長をはやくはやくとせきたてて、すぐ前を走っている塹壕ざんごうのようなへこんだ道を、先にたってかけだしました。
「どこへいくのかね」
 小浜兵曹長も、おくれてはならぬと帆村のあとを追って、どんどんついていきました。
 凹んだ道は、かなり曲り曲って、小高い丘の方へつづいていましたが、そこをのぼりきったところに、小さい煉瓦建れんがだての番小屋のようなものがありました。
「さあ、ここへはいってください」
 帆村にせきたてられて、兵曹長が中にはいってみますと、室内は四畳半ぐらいのひろさで、中にはわらが山のように積んでありました。


   見張小屋の朝



     1

 小さい煉瓦建の番小屋――その中に山のように積んである藁!
「ああ、これはなかなかいい寝床がある」
 小浜兵曹長は、子供のように無邪気に藁の山へかけあがりました。
 このとき帆村は、
「では、小浜さん。だいぶん時間がたちましたから、私は怪塔ロケットへ一たん戻ります。今夜ふけてから、あらためてもう一度まいります。それまで、ここにかくれていてください」
「すぐ訊きたいこともあるんだが、あとからにするか。ではきっと、後から来てくれたまえよ、いいかね」
 小浜兵曹長は、帆村をかえしたくはなかったけれど、やむをえず、かえしました。そのあとで、彼は藁の上に大の字になって、のびのびと寝ました。よほど疲れていたのでありましょう。まもなく彼はぐっすりと寝こんでしまいました。
 やがて兵曹長が目をさましたときには、あたりはすっかり明けはなれ、明かるい日光が窓からすうっとさしこんでいました。
「あっ、とうとう夜が明けちまった。はてな、昨夜来るといった帆村探偵は、ついに顔を見せなかった。彼は一体どうしたのだろう」
 あんなに約束していった帆村が、ついに昨夜やってこなかったということは、兵曹長を不安にしました。ひょっとすると、帆村は昨夜海底牢獄から自分をすくいだしたことを怪塔王にかぎつけられ、そのためにひどい目にあっているのではないかしらんなどと心配しました。
 小浜兵曹長は、藁の上からおりて、いつもやりなれている徒手体操をはじめました。連日の奮闘で、体のふしぶしがいたくてたまりません。しかし体操をなんべんかくりかえしているうちに、だんだんなおってきたようです。それがおわると、兵曹長はふかく注意をしながら、そっと窓のところへ寄りました。
 そのとき彼の眼は「おやっ」と異様な光をおびました。

     2

 この見張小屋は、小高い丘のうえの岩かげに立っていました。そこからは、この島の怪塔ロケットの根拠地が、一目に見おろせました。
 おそろしい白骨島ではありましたが、朝の風景は、たいへんきれいでありました。目の下の広場に林のように立ちならぶ怪塔ロケットは、全身に朝日をびて銀色にかがやき、いまにもさっと飛びだしそうに、天空をにらんでいました。
 その広場に、ただ一人ぶらぶら歩いている人影がありました。なにか落しものでもしたと見え、背をまるくまげ、しきりに地上をさがしている様子です。なお見ていますと、その人は、深しものをしながら、だんだんこちらへ近づいてくるのでした。
「あの男は、なにを探して[#「探して」は底本では「深して」]いるのだろうか」
 小浜兵曹長は、たいへん興味をおぼえ、なおも窓のかげから、その男の行動をじっと見守っていました。
 その男はだんだん丘の方へ近づいてきます。
 そのうちに、男はふと顔をあげました。小浜兵曹長は、そのときはじめて男の顔を正面から見ることができました。
 その瞬間、兵曹長はおもわず、
「あっ、あれは怪塔王だ!」
 と叫んで、拳をにぎりました。
「たしかに怪塔王だ。あんな妙な顔をしている人間は、二人とないからな」
 それからというものは、兵曹長は、前よりも熱心にこっちへ近づいてくる男の行動をじっと見つめていました。そのうちに兵曹長はくちびるを一の字に曲げ、
「そうだ。よし、これから出かけていって、怪塔王をつかまえてやろう、あいつはまだ俺がここにいることに気がついていないようだから。うむ、こいつは面白くなった」
 と、兵曹長は自分の腕を叩いて、にっこり笑いました。

     3

 小浜兵曹長がかくれていた丘の上の見張小屋の方へ近づいてくる人影が、意外にも怪塔王らしいとわかって、兵曹長は、小屋をとびだしました。
(うまく怪塔王のうしろへ出ることができれば、ちょっとした格闘のすえ、怪塔王を捕えることができるはずだ。怪塔王さえ捕えてしまえば、いくら怪塔ロケットがあったとしても、またこの白骨島に根拠地があったとしても、怪塔王たちは俺に降参するよりほかあるまい。うん、これはじつにすばらしい考えだ。よし、怪塔王を捕えてしまえ)
 小浜兵曹長の胸は怪塔王を生けどりにした後のうれしさで、わくわくいたしました。
 彼は見張小屋を後にし、岩の間をつたわって、だんだん山をおりていきました。
 ときどき岩かどから、怪塔王の様子をうかがいましたが、どうやら怪塔王はまだこっちに気がついていないらしく、しきりに地面をさがしていました。
(よしよし、この調子なら、いましばらくは、きっと気がつかないことだろう。さあ早く怪塔王のうしろに廻ろう)
 小浜兵曹長の追跡は、いよいよ熱をくわえて来ました。こんなことは軍艦の帆桁ほげたから下りるより、ずっとやさしいことでした。
 だが、兵曹長はすこしやりすぎてはいないでしょうか。帆村探偵は、兵曹長が怪塔王の仲間に見られることをたいへんおそれていたのに、兵曹長は大胆にも小屋を出て、怪塔王を追いかけているのですから、ちとらんぼうのようにも思われます。
 そのうちに、小浜兵曹長はついにうまく怪塔王のうしろに出ました。怪塔王は、なにも知らないで、まだ地面をさがしています。こうなれば、怪塔王は小浜兵曹長の手の中にあるようなものです。
「やっ!」
 小浜兵曹長は、掛声もろとも、怪塔王のうしろからとびつきました。


   大格闘



     1

「この野郎!」
 小浜兵曹長は、怪塔王の背後からとびついて、砂原の上におさえつけました。
「ううーっ」
 怪塔王は、大力をふるって下からはねのけようとします。
 そうはさせないぞと、兵曹長は怪塔王の首をめるつもりで、右腕をすばやく相手ののどにまわしましたが、その時怪塔王にがぶりとみつかれました。
「あいててて」
 犬のように咬みつかれたので、小浜兵曹長は、おもわず力をぬきました。
 すると怪塔王の腰が、はがねの板のようにつよくはねかえり、あっという間もなく、兵曹長はどーんと砂原の上に、もんどりうって投げだされました。
「しまった」
 兵曹長も、さる者です。砂原の上にたたきつけられるが早いか、すっくと立ちあがりました。そしてくびすをかえすと、弾丸のように、怪塔王の胸もと目がけてとびつきました。
「なにを!」
「うーむ」
 小浜兵曹長と怪塔王とは、たがいに真正面から組みつき、まるで横綱と大関の相撲すもうのようになりました。
 小浜兵曹長は力自慢でしたが、怪塔王もたいへんに強いので、油断はなりません。
 えいえいともみあっているうちに、兵曹長は得意のなげの手をかける隙をみつけました。ここぞとばかり、
「えい!」
 と大喝一声、怪塔王の大きい体を砂原の上にどーんとなげだしました。
 怪塔王は、俵を転がすように、ごろごろと転がっていましたが、やっと砂原の上に起きなおったところをみると、いつの間にか右手に、妙な形のピストル様のものを持っていました。兵曹長は、はっと立ちすくみました。

     2

「さあ、寄ってみろ。撃つぞ」
 怪塔王は、砂原の上に、妙な形のピストルを手にして、小浜兵曹長の胸もとを狙っています。
 これには、勇敢な兵曹長もちょっとひるみました。怪塔王の手にある妙な形のピストルは、このままではどうしても小浜兵曹長の胸を射ぬきそうです。
 小浜兵曹長は、じっと怪塔王を睨んで立っていました。
 兵曹長の息づかいは、だんだんとあらくなって来ます。額から頬にかけて、ねっとりした汗がたらたらと流れて来ます。
「うぬ!」
 とつぜん、兵曹長の体は、砂原の上に転がりました。ごろごろっと転がって、怪塔王の足もとを襲いました。
 そうなると、怪塔王のピストルのさきは、どこに向けたがいいのかわかりません。
 だだーん、だだーん。
 はげしい銃声がしました。砂が白くまきあがりました。
「こいつめ!」
 いつの間にか、兵曹長は砂原の上に立ちあがっていました。
 ピストルをもった怪塔王の右手に手がかかると、一本背負いなげで怪塔王の体を水車のようになげとばしました。
「ううむ」
 小浜兵曹長は、うなる怪塔王に馬のりとなりました。妙な形のピストルは、兵曹長の靴にぽーんと蹴られ、はるか向こうの岩かげにとんでいってしまいました。
「さあ、どうだ。うごけるなら、うごいてみろ」
 怪塔王は、帯革でもって後手うしろでにしばられてしまいました。怪塔王は、すっかり元気がなくなって砂上にすわりこんでしまいました。
「とうとう怪塔王を生けどったぞ! 怪塔王て、弱いのだなあ」
 小浜兵曹長は、両手をあげて、声高らかに万歳をとなえました。

     3

 怪塔王は捕えられてしまいました。
 小浜兵曹長は、大手柄をたてました。天にものぼるような喜びです。
 縛られてしまえば、あんがいに弱い怪塔王です。
 小浜兵曹長は、このとき怪塔王をひったてて塔のなかにはいり、ロケットを占領してしまおうと考えました。
 怪塔王も捕え、怪塔ロケットも占領してしまうとなると、これはまたたいへんな大々手柄です。いさみにいさみ、はりきりにはりきった小浜兵曹長は、
「さあ、歩け!」
 と、怪塔王をひったてました。
 怪塔王は、おそろしい形相ぎょうそうをして、小浜兵曹長をにらむばかりで、なにも口をきかなくなってしまいました。
 すぐ近くに見える怪塔ロケットは、舵機だきを修理したらしいところ、また機体のところにペンキのぬりかえられているところから見て、これが例の、青江三空曹の生命をうばった恨みの怪塔ロケットであると思われました。だから、これが数多いロケット隊の司令機みたいなものでありましょう、兵曹長は、まずこれを占領するのが一番いいことだと思ったので、怪塔王をひったてて入口へさしかかりました。
 ロケットの入口は、開いていました。
 そのとき、中から、四五人の黒人や、ルパシカを着た東洋人らしい男が出て来ましたが、兵曹長を見ると、びっくりした様子で、腰のピストルをとりだそうといたしました。
「待て」
 と、兵曹長は声をかけました。
「撃つのはいいが、撃てばその前に、俺はこの怪塔王の生命を取ってしまうがいいか」
 といって、お先まわりをして、怪塔王から奪ったピストルをさしむけました。
 これを見て、敵どもは二度びっくりです。怪塔王の生命は、兵曹長にしっかり握られているのです。うっかり撃てません。

     4

「さあどうだ。撃ちたくても、これでは撃てないだろう。この辺で、おとなしくお前たちも降参したがいいぞ」
 小浜兵曹長は、大音声をはりあげて、叫びました。兵曹長は、この大きな声が、帆村探偵に通じるであろうと思いました。もし通ずれば、彼はすぐさまここへ飛ぶようにして出てくるであろうし、そして、どんなにか喜ぶだろうと思ったのでありました。
 だが、どうしたものか、帆村探偵の姿は一向現れてまいりません。
(帆村探偵は、どうしたんだろうか?)
 兵曹長は一向合点がてんがいきませんでした。
 しかし、ぐずぐずしてはいられないので、彼は縛ってある怪塔王と、降参したその手下どもをうながして、とうとう怪塔ロケットのなかにはいりました。
 それは、間髪かんぱつをいれない瞬間の出来事でありました。
 とつぜん、怪塔ロケットの入口の扉が、ばたんとしまりました。
「あっ――」
 と兵曹長がさけんだときは、もう扉がしまった後でありました。
 怪塔王も、手下も、兵曹長のために自由をうばわれ、勝手に身うごきもできない有様になっていたので、兵曹長はすっかり安心しきっていましたが、どうしたことでしょうか。いや、そのとき、何者とも知れず、ロケットの扉のかげに隠れていた者があって、兵曹長が中にはいったとみるより早く、扉をぱたんと閉めたのです。
「こらっ、誰だ。変な真似をするとゆるさないぞ。貴様たちは、俺が怪塔王の命を握っていて、生かそうと、殺そうと、どうでもなるということを知らないのか」
 とどなりました。
 すると、そのとき、
「あっはっはっはっ」と、無遠慮に大きな声で笑う者がありました。

     5

「誰だ。大声をあげて笑うのは。お前たちの頼みに思う怪塔王は、こうして今、俺の傍に生捕いけどりになっているんだぞ」
 小浜兵曹長は、たしなめるように、大きな笑い声の主へ、注意をあたえました。
「あっはっはっはっ」
 と、その声は、またおかしくてたまらないといった風に笑い、
「なにを大きなことをいっているか。貴様はそこに怪塔王を捕えているつもりで、よろこんでいるのだろう」
「なにをいっているか」
 兵曹長はどなりかえしました。
「貴様こそ、なにをいっているか、だ。貴様の捕えているのが、怪塔王か怪塔王でないか、そのお面をとってみれば、すぐわかるだろう。あっはっはっはっはっ」
「ええっ――」
 お面を取れといわれて、兵曹長はびっくりしました。そしてやっとあることに気がつきました。
 こうなっては、早く本当のことを知らねばなりません。兵曹長は、生捕にした怪塔王の顔を見つめました。見ていますと、別にお面をかぶっているようにも見えませんでしたが、念のためと思って、怪塔王の顔に手をかけ、えいと引張ってみると、顔の皮は何の苦もなくずるずるとけました。
「あっ、マスクだったのか」
 一皮剥けて、その下から出てきたのは、変な目つきをした黒人の顔でありました。
 黒人の怪塔王?
 兵曹長は、これをどう考えたらいいか、あまりのことに迷っていますと、また天井から大きな声で、
「あっはっはっはっ。どうだ。やっとわかったか。贋物にせものの怪塔王の仮面がやっとはげたんだ。そのような怪塔王でよかったら、あと幾人でも見せてやるわ」
 天井裏からおかしそうに響いてくる無遠慮な笑い声は、たしかに怪塔王にちがいありません。

     6

「どうだ、小浜兵曹長。その辺で降参したらどうだ。もうなにごとも、貴様にのみこめたはずだ。貴様の脱獄したことがわかったので、こっちは計略で貴様をうまく怪塔のなかにひっぱりこんだというわけさ。あっはっはっはっ」
 怪塔王はますます笑います。小浜兵曹長はうまく、怪塔王にひっかけられたことが、やっとみこめました。
 目をあげて、まわりを見まわしますと、いつの間に出て来たのか、いかめしい武装をした黒人が十四五人も、銃口をずらりと兵曹長へ向けてとりまいていました。
(もう駄目だ!)
 兵曹長は、はらわたがちぎれるかと思うばかり、無念でたまりませんでした。しかしこうなっては、どうすることもできません。ですから、持っていたピストルもなにもその場へ放りだして、腕組をしました。
「そうだ。そういう風に、おとなしくして貰わにゃならない。いい覚悟だ。おい皆の者、この軍人さんを逆さに縛って、しばらく例のところへ入れておけ」
 怪塔王の命令で、兵曹長は無念にも、胴中を太い綱でぐるぐる巻にされ、再びロケットの外につれだされました。
 やがて目かくしをされ、大勢にかつがれ、またもや例の海底牢獄のなかに、どーんと放りこまれてしまいました。こんどは胴と両手とを綱でぐるぐる巻にされたままですから、とてもこの前のように体の自由がききません。
 兵曹長は、この海底牢獄で幾日も幾日もくらしました。
 帆村がまた助けに来てくれるかもしれないと心待ちに待っていましたが、いつまでたっても、再び彼の姿も声も、兵曹長の前には現れませんでした。
 絶望か? 兵曹長の心も、すこし曇って来ましたが、さて或日――


   司令室



     1

 ここは怪塔の司令室です。
 この司令室は、怪塔の三階の一隅いちぐうにありました。
 怪塔王は、司令室にただひとり、じっと地図をみています。
 その地図は、どこの地図だったでしょうか。ほかでもありません。日本を中心とする太平洋の大地図でありました。
 怪塔王は、たいへんうれしそうな顔をしています。
 地図のうえで、日本のまわりを指さきでぐるぐるなでながら、
「うふん。いよいよこの辺が、こっちのものになるというわけだ。するとあとはもうおそろしくない国々ばかりだ」
 怪塔王は、肩をゆすって、うふうふうふと気味のわるい笑い方をいたしました。
 この司令室は、まるで電話の交換室のようになっていまして、この怪塔ロケット内のすべての機械の末端がここに集っていますから、この室にすわってさえいれば怪塔を自由にあやつることができるのでありました。いや、この怪塔内ばかりではなく、他のロケットも同様にあやつることができます。つまりいま怪塔王は、その司令配電盤を前にして、地図を見ているのでありました。なかなかうまく出来た司令配電盤でありました。そしてまた、これが怪塔王の心臓のように大事な機械でありました。
 ずずずずず。
 とつぜん警鈴がひびき、赤い注意灯がつきました。それは怪塔王のところに、無電がかかって来たのをしらせているのです。
 怪塔王は、受話器を手にとりました。
「おう、お前は監視機百九号だね。何用か」
「はい、監視機百九号です。いま小笠原おがさわら附近の上空を飛んでいますが、はるかに北東にむかって飛行中の空軍の大編隊をみつけました」
「なんだって、今ごろ空軍の大編隊が北東にむかっているとは――」

     2

 空軍の大編隊が、北東にむかって飛んでいるという無電に、司令室の怪塔王はびっくりしました。
 怪塔王は、その無電をかけてきた監視機にむかって、
「おいもっとくわしく知らせろ。どこの飛行機か。そして機数は?」
 すると返事があって、
「さあ、どこの飛行機か、よくわかりません。じつは、はじめからそのことが気にかかっていたのですが、電子望遠鏡でのぞいても、飛行機にはどこの国のマークもついていないのです。じつに怪しい飛行機です」
「マークがついていない飛行機か。はて、それは怪しい」
 怪しい怪塔王が怪しいなどというのです。どっちが怪しいか、おかしいことです。
「おい、飛行機のかっこうから考えて、どこの国の飛行機かわかるだろうに」
「そうですね――いやわかりません。あんなかっこうの飛行機を、今まで見たことがありません」
「日本の飛行機ではないのか」
「いや、今まであんな飛行機が日本にあったように思いません」
「一体、飛行機の数は、どのくらいいるのかね」
「機数は、すっかり数え切れませんが、ちょっと見たところ百五十機ぐらいはいるようです」
「そうか。百五十機の怪飛行隊か――そうだ。おいお前一つその飛行機の編隊の中へとびこんでみろ。すると向こうではどうするか。向こうから撃ってくれば、こっちも撃ってよろしい。その間に、敵の正体をたしかめて、すぐ無電でしらせろ」
「はい、わかりました。では、これからすぐあの編隊を追いかけましょう。こっちが全速力をだせば、あと一時間で追いつけるとおもいます」

     3

 北上するマークなしの飛行編隊は、そもそもどこの国の飛行隊でありましょうか。
 怪塔王は、その飛行大編隊が、なにを目あてにしているかが、たいへん気になりました。なんだか、いまに自分たちがいる白骨島へ攻めよせてくるように思われてなりません。
 そうこうしているうちに、怪塔王の前に、また別の警報灯がつき、つづいて警鈴が鳴りはじめました。また別のところから、至急無電なのです。
 怪塔王は、ぎくりと驚きました。
 受話器をとりあげてみると、これはやはり怪塔王の配下の監視船が発した警報でありました。
「報告。ただいま鹿島灘かしまなだ上を、おびただしい艦艇が北東に向け、全速力で航行中です」
 これをきいて、怪塔王はとびあがるほどおどろきました。
「なんじゃ。こんどは夥しい艦艇が、北東へ全速力でもって走っているというのか。どうも気になる方角だ」
 鹿島灘から北東へ線をひいて、それをずんずんのばしていきますと、やがて白骨島の近くへとどきます。その線上を走っているのは、夥しい艦艇だといいます。
 それより前、監視機の方は、マークなしの飛行大編隊が、小笠原群島の上を北にむけて飛んでいるのを発見して知らせてきましたが、その後の報告によると針路はやや東に曲り、白骨島を目あてにしていることがだんだんにわかってきました。それもそのはず、いよいよ怪塔王軍に対して、いさましいたたかいをはじめるため、わが秘密艦隊が出動したのでありました。
 秘密艦隊には、空軍部隊と艦隊とがありましたが、両者は白骨島のすこし手前で一しょになることにしめしあわせてありました。
 塩田大尉と一彦少年とは、艦隊旗艦にのっていました。そして艦の見張番の知らせをいつも注意していました。

     4

 怪塔王は、秘密艦隊の襲撃を、やっとさとりました。
「ううむ、なまいきな日本海軍め、海と空との両方から、この白骨島を攻めようというのか。さてもわが巨人力を忘れてしまったと見える。よし、そうなれば、日本壊滅の血祭に、まずやっつけてしまおう」
 怪塔王は、すっかりいきどおってしまいました。そして、すぐさま、怪塔ロケット隊に出動準備を命じました。
「おい、みんな。猪口才ちょこざいにも、日本の空軍部隊と艦隊とが、こっちへ攻めて来るぞ。あいつらが白骨島につかない先に、その途中でやっつけてしまうのだ。すぐさま全部出動準備をせよ」
 さあ出動準備だ!
 怪塔王ののっている怪塔ロケットをはじめ、その僚機の中へ駈けこむ怪しい人たち。
 梯子はまきあげられ、入口の扉や窓はすっかり閉じられました。
 つぎに、エンジンは、ごうごうと響をたてて廻りだしました。
 そのとき怪塔王のところへ中から電話がかかって来ました。
「おい、なんだ」
「ああ首領? たいへんなことになりました」
 そういう声は、第一号の黒人の声でありました。
「えっ、たいへんとは、何がどうしたのか」
「この間、方向舵をなおしましたですね」
「うん、なおした」
「あの方向舵が、今こわれてしまいました。ちょっとうごかしてみただけなんですが、あれをうごかすモーターから、いきなり火が出たと思ったら、それっきりうごかなくなりました。どうしましょうか」
「どうするって、そいつは困ったな。それでは出発できないではないか。一体、なぜモーターが焼けたりしたのか。お前がよく番をしていなかったせいだ。その罰に、お前を殺しちまうぞ」

     5

 いざ出動というときになって、怪塔ロケットの司令機が故障になったというさわぎですから、怪塔王はかんかんになって黒人をどなりつけました。しかし、故障のモーターは、そうかんたんになおってくれません。
「困ったなあ。おい、早くモーターがなおれば、お前を殺さないでゆるしてやるよ」
 怪塔王も困って、モーターをあずかっていた黒人に、ごきげんとりの言葉をなげました。
「えっ、モーターが早くなおれば、命をたすけてくださいますか」
 黒人は、怪塔王の思いがけない言葉に、とびあがってよろこびました。だが、モーターの故障は、なかなかなおりません。その故障の箇所は、モーター全部をとりかえないとだめなことがわかりましたので、別なモーターを地下の倉庫からさがして、つけかえることにしまして、やっとなおる見込みがたちましたが、なかなか手がかかって、すぐというわけにはいきません。
 しかるに、一方監視隊の方からは、秘密艦隊がどんどん近づき、いよいよ危険が追ったという知らせです。これ以上ぐずぐずしていては、白骨島に攻めよせられることがわかりました。
 怪塔王は気が気ではなく、司令室の中を、まるでおりに入れられたライオンのようにあるきまわっていましたが、ついに我慢がしきれなくなって、
「ああ、しかたがない。じゃあ、これは後から出発ということにして、あとのロケットだけで、日本軍をむかえうつことにしよう」
 怪塔王は、そのままこの司令機の中にのこることにして、他のロケットは、全部日本軍の秘密艦隊へ向かいました。
「じゃあ、お前たちにたのむぞ。なあに遠慮することはない。日本の軍艦でも、飛行機でも、見つけ次第磁力砲でもってやいてしまえ!」


   戦機近づく



     1

 白骨島を南西に去ること百キロメートルの地点でもって、ついに怪塔王のロケット隊と、わが秘密艦隊の艦艇隊と飛行隊とが出会いました。
 そのときの状況は、語るのもまことにおそろしい有様でありました。
 ロケット隊は、横一列になって、ずんずんとすすみよりました。高度は一千メートルという低さです。
 これに対し、わが飛行部隊は三隊の梯形ていけい編隊にわかれ、いずれも高度を三千メートルにとり、一隊は敵のロケット隊の中央をめがけてすすみ、他の二隊は左右両方から攻めかかりました。
 艦艇隊の方は、それよりずっと遅れること十キロメートル、旗艦を中央に、そのまわりを各艦艇がぐるっと囲んで、五列の縦陣じゅうじんをつくり、全速力でもってすすんでいました。
 このとき、一天は晴れわたり、どこまでも展望がききます。また海上は油を流したように穏やかで、ただ艦艇のあとには、数条の浪がながくつづいていました。
 艦隊は、十数台の偵察機をとばして、近づくロケット隊の進路と隊形とをしきりに観測して、それを報告させていました。
 このとき、主力艦の上を見ますと、甲板の上に、妙な形をした大砲ぐらいの大きさの見なれない機械が、四五台ぐらい並んでいて、いいあわせたように天の一角をにらんでいるように見えました。それこそ大利根博士が研究していたという話のあるあべこべ砲でありました。
 あべこべ砲は、これからどんなはたらきをするのでありましょうか。
 このとき塩田大尉は、一彦少年とともに、艦橋に立って、前方を見まもっていました。
 刻々と戦闘のはじまる時刻は近づいてまいります。
 そのとき、前衛の飛行部隊がいよいよ戦闘をはじめたという知らせが、無電班へはいってまいりました。

     2

「まだ、モーターはなおらんか」
 怪塔王は、たいへん気をもんでいます。
「はい、もうすこしのところです」
 黒人は、おどおどしながら、こたえました。
「もうすこしか。では、あと三十分ぐらいで出発できるだろうね」
「はい、それがどうも」
「三十分じゃなおらんか」
「ところが、どうも困ったことができまして……」
「なんじゃ、困ったこととは。まだなにかいけないところがあるのか」
「はい」と黒人はいいにくそうに、「いま外のモーターをしらべてみましたところ、それも故障になっているのでございます」
「えっ、なんじゃ。外のモーターも故障か。そんなことは、さっき報告しなかったじゃないか」
「はい、それがどうも……」
「どうも? どうしたというのか」
「あのときは別に故障ではなかったのでございます。ところがいましらべてみますと、故障になっておりましたのです」
「ふうん、それはおかしい」
 怪塔王は首をひねって、考えこみました。
「待てよ。さっきはどうもなかったモーターが、いましらべてみると故障になっているというのは――うん、わかった。モーターの故障は、自然の故障ではなく、誰かがわしたちに邪魔をしようとおもって、モーターをぶちこわしたのにちがいない。そしてその誰かは、どこかそのへんに隠れているのにちがいない」
「へへえ、そうなりますか」
「それにちがいない。さあ、皆をよんで、そこらの隅々すみずみをさがしてみろ。きっとその悪者がみつかるだろう」
 怪塔王は、モーターをこわした者がそのへんにいるといいきりました。一体誰が怪塔ロケットのモーターをこわしたのでしょうか。

     3

 やがて、黒人やルパシカを着た団員が、たくさん集ってきました。そうしてモーター焼切りの犯人を探しにかかりました。
「どうじゃ。まだ見つからんか」
 と怪塔王は、じりじりしています。
「ああ、警報ベルが鳴っています。先発隊からの無電報告らしいですよ」
 別の黒人が、怪塔王のところへ駈けてきました。
「ちぇっ、日本軍といまたたかいをはじめるというときになって、こんなさわぎがおこるなんて、なんというまずいことだ。おい、わしは戦況をきいているから、はやく悪者をさがしだすんだぞ」
 あまりのいそがしさに怪塔王は、体が一つしかないことを、どんなにか不便に思ったことでしょう。
「もしもし。わしだ。どうだ戦況は?」
 すると向こうから返事があって、
「ああ団長ですか。日本軍はいますっかりわがロケット隊をとりまきました。上へあがれば、敵の飛行隊がいますし、下へおりれば敵の艦隊がいます。そして今前方から大型の飛行機が三十機ほど、ものすごいスピードでこっちへ向かってきます」
 と、これは副司令に任命した団員の報告でありました。
「なんだ。そんなに日本軍に圧迫せられてはしようがないじゃないか。すぐさまわが無敵磁力砲でもって、どんどん日本軍の飛行機や軍艦をやっつけろ。ぐずぐずしていて、こっちの白骨島へ攻めこまれると、ちょっとやっかいなことになるじゃないか。はやく磁力砲をぶっぱなせ」
「ええ、その磁力砲ですが、その磁力砲がどうも……」
「なんだ。なにをいっている。磁力砲がどうしたと? はやく話せ」
 怪塔王の顔が、またさっと青くなりました。
「はい、磁力砲が、ちと変な工合でございまして……」

     4

「磁力砲が、ちと変な具合だって? おい、それは本当か。はやくくわしいことを話せ!」
 怪塔王は、おもわずマイクにしがみつきました。さきにはモーターが故障で、いままた磁力砲の具合がわるいとは、泣面なきつらに蜂がとんできてさしたように、災難つづきです。
「いや、実はさっきから磁力砲をさかんにうっているのでございます。が飛行機や軍艦が、それにあたってとろとろと溶けるかとおもいのほか、どうしたものか、敵は一向いっこう平気なのでございます」
「そんなばかな話があるものか。きっと磁力砲の使い方がわるいのだろう。あれだけ教えておいたのにお前たちは駄目だなあ」
「いや、私どもは、まちがいなく磁力砲をうっています」
「まちがいなくうって、相手の飛行機や軍艦がどうかならぬはずはない。たちまち赤いほのおをあげてとけだすとか、うまくいけば、一ぺんに爆発するとか」
「あっ、困った。敵機がすぐそばまでやってきたそうです。いよいよ死ぬか生きるかの戦闘をはじめます。報告はあとからにいたします。ちょっと無電をきります」
「よし、しっかりやれ。わしは懸賞を出そう。飛行機を一機おとせば、二千円やる。軍艦なら一隻につき一万円だ」
 その返事は、ありませんでした。副司令は、日本軍と戦闘をはじめたのでしょう。どうなるのでしょうか。戦に勝つか負けるか、怪塔王は気が気でありません。
「ちょっと至急、おいでをねがいます」
 とつぜん耳もとで、ルパシカ男の声がしました。
「なんだ。モーターをこわした悪者をひっとらえたか」
「いや、そうではございません。あのう、縛っておきました小浜兵曹長がおりません」
「なんだ、あの日本軍人がいないのか」
「それからもう一つ、驚くべきことがございます」

     5

「もう一つのおどろくべきことって、それは一体なんだ」
 怪塔王は、かみつくような顔をして黒人にききました。
「はあ、それは――それは第三機械筒の中につないでおいた帆村探偵がいなくなったのでございますよ」
「えっ、帆村が、第三機械筒の中にいないって。それじゃ第三機械をうごかす者がいないではないか」
「はあ、そうでございます」
「そいつは困った。なにもかもめちゃくちゃだ。このロケットは死んでしまったも同じことだ。戦を目の前にして、とびだせないなんて、こんな腹立たしいことがあろうか」
 怪塔王は、どすんどすんとじだんだをふんでくやしがりました。
 この話によると、帆村探偵はこの怪塔ロケットの第三機械筒につながれ、その機械をうごかす役をあたえられていたことがわかります。これは勿来関の上空で、わが海軍機と戦っているうちに黒人の一人が死んだのです。そこでその黒人にかわり、かねて捕えられていた帆村荘六がむりやりに第三機械筒の中に入れられ、その機械をうごかす術をむりやりに教えこまれたのでありました。
 かしこい帆村は、筒の中につながれていると見せかけ、じつはいつの間にか筒を自由に出入りできる身になっていたのです。
 小浜兵曹長を海底牢獄からすくいだしたのも彼ですが、兵曹長を山の上にかくしておいて、その夜また行くつもりでいたところ、怪塔王にさとられ、ついに行けませんでした。
 しかし、こんど彼はとうとう兵曹長をうまくすくいだしました。そして怪塔内のモーターを焼切ったりなどして、怪塔王をすっかり閉口させています。
 さてその帆村探偵と小浜兵曹長は、いまどこにかくれているのでしょうか。
 ちょうどそのとき、怪塔王と黒人とが、大困りで顔と顔とを見合わせているうしろで、ことりと音がしました。


   二勇士



     1

 怪塔王と黒人の立っているうしろで、ことりと物音!
 怪塔王は、それを聞きのがしませんでした。
「何者か?」
 と、うしろをふりかえった怪塔王の眼にうつったものは、何であったでしょう。それは外ならぬ帆村探偵と小浜兵曹長の二人の雄姿でありました。
「うごくな、怪塔王!」
「降参しろ! うごけば命がないぞ」
「なにを!」
 怪塔王は、いかりの色もものすごく、とつぜんにあらわれた二勇士へ叫びかえしましたが、何を見たか、
「あっ、それはいかん。あぶない。ちょっと待ってくれ」
 と、にわかに怪塔王はうろたえ、ぶるぶるふるえ出しました。
「あははは。これがそんなに恐しいか。だが、これは貴様がつくったものではないか」
 小浜兵曹長はあざ笑いました。彼がいま小脇にかかえて、怪塔王に向けているのは、怪塔王秘蔵の殺人光線灯でありました。この殺人光線灯は、かねて帆村がその在所ありかをさがしておいたものです。このたびはこっちが失敬して、逆に怪塔王の胸にさしつけたというわけです。
 ピストルも小銃も、一向に恐しくない怪塔王ではありましたが、この殺人光線灯を見ると、まるで人間がかわったように、ぶるぶるふるえだしました。それもそのはず、殺人光線灯がどんなに恐しいものであるかは、それをこしらえた怪塔王が一番よく知っているわけですから。
 怪塔王は、(困ったなあ。たいへんなものを、盗まれてしまった!)と、歯ぎしりをしましたが、もう間にあいません。
 小浜兵曹長は、ゆだんなく殺人光線灯のねらいを怪塔王の胸につけ、もしもうごいたら、そのときは引金をすぐ引くぞというような顔をしています。
「そこで、怪塔王どの」
 帆村は、横の方から怪塔王のそばに一歩近づきました。

     2

「そこで怪塔王どの」
 と帆村に呼びかけられ、怪塔王は額ごしにおそろしい目をぎょろりとうごかし、
「なんだ、帆村。お前たちは卑怯じゃないか。わしの大事にしていた殺人光線灯を盗んで、わしをおびやかすなんて、風上にもおけぬ卑怯な奴じゃ」
「こら、何をいう」
 と小浜兵曹長はおこっていいました。
「卑怯とは、どっちのことだ。貴様こそ、卑怯なことや悪いことをかずかずやっているじゃないか。中でもあの勇敢な青江三空曹を殺した罪をおぼえているか。あれは貴様のような卑怯者に殺させてはならない尽忠の勇士だったのだ。それにひきかえ、貴様が自分の殺人光線灯で死ぬのは、それこそ自業自得だ」
「ま、待て。撃つのはちょっと待ってくれ。その代り、わしは何でもお前たちのいうことを聞くから」
 怪塔王は、もうかなわないとおもったものか、にわかに下に折れてまいりました。
「なに、俺たちのいうことを聞くというのか。それならば――」
 と、小浜兵曹長は怪塔王に目をはなさず、
「俺たちの命令どおり、この怪塔ロケット隊の指揮権を渡すか」
 それを聞くと、怪塔王はびっくりして目を白黒していましたが、
「さあ、それは――」
 と、返答をしぶりました。
「いやか。いやなら、この殺人光線灯をかけるがいいか」
 と、小浜兵曹長が身がまえますと、
「ああ、あぶない。ま、待て」
「怪塔王ともいわれる人物でありながら、往生ぎわの悪い奴だなあ」
 帆村探偵も横からあきれ顔でいいました。
「しかたがない。ロケット隊の指揮を、お前たちにまかそう」
 怪塔王は、はきだすようにいいました。しかしそのうちにも、彼はしきりになにかを待っているらしく、耳をそばだてていました。

     3

 怪塔王は、とうとう帆村探偵と小浜兵曹長とに降参してしまったのです。これくらい痛快なことはありません。
「これで、俺は胸の中がはればれした」
 小浜兵曹長は、鬼の首をとったようによろこびました。
 帆村探偵は、また一歩前に出て、怪塔王の横腹をつつき、
「さあ怪塔王、こうなると、僕は永いあいだ貸しておいたものをいま君から貰うぞ」
「借りたものって、一体なにを借りたか」
 怪塔王はふしぎそうに、帆村をにらみかえしました。
「あはははは、もう忘れたのか。外でもない、君がいま顔につけているそのマスクのことさ」
「ええっ――」
「おぼえているだろう。このまえ、僕は、君がいまつけている変なマスクを取ろうとして、君のためやっつけられたのだ。いまこそ、そのマスクを取る。さて、その下からどんなほんとうの顔があらわれるか……」
「ああ、それはゆるしてくれ、マスクのことを知られては仕方がないが、私はおしまいまでこのマスクでいたいのだ。素顔を誰にも見られたくない」
「いまになって、なにをいう。指揮権はみなこっちへもらったはずだ。なにをやろうと、君は命令にしたがいさえすればいい」
「ま、待ってくれ。こんなところで、私にはじをかかせるな。時節が来れば、きっとマスクをはずすから、しばらく待て」
「うむ、わかった」
 帆村はこのとき大きくうなずきました。
「どうした帆村君、なにがわかったのか」
 小浜兵曹長が、聞きました。
「いや小浜さん、このマスクの下にあるほんとうの顔が、それがわかったというのです」
「え、それはなんのことだ」
「つまり、怪塔王のマスクの下には、僕たちのよく知っている顔がある、ということなんです」

     4

 帆村探偵は、怪塔王のマスクの下に、知っている人の顔があるといいます。
 小浜兵曹長は、おどろいて、
「それは誰の顔だ」
「それは――」
 と帆村は、おもわず興奮に顔を赤くし、怪塔王を指さしながら、
「それは外でもありません、この下に大利根博士の顔があるのです」
「大利根博士といえば、塩田大尉がよくいっていられた国宝的科学者のことかね。大利根博士が怪塔王に化けているというのかね。いや、俺には、なんだかさっぱりわからないよ」
「いや、大利根博士だから、僕たちの前でマスクをとられたくないのですよ。どうだ図星だろう、怪塔王!」
 と帆村は、怪塔王の顔に指をさしました。
「いや、私は大利根博士ではない」
 怪塔王がいいました。
「博士ではないというのか、いや博士にちがいない。とにかくマスクをとるんだ。命令だから、マスクをはずせ!」
「やむを得ん。ではマスクをはずすぞ」
 どうしたものか、怪塔王は案外すなおに帆村のいうことを聞きました。そして、彼は両手を顔にかけました。
 そのとき、警報ベルがけたたましく鳴りだしました。
「あ、怪塔王、あれは何だ」
「ロケット隊からの戦況報告だ。ちょっと私を送話器のところへ出してくれ」
「いや、いかん! うごけば、殺人光線灯をかけるぞ」
 小浜兵曹長はどなりました。
「おい、マスクを早くとらんか」
 と、これは帆村の声です。
 そのとき警報ベルが鳴りやむと同時に、高声器から、戦闘中のロケット隊長からの声が出てきました。怪塔王の眼は、異様にかがやきました。

     5

 高声機の中からは、戦闘中のロケット隊長から怪塔王あてにかかって来た戦況報告がひびいて来ました。
「首領、わが怪塔ロケット隊は、おもいがけない負戦まけいくさに、一同の士気はさっぱりふるいません」
「なんだ、負戦? そんなことがあろうはずはない。磁力砲でもってどんどんやっつければいいではないか」
 と、怪塔王はおもわず叫びました。
「ところが、首領、その磁力砲が一向役にたたないのです。磁力砲を日本艦隊や飛行機にむけてうちだしますと、向こうは平気でいるのです。そして、磁力砲をうったこっちが、あべこべに真赤ながねをおしつけられたように、急に機体が熱くなって、ぶすぶすと燃えだすさわぎです。どうも変です」
「磁力砲をうったこっちが、あべこべに燃えだすというのか。はて、それはふしぎだ」
 怪塔王はあらあらしい息づかいをして、無念のおもいいれです。帆村探偵と小浜兵曹長とは、この様子をさっきからじっと見まもっていました。敵のロケット隊長の戦況報告によれば、わが秘密艦隊はこのところたいへん優勢であります。怪塔王と戦っている二人にとって、これくらいうれしく、そして力づよいことはありません。
「あっ、そうか」と、怪塔王はこの時何をおもいだしたか、つよく手をうち、「おい、隊長、向こうは、わしが秘密にしておいたあべこべ砲を持ちだしたらしい。艦隊や飛行機はいつの間にか、みなあべこべ砲をつけているのだ。だから、こっちから磁力砲をうつのはすぐやめにしろ。うつだけ損だ。損ばかりではない。自分でうったものが、自分にかえって来て、ロケットや乗組員を焼くのだ。あぶないあぶない。お前は、すぐロケット隊全部に引上ひきあげを命じなさい」
 怪塔王は夢中になって、マイクの中に命令をふきこみました。
「首領、引上げてこいとおっしゃっても、もうそれは遅いのです」
 隊長の声は半分泣いていました。

     6

「もう遅いって、どうしてもう遅いのか」
 怪塔王は敗戦のロケット隊長をしかるように、もう遅いわけを聞きかえしました。
「はあ、そのわけは、わがロケットの損害があまりに大きくて――首領、どうも申訳もうしわけがありません」
「おい、はっきりいえ。わがロケットの損害は、どのくらいか」
「はい。まことに申し上げにくいですが、只今あたりを見まわしましたところ、空中を飛んでいるロケットは、わが一機だけであります」
「えっ、お前の一機だけか。そして他のロケットはどこにいるのか」
「それがその、さきほどからの戦闘中、あべこべ砲にやられまして、いずれもみな火焔につつまれて海面へ落ちていき、それっきりふたたび浮かびあがってまいりません」
「な、なんじゃ。それではあとは全部、日本軍のためにやっつけられたのか。そ、それはあまりひどすぎる! あれだけのロケット隊をつくるのに、どんなに苦労したことか。それが、かねてわしの狙っていた日本の武力を、根こそぎ壊すのに役立つどころか、今迄に軍艦淡路あわじと十数機の飛行機を壊しただけで、もうこっちがあべこべにやっつけられてしまった。ああ残念だ。なんという弱い同志たち! なんというおそろしいあべこべ砲! わしは失敗した。あべこべ砲の始末を十分につけないで、放っておいたのが、あやまりだった。だが、まさか、あの秘密室まで日本軍がはいって来るとはおもっていなかったのだ」
 怪塔王は、赤くなったり青くなったりして、じだんだふんでくやしがりました。しかし、残るロケットがただ一つではどうすることもできません。
「おい怪塔王、もうこのへんで男らしく降参しろ」
 と小浜兵曹長は、破鐘われがねのような声で、怪塔王をやっつけました。
 怪塔王は、きっと顔をあげましたが、そのまま言葉もなく首をれました。


   素顔



     1

「もうだめだ」
 怪塔王のため息は、帆村にも小浜兵曹長にも、聞えすぎるほどはっきり聞えました。怪塔王は気の毒なほど、悄気しょげているようです。
「おい、マスクをとれ」
 帆村探偵が、さいそくしました。
「よし、いまとる。もうこうなっては、諸君の命令にしたがうばかりだ」
 と、怪塔王は日頃に似あわぬおとなしいことをいって、両手を顔にかけました。
 ああいまこそ怪塔王のマスクがとられるのです。人をばかにしたようなおどけた汐ふきのマスクの下にある顔は、一体どんな顔であろうかと、帆村探偵と小浜兵曹長とは、非常に胸がおどるのを覚えますとともに、また一方において、たいへん気味わるくもおもいました。
 怪塔王は、マスクを無造作にぬぎました。防毒面をぬぐのと同じように、顔面全体と頭髪とが、すぽりととれたのです。
 さあ、そのマスクの下に、どんな顔があったでしょうか、息づまるような瞬間です。
 怪塔王は、しばらくうつむいていましたが、やがて顔をしずかにあげました。
 鬼神の顔か? それとも国宝科学者といわれた大利根博士の顔か?
 いや、そのどっちでもありませんでした。それはのっぺりした若い西洋人の顔でありました。まったく見も知らぬ西洋人の顔です。
(おや、これが怪塔王の素顔か!)
 帆村も、小浜も、ともにちょっと呆気あっけない感じがしないでもありませんでした。
「さあ、これがわしの素顔だ。よく見てくだされ」
 そういう声は、いつも聞きおぼえのある憎い怪塔王の声でありました。すると、この若い西洋人が、汐ふきのマスクをかぶって、あのように大胆な悪事のかずかずをやっていたのです。
「貴様は一体、どういう素性すじょうのものか」
 兵曹長が、こらえきれないといった風に、怪塔王に問をかけました。

     2

「わしの素性か、そんなことはどうでもいい」と、怪塔王はあらあらしく息をはずませながら、
「わしは日本海軍をやっつけて、東洋をめちゃめちゃにするつもりだったが、失敗した。失敗したうえからは、わしはなにもいいたくない」
 そういって、きっと口を結んでしまいました。この若い西洋人は、発明狂ででもありましょうか。そのいたちこそ、ぜひしらべてみたいくらいの、じつに興味ふかいものでありました。
 さっきから口を閉じたまま、呆然ぼうぜんと怪塔王の素顔に見入っていた帆村は、このとき、つと一歩すすみますと、
「おい怪塔王、僕は、じつをいうと、怪塔王とは大利根博士の化けたのではないかとおもっていた。しかるに、マスクをとったところを見て、僕のかんがえがちがっていたことがはっきりわかった」
 といって、帆村はちょっと唇を噛んで、
「――で、僕はここに、怪塔王からぜひとも返答をもとめたい一事がある」
「えっ、それは何じゃ」
「それは大利根博士の行方だ。博士はいま、どこに居られるか、すぐそれを教えたまえ」
「そんなことは知らん」
「知らんとはいわせない。怪塔王が博士邸へ押入ったことはわかっているんだぞ。博士の上着がのこされ、それに血が一ぱいついていたこともわかっている。大科学者を、君はどこへ連れていったのか。博士はまだ生きているのか、それとも君が殺したか。それを知らないとはいわせないぞ」
 帆村は、怪塔王の胸もとをつかんばかりの、はげしい剣幕でつめよった。
 怪塔王は、しばらく口をもごもごさせていたが、やがて決心したらしく、
「大利根博士の行方を、それほど知りたいか。ではやむを得ない。これから案内して、博士をお前たちに、ひきわたそう」
「えっ、博士を渡してくれるか。すると博士は、この島にいられるのか」
「うん、そうだ。この上の洞窟の中に、監禁してあるのだ」

     3

 大利根博士が、この島に監禁されているときいて、帆村探偵も、小浜兵曹長も、おどろいたり、またよろこんだりした。
「では、早く案内しろ」
 怪塔王の横には、帆村探偵がつきそい、そのうしろからは、小浜兵曹長が殺人光線灯をもってつき従った。万一、怪塔王が逃げようとすれば、すぐこの殺人光線灯をかけるつもりだった。
 怪塔王は、坂道をのぼると、例の洞窟の中へはいった。中はうすぐらく、その下には、あのおそるべき海底牢獄がある。
「怪塔王、貴様は博士を海底牢獄にほうりこんだな。ひどい奴だ」
「いや、海底牢獄ではない。この洞窟の中に、別に大きな部屋があるのだ。さあ、この岩のわれ目からはいっていくのだ。天井が低いから、頭をぶっつけないようにしたまえ」
「なに、頭をぶつけるなというのか」
 帆村と小浜は、ついその言葉にられて、はっと上を見た。そのとき二人の眼は、怪塔王の身体から放れて、真黒な岩天井にうつった。それこそ、すっかり怪塔王の思う壺にはまったのであった。博士を種に、二人はここまで引出されたのだ。
「えいっ」
 一声高く、怪塔王が叫ぶとみるや、彼の姿は岩のわれ目の中に消えた。
「あっ、逃げた!」
 帆村と兵曹長とは、すぐさまその後を追おうとしたが、そのとき二人は、岩のわれ目の向こうが深い谷になっているのに気がつき、はっと身を縮めた。
 ぎゃーっ。
 そのとき、谷底から、魂消たまげるような悲鳴がきこえて来た。二人はそれは谷底におちて岩角に頭をうちつけたらしい怪塔王の最期の声であると知った。
「おお、あれは――」
「うん、怪塔王の自滅だ」
 帆村探偵と小浜兵曹長は、おもわず双方からよって、手と手をしっかり握りあわせた。

     4

 怪塔王は、ついに自滅したようです。
 帆村探偵と小浜兵曹長とは、この快報を一刻もはやく秘密艦隊へ知らせたいとおもいました。
 それを知らせるには、今のところただ一つの方法しかありません。それは目下故障のまま白骨島の砂上に「えんこ」をしている怪塔ロケット第一号の無電装置をつかうことでありました。なかなか忙しいことです。
 怪塔王のほろんだ岩窟を、そのまま後にするのは、たいへん心のこりでありました。なんだか、怪塔王がその辺から血まみれになって、匐上はいあがって来るような気がしてなりませんでした。
「どうしましょうかねえ、小浜さん」
 と帆村探偵は、心配そうに相談いたしますと、兵曹長は笑って、
「なあに、怪塔王がいくらつよいといっても、一旦いったん死んだ以上、ちっとも恐しくない。しかしそんなに気がかりなら、帆村君はしばらくここにいたまえ。その間に私は、ロケットの無電を使って、艦隊へ連絡してくる」
「あなた一人で大丈夫かしら」
「大丈夫だとも。第一、この殺人光線灯があれば、たとえ後に怪塔王の配下が幾千人のこっていようと、おそれることはありゃしない」
 兵曹長は、軍人らしく、きっぱりと申しましたので、帆村もついにその気になり、ここに二人はちょっと左右へ分れることになりました。
「では、小浜さん。艦隊への連絡は、頼みましたよ。そして用事がすみましたら、すぐにもう一度この岩窟へひきかえしてください。私はあくまで大利根博士をさがし出すつもりなんです。怪塔王のいったことがうそでなければ、博士はかならずこの岩窟のどこかに隠されているはずですから」
「よろしい。私も博士の行方をつきとめることには賛成だ」
 小浜兵曹長はそう言って、出かけました。


   新しい怪事



     1

 小浜兵曹長が、岩山を出て、ロケットの見える白骨島の平原の方へおりていきますと、さびしい洞窟のなかには、帆村探偵ただ一人となりました。
 このうすぐらい洞窟内は、けっして気持のよいところではありません。見えるのは岩ばかりでありましたが、なんだかそのほかに魔物でもんでいるように思えてなりません。その魔物は岩のかげから、黄いろい眼を光らせながら、帆村の様子をそっと隙見しているような気がします。
(なぜこう気味がわるいのだろう。僕は急に臆病者になったのかしらん?)
 帆村は、岩の根に腰うちかけ、あたりをぐるぐる見まわしながら、自分の心にそんな質問をかけてみました。
 耳を澄まして聞いていますと、どーんどーんという音がします。どこか海水のうちよせてくる洞穴があるらしくおもわれます。帆村は、まだそのような洞穴の在所ありかを知りませんでした。
 ばさばさばさばさ。
 急に、はげしい羽ばたきが頭の上に聞えて、怪鳥がとびこんできました。
「おや」
 帆村は、びっくりして立ちあがりました。こんどは怪鳥がびっくりして、またばさばさばさと羽ばたきをして、向こうへにげていきました。
 怪鳥は、怪塔王が身をなげた岩の割れ目へとびこみましたが、しばらくすると、「けけけけ」と、聞くのもぞっとするような啼声なきごえをたてて、また帆村のいる方へ、とびもどってまいりました。
(どうも様子が変だぞ。油断はできない)
 と、帆村ははっと身を起して、岩かげに身をひそめました。
 すると、どうでしょう。岩の割れ目が、ぼーっと明かるくなって来ました。なんだか向こうで火が燃えているようです。はてな?

     2

 岩の割れ目の向こうが明かるくなったのは、なぜでしょうか。
 帆村探偵は、岩かげに身をひそめ、目ばたきもせず、その方を見つめていました。
 すると、やがて岩の割れ目から、手提灯てぢょうちんが一つ現れました。それは、西洋の漁夫などがよく持っている魚油を燃やしてあかりを出すという古風な魚油灯でありました。
 その魚油灯は、一本の腕に支えられています。
 誰でしょうか?
 すると、こんどは一つの頭が、割れ目の向こうに現れました。帆村探偵は、息をこらして、なおもじっと監視していました。
 怪人物は、魚油灯を高くかかげて、岩窟のなかをしきりに照らしてみております。なかなか用心ぶかいやり方でありました。
 帆村はそのとき、魚油灯に照らしだされた怪人物の顔を、はっきり見ることができました。
「あっ――」
 なぜか帆村は、びっくりしました。岩をだいている彼の腕が、がたがたふるえるのが、自分にもわかったほどの驚きぶりです。
 それは、どうやら帆村の知っている人物であったと見えます。しかもすこぶる意外の人物であったらしいのです。それは一体、誰だったでありましょうか。
 怪人物は、岩窟内に誰もいないことをたしかめると、ついにその岩の割れ目からいあがってまいりました。そしてなおもあたりに気をくばりながら、なにかしきりに考えごとをしているらしいのです。
 そのときです。帆村は岩かげからとびだしました。そして怪人物の前に、ぱっとおどりでたのです。
「おお、大利根博士!」
「えっ!」

     3

「大利根博士!」
 と声をかけられて、相手はびっくり仰天ぎょうてんしました。思わずたじたじと、体をうしろにひきましたが、あっあぶない! そこにはさきに怪塔王の墜落した岩の割れ目があります。
「だ、誰じゃな」
 博士は、しわがれた声で、口ごもりながらいいました。そして手をうしろへまわして、しきりに岩をさぐっています。逃路みげみちがあれば、逃げるつもりとみえます。
「あははは、博士はご存じないかもしれませんが、僕は帆村荘六という探偵です。博士のお行方を心配して、ここまでやってきたものです。お見うけしたところ、僕たちの心配していたのとはちがって一まずご無事らしいのは、なによりうれしいことです」
 帆村は博士を見つけたうれしさに、じつはもう胸をわくわくさせていたのです。博士の手を握って、ありったけの喜びの言葉をのべたいとおもいました。なにしろわが国にとって国宝的な学者といわれる博士、そして十中八九まで死んだものと信ぜられていた博士を、ついにさがしだしたのですから、帆村の興奮するのも決して無理ではありません。しかし彼は、あまりに博士をおどろかせてもとおもい、飛びたつばかりのわれとわが心を、できるだけこらえている次第でありました。
「ああ、帆村探偵か。いつか、どこかで聞いたことのある名前じゃ。私をさがしに来てくれたとは、まことにありがたいことじゃ。しかし、いきなり前にとびだされたのにはおどろいたぞ。うふふふ」
 大利根博士は、やっと気がおちついたようであります。
「博士は、一体どうなすって、この白骨島へおいでになったのですか」
 帆村は、いままで気にかかっていたことをたずねました。
「な、なぜ、この白骨島へきたかと聞くのか。そ、それはじゃ、つまりそれは、あの憎むべきところの怪塔王の仕業じゃ」

     4

 岩窟内での、めずらしい対面!
 大利根博士とむかいあって、帆村探偵の胸はまだおどりつづけています。博士の説明によりますと、博士は怪塔王のため、ここへつれこまれたということです。
「それはずいぶんお苦しみのことだったでしょう。僕たちが見つけた以上は、身をもっておまもりします。ご安心ください」
 帆村は、博士をなぐさめるために、そういわないではいられませんでした。
「ああ、どうもありがとう。君たちに救われるとはなんという幸運だろう」
 博士は、ことばすくなにこたえました。
「大利根博士、僕はもうすこしで貴方あなたにとびかかるところでしたよ。なぜって、博士はさっき怪塔王のおちたその岩の割れ目から出てこられたものですから、僕はてっきり怪塔王が息をふきかえし、匐いだしたことと早合点したのです。ほんとにあぶないところでした」
「うん、こっちも驚いたよ。いきなり君に声をかけられたのでね」
 そこで帆村探偵は、言葉をあらため、
「博士、貴方は今までどこに起伏おきふししていらっしゃったのですか」
 と尋ねた。
「うん、それはその、何だよ。君も知っているだろうとおもうが、われわれが今立っているところの下に、海底牢獄がある。それは皆で五つ六つあるそうだが、その一つに押しこめられていたのだ。そこを何とかして逃げたいといろいろ計略をめぐらした結果、やっと今日は逃げだすことができたのだ。こんなにうれしいことはない」
「そうでしょうとも。お察しします。博士が無事だということが内地に知れわたると、皆びっくりすることでしょう。そしてどんなによろこぶかしれません」
 それを聞くと、博士はほっとため息をついて、うなずきました。

     5

「それで博士、貴方が、その岩をこっちへのぼっておいでになるとき、怪塔王の悲鳴をお聞きになりませんでしたか」
 帆村探偵は、さっきから聞きたいとおもっていたことを大利根博士に問いただしました。
 すると博士は、大きくうなずき、
「ああ、たしかに聞いたとも。たいへんな声が頭の上で聞えた。と思うと、人間が上から降ってきて、谷底へおちて行った。あれが怪塔王だったのか」
 帆村は、それを聞いて目をかがやかし、
「ああ、博士もそれを御覧になったのですか。それは幸でした。それで怪塔王は、結局どのような最期をとげましたでしょうか」
「うん、それは――」と博士は、くるっと目をうごかし、「それははっきり覚えていないが、なんでもその怪塔王の体は、谷底の岩の上に叩きつけられた。そのとき、くるしそうな声を出した。そこで岩につかまっていたわしは、こわごわ下をのぞいた、ところがそのとき怪塔王の姿は、岩の上になかった」
「ほほう、すると怪塔王は逃げたのでしょうか」
「いや、そうではないよ」と博士はつよく首をふって、「怪塔王の体は一たん岩にあたってから、勢あまってはねあがり、ざんぶと水中におちたのだ.あそこは、とても逃げられるようなところではない。とがった岩の間をって、冷たいまっくろな海水が、渦をまいて行ったり来たりしている。この世の地獄みたいな洞穴なんだ。怪塔王とて、とても助りっこはないのだ」
 博士は、怪塔王の死をかたく信じている。
 帆村探偵は、大きくうなずき、
「なるほど、そこに見える岩の割れ目のむこうは、そういう恐しいところなのですか。しかし悪運つよい怪塔王のことですから、ひょっとするとふしぎに一命を助っていないものでもありません。これから僕は谷底へ下りて、怪塔王の死体が浮いていないか、調べてみます」


   すべ断崖だんがい



     1

 帆村探偵は、あくまで怪塔王の死をつきとめる決心でありました。いま大利根博士の語ったところによると、怪塔王は岩の上に落ちて体をひどくうち、それからまっくろな海水が渦をまいているふちへおちたといいますが、帆村は、一応どうしても自分でしらべる気です。
「大利根博士、では、案内してくださいませんか」
「そうだね、わしはひどくつかれているのだが――」
 と博士は口ごもりましたが、やがて思いなおしたように、
「うん、よろしい。外ならぬ遠来の珍客のことだから、案内してあげよう。こっちへ来なさい。ここから下りるのだ」
 博士は魚油灯をもって先に立ち、はやそろそろと岩根づたいに下りていきます。
 帆村探偵は、はじめて見るおそろしい断崖に、目まいを感じながら、博士につづいてそろそろと下りました。
 博士は、なかなか元気で、先に立って、するすると下りていきます。ともすれば帆村は遅れてしまいそうです。
(博士は元気だなあ。それに、この洞穴のことをよく知りぬいているようだ)
 帆村は、心の中でひそかに感心いたしました。
 博士の魚油灯は、すでに断崖を下りきって、洞穴の底にある岩のうえで、うすぼんやりした光を放っています。
 このとき、博士の目がきらりと光りました。博士の目は、今しも岩根につかまって、下りることに夢中になっている帆村の上に、じっととまっていました。帆村は、博士がそんな恐しい目つきをして、こっちをにらんでいるとは気がつきません。
「あっ、しまった」
 一声、帆村が叫びました。
 彼は、れた岩根を、あっという間に足をふみすべらし、ずるずるどすんと、博士の立っている足もとまで、すべりおちました。

     2

 どうもにおちないのは、大利根博士のそぶりです。
 いまも、帆村が足をふみすべらせ、あっという間に博士の足下まで岩根をすべりおちたから、博士もはっと気をのまれて、それっきりになりましたが、もしもあのとき、帆村が岩根をすべりおちないで、断崖につかまってぐずぐずしていたら、博士は次にどんな怪しいふるまいをしたかわかったものではありません。そういえば、あのとき博士の右手は、すでに腰のあたりへのび、なにかピストルでもさぐろうとしたらしいのです。
 ずるずると博士の足下にすべりおちた帆村探偵の幸運を、彼のために祝ってやらねばなりません。そうです、全く油断のならない大利根博士と名乗る人物です。あの利口な帆村探偵も、まだそれと気がついていないのでしょうか。あたりには、味方の姿もない恐しい洞穴の中です。一度は危難をまぬかれた帆村のうえに、これからどんな禍がふって来ることでしょうか。それを思うと気が気ではなくなります。
「大利根博士、僕は、いますこしで腰骨を折るところでしたよ。あ、おどろいた」
 博士は、急に作り笑顔になって、
「全くあぶないところだから、いつも足下に気をつけていたまえ」
「はあ、ありがとうございます。なに、もう大丈夫です」と、帆村は博士の横に立ちあがり、
「そこでおたずねしますが、怪塔王が体をぶっつけた岩というのは、一体どの岩でしょうか」
「ああ、その岩かね、――」博士は口ごもりながらあたりをきょろきょろながめ、「ええその岩というのは――そうだ、たしかあの岩だったとおもうよ」
 そういって博士が指さしたところを見ると、二人の立っているすぐ目の前に、渦巻く海水にとりまかれた一つの小さい島のような平な岩がありました。

     3

 怪塔王が体をうちあてたのはあの岩だと、大利根博士が指さしましたので、帆村が見ると、それはものすごい潮の流にとりかこまれた小さい島のような岩礁でありました。
「ああ、あれですか。ものすごい岩ですね。怪塔王の体は、あの岩にあたって、それからどの辺へ跳ねおちたのですか」
 帆村探偵は、なにげなしにたずねました。
「ううん、それはこっちだ。あの岩礁の左の方だ」
 帆村探偵は、それを聞くと、ふしぎな気がしました。怪塔王の体が岩の割れ目から落ち、目の前に見える岩礁につきあたったとすると、もし、はずみをくらって、更に潮の流へとびこんだものとすると、どうしても岩礁の向こうにおちるはずです。それが左におちたとは、ふしぎなこともあればあるものです。
 つぎに帆村は、大利根博士に頼んで、魚油灯をかしてもらいました。そして岩礁の上をそれで照らしてみました。帆村の考では、岩礁の上に、怪塔王が体をうちあてたときには、きっと血を流したことであろうとおもいました。その血が見つかるといいと思ったのです。
 しかし、ふしぎにも、血らしいものは、岩礁の上に見あたりません。そうかといって、潮が洗い去ったようでもありません。
 帆村は、小首をかたむけました。
(はてな、これは変だぞ!)
 帆村は、ふしぎなかずかずの疑問を大利根博士にたずねようかと思いました。――が、待てしばし!
(どうも、この大利根博士というのが、不思議な人物だぞ。はて、一体どうしたというわけだろう)
 帆村は、ようやくそのことについて思いあたりました。そう思って、前からのことを思いかえしてみると、怪しいふしぶしがたくさん出てきます。
(これは油断がならないぞ)

     4

 油断のならない洞穴の大利根博士です。帆村探偵は、夢から覚めたように、おどろきました。
 そういえば、この大利根博士という人物が、怪塔王のおちた岩の割れ目から入れかわりに出てきたのが変です。いや、それだけではありません、帆村探偵が声をかけたときの、あのへどもどした返事のしかたは、どうも怪しい。
(さあ、この大利根博士は、ただ者ではないぞ。これはたいへんなことになった)
 博士の話によると、怪塔王は岩礁の上におちたというのに、血も流れていません。渦を巻く海水の中を見ましたが、怪塔王の死体も見えなければ、その持物も何一つ浮いていないではありませんか。
 怪塔王が死んだと思ったのは、あの岩の割れ目から、この洞穴の中へ墜落したことと、それから間もなく起った悲鳴でありました。今のところ、それ以上、怪塔王の死をものがたるたしかな証拠はないのです。
(これは油断がならないぞ。下手へたをすれば、怪塔王は、まだその辺に生きている! その上、この怪しい大利根博士だ。そして場所は、勝手もわからぬものすごい洞穴の中だ!)
 さすがは帆村探偵です。すぐれた推理をたてて、ついに自分の背後にせまる大危険を察したのでありました。
(これから、どうしよう?)
 探偵が、ぎくりとして、今後のことを考えたその瞬間でした。
 ぷすーっ。
 妙な低い爆発音が、帆村のすぐうしろで聞えました。
「あっ――」
 と思って、帆村がふりかえってみますと、いま音のした岩の上から、黄いろい煙がもうもうと立っているではありませんか。とたんに、一種異様の悪臭あくしゅうが、鼻をつきました。あ、毒ガスです!

     5

 大利根博士は、煙の中に平気で立っています。その顔には、いつどこからとりだしたのかガスマスクがはまっています。
「ああっ――」
 帆村探偵は、のどに、目に、はげしい痛みをおぼえて、両手でめちゃくちゃにかきむしりました。
 卑怯な毒ガス攻撃です。
 いまさら卑怯だといってもはじまりませんが、大利根博士から毒ガスのごちそうをうけようとは、今の今まで思っておりませんでした。
「ふふふふ。どうだ、苦しいか」
 マスクの下からひびいてくるその声!
「あっ、貴様は怪塔王だな。こほん、こほん、こほん――」
 帆村は、岩の上にたおれて、はげしくせきをします。貴様は怪塔王だなと叫んだその声は、まるでのどをやぶって出てきたような細いしゃがれた声でありました。
 大利根博士が、いつの間に怪塔王の声色こわいろをつかうようになったのでしょうか。
 博士は、いやに落着きはらって、転げまわっている帆村のそばへやってきました。
「こればかりの薄いガスをくらって、そんなたいそうな苦しみ方をするなんて、なんて弱虫なんだろう。これからの探偵は、ガスマスクぐらい、しょっちゅう持ってあるくがいいぞ」
 博士は、靴の先で帆村の体を力まかせにけとばしました。なんというひどいことをする博士でありましょう。
「おい帆村探偵。こんどというこんどは、貴様を殺してしまうぞ。貴様くらい、わしの邪魔をする奴はないからなあ。いままで生かしておいたのを、ありがたくおもえ」
 博士は、すっかり怪塔王になりきってしまって、腰のあたりから、銀色の筒をとりだした。どうやらこれは、形のかわった殺人光線灯らしいです。
 帆村探偵はどうなりましょうか?


   最大の謎



     1

 洞穴の内の岩礁のうえに争う大利根博士と帆村探偵! 毒ガスが黄いろいもやのように漂っているなかに、怪塔王の声を出す大利根博士は、殺人光線灯を片手に帆村探偵の姿をもとめています。
「あ、そこにいたな」
 魚油灯が大きくゆらいで、岩礁のうえに腹匐はらばいになっている帆村探偵をみつけました。
 もう駄目です。帆村探偵の一命は、風前の灯火ともしびも同様です。殺人光線が帆村の方にむけられ、そしてボタンがおされると、もうすべておしまいです。
 帆村が岩礁のうえに腹匐いになっていたのは、毒ガスからすこしでものがれるためでありました。下には荒潮がぼちゃんぼちゃんと岩を洗っていまして、そこにすこしばかりの風が起っていました。だから重い毒ガスは、下にたまろうとしても、波のためにあおられ、吹きあげられてしまいます。そしてどこをくぐって来るのか、一陣の風がすうっと吹いて来るのです。どこまでも沈着な帆村探偵は、こうしたわずかの安全地帯をもとめて、かろうじて息をついていたのに、いまや大利根博士の持つ殺人光線灯が、最後のとどめを刺そうと狙っています。
 不意に帆村は、ぽんと蹴られました。
「あ、痛!」
 思わず彼は、声を出してしまいました。
「ふふふ、まだ生きていたか。いよいよ殺人光線灯をくらって、往生しろ!」
「待て! 最後に、ちょっと聞きたいことがある」
「なんだ。早く言え」
「貴下は大利根博士ですか、それとも怪塔王ですか」
「そんなことは、どっちでもいい。ほら、もう念仏でも唱えろ」
 もう余裕はありません。帆村の体は、ごろりと一転して、どぶんと荒潮のなかにおちてしまいました??

     2

「あっ、落ちた!」
 大利根博士は、思いがけないできごとに、殺人光線灯のボタンをおすことを忘れて、帆村の落ちた荒びる水面をきょろきょろとながめました。
 大きな水音は、しばらく洞穴のなかを、わぁんわぁんとゆりうごかしていましたが、やがてそれも消えてしまいました。
「ど、どこへ行ったんだろうか。おぼれてしまったのか、それとも渦にまきこまれてしまったかな」
 ぼんやり黄いろく光る魚油灯を、海水のちかくへずっとさしだして見ましたが、帆村の頭も見えず、水をく音さえきこえませんでした。荒潮のなかに落ちた帆村は、そのままどこかへ姿を消してしまったのです。
 とうとう帆村は、浪にのまれて溺れ死んでしまったのでしょうか。それとも何所どこかに生きているのでしょうか? 洞穴のなかを、荒潮は大臼おおうすをひきずるような音をたて、あいかわらずはげしい渦巻をつくって流れています。この荒潮は、帆村探偵の生死をたしかに知っているはずでありますが、残念にも口をきくことができません。
 ところが、その帆村探偵は、しばらくしてはっと我にかえりました。気がついて見ると、いつの間にか、呼吸がたいへん楽になっていました。そして目をあけて見ますと、自分は岩のうえにながながと寝そべっているではありませんか。彼は夢を見ているような気がしました。
「怪博士は?」
 彼は、がばとはねおきました。そしてあたりを見まわしたのでありますが、どうもさっきとは様子がちがっています。
 一道の光が、まぶしくさしこんでいまして、さっきの洞穴とはくらべものにならぬほど明かるい気分にみちています。
 足元には、白い泡をうかべた荒潮が、あるいは高く、或は低く満ち引きしています。そして海鳴うみなりのような音さえ聞えるのです。

     3

 帆村探偵は、奇蹟的に一まず危難をのがれたことを知りました。
 殺人光線灯をかけられようとした途端とたん、彼はこんなものにうたれて体を焼かれるよりはとおもい、おもいきって海中に自ら身をなげたのであります。
 ところが、体はそのままはげしい渦巻にまきこまれてしまい、彼も気をうしないましたが、その間に彼の体は海底をくぐって、岩の下をくぐりぬけ、そしてまた別のこの明かるい洞窟のなかに浮かび出たのです。そこはどうやら海からすぐ入りこんだ洞門らしいのです。
 おそらく彼の体は、海中へ注ぐ潮に流されていくうち、狭くなった水路のところに出ている岩のうえに押しあげられたものでありましょう。どこまでも運のいい帆村探偵でありました。
 こうして一命は助りましたが、荒潮にもまれ流れているうちに、彼の体は幾度となくかたい岩にぶつかったため、全身はずきずきとはげしい痛みに襲われ、どうしても立ちあがることができません。残念ですが、しばらくなおるのを待つこととし、そのまま岩の上に長く寝そべっていました。すると、いろいろなことが思いだされてきました。
(小浜兵曹長はどうしたかなあ)
 彼は、兵曹長の身の上が心配になってきました。
(あの大利根博士という人物は、一体ほんとうの大利根博士なのだろうか。怪塔王みたいな声に聞えたが、あれはどうしたわけだろうか)
 なにもかも不思議というより外はありませんでした。
(しかし世の中に、どんな不思議があるといっても、解けない不思議というものがあろうはずはないのだ。頭をはたらかせさえすれば、その不思議は必ず解けるにちがいないのだ!)
 帆村のこの元気を、神様もよろこばれたのか、そのとき帆村の頭に、なにかぐにゃりとしたものが、ぶっつかりました。

     4

 洞門のいわおのうえ、帆村荘六の頭に、ぽかりとあたったものは何であったでしょうか。
 それはぐにゃりと、きみのわるい手ざわりのものでした。取上げてみて、帆村はびっくり。
「やっ、これは!」
 と、おもわずおどろきの声をあげたのも、むりではありませんでした。帆村のひろったそのぐにゃりとしたものは、やわらかい上質のゴムでつくったマスクでありました。怪塔王が、よく使っているマスクだったのです。
「たいへんなものが見つかった!」
 帆村は、そのマスクを光のさしこむ方にかざして、その面をあらためてみましたが、
「ややっ、これは怪塔王の素顔!」
 と、またまたおどろきの声をあげました。なんというふしぎでしょうか、帆村が手にしているマスクは、怪塔王の素顔――とおもっていた例の西洋人の顔だったのです。それは鼻の低い、頬ぼねのつっぱった汐吹しおふきの顔ではありません。その汐吹のマスクをとったあとに現れた西洋人の顔! 今の今まで、それは怪塔王の素顔だとばかり思っていましたのに、帆村が拾ったマスクは、ふしぎにもその西洋人の顔だったではありませんか。
「なんというふしぎだ。これが怪塔王の素顔でないとしたら、一体怪塔王のほんとうの素顔は、どんなのであろうか?」
 帆村は一時、頭のなかがみだれて、ぼんやりとしていました。しばらくたって、彼はやっとおそろしい事実に気がついたのです。
「そうだ、わかったぞ。怪塔王のほんとうの素顔というのは――」と、その先をいうのがおそろしくて、帆村はおもわずここでつばをのみこみましたが、
「――ほんとうの素顔というのは、あの大利根博士なのだ。大利根博士が、いくつものマスクをつけて、怪塔王になりきっていたのだ。では、あの憎むべき怪塔王の正体は、意外にも大利根博士だったのだ」

     5

 意外も意外です。
 怪塔王の正体をあらってみれば、大利根博士だということになりました。
 帆村探偵は、理屈のうえではたしかにそうなるから間違まちがいないと信じながらも、あまりに事の意外なのに、夢ではないかと、いくたびも考えなおさずにはいられませんでした。
「いや、間違なく、大利根博士が怪塔王だったのだ!」
 帆村は、はっきり自分にいいきかせました。それにちがいないのです。
 ただ、この上のふしぎは国宝的科学者ともいわれているあの大利根博士が、仮面をむけば、なぜあのように憎むべき怪塔王であったかという謎です。それこそは、どうしても解かねばならぬ大きな謎でありました。おそろしい怪塔王の仕業しわざも、みなその謎の中に一しょに秘められているのにちがいありません。なぜ? なぜ? なぜ?
 帆村の勇気は百倍しました。わが海軍の機密を知りぬいている大利根博士が、あの怪塔王だとしたら、これは一刻もそのままゆるしておけないことです。ぜひとも怪塔王をとらえて、そして、なぜ怪塔王がそんなわるいことをするのか、その大きな謎をとかなければ、国防上これはたいへんなことになります。
 怪塔王は一たん死んだものとおもわれましたが、ここにきて、残念ながらそれを取消さなければならなくなりました。
 怪塔王は、まだ生きているのです。岩窟の中で見た大利根博士こそは、外ならぬ怪塔王の姿だったのです。ですから怪塔王は、ただ生きているどころのさわぎではなく、あの岩窟を出て、なにかまた悪いたくらみをしようとしていたのにちがいありません。
 大利根博士の姿をした怪塔王は、いまどこでなにをしているのでしょうか。
「こうしてはいられない!」
 帆村は、潮鳴る洞門のかなたを、きっとみつめました。


   ああ上官



     1

 さてお話は、小浜兵曹長のうえにうつります。兵曹長は、帆村とわかれ、怪塔ロケットへむかいました。黒人たちは、もうすっかりおとなしくなっています。主人のなくなった黒人たちは、まるで虎が猫になったようなものでありました。
 兵曹長は、殺人光線灯を身がまえながら、怪塔の無電室にはいっていきました。そして、さっそく、秘密艦隊をよびだしたのでありました。
「塩田大尉にねがいます。こちらは白骨島において小浜兵曹長です」
 そういって、無線電話をもって、しきりによびかけました。
 艦隊は、そのとき空と海面との両方から、まだ空中にのこっている敵のロケットやら、また海面におちながら、まだ降参しないでうってくる敵の生き残りの者どもと、しきりに戦闘中でありました。
 もちろんこの戦闘は、秘密艦隊の勝となった模様です。しかし、空中に残る一台のロケットがなかなか降参いたしません。それは敵の隊長がたいへん抵抗するためでありました。この最後の一台のロケットが、どういうものかなかなかつよいのです。いささか手をやいているとき、小浜兵曹長からの無電がはいり、軍艦六甲の艦橋にいた塩田大尉がマイクロフォンの前にでました。
「おお、小浜兵曹長か。こちらは塩田大尉だ。お前はよく生きていたな。おれはたいへんうれしいぞ」
 と、まず大尉は、部下の無事をよろこびました。こっちは小浜兵曹長です。上官の声をきいて、どんなに気がつよくなったかわかりません。
「ああ塩田大尉、私も上官のお声を耳にしてどんなにか嬉しゅうございましょう」といいましたが、とたんにおもわず胸のなかが一ぱいになりました。

     2

 塩田大尉と小浜兵曹長の無線電話は、つづきます。――
「塩田大尉、私と帆村探偵とは、首尾よく怪塔王をやっつけてしまいましたから、どうかごあんしんねがいます」
 と、小浜兵曹長は報告しましたが、それは小浜のおもいちがいで、怪塔王はやっつけられもせず、あいかわらず生きてあばれているのでありました。帆村と怪塔王との出くわしについては、なにも知らぬ小浜兵曹長です。そういうぐあいに報告するのも、むりではありません。
「そちらの戦闘の様子はどんな風でありますか」
 これにたいして、塩田大尉は、敵の大敗北であることを報告したうえ、まだあと一台の敵ロケットがしきりに抵抗していることをつたえました。
「――われわれは、その一台をおとすまでは大いにがんばって闘うつもりだ。そのうえで、白骨島へ突入する考えだ、そこは怪塔王の根拠地だからな」
「あっ、こっちへ来られますか。それはますますうれしいです。まったくこの白骨島は、いかにも怪塔王の巣らしく、たくさんの謎にみたされており、そしてまた、いろいろの武器もあるようですよ」
 そういって兵曹長は、いままでに見たり聞いたりしたことを、いろいろとならべました。それが秘密艦隊にとって、どんないい報告だったかいうまでもありません。艦隊では、いよいよ白骨島を一番おしまいの目的地として、すすむことになりました。
 そうなると、いまのうちに早く、敵のロケットをうちおとさねばなりません。空からは飛行機隊が、海面からは艦艇が、力をあわせて最後のロケットめがけて攻めかけました。
 このロケットは、磁力砲の役に立たなくなったことをはやくも察して、いまは逃げる一方です。ロケットの尾部から、黒いガスを出して煙幕をはり、逃げること、その逃げること。

     3

 いま、どっちも、鬼ごっこをしています。
 磁力砲も機関銃もうたず、もっぱらロケットは逃げることに一生けんめいですし、秘密艦隊の方では、それに追いつくことで一生けんめいです。
 そうこうするうちに、このおそろしい鬼ごっこはだんだんと白骨島に近づいてきました。塩田大尉はそれを小浜兵曹長のところへ、さかんに知らせてきます。それを聞いていた小浜兵曹長は、こちらもなんとかしてこの怪塔ロケットをとばせて、むこうから逃げてくる敵の隊長ロケットをむかえうちたいとおもいました。
 兵曹長は、黒人のところへやってきて、
「まだこの怪塔ロケットは、うごかないか」
 と、聞きました。
「いや、なかなかうごきません。こんなに壊れているのですから、考えてもおわかりでしょうが、直るまでにはなかなかたいへんです」
 黒人たちは、そういいました。それで早く直しにかかるのかとおもっていますと、そうでもありません。いやいやながら壊れたところを直しているといった様子が、手にとるように見えます。
 これをみて兵曹長は、心中むっといたしました。この調子では、怪塔ロケットの直しができあがるのはいつのことやらわかりません。そこで考えた兵曹長は、黒人たちにむかい、
「お前たち、壊れたところを早く直した者には自由をあたえる。つまりお前たちの生まれた国へ、安全にかえしてやる」
「え?」と、黒人はおどろき顔です。「早く直した者は、奴隷どれいからゆるされるのですか。自由の身にして、かえしてくれるのですか。それはほんとうですか」
「そうだ、そのとおりだ」
 それを聞くと、黒人たちは、たちまち別の人間のようになり、たがいに、ばたばたこちんこちんと、機械の修理にかかりました。
 ロケットは、まもなく直るでしょう。

     4

 黒人たちが、われがちにと、大さわぎをして怪塔ロケットのわるいところを直すことにかかっていたとき、怪塔の入口のところを、ぶらりとはいってきたのは、別人ならぬ大利根博士でありました。
「誰だろう?」
 黒人たちは、目をぱちくりです。
 大利根博士は、まったく知らぬ顔をして、階上の無電室へのぼっていこうとします。そのとき、小浜兵曹長はこれを見つけて、
「とまれ! あなたは誰ですか」
 と、殺人光線灯をむけました。
「やあ、君のことかね。いま、向こうの洞穴のなかで、帆村君から聞いてきたよ、僕一身いっしんのため、まことにすまないことをした」
「あなたは誰です。どこかで見たことのある人だが」
「わしのことか。君にわからないというのは、たいへん残念だ。わしは大利根じゃ」
「えっ、大利根博士!」
 と小浜兵曹長は、おどろきの目をぐわーっと開き、
「そうだ、はっきり覚えています。軍艦はじめ方々でお目にかかった大利根博士だ。博士、われわれはあなたが怪塔王のために、殺されたこととおもっていました」
 そういいながらも、兵曹長はじっと博士の顔から眼をはなしません。
「そうおもうのも無理はない。なぜか怪塔王は、わしが死んだように見せたかったのだ。わしは、とつぜん研究室にとびこんできた怪塔王たちにつかまり、この島へつれてこられたのだ。そしてあの洞窟のなかにとじこめられ、ひどい目にあっていたよ。さっき帆村探偵にすくわれ、こんなうれしいことはない。しかしよく聞いてみると、君が飛行機でこの島へとんでこなければ、このような勝利は得られなかったとのことだ。いや、お手柄じゃ、お手柄じゃ」
 と、大利根博士はしきりに小浜兵曹長をほめます。博士にほめられて、小浜兵曹長は、わるい気がしませんが、あぶないあぶない、博士の眼がきょろきょろ。

     5

 怪塔ロケットの中です。
 小浜兵曹長は、秘密艦隊との連絡をおえて、ほっと一息というところ。そこへ思いがけなく大利根博士がたずねてきたので、よろこびが二重にふえました。兵曹長は、まさか大利根博士が、あのおそろしい怪塔王だということは知りませんから、大利根博士を心の中に信じきっています。あああぶないことです。なにかまちがいがおこらなければいいですが――
 大利根博士は、なにか小浜兵曹長のすきをみつけてやっつけようと、眼玉をぎょろつかせています。
 ちょうど、そのときでありました。
 窓の外にとつぜんはげしい物音が聞えだしました。
 ぷるっ、ぷるっ、ぷるっ。しゅう、しゅう、しゅう。
 そうしてなにか、いなずまのような白い光が、小浜兵曹長の眼をさっと射しました。
「ああ、なんだろう」
 兵曹長は、すぐ窓のところにかけよりました。彼の顔が、急にかたくなりました。
「あっ、ロケットだ。ロケットが、島へかえってきた」
「えっ、ロケットが、島へかえってきたって」
 大利根博士もつづいて窓のところによりました。なるほどまちがいなくロケットです。西太平洋の空中で、秘密艦隊のためにあべこべ砲で手きびしくやっつけられたロケット隊の生きのこりの一台です。
「おお、あれは隊長ののっているロケットだ」
 大利根博士は、おもわず、そうさけびました。
「えっ、隊長機? 隊長とは、誰のことですか」
 兵曹長は、博士の言葉をききとがめて、たずねました。
「隊長機――というのは、つまり怪塔王の部下で一番えらい奴が、隊長としてのりこんでいるロケットだ――どうだね、小浜君、あのロケットが着陸するのを待ってとり押さえては――」


   光るロケット



     1

 隊長機のロケットを、とり押さえてはどうだと、大利根博士じつは怪塔王からいわれて、小浜兵曹長は大きくうなずき、
「そうだ。よろしい、あのロケットをとり押さえよう。これはすばらしい獲物だ」
 いつ、どんなときにも、おそろしいということをしらぬ勇士小浜兵曹長は、この白骨島に不時着このかた、ちょうど腕がなってしかたがないところでありましたので、怪塔王にいわれるままに、ロケットを分捕ぶんどってしまう決心をかため、階段をかけおりました。
「どちらへお出かけになりますか」
 と、黒人が心配そうにたずねました。そのとき怪塔ロケットは、悪いところが直って、まもなく出発できるようになっていました。ですから、黒人は、兵曹長からの約束で、いよいよ体を自由にしてもらえるときがちかづいたとよろこんでいたところでありました。
「いま、着陸するロケットがあるから、あれを分捕ってくる。ちょっと待っておれ」
「は、そうですか」
 といったものの、黒人は、小浜兵曹長があまりに大きなことをいいだしたのにびっくりして、あとはいいだす言葉も見つかりません。
「じゃ、ちょっと待っているんだぞ」
 といい捨てて、小浜兵曹長は外にとびだしました。
 そのとき、兵曹長の耳をきこえなくしてしまいそうに、ロケットの尾からふきだすガスのはげしい音! それとともに、あたりはもうもうとした白い煙のようなもので、すっかりおおわれてしまいました。兵曹長は、ロケットを見失ったかと思いましたが、そのとき、ひゅうっと、一陣の風もろとも、灰色のロケットの巨体が砂をけちらしながら、四五百メートル先の草原に着陸しました。
「おのれ、分捕ってくれるぞ」
 兵曹長は、猟犬のようにかけだしました。

     2

 ついに、生きのこりの隊長機のロケットが、着陸したのです。小浜兵曹長は、そこまで四五百メートルの間を、一秒でもはやくかけぬけようと大地をけったそのとたん、
「おやっ、あぶない。これはいかん?」
 とさけぶなり、兵曹長は、だあっと地上にうちふしました。
 だだだぁん、どんがらからから。
 ものすごい光が見えたとおもうと、たちまち天地もくずれるような爆音です。ひゅうっばらばらと風をきってとびくるのは、爆弾の破片でありましょう。兵曹長は、いちはやく、頭上からおちてくる爆弾に気がついたので、その破片にやられないため、地上にからだをふせたのです。
 ものすごい爆撃は、なおもつづきます。一体どうしたことでしょうか。
 実は、それは隊長機の最期の場面だったのです。隊長機は、ずいぶんがんばって、秘密艦隊やその空中部隊と、たたかいを交えましたが、あべこべ砲のためついに自分がひどくやっつけられ、その生命とたのんでいた磁力砲がこわれ、使えなくなりました。それでも逃げるだけ逃げようと、根拠地の白骨島へ着陸したとき、追跡してきた空中部隊のためさんざんな目にあわされました。
 磁力砲がこわれてしまえば、もうそのあとは爆弾や砲弾をはじきかえす力がなくなりました。そこをねらって、わが空中部隊は、爆弾の雨をふらせたのです。
 小浜兵曹長は、あぶない一命をたすかりました。そのとき彼のあたまの中には、もう一つのロケットのことをおもいだしました。
 兵曹長がふりかえったとき、煙の間に、眼の底にやけつくようにはっきりみえたのは、怪塔ロケットの出発のありさまです。
 ばばぁん、ばばぁん。
「あっ、しまった。待て!」
 といったが、もうおそい、怪塔ロケットは隊長機といれかわって、大空にとびあがりました。

     3

「黒人のやつ、降参したようにみえていたが、とうとう俺をだまして、怪塔ロケットでにげてしまったか」
 小浜兵曹長は、無念のあまり、腹ばいながら、いくたびか大地をうちましたが、もはやどうにもなりません。
 しかし、みなさんは、すでにおわかりになっているとおもいますが、怪塔ロケットをにわかに出発させたのは黒人ではなく、大利根博士だったのです。博士は、そのようなときがくるのを待っていたのです。しかも、ぐずぐずしていれば、秘密艦隊の爆撃のそば杖をくわないともかぎりません。
 だだだーん、ひゅーっ、どどどん。
 地上からは、半ば壊れながらも、隊長機が、しきりに空中にむけて、砲弾をうちあげています。敵ながらあっぱれの隊長機でありました。それに応じて、わが空中部隊も、ここを先途せんどといさましい急降下爆撃をくりかえします。地上は硝煙しょうえんにつつまれ、あたりはまっくらになりました。
「これは、すごいことになったぞ」
 こうなると、兵曹長も、これから先、自分の運命がどうなるのか、まったくわからなくなりました。あとからあとへつづけざまの爆裂、雨のようにとびくる爆弾の破片、それらはあまりにはげしく、兵曹長は、一時怪塔ロケットをとりにがした無念さをわすれるほどでありました。
 それから何分かたって後のことです。
 地上にあった隊長機は、ついに一大音響をあげて爆発しました。そしてロケットは、一団の火のかたまりとなり果て、そのほのおは、えんえんと天をこがし、すさまじい光景となりました。
 この大爆発のため、小浜兵曹長は、ついに体に二つ三つ傷をうけたらしく、ひりひり痛みだしました。が、しらべてみると幸いにかすり傷ばかりでありました。どこまでもつよい武運によろこんだ兵曹長は煙の中から、すっくと立ちあがりました。

     4

 小浜兵曹長の無念さといったら、なににたとえようもありません。せっかく占領した怪塔ロケットがいつの間にやら兵曹長をあとにのこして、空中へとびあがってしまったのです。硝煙にむせびながら、兵曹長はいくたびとなく空中を見あげましたが、そこには、怪塔ロケットの姿がなく、ただロケットの怪奇な響だけが、ごうごうときこえます。
「なんのことだ。とうとううまく逃げられちまった。ざんねん!」
 兵曹長は、痛手に屈せず、立ちあがりました。このうえは、空中へ信号をして戦友に対し、自分や帆村がこの島にいることをしらせたいとおもいました。そこで、帆村のいる丘の上へのぼるのが一番いいと思って歩きかけたとき、とつぜん、煙の中からとびだして来た一人の人物がありました。
「おお、小浜さん」
 小浜さんとわが名をよばれて、兵曹長は、はっとその方を見ました。
「やあ、帆村さん、まだ爆撃中だから、あまりうごくとあぶないよ。どうして、あなたは、こんなところへ?」
 帆村探偵は、全身ずぶぬれです。
「いや、えらい目にあいました。この上の洞窟の中でね。例の大利根博士にあったんですが、博士のために、すでに一命をおとすところでしたよ」
「ああ大利根博士、博士なら、さっきここへも来たが。――」
「えっ、博士は来ましたか。そして、博士はどうしました。小浜さんは、なんの危害もうけなかったのですか」
 そういわれて、兵曹長は、いまいましそうに舌うちをしました。
「やられたよ、うまくやられてしまった。せっかく怪塔を占領していたのに、博士が来て、うまいこといわれて俺は外へとびだした。すると待っていましたとばかり、怪塔は空へとびだしてしまったよ」


   意外な通信筒



     1

 硝煙のあいだに、ふたたび手をとりあうことのできた帆村探偵と小浜兵曹長とは、たがいに勇気百倍のおもいです。
「小浜さん、これから、どうしますか」
「それはわかっている。あくまで怪塔王をやっつけるのさ。そして、この根拠地をすっかり占領してしまうのさ」
「わかりました。では、われわれはさしあたりなにをすればいいのでしょうか。たたかいは空中で始っています。それなのに、われわれには、飛行機もなければロケットもない。これでは、空中にとびあがろうとおもっても、できないのが残念ですね」
「うむ、さっきから、それを残念がっているところだ。ああ、われに一台の飛行機があれば、怪塔王をどこまでも追撃するんだがなあ」
 と、小浜兵曹長も、両腕をさすってくやしそうです。飛行機のない航空兵、そして空中には壮烈な空中戦がひきつづきおこなわれている。まったく、兵曹長の心のうちは気の毒でありました。
 そのときでありました。硝煙わきたつ島上に、にわかに猛烈なプロペラの音が近づいてまいりました。
「おい帆村君、敵か味方かわからんが、低空飛行でもって、こっちへやって来るやつがいる。はやくそのあたりへ体をかくすがいいぞ」
「あ、わかりました」
 といっているうちに、硝煙をやぶって、二人の頭上に近づいた数台の飛行機がありました。
「あっ、味方の攻撃機だ。あぶない、体をかくせ」
 いちはやく兵曹長は、飛行機の種類を見きわめて声をあげました。機翼にあざやかにえがかれている日の丸! たしかにそれは味方の攻撃機です。しかし、この低空飛行はなぜでしょうか。もし地上攻撃をやるものとしたら、帆村と小浜の両人の生命は、いまや風前の灯火ともしび同様、じつにあぶないことになりました。二人は、化石のようにじっと伏せをしています。

     2

 地上攻撃か? あやうい小浜兵曹長と帆村探偵の生命です。
 ところが、攻撃機編隊は、あっという間に二人の頭上をとびすぎてしまいました。さいわいに地上攻撃のこともありませんでした。
「あ、助った」
 帆村は首をあげて、飛行機のとびさったあとをふりかえりました。
「おい帆村君、今の飛行機は、かならずもう一度ひきかえしてくるから、そのときは、一生懸命に手をふって味方に合図をするんだぞ。機上でこっちを正しく見つけてくれれば、きっと手をかしてくれるだろう」
「そうですか。よろしい。僕は一生懸命機の方へ信号します」
 そういっているうちに、なるほど、ふたたびはげしくプロペラの音が近づいて来ました。この機会をにがしては、味方の飛行機はどっかへ行ってしまうとおもった小浜兵曹長は、帆村をうながしてあらんかぎりの声をだし、地上に手足をばたばたうごかして、こっちのいることを機上へしらせました。
 その瞬間に、編隊はまたものすごい音をたてて、二人の頭上をすれすれにとびさりました。
(さあ、どうなる。うまく機上の戦友に通じたかしらん?)
 そう思っているうちに三たびプロペラの音がきこえはじめました。こんどはさらに低空飛行です。そのうちに、プロペラが空中ではたととまりました。
「あ、着陸だ」
 兵曹長は、一散にかけだしました。
「え、着陸しますか」
 それを聞いて帆村もつづきました。
 攻撃三機は、みごとに砂上に着陸しました。そして、ぐるっとかじをまげて、二人の方へ近づいて来ます。機上からは、戦友がしきりに手をふっています。兵曹長は感きわまって、おもわず眼をくもらせました。

     3

「おい、帆村君、はやく来い」
 小浜兵曹長はそういいすてて、いましも着陸したわが攻撃機の方へむかって走りだしました。
 兵曹長は、戦友の姿をみると、もうじっとしておられなくなったのです。帆村探偵も、兵曹長の心をくみとってつづいてかけだしました。
「おうい、おうい」
 見事に着陸した三機編隊の攻撃機からは、わが空の勇士が地上に下りて、兵曹長たちの方へしきりに呼びかけています。
「おうい、いま行くぞ」兵曹長はいさみたちました。
「帆村君、はやく来いよ」
 兵曹長の眼はかがやき、胸はおどります。この白骨島に不時着してからこっち、おもいがけなく戦友の姿をみたものですから、これほどうれしいことはありません。やがて、人影はだんだん大きくなりました。
「おお、小浜兵曹長! よく生きていたなあ」
 そういって飛行服の勇士の一人がずかずかとよって来ました。それをみると小浜兵曹長は、
「あっ、塩田大尉! 上官でありましたか」
 とさけびました。うれしさのあまり、両眼からは熱い涙がどっときいでました。だきつきたい心を一生懸命おさえて、兵曹長はその場に気をつけをして、さっと挙手の礼をおこないました。
 塩田大尉は、たいへん満足そうに敬礼をかえすなり、兵曹長の手をしっかり握り、そのたくましい肩をたたいて、
「よくまあ無事に生きていたなあ。貴様からの無電が艦隊にはいって来たときには、それを聞いてみな泣いてよろこんでいたぞ」
 といって、大尉がうしろをふりかえると、そこには待っていたなつかしい隊員が、わあっといって小浜兵曹長のまわりをとりかこんで、抱かんばかりのよろこびです。兵曹長はこのとき、姿勢を正し、
「それにつけても、残念なのは、青江のことです。青江を殺して申しわけありません」

     4

「青江は気の毒なことをしたなあ。しかし仕方がないよ、戦争なんだから」
 塩田大尉は、小浜兵曹長の肩をたたいて、なぐさめ顔にいいました。
「小浜は、彼のかたきうちをするつもりでいましたが、こんなことになって不時着し、飛行機をこわしてしまいました。それからこっち、帆村探偵がいろいろと元気をつけてくれたのです。おお、帆村探偵、一しょについて来たと思いましたが、そこらにいませんか」
 帆村探偵は、どこへ行った?
「ああ、あそこにいるのが帆村じゃないかね」
 塩田大尉の指さしたところを見れば、はるか三百メートルほど向こうにおくれて、帆村探偵が地上につきたった大きな筒を、しきりに引抜こうとしているではありませんか。
「あれは帆村探偵です。なにをしているのでしょうか。ちょっと見て来ましょう」
 小浜兵曹長がかけだすと、塩田大尉たちも、それについて、帆村のいるところへ一散ばしりです。
「おい、どうした帆村君」
「ああ、小浜さん、ああ塩田大尉、よく来てくださいました。御挨拶はあとにして、これをみてください。たいへんものものしく大きいが、空からなげおろした通信筒のようです」
「なに、通信筒か」
「はい、いま引抜きます」
 つねに目ざとい帆村が見つけだしたその通信筒からは、なにが出て来たでしょうか。彼は筒の中から一枚の大きな紙をみつけてひろげました。あけてみるとびっくりです。それは、血で書いた奇妙な文字の行列です。
「なんだ、これは」
「おお、これは怪塔ロケットの中にいる黒人が書いてよこしたものです。文を読みますと――スグ丘ノ小屋ノ積藁ツミワラノ下ニアル導火線ノ仕掛ヲ取リノゾカナイト、ワガロケットガ、ソノ上ヲ低空飛行シタノチ、一分以内ニ全島ガ爆破スル、注意セヨ。黒イ鳥」


   天罰



     1

 全島爆破の導火線!
 それが、丘のうえの小屋のなかに積みかさねられた藁の下にある!
 なんというおそろしい仕掛でしょう。しかも怪塔ロケットがやがてこれにちかづけば、わずか一分のうちに爆発するというおどろくべき黒人からのしらせです。
「さあ皆さん、ぐずぐずしてはいられません。飛行機はすぐ滑走できるように用意をしてください。僕はこれからあの丘をのぼって、小屋にかくされている全島爆破の導火線を切ってまいります」
 そういいすてて、帆村探偵はすぐ走りだしました。
「おい、帆村君、待て」
 とさけんで、そのあとを追いかけたのは小浜兵曹長でした。
「君ばかりはやらぬ。俺も共に行く」
 そういっているときでありました。天の一角に、ぶうんと怪しい物音。まるではらわたをかきまわすようなその怪しい音は、まさしく怪塔ロケットがこっちへ飛びもどってきたらしいのです。塩田大尉ははっとして、
「おい、小浜兵曹長、それから帆村探偵もこっちへかえれ、もう丘の上へ行っているひまがない。早く飛行機にのれ。おい、はやくこっちへ帰ってこい」
 と、さけびました。
 大尉の命令がでたのですから、もう仕方がありません。二人とも廻れ右をしてかえってきました。
「あれをみよ。怪塔ロケットがこっちへ近づくぞ。はやく飛行機へのりこめ。下手をすると、滑走しているうちに、この島が爆破するかもしれない」
 塩田大尉の命令一下、全員は攻撃機にのりこみました。小浜、帆村の二人は、二番機に席をあけてもらって、そこへ乗りました。プロペラは廻る。三機の攻撃機は、編隊もあざやかに地上を滑りだしましたが、そのとき怪塔ロケットのびっくりするほど大きな姿が目の前にありました。

     2

 攻撃機は編隊飛行もあざやかに、白骨島を離陸して、空中にとびあがりました。
 編隊長機からは、塩田大尉が無電をもって、二番機と三番機にひっきりなしに命令をつたえています。
「総員、戦闘配置につけ」
 二番機では、無理にのった帆村探偵は、操縦席についている小浜兵曹長のうしろに、できるだけ体を小さくして、つかまっています。はげしい風が、帆村探偵の鼻や口を真正面からひどくおしつけ、そのくるしさといったらありません。
「二番機は、丘の上を向こうへこえて反転、怪塔ロケットの前面を上空から押さえろ。三番機は、編隊長機につづいて、怪塔ロケットを襲撃!」
 命令とともに、二番機はただちに編隊列をはなれました。そして導火線の埋っている丘の上空をとびこえて、やがてあざやかな反転にうつりました。
 そのとき塩田大尉の編隊長機と三番機とは、全力をあげ、ほとんど垂直上昇で、進みくる怪塔ロケットの上に出ました。
 そこへ怪塔ロケットは、もうもうたる白いガスを尾部からふき出しながら、舞いおりてきました。黒人が知らせてきたとおり、怪塔王はいよいよ丘の上に近づいて、白骨島爆破の導火線を磁力砲の力で点火しようという考えとみえます。
 タタタタン、タタタタン。
 挑戦するように、上からは編隊長機と三番機の機銃射撃です。怪塔王は、ガラス窓のところにものすごい形相の顔をつき出し、
「うぬ、邪魔をするか。機銃の弾丸など、何の役に立つものか。この磁力砲でもくらえ」
 と、猛烈な磁力を怪塔の尖端から出しますと、紫の光がさっと空中を流れて上へ!
 あぶない編隊長機と三番機! そのとき、それを待っていましたとばかり、塩田大尉はあべこべ砲のスイッチを入れました。

     3

 あべこべ砲のスイッチの入れかたが、もうすこし遅かったら、塩田大尉ののっている編隊長機も、三番機も、翼をもがれて墜落のほかありませんでした。しかし一足お先に、あべこべ砲がつよい磁力のながれをおさえて、それを地上へはねかえしました。
「あっ、こいつはあぶない!」
 叫んだのは、怪塔王です。自分の放ったつよい磁力が、向こうからはねかえってきて、いましも彼がのぞいていた窓をあっという間にとろとろにとかし、大穴があいて、そこからつよい風がふきこんできました。塔内の機械が、がたがた鳴り、体の軽い怪塔王はふきとばされそうです。
「ううー、なに負けるものか」
 怪塔王は歯をくいしばり、さらに下舵さげかじをとって、怪塔ロケットの頭を下げ、向こうへ逃げようとしましたが、そのとき、
「待っていたぞ。小浜兵曹長はここにおる。青江のかたきだかくごしろ!」
 と、小浜機が正面からつきかかってきました。怪塔王は磁力砲をそっちへ向けましたが、それはすぐはねかえってきました。
「ざ、残念! わしの発明したあべこべ砲で、こうもひどくやられるとは!」
 怪塔王は、まっ青になりました。もうのがれる道はないかと下を見れば、ちょうどいいあんばいに、例の丘のうえをすれすれにとべば向こうへぬけられそうです。
「うん、しめた。あの道一つだ!」
 と、舵をひねって、ひゅーっとつばめのように丘の上にまいさがり、いまそこをとおりすぎようとしたとき、丘は天地もくずれるような大爆音もろとも爆発してしまいました。空は一面火のかたまりです。下からふきあげる岩や泥は、まるで噴火山のようでありました。怪塔の胴中が、まっ二つに折れたところだけは見えましたが、それから先どうなったかわかりません。焔と煙とが、すべてを包んでしまいました。

     4

 怪塔王の最期!
 白骨島の爆発は、なおもそれからそれへとつづき、天地はいよいよくらく、地獄のような火は島の上を炎々と焼きこがしていきます。怪塔王の体はおそらくもう煙になって天へのぼってしまったことでしょう。
 怪塔ロケットを撃ちまくっていた攻撃機の乗組員たちは、すんでのところで、怪塔王のあとを追うところでしたが、正しい者をまもりたまう神の力によって、もうすこしというところで難をまぬかれました。しかしさすがの勇士たちも、しばらくはどうして舵をひいたのか、操縦桿をうごかしたのか、誰も覚えていなかったといいます。気がついたときは、五千メートルの上空を、くるくると木の葉のように舞っていたということです。大爆発とともに、めいめいに空高くふきあげられたものらしく、機体がこわれなかったのがふしぎでした。
 なぜあのような大爆発が起ったのか?
 それは怪塔ロケットの放った強い磁力が、あべこべ砲のためにはねかえされ、怪塔ロケットが丘をこえるよりも一分前に、すでに導火線には火がついていたのです。そしていま爆破するというときに、怪塔ロケットが自らとびこんでいったのです。
 塩田大尉をはじめ、小浜兵曹長や帆村探偵も、みな無事に艦隊へ帰りました。そこには一彦少年が、勇士たちの帰りを待ちかねていました。そしてみなみな元気で凱旋がいせんの途につきました。
「ねえ、帆村おじさん、なぜ大利根博士は、怪塔王になったりして悪いことを働いたんだろうねえ」
 一彦少年は、甲板の上から、白骨島におわかれをしながら、帆村にたずねました。
「あれはね、こうなんだよ。大利根博士は、今世界をひっくりかえそうと企んでいる秘密結社の一員だったのだ。日本のためには、全くあぶないところだったよ」
 といって、探偵は大きな溜息をつきました。

底本:「海野十三全集 第6巻 太平洋魔城」三一書房
   1989(平成元)年9月15日第1版第1刷発行
初出:「東日小学生新聞」東京日日新聞社
   1938(昭和13)年4月8日〜12月4日
入力:tatsuki
校正:kazuishi
2007年1月5日作成
青空文庫作成ファイル:
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