――それでは余り「昔」すぎるだらう。
七月一日(昭和廿一年頃)、とりあへず銀座へ出て見た。しかし銀座あたりの「昔」は、よしんば、その形骸が備はつてゐようとも、大正震災この方三変四変してゐるから、遠い回顧の跡は無い。まして今度の変で銀座はまた全然新規のものになつてしまふ様子だ。
昔は「銀座の夜店」といつたが、近頃ではその夜店が昼店に変つたやうである。店構への様子は前と同じであるが、却つて夜は早仕舞ひになるのは、当分これが戦災後の世相か。
昼頃までは晴れてゐた空が午後から雨模様になつてゐた折柄、一丁目から歩道を歩いてゐるうちに、雨足繁く、夕立になつて来た、露店商人が急に店の取片付けも成らず、テント張りのまゝぬれてゐる午下りの景色は、これまで見かけないものである。斜向うの電車道を越した通りを見ると、片屋根のスマートな、しかし見るからに植民地風な――店舗の飾窓の凹みに、三々五々人が雨宿りに駈込んで空の様子を見てゐる。柳がひよろひよろと雨の中に立つて新芽をつけてゐる。
結局柳だけが昔と変らない銀座風景だつたかもしれない。
底本:「東京の風俗」冨山房百科文庫、冨山房
1978(昭和53)年3月29日第1刷発行
1989(平成元)年8月12日第2刷発行
底本の親本:「東京の風俗」毎日新聞社
1949(昭和24)年2月20日発行
※図版は、底本の親本からとりました。
入力:門田裕志
校正:伊藤時也
2009年1月6日作成
2012年5月16日修正
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