人よ、がたいあの山がいかに高いとも、
 飛躍の念さへせつならば、
 恐れるなかれ不可能の、
 きん駿馬しゆんめをせめたてよ。

登れなほ高く、なほ遠く。たとひさかしらに
 なんぢが心、山腹さんぷく
 泉のそばを慕ふとも、
 よろこびはすべて飛躍である。

みちのなかばにとまる者は、やがて途に迷ふ。
 かつはくるしみかつ悶え
 あやまいかることあつて
 燃立つ心に命がある。

きのふの目標めあて、あすの日はみち障礙しやうげぞ、
 籠の戸いかに固いとも、
 思想はたえず相尅さうこく
 とはに盡きぬはその饑渇きかつ

變化あれよ、向上あれとは、この世の大法たいはふ
 不動の今がいかにして、
 現世げんぜはえを引き※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)はす
 だいコムパスの支點となる。

過ぎし世の智慧ちゑといふもの何のえきかある、
 授くるものは梭櫚しゆろの葉の
 あぶなげも無い勝利のみ。
 これを越えて飛べ、熱烈の夢。

いやしくも飛躍せば、たえず己に超越せよ。
 われとおのれに驚けよ、
 かしらはたしてこの熱に、
 堪へるか否かを問ふ勿れ。

不斷のよくのたえまない人の心を、
 がたい山の上から、ましぐらに、
 未來めがけて不可能の、
 きん駿馬しゆんめし上げる。

底本:「上田敏全訳詩集」岩波文庫、岩波書店
   1962(昭和37)年12月16日第1刷発行
   2010(平成22)年4月21日第38刷改版発行
初出:「朱欒 創刊号」
   1911(明治44)年11月
※「Les Forces tumultueuses」の「L'Impossible」の訳です。
※著者名の原綴り「mile Verhaeren」は、ファイル冒頭ではアクセント符号を略し、「Emile Verhaeren」としました。
入力:川山隆
校正:成宮佐知子
2012年11月2日作成
青空文庫作成ファイル:
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