『古川緑波』の作品一覧

古川 ロッパ(ふるかわ ろっぱ 、古川 緑波とも、1903年(明治36年)8月13日 - 1961年(昭和36年) 1月16日)は、1930年代の日本の代表的コメディアン。編集者、エッセイストとしても活動した。 本名は古川 郁郎(ふるかわ いくろう)。 生涯 生い立ち 古川ロッパは元東京帝国大学総長加藤弘之男爵の長男にあたる加藤照麿男爵の六男として東京市麹町区に生まれた。生後間もなく嫡男以外は養子に出すという家訓により、義理の叔父(父の妹の婿)で満鉄役員の古川武太郎(元陸軍中将の古川宣誉の長男)の養子となる。幼少期より文才に優れ、のちに芸名として用いた「緑波」の号は尋常小学校三年生の頃に自らつけた筆名で、尊敬する文学者巌谷小波に因む。始め読み方は「リョクハ」だった。芸能界入り後は舞台活動では「ロッパ」、文筆活動では「緑波」と使い分けた。) 1911年、福岡県門司に転居し、1916年旧制小倉中学校に入学。1917年東京に戻り旧制早稲田中学校に転校。在学中1918年に映画雑誌『映画世界』を発行、映画評論を執筆して早熟ぶりを発揮する。
出典:Wikipedia
作品底本初版発行日
想い出ロッパの悲食記1995(平成7)年8月24日
ああ東京は食い倒れロッパの悲食記1995(平成7)年8月24日
浅草を食べるロッパの悲食記1995(平成7)年8月24日
色町洋食ロッパの悲食記1995(平成7)年8月24日
うどんのお化けロッパの悲食記1995(平成7)年8月24日
甘話休題ロッパの悲食記1995(平成7)年8月24日
牛鍋からすき焼へロッパの悲食記1995(平成7)年8月24日
下司味礼賛ロッパの悲食記1995(平成7)年8月24日
神戸ロッパの悲食記1995(平成7)年8月24日
氷屋ぞめきロッパの悲食記1995(平成7)年8月24日
このたび大阪ロッパの悲食記1995(平成7)年8月24日
清涼飲料ロッパの悲食記1995(平成7)年8月24日
食べたり君よロッパの悲食記1995(平成7)年8月24日
駄パンその他ロッパの悲食記1995(平成7)年8月24日
八の字づくしロッパの悲食記1995(平成7)年8月24日
富士屋ホテルロッパの悲食記1995(平成7)年8月24日
古川ロッパ昭和日記(01 昭和九年)古川ロッパ昭和日記〈戦前篇〉 新装版2007(平成19)年2月10日
古川ロッパ昭和日記(02 昭和十一年)古川ロッパ昭和日記〈戦前篇〉 新装版2007(平成19)年2月10日
古川ロッパ昭和日記(04 昭和十三年)古川ロッパ昭和日記〈戦前篇〉 新装版2007(平成19)年2月10日
古川ロッパ昭和日記(05 昭和十四年)古川ロッパ昭和日記〈戦前篇〉 新装版2007(平成19)年2月10日