『狩野亨吉』の作品一覧

狩野 亨吉(かのう こうきち、1865年9月17日(慶応元年7月28日) - 1942年(昭和17年)12月22日)は、日本の教育者。号は君山。 第一高等学校の校長、京都帝国大学文科大学初代学長を務める。また、江戸時代の特異な思想家安藤昌益の発見、竹内文書の批判、春画の蒐集でも知られる。 略歴・人物 小学校入学まで 1865年(慶応元年) 久保田藩領の秋田郡大館町(現秋田県大館市)の藩士で代々学者の狩野家の二男に生まれた。父は狩野良知。 1868年(明治元年) 戊辰戦争における秋田戦争で、父狩野良知が勤める大館城が落城。狩野亨吉は姉に背負われて命からがら津軽藩に避難する。 1874年(明治7年) 父が上京し、内務省勤めとなる。 1876年(明治9年) 母と共に上京、狩野家は一家で東京移住となった。番町小学校に入学。 学歴 1878年(明治11年) 同小学校卒業、東京府第一中学(現在の都立日比谷高校)変則科に入学。
出典:Wikipedia
作品底本初版発行日
安藤昌益狩野亨吉遺文集1958(昭和33)年11月1日
歴史の概念狩野亨吉遺文集1958(昭和33)年11月1日
漱石と自分狩野亨吉遺文集1958(昭和33)年11月1日
天津教古文書の批判狩野亨吉遺文集1958(昭和33)年11月1日
修善寺漱石詩碑碑陰に記せる文狩野亨吉遺文集1958(昭和33)年11月1日