猫殊に小猫は赤色を愛すとすれば、首環や涎掛の類は赤いのが第一である、又小猫が赤い首環を嵌め、又は赤い涎掛をして居るのは別けて可愛らしいものであり、殊に白いのや水色の如きは汚れ易いものであるから、猫の欲する上からも、又飼育して愛翫する上からも、小猫には赤色の紐又は涎掛を用いるが好い子供の四五度も生んだ所の爺猫や婆猫には首環でもあるまいし、又涎掛でもあるまいが、丁度斯様なものを与えて愛を増す所の小猫には、他の色よりも赤が好い、猫も喜び吾々が見ても可愛らしい、猫を実用的に飼育する人は兎も角、之を愛して飼育する人の心得べき点と信ずる、又実用的に飼育する人でも美わしい毛色に、赤い紐を首に廻したのは見苦しくもあるまいと思うから、詰らぬ様なことなれども我輩の調査した所によりて猫が赤色を好むと云うことを述べて置く併し今も言う通り或は偶然の結果かも知れぬのであるから間違っても責は負わないのである、色の嗜好よりする首環や涎掛のことは前述の如しとして、茲に是非共白又は水色の如き派手なる首環又は涎掛を結び且つ鈴を着けて置くべき猫がある、之は真黒の熊猫で、此黒い猫は往々にして暗い処に居る時に尾を踏まれたり足を踏まれたりするものである、そこで其首に派手な首環を結び且つ鈴を着け置くなれば、何れに居るかを知ることが出来るから、不測の危害を与うるようなことはないものである、尤も猫の目は能く暗夜に光るものであるから、起きて居る時には其必要も無いようであるけれども寝入て居る時には甚だ険難である、思うに猫の尾や足を踏みて彼をして悲しき声を発せしめたことは何人も実験したことであろう、左れば黒い猫には色の嗜好如何に関せず其身の保護の為めに白色又は水色等の首環と鈴とを着けて置くが良い、併し此鈴と捕鼠とは両立しないもので、如何に其猫が鼠を捕りたくても歩く毎に鈴が鳴っては堪らない、之は鼠に自分の居場所を通知しつつ追いに行くのと同一である、如何に鈍間な鼠でも鈴を着けた猫に捕られるようなことはあるまい、故に鼠を捕らしむる猫には白色又は水色の首環丈にして鈴は見合すべきであるが、小猫には此両者一を欠かぬようにすべきであろう。
底本:「日本の名随筆3 猫」作品社
1982(昭和57)年12月25日第1刷発行
底本の親本:「猫」誠文堂新光社
1980(昭和55)年11月発行
入力:菅野朋子
校正:今井忠夫
2000年11月15日公開
2004年7月21日修正
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