ビジテリアン大祭

 私は昨年九月四日、ニュウファウンドランド島の小さな山村、ヒルテイで行われた、ビジテリアン大祭に、日本の信者一同を代表して列席して参りました。
 全体、私たちビジテリアンというのは、ご存知の方も多いでしょうが、実は動物質のものを食べないというかんがえのものの団結でありまして、日本では菜食主義者と訳しますが主義者というよりは、も少し意味の強いことが多いのであります。菜食信者と訳したら、あるいは少し強すぎるかも知れませんが、主義者というよりは、よく実際にかなっていると思います。もっともその中にもいろいろ派がありますが、まあその精神について大きくわけますと、同情派と予防派との二つになります。
 この名前は横からひやかしにつけたのですが、大へんうまく要領をいあらわしていますから、かまわず私どもも使うのです。
 同情派と云いますのは、私たちもその方でありますが、恰度ちょうど仏教の中でのように、あらゆる動物はみな生命をおしむこと、我々と少しも変りはない、それを一人が生きるために、ほかの動物の命をうばって食べるそれも一日に一つどころではなく百や千のこともある、これを何とも思わないでいるのは全く我々の考が足らないので、よくよくべられる方になって考えて見ると、とてもかあいそうでそんなことはできないとこう云う思想なのであります。ところが予防派の方は少しちがうのでありまして、これは実は病気予防のために、なるべく動物質をたべないというのであります。すなわち肉類や乳汁を、あんまりたくさんたべると、リウマチスや痛風や、悪性の腫脹しゅちょうや、いろいろいけない結果が起るから、その病気のいやなもの、またその病気の傾向けいこうのあるものは、この団結の中に入るのであります。それですからこの派の人たちはバターやチーズもまめからこしらえたり、又菜食病院というものを建てたり、いろいろなことをしています。
 以上は、まあ、ビジテリアンをその精神から大きく二つにわけたのでありますが、又一方これをその実行の方法から分類しますと、三つになります。第一に、動物質のものは全く喰べてはいけないと、則ちけものや魚やすべて肉類はもちろん、ミルクや、またそれからこしらえたチーズやバター、お菓子かしの中でも鶏卵けいらんの入ったカステーラなど、一切いけないという考の人たち、日本ならばまあ、一寸ちょっとかつおのだしの入ったものもいけないという考のであります。この方法は同情派にも予防派にもありますけれども大部分は予防派の人たちがやります。第二のは、チーズやバターやミルク、それから卵などならば、まあものの命をとるというわけではないから、さしつかえない、また大してからだに毒になるまいというので、割合穏健おんけんな考であります。第三は私たちもこの中でありますが、いくら物の命をとらない、自分ばかりさっぱりしていると云ったところで、実際にほかの動物がつらくては、何にもならない、結局はほかの動物がかあいそうだからたべないのだ、小さな小さなことまで、一一吟味ぎんみして大へんな手数をしたり、ほかの人にまで迷惑めいわくをかけたり、そんなにまでしなくてもいい、もしたくさんのいのちのために、どうしても一つのいのちが入用なときは、仕方ないから泣きながらでも食べていい、そのかわりもしその一人が自分になった場合でもあえけないとこう云うのです。けれどもそんな非常の場合は、実に実に少いから、ふだんはもちろん、なるべく植物をとり、動物を殺さないようにしなければならない、くれぐれも自分一人気持ちをさっぱりすることにばかりかかわって、大切の精神を忘れてはいけないとう云うのであります。
 そこで、大体ビジテリアンというものの性質はおわかりでしょうから、これから昨年のその大祭のときのもようをお話いたします。
 私がニュウファウンドランドの、トリニテイの港に着きましたのは、恰度ちょうど大祭の前々日でありました。事によると、間に合わないと思ったのが、うまい工合ぐあいに参りましたので、大へんよろこびました。トルコからの六人の人たちと、船の中で知り合いになりました。その団長は、地学博士でした。大祭に参加後、すぐ六人ともカナダの北境を探険するという話でした。私たちは、船を下りると、すぐ旅装りょそうを調えて、ヒルテイの村に出発したのであります。実は私は日本から出ました際には、ニュウファウンドランドへさえ着いたら、たれもみなそのヒルテイという村の方へ向いてるだろう、世界中から集った旅人が、ぞろぞろそっちへ行くのだろうから、もうすぐみちなんかわかるだろうと思ってりました。ところが、船の中でこそ、遇然ぐうぜんトルコ人六人とも知り合いになったようなもの、実際トリニテイの町に下りて見ると、どこにもそんなビラが張ってあるでもなし、ヒルテイという名を云う人も一人だってあるでなし、実は私も少し意外に感じたので〔以下原稿数枚なし〕

は町をはなれて、海岸の白いがけの上の小さなみちを行きました、そらがくもって居りましたので大西洋がうすくさびたブリキのように見え、秋風は白いなみがしらを起し、小さな漁船はたくさんならんで、その中を行くのでした。落葉松からまつ下枝したえだは、もう褐色かっしょくに変っていたのです。
 トルコ人たちは、みちに出ている岩にかなづちをあてたり、がやがや話し合ったりして行きました。私はそのあとからひとり空虚からのトランクを持って歩きました。一時間半ばかり行ったとき、私たちは海に沿った一つのとうげの頂上に来ました。
「もうヒルテイの村が見えるはずです。」団長の地学博士が私の前に来て、地図を見ながら英語で云いました。私たちは向うを注意してながめました。ひのきの一杯いっぱいにしげっている谷の底に、五つ六つ、白いかべが見えその谷には海が峡湾きょうわんのような風にまっさおに入りんでいました。
「あれがヒルテイの村でしょうか。」私は団長にたずねました。団長は、しきりに地図と眼の前の地形とくらべていましたが、しばらくたって眼鏡めがねをちょっと直しながら、
「そうです。あれがヒルテイの村です。私たちの教会は、多分あの右から三番目に見える平屋根の家でしょう。旗か何か立っているようです。あすこにデビスさんが、住んでいられるんですね。」
 デビスというのは、ご存知の方もありましょうが、私たちの派のまあ長老です、ビジテリアン月報の主筆で、今度の大祭では祭司長になった人であります。そこで、私たちは、にわかに元気がついて、まるで一息にその峠をかけ下りました。トルコ人たちはあしが長いし、背嚢はいのうを背負って、まるで磁石じしゃくに引かれた砂鉄とい〔以下原稿数枚なし〕

そうにあたりの風物をながめながら、三人や五人ずつ、ステッキをひいているのでした。婦人たちも大分ありました。又支那しな人かと思われる顔の黄いろな人とも会いました。私はじっとその顔を見ました。向うでも立ちどまってしまいました。けれどもその日はとうとう話しかけるでもなく、別れてしまいましたが、その人がやはりビジテリアンで、大祭に来たものなことはうたがいもありませんでした。私たちは教会に来ました。教会は粗末そまつ漆喰造しっくいづくりで、ところどころ裂罅割ひびわれていました。多分はデビスさんの自分の家だったのでしょうが、ずいぶん大きいことは大きかったのです。旗や電燈が、ひのきの枝ややどり木などと、上手に取り合せられて装飾そうしょくされ、まだ七八人の人が、せっせと明後日あさって仕度したくをして居りました。
 私たちは教会の玄関げんかんに立って、ベルをしました。
 すぐあから顔の白髪はくはつの元気のよさそうなおじいさんが、かなづちを持ってよこのへやから顔〔以下原稿数枚なし〕

が、ももいろの紙に刷られた小さなパンフレットを、十枚ばかり持って入って来ました。
「お早うございます。なあにかえって御愛嬌ごあいきょうですよ。」
「お早うございます。どうか一枚拝見。」
 私はパンフレットを手にとりました。それは今ももっていますがう書いてあったのです。
「◎偏狭へんきょう非文明的なるビジテリアンをはいす。
マルサスの人口論は、今日定性的には誰も疑うものがない。その要領は人類の居住すべき世界の土地は一定である、又その食料品は等差級数的に増加するだけである、しかるに人口は等比級数的に多くなる。すなわち人類の食料はだんだん不足になる。人類の食料と云えばけだし動物植物鉱物の三種をでない。そのうち鉱物では水と食塩とだけである。残りは植物と動物とが約半々をめる。ところがここにごく偏狭な陰気いんきな考の人間の一群があって、動物は可哀かあいそうだからたべてはならんといい、世界中にこれをいようとする。これがビジテリアンである。この主張は、実に、人類の食物の半分を奪おうとくわだてるものである。換言かんげんすれば、この主張者たちは、世界人類の半分、則ち十億人を饑餓きがによって殺そうと計画するものではないか。今日いずれの国の法律をもってしても、殺人罪は一番重くばっせられる。間接ではあるけれども、ビジテリアンたちも又この罪をまぬかれない。近き将来、各国から委員が集って充分じゅうぶん商議の上厳重に処罰されるのはわかり切ったことである。又この事実は、ビジテリアンたちの主張が、畢竟ひっきょう自家撞着じかどうちゃくに終ることを示す。則ちビジテリアンは動物を愛するがゆえに動物を食べないのであろう。何が故にその為に食物を得ないで死亡する、十億の人類を見殺しにするのであるか。人類も又動物ではないか。」
「こいつは面白おもしろい。実に名論だ。文章も実に珍無類ちんむるいだ。実に面白い。」トルコの地学博士はそのふとった顔を、まるで張りけるようにして笑いました。みんなも笑いました。とにかくみんな寝巻ねまきをぬいで、下に降りて、口をすすいだり顔を洗ったりしました。
 それから私たちは、簡単に朝飯を済まして、式が九時から始まるのでしたから、しばらくバルコンでやすんで待っていました。
 不意に教会の近くから、のろしが一発のぼりました。そらがまっ青に晴れて、一枚の瑠璃るりのように見えました。そのみきったよくみがかれた青ぞらで、まっ白なけむりがパッとたち、それから黄いろな長いけむりがうねうね下って来ました。それはたしかに、日本でやる下りりゅう仕掛しかけ花火です。そこで私ははっと気がつきました。こののろしはちん氏があげているのだ、陳氏が支那式黄竜の仕掛け花火をやったのだと気がつきましたので、大悦おおよろこびでみんなにも説明しました。
 その時又、今朝のすてきなラッパの声が遠くからひびいて参りました。
「来た来た。さあどんな顔ぶれだか、一つ見てやろうじゃないか。」地学博士を先登せんとうに、私たちは、どやどや、玄関へ降りて行きました。たちまち一台の大きな赤い自働車がやって来ました。それには白い字でシカゴ畜産ちくさん組合と書いてありました。六人の、かみをまるで逆立てた人たちが、シャツだけになって、顔をまっ赤にして、何かさけびながら鼠色ねずみいろや茶いろのビラをいて行きました。その鼠いろのを私は一枚手にとりました。それには赤い字でう書いてありました。
「◎偏狭非学術的なるビジテリアンを排せ。
ビジテリアンの主張は全然誤謬ごびゅうである。今この陰気な非学術的思想を動物心理学的に批判して見よう。
 ビジテリアンたちは動物が可哀そうだから食べないという。動物が可哀そうだということがどうしてわかるか。ただこっちが可哀そうだと思うだけである。全体ぶたなどが死というような高等な観念を持っているものではない。あれはただ腹がった、かぶらのくきみつく、うまい、きた、ねむり、起きる、鼻がつまる、ぐうと鳴らす、腹がへった、麦糠むぎぬか、たべる、うまい、つかれた、ねむる、という工合ぐあいに一つずつの小さな現在が続いて居るだけである。殺す前にキーキー叫ぶのは、それは引っぱられたり、たたかれたりするからだ、その証拠しょうこには、殺すつもりでなしに、何か鶏卵けいらんの三十も少し遠くの方でご馳走ちそうをするつもりで、豚の足になわをつけて、ひっぱって見るがいいやっぱり豚はキーキー云う。こんな訳だから、ほんとうに豚を可哀そうと思うなら、そうっとおこらせないように、うまいものをたべさせて置いて、にわかに熱湯にでもたたき込んでしまうがいい、豚は大悦びだ、くるっと毛までけてしまう。われわれの組合では、この方法によって、沢山たくさんの豚を悦ばせている。ビジテリアンたちは、それを知らない。自分が死ぬのがいやだから、ほかの動物もみんなそうだろうと思うのだ。あんまり子供らしい考である。」
 私は無理に笑おうと思いましたが何だか笑えませんでした。地学博士も黄いろなパンフレットを読んでしまって少し変な顔をしていました。私たちは目を見合せました。それからだまっておたがいのパンフレットをとりかえました。黄色なパンフレットには斯う書いてあったのです。
「◎偏狭非学術的なビジテリアンを排せ。
ビジテリアンの主張は全然誤謬ごびゅうである。今これを生物分類学的に簡単に批判して見よう。ビジテリアンたちは、動物が可哀そうだという、一体どこまでが動物でどこからが植物であるか、牛やアミーバーは動物だからかあいそう、バクテリヤは植物だから大丈夫だいじょうぶというのであるか。バクテリヤを植物だ、アミーバーを動物だとするのは、ただ研究の便宜べんぎ上、勝手に名をつけたものである。動物には意識があって食うのは気の毒だが、植物にはないから差しつかえないというのか。なるほど植物には意識がないようにも見える。けれどもないかどうかわからない、あるようだと思って見るとまた実にあるようである。元来生物界は、一つの連続である、動物に考があれば、植物にもきっとそれがある。ビジテリアン諸君、植物をたべることもやめたまえ。諸君は餓死する。又世界中にもそれを宣伝したまえ。二十億人がみんな死ぬ。大へんさっぱりして諸君の御希望にかなうだろう。そして、そのあとで動物や植物が、お互同志食ったり食われたりしていたら、丁度いいではないか。」
 私はなおさら変な気がしました。
 もう一枚茶いろのもあったのです。
「ごらんになったらとりかえましょうか。」
 私はとなりの人に云いました。
「ええ、」その人はあわただしく茶いろのパンフレットをよこしました。私も私のをやったのです。それには黒くこう書いてありました。
「◎偏狭非学術的なるビジテリアンを排せ。
ビジテリアンの主張は全然誤謬である、今これを比較解剖ひかくかいぼう学の立場からごく通俗的に説明しよう。人類は動物学上混食に適するようにできている。歯の形状から見てもわかる。草食獣そうしょくじゅうにある臼歯きゅうしもあれば肉食類の犬歯もある。混食をしているのが人類には一番自然である。そう出来てるのだから仕方ない。それをどう斯う云うのは恩恵おんけい深き自然に対して正しく叛旗はんきをひるがえすものである。よしたまえ、ビジテリアン諸君、あんまり陰気なおまけに子供くさい考は。」
「ふん。今度のパンフレットはどれもかなりしっかりしてるね。いかにもたれもやりそうな議論だ。しかしどっかやっぱり調子が変だね。」地学博士が少し顔色が青ざめて斯う云いました。
「調子が変なばかりじゃない、議論がみんな都合のいいようにばかり仕組んであるよ。どうせ畜産組合の宣伝書だ。」と一人のトルコ人が云いました。
 そのとき又向うからラッパが鳴って来ました。ガソリンの音も聞えます。正直を云いますと私もこの時は少し胸がどきどきしました。さっそく又一台の赤自動車がやって来て小さな白い紙を撒いて行ったのです。
 そのパンフレットを私たちはせわしく読みました。それには赤い字でう書いてあったのです。
「ビジテリアン諸氏に寄す。
 諸君がどんなに頑張がんばって、馬鈴薯ばれいしょとキャベジ、メリケン粉ぐらいを食っていようと、海岸ではあんまりたくさん魚がとれて困る。折角せっかく死んでも、それを食べてれる人もなし、可哀そうに、魚はみんなシャベルでかまになげまれ、煮えるとすくわれて、締木しめぎにかけて圧搾あっさくされる。釜に残った油の分は魚油です。今は一かん十セントです。いわしなら一缶がまあざっと七百ぴき分ですねえ、締木にかけた方は魚粕うおかすです、一キログラム六セントです、一キログラムは鰯ならまあ五百疋ですねえ、みなさん海岸へ行ってめまいをしてはいけません。また農場へ行ってめまいをしてもいけません、なぜなら、その魚粕をつかうとキャベジでも麦でもずいぶんよくれます。おまけにキャベジ一つこさえるには、百疋からの青虫をらなければならないのですぜ。それからみなさんこの町で何かたものをめしあがったり、お湯をお使いになるときに、めまいを起さないように願います。この町のガスはご存知の通り、石炭でなしに、魚油を乾溜かんりゅうしてつくっているのですから。いずれ又お目にかかってくわしく申しあげましょう。」
 この宣伝書を読んでしまったときは、白状しますが、私たちはしばらくしんとしてしまったのです。どうも理論上この反対者の主張が勝っているように思われたのであります。それとて、私も、又トルコから来たその六人の信者たちも、ビジテリアンをやめようとか、全く向うの主張に賛成だとかいうのでもなく、ただ何となくこの大祭のはじまりに、けちをつけられたのが不愉快ふゆかいだったのであります。余興として笑ってしまうには、あんまり意地が悪かったのであります。
 ところが、又もやのろしが教会の方であがりました。まっ青なそらで、白いけむりがパッと開き、それからトントンと音が聞えました。けむりの中から出て来たのは、今度こそ全く支那しな風の五色の蓮華れんげの花でした。なるほどやっぱり陳氏だ、おきょうにある青色青光、黄色黄光、赤色赤光、白色白光をやったんだなと、私はつくづく感心してそれを見上げました。全くその蓮華のはなびらは、ニュウファウンドランド島、ヒルテイ村ビジテリアン大祭の、新鮮な朝のそらを、かすかに光ってい降りて来るのでした。
 それから教会の方で、にぎやかなバンドが始まりました。それが風下でしたから、手にとるように聞えました。それがいかにも本式なのです。私たちは、はじめはこれはよほど費用をかけて大陸からたのんで来たんだなと思いましたが、あとで聞きましたら、あの有名なスナイダーが私たちの仲間だったんです。スナイダーは、自分のバンド(もっともその半数は、みんなビジテリアンだったのです、)を、そっくりつれてやはり一昨日おととい、ここへ着いたのだそうです。とにかく、式の始まるまでは、まだ一時間もありましたけれども、うにぎやかにやられては、とてもじっとして居られません、私たちは、大急ぎで二階に帰って、礼装れいそうをしたのです。土耳古トルコ人たちは、みんなまっ赤なターバンと帯とをかけ、ことに地学博士はあちこちからの勲章くんしょうやメタルを、その漆黒しっこくの上着にかけましたので全くまばゆい位でした。私は三越でこさえた白いあさのフロックコートを着ましたが、これは勿論もちろん、私の好みで作法ではありません。けれども元来きものというものは、東洋風に寒さをしのぐというかんがえも勿論ですが、一方また、カーライルの云う通り、装飾そうしょくが第一なので結局その人にあった相当のものをきちんとつけているのが一等ですから、私は一向何とも思いませんでした。実際きものは自分のためでなく他人のためです。自分には自分の着ているものが全体見えはしませんからほかの人がそれを見て、さっぱりした気持ちがすればいいのであります。
 さて私たちは宿を出ました。すると式の時間を待ち兼ねたのは、あながち私たちだけではありませんでした。教会へ行く途中とちゅう、あっちの小路からも、こっちの広場からも、三人四人ずついろいろな礼装をした人たちに、私たちは会いました。燕尾服えんびふくもあれば厚い粗羅紗そらしゃを着た農夫もあり、じゅをかけた人もあれば、スラッとせた若い軍医もありました。すべてこれらは、私たちの兄弟でありましたから、もう私たちは国と階級、職業とその名とをとわず、ただ一つの大きなビジテリアンの同朋どうぼうとして、「お早う、」と挨拶あいさつし「おめでとう、」と答えたのです。そして私たちは、いつかぞろぞろ列になっていました。列になって教会の門を入ったのです。一昨日おととい別段気にもとめなかった、小さなその門は、赤いいろのそう類と、暗緑のつがとでかざられて、すっかり立派に変っていました。門をはいると、すぐ受付があって私たちはみんな求められて会員証を示しました。これはいかにも偏狭へんきょうなやり方のようにどなたもお考えでしょうが、実際今朝の反対宣伝のような訳で、どんなものがまぎれ込んで来て、何をするかもわからなかったのですから、全く仕方なかったのでありましょう。
 式場は、教会の広庭に、大きな曲馬用の天幕テントを張って、テニスコートなどもそのまま中に取り込んでいたようでした。とてもその人数の入るような広間は、おそらくニュウファウンドランド全島にもなかったでしょう。
 もう気の早い信徒たちが二百人ぐらい席について待っていました。笑い声が波のように聞えました。やっぱり今朝のパンフレットの話などが多かったのでしょう。
 その式場をおおう灰色の帆布はんぷは、黒いもみえだで縦横に区切られ、所々には黄やだいだい石楠花しゃくなげの花をはさんでありました。何せそう云ういい天気で、帆布が半透明はんとうめいに光っているのですから、実にその調和のいいこと、もうこここそやがて完成さるべき、世界ビジテリアン大会堂の、陶製とうせい大天井だいてんじょうかと思われたのであります。向うには勿論花で飾られた高い祭壇さいだんが設けられていました。そのとき、私は又、あの狼煙のろしの音を聞きました。はっと気がついて、私は急いでその音の方教会の裏手へ出て行って見ました。やっぱり陳氏でした。陳氏は小さな支那の子供の狼煙の助手も二人も連れて来ているのでした。そして三人とも、今日はすっかり支那服でした。私は支那服の立派さを、この朝ぐらい感じたことはありません。陳氏はすっかり黒の支度したくをして、袖口そでぐちくつだけ、まばゆいくらいまっ白に、髪は昨日きのうの通りでしたが、支那の勲章を一つつけていました。
 それから助手の子供らは、まるで絵にある唐児からこです。あたまをまん中だけ残して、くりくりって、うやうやしく両手をこまねいて、陳氏のうしろに立っていました。陳氏は私の行ったのを見ると本当にうれしかったと見えて、いきなり手を出して、
「おめでとう。お早う。いいお天気です。天の幸、君にあらんことを。」とつづけざまにべらべら挨拶しました。
「お早う。」私たちは手をにぎりました。二人の子供の助手も、両手を拱いたまま私に一揖いちゆうしました。私も全く嬉しかったんです。ニュウファウンドランド島の青ぞらの下で、この叮重ていちょうな東洋風の礼を受けたのです。
 陳氏は云いました。
「さあ、もう一発やりますよ。あとは式がすんでからです。今度のは、私の郷国の名前では、柳雲飛鳥りゅううんひちょうといいます。柳はサリックス、バビロニカ、です。飛鳥はスワロウです。日本でも、柳とつばめを云いますか。」
「云います。そしてよく覚えませんが、たしか私の方にも、その狼煙はあったはずですよ。いや花火だったかな。それとも柳にけまりだったかな。」
「日本の花火の名所は、東京両国橋ですね。」
「ええそのほか岩国とか石の巻とか、あちこちにもあります。」
「なるほど。さあ、支度。」陳氏は二人の子供に向きました。一人の子は恭しくバスケットから、狼煙玉を持ち出しました。陳氏はそれを受けとってよく調べてから、
「よろしい。口火。」と云いました。も一人の子は、もう手に口火を持って待っていました。陳氏はそれを受けとりました。はじめの子は、シュッとマッチをすりました。陳氏はそれに口火をあてて、急いでのろしづつに投げ込みました。しばらくたって、「ドーン」けむりと一緒いっしょに、さっきの玉は、汽車ぐらいの速さで青ぞらにのぼって行きました。二人の子供も、恭しくうでを拱いて、それを見上げていました。たちまち空で白いけむりが起り、ポンポンと音が下って来それから青い柳のけむりが垂れ、その間を燕の形の黒いものが、ぐるぐるって進みました。
「さあ式場へ参りましょう。お前たち此処ここで番をしておいで。」陳氏は英語で云って、それから私らは、その二人の子供らの敬礼をうしろに式場の天幕テントへ帰りました。
 もう式の始まるに、六分しかありませんでした。天幕の入口で、私たちはプログラムを受け取りました。それには表に
 ビジテリアン大祭次第
挙祭挨拶
論難反駁はんぱく
祭歌合唱
祈祷きとう
閉式挨拶
会食
会員紹介
余興    以上
と刷ってあり私たちがそれを受け取った時丁度九時五分前でした。
 式場の中はぎっしりでした。それに人数もよく調べてあったと見えて、空いた椅子いすとてもあんまりなく、勿論もちろんこしかけないで立っている人などは一人もありませんでした。みんなで五百人はあったでしょう。その中には婦人たちも三分の一はあったでしょう。いろいろな服装や色彩しきさいが、処々ところどころに配置された橙や青の盛花もりばなと入りまじり、秋の空気はすきとおって水のよう、信者たちもまたさっきとは打って変って、しいんとして式の始まるのを待っていました。
 アーチになった祭壇のすぐ下には、スナイダーを楽長とするオーケストラバンドが、半円陣はんえんじんを採り、その左には唱歌隊の席がありました。唱歌隊の中にはカナダのグロッコも居たそうですが、どの人かわかりませんでした。
 ところが祭壇の下オーケストラバンドの右側に、「異教徒席」「異派席」という二つの陶製の標札ひょうさつが出て、どちらにも二十人ばかりの礼装をした人たちが座って居りました。中には今朝の自働車で見たような人も大分ありました。
 私もそこで陳氏と並んで一番うしろに席をとりました。陳氏はしきりに向うの異教徒席や異派席とプログラムとを比較ひかくしながらよほど気にかかる模様でした。とうとう、そっと私にささやきました。
「このプログラムの論難というのは向うのあの連中がやるのですね。」
「きっとそうでしょうね。」
「どうです、異派席の連中は、私たちの仲間にくらべては少し風采ふうさいでも何でも見劣みおとりするようですね。」
 私も笑いました。
「どうもそうのようですよ。」
 陳氏が又云いました。
「けれども又異教席のやつらと、異派席の連中とくらべて見たんじゃ又ずっとちがってますね。異教席のやつらときたら、実際どうも醜悪しゅうあくですね。」
「全くです。」私はとうとうき出しました。実際異教席の連中ときたらどれもみんな醜悪だったのです。
 にわかにみ切った電鈴でんれいの音が式場一杯いっぱい鳴りわたりました。
 拍手はくしゅあらしのように起りました。
 白髯はくぜん赭顔しゃがんのデビス長老が、質素な黒のガウンを着て、祭壇さいだんに立ったのです。そして何か云おうとしたようでしたが、あんまり嬉しかったと見えて、もうなんにも云えず、ただおろおろと泣いてしまいました。信者たちはまるで熱狂ねっきょうして、歓呼拍手しました。デビス長老は、手を大きくって又何か云おうとしましたが、今度も声が咽喉のどにつまって、まるで変な音になってしまい、とうとう又泣いてしまったのです。
 みんなは又熱狂的に拍手しました。長老はやっと気を取り直したらしく、大きく手を三度ふって、何かさけびかけましたけれども、今度だってやっぱりその通り、くずれるように泣いてしまったのです。祭司次長、ウィリアム・タッピングという人で、爪哇ジャワの宣教師なそうですが、せいの高い立派なじいさんでした、が見兼ねて出て行って、祭司長にならんで立ちました。式場はしいんと静まりました。
「諸君、祭司長は、只今ただいますでに、無言をもって百千万言を披瀝ひれきした。れ、げにも尊き祭始の宣言である。しかしながら、いまだ祭司長の云わざる処もある。これ実に祭司長が述べんと欲するものの中の糟粕そうはくである。これをしも、祭司次長が諸君に告げんとほっして、あえとがめらるべきでない。諸君、吾人ごじんは内外多数の迫害はくがいえて、今日までビジテリアン同情派の主張を維持いじして来た。然もこれ未だ社会的に無力なる、各個人個人においてである。然るに今日は既にビジテリアン同情派のかた結束けっそくを見、その光輝こうきある八面体の結晶けっしょうとも云うべきビジテリアン大祭を、この清澄せいちょうなるニュウファウンドランド島、九月の気圏きけんの底に於て析出せきしゅつした。ことにこの大祭に於て、多少の愉快ゆかいなる刺戟しげきを吾人が所有するということは、もっとも天意のある所である。多少の愉快なる刺戟とは何であるか、これプログラム中にある異教および異派の諸氏の論難である。是等これら諸氏はみな信者諸氏と同じく、各自の主義主張のために、世界各地より集りきたった真理の友である。おそらく諸氏の論難は、最痛烈つうれつ辛辣しんらつなものであろう。その愈々いよいよ鋭利えいりなるほど、愈々公明に我等はこれに答えんと欲する。これ大祭開式の辞、最後糟粕の部分である。祭司次長ウィリアム・タッピング祭司長ヘンリー・デビスに代ってこれを述べる。」
 拍手は天幕テントもひるがえるばかり、この間デビスはただよろよろと感激かんげきして頭をふるばかりでありました。
 その拍手の中でデビス長老は祭司次長に連れられて壇を下り透明とうめいな電鈴が式場一杯に鳴りました。祭司次長が又祭壇に上って壇のすみの椅子にかけ、それから一寸ちょっと立って異教徒席の方を軽くさし招きました。
 異教徒席の中からせいの高いふとったフロックの人が出て卓子テーブルの前に立ち一寸会釈えしゃくしてそれからきぱきぱした口調でう述べました。
「私はビジテリアン諸氏の主張に対して二個条の疑問がある。
 第一植物性食品の消化率が動物性食品に比していちじるしく小さいこと。もっとも動物性食品には含水炭素がんすいたんそほとんどないからこれは当然植物から採らなければならない。然しながらもし蛋白質たんぱくしつ脂肪しぼうとについて考えるならば何といっても植物性のものは消化が悪い。単に分析表を見て牛肉と落花生と営養価が同じだとって牛肉の代りにそっくりまめべるというわけにはいかない。人によっては植物蛋白を殆んど消化しないじゃないかと思われることもあるのだ。ビジテリアン諸氏はこれらのことは充分じゅうぶんご承知であろうがなおこれを以て多くの病弱者や老衰者ろうすいしゃならび嬰児えいじにまで及ぼそうとするのはどう云うものであろうか。
 第二は植物性食品はどう考えても動物性食品より美味おいしくない。これは何としても否定することができない。元来食事はただ営養をとる為のものでなく又一種の享楽きょうらくである。享楽と云うよりは欠くべからざる精神爽快剤レフレッシュメントである。労働につかれ種々の患難かんなんに包まれて意気銷沈いきしょうちんした時にはあるいは小さな歌謡かよう口吟くちずさむ、談笑する音楽をく観劇や小遠足にも出ることが大へん効果あるように食事も又一の心身回復剤である。この快楽を菜食ならば著しく減ずると思う。殊に愉快に食べたものならば実際消化もいいのだ。これをビジテリアン諸氏はどうおかんがえであるかうかがいたい。」
 大へん温和おとなしい論旨ろんしでしたので私たちは実際本気に拍手しました。すると私たちの席から三人ばかり祭司次長の方へ手をあげて立った人がありましたが祭司次長は一番前の老人を招きました。その人は白髯しろひげでやはり牧師らしい黒い服装ふくそうをしていましたが壇にのぼって重い調子で答えたのでした。
只今ただいまの御質疑に答えたいと存じます。
 植物性の脂肪や蛋白質の消化があまりよくないことは明かであります。さればといってはなはだ不良なのではなく、ただ動物質の食品に比して幾分いくぶん劣るというのであります。全然植物性蛋白や脂肪を消化しないという人はまあありますまい、あるとすればその人は又動物性の蛋白や脂肪も消化しないのです。さてどう云うわけで植物性のものが消化がよくないかと云えば蛋白質の方はどうもやっぱりその蛋白質分子の構造によるようでありますが脂肪の消化率の少いのはそれが多く繊維素せんいそ細胞壁さいぼうへきに包まれている関係のようであります。どちらも次第しだいに菜食になれて参りますと消化もだんだん良くなるのであります。色々実験の成績もございますから後でご覧を願います。又病弱者老衰者嬰児等の中には全く菜食ではいけない人もありましょう、私どもの派ではそれらに対してまで菜食をいようといたすのではありません。ただなるべく動物たがい相喰あいはむのは決して当然のことでない何とかしてそうでなくしたいという位の意味であります。尤も老人病弱者にてもし肉食をきらうものがあればこれに適するような消化のいい食品をつくる事については私共只今充分努力を致して居るのであります。仮令たとえば蛋白質をば少しく分解して割合簡単な形の消化しやすいものを作る等であります。
 第二に食事は一つの享楽である菜食によってその多分はうばわれるとこれはやはり肉食者よりのお考であります。なるほど普通ふつう混食をしているときは野菜は肉類より美味しくないのですが、けれどももし肉類を食べるときその動物の苦痛を考えるならば到底とうてい美味しくはなくなるのであります。従って無理に食べても消化も悪いのであります。勿論もちろん菜食を一年以上もしますなれば仲々肉類は不愉快なにおいや何かありまして好ましくないのであります。元来食物の味というものはこれは他の感覚と同じく対象よりはその感官自身の精粗せいそによるものでありまして、精粗というよりは善悪によるものでありまして、よい感官はよいものを感じ悪い感官はいいものも悪く感ずるのであります。同じ水をんでも徳のある人とない人とでは大へんにちがって感じます。パンと塩と水とをたべている修道院の聖者たちにはパンの中の糊精こせいや蛋白質酵素こうそ単糖類脂肪などみな微妙びみょうな味覚となって感ぜられるのであります。もしパンがライ麦のならばライ麦のいい所を感じて喜びます。これらは感官が静寂せいじゃくになっているからです。水を呑んでも石灰の多い水、炭酸の入った水、冷たい水、又川のやわらかな水みなしずかにそれを享楽することができるのであります。これらは感官がんで静まっているからです。ところが感官がさんで来るとどこまででも限りなくあらく悪くなって行きます。まあ大抵たいていパンの本当の味などはわからなくなって非常に多くの調味料を用いたりします。すなわち享楽は必らず肉食にばかりあるのではない。むしろ清らかな透明な限りのない愉快と安静とが菜食にあるということを申しあげるのであります。」老人は会釈して壇を下り拍手は天幕テントもひるがえるようでした。祭司次長は立って異教席の方を見ました。異教席からせた顔色の悪いドイツりの男が立ちました。祭司次長は軽く会釈しました。その人も答礼して壇に上ったのです。その人は大へん皮肉な目付きをして式場全体をきろきろ見下してから云いました。
「今朝私どもがみなさんにさしあげて置いた五六枚のパンフレットはどなたも大抵お読み下すった事と思う。私はたしかに評判の通りシカゴ畜産ちくさん組合の理事でまた屠畜とちく会社の技師です。ところが正直のところシカゴ畜産組合がこのビジテリアン大祭を決して苦にするわけはない。何となれば只今前論者の云われたようなトラピスト風の人間というものは今日全人類の一万分一もあるもんじゃない。やっぱりあたり前の人間には肉類は食料として滋養じようも多く美味である。ビジテリアン諸氏が折角せっかく菜食を実行し又宣伝するのを見たところで感服はしても容易に真似まねはしない。則ち肉類の需要が減ずるものでもなし又私たちの組合がこわれたり会社が破産したりするものではない。だから一向反対宣伝もらなければこの軽業かるわざテントの中に入って異教席というこの光栄ある場所に私が数時間窮屈きゅうくつをする必要もない。然しながら実は私は六月からこちらへ避暑ひしょに来てりました。そしてこの大祭にぶっつかったのですから職業がら私の方ではほんの余興のつもりでしたが少し邪魔じゃまを入れて見ようかと本社へ云ってやりましたら社長や何かみな大へん面白おもしろがって賛成して運動費などもよこし慰労旁々いろうかたがた技師も五人寄越よこしました。そこで私たちは大急ぎで銘々めいめい一つずつパンフレットも作り自働車などまでやとってそれをきちらしましたが実は、なあに、一向あなた方が菜っ葉や何かばかりお上がりになろうと痛くもかゆくもないのです。然しまあやりかけた事ですからこれからも一度あのパンフレットを銘々一人ずつご説明して苦しいご返答を伺おうと思います。実は私の方でもあの通り速記者もたのんであります、ご答弁は私の方の機関雑誌畜産友に載せますからご承知を願います。で私のおたずね致したいことはパンフレットにもありました通り動物がかあいそうだからたべないとあなた方はっしゃるが動物というものは一種の器械です。消化吸収排泄はいせつ循環じゅんがん生殖せいしょくう云うことをやる器械です。死ぬのがこわいとか明日病気になって困るとかたれそれと絶交しようとかそんな面倒めんどうなことを考えては居りません。動物の神経だなんというものはただ本能と衝動しょうどうのためにあるです。神経なんというのはほんの少ししか働きません。その証拠しょうこにはご覧なさいにわとりでは強制肥育ということをやる、鶏の咽喉のどにゴム管をあてて食物をぐんぐんんでやる。ふだんの五倍も十倍も押し込む、それでちゃんとふとるのです、面白い位ふとるのです。又犬の胃液の分泌ぶんぴつや何かの工合ぐあいを見るには犬の胸を切って胃の後部を露出ろしゅつして幽門ゆうもんの所を腸とはなしてゴム管に結ぶそして食物をやる、どうです犬は食べると思いますか食べないと思いますか。あっ、どうかしましたか。」
 実際どうかしたのでした。あんまり話がひどかったために婦人の中で四五人卒倒者がありほかの婦人たちも大抵たいてい歯を食いしばって泣いたり耳をふさいで縮まったりしていたのです。式場はにわか大騒おおさわぎになりシカゴの畜産技師も祭壇さいだんの上で困って立っていました。正気を失った人たちはみんなの手で私たちのそばを通って外にかつぎ出され職業の医者な人たちは十二三人も立って出て行きました。しばらくたって式場はしいんとなりました。婦人たちはみんなひどく激昂げっこうしていましたが何分相手が異教の論難者でしたので卑怯ひきょうに思われない為に誰も異議を述べませんでした。シカゴの技師ははんけちで叮寧ていねいに口をぬぐってから又云いました。
「なるほど実にビジテリアン諸氏の動物に対する同情は大きなものであります。も少し言辞に気をつけて申し上げます。ええ、犬はそれを食べます。ぐんぐん喰べます。おわかりですか。又家畜を去勢します。則ち生殖に対する焦燥しょうそうや何かの為に費される勢力エネルギーを保存するようにします。さあ、家畜は肥りますよ、全く動物は一つの器械でそのあしはやくするには走らせる、肥らせるには食べさせる、卵をとるにはつるませる、乳汁をとるには子を近くに置いて子に呑ませないようにする、どうでも勝手次第なもんです。決して心配はありません。まだまだ述べたいのですが又卒倒されると困りますからここまでにいたして置きます。」
 その人は壇を下りました。拍手はくしゅと一処に六七人の人が私どもの方から立ちましたが祭司次長が割合前の方のモオニングの若い人をさしまねきました。その人は落ち着いた風で少し微笑わらいながら演説しました。
只今ただいまのご質問はいかにもごもっともであります。多少御実験などもお話になりましたが実は遺憾いかんながらそれはみな実験になって居りません。
 動物は衝動と本能ばかりだと仰っしゃいましたがまあそうして置きます。その本能や衝動が生きたいということで一杯いっぱいです。それを殺すのはいけないとこれだけでお答には充分じゅうぶんであります。しかしながらさらに詳しいことは動物心理学の沢山たくさんの実験がこれを提供致すだろうと思います。又実は動物は本能と衝動ばかりではないのであります。今朝のパンフレットで見ましても生物は一つの大きな連続であると申されました。人間の心もちがだんだん人間に近いものから遠いものに行われて居ります。人間の苦しいことは感覚のあるものはやっぱりみんな苦しい人間の悲しいことは強い弱いの区別はあってもやっぱりどの動物も悲しいのです。仲々あのパンフレットにあるぶたのように愉快ゆかいには行かないのであります。飼犬かいいぬが主人の少年の病死の時その墓を離れず食物もとらずとうとう餓死がしした有名な例、鹿しかさるの子が殺されたときそれをしたって親もわざと殺されることなどたれでも知っています。馬が何年もその主人を覚えていてたまに会ったときなみだを流したりするのです。前論者の、ビジテリアンは人間の感情をもって強て動物を律しようとするというのに対して、私は実に反対者たちは動物が人間と少しばかり形が違っているのに眼をあざむかれてその本心から起って来る哀憐あいれんの感情をなくしているとご忠告申し上げたいのであります。誰だって自分の都合つごうのいいように物事を考えたいものではありますがどこ迄もそれで通るものではありません。元来私どもの感情はそう無茶苦茶に間違っているものではないのでありましてどうしても本心から起って来る心持は全く客観的に見てその通りなのであります。動物は全く可哀かあいそうなもんです。人もほんとうにあわれなものです。私は全論士にも少し深く上調子でなしに世界をごらんになることを望みます。」
 拍手が強く起りました。拍手の中からかみを長くしたせいの低い男がいきなり異教席を立って壇に登りました。
「私はやはりシカゴ畜産組合の技師です。諸君、今朝のマルサス人口論を基とした議論は読んで下すったでしょう。どうですそれにちがいありますまい。地球上の人類の食物の半分は動物で半分は植物です。そのうち動物をべないじゃ食物が半分になる。たださえ食物が足りなくて戦争だのいろいろ騒動そうどうが起ってるのに更にそれを半分に縮減しようというのはどんなほかに立派な理くつがあっても正気の沙汰さたと思われない。人間の半分十億人が食物がなくて死んでしまう、死ぬ前にはいろいろ大騒ぎが起るその時ビジテリアンたちはどうします。自分たちの起した戦争の中へはいってわれらの敵国を打ちほろぼせと云って鉄砲てっぽうや剣を持って突貫とっかんしますか。それともああこんなはずじゃなかった神よと云ってみんな一緒いっしょにナイヤガラかどこかへ飛び込みますか。そんなことをしたって追い付きません。いや、それよりもこんなことになるのはどこの国の政治家でもすぐわかる、これはいかんと云うわけでお気の毒ながら諸君をみんな終身懲役ちょうえきにしちまいます。まさか死刑しけいにはなりますまいが終身懲役だってそんないいもんじゃありませんよ。どうです。今のうち懺悔ざんげしてやめてしまっては。」
 拍手も笑声も起りました。私たちの方から若い背広の青年が立って行きました。
「あの人は私は知ってますよ。ニュウヨウクで二三べん話したんです。大学生です。」
 その青年は少し激昂げっこうした風で演説し始めました。
「ご質問に対してできるだけ簡単にお答えしようと思います。
 人類の食料は動物と植物と約半々だ。そのうち動物を食べないじゃ食料が半分に減る。いかにもご尤なお考ではありますが大分乱暴な処もある様であります。動物と植物と半々だ、これがまずいけません。半々というのは何が半々ですか。多分は目方でお測りになるおつもりか知れませんが目方で比較ひかくなさるのは大へんご損です。食物の中で消化される分の熱量ででもご比較になったら割合正確だろうと存じます。そう云うふうにしますと一般に動物質の方が消化率も大きいのでありますからよほどお得になります。お得にはなりますがとてもとても半々なんというわけには参りますまい。こんなめずらしい議論の必要が従来あんまりありませんでしたのでおそらくこの計算はまだたれも致しますまいが計算法だけ申し上げて置きましょう。どうぞシカゴ畜産組合の事務所でゆっくり御計算を願います。すなわち世界中の小麦と大麦米や燕麦オート蕪菁かぶら甘藍キャベジあらゆる食品の産額を発見してず第一にその中から各々家畜の喰べる分をさし引きます。その際あんまりびっくりなさいませんように。次にその残りの各々から蛋白質たんぱくしつ脂肪しぼう含水炭素がんすいたんその可消化量を計算してそれからおのおのの発する熱量を計算して合計します。四千三百兆大カロリーとか何とか大体出て参りましょう。今度は牛羊、豚、馬、鶏くじらという工合に今の通りやります。合計二千三百兆大カロリーとか何とか出て来ましょう。両方合せてそれをざっと二十億で割って三百六十五で割って営養研究所の方にでも見ておもらいなさい。計算がちがっているかどうか多分ご返事なさるでしょう。
 さて、ところが只今までの議論は一向私には何でもないのでありまして第一のご質問の答弁の要点はこの次です。すなわち論難者は、そのうち動物を食べないじゃ食料が半分に減ずるというこいつです。冗談じゃありませんぜ。一体その動物は何を食って生きていますか。空気や岩石や水を食べているのじゃないのです。牛や馬や羊は燕麦オートや牧草をたべる。そのために作った南瓜かぼちゃや蕪菁もたべる。ごらんなさい。人間が自分のたべる穀物や野菜の代りに家畜の喰べるものを作っているのです。牛一頭を養うには八エーカーの牧草地がります。そこに一番計算の早い小麦を作って見ましょうか。十人の人の一年の食糧しょくりょうが毎年とれます。牛ならどうです。一年の間にふとる分左様百六十キログラムの牛肉で十人の人が一年生きていられますか。一人一日五十グラムですよ。親指三本の大さですよ。腹がりはしませんか。
 よくおわかりにならないようですがもっと手短かに云いますともし人間が自然と相談して牛肉や豚肉の代りに何か損にならないものをよこしてれと云えば今よりもっとたくさんの人間が生きて行かれる位多くの喰べものを向うではよこすとう云うことです。ただしこれは海産物と廃物はいぶつによって養う分の家畜は論外であります。然しながらそれを計算に入れてもまた大丈夫だいじょうぶです。家畜だってみんな喰べるものばかりでなく羊のように毛を貰うもの馬や牛のように労働をして貰うものいろいろあります。
 次に食料が半分になっちゃ人間も半分になる、いかにも面白おもしろいですが仲々その食料が半分にならない。減るどころか事によると少し増えるかも知れません。ですから大丈夫戦争も起らなければ無期徒刑をご心配して下さらなくても大丈夫です。かえって菜食はみんなの心を平和にしたがいに正しく愛し合うことができるのです。多くの宗教で肉食を禁ずることが大切の儀式ぎしきにはつきものになっているのでもわかりましょう。戦争どこじゃない菜食はあなた方にも永遠の平和をもたらしてせっかく避暑ひしょに来ていながら自働車までやとって変な宣伝をやったり大祭へみ込んで来ていやな事を云って婦人たちを卒倒させたりしなくてもいいようになります。又我々だって無期徒刑じゃない、人類の仲間からと哺乳ほにゅう動物組合、鳥類連盟、魚類事務所などからまで勲章くんしょうや感謝状を沢山贈られる訳です。どうです。おわかりになったらあなたもビジテリアンにおなりなさい。」
 すると前の論士が立ちあがりました。大へん悔悟かいごしたような顔はしていましたが何だかどこかき出したいのをこらえていたようにも見えました。しょんぼりだんに登って来て
「悔悟します。今日から私もビジテリアンになります。」とって今の青年の手をとったのでした。みんなは実にひどく拍手しました。二人は連れ立って私たちの方へ下り技師もその空いた席へこしかけてかたですうすう息をしていました。ところが勿論もちろんこの事の為に異教席の憤懣ふんまんはひどいものでした。一人のやっぱり技師らしい男がずいぶん粗暴そぼうな態度で壇にのぼりました。
「諸君、私の疑問に答えたまえ。
 動物と植物との間には確たる境界がない。パンフレットにも書いて置いた通りそれは人類の勝手に設けた分類に過ぎない。動物がかあいそうならいつの間にか植物もかあいそうになる筈だ。動物の中の原生動物と植物の中の細菌さいきん類とはほとんど相密接せるものである。又動物の中にだってヒドラや珊瑚さんご類のように植物に似たやつもあれば植物の中にだって食虫植物もある、睡眠すいみんる植物もある、ねむる植物などは毎晩邪魔じゃまして睡らせないとれてしまう、食虫植物には小鳥をるのもあり人間を殺すやつさえあるぞ。ことにバクテリアなどは先頃せんころまで度々たびたび分類学者が動物の中へ入れたんだ。今はまあ植物の中へ入れてあるがそれはほんのはずみなのだ。そんな曖昧あいまいな動物かも知れないものは勿論仁慈じんじに富めるビジテリアン諸氏は食べたり殺したりしないだろう。ところがどうだ諸君諸君が一寸ちょっと菜っ葉へをかけてたべる、そのとき諸君の胃袋いぶくろに入って死んでしまうバクテリアの数は百億や二百億じゃけゃしない。諸君が一寸葡萄ぶどうをたべるその一ふさにいくらの細菌や酵母こうぼがついているか、もっと早いとこ諸君が町の空気を吸う一回に多いときなら一万ぐらいの細菌が殺される。そんな工合ぐあいで毎日生きていながら私はビジテリアンですから牛肉はたべません、なんて、牛肉はいくら喰べたって一つの命の百分の一にもならないのだ、偽善ぎぜんと云おうか無智と云おうかとても話にならない。本とうに動物が可あいそうなら植物を喰べたり殺したりするのもたまえ。動物と植物とを殺すのをやめるためにまず水と食塩だけみ給え。水はごくいい湧水わきみずにかぎる、それも新鮮なところにかぎる、すこし置いたんじゃもうバクテリアが入るからね、空気は高山や森のだけ吸い給え、町のはだめだ。さあ諸君みんなどこかしんとした山の中へ行っていい空気といい水と岩塩でもたべながらこのビジテリアン大祭をやるようにし給え。ここの空気は吸っちゃいけないよ。吸っちゃいけないよ。」
 拍手は起り、笑声も起りましたが多くの人はだまって考えていました。その男はもう大得意でチラッとさっき懺悔ざんげしてビジテリアンになった友人の方を見て自分の席へ帰りました。すると私のおどろいたことはこの時までうでこまねいてじっとすわっていたちん氏がいきなり立って行ったことでした。支那しな服で祭壇に立ってはじめて私の顔を見て一寸かすかに会釈えしゃくしました。それから落ち着いて流暢りゅうちょうな英語で反駁はんぱく演説をはじめたのです。
只今ただいまのご論旨ろんしは大へん面白いので私も早速空気を吸うのをやめたいと思いましたがその前に一寸一言ご返事をしたいと存じます。どうぞその間空気を吸うことをお許し下さい。
 さて只今のご論旨ではビジテリアンたるものすべからく無菌の水と岩石ぐらいを喰べて海抜かいばつ二千尺以上ぐらいの高い処に生活すべしというのでありましたが、なるほど私共の中には一酸化炭素と水とから砂糖を合成する事をしきりに研究している人もあります。けれどもここではまず生物連続が面白かったようですからそれを色々応用して見ます。則ち人類から他の哺乳類鳥類爬虫はちゅう類魚類それから節足動物とか軟体なんたい動物とか乃至ないし原生動物それから一転して植物、の細菌類、それから多細胞たさいぼう羊歯しだ顕花けんか植物とう連続しているからもし動物がかあいそうなら生物みんな可哀かあいそうになれ、顕花植物なども食べても切ってもいかんというのですが、連続をしているものはまだいろいろあります。仮令たとえば人間の一生は連続している、嬰児えいじ期幼児期少年少女期青年処女期壮年期老年期とまあ斯うでしょう、ところが実はこれは便宜べんぎ上勝手に分類したので実は連続しているはっきりしたさかいはない、ですから、し四十になる人が代議士に出るならば必ず生れたばかりの嬰児も代議士を志願してフロックコートを着て政見を発表したり燕尾服えんびふくを着て交際したりしなければいけない、又小学校の一年生にエービースィーを教えるなら大学校でもなぜ文学より見たる理論化学とか、相対性学説の難点とかそんなことばかりやってエービースィーを教えないか、と斯う云うことになります。あるいほかの例をもってするならば元来変態心理と正常な心理とは連続的でありますから人類はすべから瘋癲ふうてん病院を解放するか或はみんな瘋癲病院に入らなければいけないと斯うなるのであります。この変てこな議論が一見菜食にだけ適用するように思われるのはそれは思う人がまだこの問題を真剣に考え真実に実行しなかった証拠しょうこであります。斯んなことはよくあるのです。
 いくら連続していてもその両端りょうたんでは大分ちがっています。太陽スペクトルの七色をごらんなさい。これなどは両端に赤とすみれとがありまん中に黄があります。ちがっていますからどうも仕方ないのです。植物に対してだってそれをあわれみいたましく思うことは勿論です。印度インドの聖者たちは実際ゆえなく草をり花をふむこともいましめました。しかしながらこれは牛を殺すのと大へんな距離きょりがある。それは常識でわかります。人間から身体の構造が遠ざかるに従ってだんだん意識がうすくなるかどうかそれは少しもわかりませんがとにかくわれわれは植物を食べるときそんなにひどく煩悶はんもんしません。そこはそれ相応にうまくできているのであります。バクテリヤの事が大へんやかましいようでしたが一体バクテリヤがそこにあるのを殺すというようなことは馬を殺すというようなのと非常なちがいです。バクテリヤは次から次と分裂ぶんれつ死滅しめつしまるですみやかに速かに変化してるのです。それを殺すと云ったところで馬を殺すというようのとは大分ちがいます。又バクテリヤの意識だってよくはわかりませんがとにかく私共が生れつきバクテリヤについては殺すとかかあいそうだとかあんまりひどく考えない。それでいいのです。又仕方ないのです。ただしこれも人類の文化が進み人類の感情が進んだときどう変るかそれはわかりません。印度の聖者たちはさない水は呑みません。普通ふつうの布の水濾しでは原生動物は通りますまいがバクテリヤは通りましょう。まあこれらについてはいくら理論上何と云われても私たちにそう思えないとお答えいたすより仕方ありません。やがて理論的にも又その通り証明されるにちがいありません。私の国の孟子メンシアスと云う人は徳の高い人は家畜かちくの殺される処又料理される処を見ないと云いました。ごく穏健おんけんな考であります。自然はそんなおとしあなみたいなことはしませんから。私共は私共にそなわった感官の状態私共をめぐった条件において菜食をしたいとう云うのであります。ここに於て私はあえて高山にげません。」陳氏はあらしのような拍手はくしゅ一緒いっしょに私の処へ帰って来ました。私が陳氏に立って敬意を示している間に演壇にはもう次の論士が立っていました。
「諸君、しずかにし給え。まだそんなによろこぶには早い。なぜならビジテリアン諸君の主張は比較解剖ひかくかいぼう学の見地からして正に根底から顛覆てんぷくするからである。見給え諸君の歯は何枚あります。三十二枚、そうです。でその中四枚が門歯四枚が犬歯それから残りが臼歯きゅうしと智歯です。でそんなら門歯は何のため、門歯は食物をみ取るため臼歯は何のため植物をくだくため、犬歯はそんなら何のためこれは肉をくためです。これでおわかりでしょう。臼歯は草食動物にあり犬歯は肉食類にある。人類に混食が一番適当なことはこれで見てもわかるのです。すなわち人類は混食しているのが一番自然なのです。ですから我々は肉食をやめるなんて考えてはいけません。」
 ずいぶんみんなこらえたのでしたがあんまりその人の身振みぶりが滑稽こっけいでおまけにいかにも小学校の二年生に教えるように云うもんですからとうとうみんなどっとき出しました。私共の席から一人がすぐ出て行きました。
「只今の比較解剖学からのご説はどうもに落ちないのであります。まず第一に人類の歯に混食が丁度適当だというのにいろいろ議論も起りましょうがまあこれは大体その通りとしていかがです、その次に、人類に混食が一番自然だから菜食してはいかんというのは。
 自然だからその通りでいいということはよく云いますがこれは実はいいことも悪いこともあります。たとえば我々は畑をつくります。そしてある目的の作物を育てるのでありますがこの際一番自然なことは畑一杯いっぱい草が生えて作物が負けてしまうことです。これは一番自然です。前論士がもし農場を経営なすった際には参観さしていただきたい。又人間にはぬすむというようなかんがえがあります。これはきわめて自然のことであります。そんならそのままでいいではないか。と斯うなります。又異教派の方にも大分諸方から鉄道などでおでになった方もあるようでありますが鉄道で一番自然なこと則ちなるべく人力を加えないようにしまするならば衝突しょうとつや脱線や人をいたりするなどがいいようであります。そんならそれでいいではないかポイントマンだのタブレットだの面倒臭めんどうくさいことやめてしまえと斯う云うことになりますがどなたもご異議はありませんか。」斯う云ってその人はさっさっと席にもどってしまいました。すると異教席からすぐ又一人立ちました。
「私は実は宣伝書にも云って置いた通り充分じゅうぶん詳しく論じようと思ったがさっきからのくしゃくしゃしたつまらない議論で頭が痛くなったからほんの一言申し上げる、魚などは諸君がべないたって死ぬ、いわしなら人間に食われるかくじらまれるかどっちかだ。つぐみなら人に食べられるかたかにとられるかどっちかだ。そのとき鰯もつぐみもまっ黒な鯨やくちばしのとがったキスも出来ないような鷹に食べられるよりも仁慈あるビジテリアン諸氏になみだをほろほろそそがれて喰べられた方がいいと云わないだろうか。それから今度は菜食だからって一向安心にならない。農業の方では害虫の学問があって薬をかけたり焼いたりつぶしたりして虫を殺すことを考えている。百姓ひゃくしょうはみんなそれをやる。鯨を食べるならば一ぴきを一万人でも食べられ、又その為に百万疋の鰯を助けることになるのだが甘藍キャベジを一つたべるとその為に青虫を百疋も殺していることになる。まるで諸君の考と反対のことばかり行われているのです。いかがです。」
 すぐ又一人立ちました。
「私はただ一分でお答えする。第一に魚がどんなに死ぬからってそれが私たちの必ずそれを喰べる理由にはならない。又私たちが魚をたべたからって魚が喜ぶかどうかそんなこともわからない。どうせ何かに殺されるだろうからってこっちが殺してやろうと云う訳には参りません。人間が魚をとらなければ海が魚でまってしまうという勘定かんじょうさえあるがそんなめのこ勘定でくもんじゃない。結局こんな間接のことまで論じていたんじゃきりがない、ただわれわれはまっすぐにどうもいけないと思うことをしないだけだ。野菜も又犠牲ぎせいはらうというがそれはわれわれはよく知っている。だから物を浪費ろうひしないことは大切なことなのだ。但し穀作や何かならばそんなにひどく虫を殺したりもしないのだ。極端きょくたんな例でだけ比較をすればいくらでもこんな変な議論は立つのです。結局我々はどうしても正しいと思うことをするだけなのだ。」
 拍手が起りました。その人は壇を下りました。
 異教徒席の中からあかかみを立てたふとったたけの高い人が東洋風に形容しましたら正に怒髪どはつ天をくという風で大股おおまたに祭壇に上って行きました。私たちは寛大かんだいに拍手しました。
 祭司が一人出てその人とならんで紹介しました。
「このお方は神学博士ヘルシウス・マットン博士でありましてカナダ大学の教授であります。このたびはシカゴ畜産組合の顧問こもんとして本大祭に御出席を得只今より我々の主張の不備の点を御指摘ごしてき下さる次第であります。一寸ちょっと紹介申しあげます。」とこう云うのでありました。私たちは寛大に拍手しました。
 マットン博士はしずかにフラスコから水をかたをぶるぶるっとゆすり腹をかかえそれからきわめておもむろに述べ始めました。
「ビジテリアン同情派諸君。本日はこの光彩ある大祭に出席の栄を得ましたことは私の真実光栄とするところであります。
 ついてはこれより約五分間私の奉ずる神学の立場より諸氏の信条を厳正に批判して見たいと思うのであります。しかるに私の奉ずる神学とはしか狭隘きょうあいなるものではない。私の奉ずる神学はただ二言にしてつくす。ただ一なるまことの神はいましたまう、それから神の摂理せつりははかるべからずとうである。これに賛せざる諸君よ、諸君はなおかの中世の煩瑣哲学はんさてつがく残骸ざんがいもってこの明るく楽しく流動まざる一千九百二十年代の人心にのぞまんとするのであるか。今日宗教の最大要件は簡潔である。吾人ごじんの哲学はこの二語を以てすでに千六百万人の世界各地に散在する信徒を得た。いなおよそ神を信ずる者にしてこの二語を奉ぜざるものありや、細部の諍論そうろんしばらくけ、凡そ何人なんぴとか神を信ずるものにしてこの二語を否定するものありや。」咆哮ほうこうし終ってマットン博士は卓を打ち式場を見廻みまわしました。満場しんとして声もなかったのです。博士は続けました。
たたうべきかな神よ。神はまことにして変り給わない、神はすべてをつくり給うた。美しき自然よ。風は不断のオルガンを弾じ雲はトマトのごとく又馬鈴薯ばれいしょの如くである。みちのかたわらなる草花はあるいは赤く或は白い。金剛石こんごうせきかた滑石かっせきやわらかである。牧場は緑に海は青い。その牧場にはうるわしき牛佇立ちょりつし羊群ける。その海には青くよそおえる鰯も泳ぎおおいなる鯨もうかぶ。いみじくも造られたる天地よ、自然よ。どうです諸君ご異議がありますか。」
 式場はしいんとして返事がありませんでした。博士は実に得意になってかかとで一つのびあがり手で円くぐるっとえがきました。
「その中の出来事はみな神の摂理である。すべては総てはみこころである。まことかしこき極みである。主の恵み讃うべく主のみこころは測るべからざるかな。われらこの美しき世界の中にパンをみ羊毛とあさと木綿とを着、セルリイと蕪菁ターニップとを食み又ぶたさけとをたべる。すべてこれ摂理である。み恵みである。善である。どうです諸君。ご異議がありますか。」
 博士は今度は少し心配そうに顔色を悪くしてそっと式場を見まわしました。それから、まるで脱兎だっとのような勢で結論にはいりました。
「私はシカゴ畜産組合の顧問でも何でもない。ただ神の正義を伝えんが為にここに来た。諸君、諸君は神を信ずる。何がゆえに神に従わないか。何故に神の恩恵おんけいこばむのであるか。すみやかにこれを悔悟かいごして従順なる神のしもべとなれ。」
 博士は最後に大咆哮を一つやって電光のように自分の席にもどりそこから横目でじっと式場を見まわしました。拍手が起りましたが同時に大笑いも起りました。というのは私たちは式場の神聖を乱すまいと思ってできるだけこらえていたのでしたがあんまり博士の議論が面白いのでしまいにはとうとうこらえ切れなくなったのでした。一番前列に居た小さな信者が立ちあがって祭司次長に何かいました。次長は大きくうなずきました。
 その人はこの村の小学校の先生なようでした。落ちついて祭壇さいだんに立ってそれから叮寧ていねいにさっきのマットン博士に会釈えしゃくしました。博士はたしかに青くなってぶるぶるふるえていました。その信者は次に式場全体に挨拶あいさつしました。拍手はくしゅは強く起りました。その人は少しニュウファウンドのなまりを入れて演説をはじめました。
「異教論難に対し私はプログラムに許されてある通り宗教演説を以て答えようと思うのであります。
 ヘルシウム・マットン博士の御所説は実に三段論法の典型であります。まず博士の神学を挙げて二度これを満場に承認せしめこれを以て大前提とし次にビジテリアンがこれにそむくことを述べて小前提とし最後にビジテリアンが故に神にそむくことを断定し菜食なる小善の故に神に背くの大罪をおかすことを暗示いたされました。実に簡潔明瞭めいりょうなる所論であります。
 しかるにこの典型的論理に私が多少疑問あることはもっとも遺憾いかんに存ずる次第であります。
 第一に博士の一九二〇年代に適するようにクリスト教旧神学中より抽出ひきだされました簡潔の神学はただこのことばだけで見ますればこれいかにも適当であります。今日此処ここに集まりました人人はあながちクリスト教徒ばかりではありません、されどいずれの宗教においてもこれを云わんとほっするものであります。ただしこれあえて博士の神学でもありません。これ最普通ふつうのことであります。
 第二にその神学の解釈にいたっては私の最疑義を有する所であります。ことにも摂理の解釈に至っては到底とうてい博士は信者とは云われませぬ。摂理なる観念は敢てキリスト教に限らずこれ一般宗教通有のものでありますがその解釈を誤ること我が神学博士のごときものいずれの宗教に於ても又実に多々あるのであります。今一度博士の所説をり返すならば私は筆記して置きましたが、読んで見ます、その中の出来事はみな神の摂理である。すべては総てはみこころである。誠にかしこきわみである。主の恵み讃うべく主のみこころは測るべからざるかな、すべてこれ摂理である。み恵みである。善である。とうです。これをさらに約言するときは斯うなります。現象は総て神の摂理中なるが故に善なりと、まあよろしいようでありますが又ごくあぶないのであります。ここの善というのは神より見たる善であります。絶対善であります。それをもし私たちから見た善と解釈するとき始めて先刻のマットン博士の所説を生じます。現象はみな善である、私が牛を食う、摂理で善である、私がおこってマットン博士をなぐる、摂理で善である、なぜならこれは現象で摂理の中のでき事で神のみむねは測るべからざる哉と、斯うなる、私が諸君にピストルを向けて諸君の帰国の旅費をみんな巻きあげる、大へんよろしい、私がたれかにおどされて旅費を巻きあげそこねそうになる、一発やる、その人が死ぬ、摂理で善である。もっと面白いのはここにビジテリアンという一類が動物をたべないと云っている。神の摂理である善である然るに何故にマットン博士は東洋流に形容するならば怒髪天をいてこれを駁撃ばくげきするか。ここに至って畢竟ひっきょうマットン博士の所説は自家撞着じかどうちゃくに終るものなることを示す。この結論は実にいいことばであります。これ然しながら不肖ふしょう私の語ではない、実にシカゴ畜産組合の肉食宣伝のパンフレット中に今朝拝見したものである。終に臨んで勇敢ゆうかんなるマットン博士に深甚しんじんなる敬意を寄せます。」
 拍手は天幕テントをひるがえしそうでありました。
「大分露骨ろこつですね、あんまり教育家らしくもないビジテリアンですね。」と陳さんが大笑いをしながら申しました。
 ところがその拍手のまだ鳴りやまないうちにもう異教徒席の中からせぎすの神経質らしい人が祭壇にかけ上りました。その人は手をぶるぶる顫わせ眼もひきつっているように見えました。それでもコップの水をんで少し落ち着いたらしく一足進んで演説をはじめました。
「マットン博士の神学はクリスト教神学である。つその摂理の解釈に於て少しく遺憾の点のあったことは全く前論士の如くである。然しながらここに集られたビジテリアン諸氏中約一割の仏教徒のあることを私は知っている。私も又実は仏教徒である。クリスト教国に生れて仏教を信ずる所以ゆえんはどうしても仏教が深遠だからである。自分は阿弥陀仏あみだぶつ化身けしん親鸞僧正しんらんそうじょうによって啓示けいじされたる本願寺派の信徒である。すなわち私は一仏教徒として我が同朋どうぼうたるビジテリアンの仏教徒諸氏に一語を寄せたい。この世界は苦である、この世界に行わるるものにして一として苦ならざるものない、ここはこれみな矛盾むじゅんである。みな罪悪である。吾等われらの心象中微塵みじんばかりも善の痕跡こんせきを発見することができない。この世界に行わるる吾等の善なるものは畢竟ひっきょう根のない木である。吾等の感ずる正義なるものは結局自分に気持がいいというだけの事である。これはうでなければいけないとかこれは斯うなればよろしいとかみんなそんなものは何にもならない。動物がかあいそうだから喰べないなんということは吾等には云えたことではない。実にそれどころではないのである。ただはるかにかの西方の覚者救済者阿弥陀仏に帰してこの矛盾の世界をはなるべきである。それ然る後に於て菜食主義もよろしいのである。この事柄ことがらは敢て議論ではない、吾等の大教師にして仏の化身たる親鸞僧正がまのあたり肉食を行い爾来じらいわが本願寺は代々これを行っている。日本信者の形容をもってすれば一つのつぼの水を他の一つの壺に移すが如くに肉食を継承けいしょうしているのである。次にまた仏教の創設者釈迦牟尼しゃかむにを見よ。釈迦は出離しゅつりの道を求めんがため檀特山だんどくせんなづくる林中に於て六年精進しょうじん苦行した。一日米の実一つぶ亜麻の実一粒を食したのである。されどもついにその苦行の無益をさとり山を下りて川に身を洗い村女のささげたるクリームをとりて食し遂に法悦エクスタシーを得たのである。今日こんにち牛乳や鶏卵けいらんチーズバターをさえとらざるビジテリアンがある。これらはし仏教徒ならば論をたず、仏教徒ならざるも又おおいに参考に資すべきである。更に釈迦は集りきたれる多数の信者に対して決して肉食を禁じなかった。五種浄肉じょうにくとなづけてあまり残忍なる行為こういによらずして得たる動物の肉はこれを食することを許したのである。今日のビジテリアンは実に印度インドいにしえの聖者たちよりも食物のある点について厳格である。されどこれ畢竟不具である畸形きけいである、食物のみ厳格なるも釈迦の制定したる他の律法に一も従っていない。特にビジテリアン諸氏よくこれを銘記めいきせよ。釈迦はその晩年、その思想いよいよ円熟するに従て全く菜食主義者ではなかったようである。見よ、釈迦は最後に鍛工たんこうチェンダというものの捧げたる食物を受けた。その食物は豚肉を主としている、釈迦はこの豚肉の為にあらかじめ害したる胃腸を全く救うべからざるものにしたらしい。その為にとうとう八十一歳にしてクシナガラという処に寂滅じゃくめつしたのである。仏教徒諸君、釈迦を見ならえ、釈迦の行為こうい模範もはんとせよ。釈迦の相似形となれ、釈迦の諸徳をみなその二万分一、五万分一、あるいは二十万分一の縮尺スケールに於てこれを習修せよ。然る後に菜食主義もよろしかろう。諸君のごと畸形きけいの信者は恐らく地下の釈迦も迷惑めいわくであろう。」
 拍手はテントもひるがえるばかりでした。
 私はこの時あんまりひどい今のことばに頭がフラッとしました。そしてまるでよろよろ出て行きました。
 何を云うんだったと思ったときはもう演壇に立ってみんなを見下していました。
 陳氏が一番向うでしきりに拍手していました。みんなはまるで野原の花のように見えたのです。私は云いました。
「前論士は仏教徒として菜食主義を否定し肉食論を唱えたのでありますが遺憾いかんながら私はまた敬虔けいけんなる釈尊の弟子でしとして前論士の所説の誤謬ごびゅうを指摘せざるを得ないのであります。ず予めここで述べなければならないことは前論士は要するに仏教特に腐敗ふはいせる日本教権に対して一種骨董こっとう的好奇心を有するだけで決して仏弟子でもなく仏教徒でもないということであります。これその演説中数多あまた如来正※(「彳+扁」、第3水準1-84-34)にょらいしょうへんちに対してあるべからざる言辞をろうしたるによって明らかである。特にその最後の言を見よ、地下の釈迦も定めし迷惑であろうと、これ何たる言であるか、何人なんぴとか如来を信ずるものにしてこれを地下にありというものありや、我等は決してかくごとき仏弟子の外皮をかぶ貢高邪曲ぐこうじゃきょくの内心を有する悪魔あくまの使徒を許すことはできないのである。見よ、彼は自らの芥子けしの種子ほどの智識をもってかの無上土を測ろうとする、その論を更に今私は繰り返すだもずる処であるが実証の為にこれを指摘してきするならば彼は斯う云っている。クリスト教国に生れて仏教を信ずる所以ゆえんはどうしても仏教が深遠だからであると。クリスト教信者諸氏、処をえて次の如き命題を諸氏は許容するか、仏教国に生れてクリスト教を信ずる所以はどうしてもクリスト教が深遠だからであると。諸君はその軽薄けいはくに不快を禁じ得ないだろう。私から云うならば前論士の如きにいずれの教理が深遠なるや見当も何もつくものではないのである。次に前論士は吾等われらの世界に於ける善について述べられた。この世界に行わるる吾等の善なるものは畢竟ひっきょう根のない木であると、これはおそらくは如来のみ力を受けずして善はあることないという意味であろう私もそう信ずる。その次にこれは斯うなればよろしいとかこれはこうでなければいけないとかそんなものは何にもならない、とこれも私は如来のみ旨によらずして我等のみの計らいにてはそうであると思う。前論士も又その意味で云われたようである。但しただすみやかにかの西方の覚者に帰せよと、これは仏教の中に於て色々諍論そうろんのある処である。今はこれを避ける。ただ我等仏教徒はまず釈尊の所説の記録仏経に従うということだけを覚悟かくごしよう。仏経に従うならば五種浄肉は修業未熟のものにのみ許されたこと楞迦経りょうがきょうに明かである。これとても最後涅槃経ねはんぎょう中には今より以後汝等なんじら仏弟子の肉を食うことを許されずとされている。その五種浄肉とても前論士の云われた如き余り残忍なる行為こういによらずしてというごとき簡単なるものではない。仏教中の様々の食制に関するかんがえは他にたれか述べられる予定があったようであるからここにはこれを略する。但し最後に前論士は釈尊の終りに受けられた供養くようが豚肉であるという、何という間違まちがいであるか豚肉ではないきのこの一種である。サンスクリットの両音相類似する所から軽卒けいそつにもあのような誤りを見たのである。茲においてか私は前論士の結論を以て前論士にこたえる。仏教徒諸君、釈迦を見ならえ、釈迦の相似形となれ、釈迦の諸徳をみなその二万分一、五万分一、あるいは二十万分一の縮尺スケールに於てこれを習修せよ。ああこの語気の軽薄けいはくなることよ。私はこれを自ら言いてさらにそを口にした事をじる。
 私は次に宗教の精神より肉食しないことの当然を論じようと思う。キリスト教の精神は一言にして云わば神の愛であろう。神天地をつくりたもうたとのつくるというようなことばは要するにわれわれに対する一つの譬喩ひゆである、表現である。マットン博士のように誤った摂理せつり論を出さなくてもよろしい。畢竟は愛である。あらゆる生物に対する愛である。どうしてそれを殺して食べることが当然のことであろう。
 仏教の精神によるならば慈悲じひである、如来の慈悲である完全なる智慧ちえそなえたる愛である、仏教の出発点は一切いっさいの生物がこのように苦しくこのようにかなしい我等とこれら一切の生物と諸共もろともにこの苦の状態を離れたいとう云うのである。その生物とは何であるか、そのことあまりに深刻にして諸氏の胸を傷つけるであろうがこれ真理であるから避け得ない、率直そっちょくに述べようと思う。すべての生物はみな無量のカルパの昔から流転るてんに流転を重ねて来た。流転の階段は大きく分けて九つある。われらはまのあたりその二つを見る。一つのたましいはある時は人を感ずる。ある時は畜生ちくしょうすなわち我等が呼ぶ所の動物中に生れる。ある時は天上にも生れる。その間にはいろいろの他のたましいと近づいたり離れたりする。則ち友人や恋人こいびとや兄弟や親子やである。それらがたがいにはなれ又生をへだててはもうお互に見知らない。無限の間には無限の組合せが可能である。だから我々のまわりの生物はみな永い間の親子兄弟である。異教の諸氏はこの考をあまり真剣で恐ろしいと思うだろう。恐ろしいまでこの世界は真剣な世界なのだ。私はこれだけを述べようと思ったのである。」
 私は会釈えしゃくしてだんを下り拍手はくしゅもかなり起りました。異教徒席の神学博士たちももうこれ以上論じたいような景色も見えませんでした。けれども異教徒席の中にだってみんな神学博士ばかりではありませんでした。丁度ヘッケルのような風をした眉間みけんに大きな傷あとのある人がにわかに椅子いすを立ちました。私は今朝のパンフレットから考えてきっとあれは動物学者だろうと考えたのです。
 その人はまるで顔をまっ赤にしてせかせかと祭壇にのぼりました。我々は寛大かんだいに拍手しました。その人はぶるぶるふるえる手でコップに水をついでのみました。コップの外へも水がすこしこぼれました。そのふるえようがあんまりひどいので私は少し神経病のうたがいさえももちました。ところが水をのむとその人は俄かにピタッと落ち着きました。それからごくしずかに何か云いそうに口をしましたがそのことばはなかなか出て来ませんでした。みんなはしんとなりました。その人は突然とつぜん爆発ばくはつするようにさけびました。二三度どもりました。
「な、な、な何がゆえに、何が故に、君たちはど、ど、動物を食わないと云いながら、ひ、ひ、ひ、羊、羊の毛のシャッポをかぶるか。」その人は興奮の為にガタガタふるえてそれからやけに水をのみました。さあ大へんです。テントの中はけるばかりの笑い声です。
 陳氏ももう手をたたいてころげまわってから云いました。
「まるでジョン・ヒルガードそっくりだ。」
「ジョン・ヒルガードって何です。」私はたずねました。
「喜劇役者ですよ。ニュウヨーク座の。けれどもヒルガードには眉間にあんな傷痕きずあとがありません。」
「なるほど。」
 そのあとはもう異教徒席も異派席もしいんとしてしまってたれも演壇に立つものがありませんでした。祭司次長がしばらく式場を見まわして今のざわめきが静まってから落ちついて異教徒席へ行きました。ほかにお立ちの方はありませんかとでも云ったようでしたが誰もしんとして答えるものがありませんでしたので次長は一寸ちょっと礼をして引き下がりました。
「すっかり参ったようですね。」陳氏が私に云いました。私も実際うれしかったのです。あんなに頑強がんきょうに見えたシカゴ軍があんまりもろく粉砕ふんさいされたからです。う云ってはなんだか野球のようですが全くそうでした。そこで電鈴でんれいがずいぶん永く鳴りました。そのすきとおった音に私の興奮した心はもう一ぺん透明とうめいなニュウファウンドランドの九月というような気分にもどりました。みんなもそうらしかったのです。陳氏は
「私はもう一発やって来ますから。」と云いながら立ちあがって出て行きました。
 その時です。神学博士がまたしおしおと壇に立ちました。そしてしょんぼりと礼をして云ったのです。
「諸君、今日私は神の思召おぼしめしのいよいよ大きく深いことを知りました。はじめ私は混食のキリスト信者としてこの式場にのぞんだのでありましたが今や神は私に敬虔けいけんなるビジテリアンの信者たることを命じたまいました。ねがわくは先輩諸氏愚昧ぐまい小生のごときをも清き諸氏の集会の中に諸氏の同朋どうぼうとして許したまえ。」
 そして壇を下って頭を垂れて立ちました。
 祭司次長がすぐ進んで握手あくしゅしました。みんなは歓呼の声をあげ熱心に拍手してこの新らしい信者をむかえたのです。
 すると異教席はもうめちゃめちゃでした。まっ黒になって一ぺんに立ちあがり一ぺんに壇にのぼって
い改めます。許して下さい。私どももみんなビジテリアンになります。」と声をそろえて云ったのです。
 祭司次長がすぐ進んで一人ずつ握手あくしゅしました。そして一人ずつ壇を下ってこっちの椅子にすわりました。歓呼と拍手とで一杯いっぱいでした。椅子が丁度うまい工合ぐあいにあったのです。何だかあんまりみんなうまい工合でした。そのとき外ではどうんと又一発陳氏ののろしがあがりました。その陳氏がもう入って来て私に軽く会釈してまだ立ちながら向うを見て云いました。
「おやおやみんな改宗しましたね、あんまりあっけない、おや椅子も丁度いい、はてな一つあいてる、そうだ、さっきのヒルガードに似た人だけまだ頑張がんばってる。」
 なるほどさっきのおしまいの喜劇役者にた人はたった一人異教徒席に座ってうでを組んだり髪をきむしったりいかにも仰山ぎょうさんなのでみんなはとうとうひどく笑いました。
「あの男の煩悶はんもんなら一体何だかわからないですな。」陳氏が云いました。
 ところがとうとうその人は立ちあがりました。そして壇にのぼりました。
「諸君、私は誤っていた。私は迷っていたのです。私は今日からビジテリアンになります。いや私は前からビジテリアンだったような気がします。どうもさっきまちがえて異教徒席に座りそのためにあんな反対演説をしたらしいのです。諸君許したまえ。つ私考えるに本日異教徒席に座った方はみんな私のように席をちがえたのだろうと思う。どうもそうらしい。その証拠しょうこには今はみんな信者席に座っている。どうです、前異教徒諸氏そうでしょう。」
 私のおどろいたことは神学博士をはじめみんな一ぺんに立ちあがって
「そうです。」と答えたことです。
「そうでしょう。して見ると私はいよいよ本心に立ち帰らなければならない。私はあるいはご承知でしょう、ニュウヨウク座のヒルガードです。今日は私はこのお祭をにぎやかにするために祭司次長からたのまれて一つしばいをやったのです。このわれわれのやった大しばいについて不愉快ふゆかいなお方はどうか祭司次長にその攻撃こうげきの矢を向けて下さい。私はごく気の弱い一信者ですから。」
 ヒルガードは一礼して脱兎だっとのように壇を下りただ一つあいた席にぴたっと座ってしまいました。
「やられたな、すっかりやられた。」陳氏は笑いころげ哄笑こうしょう歓呼拍手は祭場も破れるばかりでした。けれども私はあんまりこのあっけなさにぼんやりしてしまいました。あんまりぼんやりしましたので愉快なビジテリアン大祭の幻想げんそうはもうこわれました。どうかあとの所はみなさんで活動写真のおしまいのありふれた舞踏ぶとうか何かを使ってご勝手にご完成をねがうしだいであります。
底本:「新編 銀河鉄道の夜」新潮文庫、新潮社
   1989(平成元)年6月15日発行
   1994(平成6)年6月5日13刷
入力:土屋隆
校正:高柳典子
2007年1月6日
青空文庫作成ファイル:
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