地球照ある七日の月が、
海峡の西にかかって、
岬の黒い山々が
雲をかぶってたゞずめば、
そのうら寒い螺鈿の雲も、
またおぞましく呼吸する
そこに喜歌劇オルフィウス風の、
赤い酒精を照明し、
妖蠱奇怪な虹の汁をそゝいで、
春と夏とを交雑し
水と陸との市場をつくる
  ……………………きたわいな
  つじうらはっけがきたわいな
  オダルハコダテガスタルダイト、
  ハコダテネムロインデコライト
  マオカヨコハマ船燈みどり、
  フナカハロモエ汽笛は八時
  うんとそんきのはやわかり、
  かいりくいっしょにわかります
海ぞこのマクロフィスティス群にもまがふ、
巨桜の花の梢には、
いちいちに氷質の電燈を盛り、
朱と蒼白のうっこんかうに、
海百合の椀を示せば
釧路地引の親方連は、
まなじり遠く酒を汲み、
魚の歯したワッサーマンは、
狂ほしく灯影を過ぎる
  ……五がつははこだてこうえんち、
    えんだんまちびとねがひごと、
    うみはうちそと日本うみ、
    りゃうばのあたりもわかります……
夜ぞらにふるふビオロンと銅鑼、
サミセンにもつれる笛や、
繰りかへす螺のスケルツォ
あはれマドロス田谷力三は、
ひとりセビラの床屋を唱ひ、
高田正夫はその一党と、
紙の服着てタンゴを踊る
このとき海霧ガスはふたたび襲ひ
はじめは翔ける火蛋白石や
やがては丘と広場をつゝみ
月長石の映えする雨に
孤光わびしい陶磁とかはり、
白のテントもつめたくぬれて、
紅蟹まどふバナナの森を、
辛くつぶやくクラリオネット

風はバビロン柳をはらひ、
またときめかす花梅のかほり、
青いえりしたフランス兵は
桜の枝をさゝげてわらひ
船渠会社の観桜団が
瓶をかざして広場を穫れば
汽笛はふるひ犬吠えて
地照かぐろい七日の月は
日本海の雲にかくれる

底本:「日本随筆紀行第二巻 札幌|小樽|函館 北の街はリラの香り」作品社
   1986(昭和61)年4月25日第1刷発行
底本の親本:「校本 宮澤賢治全集 第三巻」筑摩書房
   1975(昭和50)年6月
入力:土屋隆
校正:noriko saito
2006年10月24日作成
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