叔母さん。けさほどは、長いお手紙をいただきました。私の健康状態やら、また、将来の暮しにいて、いろいろ御心配して下さってありがとうございます。けれども、私はこのごろ、私の将来の生活に就いて、少しも計画しなくなりました。虚無ではありません。あきらめでも、ありません。へたな見透しなどをつけて、右にすべきか左にすべきか、はかりにかけて慎重に調べていたんでは、かえって悲惨なつまずきをするでしょう。
 明日の事を思うな、とあの人も言って居られます。朝めざめて、きょう一日を、充分に生きる事、それだけを私はこのごろ心掛けて居ります。私は、うそを言わなくなりました。虚栄や打算で無い勉強が、少しずつ出来るようになりました。明日をたのんで、その場をごまかして置くような事も今は、なくなりました。一日一日だけが、とても大切になりました。決して虚無では、ありません。
 いまの私にとって、一日一日の努力が、全生涯の努力であります。戦地の人々も、おそらく同じ気持ちだと思います。叔母さんも、これからは買い溜などは、およしなさい。疑って失敗する事ほど醜い生きかたは、ありません。私たちは、信じているのです。一寸の虫にも、五分の赤心がありました。苦笑なさっては、いけません。無邪気に信じている者だけが、のんきであります。私は文学をやめません。私は信じて成功するのです。御安心下さい。

底本:「太宰治全集10」ちくま文庫、筑摩書房
   1989(平成元)年6月27日第1刷発行
   1998(平成10)年6月15日第4刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房
   1975(昭和50)年6月〜1976(昭和51)年6月
初出:「都新聞」
   1941(昭和16)年12月2日
入力:増山一光
校正:土屋隆
2006年1月13日作成
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