静かで気らくな ハメリン町に、
いつの頃やら ねずみがふえて、
そこでもチュウチュ ここでもチュウチュ、
ねずみのお宿は こちらでござる。
猫にゃかみつく 赤んぼはかじる、
犬とけんかも するあばれかた。
帽子にゃ巣をくう 着物はやぶる、
奥さん方の おしゃべりさえも、
きいきいごえで けされる始末。
町の人たち あきれてしまい、
よるとさわると ねずみのうわさ、
あげくの果が ためいきばかり。
これではならぬと 皆おしかける。
町の役場は たいしたさわぎ。
『もし市長さん 議員のおかた、
うすのろ頭を どうしぼっても、
ねずみたいじの 工夫はないか。
それが出来なきゃ こうまんらしい、
公服ぬがせて おいだすばかり。』
こりゃたまらぬと ぱちくり眼、
市長さん議員さん みな青いかお。
なんとかうまい 智慧ふんべつを、
しぼり出さねば こりゃなるまいと、
さっそくひらく 大協議会。
つくえのまわりに しかつめらしく、
眉をひそめて ならんでみたが、
どうにもこうにも そもはじめから、
ないない智慧が 出るはずはない、
ずんずんたつのは 時ばかり。
頭かきかき 市長のいうにゃ、
『でんでんででむしではあるまいし、
智慧だせだせと せめつけられても、
無い智慧出されぬ 面目ござらぬ、
にげこむねずみの 穴ほしや。』[#「。』」は底本では「。」]
ふいに扉口で こっとりことり、
そりゃまたねずみだ 胸どっきどき、
しょぼしょぼ眼に きょろきょろ眼、
客とわかって やれやれ安心、
『おはいんなさい』と 皆大いばり。
入って来たのは こりゃまあなんと、
世にもふしぎな ようすの男。
赤と黄いろの だんだらまだら、
奇妙な形の マントをひいて、
やせてひょろひょろ 背高のっぽ。
顔はつるつる ひげなし男、
髪はふさふさ どす黒い顔、
うす気味わるいは ぎらぎら青い、
針によくにた その細い目と、
いつも笑うよな その口もとだ。
『まるでこの世の 人ではないぞ、
墓の下から 出て来たようだ。』
一人の議員は こうつぶやいた。
男はかまわず ずかずかはいる、
つくえのそばまで もうやって来た。
『なんと皆さん まほうの笛で、
飛ぶ、はう、およぐ、ありとある
鳥けだものを 音にひきよせる、
ふしぎなまだらの 笛ふき男、
これがせっしゃの 名前でござる。』
それから男は いろいろ語る、
笛でたてたる 功名ばなし。
なるほど黄いろと 赤まんだらの、
領布に下げたる まほうの笛を、
手先でむずむず はや吹きたそう。
感心したよな 議員の顔を、
ながめた男は こうまんらしく、
『どうだね皆さん お困りものの
ねずみはわしが 退治てあげる。
かわりに千円 お礼はもらう。』
男のことばを 皆まできかず、
『なに千円だ そりゃ安いもの。
ねずみ退治が 成功したら、
五千円でも 今すぐあげる。』
市長も議員も いちどにいった。
そこで男は 四辻に出ると、
にっこり、まほうの笛、口にあて、
なれた手つきで 歌口しらべ、
器用にあけたり またふさいだり、
ピュウロ[#「ピュウロ」は底本では「ビュウロ」]、ピュウロと 高音に鳴らす。
高音に鳴らす 二度、また三度、
やがて大ぜい ひそひそばなし、
ひそひそばなしが ぶつぶつごえに、
ぶつぶつごえが がやがやさわぎ
どどっどどっと 大どよめきに。
おやおや、出た出た ねずみが出たぞ。
そこの床でも チュウチュウチュウ、
ここの軒でも チュウチュウチュウ、
がたがたばたばた よちよちころころ
笛にうかれて とんだりはねたり。
黒ねずみ赤ねずみ 灰いろねずみ、
ひょろひょろねずみに ぶくぶくねずみ
じじいねずみに 若い衆ねずみ、
親子きょうだい おじおばいとこ、
尻尾ふりたて ひげくいそらす。
男はなおも 節おもしろく、
街から街へと 吹きたてゆけば、
おくれちゃならぬと 一生けんめい、
町のねずみの おどりの行列、
ぞろぞろがやがや あとおいかける。
ピュウロ、ピュウロと 笛吹きたてる。
ねずみは夢中で あとから走る。
はや目の前に ウェーゼル河の
岸まで来ると 笛吹き男、
これを限りと 笛吹きたてる。
こりゃたまらない てんと面白い、
河でも海でも かまうこたないぞ、
とびこめ、とびこめ 大うかれねずみ。
あとからあとから どんぶりこっこ、
ぶくぶくぶくぶく おぼれて死んだ。
なかに一ぴき 肥っちょねずみ、
こりゃたまらぬと 一生けんめい、
河をわたって ねずみの国へ、
しらせをもって ほうほう逃げた。
それにはなんと 書いてある――
はじめ笛の音 きこえた時にゃ、
牛のはらわた 食いかくような、
林檎の甘汁 しぼり出すような、
冷蔵箱のふた 取るような、
うまそうな匂いが ぷんぷんたった。
『食べろよ食べろ ねずみたち食べろ、
世界じゅうが 食料店になったぞよ。』
きくと、うかうか 皆だまされた。
『だって ふしぎさ あの大河が、
ごちそうの海に 見えたもの。』
とにかくねずみは 残らず死んだ。
あとににおいも 残らぬように、
それ壁をぬれ それ穴ふさげ。
市長も議員も ほくほく顔で、
鐘をならして 町じゅうの祝い。
そのお祝の まっさいちゅうに、
ひょっこり帰った 笛吹き男。
『さあ約束だ お礼の千円、
すぐにはらってもらいたい。』
きいて市長は また青い顔。
みすみす旅の 風来坊に、
千円とられちゃ たまらない。
『あれはまったく 冗談、冗談、
五十円なら あげましょ。』と、
市長は横むいて 知らん顔。
『これこれ冗談 いいっこなし、
わたしは急ぎの 旅の者、
早く千円 もらいたい。
出さぬというなら もう一度、
音いろのちがった 笛を吹く。』
『たれがおどしに のるものか、
吹きたきゃなんでも 吹くがいい、
きさまのような 素乞食野郎に
千円とられて なるものか、
五十円なら 相当だ。』
腹を立てたる 笛吹き男、
四辻に立って 笛、口にあて、
ピュウロ、ピュウロと また吹き立てる、
どんな上手な 音楽師でも、
とても及ばぬ やさしい調子。
おやと見るうち 方方の子供、
かたかた、ぱたぱた 小さな足音。
おしゃべりするやら 手をたたくやら、
元気なこえで 大高わらい、
笛にうかれて とんで出たとんで出た。
出てくる出てくる あれあれごらん、
黄金のかみの毛 まっ赤なほぺた、
水晶のまなこ しんじゅの白歯、
かわいざかりの 男と女、
町の子どもは 皆あつまった。
男はさっさと あるいて行くし、
笛はますます 高音にひびく、
子どもはぞろぞろ あとを追う。
けれどあぶない やれあぶないぞ、
みすみす目の前の 大ウェーゼル河。
市長も議員も おうしのように、
だんまりんぼと ただはらはら、
どうなることかと 見ているばかり。
ところで男は 河まで行くと、
ふと西むいて 河岸づたい。
『だが[#「『だが」は底本では「だが」]むこうには 大山がある。
コッペルベルヒと いうその山は、
けわしい道の ことだから、
しょせん子どもに ついては行けぬ。』
まずまずこれでと ほっと息。
けれどふしぎや 子どもたち、
山のふもとに 行きついたとき、
さっとふたつに その山がわれ、
笛吹き男も おどり子たちも、
ずんずん中へ なだれこむ。
みんなの姿が かくれると、
われ目はとじて もとのまま。
びっこの子どもが ただ一人、
おくれてついて 行くうちに、
山がしまって 残された。
その子は町に かえったが、
いつもなんだか さびしそう。
どうしてそんなに 元気なく、
ふさいでいるかと たずねると、
子どもはいつも こういった。
『笛吹男の やくそくの
国へ行かれず 残された。
それがかなしい なさけない、
だってこの世で 見られない、
たのしい、たのしい 国だもの。
そこはきれいな 天国で
花はしぼまず 咲きつづき、
鳥はほがらに 歌うたう。
しかも年じゅう よい天気、
ぽかぽかとして 春のよう。』
あとにあわれな 町の人、
どうにか子どもを とりかえす、
工夫に脳みそ しぼったが、
影もかたちも 行方がしれず、
泣けどくやめど かいはない。
これはまったく 親たちが、
やくそく破った みせしめだ。
けれど子どもに 罪はない、
だからたのしい 天国へ
子どもらだけが 行ったのだ。
それとさとった 親たちは、
すっかり心を いれかえて、
笛吹男の はなしをば
石にきざんで 世にのこし、
罪ほろぼしを したという。
底本:「世界童話集 思ひ出の國」東西社
1947(昭和22)年6月10日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
※底本では表題が「魔法の笛」「まほうの笛」と混在していますが、目次と柱の表記に従い「魔法の笛」を採用しました。
入力:京都大学電子テクスト研究会入力班(荒木恵一)
校正:京都大学電子テクスト研究会校正班(大久保ゆう)
2009年8月31日作成
青空文庫作成ファイル:
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