「受け取れよ、世界を!」ゼウスは天上から人間に呼びかけた。「受け取れ、これはお前たちのものだ。お前たちにおれは之を遺産とし、永遠の領地として贈つてやる。さあ、仲好く分け合ふのだ。」忽ち先を爭つて、手のある限りの者は四方八方から走り集つた。農民は、原野に繩を張りらし、貴公子は、狩獵のための森林を占領し、商人は物貨を集めて倉庫に滿し、長老は貴重な古い葡萄酒を漁り、市長は市街に城壁をらし、王者は山上に大國旗を打ち樹てた。それぞれ分割が、殘る隈なくすんだあとで、詩人がのつそりやつて來た。彼は、遙か遠方からやつて來た。ああ、その時は、地球の表面に存在するもの悉くに、其の持主の名札が貼られ、一坪の青草原さへ殘つてなかつた。「ええ情ない! なんで私一人だけがみんなから、かまつて貰へないのだ。この私が、あなたの一番忠實な息子が?」と大聲に苦情を叫びながら、彼はゼウスの玉座の前に身を投げた。「勝手に夢の國でぐづぐづして居て、」と神はさへぎつた。「何もおれを怨むわけが無い。お前は一體どこに居たのだ。みんなが地球を分け合つて居るとき。」詩人は泣きながらそれに答へて、「私は、あなたのお傍に。目はあなたの顏にそそがれて、耳は天上の音樂に聞きほれて居ました。この心をお許し下さい。あなたの光に陶然と醉つて、地上のことを忘れて居たのを!」「どうすればいい?」とゼウスは言つた。「地球はみんな呉れてしまつた。秋も、狩獵も、市場も、もうおれの物でない。お前がこの天上におれと一緒に居たいなら、時々やつて來い。此所はお前の爲に空けて置く!」
詩は、それでおしまひであるが、此の詩人の幸福こそ、また學生諸君の特權でもあるのだ。これを自覺し、いぢけず、颯爽と生きなければならぬ。實生活に於ける、つまらぬ位置や、けちくさい資格など、一時、潔く抛棄してみるがよい。諸君の位置は、天上に於て發見される。雲が、諸君の友人だ。
無責任に大げさな、甘い觀念論で、諸君を騙さうとして居るのでは無い。これは、最も聰明な、實情に即してさへゐる道である。世の中に於ける位置は、諸君が學校を卒業すれば、いやでもそれは與へられる。いまは、世間の人の眞似をするな。美しいものの存在を信じ、それを見つめて街を歩け。最上級の美しいものを想像しろ。それは在るのだ。學生の期間にだけ、それは在るのだ。もつと、具體的に言ひ度いが、今日は何だか腹立たしい。君たちは何をまごまごして居るのか、どんと背中をどやしつけてやり度い思ひだ。頭の惡い奴は、仕樣がない。チエホフを、澤山讀んでみなさい。さうしてそれを眞似して見なさい。私は無責任なことは言つて居ない。それだけでもまづやつてみなさい。少しは、私の言ふこともわかるやうになるかもしれない。
失禮なことばかり言ひました。けれども、こんな亂暴な言ひ方でもしないことには、諸君は常にいい加減に聞き流すことに馴れて居る。諸君の罪だけではないけれども。
底本:「太宰治全集11」筑摩書房
1999(平成11)年3月25日初版第1刷発行
初出:「月刊文化學院 第二巻第二号」
1940(昭和15)年3月30日発行
入力:小林繁雄
校正:阿部哲也
2011年10月12日作成
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