今日人は此の單純野蠻なる審判を吾等には無關係なる遠き代のをかしき物語として無關心に語り傳ふれども、熟々惟みるに現在吾々の營める社會に於ても、一切の事總て貝殼の投票によりて決せらるるにはあらざるか。厚顏無智なる彌次馬が、その數を頼みて貝殼をなげうつは、敢てアゼンスの昔に限らず、到る處に行はると雖、殊に今日の日本に於てその甚しきを思はざるを得ず。その横暴に苦しみつつ、手を束ねて追放を待つは、潔きには似たれどもわが生身の堪ふるところにあらず、果して多數者と意嚮を同じくするや否やはしらずといへども、如かず進んで吾も亦わが一票を投ぜんには。(大正六年冬)
底本:「水上瀧太郎全集 九卷」岩波書店
1940(昭和15)年12月15日発行
入力:柳田節
校正:門田裕志
2004年12月5日作成
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