それは可愛らしい、お河童かっぱさんの人形であった。丸裸体まるはだかのまま……どこをみつめているかわからないまま……ニッコリと笑っていた。
 ……時間と空間とを無視した……すべての空虚を代表した微笑であった。
 ……真実無上の美くしさ……私は、その美くしさが羨ましくなった。云い知れず憎々しくなった。そのスベスベした肌の光りが無性に悲しく、腹立たしく、自烈度じれったくなった。
 その人形を壊してしまいたくなった。その微笑をメチャメチャにしたくなった。私は人形を抱き上げて、静かに首をねじって見た。するとその首は、殆んど音も立てないで、ポックリと折れた中から、竹の咽喉笛のどぶえがヒョイと出て来た……人を馬鹿にしたように……。
 私は面白くなった。
 拳固げんこを固めてポカリと頭をたたき割ったら、鋸屑おがくずの脳味噌がバラバラと崩れ落ちて来た。胴を掴み破ると、ボール紙の肋骨ろっこつが飛び出した。その下から又、薄板の隔膜と反故紙ほごがみの腸があらわれた。手足をポキポキとヘシ折ったら、中味は灰色の土の肉ばかりで、骨のとこ空虚うつろになっていることがわかった。
 けれども人形は死ななかった。何もかもバラバラになったまま、可愛らしくニコニコしていた。
 私はいよいよ苛立いらだたしくなった。人形の破片かけらを残らず古新聞に包んで、グルグルと押し丸めて、庭の隅のハキダメにタタキ込んだ。……こんな下らないものを作った人形師をのろいながら…………。
 その古新聞紙はハキダメの中で雨にたたかれて破れた。メチャメチャになった人形の手足が、ゴミクタの中に散らばった。その中から可愛らしい硝子ガラスの片眼だけが、高い高い青空を見詰めながら、いつまでもいつまでも微笑していた。私はずっと後になってそれを発見した。そうして何かしらドキンとさせられた。
 私は履物のかかとで、その片眼を踏みつけた。全身の重みをかけてキリキリと廻転した。
 白い太陽がキラキラと笑った。

底本:「夢野久作全集3」ちくま文庫、筑摩書房
   1992(平成4)年8月24日第1刷発行
底本の親本:「日本探偵小説全集 第十一篇 夢野久作集」改造社
   1929(昭和4)年12月3日発行
入力:柴田卓治
校正:しず
2000年5月19日公開
2003年10月24日修正
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