十一日 垣にぶら下がっていた南瓜がいつの間にか垂れ落ちて水引の花へ尻をすえている。我等が祖先のニュートンはいかにエライ者であったかと云う事を考えると隣の車井戸の屋根でアホーと鴉が鳴いた。
十二日 傘を竪にさす。雨は横に降る。
十三日 豆腐屋が来た。声の波の形が整わぬので新米という事が分る。
十四日 雪隠でプラス、マイナスと云う事を考える。
十五日 今日のようなしめっぽい空気には墓の匂いが籠っておるように思う。横になって壁を踏んでいると眼瞼が重くなって灰吹から大蛇が出た。
十六日 涼しいさえさえした朝だ。まだ光の弱い太陽を見詰めたが金の鴉も黒点も見えない。坩堝の底に熔けた白金のような色をしてそして蜻の眼のようにクルクルと廻るように見える。眩しくなって眼を庭の草へ移すと大きな黄色の斑点がいくつも見える。色がさまざまに変りながら眼の向かう方へ動いて行く。
(明治三十三年十月『ホトトギス』)