一、この一巻は六朝・唐・五代・宋・金・元・明・清の小説筆記の類から二百二十種の怪奇談を抄出した。敢て多しというではないが、これに因って支那のいわゆる「志怪の書」の大略は察知し得られると思う。
一、この一巻を成したのは、単に編者の猟奇趣味ばかりでない。編者の微意は本文中の「開会の辞」に悉されているから、ここに重ねて言わない。
一、訳筆は努めて意訳を避けて、原文に忠ならんことを期した。しかも原文に拠ればとかくに堅苦しい漢文調に陥るの弊あり、平明通俗を望めば原文に遠ざかるの憾みあり、その調和がなかなかむずかしい。殊に浅学の編者、案外の誤訳がないとは限らない。謹んで識者の叱正を俟つ。
一、同一の説話が諸書に掲出されている例は少なくない。甲に拠るか、乙を探るか、時代の先後によるか、その採択に迷う場合もしばしばあったが、それは編者が随意に按排することにした。
一、支那には狐、鬼、神仙の談が多い。しかも神仙談は我が国民性に適しないと見えて、比較的に多く輸入されていない。したがって、この集にも神仙談は多く採らなかった。
昭和十年九月、古中秋無月の夕
岡本綺堂