闇夜の梅

三遊亭圓朝

鈴木行三校訂編纂




        一

 エヽ講談の方の読物は、多く記録、其の他(た)古書等(とう)、多少拠(よりどころ)のあるものでござりますが、浄瑠璃や落語人情噺に至っては、作物(さくぶつ)が多いようでござります。段々種を探って見ると詰らぬもので、彼(か)の浄瑠璃で名高いお染久松のごときも、実説では久松が十五、お染が三歳(みッつ)であったというから、何(ど)うしても浮気の出来よう道理がござりませぬ。久松が十五の時、主人の娘お染を桂川の辺(ほとり)で遊ばせて居る中(うち)に、つい過(あやま)ってお染を川の中へ落したから御主人へ申訳がない、何うかして助けにゃならぬと思ったものか、久松も続いて飛込むと、游泳(およぎ)を知らなかったからついそれ切りとなった。これを種にしてお染久松という質店(しちみせ)の浄瑠璃が出来ましたものでござります。又大阪の今宮という処に心中があった時に、或(ある)狂言作者が巧(たくみ)にこれを綴(つゞ)り、標題を何(なん)としたら宜(よ)かろうかと色々に考えたが、何うしても工夫が附きませぬ、そこで三好松洛(みよししょうらく)の許(もと)へ行って、
 「なんとこれ迄に拵(こしら)えたが、外題(げだい)を何とつけたらよかろう」
 「いやお前のように、そんなに凝(こ)っちゃアいけませぬ、寧(いっ)そ手軽く『心中話たった今宮』と仕たらようござりましょう」
 「成程」
 と直(すぐ)に右の通(とおり)の外題にして演(や)ると大層に当ったという話がある。その真似をして林家正藏(はやしやしょうぞう)という怪談師が、今戸(いまど)に心中のあった時に『たった今戸心中噺』と標題を置き拵えた怪談(はなし)が大(たい)して評が好(よ)かったという事でござります。この闇夜の梅と題するお話は、戯作物などとは事違い、全く私(わたくし)が聞きました事実談でござります。
 えゝ、浅草に三筋町(みすじまち)と申す所がある。是も縁で、三筋町があるから、其の側に三味線堀というのがあるなどは誠におかしい、それゆえ生駒(いこま)というお邸(やしき)があるんだなんぞは、後(あと)から拵えたものらしい。下谷(したや)があるから上野があって、側に仲町(なかちょう)がありまして上中下(じょうちゅうげ)と揃(そろ)って居(お)る。縁というものは何う考えても不思議なもので、腕尽(うでずく)にも金尽(かねずく)にも及ばぬものだというが、これは左様かも知れませぬ、まア呉服屋などで、不図(ふと)地機(じばた)の好(よ)い、お値段も恰好(かっこう)な反物(たんもの)を見附けたから買おうと思って懐中(ふところ)へ手を入れて見ると、金子(かね)が少々足りないから、一旦立ち帰り、金子(きんす)の用意をして再び来ると、誠にお気の毒様でござりますが、貴方(あなた)がお帰りになると、直に入らしったお方が見せて呉れと仰(おっ)しゃいまして、到頭(とうとう)其の方の方へ縁附(えんづき)になりました。いやそれは残念な事をした、もうあゝいうのはありませぬか。へい、あれは二百反の中(うち)二反だけ別機(べつばた)であったのですから、もう外(ほか)にはござりませぬ。それでは仕方がない、縁がなかったのだろう。と諦めてしまうと、時経(た)ってから不意と田舎などから、自分が買いたいと思った品とそっくりな反物を貰う事などがある。又お馴染(なじみ)の芸者でも、生憎(あいにく)買おうと思った晩外にお約束でもあれば逢う事は出来ませぬ。又金子(かね)を沢山懐中(ふところ)に入れて芝居を観ようと思って行っても、爪も立たないほどの大入(おおいり)で、這入(はい)り所(どころ)がなければ観る事は出来ませぬ。だから縁の無い事は金尽にも力尽にもいかぬもので、ましてや夫婦の縁などと来ては尚更(なおさら)重い事で、人間の了簡で自由に出来るものではござりませぬ。
 えゝ浅草の三筋町――俗に桟町(さんまち)という所に、御維新(ごいっしん)前まで甲州屋と申す紙店(かみや)がござりました。主人(あるじ)は先年みまかりまして、お杉という後家が家督(あと)を踏まえて居(お)る。お嬢さんは今年十七になって、名をお梅と云って、近所では評判の別嬪(べっぴん)でござります。番頭、手代、小僧、下女、下男等数多(あまた)召使い、何暗からず立派に暮して居りました。すると子飼(こがい)から居(お)る粂之助(くめのすけ)というもの、今では立派な手代となり、誠に優しい性質(うまれつき)で、其の上美男(びなん)でござります。嬢さんも最早妙齢(としごろ)ゆえ、良(い)い聟(むこ)があったらば取りたいものと、お母(っか)さんは大事がって少しも側を離さないようにして置きましたが、どうも仕方がないもので、ある晩のことお母さんが不図目を覚まして見ると娘が居ない。
 「はてな、何処(どこ)へ行ったか知らん、手水(ちょうず)に行ったならもう帰りそうなものだが」
 と思ったが何時(いつ)まで経っても戻って来ない。
 母「はてな嬢ももう年頃、外に何も苦労になる事はないが、店の手代の粂之助は子飼からの馴染ゆえ大層仲が好(い)いようだが、事によったら深い贔屓(ひいき)にでもしていはせぬか知ら」
 とお母さんが始めて気が付いたけれども、気の付きようが遅かったから、もう間に合いませぬ。これが馬鹿のお母さんなら直(すぐ)に起き上って紙燭(ししょく)でも点(とも)し、から/\方々を開け散かして、「此の娘(こ)は何うしたんだよ」なんて呶鳴って騒ぐんだが、沈着(おちつ)いた方だから其様(そん)な蓮葉(はすは)な真似はしない、いきなり長羅宇(ながらう)の煙管(きせる)で灰吹(はいふき)をポン/\と叩いた。深夜のことゆえピーンと響いたから、お嬢さんは恟(びっく)りいたし、そっと抜足(ぬきあし)をして便所へ参り、ギーイ、バタンと便所から出たような音ばかりさせて、ポチャ/\/\と水をかけて手を洗い、何喰わぬ顔をして其の晩は寝てしまった。翌朝(よくあさ)になると、お母さんが直に鳶頭(かしら)を呼びにやって、右の話をいたし、一時(いちじ)粂之助の暇(ひま)を取って貰いたいと云う。鳶頭も承知をして立帰った後で、
 主婦「粂や、粂」
 粂「へい」
 主婦「あのお前のう、ちょいと鳥越(とりこえ)の鳶頭の処まで行ってくんな、用は行(ゆ)きさえすれば解る………私がそういったから来ましたといえば解るんだよ」
 粂「へい畏(かしこま)りました」
 何だか理由(わけ)は解らぬが、粂之助は直に抱(かゝえ)の鳶頭の処へやって来まして、
 粂「へい今日(こんち)は」
 鳶「いや、お上(あが)んなさい、宜(い)いからまアお上んなさい、ずうっと二階へ、梯子(はしご)が危のうがすよ、おいお民(たみ)、粂どんに上げるんだから好(い)い茶を入れなよ、なに、何か茶うけがあるだろう、羊羹(ようかん)があった筈だ、あれを切んなよ、チョッ不精な奴だな、折(おり)の葢(ふた)の上で切れるもんか、爼板(まないた)を持って来なくっちゃアいかねえ、厚く切んなよ、薄っぺらに切ると旨くねえから、己(おれ)が持って来いてったら直に持って来な、宜(い)いか、話の真最中(まっさいちゅう)はんまな時分に持って来ちゃアいけねえぜ」
 トン/\/\と梯子を上(あが)って、
 鳶「へ、今日(こんち)は」
 粂「何(な)んだかね鳶頭、お内儀(かみ)さんが、鳶頭の処へ行(ゆ)きさえすれば解るから、行って来いと仰しゃいましたから参りました」
 鳶「それは何(ど)うもお忙がしい処をお呼び立て申して済みませんね、粂どん実は斯(こ)ういう話だ、今朝ねお内儀さんから私へお人だ、何だろうと思って直(すぐ)に出掛けてってお目にかゝると、奥の六畳へ通して長々と昔噺が始まったんだ、鳶頭お前がまだ年の行(ゆ)かねえ時分から当家(うち)へ出入(でいり)をするねと仰しゃるから、左様でござえます、長(なげ)え間色々お世話になりますんで、なに其様(そん)な事は何うでも宜(い)いが、旦那が死んで今年で四年になるし、私も段々年を取るし、お梅ももう十七になる、来年は歳廻りが良(い)いから何様(どん)な者でも聟を取ったらよかろうと話をすると、いつでも娘が厭(いや)がる、他人様(ひとさま)から、斯ういう良(よ)い聟がありますと申込んでも厭がるもんだから、他人(ひと)が色々な事を云って困る、妙齢(としごろ)の娘が聟を取るのを厭がるには、何か理由(わけ)があるんだろう、なにそれは店の手代に粂之助という好(い)い男があるから事に依(よ)ったらあの好い男と仔細(わけ)でもありはしないか、と云いもしまいが、ひょっとして其様なことを云われた日には、世間の口にゃア戸が閉(た)てられねえ、ねえ鳶頭、と斯うお内儀さんがいうのだ、してみると何かお前さんとお嬢さまとあやしい情交(なか)にでもなっているように私(わし)の耳には聞えるんだ、宜(よ)うがすかい、それから、誠に何うもそれは御心配なことでというと、お内儀さんの仰しゃるには、粂之助も小さい時分から長く勤めて居たから、能(よ)く気心も知れて居るが、何分今直(すぐ)に何(ど)う斯(こ)うという訳にも往(ゆ)かず、捨(すて)て置いて失策(しくじり)でも出来るといけねえから、一と先(ま)ず谷中(やなか)の兄(あに)さんの方へ連れて行って、時節を待ったら宜かろう、其の中(うち)にはまた出入をさせる事もあるじゃアねえか、と斯う仰しゃるのだ、うむ、それから、なんだ斯ういう事も云った、何分宅(うち)の奉公人や何かの口がうるせえから、一時(いちじ)そういう事にするんだが、仮令(たとえ)他人(ひと)が何(なん)といおうと、私の為にはたった一人の娘だから、同じ取るなら娘の気に入った聟を取って、初孫(ういまご)の顔を見たいと云うのが親の情合(じょうあい)じゃアねえか、娘が強(た)って彼(あれ)でなければならないといえば、私には気に入らんでも、娘の好いた聟を取って其の若夫婦に私は死水(しにみず)を取って貰う気だが、鳶頭何うだろう、と仰しゃるのだ、お内儀さんの思召(おぼしめし)では、一時お前(めえ)さんに暇を出して、世間でぐず/\いわねえようにしちまって、それから良い里を拵えて、ずうっと表向きお前(まえ)さんを聟にして、死水を取って貰おうてえお心持があるんだから、粂どん早まっちゃアいけねえよ、宜うがすか、お内儀さんには、色々深(ふけ)え思召があるんだから、私(わっし)も大旦那のお若(わけ)え時分、まだ糸鬢奴(いとびんやっこ)の時分から、甲州屋のお店へ出入りをしてえて、お前(めえ)さんとも古い馴染だが、今度来やアがった番頭ね、彼奴(あいつ)が悪い奴なんだ、いろ/\胡麻を摺(す)りやアがって仕様がねえからお内儀さんも心配をしていらっしゃるんだが、ねえ粂どん」
 粂「ヘエ、承知いたしました」
 鳶「でね、何(なん)にもいわず、少し兄の方に用事が出来ましたからお暇(いとま)を願います、長々御厄介(ごやっけえ)になりました、と斯(こ)ういって廉(かど)をいわずにお暇(ひま)を取っちまう方が好(い)い、いろ/\くど/\しく詫(わび)なんぞを仕ちゃア可(い)けねえよ」
 粂「ヘエ、畏(かしこま)りました、何うも誠に面目次第もござりませぬ」
 とおろ/\泣きながら、粂之助が帰りまして、
 粂「ヘエ、只今」
 内儀「あい粂か、此方(こっち)へお這入り、好いよ遠慮をしないでも………先刻(さっき)、鳶頭が来たから四方山(よもやま)の話をして置いたが、何うだい能(よ)くお前の胸に落ち入ったかい、何も是(こ)れという越度(おちど)の無いお前に暇を出すといったら、如何(いか)にも酷(ひど)い主人のようにお思いかも知らないが、これはお前の為だよ、お前も小さい時分にいたから、何だか私も子のような心持がして誠に可愛(かわゆ)く思うが、何分世間の口が面倒だから暇を出すのだけれども、又縁があれば一旦主従(しゅうじゅう)となったのだもの、出入の出来ないことは無いから、まあ/\気を長く、兄(あに)さんの処におとなしくしているが好い、軽はずみな心を出して、こんな淋しいお寺なんぞにいられるものかって、ふいと何処(どこ)かへ姿を隠すような事でもあられると、どんなに案じられるか知れないから、ようく心を落着けて時節を待ってゝ呉れなくちゃア私が困るよ」
 粂「ヘエ、有難うございます、誠に何うも面目次第もございませぬ」
 内儀「さ、早く行くが好い、何時までも此処(こゝ)にいると面倒だから、谷中のお寺へ行ったら能く兄さんのいう事を聴いて、身体を大事にして時節の来るのを待っていなよ」
 粂「ヘエ有難う存じます」
 と袂(たもと)から手拭(てぬぐい)を取出し、涙を拭いながら店へ出て来ると、番頭は粂之助が暇(いとま)になって好い気味だと喜んで居る。
 粂「えゝ、番頭さん、私は唯今お暇(いとま)になりまして谷中の兄の方へ参りますから、何分お店の事をよろしく願います」
 番頭「左様じゃげな、根(ねっ)から些(ちっ)とも知らんかったが、何う云う理由(わけ)で粂之助がお暇になりますかと云うて、私(わし)も色々言葉を尽してお詫をしたが、なか/\お聴き容(い)れがない、お前方が知った事(こっ)ちゃない、此様(こない)に云われるで何うにも仕ようがないじゃて、併(しか)し何うも気の毒な事(こっ)ちゃな、根(ねっ)から、全体商人(あきんど)はお前の性分に合わぬのじゃから、却(かえっ)て谷中のお寺へ行(ゆ)きなはった方が心が沈着(おちつ)いて宜(い)いやろう」
 粂「ヘエ有難う、何うも長々お世話さまでございました、お店の方も段々忙しくなりますから、人が殖(ふ)えなければならぬ処を少なくなるんですから、何分宜(よろ)しくお頼み申します、あの定吉(さだきち)どんは何処(どっ)かへ行(ゆ)きましたか」
 番頭「いや今其処(そこ)に居ったッけ、定吉イ定吉」
 定「おや粂どん、今お前さんを探しに表へ出ましたが、貴方(あなた)はお暇(ひま)になりましたてえから、何ういう理由(わけ)だろうと聞いても解らないんですが、本当に何うもお気の毒さまで」
 粂「お前と私とは別段仲が好(よ)かったから、お前に別れるのは誠に辛いけれども、拠(よんどころ)ない事があってお暇になったのだが、私が居なくなると番頭さんに無理な小言をいわれても、誰も詫びてくれるものがないから、お前も能く気を附けて叱られないように御奉公を大事にするんだよ」
 定「ヘエ有難う、お前さんが下(さが)るくらいなら私も下った方がようございます、幾ら私がいる気でも、外(ほか)の者は、みんな意地が悪くって居られませぬもの、其(そ)ん中でも、新次郎(しんじろう)どんなどは、しんねりむっつりの嫌な人で、私が寝てえると焼芋の皮なんぞを態(わざ)と置いて、そうしてお内儀さんが朝暖簾(のれん)の処(とこ)から顔を出して、さ、皆(みんな)起きなよと仰しゃる時に新どんの意地悪が、あの昨晩定吉が寝ながら焼芋を食べましたなんて嘘ばかり吐(つ)いて人を叱らせるんですもの、そうすると番頭さんが私の尻を捲(まく)って、定規板でピシャ/\撲(なぐ)るんですもの、痛くて堪(たま)りゃアしませんや、此間(こないだ)も宿下(やどお)りの時お母(っか)さんにそういったんです、お内儀さんもお嬢さんも粂どんも皆(みんな)善(い)い方だけれども、ほかの者は残らず意地が悪くって辛抱が出来ないてえと、そんな事をいうものじゃアない、それが身の修行(しゅうぎょう)だから、我慢をしなくっちゃアいけないと云われますから、粂どんがおいでなさる間は辛抱が出来る、粂どんは大層私を可愛がっておくんなすって、何かおいしい物があると、お蔵の棚へ内証(ないしょう)で取っといておくんなすって、ちょいと出し物があるから蔵まで一緒に行っておくれって連れてって、さ、お食べってカステラ巻だの何(なん)だのを食べさせて下すったり、お小遣をおくんなすったりして、本当に優しくして下さるよと然(そ)ういったら、母親(おふくろ)が涙ぐんで、あゝ有難いことだ、そういうお方が在(い)らっしゃるのはお前が奉公の出来る瑞相(ずいそう)だから、何でもその方をしくじらないように為(し)なくっちゃア可(い)けない、その方の御機嫌を損ねるとお店にはいられないから、どんな無理なことを仰しゃってもいう事を聴くんだよといいました」
 粂「早く彼方(あっち)へお出で、何時までも此処(こゝ)にいると又叱られるから」
 定「ヘエ、今行きます」
 粂「清助(せいすけ)どんは何うしたえ」
 定「今物置に薪(まき)を積直して居ましたっけ」
 粂「ちょいと清助どんにも暇乞(いとまごい)をして行こう」
 定「じゃア私も一緒に行きましょう」
 粂「清助どん、何うも長々お世話になりました」
 清「おゝ粂どんか、今ね己(おれ)が聞いたんだ、おさきどんがの話に、今日急に粂どんがお暇(いとま)になったてえから、己ハアほんとうに魂消(たまげ)ただ、何でもこれは番頭野郎の策略に違(ちげ)えねえ、彼奴(あいつ)は厭に意地が悪くって、何かお前様(めえさま)を追出させるように巧(たく)んだに違え無(ね)えだ、本当にあのくれえ憎らしい野郎も無えもんだ、ちょいと何一つくれるんでもお前(めえ)さんと番頭とではこう違うだ、こんな物は己(おら)ア嫌(きれ)えだ、お前(めえ)も嫌えかも知れねえが喰うなら喰ってくんろ、勿体ねえからってお前(めえ)さんは旨(うめ)え物をくれるだが、番頭野郎は自分がそれ程に好かねえもんでも惜しがってくれやアがるだ、此間(こねえだ)も他処(よそ)から法事の饅頭が来た時、お店へも出ると彼奴は酒呑だから甘(あめ)え物は嫌えだろう、それだのにさ、清助汝(われ)がに饅頭をくれてやる、田舎者だから此様(こん)な結構な物は食ったことは有るめえ、汝がのような奴に惜しいもんだけんど、汝がに食わすと、斯(こ)う吐(ぬか)しやがるだ、己も余(あんま)り腹が立ったから、何うかして意趣返(いしゅげえ)しをしてやろうと思って、此間(こねえだ)鹿角菜(ひじき)と油揚(あぶらげ)のお菜(さい)の時に、お椀の中へそっと草鞋虫(わらじむし)を入れて食わせてやっただ、そんな事は何うでも好(い)いが、お前(めえ)さんがお暇(いとま)になるなら何(な)んにも楽(たのし)みが無(ね)えから己(おら)も下(さが)ろうか知ら、下らば直(すぐ)に故郷(くに)へ帰(けえ)るだよ、己(おれ)は信州飯山(いいやま)の在(ぜえ)でごぜえますから、めったに来る事もあるめえが、善光寺へ参詣にでも来ることが有ったら是非寄って下せえまし、田舎の事(こッ)たから、何も外に御馳走の仕ようが無(ね)えから、鹿でも打(ぶ)って御馳走しべいから、何だか馴染の人に別れるのは辛(つれ)えもんだね、何(ど)うかまア成るたけ煩らわねえように気い付けて、好(よ)いかね」
 粂「有難う」
 娘のお梅に逢いたいは山々だが、お内儀さんのお言葉添えもあるから、その儘暇(いとま)を取って、これから谷中の長安寺へ参り、いまに好(い)い便りがあるだろうと待って居りました。此方(こちら)はお梅、あれきり何の便りもないが、もしや粂之助の了簡が変りはしないかと、娘心にいろ/\と思い計り、耐(こら)え兼ねたものか、ある夜(よ)二歩金(にぶきん)で五十両ほどを窃(ぬす)み出して懐中いたし、お高祖頭巾(こそずきん)を被(かむ)り、庭下駄を履いたなりで家を抜け出し、上野の三橋(さんはし)の側まで来ると、夜明(よあか)しの茶飯屋が出ていたから、お梅はそれへ来て、
 梅「御免なさいまし」
 爺「ヘエおいでなさいまし、此方(こちら)へお掛けなさいまして」
 梅「はい、あの谷中の方へは何う参ったら宜(よろ)しゅうございましょう」
 爺「えゝ谷中は何方(どちら)までお出でなさるんですい」
 梅「あの長安寺と申す寺でございますがね」
 爺「えゝ仰願寺(こうがんじ)[#「仰願寺」に欄外に校注、「小さき一種のろうそく江戸山谷の仰願寺にて用いはじめしより云う」]をくれろと仰しゃるんですか、えへゝ仰願寺なら蝋燭屋(ろうそくや)へお出(いで)なさらないじゃアございませぬよ」
 梅「いえあのお寺でございますがね」
 爺「何(なん)ですいお螻(けら)の虫ですと」
 梅「いゝえ長安寺というお寺へ参るのでございますが」
 すると小暗い所にいた一人の男が口を出して、
 男「えゝ、もし/\お嬢さん、その長安寺というのは私(わっち)が能く知ってますよ」
 と云いながらずっと出た男の姿(なり)を見ると、紋羽(もんぱ)の綿頭巾を被(かむ)り、裾短(すそみじか)な筒袖(つゝそで)を着(ちゃく)し、白木(しろき)の二重廻(ふたえまわ)りの三尺(さんじゃく)を締め、盲縞(めくらじま)の股引腹掛と云う風体(ふうてい)。
 男「まア御免なさい、私(わっち)アこんな形姿(なり)をしてえますが、その長安寺の門番でげす」
 梅「おや/\、それじゃア貴方(あなた)にお聞きをしたら分りましょうが、あの粂之助はやっぱり和尚様のお側に居りますか」
 男「えゝ、粂之助さんは、おいででござえます、あなたは何(なん)ぞ御用でもあるんでげすか」
 梅「はい、あの、粂之助は私(わたくし)どもに長らく勤めて居ったものですが、少し理由(わけ)がありまして先達(せんだって)暇(いとま)を出しましたが、それきり何の沙汰もございませんで、余(あんま)り案じられますから出て参りましたのでございます」
 男「ヘエー左様でございますか、じゃアまア私(わっし)と一緒においでなさい、どうせ彼方(あっち)へ帰るんですからお連れ申しましょう、其の代りお嬢様に少しお願(ねげ)えがあるんでげす、毎度私は和尚様から殺生をしてはならねえぞとやかましく云われるんでげすが、嗜(すき)な道は止(や)められず、毎晩斯(こ)うやって、どんどん[#「どんどん」に欄外に校注、「三橋の側にあった不忍池の水の落口」]へ来ては鰻の穴釣(あなづり)をやってるんでげすが、どうぞお嬢さま私が此処(こゝ)で釣をした事は和尚様に黙ってゝおくんなさい」
 梅「御不都合の事なら決して申しは致しませぬ」
 男「おい老爺(じい)さん」
 爺「へい」
 男「あのね、此のお嬢様は己の方へ来るお方だから、己が御案内をして行(ゆ)くんだ、さ、喰った代(でえ)を此処(こゝ)へ置くぜ」
 爺「あなた、これは一分銀で、お釣はござりませぬが」
 男「なに釣は要らねえ、お前(めえ)にやっちまわア」
 爺「それは何うも有難う存じます、左様なら夜(よ)が更けて居りますから、お気を附けあそばして」
 男「なに大丈夫(でえじょうぶ)だ、己が附いてるから」
 と怪しの男がお梅を連れて、不忍弁天(しのばずべんてん)の池の辺(ほとり)までかゝって参りました。

        二

 えゝ引続(ひきつゞき)のお梅粂之助のお話。何ういう理由(わけ)か女子(おんな)の名を先に云って男子(おとこ)の名を後(あと)で呼ぶ。お花半七とか、お染久松とか、夕霧伊左衞門とかいうような訳で、実に可笑(おか)しいものでござります。さて日本も嘉永(かえい)の五年あたりは、まだ世の中が開(ひら)けませぬから、神信心(かみしんじん)に凝(こ)るとか、易占(うらない)に見て貰うとかいうような人が多かったものでござります。丁度嘉永の六年に亜米利加船(あめりかぶね)が日本へ渡来をいたしてから、諸藩共に鎖国攘夷などという事を称え出し、そろ/\ごたつきはじめましたが、町家(ちょうか)では些(ちっ)とも気が附かずに居ったことでござります。
 彼(か)の浅草三筋町の甲州屋の娘お梅が、粂之助の後(あと)を慕って家出をいたす。何程(なんぼ)年が行かぬとは申しながら、実に無分別極まった訳でござります。左様な事とは毫(すこ)しも知らぬ粂之助が、丁度お梅が家出をした其の翌朝(よくあさ)のこと、兄の玄道(げんどう)が谷中の青雲寺まで法要があって出かけた留守、竹箒を持って頻(しき)りに庭を掃いていると、表からずっと這入って来た男は年頃三十二三ぐらいで、色の浅黒い鼻筋の通ったちょっと青髯(あおひげ)の生えた、口許(くちもと)の締った、利口そうな顔附をして居ますけれども、形姿(なり)を見ると極(ごく)不粋(ぶすい)な拵(こしら)えで、艾草縞(もぐさじま)の単衣(ひとえ)に紺の一本独鈷(いっぽんどっこ)の帯を締め、にこ/\笑いながら、
 男「え、御免なさいまし」
 粂「はい、お出でなさい」
 男「えゝ、長安寺というのは此方(こちら)ですか」
 粂「ヘエ、左様でございます」
 男「あの此方に粂之助さんというお方がおいででござりますか」
 粂「ヘエ、粂之助は私(わたくし)でございますが…」
 男「ア左様でげすか、是は何うも…左様ならちょいと表まで顔を貸してお貰い申したいもので」
 粂「ヘエ………あの生憎(あいにく)兄が居ませぬで、何うも家(うち)を空(から)にして出る訳には参りませぬから、若(も)し何(なん)ぞ御用がおあんなさるなら庫裏(くり)の方へお上(あが)んなすって」
 男「左様でげすか、じゃア御免なせえまし」
 粂「さ、何卒(どうぞ)此方(こちら)へ」
 男「へい」
 紺足袋の塵埃(ほこり)を払って上へ昇(あが)る。粂之助は渋茶と共に有合(ありあい)の乾菓子(ひがし)か何かをそれへ出す。
 男「いえ、もうお構いなせえますな、へい有難う、え、貴方(あなた)にはお初にお目にかゝりますが、私(わっち)は千駄木(せんだぎ)の植木屋九兵衞(くへえ)という者でございまして」
 粂「へえへえ」
 九「実ア其の、昨夜(ゆうべ)、お嬢様(さん)が突然(だしぬけ)に私(わっち)ん処へおいでなすったんで」
 粂「え、嬢さんと仰しゃるのは……………」
 九「へえ鳥越桟町(とりこえさんまち)の甲州屋のお嬢さんで」
 粂「へえー、何ういう理由(わけ)で貴方の処へお嬢様(さん)が……」
 九「いや、これは解りますめえ、斯(こ)ういう理由なんでげす、あのお嬢さんが二歳(ふたつ)の時に、私(わっし)の母親(おふくろ)がお乳を上げたんで、まア外(ほか)に誰も相談相手が無いからって、訪ねておいでなすったから、母親もびっくりして、まアお嬢さん、今時分何ういう理由(わけ)で入らしったてえと、犬に吠えられたり何かして、命からがら漸(ようよ)うの事でお前の処(とこ)へ来た理由は、誠に乳母(ばあ)や面目ないが、長らく宅(うち)に勤めて居た手代の粂之助というものと、人知れず懇(ねんごろ)を通じて夫婦約束をした、処がお母(っか)さんが世間の口がうるさいから一時(いちじ)斯(こ)うはするものゝ、後(のち)には必ず添わせてやると仰しゃって、粂之助に暇(いとま)を出して了(しま)った後(あと)で、外(ほか)から聟を取れと仰しゃる、それじゃアどうも粂之助に義理が済まないから、私は斯うやって駈出したんだと仰しゃるんです、そうすると私(わっし)の母親は胆(きも)をつぶしてね、素(す)ッ堅気(かたぎ)だから、なか/\合点(がってん)しねえ、それはお嬢様(さん)飛んでもない事で、お店の奉公人や何かと私通(いたずら)をするようなお嬢様なら、私の処へは置きませぬ、只(た)った今出てお出(いで)なせえというから、私(わっし)が仲裁をして、まアお母(っか)ア待ちねえ、そうお前(めえ)のように頑固(かたくな)なことばかりいっちゃアしょうがねえ、折角頼りに思っておいでなすったお前まで、そんな邪険な事を云ったら娘心の一筋に思い詰め、此家(こゝ)から又駈出して途中散途(さんと)で、何様(どん)な軽はずみな心を出して、間違(まちげ)えがねえとも限らねえ、まア/\己のいう通りにして居ねえといって、それからお嬢様を此方(こっち)へ呼んでお母(ふくろ)はあんな事を云いますが、お前(まえ)さんは何処(どこ)までも粂之助様(さん)と添いたいという了簡があるなれば、私(わっし)がまア何うにでもしてお世話を致しましょう、貴方はお宅(うち)を勘当されても、粂之助様と添遂げるという程の御決心がありますかてえと、屹度(きっと)遂げます、一旦粂之助も私と夫婦約束をしたのですもの、確(たしか)に私を見捨てないという事もいいましたし、又そんな不実な人ではありませぬ、じゃア宜(よ)うがすが、何処か行(ゆ)く所がありますかと云うと、何処も目的(あて)がねえ、こう云うから私(わっち)も困って、兎も角粂さんに逢ってからの事に仕ましょうといって、今日(けさ)わざ/\お前(めえ)さんの所(とこ)へ訪ねて来たんですが、お前さんも矢っ張お嬢様と何処までも添い遂げるという御了簡があるんですか、ないんですか、一応貴方の胸を聴きに来たんでげす」
 粂「それは何うも怪(け)しからぬ事です、あの時お内儀様(かみさん)が色々と御真実に仰しゃって下すったから、私(わたくし)は斯(こ)うやって何処へも行(ゆ)かずに辛抱をして居ますのに、お嬢様(さん)に聟を取れと仰しゃるような、そんな御了簡違いのお方なら、私は何処までもお嬢様を連れて逃げまして、何様(どん)な真似をしたって屹度添い遂げます」
 九「それで私(わっち)も安心をしたが、お前さん何処(どっ)か知ってる所がありますか」
 粂「私(わたくし)は別に懇意な家(うち)もありませぬ」
 九「そりゃア困るね、何所(どこ)かありませぬか」
 粂「ヘエ、何も」
 九「何も無いたって困るねえ、じゃまア斯(こ)うしよう、下総(しもふさ)の都賀崎(つがざき)と云う所に金藏(きんぞう)という者がある、私(わっち)とは少し親類合(あい)の者だから、これへ手紙を附けて上げるから、当人に逢って、能(よ)く相談をして世帯(しょたい)を持たせて貰いなさるが宜(い)い、併(しか)し彼方(あっち)へ行(ゆ)くだけの路銀と世帯を持つだけの用意はありやすか」
 粂「金と云っては別にございませぬが、兄が此間(こないだ)私(わたくし)にしまって置けと預けた金がございます、それは本堂再建(さいこん)のため、世話人衆(しゅ)のお骨折で、八十両程集りましたのでございます」
 九「イヤ八十両ありゃア結構だ、三十両一ト資本(もとで)と云うが、何様(どん)な事をしても五十両なければ十分てえ訳には往(ゆ)かねえが、其の上に尚(なお)三十両も余計な資金(もの)があれば、立派にそれで取附けますが、其の金をお前様(さん)取れますか」
 粂「へえ、用箪笥(ようだんす)の抽斗(ひきだし)に這入っていますから直(すぐ)に取れます、そうして後(のち)にお宅へ出ますが何方(どちら)です」
 九「あの千駄木へお出でなさると右側に下駄屋があります、それへ附いて広い横町を右へ曲ると棚村(たなむら)というお坊主の別荘がある、其のうしろへ往って植木屋の九兵衞といえば直(じき)に知れます」
 粂「じゃア、今晩兄が帰ったら直(すぐ)に出ます」
 九「今晩といってもなるたけ早い方が宜(よ)うがすよ」
 粂「ヘエ日暮までにはどんな事をしても屹度(きっと)参ります」
 九「じゃア其の積(つもり)で何分お頼み申します」
 粂「ヘイ宜しゅうございます」
 九「左様なら」
 プイと表へ出て了(しま)う。其の跡で粂之助が、無分別にも不図(ふと)悪心を起し、己(おのれ)が預りの金子八十両を窃(ぬす)み出し、此方(こなた)へ出て見ると今の男が証拠に置いて行ったものか、予(かね)て見覚えあるお梅の金巾着(かねぎんちゃく)が其処(そこ)に抛(ほう)り出してあった、取上げて見ると中に金子が三両ばかり這入っている。
 粂「はてな、是はあの人が置いて行ったのか知ら、ア、そう/\、これを置いて行(ゆ)くからは此(こ)ん中へ八十両の金子(かね)を入れて来いという謎かも知れない」
 と右の女夫巾着(めおとぎんちゃく)[#「女夫巾着」に欄外に校注、「せなかあわせにくッついている巾著」]の中へ金子(かね)を入れ、確(しっ)かり懐に仕舞って、そろ/\出かけようかと思っている処へ兄の玄道が帰って参り、それより入替り立代り客が来るので、何分出る事が出来ませぬ。
 お話は二つに分れまして鳥越桟町の甲州屋方では大騒ぎ、昨夜(ゆうべ)娘のお梅が家出をいたした切りかいくれ行方が解りませぬから、家内中(うちじゅう)の心配大方ならず、お鬮(みくじ)を取るやら、卜筮(うらない)に占(み)てもらうやら、大変な騒ぎをして居る処へ、不忍弁天の池に、十六七の娘の死体が打込んであるという噂を聞込んで来て、知らせた者があるから、母親(おふくろ)は仰天して取るものも取(とり)あえず来て見ると、お梅に相違ないから早々人を以(もっ)て御検視を願い、段々死体を調べて見ると、縊(くび)り殺して池の中へ投込んだものらしく、殊(こと)には持出した五十両の金子(きんす)が懐にないから、おおかた物取(ものどり)であろうと、事が極って検視済の上死骸を引取り、漸(ようや)く日暮方に死骸を棺桶へ収めることになった。処へ鳶頭(かしら)が来まして、
 鳶「ヘエ唯今、あの何(なん)でげす、八丁堀さんと、それから一番遠いのが麻布(あざぶ)の御親類でげすが、それ/″\皆(みんな)子分を出してお知らせ申しました」
 番頭「あ、それはどうも大きに御苦労/\」
 鳶「何だなア、定さん、男の癖におい/\泣くのは止しねえ、お内儀様(かみさん)は女でこそあれ、あゝいう御気象だから、涙一滴澪(こぼ)さぬで我慢をしていらっしゃるのだ、それだのにお前が早桶の側へ行って、おい/\泣くもんだから不可(いけね)えよ」
 定「泣くなってそれは無理でございます、何だか此の早桶の側へ来ると哀しくなるんですもの、お嬢様(さん)は別段に可愛がって呉れましたから、私は哀しくなるのです」
 鳶「まア泣いちゃア不可ねえ、えゝお内儀様唯今」
 内儀「あい、鳶頭大きに色々お骨折(ほねおり)で、何も彼(か)もお前のお蔭で行届(ゆきとゞ)きました」
 鳶「どう致しまして、就(つ)きまして麻布様(さん)の方へお嬢様(さん)が家出をなすった事を知らせにやりまして、金太(きんた)がようやく先方(むこう)へ着いたくらいの時に、又斯(こ)ういう変事が出来ましたから、追(おっ)かけて人を出し、これ/\でおなくなりになったてえ事をお知らせ申しましたら、大層にお驚きなすったそうでげす」
 内儀「そうであったろう、もう麻布のが一番彼(あれ)を可愛がってくれたから、誠に有難う、万事お前のお蔭で行届きました、が斯うなるのも皆(みん)な因縁事と諦めて居ますから、私は哀しくも何ともありませぬよ」
 鳶「いえ、何(ど)うも御気象な事で、まアどうもお嬢様(さま)がお小さい時分、確か七歳(なゝつ)のお祝の時、私(わっし)がお供を致しまして、鎮守様から浅草の観音様へ参(めえ)りましたが、いまだに能く覚えております、往来の者が皆(みんな)振返って見て、まアどうも玉子を剥(む)いたような綺麗なお嬢様(さん)だ、可愛らしいお児(こ)だって誰でも誉めねえものは無(ね)えくれえでげしたが、幼少(ちい)せい時分からのお馴染ゆえ、此の頃になってお嬢様(さん)が高慢なことを仰しゃいましても、あなた其様(そん)な事をいったッていけませぬ、わたしの膝の上で小便をした事がありますぜてえと、あら鳶頭幼少せい時分の事をいっちゃア厭だよなんて、真紅(まっか)におなりでしたが、何とも申そうようはござえませぬ」
 内儀「はい、お前も久しい馴染ゆえお線香でも上げてやっておくれ」
 鳶「へえ、有難う………えゝ番頭さん、誠に何うも飛んでもねえ事で」
 番頭「いや鳶頭大きに御苦労であった、まア此方(こっち)へ来なさい、何うもお内儀さんの思召(おぼしめし)を考えて見るとお気の毒で何うもならぬ、ならぬが当家(うち)のお嬢様(さん)を殺したのは誰じゃという事は大概お前も感付いておるじゃろうな」
 鳶「いゝえ、些(ちっ)とも知りやせぬよ、何だか物取だろうってえ評判なんで」
 番「いゝや物取ではない、何でも是は粂之助の仕業(しわざ)に相違ないという私(わたい)の考(かんがえ)だ」
 鳶「ハ、飛んでもねえ事をいいますね、其様(そん)なお前(めえ)さん……ナなんぼ粂どんが憎いたって、無暗(むやみ)に人殺(ひとごろし)に落したりなんかして、どうしてお前(まえ)さん粂どんは其様な悪い事をするような人じゃアねえ」
 番「いやそれはいかぬ、お内儀(いえ)はん斯(こ)ういう最中で争論(いさかい)をしては済みまへんが、一寸(ちょっと)これに就(つ)いておはなしがあるんでおす、一昨夜(おとつい)私(わたい)が一寸用場へ参りまして用を達(た)してから、手を洗うていると、ほんのりと星光(ほしあかり)で人影が見えるで、はてナと思うて斯う透(すか)して見ておると、垣根の外へ廻って来たのが粂之助でおす、するとお嬢様(さま)がこっちゃから声を掛けて粂之助やないかというと、はい私(わたくし)でございますと低声(こゞえ)でいいましたわい、まア粂之助よう来ておくれた、はい漸(ようよ)うの事で忍んで参りました、お前に逢いとうて逢いとうてどうもならぬであった、私(わたい)も逢いとうてならぬから、漸うの思いで参りました、私(わたい)もそう長う寺に辛抱しては居られまへぬ、あんたはんも私(わたい)のような者でも本当に思うて下(くだ)はるなら、寧(いっ)そ手に手を取って此所(こゝ)を逃げまひょう、そうしてあんたと二人で夫婦になって、深山(みやま)の奥なりと行(い)んで暮したいが、それに就いても切(せめ)て金子(かね)の五六十両も持ってお出でやというと、おゝ左様(さよ)か、そんなら屹度(きっと)明日(あす)の晩持って行(い)ぬという事を確かに聞いた」
 鳶「へえ、それから」
 番「どうも変やと思うていると、あんたお嬢様(さん)が莫大のお金を持(と)って逃げやはった、それ故何うも私(わたい)の思うには粂之助がお嬢様(さま)を殺して金子(かね)を取って、其の死骸を池ン中へ投(ほう)り込んだに違いないと斯(こ)う考えるのでおす」
 鳶「おう、おう番頭さん、詰らねえ事を云っちゃアいけねえぜ、お前(めえ)は全体(ぜんてえ)粂どんを憎むから然(そ)う思うんだが、まアよく考えて見ねえ、粂どんが人殺をするような人だか何だか、ソヽ其様(そん)な解らねえ事をいったって仕様がねえじゃアねえか」
 番「イヤ真実(まったく)の事だ、証拠があるぜ」
 鳶「証(しょう)、な何が証拠だ」
 番「定吉い、ちょっと此処(こゝ)へ来い、えゝめろ/\泣くな」
 定「何です番頭(ばんつ)さん、泣くなたってお嬢様が死んで哀しくって堪(たま)らないから、泣くんです」
 番「えゝい、汝(おのれ)がお嬢様を殺したもおんなじ事(こっ)た」
 定「あゝいう無理な事ばかりいうんだもの、どういう理由(わけ)で」
 番「汝(おのれ)は一昨日(おととい)の夜(よ)この店で帯を締め直す時に落した手紙は、お嬢様(さん)に頼まれて粂之助の処へ届けようとしたのじゃないか」
 定「あら………仕様がないな、彼所(あすこ)に持っているのだもの、道理で無いと思った」
 番「此様(こん)なものをお嬢様から頼まれるのが悪いのだ」
 定「頼まれるのが悪いたって………仕様がないナ………その頼まれたのはなんでございます………仕様がないな………あの……それはお嬢様(さん)が、定や、ちょいとお出でてえから、はいてってお居間へ行ったんです、然(そ)うするとお前何所(どこ)へ行(ゆ)くんだと仰しゃるから、私(わたくし)は谷中の方へ参るんですといったら、そんならお前これを粂どんに届けてお呉れって、お手紙を私の懐へ入れたから持って行ったんです」
 番「ウム、持って行って何うした」
 定「何うしたって……しようがないな」
 番「汝(おのれ)は度々(たび/\)粂之助の処(とこ)へ寄るから悪いのじゃ」
 定「ナニ寄る気でもないんですが、近いから、あのお寺の前を通ると曲角(まがりかど)のお寺だもんですから、よく門の所(とこ)なんぞを箒(は)いてゝ、久振(ひさしぶり)だ、お寄りなてえから、ヘイてんで旧(もと)は朋輩(ほうばい)だから寄りますね」
 番「道理で毎(いつ)も使(つかい)が長いのや」
 定「ナニ別に長い訳もないんですが、今お葬式(とむらい)が来てお饅頭を貰った、それをお前に上げるから、お待ちてえから待ってたんです」
 番「えゝい、喰(くら)い物の事ばかり云うて居(お)る。汝(おのれ)が取次をするから此の様な間違が出来(でけ)たのや、サ是を御覧、此の手紙が何よりの証拠や、私(わたい)はお前に逢いとうて逢いとうてならぬから、家出をしてお前の処(とこ)へ行(ゆ)く、何卒(どうぞ)末長く見捨てずに置いておくれと書いてあるやないか、是が何よりの証拠や」
 鳶「証拠だッて、そんな事は私(わっし)ア知りやアしねえ」
 番「知りやせぬと云うてまアよく考えて見なはれ、当家(うち)のお内儀様(いえはん)はこないに諦めの宜(え)えお方やから、涙一滴澪(こぼ)さぬが、鳶頭が仲へ這入って口を利き、もう甲州屋の家(うち)へは足踏をさせぬと云い切って引取ったのやないか、それじゃのに、又此処(こゝ)へ粂之助が忍んで来て、お嬢様(さん)を誘い出すような事になったのは、大方鳶頭も内々(ない/\)知って居(お)るのではないか、粂之助と共謀(ぐる)になってお嬢様を誘い出し、金額(かね)を半分ぐらい取ったのではないかアと思われても是非がないやないか」
 云うと怒(おこ)ったの怒らないの、もと正直な人だから、額へ青筋を出して、
 鳶「何を吐(ぬか)しやアがるんでえ、撲(なぐ)り付けるぞ、コレ頭を禿(はげ)らかしやアがって馬鹿も休み休み云え、粂どんが人を殺して金を取る様な人か人でねえか大概(てえげえ)解りそうなもんだ、手前(てめえ)の心に識別ウするから其様(そんな)事を吐(ぬか)すんだ、己が半分取ったたア何だ、撲り付けるぞ」
 番「打(ぶ)たいでも宜(え)え、私(あたい)は理の当然をいうのや、お嬢様(さま)を殺して金子(かね)を取ったという訳じゃないが、然(そ)う思われても是非がないと云うのや」
 鳶「何が是非がないんだ、撲倒(はりたお)すぞ」
 清「まア/\少し待っておくれ」
 と云いながら台所より出て来たは清助というお飯炊(まんまたき)。
 清「鳶頭まア/\貴方(あんた)は正直な方だから、こんな事を云われたら、嘸(さぞ)はア胆(きも)が焦(い)れて堪(たま)るめえが、己が一と通りいわねばなんねえ事があるだアから、少し待ったが宜(え)え――コレ番頭さん、此処(こゝ)へ出ろ」
 番「何じゃ、汝(おのれ)が出る幕じゃアない、汝は飯炊(めしたき)だから台所に引込(ひっこ)んで、飯の焦(こげ)ぬように気を附けて居(お)れ、此様(こない)な事に口出しをせぬでも宜(え)いわ」
 清「成程己は僅(わずか)なお給金を戴いて飯炊をしてえるからッて、飯せえ焦がさねえようにしていれば宜(え)えというもんじゃアあんめえ、当家(うち)へ泥坊が這入(へい)ってお内儀様(かみさん)を斬殺(きりころ)しても、己が飯炊だからって、何(なん)にも構わずに竈(へっつい)の前(めえ)にぶっ坐(つわ)ってゝ宜えと思わしゃるか、汝(われ)が曲った心に識別するから然(そ)ういう間違った事をいうだ、コレよく考(かんげ)えて見ろよ、汝は粂どんを憎むから、少しのことを廉(かど)に取って粂どんが嬢様(じょうさま)を殺したなんてえが、何処(どこ)までも汝がそんな事を頑張って殺したといわば、己(おら)ア合点(がってん)しねえだ、粂どんが庭へ来てお嬢様と相談して、明日(あした)の晩連れて逃げようてえ約束をしたのを見たと云わば、何故早く其の事をお内儀様へ知らせねえだ、粂どんがコソ/\でお嬢様を誘い出しに来やしたから、油断をしねえが宜(よ)うがすとちょっと知らせればそれで宜(え)えだ、然うすれば直(す)ぐにお嬢様を他家(わき)へ預けるとか、左(さ)もなければお内儀様が気イ附けて奉公人も皆起きて居(お)らば、何うしたって嬢様が逃げ出す気遣(きづけえ)はねえだ、逃げなけりゃア殺されることもねえだ、それを知って居ながら黙ってゝ、嬢様が逃出してから殺されゝば、汝が殺したも同じ事(こん)だぞ、まだぐず/\何か云やアがると打(ぶ)っ殺して己(おれ)も死んじまうだ」
 内儀「コレ/\清助静かにしないか、番頭様(さん)に向ってそんな事をいっては済まないじゃないか、鳶頭、お前も嘸(さぞ)腹が立つだろうが、何卒(どうぞ)我慢をしておくれ、悉皆(みんな)私が呑込んでいるから、私は決して粂之助の仕業(しわざ)とは思わないけれども、大方粂之助も此の事を知らずに谷中に居るに違いない、お前が行って斯(こ)う/\と知らせたら、粂之助も定めて恟(びっく)りするだろうと思うから、お願いだが、お前ちょいと此の事を粂之助へ知らせてお呉れでないか」
 鳶「え、往(い)きますとも、半分取ったろうなんて、飛んでもねえ濡衣(ぬれぎぬ)を着せられたんですもの、直(すぐ)に行って来ます、少し提灯(ちょうちん)をお貸しなすって」
 ずうっと腹立紛(はらたちまぎれ)に飛びだして谷中の長安寺へやって来ました。
 鳶「え、御免なせえ、御免なせえ」
 粂「はい……おや/\鳶頭」
 鳶「や、粂どん……まア宜(よ)かった、はあ…お前(めえ)に怪しい事があれば何所(どっ)かへ逃げちまうんだが、ちゃんと此処(こゝ)に居てくれたんでまア宜かった、あゝ有難(ありがて)え」
 粂「あの兄(あに)さん、何だか鳥越の鳶頭がおいでなさいましたよ」
 玄「いやア、鳶頭、まあ何卒(どうぞ)此方(こちら)へ誠に何(ど)うも御無沙汰をして済まぬ、ちょっとお礼かた/″\お訪ね申さんければならぬのじゃが、何分にも寺用(じよう)に取紛れて存じながら大きに御無沙汰を……」
 鳶「そう長ったらしく云ってられちゃア困る、大騒動が出来たんだ、まア御挨拶は後(あと)にしておくんなせえ、おゝ粂どん、お嬢様が昨夜(ゆうべ)家出をした事を知ってるかい」
 粂「いゝえ…………」
 鳶「いゝえって震えたぜ、え、おい、お嬢様が殺されちまったんだよ」
 粂「えっ、お嬢様が……」
 鳶「死骸が弁天の池から今朝上がって、御検視を願うの何(なん)のって大騒ぎをしたんだ」
 粂「へえー……じゃア千駄木の植木屋の九兵衞さんというのは何です、全体まア何ういう理由(わけ)なんです」
 鳶「何ういう理由の何のって、大変な騒ぎなんで、まア和尚様(さん)お聴(きゝ)になって下せえまし、お嬢様は粂どんに逢いてえ一心から、莫大(ばくでえ)の金子(かね)を持(もっ)て家出をしたから、大方泥坊に躡(つ)けられて途中で遣(や)るの遣らねえのといったもんだから、殺されたに違(ちげ)えねえんで、それを店の番頭野郎がこう吐(ぬか)すんだ、何(な)んでも粂どんがお嬢様を誘い出して、途中で殺して金子を取ったに違えねえ、鳶頭も粂どんと共謀(ぐる)になって、其の金を二十五両ぐらい取ったろう、こう吐すんだ、私(わっし)は腹が立って堪らねえから、余程(よっぽど)殴りつけてやろうとは思ったけれども、お前(めえ)さん何うもね、お内儀様(かみさん)が御愁傷の中だから、そんな乱暴狼藉[#「狼藉」は底本では「狼籍」と誤記]の真似をしちゃア済まねえと思って、耐(こら)えていたが、粂どんが何(なん)にも知らずに斯(こ)うやっているから本当に宜かった、何卒(どうぞ)直(すぐ)に行っておくんなせえ」
 玄「いや、それは重々御道理(ごもっとも)な訳じゃ、此方(こちら)にも不行跡(ふしだら)がある事(こっ)ちゃから然(そ)う云う御疑念が懸っても仕方がない、仕方がないが、然う云う場合になると、粂之助は頓(とん)と口の利けぬ奴じゃで、私(わし)も一緒に参りましょう」
 鳶「そりゃア有難(ありがて)え、なるたけ大勢の方がようがす、じゃア直(すぐ)に行っておくんなせえ」
 これから提灯を点(つ)けて寺を出かけ、三人揃って甲州屋の裏口から這入って来ました。
 内儀「さア、何卒(どうぞ)此方(こちら)へ、/\」
 鳶「え、お内儀様(かみさん)、谷中の長安寺の和尚様も入らっしゃいましたよ」
 内儀「おや/\それは何うもまア何うぞ此方へ」
 玄「はい、御免を……唯今鳶頭から不慮の事を承りまして、何とも御愁傷の段察し入ります」
 鳶「まア、其様(そん)な長ったらしい悔(くやみ)は後(あと)にしておくんなせえ、さ、粂どん此方(こっち)へ這入んなよ」
 粂「ヘエ……えゝ、お内儀様(かみさん)お嬢様が飛んだ事にお成りあそばしまして、嘸(さぞ)御愁傷でござりましょう」
 是迄は涙一滴澪(こぼ)さぬでいたが、今しも粂之助の顔を見ると、堪(こら)えかねて袖を顔へ押宛(おしあて)て、わっとばかりにそれへ泣倒れました。
 内儀「粂や、何うも飛んだ事になりましたよ、私はね、くれ/″\もそう云っていたのだよ、決して出ちゃアならない、今に私が宜(よ)いようにするから、お前心配おしでないよといって置くのに、親の言葉に背いて家出をしたものだから、忽(たちま)ち親の罰(ばち)があたって、あゝいう訳になったんだから、私はもう皆(みんな)これまでの約束ごとと諦めていたが、お前の顔を見たら何うにも我慢が出来なくなって声を出しましたが、もと/\お前の為に家出をしてこんな死様(しによう)をしたのだからお前何卒(どうぞ)お線香の一本も上げて回向をしてやっておくれ」
 粂「ヘエ、何とも申そう様はございませぬ、誠に何うも重々私(わたくし)が悪いのでございます」
 内儀「いゝえ、お前ばかりが悪い訳じゃアないよ」
 鳶「おゝ番頭様(さん)ちょいと此処(こゝ)へ来ねえ」
 番「あい、何じゃ」
 鳶「おゝ粂どんはちゃんと此処にいるよ、え、おう、人を殺して金を取ったような訳なら、プイと何処(どこ)かへ逃げちまわア、己が寺へ知らせに行(ゆ)くまであっけらけん[#「あっけらけん」に傍点]と居られるか、さ、何うだ、これでもまだ手前(てめえ)は己を疑(うたぐ)ってやアがるか」
 番「まアあんたは、粂之助を贔屓にしておるで、そう思いなはるのじゃ、これ粂之助ちょっと此処(これ)へ来い、汝(おのれ)はまだ年は十九で、虫も殺さぬような顔附をして居るが太い奴(やッ)ちゃ、体(てい)よくお嬢様を誘い出して、不忍弁天の池の縁(ふち)の淋しい処でお嬢様を殺して、金を取って、死骸を池の中へ投(ほう)り込んだに違いあるまい、さ、どうだ、真直(まっすぐ)に云うてしまえ」
 斯(こ)う云われるともと人が善(よ)いから、余(あんま)り腹が立って口が利かれない、いきなり立って番頭の胸倉へ武者振りつこうとする途端に、ポンと堕(お)ちたのは九兵衞が置忘れて帰った女夫巾著(みょうとぎんちゃく)、番頭は早くも之(これ)を拾い取って高く差上げ、
 番「こ、是じゃ、お内儀(いえ)はん、是はお嬢様(さん)が不断持って居やはりました巾着でがしょう」
 云いながら振ると、中からドサリと落ちた塊(かたまり)は五十両ではなくて八十両。

        三

 えゝ引続いてお聴きに入れまする、お梅粂之助は互に若い身そらで心得違をいたしたるより、其の身の大難を醸(かも)しました。扨(さて)彼(か)の梅には四徳を具すというが然(そ)うかも知れませぬ、若木を好まんで老木(おいき)の方を好む、又梅の成熟するを貞(てい)たり、とか申して女子(おなご)の節操(みさお)あるを貞女というも同じ意味で、春は花咲き、夏は実を結び、秋は木(こ)の葉が落ちて枯木のようになったかと思うと、又自然に芽が出て来るは、誠に妙なものでございまして、人も天然自然に此の物を見る、あゝ好(よ)い景色だとか、綺麗な色だとか、五色(ごしき)ばかりではなく木(き)の葉の黄ばんだのも面白く、又染(しみ)だらけになったのも面白い、これは唯其の人の好みによって色々になるのでございます。「心をぞわりなきものと思いぬる見る物からや恋しかるべき」で見る物も恋しく、心と云うものは別に形は無いが、善を見れば善に感じ、悪に出逢えば悪に染まる、されば己(おのれ)の好む所の境界(きょうがい)が悪いと其の身を果(はた)すような事もあるのでございます。
 粂之助は奉公中主人の娘お梅に想われたのが、因果の始(はじま)りでござりまして、自分も済まない事と観念を致したから、兄玄道の側へ参り、小さくなって、温順(おとな)しく時節到来を待って居ました、所へ千駄木の植木屋九兵衞というものが参り、
 九「昨晩お嬢様(さん)がお出(いで)になりましたから、私(わたくし)が何処(どこ)へでもお逃し申すようにするゆえ、金子(かね)の才覚をして来い」
 と云うので、態(わざ)とお梅の巾着の中に三両ばかり入れた儘置いて帰った。是が九兵衞の企(たく)みのある処でござります。此方(こちら)はまだ年が若いから、何の気も附かず、是は全くお梅から届けたものと心得て、前後(あとさき)の思慮も浅く、其の巾着の内へ、本堂再建(さいこん)の普請金八十両というものを盗み出して押込み、これを懐へ入れて置いたのが、立上る機勢(はずみ)にドサリと落ちたから番頭はこゝぞと思って右の巾着を主婦(あるじ)の前へ突付けたり、鳶頭(かしら)にも見せたりして居丈高(いたけだか)になり、
 番「さ、粂之助、此の巾着が出る上は貴様がお嬢様(さん)を殺したに相違あるまい」
 と責めつけたから、座中の人々互に顔と顔を見合せ、鳶頭も甲州屋の家内も実に驚いて、「よもや粂之助がお梅を殺して五十両という金子(きんす)を取りはすまい」とは思うが、金子(かね)が出た。見ると五十両ではなくして八十両の包み金(がね)、表書(うえ)には「本堂再建(さいこん)普請金、世話人萬屋源兵衞(よろずやげんべえ)預(あずか)る」と書いてあったから、誰より驚いたのは玄道和尚で、ぶる/\震えながら、
 玄「ま、これ粂之助、ま、此の金子(かね)は何うした」
 粂「はい/\申し訳がございませぬ」
 玄「これはまア……番頭さん、鳶頭、又御当家の御家内様まで、粂之助がお嬢様を殺して金子(きんす)を取ったろうという御疑念をお掛けなさるは御道理(ごもっとも)の次第でござる、なれども、此の儀に就(つ)いては私(わたくし)より少々粂之助へ申聞(もうしき)けたい事がござれど、少しく他聞を憚(はゞか)りまする故、何所(どこ)か離れたお居間はござりますまいか、余り人様のお出(いで)のない所を拝借いたしたいもので」
 内儀「はい/\、あの鳶頭、奥の六畳へ連れて行ったらよかろう、離れてゝ彼所(あすこ)が一番静(しずか)でもあり人が行かないから」
 鳶「宜(い)いかね、大丈夫かえ和尚様(さん)」
 玄「いえ、決して逃しは致しませぬから、御安心なすって……さア来い」
 と粂之助の手を執(と)って引立てる。粂之助は和尚の従者(とも)で来たのだから今日は耳こじり[#「耳こじり」に欄外に校注、「みじかいわきざし」]を差して居る、兄玄道に引立てられ、拠(よんどころ)なく奥の離座敷へ来るといきなり肩を突かれたからパッタリ畳の処へ伏しました。玄道和尚は開き直って、
 玄「これ粂、手前はまア呆れ返った奴じゃ、これ手前はな、御両親が相果(あいはて)てからと云うものは、私(わし)の手許に置いて丹精をしてやったのじゃないか……女子(おなご)の手もない寺へ引取り、十一の歳(とし)から私が丹精をして、読書(よみかき)から行儀作法に至るまで一通りは仕込んでやったが、何をいうにも借財だらけの寺へ住職をしたのが過(あやま)りで、なか/\然(そ)う何時(いつ)までも手前一人に貢いでやる訳にも往(ゆ)かぬから、不自由を堪(こら)えて御当家へ願い、住みこませると、長の歳月(としつき)御丹精を戴いた御主人様の大恩を忘れ、奉公人の身の上でありながら、御主人様の令嬢と不義いたずらをするとは、何と云う心得違の事じゃ、それで手前は武士の胤(たね)と云われるか、私も手前も、土井大炊頭(どいおおいのかみ)の家来早川三左衞門(はやかわさんざえもん)の胤じゃないかい、私は子供の時分は清之進(せいのしん)と云うたが、どの人相見に観(み)せても、剣難の相があると云うたに依(よ)って九歳の折(おり)に出家を遂(と)げ、谷中南泉寺(なんせんじ)の弟子になって玄道、剃髪(ていはつ)をしてから、もう長い間の事じゃ、其の後(ご)嘉永の始(はじめ)に各藩(かくばん)にて種々(さま/″\)の議論が起り、えろうやかましい世の中になった、其の折父早川三左衞門殿には正義を主張して、それはいかぬ、然(そ)ういう道理は無いと云うて殿へ御諫言(ごかんげん)を申上げたる処、重役の為に憎まれて遂には追放仰付けられた、お父様にはそれを口惜(くや)しゅう思召(おぼしめし)てか、邸(やしき)を出てから切腹をして相果(あいはて)られた、続いて母様もお逝去(かくれ)になる時の御遺言に、お前の弟粂之助はまだ頑是(がんぜ)もない小児(しょうに)、外(ほか)に頼る者もないに依って何卒(どうか)お前、丹精をして成人させて呉れとのお頼み、そこで私が寺へ引取って、十一から三ヶ年も貴様の面倒を見てやったが、今もいう通り何分不如意(ふにょい)じゃに依って御当家へ願うたのも、然ういう柔弱な身体じゃから、商人(あきんど)に仕ようと思うた私の心尽(こゝろづくし)も水の泡となり、それのみならず誠に愧入(はじい)ったのは此の八十両の金子(かね)じゃ、知っての通りの貧乏寺じゃが幸いにも檀家(だんけ)の者にも用いられ、本堂が大破に及んだ、再建(さいこん)をせにゃなるまい、私(わし)が世話人に成ってやる奮発せいと、萬屋も心配をして呉れて、これ見ろ、まア是だけの金子を集めて、是を資本(もとで)に追々(おい/\)と再建に取掛るつもりでわざ/\源兵衞さんが一昨日(おとつい)持って来たに依って、直(すぐ)手前に仕舞って置けと云うて渡した其の金子を手前が盗出(ぬすみだ)して此所(こゝ)へ持って来るとは何ういう了簡じゃ、此金(これ)がなければ片時も己はあの寺に居(お)られぬという事も、手前能(よ)う知って居(お)るじゃないか、憎い奴じゃ、同じ早川の家に生れても、私は総領の身の上でありながら出家となり、又手前の兄三次郎(さんじろう)と云う者は、何ういう因縁か、十一二歳の頃からして盗心(とうしん)があって、一寸(ちょっと)重役の家(うち)へ遊びに行っても、銀の煙管じゃとか、紙入じゃとか、風呂敷とか、手拭とか云うものを盗んで袂(たもと)へ入れて来るじゃ、そこでお父様(とうさま)も呆れてしまい、此奴(こやつ)が跡目相続をすべき奴じゃけれども仕方がないと云うて、十九の時に勘当をされた、丁度三人の同胞(きょうだい)でありながら、私は出家になり、弟は泥坊根性があり、手前は又主家(しゅうか)の娘と不義をして暇(いとま)を出されるのみならず、兄の身に取っては大切の金子(かね)まで取るという奴じゃから、何う人さんから云われても一言の申訳はあるまい、憎い奴じゃ、兄の自滅をするという事を悉(くわ)しく知って居ながら、斯(こ)ういう不都合をするとは云おう様ない人非人(にんぴにん)め」
 と腹立紛れに粂之助の領上(えりがみ)を取って引倒して実の弟を思うあまりの強意見(こわいけん)、涙道(るいどう)に泪(なみだ)を浮べ、身を震わせながら粂之助を畳へこすり附ける。粂之助は身の言分(いいわけ)が立ちませぬから、
 粂「申訳を致します……もも申訳を……何卒(どうぞ)お放しなすって下さいまし」
 玄「さ、何う言分をする」
 粂「へい申訳は此の通りでござります」
 と自分の差して来た小短い脇差を取って抜くより早く喉(のど)へ突立てにかゝった。玄道は胆(きも)を潰して其の手を抑(おさ)え、
 玄「こ、これ待てッ」
 粂「いゝえ、お留め下さるな、申訳が有りませぬから、私(わたくし)は自害をいたして申訳をいたします」
 玄「自害をしたってそれで済むと思うか」
 頻(しき)りに争うておる処へ、ガラリと縁側の障子を開けて這入って来た男を見ると、紋羽(もんぱ)の綿頭巾を鼻被(はなっかむり)にして、結城(ゆうき)の藍微塵(あいみじん)に単衣(ひとえもの)を重ねて着まして、盲縞の腹掛という扮装(こしらえ)、小意気な装(なり)でずっと這入って、
 男「ま、ま、お待ちなせえ、おう詰らねえ事をするない、手前(てめえ)は死なねえでも宜(い)いや」
 粂「ヘエー」
 と顔を見ると今日朝の中(うち)に来た、千駄木の植木屋の九兵衞だから恟(びっく)りして、
 粂「おや、貴方は千駄木の植木屋さんで……」
 九「ウム、植木屋の九兵衞だ、お前(めえ)はまア死なねえでも宜(い)い……え、和尚さん私(わっち)は、千駄木の植木屋の九兵衞と云って、此の粂之助を騙(だまか)しに行った悪党でごぜえます」
 玄「何じゃ……悪党とは」
 九「ヘエ誠に面目次第もござえませぬ、お前(めえ)さんの為には現在の弟でありながら、十九の時に邸(やしき)を出て了(しま)いやした、それゆえ粂の顔を知らねえもんだから騙(だまか)しに行ったんです、兄(あに)さん大層まア年が寄って、お顔を見忘れちまいましたよ」
 玄「なに誰じゃ」
 九「誰でもねえ、お前(まえ)さんの弟の三次郎です」
 玄「おゝ、弟の三次郎、成程然(そ)う云えば、何所(どこ)か見覚えのある顔だ、それが何うして此所(こゝ)へ出て来た」
 九「まア聞いてくだせえ、私(わっち)が上野の三橋側の夜明(よあか)しの茶飯屋のところで、立派な身形(みなり)の新造(しんぞ)が谷中長安寺への道を聞いてるんで、てっきり駈落ものと睨(にら)んで横合から飛び出し、私もね、お前さんが其の長安寺の和尚さんとも知らず、粂之助が私の弟ということも知らねえもんだから、旨い金蔓(かねづる)に有附いたと実ア其の娘を騙(だまか)して[#「騙して」は底本では「駆して」と誤記]引張出(ひっぱりだ)し、穴の稲荷の脇で娘を殺し、巾着ぐるみ有金を引浚(ひっさら)い、死骸は弁天の池ン中へ投(ほう)り込んだのは私の仕業だ、そればかりでなく、娘を殺す前(めえ)に、段々様子を聞くと、宅(うち)に奉公をして居た粂之助と云う者は、暇(いとま)が出て当時では谷中仲門前の長安寺と云う寺に居るんだと聞いたから、もう一仕事しようと思って粂の処(とこ)へ出かけ、旨く騙(だまか)して金子(かね)を持って逃げておいでなさいと云ったのは、私の入智慧(いれぢえ)、本堂再建の普請金八十両を盗ませたのも皆この三次郎の作略でごぜえます」
 玄「ふむー、此奴(こやつ)……えらい奴じゃな」
 三「でね、まア然(そ)ういう理由(わけ)なんだから、鳶頭と番頭や何か残らず此所(こゝ)へ呼んでおくんなせえ」
 玄「粂、早う呼んで来い」
 粂「誰方(どなた)も早く来て下さいましよ」
 と呶鳴ったから、何事かと思って鳶頭も番頭も皆揃って来ました、ずらりと大勢ならべて置いて、右の一伍一什(いちぶしじゅう)を三次郎が話した時には、鳶頭も番頭も驚いて暫(しばら)くは口も利けぬくらいでありました。
 三「さ、何うぞ私(わっし)に縄を掛けて引く処へ引いてお呉んなせえ、決して粂之助の科(とが)じゃアねえ、私(わっち)が人殺(ひとごろし)をしたんですから……其の代りどうか兄(あに)さん粂を可愛がってやってお呉んなさい、又粂も宜(い)いか、もう四十を越してる兄さんだ、能(よ)く大事にして上げてくれ、よ、お前幾歳(いくつ)になる、なに十九歳だ、うむ然(そ)うか、いや鳶頭、誠に何とも云いようがごぜえませぬ、お前(めえ)さんは粂を贔屓にしてお呉んなすって、やれこれ云って下すったのは、私(わっち)からも厚くお礼を申します、実ア今日此処(こゝ)へ忍び込んで間(ま)が好(よ)かったら、此のどさくさ紛れに、もう一仕事する積(つもり)で来た処が、まア斯(こ)ういう訳になりましたから何卒(どうぞ)私へ縄を掛けて突出してお呉んなせえ……やい番頭、さ、己を縛れ」
 番「なに此奴(こいつ)……汝(おのれ)が泥坊か、此のお庭へ何所(どこ)から這入った」
 三「何所からだって這入(へい)るが、さ縛れ、其の代り己が喰(くら)い込めば、もう娑婆ア見る事ア出来ねえから、此の番頭手前(てめえ)も一緒に抱いて行(ゆ)くから然(そ)う思え」
 番「そりゃアえらい事(こっ)ちゃな」
 是(こ)れから捨て置けませぬから、甲州屋の家内は家(うち)から縄付(なわつき)を出すのも厭だと心配をして果(はて)しがない。そこで三次郎が到頭自訴いたして、何うしても斬首(ざんしゅ)の刑に行わるべきであったのが、何ういう事か三宅へ遠島を仰付(おおせつ)けられましたが、大層改悛(かいしゅん)の効が顕(あら)われ、後(のち)お赦(しゃ)になって、此の三次郎は兄玄道の徒弟となり、修行(しゅうぎょう)の功を積んで長安寺の後住(ごじゅう)を勤めました。此の者は穴釣三次(あなづりさんじ)と云って、其の頃下谷では名高い泥坊でござりました。又粂之助は遂に甲州屋へ貰われまして、甲州屋の跡目を相続いたし、其の後(のち)浅草仲町の富田屋という古着商(ふるぎや)から嫁を貰いましたが、此の嫁も誠に心懸けの良い婦人でござりまして、母に孝行を尽したという末お目出度いお話でござります。



底本:「圓朝全集 巻の一」近代文芸資料複刻叢書、世界文庫
   1963(昭和38)年6月10日発行
底本の親本:「圓朝全集巻の一」春陽堂
   1925(大正15)年9月3日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
ただし、話芸の速記を元にした底本の特徴を残すために、繰り返し記号はそのまま用いました。
また、総ルビの底本から、振り仮名の一部を省きました。
底本中ではばらばらに用いられている、「其の」と「其」、「此の」と「此」は、それぞれ「其の」と「此の」に統一しました。
また、底本中では改行されていませんが、会話文の前後で段落をあらため、会話文の終わりを示す句読点は、受けのかぎ括弧にかえました。
入力:小林 繁雄
校正:かとうかおり
ファイル作成:かとうかおり
2000年5月10日公開
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。


底本:「圓朝全集 巻の一」近代文芸資料複刻叢書、世界文庫
   1963(昭和38)年6月10日発行
底本の親本:「圓朝全集巻の一」春陽堂
   1925(大正15)年9月3日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
ただし、話芸の速記を元にした底本の特徴を残すために、繰り返し記号はそのまま用いました。
また、総ルビの底本から、振り仮名の一部を省きました。
底本中ではばらばらに用いられている、「其の」と「其」、「此の」と「此」は、それぞれ「其の」と「此の」に統一しました。
また、底本中では改行されていませんが、会話文の前後で段落をあらため、会話文の終わりを示す句読点は、受けのかぎ括弧にかえました。
入力:小林 繁雄
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【表記について】

/\:二倍の踊り字(濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」)