長谷川時雨さんの御生涯を思うと、私たちは、やっぱり何よりも女性の多難な一生ということを考えずには居られなくて、最後までその道の上に居られた姿を、深く悼む心持です。
 明治の濃い匂りの裡に成長して、大正、昭和と今日までの激しい日本の推移が、そのまま長谷川さんの上にうつっているようです。明治がその帷をかかげた女性の新しい成長への希望と、更にそれよりも深い都会の伝統が長谷川さんの血に流れ合わされていて、そこには独特の美しさと独特の矛盾をも醸し出し、積極な明治女性の勝気な俤は一種の風格をなして長谷川さんの御一生を貫いています。そういう意味で長谷川さんが一人の典型的な女性であったということは十分うなずけると思います。
 時雨さんが終生文学の周囲に居られて、それに関するいろいろの活動もしながら、芸術家になり切らなかったことは、様々の点から人間というものの複雑さの語られているところではないでしょうか。
 或る意味で長谷川さんが日常的に趣味家でありすぎたことや、間抜けでなさすぎたことは、明暮のたたずまいに美しさをつくり出していた力であったとともに、この才能ある女性を、文学よりほかの活動にも引出していく可能性となっていたようにも思えます。ともかく長谷川さんは御自分の生涯を力一杯に終えられました。私たちはその努力に対して女性として敬意を惜しまない心持です。
〔一九四一年九月〕

底本:「宮本百合子全集 第十七巻」新日本出版社
   1981(昭和56)年3月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
初出:「輝ク」
   1941(昭和16)年9月17日号
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2003年9月15日作成
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