この本に集められている作物は、殆どみんなモスク※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)で書かれたものだ。一九二八年の春から、一九三〇年の秋まで。少し、日本にかえってから書いたものも入っている。
 ソヴェト同盟における三年間の滞在は、実に自分に多くのものを教えた。階級的にどう生きるべきかということを自分に教えたのも、この三年間の見聞の結果だ。自分は本からの理窟でなく、日常の生活から、体でそれを学んだ。
 ところで、この旅行記一巻の中に、そのように一人の日本女をこね直したほど強力な、ソヴェト同盟の社会生活の全幅がもられているか?
 いや。ここに集められている旅行記は断片的だ。それに、書きかたが、多く、自分の古い技術のかたによって書かれている。つまり、まあ気取ってるのだ。
 だから、パラッと頁をくって見て、買わないひともうんとあるだろう。自分は、こういうかたで書いた本はこれを最後にしようと思っている。
 しかし、これはこれで、又役に立てようがあるのだ。
 第一、ソヴェト同盟について、革命以来伝えられているブルジョアの逆宣伝は、我々の常識の中で、どの位修正されて居るだろうか? プロレタリア革命の勝利は、ソヴェト市民、あらゆる働く男女と子供との些細な日常生活までを、どんな驚歎すべき現実的な力で、改善したか。そのことについてハッキリ理解しているだろうか?
 ソヴェト同盟が経つつある道は、ひとの道ではない。我等の道だ。我々は、そこで、先進的なプロレタリアートとその指導党とが、どんな困難に出会い、どんな成功をよろこびつつ、社会主義の達成に努力しているかを、知らなければならない。
 何の為にブルジョア国は結束して国際連盟までを動員し、ソヴェト同盟に向って世界戦争の下拵えをやっているか?
 なぜ、世界のプロレタリアートは、それに対してソヴェトを守れ! と叫ばずには居られないか? それ等のことを我々は知らなければならない。ここに集められている数篇の印象記は、所謂文学的すぎる欠点にかかわらず、或る程度までは、必ずその説明の役に立つのだ。
 読者諸君。自分は約束する。この次の本には、もっと組織的に、全般的にソヴェト同盟の生活を紹介することを。同時に、きっと、もっと簡明な書きっぷりで書くことを。
 しかし、この集はこの集として最大の利用価値を発揮せしめよ。
   一九三一年一月
〔一九三一年二月〕

底本:「宮本百合子全集 第十八巻」新日本出版社
   1981(昭和56)年5月30日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第2版第1刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十五巻」河出書房
   1953(昭和28)年1月発行
初出:「新しきシベリアを横切る」内外社
   1931(昭和6)年2月発行
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2004年2月15日作成
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