あらすじ
美しい歌声を持つ少女ラプンツェルは、魔女によって高い塔に閉じ込められていました。彼女は外界を知らず、塔に訪れる魔女しか知りません。そんなある日、塔の下を通りかかった王子は、ラプンツェルの歌声に魅了され、塔に登ることを決意します。二人は恋に落ちますが、魔女の陰謀によって、ラプンツェルは再び悲しみに沈みます。王子は失意のどん底に突き落とされ、二人の運命は大きく変わります。
 むかしむかし夫婦者ふうふものがあって、ながあいだ小児こどもしい、しい、といいくらしておりましたが、やっとおかみさんののぞみがかなって、神様かみさまねがいをきいてくださいました。この夫婦ふうふうち後方うしろには、ちいさなまどがあって、そのむこうに、うつくしいはな野菜やさいを一めんつくった、きれいなにわがみえるが、にわ周囲まわりにはたかへい建廻たてまわされているばかりでなく、その持主もちぬしは、おそろしいちからがあって、世間せけんからこわがられている一人ひとり魔女まじょでしたから、誰一人たれひとりなかへはいろうというものはありませんでした。
 のこと、おかみさんがこのまどところって、にわながめてると、ふとうつくしいラプンツェル((菜の一種、我邦の萵苣(チシャ)に当る。))のそろった苗床なえどこにつきました。おかみさんはあんな青々あおあおした、あたらしいべたら、どんなにうまいだろうとおもうと、もうそれがべたくって、べたくって、たまらないほどになりました。それからは、毎日まいにち毎日まいにちことばかりかんがえていたが、いくらしがっても、とてべられないとおもうと、それがもとで、病気びょうきになって、日増ひましせて、あおくなってきます。これをて、おっとはびっくりして、たずねました。
「おまえは、まア、うしたんだえ?」
「ああ!」とおかみさんがこたえた。「うち後方うしろにわにラプンツェルがつくってあるのよ、あれをべないと、あたしんじまうわ!」
 おとこはおかみさんを可愛かわいがってたので、こころうちで、
さいなせるくらいなら、まア、どうなってもいいや、そのっててやろうよ。」
おもい、にまぎれて、へいえて、魔法まほうつかいのにわはいり、大急おおいそぎで、を一つかみいてて、おかみさんにわたすと、おかみさんはそれでサラダをこしらえて、うまそうにべました。けれどもそのサラダのあじが、どうしてもわすれられないほどうまかったので、翌日よくじつになると、まえよりも余計よけいべたくなって、それをべなくては、られないくらいでしたから、おとこは、もう一りにかなくてはならないことになりました。
 そこでまたれてから、りにきましたが、へいをおりてると、魔法まほうつかいのおんなが、まえってたので、おとこはぎょっとして、そのちすくんでしまいました。すると魔女まじょが、おそろしいつきで、にらみつけながら、こういました。
なんだって、おまえへい乗越のりこえてて、盗賊ぬすびとのように、わたしのラプンツェルをってくのだ? そんなことをすれば、いことはいぞ。」
「ああ! どうぞ勘弁かんべんしてください!」とおとここたえた。「このんでいたしたわけではございません。まったせっぱつまって余儀よぎなくいたしましたのです。かないまどから、あなたさまのラプンツェルをのぞきまして、べたい、べたいとおもいつめて、ぬくらいになりましたのです。」
 それをくと、魔女まじょはいくらか機嫌きげんをなおして、こういました。
「おまえうのが本当ほんとうなら、ここにあるラプンツェルを、おまえのほしいだけ、たしてあげるよ。だが、それには、おまえのおかみさんがおとした小児こどもを、わたしにくれる約束やくそくをしなくちゃいけない。小児こども幸福しあわせになるよ。わたし母親ははおやのように世話せわをしてやります。」
 おとこ心配しんぱいをとられて、われるとおりに約束やくそくしてしまった。で、おかみさんがいよいよおさんをすると、魔女まじょて、そのに「ラプンツェル」というをつけて、れてってしまいました。
 ラプンツェルは、世界せかい二人ふたりいくらいのうつくしい少女むすめになりました。少女むすめが十二さいになると、魔女まじょもりなかにあるとうなかへ、少女むすめ閉籠とじこめてしまった。そのとうは、梯子はしごければ、出口でぐちく、ただ頂上てっぺんに、ちいさなまどが一つあるぎりでした。魔女まじょはいろうとおもときには、とうしたって、おおきなこえでこううのです。
「ラプンツェルや! ラプンツェルや!
 おまえ頭髪かみげておくれ!」
 ラプンツェルは黄金きんばしたような、ながい、うつくしい、頭髪かみってました。魔女まじょこえこえると、少女むすめぐに自分じぶんんだかみほどいて、まど折釘おれくぎきつけて、四十しゃくしたまでらします。すると魔女まじょはこのかみつかまってのぼってるのです。
 二三ねんって、とき、このくに王子おうじが、このもりなかを、うまとおって、このとうしたまでたことがありました。するととうなかから、なんともいようのない、うつくしいうたこえてたので、王子おうじはじっと立停たちどまって、いていました。それはラプンツェルが、退屈凌たいくつしのぎに、かわいらしいこえうたっているのでした。王子おうじうえのぼってたいとおもって、とう入口いりぐちさがしたが、いくらさがしても、つからないので、そのままかえってきました。けれどもそのときいたうたが、こころそこまでんでたので、それからは、毎日まいにちうたをききに、もりかけてきました。
 王子おうじまたもりって、のうしろにってると、魔女まじょて、こういました。
「ラプンツェルや! ラプンツェルや!
  おまえ頭髪かみげておくれ!」
 それをいて、ラプンツェルがんだ頭髪かみしたらすと、魔女まじょはそれにつかまって、のぼってきました。
 これを王子おうじは、こころうちで、「あれが梯子はしごになって、ひとのぼってかれるなら、おれも一つ運試うんだめしをやってよう」とおもって、その翌日よくじつれかかったころに、とうしたって
「ラプンツェルや! ラプンツェルや!
 おまえ頭髪かみげておくれ!」
というと、うえから頭髪かみのけがさがってたので、王子おうじのぼってきました。
 ラプンツェルは、まだ一も、おとこというものをたことがなかったので、いま王子おうじはいってたのをると、はじめは大変たいへんおどろきました。けれども王子おうじやさしくはなしかけて、一いたうたが、ふかこころんで、かおるまでは、どうしてもやすまらなかったことをはなしたので、ラプンツェルもやっと安心あんしんしました。それから王子おうじつまになってくれないかとすと、少女むすめ王子おうじわかくって、うつくしいのをて、こころうちで、
「あのゴテルのおばあさんよりは、このひとほうがよっぽどあたしをかわいがってくれそうだ。」
おもいましたので、はい、といって、にぎらせました。少女むすめはまた
「あたし、あなたとご一しょにきたいんだが、わたしには、どうしてりたらいいかわからないの。あなたがおでい[#「おでい」はママ]になるたんびに、絹紐きぬひもを一ぽんずつってください、ね、あたしそれで梯子はしごんで、それが出来上できあがったら、したりますから、うませて、れてって頂戴ちょうだい。」
といいました。それからまた魔女まじょるのは、大抵たいてい日中ひるまだから、二人ふたりはいつも、れてから、うことに約束やくそくめました。
 ですから、魔女まじょすこしもがつかずにましたが、、ラプンツェルは、うっかり魔女まじょむかって、こういました。
「ねえ、ゴテルのおばあさん、うしてあんたのほうが、あの若様わかさまより、引上ひきあげるのにほねれるんでしょうね。若様わかさまは、ちょいとのに、のぼっていらっしゃるのに!」
「まア、この罰当ばちあたりが!」と魔女まじょきゅうたかこえてた。「なんだって? わたしはおまえ世間せけんから引離ひきはなしていたつもりだったのに、おまえわたしだましたんだね!」
こうって、魔女まじょはラプンツェルのうつくしいかみつかんで、ひだりへぐるぐるときつけ、みぎ剪刀はさみって、ジョキリ、ジョキリ、とって、その見事みごと辮髪べんぱつを、ゆかうえ切落きりおとしてしまいました。そうしていて、なん容赦ようしゃもなく、このあわれな少女むすめを、砂漠さばく真中まんなかれてって、かなしみとなげきのそこしずめてしまいました。
 ラプンツェルをれてったおな夕方ゆうがた魔女まじょはまたとううえ引返ひきかえして、った少女むすめ辮髪べんぱつを、しっかりとまど折釘おれくぎゆわえつけてき、王子おうじて、
「ラプンツェルや! ラプンツェルや!
まえ頭髪かみげておくれ!」
うと、それをしたらしました。王子おうじのぼってたが、うえには可愛かわいいラプンツェルのかわりに、魔女まじょが、意地いじのわるい、こわらしいで、にらんでました。
「あッは!」と魔女まじょ嘲笑あざわらった。「おまえ可愛かわいひとれにたのだろうが、あの綺麗きれいとりは、もうなかで、うたってはない。あれはねこさらってってしまったよ。今度こんどは、おまえ眼玉めだま※(「てへん+毟」、第4水準2-78-12)かきむしるかもしれない。ラプンツェルはもうおまえのものじゃアい。おまえはもう、二と、彼女あれにあうことはあるまいよ。」
 こうわれたので、王子おうじあまりのかなしさに、逆上とりのぼせて、前後ぜんごかんがえもなく、とううえからびました。さいわいにも、生命いのちには、別状べつじょうもなかったが、ちた拍子ひょうしに、ばら引掛ひっかかって、つぶしてしまいました。それからは、えないで、もりなかさぐまわり、くさべて、ただくしたつまのことをかんがえて、いたり、なげいたりするばかりでした。
 王子おうじはこういうあわれな有様ありさまで、数年すうねんあいだあてもなく彷徨さまよあるいたのち、とうとうラプンツェルがてられた沙漠さばくまでやってました。ラプンツェルは、そのおとこおんな双生児ふたごんで、この沙漠さばくなかに、かなしいおくってたのです。王子おうじは、ここまでると、どこからか、いたことのあるこえみみはいったので、こえのするほうすすんでくと、ラプンツェルがぐに王子おうじみとめて、いきなりくび抱着だきついて、きました。そしてそのなみだが、王子おうじはいると、たちま両方りょうほういて、まえとおり、よくえるようになりました。
 そこで王子おうじは、ラプンツェルをれて、くにかえりましたが、くに人々ひとびとは、大変たいへん歓喜よろこびで、この二人ふたりむかえました。その二人ふたりは、ながあいだむつまじく、幸福こうふくに、くらしました。
 それにしても、あの年寄としよった魔女まじょは、どうなったでしょう? それはたれったものはありません。

底本:「グリム童話集」冨山房
   1938(昭和13)年12月12日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
入力:大久保ゆう
校正:鈴木厚司
2005年3月15日作成
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