頭の禿げた善良そうな記者君が何度も来て、書け書け、と頭の汗を拭きながらおっしゃるので、書きます。
 佐倉宗五郎子別れの場、という芝居があります。ととさまえのう、と泣いて慕う子を振り切って、宗五郎は吹雪の中へ走って消えます。あれを、どうお思いでしょうか。アメリカ人が見たら、あれをどう感ずるでしょうか。ロシヤ人が見たら、何と判断するでしょうか。
 しかし私たち日本人、殊に男が何か仕事に打ち込んだ場合、たいていこの宗五郎のようになってしまいます。
 家族は、捨ててよいものでしょうか。日本の政治家たちは、たいてい家庭を捨てているようです。ひどいのになると、独身だか妻帯者だか、わからない人物もあります。しつけの良い家庭を営んでいる政治家は、少いように思われます。
 しつけのよい家庭を維持しながら、よい仕事も出来るという政治家もあってよいと思います。これこそ、至難の事業であります。けれども、兄は、それが出来るかも知れない極めて少数のひとの一人だと思います。
 無理なお願いでしょうけれどもお願いしてみます。私の為のお願いではありません。

底本:「もの思う葦」新潮文庫、新潮社
   1980(昭和55)年9月25日発行
   1998(平成10)年10月15日39刷
入力:蒋龍
校正:土屋隆
2009年4月7日作成
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