登場人名

エスカラス、※(濁点付き片仮名ヱ、1-7-84)ローナの領主。
パーリス、領主の親族、年若き貴公子。
キャピューレット┐
        ├相確執せる二名族の長者。
モンタギュー  ┘
キャピューレットが一族の一老人(叔父)。
ローミオー、モンタギューの息。
マーキューシオー、領主の親族にしてローミオーの友。
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85)ーリオー、モンタギューの甥にしてローミオーの友。
チッバルト、キャピューレットが妻の甥。
ロレンス法師、フランシス派の僧。
ヂョン、同じ派の僧。
バルターザー、ローミオーの下人。
サンプソン(或ひはサムソン)┐
              ├キャピューレット家の下人。
グレゴリー         ┘
ピーター、ヂューリエットが乳母の下人。
エーブラハム、モンタギューの下人。
藥種屋の老人。
樂人甲、乙、丙。
パーリスの侍童こしゃう。他の侍童こしゃう。警吏一人。
モンタギュー夫人、モンタギューの妻。
キャピューレット夫人、キャピューレットの妻。
ヂューリエット、キャピューレットの女。
ヂューリエットの乳母。

其他※(濁点付き片仮名ヱ、1-7-84)ローナの市民。兩家の親族。假裝舞踏者、門衞、
番衆、侍者等。
序詞役。

場所   ※(濁点付き片仮名ヱ、1-7-84)ローナ。マンチュア。
(本文は、譯詞との釣合ひ上、固有名詞の發音に手心を加へたる部分あり。但し爰に録したるものが最も正しきに近しと知られたし。)
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ロミオとヂュリエット


序詞役じょしやくる。
序詞役 威權ゐけん相如あひしく二名族めいぞくが、
ところはな※(濁点付き片仮名ヱ、1-7-84)ローナにて、
ふる怨恨うらみまたあらたに、
あら市内鬪爭うちわげんくわ
かゝる怨家ゑんか胎内たいないより薄運はくうんの二情人じゃうじん
惡縁あくえんむごやぶれて宿怨しゅくゑんともうづむ。
かげ附纒つきまとあやふこひ履歴りれき
子等こら非業ひごふてぬるまでは、
如何いかにしてもけかねし親々おや/\忿いかり
れぞいまより二時間じかん吾等われら演劇えんげき
御心みこゝろなが御覽ごらんぜられさふらはゞ、
たらはぬところ相勵あひはげみてつぐのまうさん。
序詞役じょしやくはひる。
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カピューレット下人げにんサンプソンとグレゴリーとがけんたてとをってる。
サン  やい、グレゴリー、誓言せいごんぢゃ、こちとらは石炭コールなんぞはかつぐまいぞよ、かりにも。(不面目な賤しい仕事しごとなんぞはすまいぞよ)。
グレ  さうとも/\、そんなことをすりゃ、奴隷コーリヤー同然どうぜんぢゃわい。
サン  いやさ、おらコーラーさはるが最後さいご、すぐにもッこいてくれようといふンぢゃ。
グレ  さうよなァ、頸根くびねは、ろうなら、頸輪コラー首枷くびかせ)からッこいてゐるがよいてや。(罪人にはならぬがよいてや)。
サン  おれはらったとなりゃ、たちまち(敵手あひてをば)眞二まっぷたつにしてくれる。
(以下、口合パンニング邦語はうご直譯ちょくやくしてはつうぜざれば、りて義譯ぎやくす。後段こうだんにもかるれいしば/\あるべし。)
グレ  ところが、そのつまでが手間てまれうて。
サン  なんの、すぐつわい、モンタギュー飼犬かひいぬたゞけでも。
グレ  はて、つとへば不動ゐすわりぢゃがや。不動ゐすわり立往生たちわうじゃうぢゃ。出向でむかうてかけんけりゃ鬪爭けんくわにァならぬわい。
サン  はて、飼犬いぬたゞけでもむかうてゆくわい。モンタギューの奴等やつらりゃ、をとこでもをんなでもかまうたことァない。
グレ  へッ、かまはいで放任ほうっておくのでがな、それがおぬし弱蟲よわむし證據しょうこぢゃ。
サン  したり。そこで、とかく弱蟲よわむし女子をなごばかりが玩弄かまはれまするとけつかる。いや、おれは、野郎やらうをばはふし、女郎めらうをば制裁かまはう。
グレ  鬪戰たゝきあひは、主人衆だんなしゅ吾等おれたち男共をとこどものすることぢゃ。
サン  いざ鬪爭けんくわとなりゃ、そんな斟酌しんしゃくらんこっちゃ。男共をとこどもたゝきみじいたら、女共をんなどもをもやっつけてくれう。
グレ  やっつける?
サン  それ、彼奴等きゃつらの「はち」を打破ぶちわってくれうわい。意味いみ如何樣どのやうにもらっせいよ。
グレ  それは先方あひてかん次第しだいぢゃ。
サン  はて、沁々しみ/″\かんじようわい、おれ隨分ずゐぶん評判ひゃうばんをんなたらしぢゃにって。
グレ  へん、さかなでなうて幸福しあはせぢゃわい、おぬしさかななら、をんなたらしではうて總菜そうざい鹽大口魚しほだらてけつからう。……(一方を見て)けよ(劍を)、モンタギューの奴等やつらたわい。
此時このときモンタギュー下人げにん、エブラハムとバルターザーとが一ぱうる。
サン  さ、いたわ、鬪爭けんくわはっせい、尻押しりおしをせう。
グレ  なんぢゃ! しりける?
サン  心配しんぱいすない。
グレ  なんの、おぬしを!
サン  此方こち非分ひぶんにならぬやうに、先方むかうから發端しかけさせい。
グレ  行違ゆきちが途端とたんにらみつけてくれう、如何どうおもやがらうとかまふものかえ。
サン  うんにゃ、如何どうやがらうとかまふものかえ。おれゆびつめんでくれう、それでだまってゐりゃはぢさらしぢゃ。
雙方さうはう行違ゆきちがふ。サンプソンゆびつめんでする。
エブラ お手前てまへ吾等われらむかうてゆびつめまっしゃったな?
サン  如何いかにもつめみまする。
エブラ 吾等われらむかうてまっしゃるのか?
サン  (グレゴリーを顧みて)うんうても、理分りぶんか?
グレ  いゝや。
サン  (エブラに對ひて)いゝや、足下おぬしたちにむかうてみはせんが、む。
グレ  こりゃ鬪爭けんくわらっしゃるのぢゃな?
エブラ 鬪爭けんくわ! いや、けっして。
サン  鬪爭けんくわなら敵手あひてにならう。汝等おぬしたちにはけんぞ。
エブラ ちもすまい。
サン  むゝ。……
つまる。此時このとき上手かみてよりモンタギューの親族しんぞくベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85)ーリオーる。
グレ  (サンプソンに對ひ、小聲にて)つわいとはっせい。(下手を見やりて)あそこへ殿との親族しんぞく一人ひとりせた。
サン  うんにゃ、つわい。
エブラ ※(「言+墟のつくり」、第4水準2-88-74)うそけ。
サン  け、をとこなら。グレゴリー、えいか、たのむぞよ、しっかり。
サンプソンとエブラハムとけんいてたゝかふ。ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85)ーリオーこのていきたり、けんき、ってはひる。
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) った/\! をさめいけんを。こゝな向不見むかうみずが。
カピューレット長者ちゃうじゃをひチッバルト下手しもてよりる。
チッバ やア、下司げす下郎げらう敵手あひてにしておぬしけんかうでな? ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85)ーリオー、こちをけ、いのちってくれう。
けんく。
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) いや、これは和睦わぼくさせうためにしたことぢゃ。けんをさめい、でなくば、そのけんもっわしともに、こいつらを引分ひきわけておくりゃれ。
チッバ なんぢゃ、いてゐながら、和睦わぼくぢゃ! 和睦わぼくといふことば大嫌だいきらひぢゃ、地獄ぢごくほどに、モンタギューの奴等やつらほどに、うぬほどにぢゃ。卑怯者ひけふものめ、覺悟かくごせい!
いてかゝる。ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85)ーリオー餘義よぎなく敵手あひてになる。この途端とたん兩家りゃうけ關係者くわんけいじゃ双方さうはうよりきたり、入亂いりみだれてたゝかふ。市民しみんおよ警吏長等けいりちゃうら棍棒クラッブたづさへてきたる。
警吏長 棍棒組こんぼうぐみよ、戟組ほこぐみよ! て/\! 打据うちすゑいカピューレットを! モンタギューを打据うちすゑい!
カピューレット長者ちゃうじゃ寢衣ねまきのまゝにて、そのつまカピューレット夫人ふじんはそれをとゞめつゝ、る。
カピ長 この騷動さわぎ何事なにごとぢゃ? やア/\、ながけんて、ながけんを。
カピ妻 つゑをば、つゑをば! なんためながけんを?
カピ長 えい、けんぢゃといふに。いあれを、モンタギューの長者ちゃうじゃめがをって、おれよがしにやいばりをる。
モンタギュー長者ちゃうじゃ白刃しらはげ、そのつまモンタギュー夫人ふじんそれをとゞめつゝ、る。
モン長 おのれ、カピューレットめ!……とめるな、はなせ。
モン妻 たゝかはうためになら、一歩ひとあしでもさせますな。
領主りゃうしゅ公爵こうしゃくエスカラス、從者じゅうしゃ多勢おほぜい引連ひきつれてる。
領主  やア、平和へいわみだ暴人ばうじんども、同胞どうばうもっ刃金はがねけが不埓奴ふらちやつ……きをらぬな?……やア/\、汝等おのれらよこしまなる嗔恚しんにほのほおの血管けっくわんよりながいづむらさきいづみもっさうとこゝろむる獸類けだものども、嚴罰げんばつおそるゝならば、その血腥ちなまぐさから兇暴きょうばうけんなげうち、いかれる領主りゃうしゅ宣言ことばけ。カピューレットよ、モンタギューよ、汝等なんぢらにんよし爭論あらそひもととなって、同胞どうばう鬪諍とうぢょうすで三度みたびおよび、市内しない騷擾さうぜう一方ひとかたならぬによって、たう※(濁点付き片仮名ヱ、1-7-84)ローナの故老共こらうども其身そのみにふさはしき老實らうじつかざり脱棄ぬぎすて、なんねんもちひざりしため、ふるびついたる戟共ほこどもおなじく年老としおいたる手々てんでり、汝等なんぢらこゝろびつきし意趣いしゅ中裁ちゅうさいちからつひやす。爾後じごふたゝ公安こうあんみだるにおいては汝等なんぢらいのちいぞよ。今日こんにち者共ものどもみな立退たちされ、カピューレットはしたがまゐれ。モンタギュー、其方そちは、この午後ひるごに、まうかすこともあれば、裁判所さいばんしょフリータウンへ參向さんかうせい。あらためてまうすぞ、いのちしくば、みな立退たちされ。
モンタギュー夫婦ふうふとベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85)ーリオーだけのこりてみなはひる。
モン長 このふる爭端さうたんをば何者なにものあたらしうひらきをったか? をひよ、おぬしは最初はじめからそばにゐたか?
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) いや、わたくしまゐったころには、てき下人げにん御家來衆ごけらいしゅとがもうすでたゝかうてをりました。それを引分ひきわけうとて拔劍きましたる途端とたんに、のチッバルトの我武者がむしゃめがけんいて駈付かけつけ、鬪戰たゝかひいどみ、白刃しらは※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)ふりまはし、いたづらに虚空こくうをばりまするほどに、かぜ習々しふ/\おとてゝれが不覺ふかくあざけ風情ふぜい。かくてたがひにいつっつのをりから、おひ/\多人數たにんず馳加はせくははり、左右さいふわかれてたゝかところへ、領主とのえさせられ、左右さうなく引別ひきわけ相成あひなりました。
モン妻 おゝ、ロミオは何處どこに?(ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85)ーリオーに)今日けふそなたはしましたか? この騷動さうどう關係かゝりあうてゐなんだは、ま、なによりもよろこばしい。
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) さア、今朝けさひがしきんまどから朝日影あさひかげのまだのぞきませぬころむねもだへなぐさめませうと、郊外かうぐわいましたところ、まちからは西にしあたる、とあるかへで杜蔭もりかげに、れば、其樣そん早朝あさまだきに、御子息ごしそくあるいてござる、ちかづけば、それとり、たちまちのうちにもりしげみへ。人目ひとめくるは相身互あひみたがひ、浮世うきようるさおもをりには、身一みひとつでさへもおほいくらゐ、あなが同志つれはずともと、たゞもうおのこゝろあとをのみうて、人目ひとめくる其人そのひとをば此方こちらからもけました。
モン長 げに、幾朝いくあさも/\、まだつゆなみだ置添おきそへ、くもには吐息といきくもくはへて、彷徨うろついてゐるのを見掛みかけたとか。されどもとほ東方ひんがしの、曙姫あけぼのひめ寢所ねどころから、あの活々いき/\した太陽たいやう小昏をぐらとばりけかくれば、おもこゝろせがれめはそのあかるさから迯戻にげもどり、まどぢ、きらうて、れからよるをばつくりをる。分別ふんべつをしてこのやまひたねば、一ぢゃういまはしい不祥ふしゃうもとゐ
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) で叔父上をぢうへにはそのぞんじでござりますか?
モン長 いや、りもせねば、らせもせぬわい。
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) 質問きゝたゞして御覽ごらうじたことがござりますか?
モン長 わしはもとより、したしいれにもさぐらせたれども、せがれめは、たゞもうそのむねうちに、何事なにごとをもかくして、いっかな餘人よじんにはらせぬゆゑ、さぐることも發見みいだすことも出來でき有樣ありさま――それがためにならぬのはれてあれど――可憐いたいけなつぼみそのうるはしい花瓣はなびらが、かぜにもひらかず、日光にもまだ照映てりはえぬうちに、意地惡いぢわる螟蛉あをむしめにあさましうまれてしまふやうに。れが愁歎なげきもとさへれゝば、すぐにも療治れいぢしたうおもふのぢゃが。
此時このときロミオ物思ものおもがほにて一ぱうる。
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) あれ、あそこへロミオどのが。おはづしなされませ。わたくし聞質きゝたゞしてませう。どうしてもこばまッしゃらうかもれぬが。
モン長 それが首尾しゅびよう自白うちあけさせるやくてばよいが。……おく、さ、まゐらう。
モンタギュー夫婦ふうふはひる。ロミオちかづく。
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) や、おはやうござる。
ロミオ そんなにはやうござるか?
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) いまったばかり。
ロミオ あゝ/\、味氣無あぢきな時間じかんながい。……いまいそいでんだはわしちゝでござったか?
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) いかにも。どういふ味氣あぢきないことがあって、ときながいとは被言おっしゃる?
ロミオ ればときみじかうなるが、其物そのものられぬゆゑ。
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) こひぢゃな?
このあたりも、一もん、一たふこと/″\く口合式パンニングしき警句けいくにして、到底たうてい原語通げんごどほりにはやくしがたきゆゑ、義譯ぎやくとす。)
ロミオ ひとために……
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) 戀人こひゞとために?
ロミオ こがるゝかひもなく、其人そのひとため蔑視さげすまれて。
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) やれ/\、柔和やさしらしうゆるこひめが、そんなむごいことや手荒てあらいことをしますか?
ロミオ あゝ/\! こひめは始終しゞゅう目隱めかくしをしてゐて、けれども存分ぞんぶんそのまとをばとめをる!……え、何處どこ食事しょくじをしようぞ?……(四下あたりを見※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)して)あゝ/\! こりゃまアなんといふあさましい騷擾さうぜう? いや、その仔細しさいはおやるにはおよばぬ、のこらずいた。みなにくいがもととはへ、可愛かはゆいにもふかい/\えんがある……すればりゃにくみながらの可愛かはゆさ! 可愛かはゆいながらのにくさといふもの! からぢゃ! かなしいたはぶれ、しづんだ浮氣うはき目易めやすみにくさ、おも羽毛はねしろすゝつめた健康すこやか病體びゃうたいめたねむり! あゝ、りのまゝとはおなじでないもの! ちょう其樣そのやうせつないこひかんじながら、こひまことをばかんぜぬせつなさ!……なんわらふンぢゃ?
くのごと對照式たいせうしき綺語きご――技巧的ぎこうてき比喩語ひゆご――をならぶることはシェークスピヤの青年期せいねんきにはイギリス文壇ぶんだん流行りうかうなりしなり。以下いかにも同例どうれいおほし。)
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) なんの、いてゐるぢゃ。
ロミオ くとは、何故なぜに?
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) そのなげきをおもひやって。
ロミオ はて、それは深切しんせつ爲過しすごし。いっそ迷惑めいわく。おのが心痛しんつうばかりでも心臟しんざういたうなるのに、足下きみまでがいてくりゃると、一だんむねせまる。足下きみ同情どうじゃう多過おほすぎるわし悲痛かなしみに、たゞ悲痛かなしみへるばかり。こひ溜息ためいき蒸氣ゆげけむりげきしてはうち火花ひばならし、きうしてはなみだあめもっ大海おほうみ水量みかさをもす。さて其外そのほかでは、なんであらうか? 性根しゃうねみだれぬ亂心らんしん……いきをもむるにがもの。……いのち砂糖漬さとうづけにするほどあまもの。さらば。
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) まったり! 一しょにかう。わしてゝくとはひどい。
ロミオ とうにてゝしまうたぢゃ。わしこゝにはゐぬ、これはロミオではい、ロミオは何處どこ他所よそにゐよう。
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) いや、眞實しんじつ白状はくじゃうをなされ、こなたがしたひととはれぢゃ?
ロミオ 白状はくじゃうせいとは、わし拷問がうもん苦痛くるしみをさせうとてか?
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) 拷問がうもん! なんの、たゞまッすぐに自白はくじゃうなされといふのぢゃ。
ロミオ はて、それは病人びゃうにん遺言ゆゐごん白状はくじゃうぶやうなもの、わるいうへにわるい異名いみゃう! が、白状はくじゃうせう、わしには戀女こひをんながある。
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) こひにらんだときに、それほど見拔みぬいてゐた。
ロミオ てもきつ射手いてぢゃの! そしてそのおんなれがにも美人びじん
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) まとならば、射落いおとすことは容易たやすからう。
ロミオ はて、そのねらひはづれた。戀愛神キューピッド弱弓よわゆみでは射落いおとされぬをんなぢゃ。處女神ダイヤナとくそなへ、貞操ていさうてつよろひかためて、こひをさな孱弱矢へろ/\やなぞでは些小いさゝか手創てきずをもはぬをんな言寄いひよことばかこまれても、こひするまなこおそはれても、いっかなこゝろうごかさぬ、賢人けんじん墮落だらくさする黄金こがねにも前垂まへだれをばひろげぬ。おゝ、かぎりないうつくしさにはみながら、そのうつくしさはたゞ代限だいかぎり、ねばたねまでもくるとは、貧乏しがない/\運命うんめい
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) ではそのをんな嫁入よめいりはせぬとちかうたのぢゃな?
ロミオ いかにも。その物吝ものをしみがいか損失そんしつ折角せっかくうつくしさも、その偏屈へんくつゆゑに餓死うゑじにをして、そのうつくしさを子孫しそんにはつたへぬ。うつくしうて、かしこうて、わしおもじにさするほど賢過かしこすぎた美人びじんゆゑ、おそらくは冥利みゃうりき、よもや天國てんごくへはのぼれまい。彼女あれこひはせぬとちかうたゝめ、わしうしてものうてゐるものゝ、きながらんでゐるのぢゃ。
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) ま、わしふことをいて、そのをんなをばおわすれなされ。
ロミオ おゝ! をしへてくれい、どうしたらわすれられるか?
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) もッと自由じいうあたへて、あちこちのほか美人びじんたらよからう。
ロミオ ほかのとくらぶれば※(二の字点、1-2-22)いよ/\彼女あれをば絶美ぜつびぢゃとはねばならぬことになる。美人びじんひたひるゝ幸福しあはせ假面めんどもは、れも黒々くろ/″\つくってはあれど、それがかへってそのそこしろかほ思出おもひださする。なくしたをとこが、そのなくしたといふたからをばわすれぬためし如何どん拔群ばつくん美人びじんをおせあっても、それはたゞその拔群ばつくんをも拔群ばつくん美人びじん思出おもひださす備忘帳おぼえちゃうぎぬであらう。さらば。わするゝはふをしふることは足下きみちからでは出來できぬ。
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) をしへかたの不足ふそく其中そのうちつぐなはう、りたまゝではぬまいぞ。
二人ふたりともにはひる。

カピューレット長者ちゃうじゃさきに、年若としわか貴公子きこうしパリス(下人げにんにんいて)る。
カピ長 モンタギューとてもみぎ同樣どうやう懲罰おとがめにて謹愼きんしん仰附おほせつけられた。したが、吾々われ/\老人らうじんっては、平和へいわまもることはさまで困難むづかしうはあるまいでござる。
パリス いづれも名譽めいよ家柄いへがらであらせらるゝに、ひさしう確執なかたがひをなされたはおどくでござった。ときに、吾等われら申入まうしいれたこと御返答ごへんたふは?
カピ長 先度せんどまうしたとほりを繰返くりかへすまでゞござる。何分なにぶんにも世間せけん知らず、まだ十四度よどとはとし變移目かはりめをばむすめ、せめてもう二夏ふたなつ榮枯わかばおちばせいでは、適齡としごろともおもひかねます。
パリス ひめよりもわかうて、見事みごと母親はゝおやになってゐるのがござるのに。
カピ長 いや、はやるものははやくづるゝ。すゑたのみをみなからし、たゞ一粒ひとつぶだけのこった種子たね此土このよたのもしいは彼兒あればかりでござる。さりながら、パリスどの、言寄いひよってむすめこゝろをばうごかしめされ。彼女あれ諾否いなや肝腎かんじん吾等われら意志こゝろ添物そへものむすめうけひうへ吾等われら承諾しょうだくその取捨しゅしゃほかにはませぬ。今宵こよひ家例かれいり、宴會えんくわいもよふしまして、日頃ひごろ別懇べっこん方々かた/″\多勢おほぜい客人まろうどまねきましたが、貴下こなたそのくみくははらせらるゝは一だん吾家わがや面目めんもくにござる。今宵こよひ陋屋らうをくにて、明星みょうじゃうかゞやき、暗天やみぞらをさへもあかるらすを御覽ごらんあれ。たとへば、緩漫なまのろふゆしりへにはなやかなはるめがるのをて、血氣壯けっきさかんわか手合てあひかんずるやうなたのしさ、愉快こゝろよさを、つぼみはな少女をとめらと立交たちまじらうて、今宵こよひ我家わがやりゃうせられませうず。こと/″\き、こと/″\て、さてのちいっ價値ねうちのあるのをらッしゃれ。とくらるゝと、むすめその一人ひとりとしてかずにははひってゐても、勘定かんぢゃうにははひらぬかもれぬ。さゝ、一しょにござれ。……(下人に)やい、そち※(濁点付き片仮名ヱ、1-7-84)ローナぢゅう※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)かけまはって(書附を渡し)こゝ名前なまへいてある人達ひとたち見附みつけて、今宵こよひわがやしきねんごろ御入來ごじゅらいをおまうすとへ。
カピューレット長者ちゃうじゃとパリスとはひる。
下人  こゝに名前なまへいてある人達ひとたち見附みつけい! えゝと、靴屋くつやものさしかせげか、裁縫師したてや足型あしかたかせげ、漁夫れふしふでかせげ、畫工ゑかきあみかせげといてあるわい。こゝに名前なまへいてある人達ひとたち見附みつけていと言附いひつかったが、書手かきて如何樣どのやう名前なまへきをったやら、こりゃ一かう見附みつからぬわい。學者ものしりところかにゃならぬ。……(一方を見て)お、ちょうどよい。
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85)ーリオーさきにロミオいてる。
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) 馬鹿ばかな! そこがそれ、おさへられ、げんぜられるためしぢゃ。ぎゃく囘轉まはるとうたのがなほり、ぬるほど哀愁かなしみべつ哀愁かなしみがあるとわすれらるゝ。あたらしいどくませてふるどくくがよい。
ロミオ それには車前草おんばこが一ちからう。
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) それとは?
ロミオ すねけがには。
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) ローミオー、貴下こなたちがうたのか?
ロミオ ちがはぬが、狂人きちがひよりもつら境界きゃうがい……牢獄らうごく鎖込とぢこめられ、しょくたれ、むちうたれ、苛責かしゃくせられ……(下人の近づいたのを見て)や、機嫌きげんよう。
下人  はい、御機嫌ごきげんようござりませ。旦那だんなまッしゃりますか?
ロミオ いかにも……不幸ふしあはせふて、不運ふうんむわい。
下人  はて、そのやうことほんくてもれましょ。いや、まなこむものをばまッしゃりますかときますのぢゃ。
ロミオ さア、その文字もじその言語ことばってをればなう。
下人  正直しゃうぢきなことをはっしゃる。御機嫌ごきげんようござらっしゃりませ!
下人げにんきかくる。
ロミオ まて/\、めるわい。
下人げにんより書附かきつけ受取うけとりてむ。
マーチノー殿どの、同じく夫人おくがたおよ令孃方むずめごがた。アンセルムはくおなじくうつきしき令妹達いもとごがた※(濁点付き片仮名ヰ、1-7-83)トルー※(濁点付き片仮名ヰ、1-7-83)オー殿どの後室こうしつ
プラセンシオー殿どのおなじく可憐かれんなる姪御達めひごたち。マーキューシオー、おなじく舍弟しゃてい※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)レンタイン。
叔父御をぢごカピューレット殿どのおなじく夫人ふじんおなじく令孃達むすめごがたうるはしきめひのローザライン。リ※(濁点付き片仮名ヰ、1-7-83)ヤ。
※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)レンシオー殿どのおなじく令甥をひごチッバルト。リューシオーおよ快活くわいくわつなるヘレナ。
書附かきつけ下人げにんかへしながら。
美人揃びじんぞろひぢゃ。何處どこあつまるのぢゃこの手合てあひは?
下人  えゝ、あの……
ロミオ え、あの夜會やくわいにか?
下人  手前方てまへかたへ。
ロミオ 手前方てまへかたとは?
下人  主人方しゅじんかたへ。
ロミオ いかさま、それを眞先まっさきふべきであった。
下人  はっしゃらいでもまうしませう。手前てまへ主人しゅじんはカピューレット長者ちゃうじゃでござります。貴下こなたがモンタギューかたでござらっしゃらぬならば、せて酒杯さかづきらッしゃりませ。御機嫌ごきげんようござりませう!
下人げにんはひる。
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) そのカピューレットの例會れいくわいに、足下きみしたふローザラインが、この※(濁点付き片仮名ヱ、1-7-84)ローナで評判ひゃうばんのあらゆる美人達びじんたち同席どうせきするは都合つがふぢゃ。そこへて、くらまぬで、わしするあるかほとローザラインのとをお見比みくらべあったら、白鳥はくてうおもうてござったのがからすのやうにもえうぞ。
ロミオ 信仰しんかうかたこのまなこに、かりにも其樣そのやう不信心ふしんじんおこるならば、なみだほのほともかはりをれ! 何度なんどおぼれてもにをらぬこの明透すきとほ異端げだうめ、※(「言+墟のつくり」、第4水準2-88-74)うそうたとが火刑ひあぶりにせられをれ! なんぢゃ、わし戀人こひびとよりもうつくしい! なにもかも見通みとほしの太陽たいやうでも、現世このよはじまって以來このかたまたとは彼女程あれほどをなごをばなんだのぢゃ。
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) さ、わきれもず、みぎにもひだりにもローザラインばかりを懸較かけくらべておゐやったときには、うつくしうもえつらうが、その水晶すゐしゃう秤皿はかりざらに、今宵こよひわしするあるざましい美人びじんけて、さてのちに、その戀姫こひびめどのと貫目くわんめくらべて御覽ごらうじたなら、いまいっゆるのが最早もはやうはえまいぞや。
ロミオ それをたうはけれど、自分こちのゝ美麗りっぱさをようために、一しょにかう。
二人共ふたりともはひる。

カピューレット夫人ふじんさきに、乳母うばいてる。
カピ妻 乳母うばよ、むすめ何處どこにゐます? んでくりゃれ。
乳母  はれま、十二のとし清淨潔白しゃうじゃうけっぱくけますがな、ござれとうておいたに。……(奧に向ひて)もしえ、羊兒こひつじさん! もしえ、姫鳥ひめどりさん!……鶴龜々々つるかめ/\!……あのお何處どこかッしゃったか!……もしえ、ヂュリエットさま!
ヂュリエットる。
ヂュリ なにえ! びゃるのはれぢゃ?
乳母  おかゝさまぢゃ。
ヂュリ はい、はゝさま。何御用なにごよう
カピ妻 ようとはうぢゃ。乳母うばや、ちっとの退席はづしてたも、内密ないしょうはなしぢゃによって。……いや/\、乳母うばもどりゃ、一通ひとゝほいておいてもらうたはうがよかった。ってのとほり、むすめとしなうもうおひ/\適齡としごろぢゃ。
乳母  はい/\、ぞんじてをりますとも、ぢゃうさまの年齡おとしなら、何時間なんじかんふことまで。
カピ妻 まだ眞實ほんたうの十四にはなりませぬ。
乳母  ならっしゃりませぬとも、このを十四ほんけますがな……とうても、その十四ほんが、ほんに/\、もうたったほんしかござりませぬわい。……初穗節はつほまつり(八朔)までは最早もう幾日いくかでござりますえ?
カピ妻 二週間しうかん零餘はしたいくらか。
乳母  零餘はした如何どうあらうと、一ねん三百六十にちうちで、初穗節はつほまつりよるになれば、ちゃうどお十四にならッしゃります。スーザンとぢゃうとは……南無なむあみだぶ……おなどしでござりました。スーザンは神樣かみさまのおそばりまする、わたくしにはぎたやつでござりましたが。……それはさうと、只今たゞいままうしましたとほり、初穗節はつほまつりよるになると、ちゃうどお十四にならッしゃります、大丈夫だいぢゃうぶでござります、はい、おぼえてりまする。地震ぢしんがあってからちゃう最早もう十一年目ねんめ……わすれもしませぬ……一ねん三百六十にちうちで、はい、其日そのひ乳離ちばなれをなされました。わたし乳首ちゝくび苦艾にがよもぎまぶって鳩小舍はとごや壁際かべぎは日向ひなたぼっこりをして……殿樣とのさま貴下こなたはマンチュアにござらしゃりました……いや、まだ/\きゃしませぬ。それはさうと、只今たゞいままうしましたとほり、わたしちゝ尖所さき苦艾にがよもぎめさっしゃると、にがいので、阿呆あはうどのがむづかって、ちゝをなァにくがって! すると鳩小舍はとごやが、がた/\/\。わしにけといふにゃおよばんとおもうてゐたのに。……それからもう十一ねん其時そのときになァ單身立ひとりだちをさっしゃりましたぢゃ、いや、ほんこと彼方此方あっちこっち※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)かけまはらッしゃって、ちゃうそのまえ小額こびたひ怪我けがさッしゃって……其時そのとき亡夫やどが……南無安養界なむやんやうかい! 面白おもしろひとでなァ……ぢゃう抱起だきおこして「これ、俯向うつむき轉倒ころばしゃったな? いま一段もっと怜悧者りこうものにならッしゃると、仰向あふむけ轉倒ころばっしゃらう、なァ、いと?」とふとな、ま、いかなこと、このがいの、ふいと啼止なきやまっしゃって、「あい」ぢゃといの。(笑ふ)戲談じゃうだんいまとなってほんことになったとおもふと! ほんに/\、千ねんきたとても、これがわすれられることかいな。「仰向あふむけ轉倒ころばっしゃらう、なァ、いと」とふと、阿呆あはうどのが啼止なきだまって、「あい」ぢゃといの。(笑ふ)
カピ妻 もうよう、もうよい、おだまり。
乳母  はい/\、だまりまする、でもな、わらはいではをられませぬ、くのをめて、「あい」とはッしゃったとおもふと。でもな、眞實ほんたう小額こびたひところ雛鷄ひよっこのお睾丸程きんたまほどおほきな腫瘤こぶ出來できましたぞや、あぶないことよの、それできつ啼入なきいらッしゃった。亡夫やどが「これ、俯向うつむき轉倒ころばしゃったか? いま適齡としごろにならッしゃると仰向あふむけ轉倒ころばッしゃらう、なァ、いと?」といふとな、啼止なきだまって「あい」ぢゃといの。(笑ふ)。
ヂュリ そしてそなただまりゃ。だまってたも、とへば。
乳母  はい/\、もうしまひました。南無冥加なむみょうがあらせたまへ! 多勢おほぜいそだてた嬰兒あかさんうちいっ可憐いたいけであったはおまへぢゃ。そのまへ御婚禮ごこんれいることが出來でくれば、わし本望ほんまうでござります。
カピ妻 さ、その婚禮こんれいことはなさうとしたのぢゃ。むすめよ、そもじは婚禮こんれいがしたいか、どうぢゃ?
ヂュリ 其樣そのやう名譽事めいよごとは、わしゃまだゆめにもおもふてゐぬ。
乳母  ま、名譽事めいよごとといの! わしばかりがちゝげたのでかったなら、その智慧ちゑちゝからはひったともひませうずに。
カピ妻 ならば、いま、ようおもふてや、そもじよりも年下としした姫御前ひめごぜで、とうに、この※(濁点付き片仮名ヱ、1-7-84)ローナで、母親はゝおやにおなりゃったのもある。わしも、いまおもへば、そもじとおなほど年齡としごろ嫁入よめいって、そもじをまうけました。まんでへば、うぢゃ、あのパリス殿どのがそもじを内室うちかたにしたいといの。
乳母  ま、あのよな! ひいさまえ、あのよなおかた世界中せかいぢゅう女衆をなごしゅが……ほんに奇麗きれいな、蝋細工らうざいくたやうな。
カピ妻 この※(濁点付き片仮名ヱ、1-7-84)ローナになつても、あのやうなはなかぬ。
乳母  ほんとにはなぢゃ、眞實ほん/″\きたはなぢゃ。
夫人  どうぞいの、あのやうなおかた可愛いとしいとおもはぬか? 今宵こよひ宴會えんくわいには彼方あのかたゆるはず、パリス殿どのかほといふ一卷ひとまきふみんで、ふでものしてあるなつかしい意味いみをばあぢはや。顏中かほぢゅうのどこも/\釣合つりあひれて、何一なにひと不足ふそくはないが、まん一にも、呑込のみこめぬ不審ふしんがあったら、傍註わきちゅうほどにもの眼附めつきや。したが、このこひ一卷ひとまき只一たゞひとらはぬことゝいふは、表紙おもてがみがまだかず、うつくしうぢてもい。うをはまだ沖中おきなかにぢゃ。そうじてうちつゝむはほかほまれ、金玉きんぎょく物語ものがたりきん鈎子はさみがねかすれば、にも立派りっぱ寶物たからもの彼君かのきみたせますかぎりのものがそもじのとなることゆゑ、嫁入よめいりしやればとて、其方そなたなんそんいのぢゃ。
乳母  そんどころかいな! 女子をなごをとこゆゑにふとりますわいの。
カピ妻 さ、ちゃッとや、パリス殿どのをおきゃることが出來できるか?
ヂュリ さア、いてもませう、かるゝものなら。とはいへ、わたしの矢頃やごろは、はゝさまのおゆるしをばかぎりにして、それよりきつうは射込いこまぬやうにいたしませう。
下人げにんる。
下人  おかたさま、お客人きゃくじんわたらせられ、御膳部ごぜんぶました、貴下こなたをばおめしひいさまをばおたづね、乳母おんばどのはお庖厨だいどころ大小言おほこゞとなにもかも大紛亂おほらんちき小僕わたくしめはこれからお給仕きふじまゐらにゃなりませぬ。すぐにいらせられませい。
カピ妻 すぐこ。(下人はひる)……ヂュリエットや、さ、若伯わかとのってぢゃ。
乳母  さ、はやて、うれしいひるうれしいよるをばへさっしゃれ。
皆々みな/\はひる。

※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)國巡禮くわいこくじゅんれい假裝かさうしたるロミオをさきに、マーキューシオー、ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85)ーリオー、おの/\おもひ/\の假裝かさうほかに五六にん、いづれも道外だうけたる假面かめんたづさへ、炬火持たいまつもち太鼓係等たいこがゝりとう多勢おほぜいひきつれてる。
ロミオ なんと、れいとほりに斷口上ことわりこうじゃううて入場はひったものか、たゞしはしにせうか?
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) あのやうな冗繁あくどいことは最早もう流行はやらぬ。肩飾かたかけ目飾めかくしをしたキューピッドに彩色さいしきした韃靼形だったんがた小弓こゆみたせて、案山子かゞしのやうに、娘達むすめたち※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)おひまはさするのは最早もうふるい。それから後見こうけんけてもらうて、覺束無おぼつかなげにれい入場にふぢゃう長白つらねべるのもうれしうい。先方さき如何どうおもはうとも、此方こっち此方こっちで、おも存分ぞんぶんをどりぬいてかへらう。
ロミオ (炬火持に對ひ)おれ炬火たいまつれい。おれにはとてかれた眞似まね出來できぬ。あんまおもいによって、いっあかるいものをたう。
マーキュ いや/\、ロミオどん、是非ぜひとも足下おぬしをどらせねばならぬ。
ロミオ いや/\、滅相めっさうな。足下きみ舞踏靴をどりぐつそこかるいが、わしこゝろそこなまりのやうにおもいによって、をどることはおろか、あるきたうもない。
マーキュ はて、足下おぬし戀人こひびとではないか? すればキューピッドのはねでもりて、からすとびのやうにかけったがよからう。
ロミオ 彼奴あいつ箭先やさきかゝってゐるゆゑ、はねりたとてもかけられぬわい、とびからすのやうにもべず、かなしいおもひにつながれてゐるゆゑ、たかのやうにたかうもべぬ。こひ重荷おもに壓伏おしつけらるゝばかりぢゃ。
マーキュ なんぢゃ、壓伏おしつける? あのこひ重荷おもにを? さりとは温柔やさしいもの慘酷むごたらしうあつかうたものぢゃ。
ロミオ なに、こひ温柔やさしい? 温柔やさしいどころか、粗暴がさつ殘忍あらけなものぢゃ。荊棘いばらのやうにひとむねすわい。
マーキュ はて、こひめが殘忍あらけないことをすれば、此方こちからも殘忍あらけなうしたがよい。しをったら、此方こっちからもして、壓倒へこましたがよい。(從者を顧みて)……つらかく假面めんれ。
從者じゅうしゃより假面めん受取うけとり、かぶらうとして
醜男面ひょっとこづら假面めん無用むようぢゃ!(と假面を抛出なげだしながら)れが皿眼さらまなこで、このともないつらやがらうとまゝぢゃ! 出額でこすけあかうなるばかりぢゃわい。
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) さア/\、敲戸たゝいてはひったり。はひったらば、すぐ一しょにをどさうぞよ。
ロミオ (從者にむかひ)おれには炬火たいまつれ。かる陽氣やうき手合てあひは、舞踏靴をどりぐつかゝと澤山たんと無感覺むかんかく燈心草とうしんぐさこそぐったがよい。おれは、祖父ぢゝい訓言通をしへどほり、蝋燭持らうそくもちをして高見たかみ見物けんぶつ。「とき中止めるは老巧者くろと」ぢゃ。
舞踏室ぶたふしつまた客室きゃくしつ床上ゆかうへあつめたるばかりの燈心草とうしんぐさ)をきしは當時たうじ上流じゃうりうならはしなり。)
マーキュ へん「くろねずみ」とりゃ夜警吏よまはり定文句きまりもんくぢゃが、もしも足下きみが「黒馬くろうま」なら、「ぬま」からではなく、はて、恐惶おほそれながら、足下きみくびッたけはまってゐるこひ淵樣ふちさまから引上ひきあげてもやらうに。……(皆々に對ひ)おい、どうした? こりゃひる炬火たいまつぢゃわ。(むだなつひえぢゃ。)
ロミオ なん其樣そんなことが。
マーキュ はて、愚圖ぐずついてゐるのは、晝間ひるま炬火たいまつけてゐるも同然どうぜんふのぢゃ。これ、意味いみりゃれ。五たゞッきりといふのが分別智ふんべつちぢゃが、意味いみことになら、分別智ふんべつちつねに五はたらく。
ロミオ さア、くわいかうとはわるい意味いみでもなからう、が、くのは智慧者ちえしゃ所爲しょゐではない。
マーキュ とは何故なぜに?
ロミオ 昨夜ゆうべわしゆめた。
マーキュ おれた。
ロミオ そして足下きみゆめは?
マーキュ 空想家ゆめをみるをとこ囈言ねごと空言そらごとふのがくせぢゃといふことを。
ロミオ 囈言ねごと空言そらごとうちにもうごかぬ眞理まことこもってゐる。
マーキュ おゝ、それならば、あの、足下きみ昨夜ゆうべはマブひめ(夢妖精)とおやったな! 彼奴あいつ妄想もうざうまする産婆さんばぢゃ、町年寄まちどしより指輪ゆびわひか瑪瑙玉めなうだまよりもちひさい姿すがたで、芥子粒けしつぶの一ぐんくるまひかせて、ねぶってゐる人間にんげん鼻柱はなばしら横切よこぎりをる。そのくるま手長蜘蛛てながぐもすね天蓋てんがい蝗蟲いなごはねむながい[#「革+引」、40-5]姫蜘蛛ひめぐもいと頸輪くびわみづのやうなつき光線ひかりむち蟋蟀こほろぎほねその革紐かはひもまめ薄膜うすかは御者ぎょしゃ懶惰ぶしゃうはしため指頭ゆびさきから發掘ほじりだ圓蟲まるむしといふやつ半分はんぶんがたも鼠裝束ねずみしゃうぞくちひさい羽蟲はむし車體しゃたいはしばみから、それをば太古おほむかしから妖精すだま車工くるましきまってゐる栗鼠りす※(「虫+齊」、第3水準1-91-69)※(「虫+曹」、第3水準1-91-61)ぢむしとがつくりをった。さて、此樣このやう行裝ぎゃうさうで、彼奴きゃつ毎夜々々まいよ/\戀人共こひびとども頭腦あたまなか※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)かけまはると、それがたちま種々さま/″\ゆめとなる。廷臣ていしんひざはしれば平身低頭へいしんていとうゆめとなり、代言人だいげんにんゆびはしればたちま謝金しゃきんゆめとなり、美人びじんくちびるはしればたちま接吻キッスゆめとなる。……そのくちびるを、ときとすると、マブめ、はらって水腫みづぶくれたゞれさせをる、いき香菓子にほひぐわしくさいからぢゃ。あるひはまた廷臣ていしんはなうへはしる、と叙任ぢょにん嗅出かぎだゆめる、あるひは獻納豚をさめぶた尻尾しっぽ牧師ぼくしはなこそぐると、ばうずめ、寺領じりゃうえたとる。あるひは兵卒へいそつ頸筋元くびすぢもと※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)かけまはる、するとてきくびゆめやら、攻略のっとりやら、伏兵ふせぜいやら、西班牙イスパニア名劍めいけんやら、底拔そこぬけ祝盃しゅくはいやら、途端とたん耳元みゝもと陣太鼓ぢんだいこ飛上とびあがる、さます、おびえおどろいて、一言二言ひとことふたこといのりをする、また就眠ねいる。乃至ないし眞夜中まよなかうまたてがみ紛糾こぐらからせ、また懶惰女ぶしゃうをんな頭髮かみのけ滅茶滅茶めちゃめちゃもつれさせて、けたら不幸ふかう前兆ぜんてうぢゃ、なぞとまするもマブが惡戲いたづらあるひは娘共むすめども仰向あふむけてゐる時分じぶんに、うへから無上むしゃう壓迫おさへつけて、つい忍耐がまんするくせけ、なんなく強者つはものにしてのくるも彼奴きゃつわざ乃至ないしは……
ロミオ しッ/\、もうめた、めた! 足下きみ意義たわいもないことをばかりおやる。
マーキュ さもさうず、ゆめはなしぢゃ。ゆめ空想くうさうで、やくたぬなうからうまるゝ。そも/\空想くうさうは、空氣くうきよりもほのかなもので、いま北國ほっこく結氷こほり言寄いひよるかとおもへば、たちまはらてゝ吹變ふきかはって、みなみつゆこゝろするといふそのかぜよりも浮氣うはきなものぢゃ。
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) そのかぜうかばなしに、大分だいぶんときつぶれた。ようせぬと、夜會やくわいてゝ、時後ときおくれになってしまはう。
ロミオ (獨語のやうに)おれはまたはやまりはせぬかとおもふ。うんほしかゝってあるさるおそろしい宿命しゅくめいが、今宵こよひえんはしひらいて、てたわが命數めいすうを、非業無慚ひごふむざん最期さいごによって、たうとするのではないからぬ。とはいへ、一しゃう航路ふなぢをばひとへにかみまかした此身このみ!……(一同に對ひ)さ、さ、元氣げんき人達ひとたち
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) て、太鼓たいこを。
どうそろうてはひる。

樂人共がくじんどもひかへてゐる。給仕人共きふじにんども布巾ふきんたづさへてきたり、取散とりちらしたる盃盤はいばんをかたづくる。
甲給仕 ポトパンは何處どこせた? かたづける手傳てつだひをしをらぬ。かたづけやくくせに! 拭役ふきやくくせに!
乙給仕 饗應もてなし式作法しきさはふさいを、一人ひとり二人ふたりの、あらひもせぬでしてのくるやうでは、むさいことぢゃ。
甲給仕 疊椅子たゝみいす彼方あっちへ、膳棚ぜんだなもかたづけて。よしか、そのさらたのんだ。おいおい、杏菓子あんずぐわし一片ひときれだけ取除とっといてくりゃ。それから足下おぬし深切しんせつがあるなら、門番もんばんにさううて、スーザンとネルをはひらせてくりゃ。(奧に向つて[#「向つて」はママ])……アントニー! ポトパン!
丙(ポトパン)と丁(アントニー)ときたる。
丙   おう、こゝにゐるわい。
甲給仕 足下おぬしをば、大廣間おほびろまで、最前さっきから呼ばってぢゃ、さがしてぢゃ、※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)たづねまはしてぢゃ。
丁   さう彼方此方あッちこッちることは出來できんわ。(一同に對ひ)ささ、はたらいたはたらいた。暫時ちっとのまぢゃ、はたらいた/\。さうして長生ながいきすりゃ持丸長者もちまるちゃうじゃぢゃ。
どうかたづけながらはひる。
カピューレット長者ちゃうじゃさきに、ヂュリエットおよ同族どうぞくもの多勢おほぜいぱうよりで、他方たはうよりきた賓客ひんきゃく男女なんにょおよびロミオ、マーキューシオー假裝者かさうしゃの一ぐんむかふる。
カピ長 (ロミオの一群に)ようこそ、方々かた/″\! 肉刺まめなやんでらん婦人ふじんは、いづれもよろこんで舞踏敵手おあひてになりませうわい。……(婦人連に對ひ)あァ、はァ、姫御前ひめごぜたち! 舞踏をどるをいやぢゃと被言おしゃひとがあるか? 品取ひんどって舞踏をどらッしゃらぬひとは、誓文せいもん肉刺まめ出來できてゐるンぢゃらう。なん圖星づぼしであらうが?……(ロミオらに對ひ)ようこそ! 吾等われらとても假面めんけて、美人びじんみみりさうなはなしさゝやいたこともござったが、あゝ、それは過去むかしぢゃ、とほい/\過去むかしぢゃ。……方々かた/″\、ようこそせられた……(樂人を顧みて)さゝ、樂人共がくじんども、はじめい。……(一同に對ひ)ひらいた/\! つゝとひらいて、さゝ、舞踏をどったり、娘達むすめたち
がくそうしはじむる。男女なんにょりあうて舞踏をどる。
もっと燭火あかして、家來共けらいども! 食卓テーブルたゝんでしまうて、せ、あま室内ざしきあつうなったわ。……あゝ、こりゃおもひがけん慰樂なぐさみであったわい。……(同族の一老人に對ひて)いや、叔父御をぢご、ままこしおろしめされ、貴下こなたわし最早もう舞踏時代ダンスじだいすごしてしまうた。おたがひに假面めんけて以來このかた、もう何年なんねんにならうかの?
カピ叔 大丈夫だいぢゃうぶ、三十ねんぢゃ。
カピ長 なん被言おしゃる! まさかに然程さほどではない、まさかに。リューセンシオーの婚禮以來こんれいいらいぢゃによって、すぐはなさきにペンテコスト(祭日)がたとして、二十五ねん、あのをり被假面かぶったのぢゃ。
カピ叔 いや、もそっとつ、もそっと。れのせがれがもそっととしってをる。もう三十ぢゃ。
カピ長 しかとさやうか? あのせがれには、つい二年程前ねんほどまへかたまでは、後見人こうけんにんいてをった。
此間このあひだロミオは道外假面だうけめんかぶったるまゝひとはなれててゐる。其中そのうちヂュリエットと一武官ナイトりあうて舞踏をどりはじむる。
ロミオ (傍の給仕に對ひて)あの武家ぶけりあうてござるあのひめ何誰どなたぢゃ?
給仕  小僕わたくしぞんじませぬ。
ロミオ おゝ、あのひめ美麗あてやかさで、かゞや燭火ともしびまただんかゞやくわい! よるほゝ照映てりはゆるひめ風情ふぜいは、宛然さながら黒人種エシオツプ耳元みゝもと希代きたい寶玉はうぎょくかゝったやう、使つかはうにはあま勿體無もったいなく、下界げかいものとしてはあま靈妙いみじい! あゝ、あのひめ女共をんなども立交たちまじらうてゐるのは、ゆきはづかしい白鳩しらはとからすむれりたやう。この一舞踏ひとをどりんだなら、ひめ居處ゐどころけ、このいやしいを、きみ玉手ぎょくしゅれ、せめてもの男冥利をとこみゃうりにせう。あゝ、おれいままでにこひをしたか? やい、まなこよ、せなんだと誓言せいごんせい! 今夜こんやといふ今夜こんやまでは、まこと美人びじんをばなんだわい。
此中このうち來賓中らいひんちゅうのチッバルトこのこゑ聞咎きゝとがめたる思入おもひいれにてまへすゝむ。
チッバ あの聲音こわねはモンタギューやつ相違さうゐない。……(從者に對ひ)細刃劍ほそみて。……なんぢゃ? 下司奴げすやっこめが、道外假面だうけめんおもてかくして、この祝典しゅくてん蹈附ふみつけにしようとは不埓ふらちぢゃ! カピューレットの正統しゃうとうたる權利けんりもって、彼奴きゃつめをば打殺ぶちころしても、おれ罪惡ざいあくとはおもはぬわい。
カピ長 はて、をひよ、なんとしたのぢゃ! おぬしはなん其樣そのやう息卷いきまくのぢゃ?
チッバ 叔父上をぢうへ、あれは敵方てきがたのモンタギューでござる。今夜こんや祝典しゅくてんはづかしめん惡意あくいいだいてをったのでござる。
カピ長 年若としわかのロミオではないか?
チッバ でござる、そのロミオでござる。
カピ長 まゝ、堪忍かんにんして、放任うちすてゝおきゃれ、立派りっぱ紳士しんしらしう立振舞たちふるまうてをるうへに、じつへば、日頃ひごろ※(濁点付き片仮名ヱ、1-7-84)ローナが、とくもあり行状ぎゃうじゃうもよい若者わかもの自慢じまんたねにしてゐるロミオぢゃ。全市ぜんしとみへても、我家わがや危害きがいくはへたうない。ぢゃによって、堪忍かんにんしてふりをしてゐやれ。これは意志いしぢゃ、おもんじておくりゃらば、顏色がんしょくうるはしうし、そのむづかしいかほめておくりゃれ。祝宴最中いはひもなか不似合ふにあひぢゃわい。
チッバ いや、不似合ふにあひでござらん、あんなやつるからは。堪忍かんにんはなりませぬ。
カピ長 はて、堪忍かんにんせにゃなりませぬ。これさ、どうしたもの! せにゃならぬといふに。これさ/\、こゝの主長あるじ乃公おれではいか? おぬしか? さゝゝ。おぬし堪忍かんにんならん! はれやれ、おぬし來賓中らいひんちゅう大鬪爭おほげんくわおこさせうぞよ! 大騷動おほさうどう爲出來しでかさうわい! えゝ、おぬしのやうなのが、その!
チッバ でも、これは耻辱ちじょくでござる。
カピ長 さゝゝ、沒分曉漢わからんをとこぢゃ。しか然樣さやうか? 其樣そのやうなことをすれば身爲みだめになるまい。……すれば、なんぢゃな、では乃公おれ命令いふことかぬ! はて、いまときぢゃ。……(來賓の方に向ひて)よう/\、出來できた!(又チッバルトに對ひ)向不見むかうみずにもほどがあるわさ、さゝ。はて、しづかに、し……(從者を顧みて)もそっと燭火あかして、燭火あかしを!……(又チッバルトに對ひ)どうしたものぢゃ! 是非ぜひともしづかにしてもらはう。……(來賓らいひんむかひ)陽氣やうきに/\!
チッバ 無理往生むりわうじゃう堪忍かんにん持前もちまへ癇癪かんしゃくとの出逢であひがしらで、挨拶あいさつそりあはぬゆゑ、肉體中からだぢゅう顫動ふるへるわい。引退ひきさがらう。しかいまこそあまったるうえてをるうぬ今夜こんや推參すゐさんに、やがてにがあぢせてくれうぞ。
チッバルトはひる。
此間このあひだにロミオは假面かめんのまゝ、巡禮姿じゅんれいすがたのまゝにてヂュリエットにちかづき、ひざまづきてうや/\しくそのる。
ロミオ このいやしいたふと御堂みだうけがしたをつみとあらば、かほあかうした二人ふたり巡禮じゅんれいこのくちびるめの接觸キッスもって、あらよごしたあとなめらかにきよめませう。
ヂュリ 巡禮じゅんれいどの、作法さはふかなうた御信仰ごしんかうぢゃに、其樣そのやうにおッしゃッては、そのいかァいどく聖者せいじゃがたにも御手みてはある、その御手みてるゝのが巡禮じゅんれい接吻禮キッスとやら。
ロミオ でも聖者せいじゃにもくちびるがあり、巡禮じゅんれいにもくちびるがござりまする。
ヂュリ さア、それはお祈願いのりだけにもちふるもの。
この問答もんだふのうちに、二人ふたりはやゝ群衆ぐんしゅうはなるゝ。
ロミオ おゝ、いでさらば、わが聖者せいじゃよ、所爲わざくちびるさしめたまへ。くちびるいのりまする、ゆるしたまへ、さもなくば、信心しんじんやぶれ、こゝろみだれまする。
ヂュリ せつなる祈願いのりこゝろんでも、うごかぬのが聖者せいじゃこゝろ
ロミオ では、おうごきなされな、祈願いのり御報おむくいをいたゞきます。
接吻キッスする。
うして貴孃あなたのおくちびるで、わたしつみこのくちびるからきよめられ、ぬぐはれました。
ヂュリ では、そのつみわたしくちびるうつりましたのかえ?
ロミオ なに、わたしのつみうつった? おゝ、うれしうもおとがめなされた! では、そのつみもどしてくだされ。
また接吻キッスする。
ヂュリ ても、まア、御均等ごきんとうな。
乳母うばる。
乳母  ひいさま、おかゝさまがおはなしがありますといな。
これにてヂュリエットはなるゝ。
ロミオ あのかた母御はゝごとは、何誰どなたぢゃ?
乳母  はて、おわかかた母御樣はゝごさまこのやしき内室おかたさまぢゃがな、よいおひとで、御發明ごはつめいな、御貞節ごていせつな。わしは、いま貴下こなたはなしてござらしゃったぢゃうさまをそだてました。もしえ、あのれさッしゃるおひとは、澤山々々たんと/\貨幣ちんからにありつきますぞや。
乳母うばはなるゝ。
ロミオ ではカピューレットのむすめか? おゝ、おそろしい勘定狂かんぢゃうくるはせ! おれいのちはこりゃもうかたきからの借物かりものぢゃわ。
此時このとき、ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85)ーリオー近寄ちかよりて
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) さア、かへらう/\。娯樂たのしみはもう頂點ちゃうてんぢゃ。
ロミオ なるほど、さうらしい。(獨語のやうに)なりゃこそ※(二の字点、1-2-22)いよ/\こゝろ不安ふあんになる。
賓客等ひんきゃくらおひ/\かへ支度じたくをする。
カピ長 あ、いや、方々かた/″\、おかへ支度じたくをなされな。粗末そまつ點心ごだんながら、只今たゞいま準備中よういちゅうでござる。(皆々代る/″\長者に近づきて、小聲に挨拶して歸りゆく)……でござるか? はて、しからば、いづれもかたじけなうござった。かたじけなうござる。御機嫌ごきげんようござりませ。……(從者に向ひ)もそっと燭火あかして、こゝへ!……(賓客を送り果てゝ、家人の方に向ひ)さゝ、此上このうへは、やう/\。あゝ、こりゃ、とんとけたわ。どりゃおれやすまう。
一同いちどう次第しだいはひる。ヂュリエットと乳母うばのこりて、出行いでゆきゃく見送みおくる。
ヂュリ 乳母うば、こゝへや。あのおかたれ?
乳母  タイビリオーさまのお嗣子あとゝりでござります。
ヂュリ いま戸口とぐちからてゆかうとしてゐるのはれ?
乳母  さいな、ペトルーチオーさまの若樣わかさまでござりましょ。
ヂュリ あのかたは、ありゃれ? そのあとからかッしゃる……ありゃをどらなんだひとぢゃ。
乳母  ぞんじませぬ。
ヂュリ さ、て、うてや。……
乳母うばはなるゝ。
もしも婚禮こんれいんだおかたなら、はかわし新床にひどことならうもれぬ。
乳母うばもどきたる。
乳母  はロミオとうて、おうちとはかたきどうしのモンタギューわかぢゃといな。
ヂュリ (獨語的に)類無たぐひないわがこひが、たぐひないわが憎怨にくしみからうまれるとは! ともらではや見知みしり、うとったときはもう晩蒔おそまき! あさましい因果いんぐわこひにくかたきをば可愛かはゆいとおもはにゃならぬ。
乳母  なんぢゃいな、それは? なにうてござる?
ヂュリ うたぢゃ……いまがた一しょに舞踏をどったひとをしへてもらうたうたぢゃ。
おくにて「ヂュリエット」とぶ。
乳母  はい/\、只今たゞいま!……さゝ、まゐりましょ。お客人きゃくじんみなもうかへってしまはッしゃれた。
ヂュリエットをうながしてはひる。
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序詞役じょしやくる。
序詞役 さていにたる情慾じゃうよくまさ最期いまはとこねぶりて、
うらわか戀情れんじゃう其跡そのあとぐべく起出おきいづる。
かつてはあこがれて、ためなんとまでうめきつるその美女びぢょ
いまにはうつくしともえず、ヂュリエットひめくらべては。
かくてひつはれつ、二人ふたりは一やういろまよへり、
しかはあれど、歎顏かこちがほに、かたき言寄いひよつらさ、
をんなもまたつりばりよりこひ甘餌あまゑさぬすおそろしさ。
かたきどしなれば誓約かねごとをも人並ひとなみにはげがたく、
ひめおなおもひながら、ふべき傳手つてさらすくなし。
さもあれ、情火じゃうくわちからを、とき便宜びんぎあたへければ、
かぎりなきあやふさのうちに、二人ふたりかぎりなくうれしくへり。
序詞役じょしやくはひる。


ロミオる。
ロミオ 心臟しんざう此處こゝのこってゐるのに、なんかへることが出來できようぞい? どん土塊つちくれめ、引返ひッかへして、おのが中心たましひさがしをれ。
石垣いしがきぢて庭内ていない飛下とびおりる。
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85)ーリオーとマーキューシオーと出る。
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) ローミオー! ロミオどの! ローミオー!
マーキュ 彼奴あいつめは怜悧者りこうものぢゃ、一定てっきりとうに拔駈ぬけがけして、今頃いまごろは(うちに)てゐるのであらう。
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) いや/\、此方こっちはしってて、この石垣いしがき飛越とびこえた。マーキューシオーどの、んでさっしゃい。
マーキュ いや、ついでいのしてよう。……(呪文の口眞似にて)ローミオーよ! 浮氣うはきよ! 狂人きゃうじんよ! 煩惱ぼんなうよ! 戀人こひびとよ! 溜息ためいき姿すがたにて出現しゅつげんめされ。たッた一をでも宣言おほせられたならば、小生それがし滿足まんぞくいたす。たゞ嗚呼あゝ」とだけさけばっしゃい、たッた一言ひとことラヴとか、ダヴとか宣言おほせられい。此方こち昔馴染むかしなじみ※(濁点付き片仮名ヰ、1-7-83)ーナス殿どのめさっしゃい、乃至ないし盲目めんない息子殿むすこどのれいのコーフェーチュアのわうさんが乞食娘こじきむすめれた時分じぶんに、見事みごと圖星づぼし射中いあてたといふ弓取ゆみとりのキューピッドになんとか綽號あだなでもけさっしゃい。……きこえぬな、うごかぬな、ぬな。はて、おさるどのはくなられたさうな。こりゃ※(二の字点、1-2-22)いよ/\いのらねばならぬ。……(又祈祷の口眞似)あはれ、ローザラインのほしのやうな眼附まみつき、あの高々たか/″\としたひたひ、あの眞紅まっくれなゐくちびる、あの可憐かはゆらしいあし、あの眞直まっすぐすね、あのぶる/\とふるへる太股ふともゝ乃至ないしその近邊ちかまにある處々ところ/″\けていのりまするぞ。すみやかに御正體ごしゃうたいあらはせられい。
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) きこえたら、はらたうぞ。
マーキュ なんはらたう。戀女こひをんな輪近わぢかくへ奇異おつりき魔物まものいのして、彼女おてき調伏てうぶくしてしまふまで、それを突立つッたたせておいたならば、それこそ惡戲てんごうでもあらうけれど、いまのは正直正當しゃうぢきしゃうたう呪文じゅもんぢゃ、彼女おてきりて、ロミオめをいのさうとしたまでのことぢゃ。
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) こりゃなんでも、かくれて、夜露よつゆれのまくという洒落しゃれであらう。こひめくらといふから、やみちょうどおあつらへぢゃ。
マーキュ はて、こひめくらならまと射中いあてることは出來できまい。今頃いまごろはロミオめ、枇杷びわ木蔭こかげ蹲踞しゃがんで、あゝ、わし戀人おてきが、あの娘共むすめども内密ないしょわらこの枇杷びはのやうならば、なんのかのとねんじてよう。おゝ、ロミオ、足下おぬし戀人おてきが、な、それ、開放あけっぱなしのなにとやらで、そして足下おぬし彼女あれ細長林檎ほそながりんごであつたなら![#「あつたなら!」はママ] ロミオ、さらば。野天のてんとこではさぶうてられぬ、下司床げすどこよう。さ、かうか?
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) では、いなう。見附みつけられまいとてゐるものをさがすのは無要むだぢゃ。
二人ふたりともはひる。

ロミオまへる。
ロミオ ひと痛手いたであざけりをる、自身じしんきずうたことのやつは。……
此時このときヂュリエット二かいまどあらはるゝ。
や、てよ! あのまどからるゝ光明あかりは? あれは、東方ひがし、なればヂュリエットは太陽たいやうぢゃ!……あゝ、のぼれ、うるはしい太陽たいやうよ、そして嫉妬深りんきぶかつきころせ、彼奴あいつ腰元こしもとそもじはううつくしいのをくやしがって、あのとほり、あをざめてる。あの嫉妬家やきもちやき奉公ほうこうするのはよしゃれ。彼奴あいつ制服しきせ青白あをじろ可嫌いやいろぢゃゆゑ、阿呆あはうほかれもぬ、いでしまや。……おゝ、ありゃひめぢゃ。戀人こひびとぢゃ! あゝ、このこゝろらせたいなア!……なにやらうてゐる。いや、なにうてはゐぬ。はいでもかまはぬ、あのものふ。あの返答へんたふをせふ。……あゝ、こりゃあんまり厚顏あつかましかった。おれうてゐるのではい。大空中おほぞらぢゅういっうつくしい二箇ふたつほしが、なにようがあって餘所よそくとて、其間そのあひだかはってひかってくれとひめたのんだのぢゃな。ほしなほり、ほしひめつむり宿やどったら、なんとあらう! ひめほゝうつくしさにはほし羞耻はにかまうぞ、日光にっくわうまへランプのやうに。しかるにてんのぼったひめは、大空中おほぞらぢゅうのこくまもなうらさうによって、とりどもがひるかとおもうて、さぞ啼立なきたつることであらう。あれ、ほゝてのひらへもたせてゐる! おゝ、あのほゝれようために、あの手袋てぶくろになりたいなア!
ヂュリ あゝ/\!
ロミオ ものうた。おゝ、いまものうてくだされ、天人てんにんどの! さうしてたかところひかかゞやいておゐやる姿すがたは、おどろあやしんで、あと退さがって、しろうして見上みあげてゐる人間共にんげんども頭上とうじゃうを、はねのあるてん使つかひが、しづかにたゞよくもって、虚空こくう中心たゞなかわたってゐるやう!
ヂュリ おゝ、ロミオ、ロミオ! 何故なぜおまへはロミオぢゃ! 父御てゝごをも、自身じしんをもてゝしまや。それがいやならば、せめてもわし戀人こひゞとぢゃと誓言せいごんしてくだされ。すれば、わし最早もうカピューレットではない。
ロミオ (傍を向きて)もっとかうか? すぐものはうか?
ヂュリ 名前なまへだけがわしかたきぢゃ。モンタギューでなうても立派りっぱおまへ。モンタギューがなんぢゃ! でも、あしでも、かひなでも、かほでもい、ひといたものではない。おゝ、なにほか名前なまへにしや。なんぢゃ? 薔薇ばらはなは、ほかんでも、おなじやうにがする。ロミオとても其通そのとほり、ロミオでなうても、てゝも、その持前もちまへのいみじい、たふととくのこらう。……ロミオどの、おのがものでもないてゝ、其代そのかはりに、わしをも、こゝろをもってくだされ。
ロミオ (前へ進みて)おゝ、りませう。言葉ことば其儘そのまゝ一言ひとこと戀人こひゞとぢゃとうてくだされ、すぐにも洗禮せんれいけませう。今日けふからは最早もうロミオでい。
ヂュリ や、れぢゃ、よるやみつゝまれて、内密事ないしょうごときゃった其方そなたは?
ロミオ なんうたものかわしらぬ。なう、わが聖者せいじゃよ、わがきみかたきぢゃとあるゆゑ、自分じぶんながらにくうて/\、かみいてあるものなら、引破ひきやぶってしまひたい。
ヂュリ おまへ言葉ことばはまだ百こととはかなんだが、そのこゑには記憶おぼえがある。ロミオどのではいか、モンタギューの?
ロミオ どちらでもない、そもじきらひぢゃとやるならば。
ヂュリ ま、どうして此處こゝへ? して、まアなんために? あの石垣いしがきたかいゆゑ容易たやすうはのぼられぬに、それにおまへ身分みぶんは、うちもの見附みつくれば、たちまちおいのちからうずに。
ロミオ あの石垣いしがきは、こひかるつばさえた。如何いか鐵壁てっぺきこひさへぎることは出來できぬ。こひほっすれば如何樣どのやうことをもあへてするもの。そもじうち人達ひとたちとてもわしとゞむるちからたぬ。
ヂュリ でも見附みつくればころしませうぞえ。
ロミオ あゝ、彼等かれらにん、二十にんけんよりも、それ、そのそもじまなこにこそひところちからはあれ。たゞもう可愛かはゆをしてくだされ、彼等かれらにくまれうとなんいとはう。
ヂュリ わし何樣どのやうことがあっても、おまへをば見附みつけさせたうない。
ロミオ さいはよるころもてゐる、見附みつけらるゝはずはない。とはいへそもじあいせられずば、立地たちどころ見附みつけられ、にくまれて、ころされたい、あいされぬくるしみをのばさうより。
ヂュリ 案内しるべをしておいでなされた?
ロミオ こひ案内しるべぢゃ。たづねてい、と眞先まっさき促進すゝめたもこひなれば、智慧ちゑしたもこひしたもこひわし舵取かぢとりではないけれども、此樣このやうたからようためなら、千荒海あらうみの、其先そのさきはまへでも冐險ばうけんしよう。
ヂュリ よるといふ假面めんけてゐればこそ、でなくばはづかしさにこのほゝ眞赤まっかにならう、今宵こよひうたことをついおまへかれたゆゑ。わしとても、體裁ていさいつくり、そなことをひはせぬ、とひたいは山々やま/\なれど、しき作法さはふは、もうおさらば! もし、わし可愛いとしうおもうてくださるか?「うん」と被言おッしゃるであらうがな。そして、それをまたまことおもはう。でも誓言せいごんなどなされると(かへって)心元こゝろもとない、戀人こひゞと誓言せいごんやぶるのはヂョーヴじんたゞわらうておましなさるといふゆゑ。おゝ、ロミオどの、可愛いとしうおもうてくださるがまことなら、其通そのとほ誠實せいじつうてくだされ。それとも、まり手輕てがるったとおおもひなさるやうならば、わざこはかほをして、にくさうにいやはう、たとひお言寄いひよりなされても。さもなくば、世界せかいかけていやとははぬ。あゝ、モンタギューどの、このやうにおろからしううたなら、わしを蓮葉はすはなともおおもひなさらうが、巧妙じゃうず餘所々々よそ/\しうつくりすます人達ひとたちより、もそッと眞實しんじつ女子をなごになってせう。いゝえ、わしとても、こひ祕密ないしょうかれなんだら、もッと餘所々々よそ/\しうしたであらう。ぢゃによって、おゆるしなされ、はやなびいたをば浮氣うはきゆゑとおもうてくださるな、よるやみ油斷ゆだんして、つい下心したごゝろられたゝめぢゃ。
ロミオ ひめよ、あのむす樹々きゞこずゑ尖々さき/″\をば白銀色しろがねいろいろどってゐるあのつき誓語ちかひけ……
ヂュリ おゝ、※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)まは夜毎よごと位置ゐちかは不貞節ふていせつつきなんぞを誓言せいごんにおけなさるな。おまへこゝろつきのやうにかはるとわるい。
ロミオ では、なに誓語ちかひけよう?
ヂュリ 誓言せいごんにはおよびませぬ。また誓言せいごんなさるなら、わたしが神樣かみさまともおもふおまへをおけなされ、すればお言葉ことばしんじませう。
ロミオ わし眞心こゝろ眞實しんじつしたふ……
ヂュリ あゝ、もし、誓言せいごんは、およしなされ。うれしいとはおもへども、今宵こよひすぐに約束やくそくするのは、粗忽そこつらしうて、無分別むぶんべつで、早急さっきふで、あッといふえる稻妻いなづまのやうで、うれしうない。こひしいおひと、さよなら! このこひつぼみは、皐月さつきかぜそだてられて、またふまでにはうつくしうくであらう。さよなら/\! おまへむねにもわしむねにも、なつかしい安息あんそく宿やどりますやう!
ロミオ すりゃ、これぎりでわかれようといふのか?
ヂュリ では、どうせいと被言おッしゃるのぢゃ?
ロミオ わし誓言ちかひ取換とりかへに、そなた眞實しんじつ誓言ちかひきたい。
ヂュリ わしの誓言ちかひは、さうはれぬさきに、げてしまうた。もう一げらるゝやうであってしい。
ロミオ では、取戻とりもどしたいか? なんために?
ヂュリ かぎりをあらためてげうために。とはいへ、それも、畢竟ひっきゃうは、こひしいからのこと、げたいとおもこゝろうみこひしいとおもこゝろうみの、そのそこはかられぬ。ぐればぐるほどなほこひしさのすばかりで、どちらにもかぎりい。
此時このときおくにて乳母うばこゑにてぶ。
おくなにやら、かしましいこゑがする。こひしいおかた、さよなら……あいあい、乳母うばいますぐに!……モンタギューどの、かならかはらず。ちょとってゝくだされ、すぐまたもどってう。
ヂュリエットはひる。
ロミオ おゝ、有難ありがたい、かたじけない、なんといふうれしいよる! が、よるぢゃによって、もしやゆめではないからぬ。うつゝにしては、あんまうれぎて※(「言+墟のつくり」、第4水準2-88-74)うそらしい。
ヂュリエットふたゝ階上かいじゃうあらはるゝ。
ヂュリ ロミオどの、もう三言みことだけ、それで今宵こよひわかれませう。これ、おまへこゝろ虚僞いつはりがなく、まこと夫婦めをとにならうなら、明日あす才覺さいかくして使者つかひをばげませうほどに、何日いつ何處どこしきぐるといふ返辭へんじをしてくだされ、すれば、一しゃう運命うんめいをばおまへ足下あしもと抛出なげだして、世界せかい如何どんはてまでも、わしの殿御とのごとしていてゆきませう。
乳母  (奧にて)ひいさま!
ヂュリ あい、いますぐに。……したが、まん一にもたゞしうないおこゝろってござらば、どうぞ……
乳母  (奧にて)ひいさま!
ヂュリ いますぐにくわいの。……縁談えんだん斷然ふっゝりめ、わしをば勝手かってかしてくだされ。明日あす使つかひをげませうぞ。
ロミオ のちをも誓言ちかひにかけて……
ヂュリ せんたびもまんたびも御機嫌ごきげんよう。
ヂュリエットはひる。
ロミオ せんたびもまんたびもおれ機嫌きげんがわるうなったわ、そもじといふ光明ひかりえたによって。戀人こひゞとうれしさは、寺子共てらこども書物しょもつはなるゝ心持こゝろもちおなじぢゃが、わかるゝときせつなさは、澁面じふめんつくる寺屋通てらやがよひぢゃ。
ロミオそろ/\と退さがる。
ヂュリエットまた階上かいぢゃうあらはれて、そっ口笛くちぶえらす。
ヂュリ histヒスト! ローミオー! histヒスト!……おゝ、こちの雄鷹をたかをば呼返よびかへ鷹匠たかじゃうこゑしいなア、囚人とらはれゆゑこゑしゃがれて、高々たか/″\とはばぬ。さもなかったなら、木魂姫こだまひめてゐるその洞穴ほらあなくるほどに、また、あのひめうつろこゑわしこゑよりもしゃがるゝほどに、ロミオ/\とばうものを。
ロミオ や、おれぶは戀人こひゞとぢゃ。あゝ、戀人こひゞとよる聲音こわねは、白銀しろがねすゞのやうにやさしうて、けばくほどなつかしい!
ヂュリ ローミオー!
ロミオ 戀人こひゞとか?
ヂュリ 明日あす何時頃なんじごろ使つかひをげうぞ?
ロミオ 九に。
ヂュリ あい、ちがへはせぬ。あゝ、そのときまでが二十ねん! あれ、わすれた、なんでおまへ呼返よびかへしたのやら?
ロミオ おもしなさるまで、うして此處こゝってゐよう。
ヂュリ さうしてゐてしいから、わたしゃなほわすれませう。一しょにゐたい、といふことばかりはわすれずに。
ロミオ わしまたいつまでもうして此處こゝってゐよう、そもじにもわすれさせ、自分じぶん此家こゝことほかみんなわすれて。
ヂュリ もうくる。んでしいとはおもへども、小鳥ことりあしに、氣儘少女きまゝむすめが、囚人めしうどくさりのやうにいとけて、ちょとはなしては引戻ひきもどし、またばしては引戻ひきもどすがやうに、おまへなしたうもあるが、しうもある。
ロミオ そもじ小鳥ことりになりたいなア!
ヂュリ おまへ小鳥ことりにしたいなア! したが、あんま可愛かはゆがって、ついころしてはならぬゆゑ、もうこれで、さよなら! さよなら! あゝ、わかれといふものはかななつかしいものぢゃ。くるまで、うしてさよならをうてゐたい。
ヂュリエットはひる。
ロミオ そもじには安眠あんみんが、そもじむねには安心あんしん宿やどるやう! あゝ、その安眠あんみんとも安心あんしんともなって、きみうつくしいむね宿やどりたいなア!……これから上人しゃうにんいほりて、今宵こよひ仕合しあはせをはなしたうへなにかと助力ぢょりょくもとめよう。
ロミオはひる。

ロレンス法師ほふし提籃さげかごたづさへてる。
ロレ  灰色目はひいろめあした顰縮面しかめつらよるむかうてめば、光明ひかりしま東方とうばうくもいろどり、げかゝるやみは、かみまへに、さながら醉人ゑひどれのやうに蹣跚よろめく。どりゃ、太陽そのゆるやうなまなこげて今日けふひるなぐさめ、昨夜さくや濕氣しっきかわかまへに、どくあるくさたふとしるはなどもをんで、吾等われらこのかごを一ぱいにせねばならぬ。萬有ばんいうはゝたる大地だいぢその墓所はかどころでもあり、またその埋葬地まいさうちたるものがその子宮こぶくろでもある、さてその子宮こぶくろより千べつ兒供こどもうまれ、そのむねをまさぐりてふやうに、さらなに一種宛ひとくさづゝ靈妙いみじいことなる效能かうのうのある千しゅしゅ吸出すひいだす。あゝ、おびたゞしいはくさ金石きんせきどものその本質ほんしつこもれる奇特きどくぢゃ。地上ちじゃうそんするものたるかぎり、如何いかしいしな何等なにらかのえききょうせざるはく、また如何いかいものも用法ようはふたゞしからざればそのせいもとり、はからざるへいしゃうずるならひ。美徳びとくはふあやまれば惡徳あくとくくわし、惡徳あくとく用處ようしょ威嚴ゐげんしゃうず。この孱弱かよわい、幼稚いとけなはなぶさうちどく宿よどれば藥力やくりきもある、いでは身體中からだぢゅうなぐさむれども、むるときは心臟しんざうともに五くわんころす。かゝるかたきが、植物界しょくぶつかいにも、人間界にんげんかいにも、つねぢんどって相鬪あひたゝかふ……仁心じんしん害心がいしんとが……しかうしてしいかたつときは、たちま毒蟲どくむし取附とりつかれて、その植物しょくぶつ枯果かれはつる。
ロミオる。
ロミオ おはやうござります。
ロレ  冥加みゃうがあらせたまへ! れぢゃ、この早朝さうてうに、なつかしいその聲音こわねは? ほう、わかくせ早起はやおきは、こゝろ煩悶わづらひのある證據しょうこぢゃ。おい苦勞くらうち、苦勞くらう宿やどところには兎角とかく睡眠すゐみん宿やどらぬものぢゃが、こゝろきずなうわだかまりのないわかものは、手足てあしよこにするやいなや、心持こゝろもちねむらるゝはずぢゃに、かうはやきさしゃったは、こりゃなに煩悶わづらひうてはならぬ。さうでなくば、こちのロミオは、昨夜ゆうべとこかなんだのぢゃな。
ロミオ 其通そのとほりでござる、なんだゆゑにこそうれしい安心あんしん
ロレ  かみよ、つみゆるさせられい! さてはローザラインと一しょぢゃな!
ロミオ ローザラインと一しょぢゃと被言おッしゃるか? その名前なまへも、その名前なまへともな悲痛かなしみも、わし最早もうみんなわすれてしまうた。
ロレ  それでこそぢゃ。すれば、何處どこにおゐやったのぢゃ?
ロミオ 二はれいでもはなしませう。仇敵かたきいへ酒宴しゅえん最中さいちゅう、だましうちわしきずはしたものがあったを、此方こちからもはした。二人ふたりけたきず貴僧こなた藥力やくりきればなほる。なう、上人しゃうにんわしそのてきにくみはせぬ、かうしてたのみにたのも、たがひのためおもふからぢゃ。
ロレ  はて、明白はっきり素直すなほ被言おッしゃれ。懺悔ざんげなぞのやうであると、赦免みゆるしなぞのやうなことにならう。
ロミオ されば明白はっきりはうが、わしはカピューレットのあのうつくしいむすめまた戀人こひゞとめてしまうた。わしめたれば先方むかうもまた其通そのとほりにめたのでござる。手筈てはずみなんだ、のこるは貴僧こなたおこなうてもら神聖しんせいしきばかり。何時いつ何處どこで、如何どうしてうて、如何どう言寄いひよって、如何どん誓言せいごんをしたかは、あるきながらはなしませうほどに、承引しょういんしてくだされ、今日けふ婚禮こんれいさすることを。
ロレ  祖師そしフランシス上人しゃうにん! こりゃまたなんたるかはりやうぢゃ! あれほどにこがれておゐやつた[#「おゐやつた」はママ]ローザラインを最早もうてゝおしまやったか? さればわか手合てあひこひそのこゝろには宿やどらいでその眼中がんちゅう宿やどるとえた。Jesuヂェシュー Mariaマリヤ! どれほどにがみづその蒼白あをじろほゝをローザラインのためあらうたことやら? 幾何どれほど鹽辛水しほからみづ無用むだにしたことやら、いま餘波なごりさへもないそのこひあぢつけうために! そなた溜息ためいきはまだ大空おほぞら湯氣ゆげ立昇たちのぼり、そなた先頃さきごろ呻吟聲うなりごゑはまだこのおいみゝってゐる。それ、まだそのほゝふるなみだよごれがぬぐはれいでのこってある。そなたはやはりそなたで、あの愁歎なげきそなた愁歎なげきであったなら、それはみなローザラインのためであったに、なりゃ、そのこゝろかはったか? すれば、このとなへしめ……をんなこゝろうつはず男心をとこごころさへも堅固けんごにあらず。
ロミオ 貴僧こなたはローザラインにこひをすなというて、いくたびもおしかりゃったぞよ。
ロレ  こひをすなではない、おぼるなとうたのぢゃ。
ロミオ そしてこひほうむれと被言おしゃったぞよ。
ロレ  まへのをはかほうむって、べつのを掘出ほりだせとはつひはぬ。
ロミオ なう、しかってくださるな。此度こんどをんなは、此方こちおもへば、彼方あちでもおもひ、此方こちしたへば、彼方あちでもしたふ。以前さきのはさうでかった。
ロレ  おゝ、それは、そなたこひをば、會得ゑとくしてもゐぬことを、たゞ口頭くちさきたぐひぢゃと見拔みぬいてゐたためでもあらう。したが、こゝな浮氣者うはきもの、ま、わしと一しょにやれ、仔細しさいあって助力ぢょりきせう、……この縁組えんぐみもと兩家りゃうけ確執かくしつ和睦わぼくへまいものでもない。
ロミオ おゝ、はやう。早急さっきふまさにゃならぬ。
ロレ  いや、かしこゆるうぢゃ。馳出かけだもの蹉躓けつまづくわい。
ロレンスさきに、ロミオひてはひる。

ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85)ーリオーとマーキューシオーとる。
マーキュ ロミオめは何處どこきをったか? かへらなんだか昨夜ゆうべは?
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) うん、父者てゝぢゃいへへは。家來けらいうていた。
マーキュ はて、あの蒼白あをじろ情無じゃうなをんなのローザラインめが散々さん/″\やつくるしめるによって、はて狂人きちがひにもなりかねまいわい。
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) カピューレットの一ぞくのチッバルトが、ロミオが父者てゝぢゃてゝ、書面しょめんをばおくったさうな。
マーキュ 誓文せいもん決鬪状けっとうじゃうであらう。
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) ロミオは返事へんじをやるであらう。
マーキュ けるほどものなら、返事へんじをせいでか?
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) いや、しかけられたからは、立合たちあはうと返事へんじをせう。
マーキュ あゝ、ロミオのやつめ、やつ最早もうんでゐるわい! あの眞白まッしろ小婦あまッちょくろでしてやられた、みゝ戀歌こひか射貫いとほされる、心臟しんざう眞中央まッたゞなかれい盲小僧めくらこぞう稽古矢けいこや打碎ぶちくたかれる。どうして、あのチッバルトと立合たちあふことなぞが出來でけうぞい。
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) え、如何どんやつぢゃチッバルトは?
マーキュ 昔話むかしばなし猫王チッバルトぢゃとおもうたらあてちがはう。見事みごと武士道ぶしだう式作法しきさはふ精通せいつうあそばしたお達人たつじんさまぢゃ。譜本ふほんうたうたふやうに、距離きょり釣合つりあひちがへず、ひいふういて、みッつと途端とたん敵手あひて胸元むなもと貫通ずぶり絹鈕きぬぼたんをも芋刺いもざしにしようといふ決鬪師けっとうしぢゃ。れいだいでうだいでう口癖くちぐせにする決鬪師けっとうし嫡々ちゃき/\ぢゃ。あゝ、百ぱつちゅうすゝづきとござい! つぎ逆突ぎゃくづき? まゐったかづきとござる!
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) え、何突なにづき
マーキュ 白癩びゃくらい、あのやうな變妙來へんめうらいな、異樣おつ氣取きどった口吻ものいひをしをるやつくたばりをれ、陳奮漢ちんぷんかんめ! 「イエスも照覽せうらんあれ、拔群ばっくん劍士けんしでござる! いや、拔群ばっくん丈夫ますらをでござる!」 へん、拔群ばっくん淫婦すべたでござるがいてあきれるわい。なんと、お祖父ぢいさん、情無なさけななかとなったではござらぬか、あさからばんまで流行りうかう仕入※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)しいれまはって、くちさへけば pardonnezパルドンネ-moisモア, pardonnezパルドンネ-moisモア! 新型しんがた細袴ずぼん穿かねば、半時はんとき片時へんしってをられぬ如是あゝいふ※(「亡/(虫+虫)」、第3水準1-91-58)あぶどもなやまされねばならぬとは? おゝ、またしても bonぼん! bonぼん! ぶん/\!
ロミオ出る。
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) ロミオがせた、ロミオが。
マーキュ ※(「魚+而」、第3水準1-94-40)はららごかれたにしん干物ひものといふ面附つらつきぢゃ。おゝ、にしは、にしは、てもまア憫然あさましい魚類ぎょるゐとはなられたな! こりゃ最早もうペトラークが得意とくい戀歌こひかをおものともござらう。ローラなどはロミオが愛姫ひめくらべては山出やまだしの下婢はしためぢゃ、もっとも、うただけはローラがはるかに上等じゃうとうのをつくってもらうた。はて、ダイドーは自墮落女じだらくをんなで、クレオパトラは赤面あかつら乞食女こじきをんな、ヘレンやヒーローは賣女ばいぢょ賤女せんぢょで、シスビは碧瞳あをめだまぢゃなんのかのとまうせども、所詮しょせんるにらぬ。……なうなう、ロミオのきみ、えへん、bonjourボンジュール! これはフランスしき細袴ほそずぼんたいしてのフランスしき御挨拶ごあいさつでござる。昨夜ゆうべは、ようも巧々うま/\贋金にせがねつかませやったの。
ロミオ 二人ふたりともおはやうござる。なに、贋金にせがねとは?
マーキュ 吾々われ/\をおきゃって。あとはいでもぢゃ。
ロミオ マーキューシオーどの、ゆるしてくだされ、じつ是非ぜひない所用しょようがあったからぢゃ。あんなをりには、つい、その、れいぐることがあるならひぢゃ。
マーキュ ふん、あんなをりには、足腰あしこしかたちがふといふのぢゃな?
ロミオ といふのは、慇懃ねんごろ挨拶あいさつするためといふこゝろか?
マーキュ 其通そのとほり、御深切ごねんごろ解釋かいしゃくぢゃ。
ロミオ これはまた御丁寧ごていねいなお言葉ことばぢゃ。
マーキュ はて、禮法れいはふにかけては一だい精華ピンクともあがめられてゐる乃公おれぢゃ。
ロミオ 精華ピンクとは名譽めいよ異名いみゃうか?
マーキュ いかにも。
ロミオ では、わし舞踏靴ぶたふぐつ名譽めいよなものぢゃ、此通このとほピンクだらけぢゃによって。
マーキュ 出來できた。此上このうへ洒落競しゃれくらべぢゃぞ。これ、足下おぬしそのうすっぺらなくつそこは、いまこと/″\って、はて見苦みぐるしいあししゃらうぞよ。
ロミオ はて、ぐるしいはぢ駄洒落だじゃるとは足下おぬしのこと。それ、もう、うすっぺらな智慧ちゑそこえるわ!
マーキュ おい、應援たすけてくれ、ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85)ーリオー。智慧ちゑいきれるわ。
ロミオ むちてい、むちを、もっと/\。さうでいと「った」とぶぞよ。
マーキュ いや、こんな阿呆あほらしい拔駈ぬけがけ競爭きゃうさう最早もう中止やめぢゃ。何故なぜへ、足下おぬし最初はじめからぬけてゐるわ。なんと、頭拔づぬけた洒落しゃれであらうが。
ロミオ 成程なるほど愚鈍者事ぬけさくごとにかけては、足下おぬし生得うまれつき頭拔づぬけてゐる。
マーキュ うまけをったな、むぞよ。
ロミオ はて「んでたもるな、阿呆鳥あはうどりどのよ」ぢゃ。
マーキュ 足下おぬし洒落しゃれ橙々酢だい/\ずといふかくぢゃ、藥味やくみにしたらすッぱからう。
ロミオ ぢゃによって、かうしたあぢけた代物しろもの撒布ふりかけてゐるのぢゃ。
マーキュ おゝ、ても※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)まはるわ、すんからしゃくびる莫大小口めりやすぐちとは足下おぬしくちぢゃ。
ロミオ はて、びるとへば、そのびるとは足下きみはなしたぢゃ、いま天下てんかならびもない拔作ぬけさくどのとは足下きみのことぢゃ。
マーキュ (笑って)なんと、かう洒落しゃれのめしてゐるはうが、れたの、れたのと呻吟うめいてゐるよりはましであらうが? 今日けふこそは、つッともう人好ひとずきのする立派りっぱなロミオぢゃ、今日けふこそは正面しゃうめん側面そくめん何處どこからてもしゃうめん贋無まがひなしのロミオぢゃ。をんなこと愁言なきごとふは、たとへば、弄僕あはうめが、ともないつらをして、れい棒切ボーブルをおったてゝ……
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) もうめた、もうめた。
マーキュ しかけた一けんを、めいとは如何どうぢゃ?
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) だまってゐたら、其上そのうへに、なに爲出しいださうもれぬわい。
マーキュ おほちがひぢゃ、なにをしようぞい。ことはとうにんだわ。もうなにもするい。
ロミオ やれ/\、お上品じゃうひん問答もんだふ
この原詞げんし“Here's goodly gear.”この意味いみ不分明ふふんめい乳母うばとピーターとのきたるを見附みつけての評語ひゃうごとも、マーキューシオーとベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85)ーリオーの猥雜わいざつ問答もんだふ反語的はんごてきひゃうしたるものとかいせらる。こゝには後者こうしゃたゞしとて、其義そのぎやくしておきたり。)
乳母うばさきに、下人げにんピーターおほきな扇子せんすちていてる。
マーキュ ふねぢゃ/\!
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) 二さう々々/\男襦袢をす女襦袢めすぢゃ。
乳母  ピーター!
ピータ あい/\!
乳母  わし扇子せんすを。
マーキュ ピーターどんや、扇子せんすつらかくさうちふのぢゃ、扇子せんすはううつくしいからなう。
乳母  殿方とのがた、おはやうござります。
マーキュ 御婦人ごふじん、おおそうござります。
乳母  え、おそうござりますとえ。
マーキュ いかにも。それ、その日時計ひどけい淫亂すけべい午過ひるすぎしるしとゞいてゐるわさ。
乳母  はれま、此人このひとは! なんたるおひとぢゃおまへは?
ロミオ 御婦人ごふじん、これは事壞ことこはしのため神樣かみさまつくらせられたをとこぢゃ。
乳母  ほんに、うまいことを被言おっしゃる。事壞ことこはしのため出來できひとぢゃといの! あの、殿方とのがたえ、ロミオの若樣わかさまには何處どこへゐたらはれうかの、御存ごぞんじならをしへてくだされ。
ロミオ わしをしへう。したが、その若樣わかさま※(二の字点、1-2-22)いよ/\はッしゃる時分じぶんには、たづねてござるいまよりはけてゐませうぞ。はて、いっ年少としわかのロミオはわしぢゃ。これよりまづいのはいまはない。
乳母  てもま、うまいことを被言おっしゃる。
マーキュ なんぢゃ、いっまづいのをば甘美うまい? はて、うま意味いみりやうぢゃの。賢女けんぢょ々々。
乳母  貴下こなたがロミオさまなら、何處どこぞであらためて御密會ごみっくわい(御面會)がおねがまうしたうござります。
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) (笑って)いまに、優待といふつもりで、誘惑をはじめかねまい。
マーキュ 慶庵婆ぜげんだ/\! た/\!
ロミオ たとはなにが?
マーキュ はて、うさぎではない、うさぎにしても脂肪あぶら滿ったやつではなうて、節肉祭式レントしき肉饅頭にくまんぢうはぬうちから、ふるびて、しなびて……
(歌ふ)。やんれ、かびえた雌兎めすうさぎ
 やんれ、かびえた雌兎めすうさぎ
レントさいには相應さうおうなれど
 びたうさぎぢゃ二十にんでもへぬ、
はぬうちからびたとけば……
ロミオ、父御てゝごうちへおぢゃれ。あそこでまうぞ。
ロミオ あとからかう。
マーキュ おばゝどん、さらば。さらば/\。
ひめさん/\/\……」
流行りうかう小唄こうたうたひながらベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85)ーリオーとともにマーキューシオーはひる。
乳母  はい、御機嫌ごきげんよう。……もし/\、あのひとは、ま、なんといふ無作法ぶさはふわかしゅでござるぞ? あくたいもくたいばかりうて。
ロミオ あれは自分じぶん饒舌しゃべるのをくことのきなをとこ一月ひとつきかゝってもやりれぬやうなことを、一分間ぶんかん饒舌しゃべてようといふをとこぢゃ。
乳母  おのれ、わしのことなんとでもうてをれ、ものせうぞい。よしんばかけよりつよからうと、あんなやつがまだべつに二十にんあらうと、大事だいじない。自力じりきかなはぬなら、ひとたのむわいの。ろくでなしの和郎わろめ! 彼奴あいつらに阿呆あはうにされてたまるかいの。彼奴あいつらの無頼仲間ごろつきなかまぢゃありゃせぬわい。……(下人に對ひて)おのしそばってゐながら、わし隨意的えいやうにされてゐるのを、てゐるとはなんこッちゃい。
ピータ れもおまへ隨意的えいやうにはやせぬがや。しも其樣そないなことがあれば、この利劍わざもの引拔ひきぬかいでかいの。こりゃかんければならん場合ばあひぢゃとさへおもうたら、わしゃひとくるこっちゃない。
乳母  えゝ、ほんに/\、くやしうて/\、身體中からだぢゅうふるへるわいの。ろくでなしの和郎わろめが!……(ロミオに對ひて)もし/\、貴下こなたさまえ、最前さいぜんまうしましたが、わしひいさまが、貴下こなたさがしていとの吩咐いひつけでな、その仔細わけあとにして、うてくことがござります、しも貴下こなたが、世間せけんふやうに、阿呆あはう極樂ごくらくひいさまをれてかっしゃるやうならば、ほんに/\、世間せけんとほり、不埓ふらちことぢゃ。何故なぜ被言おッしゃりませ、ひいさまはまだとしがゆかッしゃらぬによって、だまさッしゃるやうであれば、ほんにそれはわるいこっちゃ、御婦人ごふじんだまさッしゃるは卑怯ひけふぢゃ、非道ひだうぢゃ。
ロミオ お乳母うばどの、おぬしのおひいさんへ慇懃ねんごろつたへてくだされ。わし飽迄あくまでうておく……
乳母  はれ、いおひとや、ほんに其通そのとほまうしましょわいな。ほんに、ま、何樣どのやうよろこばッしゃらう。
ロミオ 其通そのとほりにとは、なにを? まだなにやせぬのに。
乳母  飽迄あくまでうてく、とおッしゃったとや、それが立派りっぱなお言傳手ことづてぢゃがな。
ロミオ なう、ひめすゝめてくだされ、この晝過ひるすぎに、なんとか才覺さいかくして懺悔式ざんげしきらるゝやう。あのロレンス殿どの庵室あんじつで、懺悔ざんげしきまして婚禮こんれいするこゝろなれば。こりゃ骨折賃ほねをりちんぢゃ。
乳母  いえ、めっさうな。一せんいたゞきませぬ。
ロミオ まゝ、是非ぜひとも。
乳母  では、この晝過ひるすぎに? む、む、其樣そのやうにいたしましょ。
乳母うばきかくる。
ロミオ あ、これ、おち。やがて、あのてら塀外へいそとへ、おぬしにわたために、繩梯子なはばしごのやうにあはせたものを家來けらいたせてりませう。それこそはしの夜半やはうれしいこと頂點ちゃうてん此身このみはこえんつな。……さよなら。眞實しんじつつくしておくりゃれ、きっと骨折ほねをりむくひはせう。さらば。ひめよろしうつたへてくだされ。
乳母  御機嫌ごきげんやういらせられませい!……あ、もし/\。
ロミオ なんとかおやったか?
乳母  御家來ごけらいくちかたいおひとかいな? 二人ふたりぎりの祕密ひみつれぬ、三人目にんめらねば、とひますぞや。
ロミオ 大丈夫だいぢゃうぶぢゃ、鋼鐡はがねのやうにかたをとこぢゃ。
乳母  それならば。こちのひいさまはな、それは/\しほらしうて……ほんに、ほんに、まだちひさうて、分別たわいもないことをうてゞあった時分じぶんは……お、あのな、パリスさまうて、お立派りっぱかたがな、どうぞしてものにせうとまっしゃるのぢゃが、あのよなひとふよりは、わし蟾蜍ひきがへるうたはうがましぢゃ、とうてな、あの蟾蜍ひきがへるに。わし折々をり/\はらってもますのぢゃ、パリスどのゝはうが、ずっとをとこぢゃとうてな。すると、ほんことぢゃ、ぢゃう眞蒼まっさをかほにならっしゃる、圖無づな白布しろぬののやうに。え、ロミオと萬迭香ローヅメリとは、頭字かしらじおなじかいな?
ロミオ いかにも。それが、なんとしたぞ? 兩方りゃうはうともアールぢゃ。
乳母  はれま、ひとを! そりゃ、いぬぢゃがな。アールがおまへの……いやいや、なにほか相違さうゐないわいの。……なんでもな、貴下こなた萬迭香ローズメリとが如何どうとやらしたといふ、なんぢゃらんが、面白おもしろさうな額言がくげん(格言)とやらをつくらしゃってぢゃ、貴下こなたかッしゃればよろこばッしゃらうやうな。
ロミオ ひめよろしううてくだされ。
ロミオ入る。
乳母  はい/\、まうしましょとも。……ピーター!
ピータ あい/\!
乳母  さきへ、そして急歩的とっとと。
乳母うばとピーターとはひる。

ヂュリエット出る。
ヂュリ 乳母うばしてやったとき時計とけいこゝのつをってゐた。半時間はんじかんかへるといふ約束やくそくしやへなんだかもれぬ。いや/\、さうではい。えゝも、乳母うばめは跛足ちんばぢゃ! こひ使者つかひには思念おもひをこそ、思念おもひのこよるかげ遠山蔭とほやまかげ追退おひのける旭光あさひはやさよりも十ばいはやいといふ。ぢゃによって、こひかみ御輦みくるま翼輕はねがるはとき、かぜのやうにはやいキューピッドにもふたつのはねがある。あれ、もう太陽たいやうは、今日けふ旅路たびぢたうげまでもとゞいてゐる。九から十二までのながい/\三時間じかん、それぢゃのに、まだかへってぬ。乳母うばめに、じゃうえてゐたら、わかあたゝかいがあったら、テニスのたまのやうに、わし吩咐いひつくるやいな戀人こひゞととこんでき、また戀人こひゞと返辭へんじともわし手元てもと飛返とびかへってつらうもの。……あゝ、老人らうじんといふものは、んでゞもゐるかのやうに、太儀たいぎさうに緩漫のろ/\と、おもくるしう、蒼白あをじろう、なまりのやうに……
乳母うばがピーターをれて出る。
おゝ、うれしや、かへってた。……なう乳母うばいの、如何どうぞいの? あのかたやったかや?……とも彼方あちへ。
乳母  ピーター。……入口いりくちひかへてゐや。
ピーター入る。
ヂュリ さ、乳母うばいの。……ま、なん其樣そのやうなさけないかほしてゐやる? かなしい消息しらせであらうとも、せめてうれしさうにうてたも。うれしい消息しらせなら、それを其樣そんかほをしてきゃるのは、ゆかしいらせのこと調しらべを臺無だいなしにしてしまふといふもの。
乳母  おゝ、辛度しんど! 暫時ちいとまァやすましてくだされ。あゝ/\、骨々ほね/″\いたうていたうて! ま、どのくらゐほッつきまはったことやら!
ヂュリ わし骨々ほね/″\其方そなたっても、はやその消息しらせ此方こっちしい。これ、どうぞかしてたも。なう、乳母うばや、乳母うばいなう、如何どうぢゃぞいの?
乳母  ま、氣忙きぜはしい! 暫時ちいとてぬかいな? いきれてものはれぬではないかいな?
ヂュリ いきれてはれぬとやるほどなら、いきれてゐぬはずぢゃ。なんのかのと言譯いひわけしてゐやるのが肝腎かんじん一言ひとことよりながいわいの。これ、きつか、きょうか? はやや。それさへうてたもったら、詳細事くはしいことあとでもよい。はや安心あんしんさしてたも、きつか、きょうか?
乳母  はて、おまへ阿呆あほらしいおひとぢゃ、あのやうなをとこえらばッしゃるとはいのぢゃ。ロミオ! ありゃ不可いけんわいの。面附つらつきこそはれよりもよけれ、脛附すねつきが十人並にんなみ以上いじゃうぢゃ、それからあしどうやはふがほどいが、ほかには、ま、るゐい。行儀作法ぎゃうぎさはふ生粹きっすゐぢゃありやせん[#「ありやせん」はママ]、でもほんこと仔羊こひつじのやうに、温和おとなしいひとぢゃ。さァ/\/\、小女いとよ、信心しんじんさっしゃれ。……え、もうみましたかえ、おひる食事しょくじは?
ヂュリ いゝえ/\。其樣そんことは、もうとうってゐる。婚禮こんれいことをばなんうてぢゃ? さ、それを。
乳母  はれ、頭痛づつうがする! あゝ、なんといふ頭痛づつうであらう! あたま※(「くさかんむり/韲」、第4水準2-87-23)こな/″\くだけてしまひさうにうづくわいの。脊中せなかぢゃ。……そっち/\。……おゝ、脊中せなかが、脊中せなかが! ほんに貴孃こなたうらめしいわいの、とほとほところ太儀たいぎ使者つかひさッしやって[#「さッしやって」はママ]如是こんぬるやうなおもひをさすとは!
ヂュリ ほんにどくぢゃ、氣分きぶんわるうてはなァ。したが、乳母うば乳母うばや、乳母うばいなう、何卒どうぞうてたも、戀人こひゞとなん被言おッしゃった?
乳母  さいな、あのかたはッしゃるには、行儀ぎゃうぎもよければ深切しんせつでもあり、男振をとこぶりはよし、器量人きりゃうじんでもあり、流石さすが身分みぶんのある殿方とのがたらしう……おかゝさまは何處どこにぢゃ?
ヂュリ はゝさまは何處どこにぢゃ? 母樣はゝさまうちにぢゃ。何處どこかしゃらうぞ? なにやるぞい!「あのかた被言おッしゃるには、身分みぶんのある殿方とのがたらしう、お母樣かゝさま何處どこにぢゃ?」
乳母  はれ、まア! そのやうにあつくならッしゃるな。これさ、まァ、ほんに/\。それがいた節々ふし/″\塗藥ぬりぐすりになりますかいの? これからは自分じぶん使つかあるきをばさっしゃったがよい。
ヂュリ まァ、仰山ぎゃうさんさわぎぢゃ!……これの、ロミオがなん被言おッしゃった?
乳母  おまへ今日けふはお參詣まゐりてもいといふお許可ゆるしましたかえ?
ヂュリ あいの。
乳母  では、なう、いそいでロレンスさま庵室あんじつまでかっしゃれ。あそこでおまへ内室うちかたになさるゝひとってぢゃ。そりゃこそ頬邊ほっぺた放埓みだらめがのぼるわ、所詮つまりなにいてもすぐ眞赤まっかにならッしゃらうぢゃまで。はやうおてらへ。わしはまたべつはう梯子はしごってねばならぬ、その梯子はしごでおまへ戀人こひびとが、今宵こよひくらうなるが最後さいごとりのぼらッしゃるのぢゃ。わしたゞもう齷齬あくせくとおまへよろこばさうとおもうて。したが、やがてよるになると、おまへほねれうぞや。さ、わし食事しょくじをせう。貴孃こなた庵室あんじつはやうゆかしゃれ。
ヂュリ はやその幸福しあはせに!……乳母うばや、きげんよう。
二人ふたりとも入る。

ロレンス法師ほふしさきに、ロミオいて出る。
ロレ  諸天善神しょてんぜんじんねがはくはこの神聖しんせいなるしきませられませい、ゆめ後日ごじつ悲哀かなしみくださしまして御譴責ごけんせきあそばされますな。
ロミオ アーメン、アーメン! 如何どん悲哀かなしみようとも、ひめかほうれしさのその刹那せつなにはかへられない。神聖たふとことば二人ふたりむすはしてくだされば、こひほろぼため此身このみ如何樣どのやうにならうとまゝ。つまぶことさへかなへば、心殘こゝろのこりはない。
ロレ  さうした過激くわげき歡樂くわんらくは、とかく過激くわげきをはりぐる。煙硝えんせうとが抱合だきあへばたちま爆發ばくはつするがやうに、勝誇かちほこ最中さなかにでもほろせる。うへなうあま蜂蜜はちみつ旨過うますぎていやらしく、うてようといふにぶる。ぢゃによって、こひほどよう。ほどよいこひながつゞく、はやきにぐるはなほおそきにぐるがごとしぢゃ。
ヂュリエット出る。
それ、ひめせた。おゝ、あのやうなかるあしでは、いつまでむとも、かた石道いしみちるまいわい。戀人こひびとは、なつかぜたはむあそぶあのらちもない絲遊かげろふのッかっても、ちぬであらう。さほどにかるいものがあだ歡樂たのしみ
ヂュリ (ロレンスを抱きて)教父けふふさま、ごきげんよろしう!
ロレ  その返禮かへしは、二人分ふたりぶん、ロミオのくちから。
ヂュリ (ロミオを抱きて)ではロミオにも。でないとお返禮かへし多過おほすぎよう。
ロミオ あゝ、ヂュリエット、今日けふうれしい、かたじけないとおもこゝろわしおなじに滿腔いっぱいなら、しかもそれをあらはちからわしよりもおほいなら、今日けふ出會であひ二人ふたりかんずるこのゆめのやうなうれしさを、ゆかしい天樂てんがくのやうなそもじこゑで、四邊あたり空氣くうき融解とろくるばかりに、なつかしうかなでゝくだされ。
ヂュリ 内實なかみの十ぶん思想しさうは、言葉ことばはなかざるにはおよばぬ。かぞへらるゝ身代しんだいまづしいのぢゃ。わしこひは、分量ぶんりゃうおほきう/\なったゆゑに、いまその半分はんぶんをも計算かんぢゃうすることが出來できぬわいの。
ロレ  さゝ、わしと一しょにござれ。はやすましてのけう。慮外りょぐわいながら、たふと教會けうくわい二人ふたり一人ひとり合體がったいさするまでは、さしむかひでゐてはなりませぬのぢゃ。
ロレンスにいて二人ふたりとも入る。
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マーキューシオーさきに、ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85)ーリオー、侍童こわらは下人等しもべらいてる。
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) マーキューシオーどの、もうかへらう。あつくはある、カピューレット奴等やつら出歩であるいてもゐる、出會でっくはしたが最後さいご鬪爭けんくわをせねばなるまい。かういふあつには、えてちがひめいたさわぐものぢゃ。
マーキュ おい、酒亭さかやはひった當座たうざには、けん食卓テーブルしたたゝきつけて「かみよ、ねがはくは此奴こいつ必要ひつえうあらしめたまふな」なぞといってゐながら、たちまち二杯目はいめさけいて、なん必要ひつえういのに、給仕人きふじにん敵手あひてっこぬく手合てあひがあるが、足下おぬしその仲間なかまぢゃ。
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) わしがそんな仲間なかまか?
マーキュ さゝ、足下おぬしはイタリーでれにもひけらぬ易怒男おこりむしぢゃ、ぢきおこるやうに仕向しむけられる、仕向しむけらるればすぐおこる。
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) してなんにするんぢゃ?
この原詞げんし“And what to?”「してなんために?」といふ。マーキューシオーはそれをわざと“And what two?”意味いみりてれい駄洒落だじゃれのキッカケとする。)
マーキュ 何人なんにん? いや、足下おぬしのやうなのが二人ふたりとゐたら、たちまころしあうてしまはうから、二人ふたりともゐなくならう。はて、足下おぬしなぞはひげすぢおほすくないがもとでもたゝふ。あるひは足下おぬしいろ榛色はしばみいろぢゃによって、そこで相手あひてはしばみ噛割かみわったとふだけのことで、鬪爭けんくわひかねぬ。そのまなこでなうて、そんな鬪爭けんくわまなこ何處どこにあらう? 足下おぬしあたまには鷄卵たまご黄蛋きみ充實つまってゐるやうに、鬪爭けんくわ充滿いっぱいぢゃ、しかも度々たび/″\打撲どやされたので、少許ちっと腐爛氣味くされぎみぢゃわい。足下おぬしは、街中まちなかせきをして足下おぬし飼犬かひいぬ日向ひなたぼこりをおどろかしたとうて、あるをとこ鬪爭けんくわをした。復活祭前イースターまへ新調胴衣したておろしたとうて、ある裁縫師したてやつかひ、あたらしいくつふるひもけをったとうて、誰某たれやらとも爭論いがうた。それでゐておれ鬪爭けんくわをすまいぞと異見いけんめいたことを被言おしゃるのか?
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) わし足下きみほど鬪爭好けんくわずきふことがぢゃうなら、無條件ろはこのいのちを一時間位じかんぐらゐってやってもよいわい。
マーキュ ろはぢゃ! ろッはッは! ろッはッは!(と笑ふ)。
チッバルトをさきに、カピューレットの黨人たうじん出る。
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) や、カピューレットのやつらがをった。
マーキュ へん、かまふものかえ。
チッバ おれ附着くッついてう、彼奴等きゃつらだんじてくれう。……(ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85)ーリオーらに)諸氏かた/″\機嫌きげんよう。一ごんまうしたうござる。
マーキュ ただ一ごんでござるか? なにかおへなさい。一ごんけんげきとしたら如何どうぢゃ?
チッバ 機會きっかけさへおこしゃらば、何時いつでも敵手あひてになりまうさう。
マーキュ 此方こちからおこさねば、其方そちでは機會きっかけ出來できぬと被言おしゃるか?
チッバ マーキューシオー、足下おぬし平生ふだんあのロミオと調子てうしあはせて……
マーキュ なんぢゃ、調子てうしあはせて? 吾等われら樂人扱がくにんあつかひにするのか? 樂人扱がくにんあつかひにりゃ、みゝ顛覆でんぐりかへらする音樂おんがくきかす。準備よういせい。(劍に手を掛けて)乃公おれ胡弓こきう此劍これぢゃ、いま足下おぬしをどらせてせう。畜生ちくしゃう調子てうしあはす!
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) こゝは往來わうらいぢゃ、どうぞ閑寂ひそかところ冷靜しづか談判だんぱんをするか、さもなくばわかれたがよい。衆人ひとるわ。
マーキュ ためまなこぢゃ、るがえいわ。ひと如何どうおもはうと介意かまふものかえ。
ロミオ出る。
チッバ 足下おぬしとは中直なかなほりぢゃ。あそこへやつをった。
マーキュ やつぢゃ? へん、ロミオが足下おぬしやっこなものか? 何時いつ足下おぬし給服しきせせた? はて、さきって決鬪場ばしょきゃれ、ロミオも隨行ともをせう。それがやっこやくなら、ロミオは足下樣おぬしさまのお抱奴かゝへやっこぢゃ。
チッバ (ロミオに對ひて)やい、ロミオ、足下おぬしたいするおれ情合じゃうあひからは是限これぎりしかへぬ。……おのれ惡漢あくたうぢゃ。
ロミオ チッバルト、足下きみあいする仔細しさいがあって、いからねばならぬその挨拶あいさつをもわるうはらぬ。わし惡漢あくたうではない。さらば、足下きみわしらぬのぢゃ。
ロミオきかくる。
チッバ 小僧わっぱめ、それが無禮ぶれい辨解いひわけにはならぬぞ。もどって拔劍け。
ロミオ わし無禮ぶれいをしたおぼえはない、いや、その仔細しさいわかるまではとて會得ゑとくのゆかぬほどわし足下きみあいしてゐるのぢゃ。カピューレットどの、わしいまカピューレットといふその名前なまへ我名わがな同樣どうやう大切たいせつおもうてゐる、まゝ、堪忍かんにんさっしゃれ。
マーキュ おゝ、柔弱てぬるい、不面目ふめんもくな、卑劣ひれつ降參かうさん! 此上このうへけんあるのみぢゃ。(劍を拔く)。チッバルト、いやさ、猫王ねこまたどの、おきゃらうか?
チッバ なんおれようがあるか?
マーキュ 猫王ねこまたどの、九箇こゝのつあるといふ足下おぬしいのちたッたひとつだけ所望しょもうしたいが、其後そののち擧動次第しこなししだいのこ八箇やッつたゝみじくまいものでもない。耳形みゝがた※(「木+覊」の「馬」に代えて「月」、第4水準2-15-85)つかつかんでそのけんをおきゃれ、はやうせぬと乃公おれけん足下おぬし耳元みゝもとへお見舞みままうすぞ。
チッバ 合點がってんだ。
けんく。
ロミオ マーキューシオーくん、まア/\、けんを。
マーキュ さ、いてい。
チッバルトとマーキューシオーとたゝかふ。
ロミオ 拔劍け、ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85)ーリオー、二人ふたり武器えものたゝおとさう。これさ/\、はぢぢゃ/\、亂暴らんばうをすな? チッバルト、マーキューシオー、領主との嚴命げんめいではいか、※(濁点付き片仮名ヱ、1-7-84)ローナの街頭まちなか鬪諍たゝかひをしてはならぬはずぢゃ。これさ、チッバルト! マーキューシオー!
この※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)たちまはりのあひだにマーキューシオーはチッバルトに突かるゝ。
チッバルトおよその黨人たうじん入る。
マーキュ やられた! 畜生ちくしゃう兩方りゃうはう奴等やつらめ! やられたわい。にをったか、彼奴きゃつ無創むきずで?
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) や、うたか足下きみは?
マーキュ うんうん引掻ひっかかれた/\。はて、これで十ぶんぢゃ。侍童こやっこめは何處どこにをる? 小奴やっこ、はよって下科醫者げくわいしゃんでい。
ロミオ これ、たしかに。手傷てきずけっしておもうはない。
マーキュ さうぢゃ。井戸ゐどほどにふかくもければ、教會けうくわい入口程いりぐちほどにはひろくもない、が十ぶんぢゃ、やくにはつ。明日あすたづねてくれい、すればはかなかから御挨拶ごあいさつぢゃ。乃公おれの一しゃうも、誓文せいもん總仕舞そうじまひんでしまうた。……畜生ちくしゃう兩方りゃうはう奴等やつらめ!……うぬ! いぬねずみ※(「鼬」の「由」に代えて「奚」、第4水準2-94-69)はつかねずみ猫股ねこまた人間にんげん引掻ひっかいてころしをる! 一二三ひふうみいけん使つか駄法螺吹家だぼらふきめ! 破落戸ごろつき惡黨あくたう! なん眞中まんなか飛込とびこんだんぢゃ足下おぬしは! 足下おぬしうでしたでやられた。
ロミオ みんなためおもうてしたのぢゃ。
マーキュ おい、ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85)ーリオー、何處どこうちなかれてってくれ、はやうせぬと氣絶きぜつしさうぢゃ。畜生ちくしゃう兩方りょうはう奴等やつら! とう/\おれ蛆蟲うじむし餌食ゑじきにしてしまひをった。まゐった、しっかりまゐった。畜生ちくしゃう兩方りゃうはう奴等やつら
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85)ーリオーに介抱かいはうせられて、マーキューシオーはひる。
ロミオ 領主りゃうしゅには近親きんしんたる信友しんいうのマーキューシオーが俺故おれゆゑあのやうな重傷ふかでひ、おれはまたたゞ時程ときほど縁者えんじゃとなったあのチッバルトゆゑ汚名をめいけた。おゝ、ヂュリエット、おまひ艶麗あてやかさがおれ柔弱にうじゃくにならせて、日頃ひごろきたうておいた勇氣ゆうききっさきにぶってしまうた。
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85)ーリオーまた出る。
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) おゝ、ロミオ/\、マーキューシオーはおにゃったぞよ! あの勇敢ゆうかんたましひ氣短きみじか此世このよいとうて、くもうへのぼってしまうた。
ロミオ けふのこの惡運あくうん此儘このまゝではむまい。これはたゞ不幸ふしあはせ手始てはじめ、つゞく不幸ふかうこの結局しまつをせねばならぬ。
チッバルトまた出る。
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) 我武者がむしゃのチッバルトめがまたをった。
ロミオ なに、無事ぶじで、勝誇かちほこって? マーキューシオーがころされたのに! 此上このうへ禮儀れいぎ寛大くわんだい天外てんぐわいなげうった。※(「陷のつくり+炎」、第3水準1-87-64)ほのほまなこ忿怨神いかりのかみよ、案内者あんないじゃとなってくれい!……(チッバルトに對ひ)やい、チッバルト、先刻せんこく足下おぬしおれにくれた「惡漢あくたう」のいまかへす、受取うけとれ。マーキューシオーのたましひがつい頭上とうじゃう立迷たちまようて同伴者どうばんじゃもとめてゐる、足下おぬしか、おれか、兩人ふたりながらか、同伴どうばんをせねばならぬぞ。
チッバ あをさいどの、最初さいしょ同伴つれだって足下おぬしぢゃ、冥土あのよくも一しょにおきゃれ。
ロミオ それは此劍これめるわ。
二人ふたりたゝかふ。チッバルトたふるゝ。
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) ロミオ、はやう! はやげた! あれ、市人まちびとさわぎはじむる。チッバルトは落命らくめいぢゃ。狼狽うろたへてゐるところでない。とらへられたならば、領主りゃうしゅ死罪しざい宣告せんこくせう。はやちた、はやう/\!
ロミオ おゝ、おれ運命うんめい玩弄物もてあそびぢゃわい!
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) おい、なにをしてゐるのぢゃ?
ロミオ入る。
市人等まちびとら出る。
甲市人 マーキューシオーをころしたやつ何方どちらげました? 人殺ひとごろしのチッバルトは何方どっちげました?
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) そこにゐるのがチッバルトでござる。
甲市人 ござれ、吾等われらと一しょに。御領主ごりゃうしゅおほせでござる、ござれ。
此時このとき領主りゃうしゅ公爵こうしゃく多勢おほぜい從者じゅうしゃ引連ひきつれて出る。モンタギュー長者夫婦ちゃうじゃふうふ、カピューレット長者夫婦ちゃうじゃふうふ其他そのた多勢おほぜい出る。
領主  その不埓ふらち爭鬪さうとうはじめた者共ものども何方いづれにをる?
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) はゞかりながら、この不運ふうんなる騷擾さうぜうのあさましき經緯ゆくたて手前てまへ言上ごんじゃういたしませう。それにたふれをりまするをとこ御親戚ごしんせきのマーキューシオーどのを殺害せつがいしましたるをロミオとまう若人わかうど討取うちとってござります。
カピ妻 なに、チッバルト! おゝ、わしのをひの、おとうとの! おゝ、御領主とのさま! おゝ、をひよ! わがつま! おゝ、大事だいじの/\、親族うから血汐ちしほながされてゐる! 公平こうへい御領主ごりゃうしゅさま、モンタギューのながして吾等われらのをつぐなうてくださりませい。おゝ、をひよ/\!
領主  ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85)ーリオーよ、この無慚むざん鬪諍とうじゃうはじめたのはれぢゃ?
ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85) チッバルトにござります、ロミオにころされたましたる。ロミオは言葉ことばおだやかに、この爭端さうたんとるらぬよし反省はんせいさせ、ふたつには殿とののおいかりおもひやれ、と聲色せいしょくやはらげ、ひざげて、さま/″\にまうしましたなれども、中裁ちゅうさいにはみゝしませぬチッバルト、理不盡りふじんなるいかり切先きっさきたゞ一突ひとつきにとマーキューシオー殿どの胸元むなもとをめがけていてかゝりまする、此方こなたおなじく血氣けっき勇士ゆうし、なにを小才覺ちょこざいなと立向たちむかひ、こほりをば引外ひッぱづして右手めて附入つけいりまする手練しゅれん切先きっさき、それを撥反はねかへすチッバルト。ロミオは其時そのときこゑたかく「おちゃれ、兩氏かた/″\! 退いた/\!」といふよりはやけんいて、そのおそろしい切先きっさきをば、叩伏たゝきふせ/\、二にんあひだってる、かひなしたよりチッバルトが突出つきだしましたる毒刃どくじんに、マーキューシオーどのは敢無あへな最期さいご。さて、チッバルトは其儘そのまゝたん逃去にげさりましたが、やがてまたってかへすを、いま復讐ふくしうねん滿ちたるロミオがるよりも、電光でんくわうごとってかゝり、引分ひきわけまするひまさへもござらぬうちに、チッバルトは突殺つきころされ、たふるゝ途端とたんひるがへし、ロミオは逃去にげさってござりまする。此儀このぎ相違さうゐあらば、ベン※(濁点付き片仮名ヲ、1-7-85)ーリオーがいのちされませう。
カピ妻 このじんはモンタギューの親戚しんせきゆゑ、贔屓心ひいきごゝろがさもないことまうさせまする。この不正ふせい爭鬪たゝかひには二十人餘にんよ關係かゝづらうてたんだ一人ひとりころしたに相違さうゐござりませぬ。殿とのさまにねがひまする、是非ぜひともお成敗せいばいくださりませい。ロミオはチッバルトをころしたからは、いかしてはおかれませぬ。
領主  ロミオはチッバルトを、チッバルトはマーキューシオーをころしたとすれば、マーキューシオーのつぐなふべきものれぢゃ?
モン長 それはロミオではござりませぬ、れはマーキューシオーどのゝ親友しんいうでござる。せがれ曲事きょくじ國法こくはふによってたるべきチッバルトのいのちったまでゝござります。
領主  その曲事きょくじゆゑに、即刻そっこく追放つゐはう申附まうしつくる。汝等なんぢら偏執へんしふ予等われらまでも卷込まきこまれ、その粗暴そばう鬪諍とうじゃうによってわが血族けつぞく血汐ちしほながした。わがこの不幸ふかう汝等なんぢらにもくやますため、きびしい科料くわれうくわさうずるわ。陳辯いひわけ※(「足へん+流のつくり」、第4水準2-89-31)ぶんそかぬ。なみだ祈祷きとうつみをばあがなはぬぞよ。それゆゑになにまうすな。いそぎロミオを退去たちさらせい。さもなうて見附みつけられなば、其時そのときやが最期さいごぢゃ。この死骸しがいになひゆきて、めいて。人殺ひとごろしをあはれむはひところすにひとしいわい。
ヂュリエット出る。
ヂュリ けよはやう、あし若駒わかごまよ、かみ宿やどります今宵こよひ宿やどへ。フェートンのやうな御者ぎょしゃがゐたなら、西にしへ/\とむちをあてゝ、すぐにもよるれてうもの、くもったよるを。隙間すきまもなうくろとばり引渡ひきわたせ、こひたすくるよるやみそのやみまちものふさがれて、ロミオが、られもせず、うはさもされず、わしこのかひななか飛込とびこんでござらうやうに。戀人こひゞとそのうるはしい光明ひかりで、戀路こひぢやみをもらすといふ。またこひめくらならば、よるこそこひには一だん似合にあはず。さア、やれ、よるよ、くろづくめのきものた、るから眞面目まじめな、嚴格いかめしい老女らうぢょどの、はやをしへてたも、清淨無垢しゃうじゃうむくみさをふたけたこの勝負しょうぶける工夫くふうをしへてたも。そなたくろ外套マントルほゝばたく初心うぶをすッぽりとつゝんでたも、すれば臆病おくびゃうこのこゝろも、ぬゆゑにきつうなって、なにするもこひ自然しぜんおもふであらう。よるよ、やれ、はややれ、ローミオー! あゝ、よるひるとはおまへことぢゃ。よるつばさりたおまへは、からすいまりかゝるそのゆきしろゆるよりもしろいであらう。はやい、やさしい、なつかしいよるやみ、さ、わしのロミオをもれ。ロミオがおにゃれば、そちらうほどに、細截きりこまざいてほしにせい、したら大空おほぞらかはすばかりうつくしうなって、世界中せかいぢゅうものよるれ、もうれもあの爛々ぎら/\した太陽たいやうをがまぬやうにもなるであらう。おゝ、こひ屋敷やしきうたれど、おのが住居すまひにはまだならぬ、ひとったれど、まだ賞翫しゃうくわんはしてもらへぬ。あゝ、がもどかしい、まつりまへばんをいらつ子供こどものやうに、こしらへてもらうた晴着はれぎはあっても、ることがらぬので。……おゝ、あれ、乳母うばが。きっと消息しらせぢゃ。ロミオのをでもぐるした天人てんにんこゑきこゆる。……これ、乳母うばなん消息しらせぢゃ? ってゐやるはなんぢゃ? ロミオがっていとやったつなかや?
乳母  あい/\、つなぢゃ。
つな抛出はふりだす。
ヂュリ あゝ、まア! 何事なにごとおこったのぢゃ? なん其方そなたしぼるのぢゃ?
乳母  あゝ、かなしや! なしゃった/\/\! もう無效だめでござります、もう無效だめでござります。あゝ、かなしや!……なしゃった、ころされさっしゃった、なしゃった!
ヂュリ え、それほどにてん無慈悲むじひか!
乳母  てん如何どうあらうと、ロミオは無慈悲むじひぢゃ。おゝ、ロミオどのが、ロミオどのが! ……れがおもひがけうぞい? ロミオどのが!
ヂュリ なんわしもますのぢゃ? 其樣そのやうおそろしいうなごゑ地獄ぢごくでなうてはかれぬはずぢゃ。ロミオが自害じがいでもなされたか? これ、あいってや、そのあいといふ一言ひとことが、たゞ一目ひとめひところ毒龍コカトリスにもまして、おそろしい憂目うきめする。其樣そのやう羽目はめとならば、わし最早もう駄目だめぢゃ。これ、おにゃったがぢゃうならば、あいや。さうでなくばいなや。たった一言ひとこと二言ふたこと此身このみ生死しゃうしきまるのぢや[#「きまるのぢや」はママ]
乳母  そのきずましたが、此眼このめましたが……南無なむさんぼう!……ちょうどこの立派りっぱ胸元むなもとに。いた/\しい、無慚むざんな、いた/\しい死顏しにがほ蒼白あをじろう、はひのやうに蒼白あをじろうなって、みどろになって、どこもどこもこごりついて。ると其儘そのまゝ、わしゃうしなうてしまひましたわいの。
ヂュリ おゝ、けよ! このむねよ! 破産はさんした不幸みじめこゝろよ、一思ひとおもひにけてしまうてくれい! 此上このうへらうはひれ、もう自由じいうるな! けがらはしい塵芥ちりあくため、もと土塊つちくれかへりをれ、きてはたらくにはおよばぬわい、ロミオと一しょにおな柩車ひつぎ積荷つみにとなりをれ!
乳母  おゝ、チッバルトどの、チッバルトどの、此上このうへもないたのもしいおかたであったに! おゝ、おねんごろなチッバルトどの! お立派りっぱなおかた! おまへくならっしゃるのをきてゐてようとは!
ヂュリ や、こりゃ、風向かざむきちがうたわ、如何どうした暴風雨あらしぢゃ? ロミオがころされて、そしてチッバルトもおにゃったか? 大事だいじ從兄いとこも、大事だいじなロミオどのも? もしさうならば、大審判日おほさばきのひ喇叭手らっぱしゅよ、最早もう絶滅をはりぢゃと宣告せんこくせい! あの二人ふたりにゃったなら、きてゐる甲斐かひはない!
乳母  チッバルトどのはおにゃって、ロミオどのは追放つゐはうぢゃ。下手人げしゅにんのロミオどのは追放つゐはうにならッしゃったのぢゃ。
ヂュリ おゝ/\!……あのロミオのでチッバルトを?
乳母  さよぢゃ/\。あゝ/\、さよぢゃわいの!
ヂュリ おゝ、はなかほひそまむしこゝろ! あんな奇麗きれい洞穴ほらあなにも毒龍どくりうすまふものか? かほ天使てんしこゝろ夜叉やしゃ! うつくしい虐君ぎゃくゝんぢゃ! はとはねからすぢゃ! 狼根性おほかみこんじゃう仔羊こひつじぢゃ! 神々かう/″\しうてこゝろさもしい! 外面うはべとは裏表うらうへ! いやしい聖僧ひじり氣高けたか惡黨あくたう! おゝ、造化主ざうくわしゅよ、あのやうな可憐いとしらしい人間にんげん肉體にくたいにすら夜叉やしゃたましひ宿やどらせたなら、地獄ぢごく夜叉やしゃ肉體からだには何者なにものませうとや? あんな内容なかみにあのやうな表紙へうしけたほんがあらうか? あんな華麗りっぱ宮殿きゅうでん虚僞うそ譎詐いつはりすまはうとは!
乳母  さゝ、たのまれぬ、しんぜられぬ、不正直ふしゃうぢきをとこならひぢゃ。どれも/\※(「言+墟のつくり」、第4水準2-88-74)うそつき誓言破せいごんやぶり、ろくでなしの詐僞者いつはりものぢゃ。あゝ、彼僮あいつめは何處どこにをったぞ? 火酒しゃうちゅうてくりゃ。このくるしみ、このなげき、このかなしみで、わしゃとしってしまふわいの。ロミオのやつ恥掻はぢかきをれ!
ヂュリ そのやうなことをそちしたこそくさりをれ! はぢかしゃる身分みぶんかいの、彼方あのかたひたひにははぢなどははづかしがってすわらぬ。あれこそは此世このよ名譽めいよといふ名譽めいよが、った一人ほとり王樣わうさまとなって、すわ帝座ていざぢゃ。おゝ、なんといふ獸物けだものぢゃわしは、かりにもかたわるういふとは!
乳母  從兄いとこどのをころしたひとをおまへはうでな?
ヂュリ 殿御とのごぢゃ、わるうてならうか! あゝ、わがつま、どのしたすべッこうせうぞ、つい三時みときほど連添つれそうたつまくちきずだらけにしたおまへを? とはひながら何故なぜころしたおのれは、わし從兄いとこを? さア、おまへをば從兄いとこめがころしたでもあらうによって。もどれ、おろかななみだめ、もといづみもどりをれ。悲歎かなしみさゝぐるみつぎ間違まちがへて喜悦よろこび献上まゐらせをる。チッバルトがころしたでもあらうわがつま生存いきながらへて、わがつまころしたでもあらうチッバルトがんだのぢゃ。すれば、うれしいことばかり、わしなんくのぢゃ? 最前さいぜんいた一言ひとことが、その一言ひとことが、チッバルトがにゃったよりもかなしいのぢゃ。つらい、わすれたい。おゝ、それが切實ひし/\おもさるゝ、おそろしい罪惡ざいあく罪人ざいにんわすれぬやうに。「チッバルトはなしゃれた、そしてロミオは……追放つゐはう!」……「追放つゐはう」……その追放つゐはう」といふ一言ひとことがチッバルトを一萬人まんにんころしてのけた。チッバルトがにゃったばかりでもほど不幸ふしあはせであったものを。また不幸ふしあはせ同伴つれこのみ、是非ぜひともほか不幸ふしあはせ同伴つれだってねばならぬなら、「チッバルトがなしゃれた」というたつぎに、とゝさまとか、はゝさまとか、乃至ないし二人ふたりもろともとか、乳母うば何故なぜひをらぬ。すればまだしも尋常ひととほり憂悲歎うきかなしみまうものを。チッバルトがおにゃったうへに、殿しんがりに「ロミオは追放つゐはう」。追放つゐはうくからは、父母ちゝはゝもチッバルトもロミオもヂュリエットも皆々みんな/\ころされてしまうたのぢゃ。「ロミオは追放つゐはう!」その一言ひとことひところちからにははてはかりきりさかひいわいの。言葉ことばではつくされぬ不幸ふしあはせぢゃ。……なう、父樣とゝさま母樣はゝさま何處どこにぢゃ。
乳母  チッバルトどのゝ死骸なきがら取着とりついておきゃってでござります。彼方あちかしゃるなら案内あんないをしませう。
ヂュリ なみだ創口きずぐちあらはしゃるがよい、そのなみだころにはロミオの追放つゐはうくやわしなみだ大概たいがいつけう。そのつなひろうてたも。……ても憫然ふびんつなよの、汝等おぬしらだまされたなう、汝等おぬしらわしもぢゃ、ロミオが追放つゐはうになりゃったによって。ロミオは汝等おぬしらをば寢室ねまへの通路かよひぢにせうとおおもやったに、わし志望おもひげいで、處女をとめのまゝでるのぢゃ。さ、つなよ。さ、乳母うばよ。これから婚禮こんれいとこかう。ロミオではない死神しにがみよ、わし此身このみまかさうわいの!
乳母  はや居間ゐまへゆかしゃれ。おまへよろこばす眞實ほん/″\のロミオをさがしてう。その居處ゐどこってをる。これの、こちのロミオどのは、今宵こよひこゝへやしゃるはずぢゃ。わしがんでう。はて、ロレンスさまの庵室あんじつに、ロミオはかくれてござらッしゃります。
ヂュリ おゝ、はやうて! そしてこの指輪ゆびわわし勳爵士ナイトどのに手渡てわたして、訣別いとまごひにござるやうつたへてたも。
二人ふたりともに入る。

ロレンス法師ほふし出る。
ロレ  ロミオよ、てござれ、てござれよ、こりゃ人目ひとめおそはゞかをとこ。あゝ、そなた憂苦勞うきくらう見込みこまれて、不幸ふしあはせ縁組えんぐみをおやったのぢゃわ。
ロミオ出る。
ロミオ 御坊ごばうか、消息たよりなんとぢゃ? 殿との宣告いひわたしなんとあったぞ? まだらぬ何樣どのやう不幸ふしあはせが、わし知合しりあひにならうといふのぢゃ?
ロレ  されば、その可厭いやな友達衆ともだちしゅ和子わこしたしみが多過おほすぎるわい。お宣告いひわたしらせにた。
ロミオ 一ぢゃういのちされうでな?
ロレ  いや、寛大くわんだいなお宣告いひわたし、一めいされいで、追放つゐはうにせいとの命令おほせぢゃ。
ロミオ なに、追放つゐはう! 慈悲じひぢゃ、死罪しざいうてくだされ。謫竄さすらへとなるはぬるよりもおそろしい。追放つゐはううてくださるな。
ロレ  いや、※(濁点付き片仮名ヱ、1-7-84)ローナからは追放つゐはうぢゃが、世界せかいひろい、まゝ、落着おちついてござれ。
ロミオ ※(濁点付き片仮名ヱ、1-7-84)ローナのまちはなれては世界せかいい、るものはたゞ煉獄れんごくぢゃ、苛責かしゃくぢゃ、地獄ぢごくぢゃ。此處こゝからはるゝは世界せかいからはるゝもおなこと世界せかいからはるゝはころさるゝもおなこと、すれば追放つゐはうとは死罪しざいかくぢゃ。死罪しざいこと追放つゐはうといはッしゃるは、黄金わうごん斧鉞まさかりわしくびねておいて、そち幸福しあはせぢゃとわらうてござるやうなものぢゃ。
ロレ  おゝ、罪深つみふかや/\! おゝ、作法知さはふしらず、恩知おんしらず! これ、そなた罪科ざいくわ國法こくはふでは死罪しざいとある、しかるに慈悲深じひぶか御領主ごりゃうしゅそなたかたち、御法ごはふげ、おそろしい死罪しざい追放つゐはうとはへさせられた。その難有ありがたいお慈悲じひわからぬか!
ロミオ 慈悲じひではなうて、そりゃ苛責かしゃくぢゃ。ヂュリエットがゐやる此處こゝ天國てんごく、こゝにかぎりはねこいぬ※(「鼬」の「由」に代えて「奚」、第4水準2-94-69)はつかねずみも、どのやうな屑々物はかないものも、ひめかほらるゝゆゑ天國てんごくにゐるのぢゃが、ロミオにはそれがかなはぬ。腐肉くされにくたか蒼蠅あをばへでもロミオには幸福者しあはせものぢゃ、風雅みやびた分際ぶんざいぢゃ。彼奴等あいつら可憐いとしいヂュリエットの白玉はくぎょくつかむことも出來でくる、またひめくちびるから……その上下うへしたくちびるが、きよ温淑しとやか處女氣をぼこぎで、たがひに密接ひたふのをさへわるいことゝおもうてか、いつも眞赤まっかになってゐる……そのひめくちびるから永劫えいがうなぬ天福てんぷくそっぬすむことも出來でくる、ロミオにはそれがかなはぬ。ロミオは追放つゐはううへぢゃ。蒼蠅あをばへでもうすることをロミオばかりはうせぬ、彼奴等あいつら自由じいう吾等われら追放つゐはう! これでも足下おぬし追放つゐはう死罪しざいでないとおしゃるかいの? 調合てうがふしたどくはないか、ぎすましたやいばはないか、如何いかいやしうても大事だいじない、一思ひとおもひにはふいか?……「追放つゐはう」……「追放つゐはう」でころさるゝのはおれいやぢゃ! おゝ、御坊ごばうよ、追放つゐはうとは墮獄だごくやからもちふることばうなごゑ附物つきもの。そのやうなことばかせてわしりさいなむとはむごいわい、つれないわい、それでも高僧かうそうか、司悔僧しくわいそうか、教導師けうどうしか、莫逆ばくぎゃくちかうた信友しんいうか?
ロレ  はてさて、おろか狂人きちがひどの、ま、わしふことをかっしゃれ。
ロミオ きっとまた追放つゐはうといふことを被言おしゃるであらう。
ロレ  いや、そのことば鋭鋒きっさきふせ甲胄よろひおまさう。逆境ぎゃくきゃうあまちゝぢゃと哲學てつがくこそはひとこゝろなぐさぐさぢゃ、よしや追放つゐはうとならうと。
ロミオ それ、また「追放つゐはう」と! えゝ、哲學てつがくめ、くさりをれ! 哲學てつがくでヂュリエットが出來できまちうつされ、領主りゃうしゅ宣告せんこく取消とりけさるればらぬこと、哲學てつがくなんやくつ、なんにならう? もうかぬ。
ロレ  おゝ、すれば狂人きちがひにはみゝいとえる。
ロミオ はずぢゃ、かしこひとにさへぢゃ。
ロレ  いや、そなたいまうへについて、だんじたいことがあるのぢゃ。
ロミオ かんじておゐやらぬことを、なんだんずることが出來でけう。足下こなた予程わしほどとしわかうて、あのヂュリエットが戀人こひびとで、婚禮こんれいしきげてたんだときたぬうちにチッバルトをばころして、わしのやうにこがれ、わしのやうにあさましう追放つゐはうされたうへでなら、わしだんずることも出來でけうずれ、このやうに頭髮かみのけ掻毟かきむしって、ま此樣このやう地上ぢびたたふれて、まだらぬ墓穴はかあなしゃくることも出來でけうずれ!
ロミオ頭髮かみのけ掻毟かきむし仰向あふむけたふれてなげく。此時このときおくにてたゝおと
ロレ  ちゃれ。案内あんないがある。ロミオや、はやかくしゃれ。
ロミオ おれかくれぬ。むね惱悶なやみうめきのいききりのやうに立籠たちこめて追手おってふさいだららぬこと。
たゝおと
ロレ  あれ、あのたゝくことは!……れぢゃな!……はやちゃ。とらへられうぞよ。……しばらく/\!……ちゃ/\。
たゝおと
わし書齋しょさいへ。……只今々々たゞいま/\!……はてさて、おろかにもほどがあるわ!……はい/\、只今たゞいままゐります!
たゝおと
けたゝましうおたゝきゃるは何人どなたぢゃ? どこからえたぞ? なん御用ごようぢゃ?
乳母 (内にて)ようはひってからまうしまする、ヂュリエットさまからでござります。
ロレ  なれば、ようこそ。
くる、乳母うば入來いりきたる。
乳母  おゝ、御坊ごばうさま、御坊ごばうさま、ひめさまの殿御とのご何處どこにござらッしゃります、ロミオさまは何處どこに?
ロレ  それ、そこに地上ちじゃうに、おのがなみだうて。
乳母  おゝ/\、こちのひめさまも、ま、ちょうど其通そのとほりぢゃがな!
ロレ  ても、いたましい悲哀ひあひ感應かんおう! どく境遇きゃうぐう
乳母  こちのも其通そのとほりに平伏へたばって、泣面べそかいて、哭立なきたてゝぢゃ。たッしゃれ/\。をとこならたッしゃりませ。ひめためぢゃ、ヂュリエットどののためぢゃ、きさッしゃれ、たしませ。(此時ロミオうめく。)なん其樣そのやうなげかッしゃるのぢゃ、なん其樣そのやう大業おほげふに?
ロミオ (俄に起ち上りて)おゝ、乳母おんば
乳母  あゝ、もし! これさ、もし! はて、ぬればなにもかも結局おしまひぢゃがな。
ロミオ いまヂュリエットと被言おしゃったの? ひめなんとしてぢゃ? ひめわし二人ふたりなか歡樂くわんらくその水子みづごひめ身内みうちよごしたおそろしい殺人者ひとごろしおもうてはゐやらぬか? 何處どこにぢゃ? なんとしてぢゃ? わしの内密妻ないしょづまやぶれたたがひの誓文せいもんなんうてぢゃ?
乳母  おゝ、なにはッしゃらいで、いてばっかり。寢床ねどこうへたふれさっしゃるかとおもふと、やがまたきてチッバルトとばらっしゃる、かとおもふと、ロミオとばって、また横倒よこたふしにならっしゃります。
ロミオ すりゃ、その名前なまへ胸板むないた射拔いぬかれたやうにおもうて、その名前なまへ持主もちぬし大事だいじ近親うからころしたゆゑ。おゝ、御坊ごばう、をしへてくだされ、この肉體にくたいのあたりに、わし醜穢けがらはしい宿やどってゐるぞ? さ、をしへてくだされ、そのにく居所ゐどころ切裂霧さいてくれう。
けんく。
ロレ  まゝゝ、滅相めっそうなことをすまい。これ、をとこではないか? 姿すがたればをとこぢゃが、そのなみだ宛然さながら女子をなごぢゃ。狂氣きちがひめいたその振舞ふるまひ理性りせいのない獸類同然けだものどうぜんをとこらしうもをなごらしうもえて、獸類けだものらしうもゆるともない振舞ふるまひ! はてさて、あきてた。誓文せいもんわし今少もすこ立派りっぱ氣質きだてぢゃとおもうてゐたに。チッバルトをころしたうへに、おのがをもころさうとや? みづか墮地獄だぢごくつみをかして、そなたゆゑにこそきてゐやるあのひめをもころさうとや? なんそなた出生しゅっしゃうのろひ、てんを、のろふのぢゃ? せいてんこのつが相合あひあうて出來できをば、つい無分別むふんべつてうでな? 馬鹿ばかな、馬鹿ばかな! 姿すがたを、こひを、分別ふんべつはづかしむる振舞ふるまひといふものぢゃ。たとへば、吝嗇者りんしょくもののやうにたからおびたゞしうってをっても、たゞしうもちふることをらぬ、姿すがたをも、こひをも、分別ふんべつをも、其身そのみ盛飾かざりとなるやうには。そなたその氣高けだか姿すがたほん蝋細工同樣らうざいくどうやうをとこ勇氣ゆうきからははづれたものぢゃ。そなたこひ盟約ちかひ内容なかみ空誓文からぜいもん、なりゃこそ養育はごくまうとちかうたこひをもころしてのけうとやるのぢゃ、そなた分別ふんべつ姿すがたこひかざりぢゃが、本體ほんたいうないので不具かたはとなり、おろかそつ藥筐くすりいれ火藥くわやくのやうに、あつかひかたがわるいので爆發ばくはつし、れと武器ぶきほろぼす。こりゃ、しっかりとおやらう! つい最前いまがたまでこひしさにぬるくるしみをてござったその戀人こひゞとのヂュリエットはつゝがない。すれば、それが幸福しあはせ。またチッバルトはそなたころしたでもあらうずに、そなたがチッバルトをころした。それもまたひとつの幸福しあはせつぎ死罪しざいともあるべき國法こくはふそなた身方みかたとなって追放つゐはう事濟ことずみ。それもまたひとつの幸福しあはせてん恩惠めぐみかさね/″\くだり、幸福かうふく餘所行姿よそゆきすがた言寄いひよりをる。それになんぢゃ、意地いぢくねのまがった少女こめらうのやうに、口先くちさきとがらせて運命うんめいのろひ、こひのろふ。けゃ、けゃ、さういふやからがあさましい最期さいごぐる。さゝ、豫定通さだめどほり、戀人こひゞともとて、居間ゐまのぼり、はやなぐさめてやりめされ。したが、夜番よばんかれぬうちにわかれませうぞ、マンチュアへかれぬやうになってはならぬ。マンチュアにちっしてゐやるあひだに、わしがをり二人ふたり内祝言ないしうげん顛末もとすゑおほやけにし、兩家りゃうけ確執かくしつ調停てうていし、御領主ごりゃうしゅゆるしひ、やがてそなた呼返よびかへすことにせう、其折そのをり喜悦よろこびいま悲痛かなしみ千萬倍せんまんばいであらうぞよ。……乳母おんばさききゃれ。ひめにようつたへたもれ、家内中かないぢゅうはや就褥ねかしめさと被言おしゃれ、なげきにつかれたればむるはぢゃうぢゃ。ロミオは今直いますぐまゐらるゝ。
乳母  はれま、結構けっこうなお教訓けうくんぢゃ、すがら此處こゝ居殘ゐのこっても、聽聞ちゃうもんがしたいわいの。てもま、學問がくもんきついものぢゃな! 殿とのさん、貴方こなたさしますことをひいさまにまうしましょ。
ロミオ さういうて、戀人こひゞとに、しか準備したしらべをさせてたもれ。
乳母  もしえ、この指輪ゆびわひいさまから、わしに貴下こなたげませいとうて。さ、はやう、いそがしゃれ、いかけたによって。
乳母うば入る。
ロミオ おゝ、これでこゝろやすらいだわ!
ロレ  さ、はやきゃれ。さらばぢゃ。貴下こなた幸運かううんたゞこのひとつにかゝる、夜番よばんかれぬうちに出立しゅったつするか、さなくば夜明よあくるころ姿すがたやつしてこのまちとほざかるか、ふたつにひとつぢゃ。マンチュアにちっしてござれ、忠實まめやかをとこもとめ、時折ときおりそのをとこして此方こなた吉左右きッさうらせう。さ、を。もうおそい。さらばぢゃ、機嫌きげんよう。
ロミオ 此上このうへ歡樂よろこびわしぶのでなかったら、早急さっきふわかるゝのはかなしいことであらう。つゝがなうござりませ。
二人ふたり左右さいうわかれて入る。

カピューレット長者ちゃうじゃおなじく夫人ふじんおよびパリス出る。
カピ長 かやうな珍變ちんぺんおこったによって、むすめきかいとまもござらなんだ。むすめもチッバルトをきつなつかしうおもうてをったに、また吾等われらとても同樣どうやうぢゃに。さりながらひとみなぬるやうにうまれたもの。もう今宵こよひおそうござる、むすめりてはまゐるまいぢゃまで。貴下こなたがござったればこそ、さもなくば吾等われらとても、一ときさきに、臥床やすんだでござらう。
パリス かういふ愁傷なげき最中さなかには祝言しうげんはなし出來できまい。おうちかた、おさらばでござる。娘御むすめごによろしうつたへてくだされ。
カピ妻 心得こゝろえました、むすめこゝろ明日あすはやたゞしましょ。今宵こよひ悲嘆なげきとらはれて、閉籠とぢこめてのみまする。
パリスきかくる。
カピ長 いや、なう、パリスどの、むすめあへけんじまする。れめは何事なにごとたりとも吾等われら意志こゝろざしにはそむくまいでござる、いや、其儀そのぎいさゝかうたがまうさぬ。……おくよ、其許そなたまへむすめうて、婿むこがねパリスどのゝふか心入こゝろいれほどらせて、よいかの、つぎ水曜日すゐえうびには……いや、ちゃれ、けふは何曜日なにえうびぢゃ?
パリス 月曜日げつえうびでござる。
カピ長 月曜日げつえうび! はゝア! かうッと、水曜日すゐえうびはちときふぢゃ。木曜日もくえうびにせう。……むすめに、木曜日もくえうびにはこの殿との祝言しふげんさすると被言おしゃれ。ようござるか? この早急さっきふ異議いぎはござらぬか? 業々げふ/\しうはすまい、ほんのちかしいやから兩名りゃうめい、はて、何故なぜ被言おしゃれ、近親きんしんチッバルトがころされてがないことゆゑ、盛宴せいゑんもよふすときは無情むじゃう行爲しこなしともおもはれうによって。されば、ちかしい友達ともだちをばたんだ五六めいかぎまねくことにしませう。……したが、貴下こなた木曜日もくえうびでようござるか?
パリス 吾等われらその木曜日もくえうび明日あすであってほしうござる。
カピ長 さらば、づおかへりあれ。なれば木曜日もくえうびめまする。……そなたまへむすめうて、當日たうじつ準備こゝろまうけをさせたがよい。……おさらばでござる。わし居間ゐま燭火あかして! はれやれ、おそうなったわい、こりゃやがておはやうとはねばなるまい。……さゝ、おやすみなされ。
パリスと夫婦ふうふ左右さいうわかれて入る。

ロミオとヂュリエットと樓上ろうじゃう窓口まどぐちあらはるゝ。
ヂュリ いなうとや? はまだきゃせぬのに。こはがってござるおまへみゝきこえたは雲雀ひばりではなうてナイチンゲールであったもの。夜毎よごと彼處あそこ柘榴じゃくろて、あのやうにさへずりをる。なア、いまのは一定きっとナイチンゲールであらうぞ。
ロミオ いや/\、あさらする雲雀ひばりぢゃ、ナイチンゲールのこゑではない。戀人こひびとよ、あれ、おやれ、意地いぢわる横縞よこじまめがひがしそらくも裂目さけめにあのやうなへりけをる。よる燭火ともしびきて、うれしげなあしためが霧立きりたやまいたゞきにもうあし爪立つまだてゝゐる。はやぬればいのちたすかり、とゞまればなねばならぬ。
ヂュリ あの光明ひかりあさぢゃない、いえ/\、朝日あさひではないわいの。ありゃ太陽たいやうがおまへために、今宵こよひマンチュアへの道案内みちしるべ炬火持たいまつもちやくさしょとて、きふ呼出よびだしたひかものぢゃ。ぢゃによって、大事だいじない、まだいなしゃるにはおよばぬ。
ロミオ とらはれうと、死罪しざいにならうと、うらみはない、そもじのぞみとあれば。あの灰色はひいろあさいともはう、ありゃ嫦娥シンシヤひたひから照返てりかへ白光びゃくくわうぢゃ。また吾等われらかしらうへ大空おほぞらたか鳴響なりひゞくあの奏樂そうがくも、雲雀ひばりこゑではいとはう。にたいよりも此處こゝたいが幾層倍いくそうばいぢゃ。さ、よ、きたれ、よろこんでむかへう! それがヂュリエットののぞみぢゃ。さ、戀人こひびと、どうぢゃ? もっとはなさう。あさではない。
ヂュリ いや、あさぢゃ、あさぢゃ。はやいなしませ、はやう/\! 聞辛きゝづらい、蹴立けたたましい高調子たかてうしで、調子外てうしはづれに啼立なきだつるは、ありゃ雲雀ひばりぢゃ。雲雀ひばりこゑなつかしいとは虚僞いつはり、なつかしいひと引分ひきわけをる。ひき交換とりかへたとは事實まことか? ならば何故なぜこゑまでも交換とりかへなんだぞ? あのこゑがあればこそ、いだきあうたかひなかひな引離ひきはなし、朝彦あさびこさま歌聲うたごゑで、可愛いとしいおまへ追立おひたてをる。おゝ、はやいなしませ、だん/″\あかるうなってる。
ロミオ あかるうなればなるほどくらうなる二人ふたりうへ
乳母うば出る。
乳母  ひいさま!
ヂュリ 乳母うばか?
乳母  御方樣おんかたさま只今たゞいま居間ゐまらせられます。けた、もし、油斷ゆだんなうこゝろくばって。
ヂュリ なりゃ、まどよ、日光うちへ、いのちそとへ。
ロミオ おさらば、おさらば! これを名殘なごりに(と接吻して)りていなう。
ろうりかくる。
ヂュリ (樓上より)おまへもういなしますか? あゝ、戀人こひびとよ、殿御とのごよ、わがつまよ、戀人こひびとよ! きっと毎日まいにち消息たよりしてくだされ。これ、一ときも百にちなれば、一ぷんも百にちぢゃ。おゝ、そんなふう勘定かんぢゃうしたら、またふまでにはわし老年としよりになってしまはう!
ロミオ さらばぢゃ! かりそめにも機會きくわいさへあれば消息たよりおこたることではない。
ヂュリ おゝ、またはれうかいの?
ロミオ ねんにはおよばぬ。いまこの憂苦勞うきくらうは、のちたのしい昔語むかしがたりぢゃ。
ヂュリ おゝ、如何どうせうぞ! こゝろめがいまはしい取越苦勞とりこしぐらうをさせをる。したにゐやしゃるのを此處こゝからると、どうやらはかそこ死人しにんのやう。せゐらねども、おまへかほあをゆる。
ロミオ 眞實しんじつわしにも、そもじかほゆる。憂悲愁うきかなしみたがひの血汐ちしほらしたのぢゃ。おさらば、おさらば!
ロミオ入る。
ヂュリ おゝ、運命神うんめいよ、運命神うんめいよ! みなそち浮氣者うはきものぢゃといふ。いかにそち浮氣うはきであらうと、きこえた堅實かたぎひとなんとすることも出來できまい。いや、やっぱり浮氣うはきがよい、そしたらひとすぐ※(「厭/(餮−殄)」、第4水準2-92-73)いてわしかへしてたもらうによって。
カピ妻 (内にて)むすめや/\! きてかいの?
ヂュリ れぢゃぶは? かゝさまからぬ。おそうまでねぶらいでか、はやうからさましてか? 何事なにごとがあって、えたやら?
カピューレット夫人ふじん出る。
カピ妻 ま、其方そなた如何どうぞしやったか?
ヂュリ 心地こゝちがわるうござります。
カピ妻 いつまでも從兄いとこどのゝのことをくやんでゐやるか? これの、なみだあらうたらはかからやるとおもうてか? やったとてもかすことは出來できまい。ぢゃによって、おもりゃ。なげくは愛情まごゝろふかしるしぢゃが、あまりにふかなげくは分別ふんべつたらはぬしるしぢゃ。
ヂュリ でも此樣このやう不幸ふしあはせ存分ぞんぶんいてのけたい。
カピ妻 存分ぞんぶんにおきゃらうと、不幸ふしあはせひとかへりはせぬ。
ヂュリ かへらぬことゝおもうても、存分ぞんぶんかいではをられぬ。
カピ妻 では、其方そなたは、ころしたたう惡黨あくたうまだながらへてゐくさるのを、然程さほどにはおきゃらぬな?
ヂュリ え、惡黨あくたうとはえ?
カピ妻 あのロミオの惡黨あくたう
ヂュリ (傍を向き)惡黨あくたうひとではおほきな相違ちがひぢゃ!……神樣かみさま、あのものゆるさせられませ! わたしは眞實しんじつゆるしてゐます。とはへ、おもすと、かなしうてなりませぬ。
カピ妻 とふのも、あの二心ふたごころ下手人げしゅにんめが生存いきながらへてをるからぢゃ。
ヂュリ あい、さうぢゃ、わたしのこのとゞかぬとほところに。わたしのひとつで從兄いとこどのゝかたきちたい。
カピ妻 かたき一定きっとってやります。懸念けねんにはおよばぬ。すれば、最早もうきゃんな。あの追放人おひはらはれ無頼漢ならずものんでゐるマンチュアに使つかひおくり、さるをとこふくめて尋常よのつねならぬ飮物のみもの彼奴あいつめにませませう、すればやがてチッバルトが冥途めいど道伴みちづれ。さうなれば其方そなたこゝろなぐさまう。
ヂュリ ほんにロミオのかほを……死顏しにがほを……るまでは、わたし如何どうしてもこゝろいさまぬ、從兄いとこがおにゃったのが、それほどこゝろみてかなしい。かゝさま、そのどくって使つかひをとことやらがきまったら、くすりわたし調合てうがふせう、ロミオがそれをれたら、すぐにも安眠あんみんしをるやうに。おゝ、彼奴あいつくとふるへる。もどかしいなア、チッバルトをころしをった彼奴あいつ肉體からだをば掻毟かきむしって、なつかしい/\從兄いとこへのこの眞情まごゝろすることも出來できぬか!
カピ妻 方法てだて自身じしん工夫くふうしやれ、使者つかひわしさがしませう。それはさうと、めでたい報道しらせってたぞや。
ヂュリ めでたいこととは耳寄みゝよりな、此樣このやうつらときに。それは何樣どのやうことでござります?
カピ妻 はて、其方そなた仁情深なさけぶか父御てゝごをおちゃってぢゃ。其方そなた愁歎なげきわすれさせうとて、にはかにめでたいをおさだめなされた、わし其方そなたつひおもひがけぬめでたいを。
ヂュリ はれま、母樣かゝさま、それはまた何樣どのやうな?
カピ妻 はて、むすめよ、つぎ木曜日もくえうびあさはやう、あの風流みやびな、立派りっぱ若殿わかとののパリスどのが、セント・ピーターの會堂くわいだうで、めでたう其方そなた花嫁御はなよめごにおやるはずぢゃ。
ヂュリ そのセント・ピーターの會堂くわいだうけて、いゝや、ピーターどのをも誓言ちかひにかけて、なんのそれがめでたからう! 嫁入よめいりはせぬわいの。なんといふ早急さっきふぢゃ。申入まうしいれかぬうちに婚禮こんれいとは何事なにごとぢゃ? とゝさまにうてくだされ、わたしは嫁入よめいりはまだしませぬ。嫁入よめいりすれば如何どうあってもロミオへく、にくいとふあのロミオへ、パリスどのへくよりは。まア、ほんに、おもひがけない!
カピ妻 あれ、父御ちゝごがわせた。自身じしんうて、父御ちゝごがそれを其方そなたからいて、なんおもはしゃるかをたがよい。
カピューレット長者ちゃうじゃさき乳母うばいて出る。
カピ長 しずむとつゆりるは尋常よのつねぢゃが、をひ日沒ひのいりには如瀧雨どしゃぶりぢゃ。どうぢゃ! 噴水像みづふきどの! え、まだいておぢゃるか? え、いつまでも雨天しけつゞきか? 其許おぬしたんだひとつのちひさい身體からだで、ふねにもなれば、うみにもかぜにもなりゃる。うみぢゃ、終始たえずなみだ滿干みちひきがある、身體からだふねその鹽辛しほからなみはしる、溜息ためいきかぜぢゃ、なみだなみとも※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)あれまはり、なみだはまたそれを※(二の字点、1-2-22)ます/\るゝ、はて、なぎきふなんだら、いのちふね顛覆ひっくりかへってしまふわい。……なんとぢゃ、そなた! 吩咐いひつけたとほりをおかたりゃったか?
カピ妻 はい、まうしましたなれど、有難ありがたうはござりますが、のぞまぬとうてゐます。阿呆あはうめははか嫁入よめいりしたがようござります!
カピ長 ま、たしませ! 如何どうしたとはします、いさや、どうしたと被言おしゃるのぢゃ? え! のぞまぬ? 有難ありがたいとはおもはぬか? その名譽めいよぢゃとおもはぬか? おのれ、うれしいともおもひをらぬか、あのやうな、分不相應ぶんふさうおう貴人きにんおや婿むこにしてとらしたをば?
ヂュリ さア、名譽めいよぢゃとはおもはねど、うれしいとはおもひまする。いやなものを名譽めいよにはうせねど、そのいやなこともわたし可愛かわゆさにしてくだされたとおもへばうれしい。
カピ長 なんぢゃ、なんぢゃ! 小理窟屋こりくつやが! なんぢゃそれは? 「名譽めいよぢゃ」、「うれしいとおもひまする」、「うれしいとおもひませぬ」。しかもなほ名譽めいよぢゃとはおもひませぬ」はて、こゝな我儘わがまゝどの、うれしがったり名譽めいよがったりするひまに、その上等けっこう脚節すねふしでも調査しらべておきゃ、つぎ木曜日もくえうびにパリスと一しょに會堂くわいだうくために。さうでないと、簀子すのこうへたゝせて、引摺ひきずってかうぞよ。おのれ、萎黄病ゐわうびゃうんだやうなつらをしをって! うぬ/\、ろくでなし! おのれ、白蝋面びゃくろうづらめが!
長者ちゃうじゃちかゝる。
カピ妻 あさましい! 貴下こなたでもくるうたか?
ヂュリエットちゝまへひざまづく。
ヂュリ もうし、父上ちゝうへひざをついてねがひまする、たった一言ひとこと堪忍かんにんしていてくだされ。
カピ長 くたばりをれ、ろくでなしめが! 不孝千萬ふかうせんばんやつぢゃ! こりゃやい、つぎ木曜日もくえうび教會堂けうくわいだうきをらう。かずば、またこのかほるな。ふな、こたへるな、返答へんたふするな。このゆびがむづ/\するわい。……おくよ、をばかみたゞ一人ひとりしかたまはらなんだのを不足ふそくらしうおもうたこともあったが、いまとなっては此奴こやつ一人ひとりすら多過おほすぎる、りもなほさず、呪咀じゅそぢゃ、禍厄わざはひぢゃ、うぬ/\、賤婢はしたをんなめ!
乳母  はれまア、可愛相かはいさうに! 其樣そのやうしからしゃりますは、殿とのさま、それは貴下こなた無理むりでござります。
カピ長 なゝ、なぜぢゃ、賢女けんぢょどの! 聰明樣おりこうさま、まゝ、おだまりなされ。喋々語べちゃつきたくば、とっとゝ彼方あちて、冗口仲間むだぐちなかま饒舌しゃべれ。
乳母  おためにならぬことはひませぬわいの。
カピ長 はい、さやうなら、御機嫌ごきげんよう!
乳母  物言ものいうては、わるいかいな?
カピ長 だまれ、むが/\むが/\と、阿呆あはうめ! 其許おぬし御託宣ごたくせんは、冗口仲間むだぐちなかまさけでも飮合のみあとき被言おしゃれ、こゝにはよういわ。
乳母  貴下こなたあま逆上のぼせてござる。
カピ長 はて、ちがひにもなるわさ。ひるよるも、せつも、念々刻々ねん/\こく/\はたらいてゐよが、あそんでゐよが、たゞ一人ひとりゐよが、多勢おほぜいともにゐよが、むすめめが縁邊えんぺん苦勞くらうにせなんだときい。やっとのことで、門閥家もんばつかの、領地有りゃうちもちの、としわかい、教育けういく立派りっぱな、何樣なにさま才徳さいとく具足ぐそくしたをとこうもありたいもの、とのぞまるゝとほりに出來上できあがってゐる婿むこさがして、供給あてがへば、ともない、吠面ほえづらさかいて、泣偶人なきにんぎゃうめ、幸福しあはせをば幸福しあはせともおもひをらいで、「嫁入よめいりはせぬ」の、「こひらぬ」の、「まだ年齡としはがゆかぬ」の、「ゆるしてくだされい」の、とぬかしをる。したが、嫁入よめいりをせぬとならば、ゆるしてもくれう。きなところ草食くさはみをれ、此處こゝにはすまさぬわい。やい、ようおもへ、ようかんがへをれ、戲言たはぶれごとはぬ乃公おれぢゃ。木曜日もくえうびいまむねいて思案しあんせい。我子わがこならば親友しんいうもとる、さなくばくびくゝらうと、乞食こじきをせうと、ゑて途上死のたれじにをしをらうとまゝぢゃ、誓文せいもん我子わがことはおもはぬわい、また何一なにひとつたりと、おのれにはれまいぞよ。よいか、二ごんいぞよ。誓言せいごんやぶらぬぞよ。
長者ちゃうじゃはひる。ヂュリエット泣倒なきたふるゝ。
ヂュリ 大空おほぞらくもなかにもこの悲痛かなしみそこ見透みとほ慈悲じひいか? おゝ、かゝさま、わたしを見棄みすてゝくださりますな! この婚禮こんれいのばしてくだされ、せめて一月ひとつき、一週間しうかん。それもかなはぬなら、チッバルトがてゐやる薄昏うすぐらべうなか婚禮こんれいとこまうけてくだされ。
カピ妻 わしにもの被言おしゃんな、わしは最早もうなにひますまいほどに。きにしや、もう其方そなたにはかまひませぬほどに。
夫人ふじん入る。
ヂュリ おゝ!……おゝ、乳母うばや! 如何どうしたらよいであらうぞ? をっと地上ちじゃう誓約ちかひ天上てんじゃうなんとしてその誓約ちかひふたゝ地上ちじゃうもどらうぞ、そのつまはなれててんから取戻とりもどしてたもらずば?……なぐさめてたも、をしへてたも。……かなしや/\、此身このみのやうな孱弱かよわものてんまでが陰謀たくらんでめさいなむ!……これ、乳母うば、どうせう? うれしいことをうてたも。なんなぐさめはないかいの?
乳母  誓文せいもん、ござります。ロミオどのは追放つゐはうぢゃほどに、世界せかいくづれうと、もどってなんのかのとはッしゃらうはずい。よしやもどらッしゃるにせい、ほんの窃々こつそり内密沙汰ないしょざたぢゃ。すれば、かうなってしまうたうへは、あの若殿わかとの嫁入よめいらッしゃるがいっ分別ふんべつぢゃ。おゝ、ほんに可憐かはいらしいおかた彼方あなたくらべてはロミオどのは雜巾ざふきんぢゃ。萠黄色もえぎいろの、活々いき/\としたうつくしい眼附めつきわしよりも立派りっぱぢゃ。ほんに/\、こんどのお配偶つれあひこそ貴孃こなたのお幸福しあはせであらうぞ、まへのよりはずっとましぢゃ。よしうでないにせい、まへのは最早もう絶滅だめぢゃ、いや、絶滅だめ同樣どうやうぢゃ、はなれてんでござって、貴孃こなたのまゝにならぬによって。
ヂュリ そりや[#「そりや」はママ]其方そなた本氣ほんきやるか?
乳母  はい、本氣ほんきでも本心ほんしんでもござります、でなくばばちたれ!
ヂュリ 其通そのとほりに!
乳母  えゝ?
ヂュリ なに、あの、其方そなたなぐさめで不思議ふしぎこゝろ安堵おちついた。おくて、母樣はゝさまうてたも、父上ちゝうへ御不興ごふきょうけたゆゑ、懺悔ざんげをしてつみゆるしてもらはうとて、ロレンスどのゝ庵室あんじつへわしがんだと。
乳母  はい/\、心得こゝろえました。それこそかしこ御分別ごふんべつぢゃ。
乳母うば入る。ヂュリエットじっと行方ゆくかた見送みおくって
ヂュリ 罰當ばちあたりの夜叉やしゃめ! おゝ、惡魔あくまめ! わし誓約ちかひやぶらせうとしをるばかりか、まへには幾千度いくせんたびくらものいやうにめちぎったわし殿御とのごそのおなした惡口あくこうしをる。……ね、相談敵手さうだんあひてにした其方そちぢゃが、其方そちわしとはいまからはこゝろ別々べつ/\。……御坊ごばうところすくひをはう。ことみなやぶれても、ぬるちから此身このみる。
ヂュリエット入る。
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ロレンス法師ほふしとパリスと出る。
ロレ  木曜日もくえうびおほせらるゝか? では早急さっきふことぢゃ。
パリス しうとカピューレットどのが其樣そのやうにしたいと被言おしゃる。わしとてもそれをおそうしたいとはおもひませぬ。
ロレ  ひめこゝろはまだらぬとおほせらるゝ。すれば段取だんどり素直すなほでない、吾等われらこのもしうおもひませぬ。
パリス チッバルトの落命らくめいをいみじうなげいてゞあったゆゑ、なみだ宿やどには戀神※(濁点付き片仮名ヰ、1-7-83)ーナスまぬものと、縁談えんだん差控さしひかへてゐたところ、あまきつなげいてはひめ心元こゝろもとない、ひとりでゐれば洪水こうずゐのやうになみだも、まじらふものがあれば堰止せきとむることも出來できるものと、舅御しうとご才覺さいかくにて、きふ婚禮こんれいこときまった。はやうせねばならぬ仔細わけを、なん會得ゑとくめされたか?
ロレ  (傍を向きて)それはおそうせねばならぬ仔細わけが、此方こちわかってをらなんだらなア!……あれ、御覽ごらうぜ、ひめ此庵こゝにわせられた。
ヂュリエット出る。
パリス うれしうひました、我妻わがつま
ヂュリ つまともばしませ、婚禮こんれいかなふなら。
パリス かなはいでならうか、此次このつぎ木曜日もくえうびには?
ヂュリ かなはいでならぬことはかなはずぢゃ。
ロレ  こりゃ格言かくげんぢゃわい。
パリス 今日けふ御坊ごばう懺悔ざんげをばしようためにわせられたか?
ヂュリ はい、というたなら、貴下こなた自白ざんげをしたことになりませうぞ。
パリス 吾等われらおもうてゐるといふことを、御坊ごばう打明うちあけてうてくだされ。
ヂュリ では、打明うちあけてまうしませう、わたしは御坊樣ごばうさまおもうてゐます。
パリス 吾等われらをもおなじやうにおもうてゐる、とうてくだされうがな。
ヂュリ さア、ふにせい、それはうてこそ價値ねうちもあれ、かほ見合みあせてはうより。
パリス やれ、笑止きのどくや、そなたかほなみだいかよごれてゐる。
ヂュリ なみだ何程どれほどことをしませう、生得うまれつきともないかほぢゃもの。
パリス 其樣そのよなことを被言おしゃるのは、われから我面わがかほ讒訴ざんそするのぢゃ。
ヂュリ ほんこと讒訴ざんそとははれぬ、ましてこれは後言かげごとではない、ぢかかほむかうてうてゐるのぢゃもの。
パリス いや、こなたかほいまではわしものぢゃに、それをば其樣そのやうしう被言おしゃるのは讒訴ざんそぢゃ。
ヂュリ ほんにさうもあらうか、わたしものではないゆゑ。……(ロレンスに)御坊樣ごぼうさまいまひまでござりますか、あらためてばんのお祈祷頃いのりごろまゐりませうか?
ロレ  いや、いまでも故障こしゃうい。……若殿わかとのはゞかりぢゃが、しばらくのあひだ、こゝを吾等われらに。
パリス おゝ、かりそめにも勤行ごんぎゃうのおさまたげをしてはならぬ!……ヂュリエットどの、木曜日もくえうびにはあさはやうおむかへきませうぜ。それまでは、おさらば。このきよ接吻キッス保有しまっておいてくだされ。
パリス入る。
ヂュリ おゝ、はやめて、そしてしめてまうたら、わたしと一しょにいてくだされ。もう絶望だめぢゃ! 絶望だめぢゃ、絶望だめぢゃ!
ロレ  あゝ、これ、ヂュリエットや、悲歎かなしみってをる! なんぼうしぼってもわし智慧ちゑにはあたはぬ。つぎ木曜もくえうには、寸分すんぶん猶豫ゆうよもなう、わか婚禮こんれいやらねばならぬといた。
ヂュリ いゝえ/\、それを中止やめにする方便てだていなら、いたなぞとおッしゃるな。おまへ智慧ちえにもあたはぬなら、ついわし覺悟かくごをば分別ふんべつぢゃとめてくだされ、すればこの懷劒くわいけん今直いますぐ敢行してのけう。ロミオとわしのこゝろこゝろむすはせたは神樣かみさまつないだはおまへ。すれば、おまへがロミオへの封印代ふいんがはりにしたこのを、あだ證書しょうしょ封印ふういん使つかはうより、またいつはりのこのこゝろみさをそむいてあだをとこけうより、この懷劒くわいけんこゝろ突殺つきころしてのけう。ぢゃによって今直いますぐにおまへなが年功ねんこう思案しあんをしてくだされ。さもなくば、このおそろしい懷劒くわいけん難儀なんぎ瀬戸際せどぎは行司ぎゃうじにして、としこう智慧ちえちから如何どうともうせぬ女一人をんなひとり面目めんもくいまこゝで裁決とりさばかす、くだされ。さ、はやなんとなとうてくだされ。わしゃはやにたい、おまへふことがなんやくにもたぬやうなら。
ロレ  まア、おちゃれ。たすかるすべおもひついたわ。必死ひっしやくのがれうためゆゑ必死ひっし振舞ふるまひをもせねばならぬ。パリスどのと祝言しうげんするよりもいっ自害じがいせうとほどたくましい意志こゝろざしがおりゃるなら、いゝやさ、恥辱はぢまぬかれうためになうとさへおやるならば、おなのぞみのためにぬるに一事あることをば多分たぶん敢行してのくることが出來でけう。敢行してのけうこゝろならすくはるゝすべさづけう。
ヂュリ おゝ、パリスどのと祝言しうげんをせうほどなら、あのたふうへからんでい、山賊やまだち跳梁はびこ夜道よみちけ、へびくさむらひそめいともはッしゃれ。ゆる荒熊あらくまと一しょにもつながれう、はかなかにも幽閉おしこめられう、から/\と骸骨がいこつむさくさ向脛むかはぎばんだあごのない髑髏しゃれかうべ夜々よる/\おほかぶさらうと。また昨日きのふ今日けふ新墓しんばか死人しびと墓衣はかぎくるまってかくれてゐよともはッしゃれ。いたばかりでも、つね身毛みのけ彌立よだったが、大事だいじみさをつるためなら、躊躇ちゅうちょせいで敢行してのけう。
ロレ  では、ちゃれ。今日けふ立歸たちかへって、うれしさうにもてなし、パリスどのとの祝言しうげん承諾しょうだくしやれ。明日あす水曜日すいえうびぢゃ。明日あすなんとかして一人ひとりでおやれ、乳母うばをもおなにはかさッしゃるな。とこにおはひりゃったら、(小さき藥瓶を取出し)このびんってこれなる藥水やくすゐをばおみゃれ。すると、やが慄然ぞっとしてねむたいやうな氣持きもち血管中けっくわんぢゅう行渡ゆきわたり、脈搏みゃくはくいつものやうではなうて、まったみ、きてをるとはおもはれぬほど呼吸こきふとまり、體温ぬくみする。ほゝくちびる薔薇ばらせて、蒼白あをじろはひかはる。まどもはたとづる、生活いのちがついれてときのやうに。どこも/\硬固しゃちこばって、つめたうなって、自在じざい活動はたらきをばうしなうて、死切しにきったやうにもえう。さて、この死切しにきったらしいすがたで四十二ときつときは、氣持きもちねむりからむるやうに、自然しねんきさッしゃらう。しかるに、翌朝あくるあさ、あの新郎殿むこどのおことむかひにとてするころは、おことちゃうんでゐる。すれば、當國このくに風習通ならはしどほりに、かほわざかくさいで、いっち晴衣はれぎせ、柩車ひつぎぐるませて、カピューレット代々だい/\ふる廟舍たまやおくられさッしゃらう。其間そのひまに、わし消息しらせで、ロミオがこの計畫けいくわくり、おことめさッしゃるまへに、此方こちることとならう。わし共々とも/″\目覺めさめまでばんをして、其夜そのようちにロミオがおことをばマンチュアへれていなう。おことこゝろさへかはらずば、女々めゝしい臆病心おくびゃうごゝろために、敢行してのくる勇氣ゆうきさへゆるまなんだら、此度このたび耻辱はぢのがれられうぞ。
ヂュリ くだされ、さ、それを。はやうそれを! おゝ、なん臆病心おくびゃうごゝろ
ロレ  まゝ、かへらしめ。(藥瓶を渡し)さらば、たくましう覺悟かくごして、首尾しゅびようこと爲遂しとげさッしゃれ。わしはまたさる法師ほふしに、おこと殿御とのごへの書面しょめんたせ、いそいでマンチュアまでりませう。
ヂュリ こひよ、わしちからをくれい! ちからさへあればことらう。……御坊ごばうさま、さらば。
左右さいうわかれて入る。

カピューレット長者ちゃうじゃさきに、おなじく夫人ふじん乳母うばならびに下人げにんかふおついて出る。
カピ長 こゝにいてあるだけの客人きゃくじん招待せうだいせい。……
かふ下人げにんはひる。おつ下人げにんむか
やい、そち料理人れうりにん老練らうれんやつを二十にんばかりやとうてい。
乙下人 御懸念ごけねんなされますな、ゆびめさせてやとひまする。
カピ長 それはまた如何どうした理由わけぢゃ?
乙下人 はて、うぬがゆびめぬやうなやつ不可いけ料理人れうりにんでござります。それゆゑゆびめぬやつ採用とりあげませぬ。
カピ長 け/\。……
おつ下人げにん入る。
必定ひつぢゃうなにかと行屆ゆきとゞかぬがちであらうわい。え、こりゃ、むすめはロレンス御坊ごばうところたか?
乳母  さよでござります。
カピ長 うゝ、御坊ごばうかげで、ちと料簡れうけんなほりをらうわい。氣儘きまゝな、沒分曉的わからずや賤婦あまっちゃめぢゃ。
ヂュリエット出る。
乳母  あれ、ぢゃううれしさうなかほして、お懺悔ざんげからかへらしゃれた。
カピ長 どうぢゃ、剛情張がうじょッぱりが? どこを漫歩ほつきあるいて? 何處どこにゐたのぢゃ?
ヂュリ とゝさまの命令おほせごとそむいた不孝ふかうつみくやむことをならうたところに。(膝まづきて)かうして平伏ひれふしてとゝさまのゆるしへいと、あのロレンスどのがはれました。どうぞ堪忍かんにんしてくだされ! これからは命令おほせつけきまする。
カピ長 それ、パリスどのをびにやって、はや此事このことらせい。明日あすあさこの縁結えんむすびをすまさうわい。
ヂュリ そのわかにロレンスどのゝ庵室あんじつうたゆゑ、をなご謹愼つゝしみさはらぬかぎりの、ふさはしい會釋ゑしゃくをしておきました。
カピ長 はて、それは重疉々々ちょうでう/\。よし/\。ちゃ/\。(ヂュリエットを扶け起し)さうなうてはならぬはずぢゃ。……ま、ともかくもわかはうわ、さうぢゃ、はて、はやひとれていといふに。……さてはや、じつ高徳かうとくのあの上人しゃうにんこの市中まちぢゅうもので、一人ひとりひとかげかうむらぬものはないわい。
ヂュリ 乳母うばや、一しょに部屋へやて、明日あすねばならぬいっ似合にあ晴衣はれぎ手傳てつだうてえらんでくりゃ。
カピ妻 木曜日もくえうびまではいそぐにおよばぬ。まだ澤山たくさんがあるがな。
カピ長 乳母うばよ、け一しょに。……明日あす教會けうくわいくことにせう。
ヂュリエットと乳母うばと入る。
カピ妻 では、準備よういをするひまもあるまい。もうやがよるぢゃ。
カピ長 なにさ/\、乃公おれ馳驅奔走かけずりまはるわさ、さすれば、大丈夫だいぢゃうぶ、どうにかなるわさ。そなたは、ヂュリエットのとこて、もの手傳てつだうてやりゃ。乃公おれ今夜こんややすむまい。はて、まかせておきゃ。今夜こんやほどは女房役にょうばうやくをせうわい。……(奧に向ひて)こりゃ、れかゐぬか!……みな出拂ではらうてしまうた。むゝ、自身じしんでパリスどのゝやしきて、明朝あす準備こゝろがまへをさせてう。こゝろがおそろしうかるうなったわい、あの我儘者わがまゝものめが改心かいしんしをったによって。
二人ふたりともに入る。

ヂュリエットをさき乳母うばいて出る。
ヂュリ あい、その晴着はれぎいっい。それはさうと、乳母うばや、今宵こよひわしをどうぞ一人ひとりかしてくりゃ。ってゐやるとほりの、執拗ねぢくれた、この罪深つみふかこゝろを、神樣かみさまゆるしてもらふため、いろ/\とおいのりをせねばならぬ。
カピューレットの夫人ふじん出る。
カピ妻 え、なんと、いそがしうおぢゃるなら、手傳てつだひませうか?
ヂュリ いゝえ、母樣かゝさま明日あすしき相應ふさはしい入用いりよう品程しなほど撰出えりだしておきました。それゆゑ、わたしにはお介意かまひなう、乳母うばはおそば夜中よぢゅう使つかくだされませ。かうした早急さっきふ取込とりこみゆゑ、さぞりますまい。
カピ妻 では、機嫌きげんよう、とこいておやすみ、それがなによりも大切たいせつぢゃほどに。
夫人ふじん乳母うばれて入る。
ヂュリ さやうなら!……またいつはるゝやら。……おゝ、總身そうみさむって、血管中けっくわんぢゅうとほおそろしさに、いのちねつ凍結こゞえさうな! いっみな呼戻よびもどさうか? 乳母うば!……えゝ、乳母うばなんやくつ? おそろしいこのは、一人ひとり如何どうあってもつとめにゃならぬ。……さア、い、びんよ。
藥瓶くすりびん取上とりあげる。
とはいへ、このくすりに、なん效力きゝめかったなら? すれば、明日あすあさとなって、結婚けっこんようでな? いや/\。……それは此劍これが(と懷劍を取り上げ)させぬ。……やい、其處そこにさうしてゐい。(と懷劍を下に置く)。……まん一、このくすり毒藥どくやくであったら? ロミオどのと縁組えんぐみさせておきながら、婚禮こんれいをさすときは、宗門しゅうもんはぢとなるによって、それでわしころさうといふふか陰謀たくみ毒藥どくやくではあるまいものでもない。いや/\、よもや其樣そのやうなこともあるまい、不斷ふだんから上人しゃうにんひとあがめられたあの法師ほふしぢゃ。……したが、はかなかてゐる時分じぶん、まだロミオがおやらぬうちに、めたらなんとせう? さア、それがおそろしい! そのあなむろ呼吸いきつまってはしまやせぬか? そのむさあななかへはきよ空氣くうき些程つゆほどかよはぬゆゑ、ロミオどのがするころにはわしんでしまうてゐねばなるまい。きてゐるやうなら……ときときところところはかはかとし埋葬所はふむりどころなんねん其間そのあひだ先祖せんぞほね填充つまってあり、まだ此間このあひだめたばかりののチッバルトもまぶれの墓衣はかぎのまゝで、さだめてくさりかけてゐるであらうし、また眞夜中まよなか幾時いくときかは幽靈いうれいるといふ……えゝ、どうしょう、めたら?……いやらしいそのにほひと、けば必然きっと狂亂きちがひになるといふあの曼陀羅華まんだらげびくやうな、すご氣味きみのわるいこゑいたら……おゝ、はやまってめた時分じぶんに、其樣そのやうおそろしい、こはいものに取卷とりまかれたら、ちがはいでをられうか? 先祖せんぞしゅうあしやを玩具もてあそびにはしはすまいか? 手傷てきずだらけのチッバルトをみどろの墓衣はかぎから引出ひきだしゃせぬか? 狂氣きゃうきあまり、きこえたさる親族うからほね取上とりあげ、棍棒ばうぎれのやうに※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)ふりまはして、われ我手わがてこの腦天なうてんをばくだきゃせぬか? あれ/\! チッバルトの怨靈をんりゃうが、細刃ほそみられた返報へんぽうをしようとて、ロミオを※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)おひまはしてゐるのがゆるやうぢゃ! あ、あれ、ってたべ、チッバルト!……ロミオ、わしぢゃ! これはおまへおもうてむのぢゃ。
藥水やくすゐ飮干のみほすとやがて眩暈げんうんしたる思入おもひいれにて、寢臺しんだいうへとばりうちたふむ。

カピューレット夫人ふじん乳母うばと出る。
カピ妻 ちゃ、乳母うばこのかぎってて、もそっと藥味やくみっててたも。
乳母  お庖厨だいどころでは、なつめ※(「木+孛」、第3水準1-85-67)まるめろれいとんでゐます。
カピューレット長者ちゃうじゃ出る。
カピ長 さゝゝゝゝ、はたらけ/\! 二番鷄ばんどりいたぞ、深夜鐘カアヒウったわ、もう三ぢゃ。こりゃアンヂェリカ、燒饅頭やきまんぢうはよいかの? 費用つひえ介意かまふな、費用つひえは。
乳母  またしてもお干渉せっかひやしゃります、さゝ、お就褥やすみなされませ。誓文せいもん明日あす病人びゃうにんにならしゃりませうぞえ、此夜こよひやしゃらぬと。
カピ長 うんにゃ、ちょっともぢゃ。はて、其前そのぜんには、もそっと些細ささいことで、いくたびも夜明よあかしをしたものぢゃが、つひ病氣びゃうきなぞになったことはいわい。
カピ妻 さいの、其時分そのじぶんにはきつ鼠捕ねずみとりであったさうな。したが、わたしが不寢ねずばんをするゆゑ、いま其樣そのやうねずみをばらすことぢゃない。
夫人ふじん乳母うばと入る。
カピ長 きをるわい、きをるわい!……
下人げにん三四にん炙串うをぐしまきてかごなどをたづさへて出る。
やい/\、そりゃなんぢゃ?
甲下人 料理番れうりばんのでござります、が、なんぢゃやらぞんじませぬ。
カピ長 いそげ/\。
かふ下人げにん入る。
やい、もそっとれたまきってい。ピーターにけ、すると、在處ありしょをばをしへるわい。
乙下人 がござりますから、薪位まきぐらゐ見附みつけまする、へい、ピーターにはおよびませぬ。
おつ下人げにん入る。
カピ長 南無三なむさん、やりをるわい。おもしろい下司野郎げすやらうめ! なんぢゃ、まきぢゃ? 乃公おれゃまた薪目まきめくらかおもうた。……はれやれ、けたわ。いまわか樂人共がくじんどもするであらう、さうせうと被言おしゃったによって。
がくきこゆる。
もうせたわ、……(奧に向ひて)乳母うば……おくよ! こりゃ、やい!……こりゃ乳母うば乳母うばといへば!
乳母うばまた出る。
さゝ、ヂュリエットをおこして、着飾きかざらせい。おれてパリスどのに挨拶あいさつせう。……さゝ、いそげ/\。婿むこどのは最早もうせたわ。いそいそげ。
みな入る。

ヂュリエットまへまゝ寢床ねどこたふしてゐる。とこにはとばりがかけてある。乳母うば出る。
乳母  ぢゃうさま! これさ、ぢゃうさま! ヂュリエットさま! ぐっすりと睡入ねいってぢゃな、ぢゃう? はて、仔羊こひつじさんえ! はて、ひいさまえ! ま、こゝなお寢坊ねばうさんえ! はて、可憐いとしぼさん! これの、おひいさま! 戀人こひびとさんえ! はてま、花嫁御はなよめごさんえ! えゝも、うんともはっしゃらぬ。もう三もんがたようでな? なりゃ一週間しうかんがたもやっしゃれ、明日あすばんとなるとらるゝことではない、あのわかがおまへかさぬとゑてぢゃ。……南無三寶なむさんぼう、ほんにまア眠込ねこんでござることぢゃ! でも是非ぜひおこさにゃならぬ。……ぢゃうさまぢゃうさま/\! そのとこなかへあのわか這入はひらしゃってもよいかや? そしたら飛起とびおきさっしゃらうがな。なんうであらうがな?(寢床の帳を開く)。ま、支度したくまでやしゃれて! 着衣したまゝで! それでまたたのかいな! どうしてもおこさにゃなりませぬわい!(ゆすぶりながら)ひいさま! ひいさま!……あゝ、かなしや! はれ、れぞくだされ、たれぞ! ひいさまがなしゃってぢゃ! おゝ、かなしや/\、うまれなんだがましであったものを! はや火酒しゃうちうってくだされ! 殿とのさまえ、おくさま!
カピューレット夫人ふじん出る。
カピ妻 ま、なんといふさわぎぢゃ?
乳母  おゝ、かなしや/\!
カピ妻 如何どうしたのぢゃ?
乳母  あれを、あれを! おゝ、かなしや/\!
カピ妻 (立寄りて)おゝ、おゝ! むすめよ、我子わがこよ、これ、きてたも、いてたも、其方そなたにゃると、わしも一しょににますわいの。れぞくだされ! ひとびゃ、ひとを。
カピューレット長者ちゃうじゃ出る。
カピ長 どうしたものぢゃ、さ、はやうヂュリエットを、殿御とのごせたに。
乳母  ひいさまはくならしゃった、なしゃりました、くならッしゃった。あら、かなしや/\!
カピ妻 あら、かなしや、むすめにました、にました、にましたわいなう!
カピ長 やッ! どれ、どこに。……やれ、かなしや! こりゃつめたいわ、しずんで、節々ふし/\固硬しゃちこばって、こりゃこのくちびるからいきはなれてから最早もうひさしい。ひろ野邊のべにもまたそのはなに、ときならぬしもりたがやうに、んでむすめ、ヂュリエット!
乳母  おゝ、かなしや/\!
カピ妻 おゝ、なさけなや/\!
カピ長 むすめうばうてかせをる死神しにがみめに、このしたしばられて、ものふことがかなはぬわい。
ロレンス法師ほふしとパリス、樂人がくじんらを引連ひきつれて出る。
ロレ  さゝ、嫁御寮よめごれう教會行けうくわいゆき身支度みじたくとゝのひましたかの?
カピ長 いかにも、きてふたゝかへらぬ支度したくが。おゝ、婿むこどの、いざ婚禮こんれいまへに、死神しにがみめが貴下こなたつま寢取ねとりをった。あれ、あのやうにはなすがたいろせたわ。死神しにがみ吾等われら婿むこ死神しにがみ吾等われら嗣子あとつぎ此上このうへ吾等われらんでなにもかも彼奴あいつれう、いのち財産しんだいなにもかも死神しにがみめにれませうわい。
パリス 今朝けさかほうれしさをば、ひさしう待焦まちこがれてをったに、此樣このやうさまようとは!
カピ妻 にくや、かなしや、あさましや、うらめしや! やすもなう※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)めぐなが年月としつきあひだにも、またと、こんななさけないがあらうかいの! たゞ一人ひとりの、可愛かはゆ一人ひとりの、大事だいじの/\祕藏兒ほんそごをば、たのしみともなぐさめともおもうてゐたを、ってゆかれてしまうたとおもへば、もう二とははれぬところへ!
乳母  おゝ、かなしや! おゝ、かなしや/\/\! こんななさけない、こんなあさましいには、わしゃつひうたことがない! おゝ、こんな! こんな! こんな! こんなうらめしい! こんないまはしい惡日あくにちは、わしゃつひぞ/\。おゝ、かなしや/\!
パリス だまされて、なかかれて、侮辱ぶじょくされて、賤蔑さげすまれて、ころされてしまうたのぢゃ。にく死神しにがみめにだまされたのぢゃ。慘酷むごい/\おのれめにはほろぼされたのぢゃ! おゝ、戀人こひゞとよ! わがいのちよ! いや/\、いのちとははれぬ、んでしまうてゐやるわが戀人こひびと
カピ長 さげすまれ、くるしめられ、にくまれて、なんつみもなうてころされてしまうたのぢゃ! あさましい惡日あくにちめ、なんおのれ吾家わがやへはをったぞ、このめでたいしきころさうとて、このめでたいしきころさうとて! おゝ、むすめよ! おゝ、むすめよ! むすめどころかい、わが靈魂たましひよ! 其方そなたにゃった! あゝ、あゝ! むすめんでしまうた、むすめねばおれたのしみも最早もうえたわ。
ロレ  しづまりめされ! 如何どうしたものぢゃ! おこってしまうたさわぎは、さわげばとてをさまるものではない。そも/\この娘御むすめごてん貴下こなた兩有りゃうもちぢゃ、いまてん獨有ひとりもちとなったは娘御むすめごためには幸福しあはせ貴下こなた有分もちぶんるといへばらぬわけにはゆかぬが、てんぶん永劫えいごふ不滅ふめつぢゃ。娘御むすめご出世しゅっせねがひ、その昇進しょうしんをば此世このよ天國てんごくともおもはしゃった貴下こなたが、只今たゞいま娘御むすめごくもうへまこと天國てんごく昇進しゃうしんせられたのを、なんとしてなげかしゃるぞ! おゝ、やすらかにならしゃれたを、其樣そのやう取亂とりみだして悲嘆なげかしゃるは、たゞしうあいさっしゃる所以ゆゑんい。こんしてじゅなるはかならずしも良縁りゃうゑんならず、こんして夭折えうせつす、かへって良縁りゃうえん。さ、なみだかわかして、迷迭香まんねんくわう死骸なきがら※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)はさましゃれ。そして習慣通ならはしどほり、いっ晴衣はれぎせて、教會けうくわいおくらっしゃれ。なみだとどめあへぬはおろかじゃう自然しぜんなれども、理性りせいまなこからは笑草わらひぐさでござるぞよ。
カピ長 婚儀こんぎためにと準備よういした一さい役目やくめへて葬儀さうぎよういはひのがくかなしいかね、めでたい盛宴ちさう法事ほふじ饗應もてなしたのしい頌歌しょうかあはれな挽歌ばんか新床にひどこはなはふむ死骸なきがらようつ。何事なにごとも、みなうらはら。
ロレ  おくらせられい。……内室おくがたも一しょにらせられい。……パリスどのにも。……いづれも亡姫なきひめ隨行ともをして墓場はかば準備したくをなされ。こりゃなに仔細しさいあっててんのおとがめ、此上このうへ天意てんいさからうて、ゆめ/\御赫怒みいかりをばまねかせらるゝな。
皆々みな/\入る。樂人がくじんらと乳母うばのこる。
甲樂人 こりゃ最早もう樂器がくきをしまうてかへってもよいであらう。
乳母  ほんに、御苦勞ごくらうでござったが、ま、しまはッしゃれ/\。してようもない「こと」になったのぢゃわいの。
乳母うば入る。
甲樂人 成程なるほど御道理ごもっともでござります、したが、いま如何どうにかなる「こと」でござりませう。
ピーターる。
ピータ 樂人がくじんさん、おゝ、樂人がくじんさん、「こゝろなぐさめ、こゝろなぐさめ」。乃公おいら陽氣やうきにさせてくれるなら、たのむ、かせてくれ、れいの「こゝろなぐさめ」を。
甲樂人 何故なぜこゝろなぐさめ」をでござります?
ピータ はて、樂人がくじんさん、何故なぜうて、いま乃公おれこゝろなかでは「わしこゝろ悲哀かなしみに……」がはじまってゐる最中さいちゅうぢゃ。ぢゃによって、なに可笑をか悲哀なさけなやつをばかせてくりゃ、乃公おれ怏々くさ/\してかなはぬによって。
甲樂人 いや、滅相めっさうな、そんな氣分きぶんぢゃござりませぬ。
ピータ いやぢゃと被言おしゃるか?
甲樂人 さやう。
ピータ よいわ、いまい、身體中からだぢゅう鳴響なりひびくやうに支拂しはらうてくれうぞ。
甲樂人 なに支拂しはらはッしゃります?
ピータ かねぢゃいぞ、輕蔑べっかっこうをぢゃ。太鼓持扱たいこもちあつかひにしてくれるわ。
甲樂人 すれば、此方こちこなたをば從僕扱さんぴんあつかひにしてくれう。
ピータ すれば、その從僕さんぴんさまのお帶劍こしのもの汝等ぬしら賤頭どたませてくれう。(短き鈍劍を拔いて揮り※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)し)これ、大概たいがい大言ぶう/\めぬと、その太鼓面たいこづらはりまげてつちなかめりこますぞよ、は如何どうだ?
甲樂人 それ、そのめったはったりが音樂ぶう/\(律呂)とふものぢゃ。
乙樂人 もし/\、もう加減かげんその鈍劍なまくらしまはっしゃれ、駄洒落だしゃれ最早もうぬきにさっしゃれ。
ピータ なんぢゃ、けんしまうて洒落しゃれけ? よし! すれば、名劍めいけんしまうて名洒落めいじゃれ打挫うちひしいでくれう。さ、をとこらしう試合しあうてい。
(歌ふ)するど悲愁かなしみこゝろいた
  我胸わがむね堪難たへがたしづめるとき
  其時そのとき音樂おんがくぎん調しらべは……
何故なぜぎん調しらべ」ぢゃ? 何故なぜ音樂おんがくぎん調しらべ」ぢゃ?……猫腸絃子サイモン・キャトリングどん、さ、なんとぢゃ?
甲樂人 はて、ぎん音色ねいろすからでござります。
ピータ 中等ちゅうぢゃな!……三絃胡弓子ヒュー・レベックどん、足下おぬしは?
乙樂人 ぎん調しらべふのは、はて、樂人がくじん賃銀ちんぎんもうくるからぢゃ。
ピータ これも中等ちゅうぢゃ!……提琴柱子ヂェームズ・サウンドポストどん、足下おぬしは?
丙樂人 わし如何どううてよいからぬ。
ピータ ほい、眞平御免まっぴらごめんなれぢゃ。足下おぬし唄方うたかたであったものを。乃公おれかはってはう。そも/\「音樂おんがくぎん調しらべ」とっぱ、はて、とかく樂人がくじん金貨にはうありつかぬからぢゃ。
(歌ふ)其時そのとき音樂おんがくぎん調しらべ
  たちまち欝結むすぼれし憂思おもひく。
ピーターうたひながら入る。
甲樂人 なんといふうるさやつぢゃ彼奴あいつは!
乙樂人 はッつけ野郎やらうめ!……さ、おくて、會葬者くわいさうじゃるまでってゐて食事もてなしにありつかう。
みな入る。
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ロミオ出る。
ロミオ たのもしらしいゆめつげまことならば、やがてよろこばしい消息たよりがあらう。わがむねぬし(戀の神)もいと安靜やすらかに鎭座ちんざめされた、さればいつになくうれしうて/\、がな一日ひとひこゝろかるゝ。おれんでゐると、ひめて、おれくちびる接吻せっぷんしていのちいき吹込ふきこんでくれたとた……んだもの思案しあんするとは不思議ふしぎゆめ!……すると、やが蘇生いきかへって帝王ていわうとなったゆめ。あゝ/\! こひ影坊師かげばうしでさへ此位このくらゐうれしいとすると、げられたまことこひは、まア、どんなにたのしからうぞ?
ロミオの下人げにんバルターザー長靴ながぐつ旅裝りょさうにて出る。
や、※(濁点付き片仮名ヱ、1-7-84)ローナからの音信たよりぢゃ! どうぢゃ、バルターザー! 御坊ごばうからの消息たよりかったか? ひめ如何どうぢゃ、父上ちゝうへ御無事ごぶじか? ヂュリエットはなにとしておゐやる? づ、それをかう、ひめさへ安穩あんのんなら何事なにごと大事だいじないわい。
バル  すれば、何事なにごと大事だいじござりませぬ、ひいさまは御安穩ごあんのんにカピューレット代々だい/\のお墓所はかどころにおやすみ、ちぬ靈魂みたま天使てんしがたと一しょにござります。手前てまへひいさまが御親類ごしんるゐがたのお廟所たまやらせらるゝをるやいなや、驛馬はやうま飛乘とびのっておらせにまゐりました。此樣このやうしいお使つかひ命置おほせおかせられた役目やくめゆゑでござります、御免ごめんなされませい。
ロミオ そりゃまことか?……おのれ、うらめしい運星うんせいめら!……おれ宿やどってゐような。ふでかみとをれて、そして驛馬はやうまをもやとうてくれ。今宵こよひのうちに出發たうわ。
バル  まゝ、おこらへなされませい、いかうおいろあをざめて、物狂ものぐるほしげな御樣子ごやうす、ひょんなことでもあそばしさうな。
ロミオ 馬鹿ばかな、なんの、そんなことを! おれには介意かまはいで吩咐いひつくることをせい。御坊ごばうからの書状しょじゃうかったか?
バル  いえ、ござりませぬ。
ロミオ よし/\。はやて、うまどもをやとうてくれ、やがてはう。
バルターザー入る。ロミオひとりのこる。
はて、ヂュリエット、今宵こよひは一しょにようぞ。……そこで、その方法てだてぢゃが……おゝ、害心がいしんよ、てもはやはひってをるなア、絶望ぜつばうしたものむねへは!……おもすはあの藥種屋やくしゅや……たしか此邊このあたりんでゐるはず……いつぞやをりは、襤褸つゞれて、藥草類やくさうるゐってをったが、かほ痩枯やせがれ、眉毛まゆげおほかぶさり、するどひんけづられて、のこったはほねかはまづしい店前みせさきにはおほがめ[#「(口+口)/田/一/黽」、202-2]かふわに剥製はくせい不恰好ぶかっかううをかはつるして、周圍まはりたなには空箱からばこ緑色りょくしょくつちつぼおよ膀胱ばうくわうびた種子たね使つかのこりの結繩ゆはへなは乾枯ひからびた薔薇ばらなどを口實いひわけほどに取散とりちらして貧羸みすぼらしうかざった店附みせつきそのまづしさをるまゝに、おもはず獨語ひとりごって、このマンチュアでどくれば、すぐにもいのちらるれども、しもどくしければりさうなのは此奴こいつめ、とおもうたが、今日けふあるらせであったまで。むゝ、あの貧人ひんじんから是非ぜひどくもとめうわい。……なんでもへんであった。祭日さいじつゆゑ貧乏店びんばふみせしまってある。……いや、なう/\! 藥種屋やくしゅやはおりゃるか?
藥種屋やくしゅや出る。
藥種屋 かしましうばッしゃるはたれぢゃ?
ロミオ ま、こゝへやれ。かうたところ不如意ふにょいさうな。こりゃ此處こゝに四十りゃうある、わし毒藥どくやくを一もんめほどってくりゃれ、すぐ血管けっくわん行渡ゆきわたって※(「厭/(餮−殄)」、第4水準2-92-73)あきはてた飮主のみぬし立地たちどころなすやうな、また射出うちだされた焔硝えんせうおそろしい大砲たいはう胴中どうなかからはげしうきふはしるやうに、いきをばこの體内みうちから逐出おひだしてくれるどくしい。
藥種屋 されば、其樣そのやう大毒藥だいどくやくをばたくはへてはをりまするが、マンチュアの御法度ごはっとでは、ったりゃ、いのちがござりませぬ。
ロミオ 其樣そのやうまづしうあさましうくらしてゐても、おぬしぬるのがおそろしいか? うゑほゝに、逼迫ひっぱくに、侮辱ぶじょく貧窮ひんきうかゝってある。無情つれなこの浮世うきよ法度はっとはあっても、つゆおぬしためにはならぬ。ならば、ひんまもるにもおよばぬ。法度はっとをかしてこれりゃれ。
藥種屋 こゝろすゝみませねど、貧苦ひんくめがお言葉ことばしたがひまする。
ロミオ 此方こちその貧苦ひんくにこそはらへ、こゝろにははらはぬわい。
藥種屋 (藥瓶を渡しながら)これをばおこのみの飮料いんれうれてませられい。たとひ二十人力にんりきおじゃらしませうとも、立地たちどころ片附かたづかッしゃりませう。
ロミオ この黄金こがねつかはすぞ、これこそはひとこゝろ大毒藥だいどくやくぢゃ、おぬしりかぬるこの些末さまつなる藥種やくしゅよりもこの濁世ぢょくせでははるかおそろしい人殺ひとごろしをするもの。おぬしではうてわしこそはどくるのぢゃ。さらば。食物たべものもとめてにくけたがよい。……(行きかけて藥瓶を見て)どくではない興奮劑きつけぐすりよ、さア一しょに、ヂュリエットのはかい、あそこでそち使つかはにゃならぬ。
二人ふたりともに入る。

フランシスそうヂョン出る。
ヂョン フランシスしゅう御僧おんそうはゐさしますか! なう/\、御坊ごばう
ロレンス法師ほふし出る。
ロレ  あれはヂョンばうこゑぢゃ。……さてようこそおもどりゃったマンチュアから。してロミオはなん被言おしゃった? ふでものせられたならば、その書面しょめんせやれ、
ヂョン いやの、同伴者どうばんしゃ連立つれだたうとて、同門跣足どうもんせんそくある御坊ごばうたづねて、まちある病家びゃうかをお見舞みまやってゐるのにうたところ、まち檢疫けんえき役人衆やくにんしゅう兩人ふたりながら時疫じえきうちにゐたものぢゃとうたがはれて、戸外そとることをとゞめられた、それゆゑマンチュアの急用きふよう其場そのばめられてしまうたわいの。
ロレ  すればたれってんだぞ、ロミオへのわし書状しょじゃうは?
ヂョン はて、とゞけることをうせなんだのぢゃ。……これ、此通このとほってもどった。……此庵こちとゞけうとおもうてもな、みな傳染でんせんこはがりをるによって、使つかひをとこさへもやとへなんだわいの。
ロレ  はれ、それは物怪もっけ不運ふうんの! 眞實しんじつ重大ぢゅうだい容易ようゐならぬ用向ようむきその書面しょめん、それが等閑なほざりになったうへは、どのやうな一大事だいじ出來でけうもれぬ。御坊ごばうよ、はやて、何處どこぞで、鐵梃かなてこ才覺さいかくして、いそいで此處こゝってくだされ。
ヂョン うゝ、すれば、持來もてこう。
ヂョンばう入る。
ロレ  此上このうへは、そっと墓所はかしょまでかねばならぬ。この三時みときあひだに、ヂュリエットはさまさう。始終しじゅうをロミオにらせなんだとおりゃったらさぞわしうらむであらう。したが、マンチュアへはあらためて書送かきおくり、ロミオがおやるまでは、ひめ庵室あんじつにかくまっておかう。不便ふびんや、きたむくろとなって、死人しにんはかなかうもれてゐやる!
ロレンス入る。

パリスさきに、侍童こわらはいて、草花くさばな炬火たいまつとをたづさへてきたる。
パリス 侍童わらはよ、その炬火たいまつをおこせ。彼方あちて、つッとはなれてゐい。……いや、それをせ、人目ひとめかゝりたうない。あの水松いちゐしたで、長々なが/\よこになって、このほらめいたうへひたみゝけてゐい、あなるので、つちゆるんで、やはらいでゐるによって、めばすぐ足音あしあときこえう。したら、ひとたといふらせに、口笛くちぶえかうぞ。そのはなもおこせ。吩附いひつけたやうにせい、さ。
侍童  (傍を向きて)こんな墓原はかはら一人ひとりってゐるのはこはらしい、が、ま、やってよう。
侍童こわらは※(「蔭」の「陰のつくり」に代えて「人がしら/髟のへん」、第4水準2-86-78)ものかげ退さがる。
パリス (廟の前へ進みて)なつかしいはな我妹子わぎもこはなこの新床にひどこうへいて……あゝ、天蓋てんがいいし土塊つちくれ……そのいた草花くさはな夜毎よごとかほみづそゝがう。しそれがきたなら、なげきにしぼわしなみだを。和女そもじへの夜毎よごと手向たむけは、かうしてはないてくことぢゃわい。
此時このとき侍童こわらはあなたにて口笛くちぶえく。
むゝ、侍童こわらはめがなにたとらせをる。いま/\しい、何者なにものであらう、今頃いまごろ此邊このあたり彷徨さまようて、おれ眞情まごゝろ囘向ゑかうをばさまたげをる。や、炬火たいまつってるわ!……よるよ、ちっとのおれつゝんでくれい。
パリス退さがる。
ロミオさきに、バルターザー炬火たいまつ鶴嘴等つるはしとうたづさへて出る。
ロミオ その鶴嘴つるはし鐵梃かなてこ此方こちへ。こりゃ、この書状しょじゃうをば、明日あすはや父上ちゝうへとゞけてくれ。その炬火たいまつをこちへ。さて、しか申附まうしつくる、如何いかこと見聞みきゝせうとも、こと/″\立離たちはなれ、わし仕事しごと妨碍さまたげをばすまいぞよ。わしたまやりるは、ひめかほようがためでもあるが、それよりもひめけたたふと指輪ゆびわある大切たいせつよう使つかはうため取外とりはづしてるのがおも目的もくてきぢゃによって、はやね。うたがうて立戻たちもどり、わし所行しょぎゃううかゝひなどいたさうなら、てん照覽せうらんあれ、おのれが四たい寸々すん/″\切裂きりさき、くことをらぬこのはかこやすべくらさうぞよ。時刻じこく時刻じこくゆゑ、おれこゝろ殘忍ざんにん兇暴きょうばうゑたるとら鳴渡なりわた荒海あらうみよりもたけしいぞよ。
バルタ はい/\、立去たちさりまする、お妨碍さまたげつかまつりませぬ。
ロミオ それでこそわしへの忠節ちゅうせつ。これをれ。(と金子を與へ)末長すゑながうめでたうくらせ。さらばぢゃ。
バルタ (傍を向きて)あゝははせられるが、ま、此邊このあたりにかくれてゐよう。おかほいろ心懸こゝろがゝり、おこゝろうちうたがはしい。
※(「蔭」の「陰のつくり」に代えて「人がしら/髟のへん」、第4水準2-86-78)ものかげ退さがる。
ロミオ (廟の前に進みて)おのれ母胎ぼたいめ、またとない珍羞ちんしゅうむさぼひをったにッくめ、おのれくさったあぎとをば、まッのやうに押開おしひらいて、(と廟の扉をぢあけながら)おのれへの面當つらあてに、無理むり食餌ゑぢき填充つめこまう。
廟扉べうひひらく。
パリス ありゃ追放つゐはうされた高慢かうまんなモンタギューめぢゃ。彼奴あいつ從兄いとこころしたゆゑ、うつくしい戀人こひゞとが、愁歎しうたんあまりにおにゃったといふこと。こゝへをったは、死骸しがい侮辱はづかしめくはへようためでがな。とらへてくれう。……やい、モンタギューめ、破廉恥はれんち所行しょぎゃうめい。うらみ死骸むくろにまでおよぼさうとは、墮地獄だぢごく人非人にんぴにんめ、引立ひきたつる、尋常じんじゃういてい。けてはおかぬぞ。
ロミオ いかにも、きてをられぬぢゃ。なればこそ此墓こゝへはた。いやなう、わか命知いのちしらずのもの手出てだしをなさるな。はやうおげなされ。この亡者達もうじゃたちことおもうておそれたがよい。わし腹立はらだたせて、また罪惡ざいあくをかさせてくださるな。おゝ、はやなしゃれ。眞實しんじつわし自分じぶんよりも足下おぬし可愛いとしうおもうてゐる、わし自殺じさつをしようと覺悟かくごして此處こゝものであるにって。さゝ、はやなしゃれ。生存いきながらへて、後日ごじつ自分じぶんは、狂人きちがひ仁情なさけで、あやふところたすかったとおひなされ。
パリス どうたのまうともかぬわい。重罪人ぢゅうざいにんとして引立ひきたつるは。
ロミオ ではおれいからすか? ならば、覺悟かくごせい!
二人ふたりけんいてたゝかふ。
侍童  大變たいへんぢゃ、たゝかうてぢゃ! はや夜番よばんしゅうんでよう。
侍童こわらは入る。此中このうちにパリスうてたふるゝ。
パリス おゝ、しまうた!……仁情なさけがあるならべうひらいてヂュリエットと一しょにうづめてくれい。
パリス息絶いきたゆる。
ロミオ おゝ、承引しょういんしたぞ。……おもてしらべてよう。……マーキューシオーの親戚しんせきのパリス殿どのぢゃ! うまって途中とちゅう家來けらいめがなんとかうた、こゝろみだれてゐていてはゐなんだが? ヂュリエットとこのパリスとが婚禮こんれいをするはずであったとかうた。いや、さうははなんだか? ゆめか? いまがたパリスが、ヂュリエットのことうたゆゑ、それで此樣こんなことをおもふのか? このこゝろくるうたか?……おゝおをおこしゃれ、薄運はくうん名簿めいぼうちに、おれならがきにせられた足下おぬしぢゃ! わしいまめてしんぜよう名譽めいよはかに。はかか? いや/\、こりゃはかではない、あかまどぢゃ、なア、足下きみ。はて、ヂュリエットがるゆゑに、その艶麗あてやかさで、このあなむろひかかゞや宴席えんせきともゆるわい。……死人しにんどのよ、死人しにんめられて、其處そこやれ。
パリスの死骸しがいべうなかよこたへる。
ひとやゝもすれば、その最期いまはこゝろかるゝ! それを看護人かんごにんぬるまへ電光いなづまんでゐる。おゝ、これが電光いなづまはれようか?……おゝ、戀人こひびとよ! 我妻わがつまよ! そなたいきみつつくした死神しにがみも、そなた艶麗あてやかさにはたいでか、その蒼白あをじろ旗影はたかげはなうて旗章はたじるしあざやこのくちびるこの兩頬りゃうほゝ。……おゝ、チッバルト、足下おぬし其處そこにゐるか、みたまゝで? まだ嫩若うらわか足下おぬし眞二まッぷたつにしたそのおなで、たうかたき切殺きりころしてしんぜるが、せめてもの追善つゐぜんぢゃ。從兄いとこどの、ゆるしてくれい。……あゝ、こひしい、なつかしい、ヂュリエット、なんとして今尚いまなうも艶麗あてやかぢゃ? しやかたちのない死神しにがみそなた色香いろかまようて、あのほねばかりの怪物くわいぶつめが、おの嬖妾おもひものにしようために、この黒闇くらやみかこうておくのではないからぬ。それが氣懸きがゝりゆゑ、おれゃもうけっしてこのやみやかたはなれぬ。そなた侍女こしもと蛆共うじどもと一しょにおれ永久いつまで此處こゝにゐよう。おゝ、いまこゝで永劫安處えいがふあんじょはふさだめ、憂世うきよ※(「厭/(餮−殄)」、第4水準2-92-73)てたこの肉體からだから薄運ふしあはせくびき振落ふりおとさう。……よ、よ、これが最後なごりぢゃぞ! かひなよ、け、これが最後なごりぢゃ! おゝ、いきくちびるよ、ひといのち長永とこしなへ買占かひしむる證文しょうもん天下てんがれた接吻せっぷん奧印おくいんせよ!……(毒藥の瓶を取り出し)さ、い、にがい、みぐるしい案内者あんないじゃよ! やい、命知いのちしらずの舵手かんどりよ、くるしいうみつかれたこの小船こぶねを、はや巖礁角いはかど乘上のりあげてくれ!……さ、戀人こひゞとに!(と飮む)。おゝ、眞實しんじつあの藥種屋やくしゅや效力きゝめたちまち……かう接吻せっぷんしておれぬるわ。
ヂュリエットへかさなるやうにして息絶いきたゆる。
此時このとき、一ぱうへロレンス法師ほふし提燈ちゃうちん鶴嘴つるはし鋤等すきとうたづさへてきたる。
ロレ  南無なむやフランシス上人しゃうにんまもらせられい! はれ、けったいな、今宵こよひこの老脚らうきゃくいくたび墓穴はかあな蹉躓けつまづいたことやら!……れぢゃ、そこにゐるのは?
バルタ しうはもの貴僧こなたぞんじてをるものでござる。
ロレ  ほい、其許そのもとか! さらばはうが、あしこのあの炬火たいまつは、ありゃなんでおじゃる、蛆蟲うじむし髑髏どくろむなしうてらすあのひかりは? かうたところ、カペル廟舍たまやまへぢゃが。
バルタ 其通そのとほりにござります。あそこに主人しゅじんられまする、御坊ごばう可憐いとしうおもはせらるゝ。
ロレ  とはれぢゃ?
バルタ ロミオさまでござります。
ロレ  え、こゝへまゐられてひさしいか?
バルタ 半時餘はんときあまりになりまする。
ロレ  なりゃ墓穴はかあなまで一しょにおじゃれ。
バルタ いや、ぼくきませぬ。主人しゅじんわたくしをばはやんだとのみおもうてをられます。しも此處こゝとゞまって樣子やうすなどうかゞはうならば、斬殺きりころしてのけうと、おそろしい見脈けんみゃくおどされました。
ロレ  ならば、此處こゝにござれ。わしひとりかう。はて、氣懸きがゝりになってたわ。おゝ、こりゃなに不祥ふしゃうこと出來しゅつらいしたのではいからぬまでい。
バルタ 最前さいぜんこの水松いちゐかげ居眠ゐねむってゐますうちに、ゆめうつゝに、主人しゅじんとさるひととがたゝかうて、主人しゅじん其人そのひとをばころしたとました。
ロレンスはべうはうすゝむ。
ロレ  ローミオー! あら、あら、何事なにごとぢゃこの血汐ちしほは、これ、この廟舍たまや入口いりくちいしめたこの血汐ちしほは? ぬしもないこのつるぎは? 此樣このやう平和へいわ場所ばしょまぶれにしててゝあるは、こりゃなんとしたことであらう?
べうなかすゝる。
や、ローミオー! おゝ、いろ蒼白まッさを!……ほかにもたれやら? や、パリスどのまで? あまつさへ血汐ちしほひたって?……あゝ/\、なんといふ無慚むざん時刻じこくぢゃ、如是こんなあさましいことをば一とき爲出來しでかすとは!……や、ひめ身動みうごきやる。
此時このときヂュリエットひらく。
ヂュリ おゝ、うれしや御坊樣ごばうさまか! 殿御とのご何處どこにぢゃ? どこおぼえてゐる、おゝ、さうぢゃ、そこへわしてゐるのぢゃ?
ロミオは何處どこにぢゃ?
おくにて多勢おほぜい人聲ひとごゑする。
ロレ  人聲ひとごゑがする。……こりゃひめよ、ま、はやてござれ、そこは疫癘えきれい無理むり睡眠すゐみん宿やどぢゃほどに。人間以上にんげんいじゃうちからため折角せっかく計畫はかりごとみなやぶれた、さ、はやうござれ。和女そもじ殿御とのごは、それ、其處そこ胸元むなもとにおにゃってぢゃ。パリスどのもぢゃ。さゝ、尼御達あまごたち仲間中うちへ、たのうで和女そもじれておかう。あれ、夜番よばんるわ、委細ゐさいことあとで/\。さゝ、ヂュリエット、ござれ/\。わしゃもう此處こゝにはうをらぬわ。
ロレンス狼狽うろたへて入る。
ヂュリ さ、はやいなしゃれ、わしいなぬほどに。……こりゃなんぢゃ? 戀人こひゞとにぎりゃったはさかづきか? さてはどくんで非業ひごふ最期さいごをおやったのぢゃな。……まア、あたじけない! みんんでしまうて、いてかうわたしためたゞてきをものこしておいてはくれぬ。……おまへくちびるはうぞ。どくがまだのこってたら、それこそはかりいのちからまこといのちかへらする大妙藥だいめうやく!……まだぬくい、おまへくちびる
とロミオの死骸しがい接吻せっぷんする。
此時このときおくにてまた多勢おほぜい人聲ひとごゑする。
番甲  (奧にて)案内あんないせい。どちらぢゃ。
ヂュリ や、人聲ひとごゑ? なりゃ、片時へんしはやう。……おゝ、うれしや、短劍たんけん!(ロミオが佩びたる短劍を取りて)さ、さやはこゝに。(と胸を貫き)そこに居附ゐついて、わしなせてくれ。
いきゆる。
夜番よばんものかふおつへい其他そのた多勢おほぜいパリスの侍童こわらは案内者あんないじゃにして出る。
侍童  こゝぢゃ。あの炬火たいまつえてをるところがそれぢゃ。
番甲  此邊このあたりだらけぢゃ。墓場はかば界隈かいわいさがさっしゃい。さゝ、つけ次第しだいに、かまうたことはい、引立ひきたてめさ。
二三にん入る。
はれ、無慚むざんな! こゝに若殿わかとのころされてござる、のみならず、二日ふつかはふむられてござったヂュリエットどのが、ついいまがたなっしゃれたやうにながして、ぬくいまゝで。……れぞはや御領主樣ごりゃうしゅさまへ。カピューレットどのゝやしきへもはしった。モンタギューどのをおこしてい。あとものは、さがせ/\。
夜番頭よばんかしらかふのみのこりて皆々みな/\入る。
不運ふうん人達ひとたちておりゃる地盤グラウンドだけはえるが、この不運ふうんほん原因グラウンドは、ようしらべてぬうちはわからぬわい。
夜番よばんおつほか一二にんバルターザーを引立ひきたてゝ出る。
番乙  これはロミオどのゝ家來めしつかひでおりゃる。墓場はかば見付みつけました。
番甲  殿とのさまのわたらせらるゝまで、にがさぬやうにまもってござれ。
夜番よばんものへい、ロレンス法師ほふし引立ひきたてゝ出る。
番丙  これなる老僧らうそうは、ふるへながら溜息といきき、なみだながしてをりまする。只今たゞいま墓場はかばからまゐるところを取押とりをさへて、これなるすき鶴嘴つるはしとを取上とりあげました。
番甲  いか胡散うさんな。そのぼうずをもめておかっしゃい。
領主りゃうしゅ多勢おほぜい從者じゅうしゃ引連ひきつれて出る。
領主  あさまだきに如何いかなる珍事ちんじ出來しゅったいしたのぢゃ、ゆめおどろかして呼出よびいだすは?
カピューレット長者夫婦ちゃうじゃふうふ其他そのた出る。
カピ長 なんとしたことぢゃ、街上そとにて人々ひと/\わめつるは?
カピ妻 往來わうらい人々ひと/″\は、あるひはロミオとび、あるひはヂュリエット、あるひはパリスとびかはして、聲々こゑ/″\わめて、吾屋わがや廟屋たまやへといそぎまする。
領主  吾等われらみゝおどろかす變事へんじとは何事なにごとぢゃ?
番甲  申上まうしあげまする、こゝにパリスさまころされてさせられます、またロミオにも、また其以前そのいぜん死去みまかりましたはずのヂュリエットにも、體温ぬくもりのあるまゝ、あたらしくころされてをられまする。
領主  あくまでもつくしてこの虐殺ぎゃくさつ所因しょいんしらべい。
番甲  これにをりまする老僧らうそう、またころされましたるロミオのしもべにんいづれもはかあばきまするに屈竟くっきゃう道具だうぐをばたづさへてをりまする。
カピ長 やゝ、これは! おゝ、我妻わがつまよ、あれ、さしませ、愛女むすめ體内みうちからながるゝ! えゝ、このけん住家すみかをば間違まちがへをったわ。こやつがむべきモンタギューがこしなる宿やど裳脱もぬけからで、無慚むざんや、愛女むすめむねさや
カピ妻 おゝ、かなしや! このいたましい死樣しにざまは、いゆく此身このみをばはかいそがす死鐘しにがねぢゃ。
モンタギュー長者ちゃうじゃ其他そのた出る。
領主  さ、こゝへ、モンタギュー。ときならずはや起出おきいでめされたが、るものは、ときならずはや息子むすこどのゝ寐姿ねすがたぢゃ。
モン長 なう、なさけなや、我君わがきみ! 我子わがこ追放つゐはう歎悲なげきあまりにおとろへて、つま昨夜やぜん相果あひはてました。なほ此上このうへにも老人らうじんをさいなむは如何いかなる不幸ふかうぢゃ。
領主  あれ、あれをおゃれ[#「おゃれ」はママ]
モン長 おゝ、おのれ不所存者ふしょぞんものめが! ちゝ押退おしのけてさきはかはひらうとは、なんといふ作法知さはふしらずぢゃ、おのれ
領主  暫時しばらく叫喚けうくわんくちぢよ、この疑惑ぎわくあきらかにしてその源流げんりう取調とりしらべん。しかのち、われ卿等おんみら悲歎なげきひきゐて、かたきいのちをも取遣とりつかはさん。づそれまでは悲歎ひたんしのんで、この不祥事ふしゃうじ吟味ぎんみしゅとせい。……嫌疑けんぎ徒輩ともがら引出ひきだせ。
ロレ  手前てまへこそは、力量りきりゃういっ不足ふそくながら、ときところ手前てまへ不利ふりでござるゆゑ、このおそろしい殺人ひとごろしだいばん嫌疑者けんぎしゃでござりませう。只今たゞいま此處これにてのろはるべくもあり、ゆるさるべくもある手前てまへ所行しょぎゃう告發こくはつもし、辯解べんかいつかまつりませう。
領主  さらば、そちぞんじをるかぎりをまうせ。
ロレ  手短てみじかまうしませう、くだ々しうまうさうにはいのち覺束おぼつかなうござりまする。……そこにおにゃったるロミオこそはヂュリエットがたゞしいをっと、またそこにおにゃったるヂュリエットこそはそのロミオが貞節ていせつなる宿やどつま二人ふたりめあはしたは手前てまへ。また二人ふたり内祝言ないしうげんはチッバルトどのゝ大厄日だいやくじつ非業ひごふ最期さいごもととなって新婿にいむこどのには當市たうしかまひのうへとなり、ヂュリエットどのゝ悲歎ひたんたね、さうとはらずチッバルトどのをおなげきゃるとのみ思召おぼしめされ、そのなげきのぞかうとてパリスどのへ無理強むりじひの婚禮沙汰こんれいざた其時そのときひめ庵室いほりへわせられ、この祝言しうげんのがるゝ手段すべをしへてくれい、なくば此處こゝ自害じがいすると半狂亂はんきゃうらん面持おもゝち是非ぜひなく、自得じとくはふにより、眠劑ねむりぐすりさづけましたところ、あんごとくに效力きゝめありて、せるにひとしきその容態ようだい手前てまへ其間そのあひだ書状しょじゃうして、藥力やくりきつくるは今宵こよひひめをばかり墓所はかしょより、きたりてすくされよ、とロミオかたまうりしに、使僧しそうヂョンとまうもの不慮ふりょことにて抑留ひきとめられ、夜前やぜんそのしょ持歸もちかへってござりまするゆゑ、目覺めざめなばさぞ當惑たうわく、とひめすくいださんため、たゞ一人ひとりにてまゐりしは、ひそか庵室いほりにかくまひおき、後日ごじつをりて、ロミオへおくとゞけん存念ぞんねんしかるにまゐれば、ひめ目覺めざむるすこしき前方まへかた非業ひがふ最期さいごはパリスどのとロミオどの。其中そのうちひめ目覺めざ[#「目覺めざめ」は底本では「目覺めさめ」]しゆゑ、てんせるわざ是非ぜひおよばず、ともかくてござれ、とすゝむるうちに、ちかづく人聲ひとごゑわれらおどろ逃出にげいでましたが、絶望ぜつばうあまりにや、ひめつゞいてまゐりもせず、やがて自害じがいいたしたと相見あひみえまする。手前てまへぞんじをりまするは是限これぎり。内祝言ないしうげん乳母うば承知しょうちはず何事なにごとにまれ、われら不埓ふらち御檢斷ごけんだんあそばれうならば、餘命よめい幾何いくばくもなき老骨らうこつ如何いか御嚴刑ごげんけいにもしょせられませう。
領主  つね足下おぬしをばたゞしいそうしんじてをったわ。……ロミオのしもべ何處いずこにをる? れは此儀このぎたいしてなんまうすぞ?
バルタ わたくしめは、ヂュリエットさま死去しきょことをば、マンチュアの主人方しゅじんがたつたへましたるところ、主人しゅじんすぐ驛馬はやうまにて、彼處かしこから御廟所ごべうしょまでまゐられ、はかはひられまするまへに、この書面しょめんあさはや親御樣おやごさまわたしてくれいとまうされ、すみやかに此處こゝ立去たちさらずばころしてしまふぞとおどされました。
領主  その書面しょめんようわ。これへ。……して、夜番よばん呼起よびおこしたはく侍童こわらはとやらは何處どこる?……こりや[#「こりや」はママ]其方そち主人しゅじん此處このところへはなにしにわせたぞ?
侍童  御方おんかたはかまかうとてはなってわせられました。とほくへはなれてゐいとおほせられましたゆゑ、わたくしはさやういたしました。やがて燈火あかりったひとがわせて、はかひらかうとやしゃるやいな、御主人ごしゅじんけんかしゃれました。それでわたくし走出かけいだして夜番よばんしゅうびました。
領主  この書面しょめんにてそう申條まうしでうあかりったり、情事じゃうじ顛末てんまつをんな死去しきょ報告しらせまた貧窮ひんきうなる藥種屋やくしゅやより毒藥どくやく買求かひもとめてそれを持參じさんし、此處これなるをんなはかなかにて自殺じさつなさん底意そこいまで、明白めいはく相成あひなったわ。……仇敵同士かたきどうしいづれにあるぞ? カピューレット! モンタギュー!……い、これみな汝等おぬしたち相憎惡にくみあひ懲罰こらしめてんわざ子供等こどもらあいしあはせ、もっ汝等おぬしら歡樂よろこびをばころさせられたわ。われ汝等おぬしら確執なかたがひ等閑なほざり視過みすごしたるつみによって、近親うから二人ふたりまでもうしなうた。御罰ごばつれたるものはない。
カピ長 おゝ、モンタギューどの、御手おんてをばあたへさせられい。これをこそ愛女むすめへの御結納ごゆひなうともおもひまする、ほかのぞみとてはござらぬわい。
モン長 いや、こなたよりはまだまゐらするものがおぢゃる。吾等われら純金じゅんきんにてひめざうまうし、この※(濁点付き片仮名ヱ、1-7-84)ローナがおな呼名よびならるゝかぎり、貞節ていせつなヂュリエットどのゝ黄金こがねざうをば上無うへな記念かたみあがめさせん。
カピ長 むすめならべてロミオどのゝ黄金こがねざうをもまうそう、たがひの不和ふわ憫然ふびん犧牲いけにえ
領主  物悲ものがなしげなるしづけさをばこの朝景色あさげしきもたらする。かなしみてか、おもてせぬわ。いざ、とも彼方かなたて、きぬ愁歎なげきかたはん。ゆるすべきものもあれば、ばっすべきものもある。あはれなる物語ものがたりおほけれども、このロミオとヂュリエットの戀物語こひものがたりまさるはないわい。
皆々みな/\しずかに入る。
[#改ページ]
ロミオとヂュリエット (完)

底本:「ロミオとヂュリエット 新修シェークスピヤ全集 第二十五卷」中央公論社
   1933(昭和8)年10月30日発行
※複数行にかかる波括弧には、けい線素片をあてました。
入力:osawa
校正:土屋隆
2010年7月23日作成
2010年11月9日修正
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