あらすじ
ある雨上がりの日、桜は花を散らし、椎の木は新芽を出そうとしています。竹は黄葉し、芭蕉の葉は風になびき、梅は毛虫に悩まされています。八つ手は産毛に覆われ、百日紅は枯れ枝のままです。霧島躑躅は、慌ただしい日々の中で薄紫の花を咲かせました。覇王樹は周囲の騒がしさに関心を示さず、石榴はまるで蚤がたかっているように見えます。苔と石はゆっくりと春の訪れを待ち、楓は若葉を輝かせます。障子に灯りがともり、静かな夜が訪れます。
 桜 さつぱりした雨上りです。もつとも花のがくは赤いなりについてゐますが。

 椎 わたしもそろそろ芽をほごしませう。このちよいと鼠がかつた芽をね。

 竹 わたしは未だに黄疸わうだんですよ。…………

 芭蕉 おつと、この緑のランプの火屋ほやを風に吹き折られる所だつた。

 梅 何だか寒気がすると思つたら、もう毛虫がたかつてゐるんだよ。

 八つ手 かゆいなあ、この茶色の産毛うぶげのあるうちは。

 百日紅さるすべり 何、まだ早うござんさあね。わたしなどは御覧の通り枯枝ばかりさ。

 霧島躑躅つつじ 常――常談云つちやいけない。わたしなどはあんまり忙しいもんだから、今年だけはつい何時にもない薄紫に咲いてしまつた。

 覇王樹サボテン どうでも勝手にするが好いや。おれの知つたことぢやなし。

 石榴ざくろ ちよいと枝一面に蚤のたかつたやうでせう。

 苔 起きないこと?
 石 うんもう少し。

 楓 「若楓茶色になるも一盛り」――ほんたうにひと盛りですね。もう今は世間並みに唯水々しい鶸色ひはいろです。おや、障子に灯がともりました。

底本:「芥川龍之介全集 第十一巻」岩波書店
   1996(平成8)年9月9日発行
入力:もりみつじゅんじ
校正:松永正敏
2002年5月17日作成
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