あらすじ
暗い家の中で、主人は火皿のそばにどっしり腰を据えています。息子たちは外から戻り、馬の世話をした後、土間で食事を済ませ、そのまま眠りに就きました。家主は、何かをこしらえている女の姿をじっと見つめます。彼女は、主人のために食事の支度をしているようです。突然、大きな音が響き渡り、家主は立ち上がってその場へ向かいます。しばらくして、家主は元の席に戻り、女は何も言わずに黙り込みます。家主の目は古びた金の銭のように光り、その場には張り詰めた緊張感が漂います。
 火皿ひざらは油煙をふりみだし、炉の向ふにはここの主人が、大黒柱を二きれみじかく切って投げたといふふうにどっしりがたりとひざをそろへて座ってゐる。
 その息子らがさっき音なく外のやみから帰ってきた。肩はばひろくけらを着て、汗ですっかり寒天みたいに黒びかりする四匹か五匹のおほきな馬をがらんとくらいうまやのなかへ引いて入れ、なにかいろいろまじなひみたいなことをしたのち土間でこっそり飯をたべ、そのまゝころころわらのなかだか草のなかだかうまやのちかくに寝てしまったのだ。
 もし私が何かちがったことでもったら、そのむすこらのどの一人でも、すぐに私をかた手でおもてのくらやみに、連れ出すことはわけなささうだ。それがだまってねむってゐる。たぶんねむってゐるらしい。
 火皿が黒い油煙を揚げるその下で、一人の女が何かしきりにこしらへてゐる。酒呑童子しゅてんどうじに連れて来られて洗濯などをさせられてゐるそんなかたちではたらいてゐる。どうも私の食事の支度をしてゐるらしい。それならさっきもことわったのだ。
 いきなりガタリと音がする。重い陶器の皿などがすべって床にあたったらしい。
 主人がだまって、立ってそっちへあるいて行った。
 三秒ばかりしんとする。
 主人はもとの席へ帰ってどしりと座る。
 どうも女はぶたれたらしい。
 音もさせずになぐったのだな。その証拠には土間がまるきり死人のやうにしづかだし、主人のめだまは古びた黄金きんの銭のやうだし、わたしはまったく身も世もない。

底本:「宮沢賢治全集8」ちくま文庫、筑摩書房
   1986(昭和61)年1月28日第1刷発行
   1998年(平成10)年4月1日第16刷
底本の親本:「新修宮沢賢治全集 第十四巻」筑摩書房
   1980(昭和55)年5月
入力:こここす
校正:noriko saito
2005年2月23日作成
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