あらすじ
内田百間氏は、夏目漱石先生の門下で、芥川龍之介氏が尊敬する先輩です。文章に優れ、生田流の琴も得意とされています。著書「冥途」は、他の作家とは異なる独自の魅力を持っています。しかし、出版後すぐに震災に見舞われたため、世間に広く知られることはありませんでした。芥川龍之介氏は、内田百間氏の才能を高く評価し、その作品を多くの人に知ってもらいたいと願っています。著書「冥途」一巻、他人の廡下に立たざる特色あり。然れども不幸にも出版後、直に震災に遭へるが為に普く世に行はれず。僕の遺憾とする所なり。内田氏の作品は「冥途」後も佳作必ずしも少からず。殊に「女性」に掲げられたる「旅順開城」等の数篇等は戞々たる独創造の作品なり。然れどもこの数篇を読めるものは(僕の知れる限りにては)室生犀星、萩原朔太郎、佐佐木茂索、岸田国士等の四氏あるのみ。これ亦僕の遺憾とする所なり。天下の書肆皆新作家の新作品を市に出さんとする時に当り、内田百間氏を顧みざるは何故ぞや。僕は佐藤春夫氏と共に、「冥途」を再び世に行はしめんとせしも、今に至つて微力その効を奏せず。内田百間氏の作品は多少俳味を交へたれども、その夢幻的なる特色は人後に落つるものにあらず。こは恐らくは前記の諸氏も僕と声を同じうすべし。内田百間氏は今早稲田ホテルに在り。誰か同氏を訪うて作品を乞ふものなき乎。僕は単に友情の為のみにあらず、真面目に内田百間氏の詩的天才を信ずるが為に特にこの悪文を草するものなり。
了
底本:「芥川龍之介全集 第十五巻」岩波書店
1997(平成9)年1月8日発行
初出:「文芸時報 第四二号」
1927(昭和2)年8月4日発行
※本文中「志田流」は「生田流」の誤り。「旅順開城」は「旅順入城式」の誤り。
入力:もりみつじゅんじ
校正:土屋隆
2008年11月30日作成
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