あらすじ
宮沢賢治の「文語詩稿 五十篇」は、独特の言葉選びと豊かな自然描写で、人間の心の奥底をえぐり出す、深い詩集です。それぞれの詩篇は、短いながらも、人生、自然、そして人間の存在について深く考えさせられるような、印象的な風景や場面が浮かび上がります。読者自身の内面と対話するような、静かで力強い詩の世界に浸ってみてください。
いたつきてゆめみなやみし、  (冬なりき)誰ともしらず、
そのかみの高麗の軍楽、    うち鼓して過ぎれるありき。

その線の工事了りて、     あるものはみちにさらばひ、
あるものは火をはなつてふ、  かくてまた冬はきたりぬ。



水と濃きなだれの風や、    むら鳥のあやなすすだき、
アスティルベきらめく露と、  ひるがへる温石の門。

海浸す日より棲みゐて、    たゝかひにやぶれし神の、
二かしら猛きすがたを、    青々と行衛しられず。



雪うづまきて日は温き、  萱のなかなる荼毘壇に、
県議院殿大居士の、    柩はしづとおろされぬ。

紫綾の大法衣、      逆光線に流れしめ、
六道いまは分るらん、   あるじの徳を讃へけり。



温く妊みて黒雲の、      野ばらの藪をわたるあり、
あるいはさらにまじらひを、  求むと土を這へるあり。

からす麦かもわが播けば、   ひばりはそらにくるほしく、
ひかりのそこにもそもそと、  上着は肩をやぶるらし。



さきは夜を截るほとゝぎす、  やがてはそらの菫いろ、
小鳥の群をさきだてて、    くわくこう樹々をどよもしぬ。

醒めたるまゝを封介の、    憤りほのかに立ちいでて、
けじろき水のちりあくた、   もだして馬の指竿とりぬ。



秋立つけふをくちなはの、  沼面はるかに泳ぎ居て、
水ぎぼうしはむらさきの、  花穂ひとしくつらねけり。

いくさの噂さしげければ、  蘆刈びともいまさらに、
暗き岩頸 風の雲、     天のけはひをうかゞひぬ。



打身の床をいできたり、   箱の火鉢にうちゐれば、
人なき店のひるすぎを、   雪げの川の音すなり。

粉のたばこをひねりつゝ、  見あぐるそらの雨もよひ、
蠣売町のかなたにて、    人らほのかに祝ふらし。



氷雨虹すれば、  時計盤たゞに明るく、
いたつきの今朝やまされる、  青き套門を入るなし。

二限わがなさん、  きみ 五時を補ひてんや、
火をあらぬひのきづくりは、  神祝かむほぎにどよもすべけれ。



(ばかばかしきよかの邑は、  よべ屯せしクゾなるを)
ましろき指はうちふるひ、   銀のモナドはひしめきぬ。

(いな見よ東かれらこそ、   古き火薬を燃し了へぬ)
うかべる雲をあざけりて、   ひとびと丘を奔せくだりけり。



盆地に白く霧よどみ、  めぐれる山のうら青を、
稲田の水は冽くして、  花はいまだにをさまらぬ。

窓五つなる学校まなびやに、   さびしく学童らをわがまてば、
藻を装へる馬ひきて、  ひとびと木炭を積み出づる。



たそがれ思量惑くして、  銀屏流沙とも見ゆるころ、
堂は別時の供養とて、  盤鉦木鼓しめやかなり。

頬青き僧ら清らなるテノールなし、  老いし請僧時々に、
バスなすことはさながらに、  風葱嶺に鳴るがごとし。

時しもあれや松の雪、  をちこちどどと落ちたれば、
室ぬちとみに明るくて、  品は四請を了へにけり。



毛布の赤にを縛び、     陀羅尼をまがふことばもて、
罵りかはし牧人ら、      貴きアラヴの種馬の、
息あつくしていばゆるを、   まもりかこみてもろともに、
雪の火山の裾野原、      赭き柏を過ぎくれば、
山はいくたび雲※(「さんずい+鶲のへん」、第4水準2-79-5)の、     藍のなめくぢ角のべて、
おとしけおとしいよいよに、  馬を血馬となしにけり。



そのときに酒代つくると、  つまはまた裾野に出でし。
そのときに重瞳のは、   はやくまた闇を奔りし。
柏原風とゞろきて、     さはしぎら遠くよばひき。
馬はみな泉を去りて、    山ちかくつどひてありき。



月の鉛の雲さびに、     みたりあやつり行き過ぎし、
魚や積みけんトラックを、  青かりしやとうたがへば、
松の梢のほのびかり、    霰にはかにそゝぎくる。



こらはみな手を引き交へて、  巨けく蒼きみなかみの、
つつどり声をあめふらす、   水なしの谷に出で行きぬ。

廐に遠く鐘鳴りて、      さびしく風のかげろへば、
小さきシャツはゆれつゝも、  こらのおらびはいまだ来ず。



翔けりゆく冬のフエノール、  ポプラとる黒雲のわん

留学の序を憤り、       中庭にテニス拍つ人。



こぞりてひとをおとしつゝ、   わかれうたげもすさまじき、
おのれこよひはれんぞと、  青き瓶袴も惜しげなく、
籾緑金に生えそめし、     代にひたりて田螺ひろへり。



月のほのほをかたむけて、   水杵はひとりありしかど、
搗けるはまことみも得ぬ、  渋きこならの実なりけり。

さらばとみちを横ぎりて、   束せし廐肥の幾十つら、
祈るがごとき月しろに、    朽ちしとぼそをうかゞひぬ。

まどろむ馬の胸にして、    おぼろに鈴は音をふるひ、
山の焼畑 石の畑、      人もはかなくうまいしき。

人なき山彙やまの二日路を、    夜さりはせ来し酉蔵は、
塩のうるひの茎噛みて、    ふたゝび遠く遁れけり。



萌黄いろなるその頸を、   直くのばして吊るされつ、
吹雪きたればさながらに、  家鴨は船のごとくなり。

絣合羽の巡礼に、      五厘報謝の夕まぐれ、
わかめと鱈に雪つみて、   鮫の黒身も凍りけり。



氷柱かゞやく窓のべに、  「獺」とよばるゝ主幹ゐて、
横めきびしくドアを見る。

赤き九谷に茶をのみて、  片頬ほゝゑむ獺主幹、
つらゝ雫をひらめかす。



狩衣黄なる別当は、       眉をけはしく茶をのみつ。

袴羽織のお百姓、        ふたり斉しく茶をのみつ。

窓をみつめて校長も、      たゞひたすらに茶をのみつ。

しやうふを塗れるガラス戸を、  学童らこもごもにのぞきたり。



五輪峠と名づけしは、   地輪水輪また火風、
(巌のむらと雪の松)   峠五つの故ならず。

ひかりうづまく黒の雲、  ほそぼそめぐる風のみち、
苔蒸す塔のかなたにて、  大野青々みぞれしぬ。



はんのきの高きうれより、    きらゝかに氷華をおとし、
汽車はいまやゝにたゆたひ、  北上のあしたをわたる。

見はるかす段丘の雪、     なめらかに川はうねりて、
天青石アヅライトまぎらふ水は、     百千の流氷ザエを載せたり。

あゝきみがまなざしの涯、   うら青く天盤は澄み、
もろともにあらんと云ひし、  そのまちのけぶりは遠き。

南はも大野のはてに、     ひとひらの吹雪わたりつ、
日は白くみなそこに燃え、   うららかに氷はすべる。



夜をま青き藺むしろに、   ひとびとの影さゆらげば、
遠き山ばた谷のはた、    たばこのうねの想ひあり。

夏のうたげにはべる身の、  声をちゞれの髪をはぢ、
南かたぶく天の川、     ひとりたよりとすかし見る。



あかつき眠るみどりごを、   ひそかに去りて小店さき、
しとみ上ぐれば川音や、    霧はさやかに流れたり。

よべの電燈あかりをそのまゝに、   ひさげのこりし桃のの、
アムスデンジュンいろ紅き、  ほのかに映えて熟るるらし。



きみにならびて野にたてば、  風きららかに吹ききたり、
柏ばやしをとゞろかし、    枯葉を雪にまろばしぬ。

げにもひかりの群青や、    山のけむりのこなたにも、
鳥はその巣やつくろはん、   ちぎれの艸をついばみぬ。



落雁と黒き反り橋、     かの児こそ希ひしものを。

あゝくらき黄泉路よみぢの巌に、  その小きもて得なんや。

木綿ゆふつけし白き骨箱、    哭きぶもけはひあらじを。

日のひかり煙を青み、    秋風に児らは呼び交ふ。



林の中の柴小屋に、 醸し成りたる濁り酒、 一筒汲みて帰り来し、
むかし誉れの神童は、 面青膨れて眼ひかり、 秋はかたむく山里を、
どてら着て立つ風の中。 西は縮れて雲傷み、 青き大野のあちこちに、
雨かとそゝぐ日のしめり、 こなたは古りし苗代の、 刈敷朽ちぬと水黝き、
なべて丘にも林にも、 たゞ鳴る松の声なれば、 あはれさびしと我家の、
門立ち入りて白壁も、 落ちし土蔵の奥二階、 梨の葉かざす窓べにて、
筒のなかばを傾けて、 その歯に風を吸ひつゝも、 しばしをしんとものおもひ、
夜に日をかけて工み来し、 いかさまさいをぞ手にとりにける。



水霜繁く霧たちて、  すすきはそほぢ幾そたび、
馬はこむらをふるはしぬ。

(荷繩を投げよはや荷繩)


雉子鳴くなりその雉子、  人なき家の暁を、
歩み漁りて叫ぶらし。



「あな雪か。」屠者のひとりは、  みなかみの闇をすかしぬ。

車押すみたりはうみて、      いらへなく橋板ふみぬ。

「雉なりき青く流れし。」     声またもわぶるがごとき。

落合に水の声して、        老いの屠者たゞ舌打ちぬ。



造園学のテキストに、   おのれが像を百あまり、
著者の原図と銘うちて、  かゝげしことも夢なれやと、
青き夕陽の寒天や、    U字の梨のかなたより、
革の手袋はづしつゝ、   しづにおくびし歩みくる。



ほのあかり秋のあぎとは、   ももどりのねぐらをめぐり、
つかさの手からくのがれし、    社司の子のありかを知らず。

社殿にはゆふべののりと、   ほのかなる泉の声や、
そのはははことなきさまに、  しらたまのもちひをなせる。



毘沙門の堂は古びて、    梨白く花咲きちれば、
胸疾みてつかさをやめし、  堂守の眼やさしき。

中ぞらにうかべる雲の、   蓋やまたまりのさまなる、
川水はすべりてくらく、   草火のみほのに燃えたれ。



ぬさをかざして山つ祇、   舞ふはぶらいの町の書記、
うなじはかなくへいとるは、  峡には一のうためなり。

をさけびたけり足ぶみて、  をどりめぐれるすがたゆゑ、
老いし博士はくし郡長こほりおさ、     やゝ凄涼のおもひなり。

月や出でにし雪青み、    をちこち犬の吠ゆるころ、
舞ひを納めてひれふしつ、  罪乞ふさまにみじろがず。

あなや否とよ立てきみと、  博士が云へばたちまちに、
けりはねあがり山つ祇、   をみなをとりて消えうせぬ。



川しろじろとまじはりて、   うたかたしげきこのほとり、
病きつかれわが行けば、    そらのひかりぞ身を責むる。

宿世のくるみはんの毬、    干割れて青き泥岩に、
はかなきかなやわが影の、   卑しき鬼をうつすなり。

蒼茫として夏の風、      草のみどりをひるがへし、
ちらばる蘆のひら吹きて、   あやしき文字を織りなしぬ。

生きんに生きず死になんに、  得こそ死なれぬわが影を、
うら濁る水はてしなく、    さゝやきしげく洗ふなり。



風にとぎるゝ雨脚や、     みだらにかける雲のにぶ。

まくろき枝もうねりつゝ、   さくらの花のすさまじき。

あたふた黄ばみ雨を縫ふ、   もずのかしらのまどけきを。

いよよにどよみなみだちて、  ひかり青らむ花のうれ



酒精のかをり硝銀の、       肌膚灼くにほひしかもあれ、
大展覧の花むらは、        夏夜あざらに息づきぬ。

そは牛飼ひの商ひの、       はた鉄うてるもろ人の、
さこそつちかひはぐくみし、    四百の花のラムプなり。

声さやかなるをとめらは、     おのおのよきに票を投げ、
高木検事もホップ噛む、      にがきわらひを頬になしき。

卓をめぐりて会長が、       メダルを懸くる午前二時、
カクタス、ショウをおしなべて、  花はうつゝもあらざりき。



秘事念仏の大師匠、    元真斎は妻子して、
北上岸にいそしみつ、   いまぞ昼餉をしたゝむる。

卓のさまして緑なる、   小松と紅き萱の芽と、
雪げの水にさからひて、  まこと睡たき南かぜ。

むしろ帆張りて酒船の、  ふとあらはるゝまみまぢか、
をのこは三たり舷に、   こちを見おろし見すくむる。

元真斎はやるせなみ、   眼をそらす川のはて、
塩の高菜をひた噛めば、  妻子もこれにならふなり。



楊葉の銀とみどりと、   はるけきは青らむけぶり。

よるべなき水素の川に、  ほとほとと麻苧うつ妻。



驟雨そゝげば新墾にひはりの、    まづ立ちこむるつちけむり。

湯気のぬるきに人たちて、  故なく憤る身は暗し。

すでに野ばらの根を浄み、  蟻はその巣をめぐるころ。

杉には水の幡かゝり、    しぶきほのかに拡ごりぬ。



血のいろにゆがめる月は、  今宵また桜をのぼり、
患者たち廊のはづれに、   凶事の兆を云へり。

木がくれのあやなき闇を、  声細くいゆきかへりて、
熱植ゑし黒き綿羊、     その姿いともあやしき。

月しろは鉛糖のごと、    柱列の廊をわたれば、
コカインの白きかをりを、  いそがしくよぎる医師あり。

しかもあれ春のをとめら、  なべて且つ耐へほゝゑみて、
水銀の目盛を数へ、     玲瓏の氷を割きぬ。



夕陽の青き棒のなかにて、  開化郷士と見ゆるもの、
葉巻のけむり蒼茫と、    森槐南を論じたり。

開化郷士と見ゆるもの、   いと清純とよみしける、
寒天光のうら青に、     おもてをかくしひとはねむれり。



朝日かゞやく水仙を、     になひてくるは詮之助、
あたまひかりて過ぎ行くは、  枝を杖つく村老ヤコブ。

影と並木のだんだらを、    犬レオナルド足織れば、
売り酒のみて熊之進、     赤眼に店をばあくるなり。



さき立つ名誉村長は、   寒煙毒をふくめるを、
豪気によりて受けつけず。

次なる沙弥は顱を円き、  猫毛の帽に護りつゝ、
その身は信にゆだねたり。

三なる技師は徳薄く、   すでに過冷のシロッコに、
なかば気管をやぶりたれ。

最後に女訓導は、     ショールを面に被ふれば、
アラーの守りあるごとし。



僧の妻面膨れたる、      飯盛りし仏器さゝげくる。

(雪やみて朝日は青く、    かうかうと僧は看経。)

寄進札そゞろに誦みて、    僧の妻庫裡にしりぞく。

(いまはとて異の銅鼓うち、  晨光はみどりとかはる。)



「玉蜀黍を播きやめ環にならべ、  開所の祭近ければ、
さんさ踊りをさらひせん。」    技手農婦らに令しけり。

野は野のかぎりめくるめく、    青きかすみのなかにして、
まひるをひとらうちをどる、    袖をかざしてうちをどる。

さあれひんがし一つらの、     うこんざくらをせなにして、
所長中佐は胸たかく、       野面はるかにのぞみゐる。

「いそぎひれふせ、ひざまづけ、  みじろがざれ。」と技手云へば、
種子やまくらんいこふらん、    ひとらかすみにうごくともなし。



うからもて台地の雪に、  部落シユクなせるその杜黝し。

曙人とほつおやりくる児らを、  穹窿ぞ光りて覆ふ。



残丘モナドノツクの雪の上に、        二すぢうかぶ雲ありて、
誰かは知らねサラアなる、    ひとのおもひをうつしたる。

信をだになほ装へる、      よりよき生へのこのねがひを、
なにとてきみはさとり得ぬと、  しばしうらみて消えにけり。



たけしき耕の具を帯びて、  羆熊の皮は着たれども、
夜に日をつげる一月の、   干泥のわざに身をわびて、
しばしましろの露置ける、  すぎなの畔にまどろめば、
はじめは額の雲ぬるみ、   鳴きかひめぐるむらひばり、
やがては古き巨人の、    石の匙もて出できたり、
ネプウメリてふ草の葉を、  薬に食めとをしへけり。



吹雪かゞやくなかにして、  まことに犬の吠え集りし。

燃ゆる吹雪のさなかとて、  あやしき※[#「目+蚌のつくり」、U+76FD、54-3]をなせるものかな。

底本:「新修宮沢賢治全集第六巻」筑摩書房
   1980(昭和55)年2月15日初版第1刷発行
※底本は、1作品が1ページにおさまるように行間を調整している。ただし、このファイルでは、作品の末尾にそのつど改ページの注記を書き込むことはせず、頁の変わり目ごとに3行をあけた。
※底本は、「作者専用の詩稿に書かれた詩篇を収録し」、多くの詩篇で、詩稿の形式に合わせて上下に二句を配置し、字間スペースなどを調整して下の句の頭が横にそろうように組んである。この形を取っている詩篇に関しては、本ファイルでも、句間を最低全角2字空けとし、下の句の頭を横にそろえた。
入力:junk
校正:林 幸雄
2002年5月8日作成
2011年11月21日修正
青空文庫作成ファイル:
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