「目鏡やさん、このお財布のなかのお金をすつかりあげますから、一番よく見える目鏡を下さい。」と申しました。目鏡やさんはお財布をしらべましたら、五厘銅貨が廿枚しかありませんので、がつかりしてしまひましたが、十銭でも、もうけなければ損だと思つて、
「おばあさん。これは丁度十銭です。」と言つておもちやの目鏡をあげました。おばあさんは大喜びでお家へそれを持つて帰りました。
夕方夕刊が来ましたので、おばあさんは目鏡をかけてみました。けれども、文字など何一つ見えません。あんまり目を皿のやうに、ひろげたのでおばあさんはつかれて、眠つてしまひました。そしてそれつきり目鏡のことなどは忘れてしまひました。
それから一月位たつと、又、おばあさんは、目がうすくなつた事に気がついて、ためておいたお金を持つて目鏡やさんに行きましたが、矢張り、五厘銅貨が廿枚しかないので、目鏡やさんは、前と同じおもちやの目鏡をおばあさんにあげました。おばあさんは、それをかけましたが、一向文字などは見えませんので、つい目鏡のことなどは忘れてしまひました。こんなことを毎月毎月くりかえしましたので、たう/\おばあさんのお家はおもちやの目鏡で一杯になつてしまひました。そしておばあさんは、夜も外で寝なければならない位になりました。おばあさんは悲しくて泣いてゐました。
おもちやの目鏡さんたちは、おばあさんの泣いてゐるのを見て、気の毒に思ひましたので身体を曲げたり、手をちゞめたりして、小さくならうとしましたが、この上、どうにもならないのでした。
おばあさんはこれを見て、おもちやの目鏡さんたちが、かわいさうで堪らなくなりました。そして、たう/\決心して、街のおもちややさんに五円五十銭で買ひ取つてもらふことにしました。
おばあさんは、この五円五十銭を持つて又目鏡やさんに行きました。目鏡やさんはお金を勘定して、今度は、ほんとによく見える目鏡をくれました。おばあさんは、もう此の上目鏡を買ふこともなくなつたので、広いお部屋で、呑気に、新聞がよめることになりました。
底本:「日本児童文学大系 第二六巻」ほるぷ出版
1978(昭和53)年11月30日初刷発行
底本の親本:「子供之友」婦人之友社
1928(昭和3)年10月
初出:「子供之友」婦人之友社
1928(昭和3)年10月
入力:菅野朋子
校正:noriko saito
2011年3月29日作成
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