「お父さん、時計を買つて下さい。」
お父さんは言ひました。「もつと大きくなつたらにしよう。」
あひるさんは、すぐおばあさんのところへ行きました。
「おばあさん、僕に時計を買つて下さい。」
おばあさんはあひるさんをよく見て言ひました。
「お前はまだ小さいから大きくなつたらにしませう。」
あひるさんは涙が出て来ました。じだんだをふまうと思ひましたが、すぐに、大きな虫目鏡をおばあさんにわたして言ひました。
「おばあさんは目が悪いから、これでよく見て下さい。僕はとても大きいんだから。」
おばあさんは虫目鏡をかけてあひるさんを見直しましたら、あひるさんはもうお父さんのやうに大きく見えました。おばあさんは成程と思つて財布からお金を出してあひるさんにやりました。
あひるさんはそれを持つて時計屋さんに行きました。ところが、あひるの時計屋さんの品物は、人間が使ひ古した時計ばかり売つてゐて、新しい時計などは一つだつてないのです。何故つて、あひるの職工さんたちに、時計のあのややこしいぜんまいや機械がこさへられると思ひますか?
あひるさんは何にも分らないので、よりによつてよく光つたのを買ひました。ニツケル製で、値段と言へば人間世界なら二円五十銭の品物で、振るとガタガタ音のする大変な代物です。ですけれども、あひるさんは大よろこびで、ポケツトから時々取り出して眺めて喜んでゐました。
すると或日、七面鳥さんから手紙が来ました。
「お天気がよいから旅行に行きませう。僕達は小さくても方々旅行して色々なことを勉強しなくつちやならない。あひる君、きつと来給へね。僕たち二年生は全部行くよ。あす朝、きつかり七時に鳥山駅を出発だ。」
あひるさんは鳥さんですから生れつき旅行が好きで、その夜は嬉しくて眠れません。
朝、三時頃から起きて時計とにらめつくらをしてゐました。七時前になりましたから飛ぶやうに駅へかけつけました。
ところが、お、お、汽車はとつくに出て行つて残つてゐるのは煙ばかり。あひるさんは自分の時計を出して駅のと較べて見ましたら三十分おくれてゐましたとさ。
「何といふ時計だ」とあひるさんは泣きましたが、もう、仕方がありませんでした。
底本:「日本児童文学大系 第二六巻」ほるぷ出版
1978(昭和53)年11月30日初刷発行
底本の親本:「子供之友」婦人之友社
1932(昭和7)年3月
初出:「子供之友」婦人之友社
1932(昭和7)年3月
入力:菅野朋子
校正:noriko saito
2011年5月3日作成
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