一

 昔、る大きな山のふもとに小さなお寺がありました。小さな和尚さんと、小さな小僧とたつた二人さみしくそこに暮してをりました。
 お寺のそばには小さな村がありました。小さな村の人たちは、小さなお寺と、小さな和尚さんと、小さな小僧とのことを、豆寺まめでら豆和尚まめをしやうさんと豆小僧まめこぞうとよんでゐました。
 小さなお寺ですから用事も沢山はありません。毎朝仏様におつとめがすむと、お天気さへよければ、豆小僧は上の山へ柴刈しばかりに行くのでした。
 ある日、豆小僧が柴を刈つて、束ねてゐますと、どこからかしら一人のばあさんが出て来て、馴々なれなれしく言葉をかけました。
「まあ、豆小僧さん、お前さん本当に感心な子だね。毎日々々柴刈りに来て、よくきないことねえ。わたしはこの山の番人だから本当は柴をことわりなしに刈りに来る人があれば、とがめなけれはならないのだけれど、お前さんの勉強なのに感心して、黙つてゐるのだよ。」
 豆小僧は変な婆さんだと思つて黙つてゐました。なにしろ、真白まつしろで、銀のやうに光る髪をもつて、するどい眼附めつきをしてゐる婆さんなので、豆小僧は気味が悪くなつて、仕方がなかつたのです。
 けれども、婆さんは案外深切さうで、にこ/\笑ひながら、
「お前さん余り働いたから、少し休んでおいでよ、わたしが刈つてあげるから。」と、言つて、豆小僧の手からかまを取つて、さつさと柴を刈つて束ねてくれました。
「さあ、これをもつておいで、なにをそんなに変な目つきをするのよ。決して重くはないよ。」
 婆さんは、豆小僧が二日もかゝつて刈り集めるだけの柴を背中にのせてくれました。けれども、不思議なことには、それほど重たくないのでした。
「だがね、豆小僧さん、」と、婆さんは別れるとき念を押して言ひました。「わたしがお前さんに柴を刈つてあげたことをだれにもしらしてはならないよ。しお前が余計なおしやべりをしたら、ひどい目にあふからそのつもりでゐなさい。」
 婆さんはきつと豆小僧をにらみましたから、豆小僧はえりもとから水をかけられたやうに、ぞつとして何にも言はないで、お寺へ帰りました。


    二

 こんなことが毎日のやうに続きました。けれども豆和尚さんは、ちつとも気がつかないでゐましたが、或日あるひふと納屋を見ると、しばで一ぱいになつてゐますから、大変驚いて豆小僧に、これは一たいどうしたわけだとききました。
「どうしたわけもありません、わたしが刈り取つて来た柴がこんなにたまつたのです。」
 豆小僧はとぼけた顔で答へました。しかし豆和尚さんはなか/\承知しません。しきりに問ひ詰めますから、豆小僧はとう/\真蒼まつさをになつて泣き出しました。
「言はれません、言つたら、おばあさんに殺されてしまひます。」
 豆小僧が、うつかりお婆さんと言ひましたので、豆和尚さんも顔色をかへましたが、それつきり何とも言ひません。
 けれども翌日あくるひになつて、豆小僧が、また山に柴刈りに行くとき、豆和尚さんの前に出ますと、豆和尚さんは、待てと言つて、四枚のお守札を出して渡しました。
「このお守札は、」と、豆和尚さんは言ひました。「大般若だいはんにやのお札といつて、なか/\有難いものだ。もし今日お前が山に行つて、何か恐ろしいめにあつたなら、その一枚をそこに投げて、逃げるのだよ。それから後に又そんなことがあつたら、そのたんびに一枚づゝ投げて、お寺へ逃げて帰んなさい。いゝか、よく気をつけて行きなさい。」
 豆小僧ははい/\と言つて、浮かない顔をして、山に柴刈りに行きました。


    三

 山へ行つてみますと、その日もばあさんは来てをりました。しかし豆小僧が妙にふさぎ込んで、すみから婆さんをぢろ/\とながめるやうですから、婆さんは気がついたらしく、れいの恐ろしい眼に角を立ててききました。
「豆小僧さん、お前はわたしのことを豆和尚さんに言ひはしなかつたらうね。」
 豆小僧は黙つて首を横に強く振りました。
「言はないことはあるまい。言つたら言つたと白状しなさい。うそをつくとなほひどいよ。」
 でも豆小僧はやはり首を横にふりました。自分でも、何にも言はないと、かたく信じてゐるのでしたから。
 婆さんはそれを見ると機嫌きげんをなほして、いつものとほりしばを刈つて、たばねてやつてから言ひました。
「お前さんの衣が大へん破れてゐるから、わしが縫つてあげよう。わしのうちぐそこだから、ちよつとおで……」
 豆小僧は、もちろんこはい婆さんのうちなどへ行く気はありませんから、断りましたけれど、婆さんはきき入れません。むりに手を取つて、引きずるやうにして、そのうちにつれこまれました。
「さア/\早く着物をお脱ぎ、縫つてあげるから。」
 婆さんが、さう言ひながら出した針を見ますと、馬の脚から血を取る三角針のやうな大きな針で、じつさい、それには血のかたまりが少しこびりついていました。
 ですから豆小僧はすつかりおつかなくなつて、おちやうづをしたくなつたと言つて、はゞかりへ行かうとしました。婆さんは、恐ろしい顔をして、
「そんなことを言つて、逃げるつもりだらう。よし/\逃げるなら逃げてみろ、かうしてやるから。」と一方の手を鎖でしばつて、便所へやりました。
 豆小僧は鎖をつけたまゝ便所へ入りました。けれども、これから先どうしたらいゝか分らず途方にくれてゐました。すると婆さんは外から待遠しがつて、きゝました。
「豆小僧まだか。」
「まだです。」
 豆小僧は鎖をはづさうとしてみますが、どうして/\、とても堅くて、びくともしません。困つてゐると、又、
「豆小僧まだか。」と、婆さんがききます。
「まだ/\。」と、返事したとき、ふと手にさはつたのは、豆和尚さんからもらつた大般若だいはんにやのお守札でした。これを投げるのは今だらうと思つて、一枚出して、そこへ投げますと、たちまち鎖はぼろ/\にきれて手は自由になり、それといつしよに前の壁に大きな穴があきましたので、豆小僧はそこから逃げだしました。
 婆さんは、豆小僧があまり出て来ないので幾度も――、まだか/\と呼びますと、そのたびに「まだまだ」と、返事をします。けれどもしまひには、とう/\待ちくたびれて、そつと便所の戸を開けて見ますと、小僧の姿は消えて、中には大般若のお守札が一枚落ちてゐました。それを見ると婆さんは、すぐ角の生えた悪魔の姿になつて、曲つた鼻で、犬のやうに足跡をぎ/\、飛ぶやうに豆小僧の逃げた方へ追うて行きました。
 豆小僧が小股こまたで走つたところが、さう/\早くは逃げられません。たちまち悪魔に追ひつかれて、もはや、二三歩で、そのえりがみをつかまれるといふ、あぶない場合にせまりました。で、豆小僧はも一つ大般若のお守札を出して、ほふり出すと、たちまちそこに高い/\、天までとどくやうな高いへいが出来ました。
 悪魔はきり/\歯がみをして、しばらくその塀を睨んでゐましたが、何やら呪文じゆもんをとなへると、すぐその指のさき章魚たこいぼのやうになつたので、それでべた/\と壁に吸ひついて、その塀をのりこえて、また豆小僧のあとを追ひました。


    四

 又、もう二足三足で、豆小僧は悪魔におさへられようとする、あぶない目にあひましたので、今度は三枚目の大般若だいはんにやのお守札をそこへ投げました。
 すると、豆小僧と悪魔との間に、さつと一つの大きな/\川が出来ました。
 悪魔はもう一歩と、足を出しかけたところへ、急に、大きな川が出来たものですから、はづみをくらつて、あぶなくその川のなかへおち込むところでした。
 川には水がまん/\とたたへて、その流れの早いことは、浮いてゐるちりあくたが矢を射るより早く流れ去るのを見ても分りました。おまけに、向ふ岸まで一たい何里あるか分らないほどの広さでした。
 さすがの悪魔もぼんやりとして、そこに立つたきり、あきれてみてゐましたが、たちまち何やら呪文じゆもんをとなへると、大きな魚の形になつて、ざあ/\なみを立てながら、その広い川をまたたくうちに泳ぎきつて、向うへ渡つてしまひました。
 もうお寺はすぐ前に見えてをります。豆小僧は、一生懸命、ちよこ/\と走りますが、何しろ、小股こまたで走るので、はかどりません。ぐづ/\してゐるうち、大川を渡つた悪魔がぐ追ひついて、もう二足三足で、えりがみをつかまうとするまでに近く、迫りました。
 豆小僧は今度こそと、四枚目の大般若のお守札をほうりますと、土の中からポツと火が出て、そこらぢう一面にほのおとなりました。
 悪魔は不意を打たれて、手やら足やら顔やら焼傷やけどをしました。けれども、そんなことには閉口しません。何やら口で呪文をとなへますと、さすがに燃えさかつた火も見る/\消えて、あとには、ただ炭と灰とだけが残りました。
「こんどは逃がさんぞ!」
 悪魔は大風の吹くやうなすごい音を出して豆小僧を追ひかけました。
「和尚さん助けて、あれ/\、悪魔が来ます、追つかけて来ます!」
 豆小僧は泣声を出して、必死に走りました。早くは行けませんが、それでもお寺の門にいま一足でとゞくところになりました。が、悪魔の手も、もう一尺のびれば、豆小僧の襟がみをとらへるところになりました。あゝ、あぶない、あぶない!
 そのとき和尚さんが門のうちから走り出して、何やらお経を読みながら悪魔の頭を数珠じゆずで打ちますと、悪魔の姿はけむのやうになつて、消えてしまひました。豆和尚さんはその後、決して豆小僧を山へ柴刈しばかりにはやらないやうになりました。

底本:「日本児童文学大系 第一一巻」ほるぷ出版
   1978(昭和53)年11月30日初刷発行
底本の親本:「日本童話選集 第一輯」童話作家協会編、丸善
   1926(大正15)年12月
初出:「赤い鳥」赤い鳥社
   1925(大正14)年1月
入力:tatsuki
校正:鈴木厚司
2005年8月21日作成
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