あらすじ
「無趣味」は、住居に対して特別な思い入れを持たない「私」が、移り住む場所を次々と変えながら、自身の無趣味を語り、周囲の反応に淡々と答える物語です。様々な場所に住みながらも、どこに住んでも同じように感じる「私」の言葉からは、独特のユーモラスな語り口と、世俗的な価値観に対する冷めた視線が感じられます。
 この、三鷹みたかの奥に移り住んだのは、昨年の九月一日である。その前は、甲府の町はずれに家を借りて住んでいたのである。その家のひとつきの家賃は、六円五十銭であった。又その前は、甲州御坂峠みさかとうげの頂上の、茶店の二階を借りて住んでいたのである。更にその前は、荻窪おぎくぼの最下等の下宿屋の一室を借りて住んでいたのである。更にその前は、千葉県、船橋の町はずれに、二十四円の家を借りて住んでいたのである。どこに住んでも同じことである。格別の感慨も無い。いまの三鷹の家にいても、訪客はさまざまの感想を述べてくれるのであるが、私は常にはなはだいい加減の合槌あいづちを打っているのである。どうでも、いい事ではないか。私は、衣食住に就いては、全く趣味が無い。大いに衣食住にって得意顔の人は、私には、どうしてだか、ひどく滑稽こっけいに見えて仕様が無いのである。

底本:「太宰治全集10」ちくま文庫、筑摩書房
   1989(平成元)年6月27日第1刷発行
   1998(平成10)年6月15日第4刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房
   1975(昭和50)年6月〜1976(昭和51)年6月
初出:「新潮」
   1940(昭和15)年3月1日
入力:増山一光
校正:土屋隆
2006年1月13日作成
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