昔ある処に力の強い、何でも上手の男が二人おりました。二人共知らぬ者がない位名高かったのですから、どちらがえらいかわかりませんでした。
 ある日二人は往来で出会うとお互いに自慢をはじめましたが、ただ口で言っただけではわからないので、とうとう決闘をする事になりました。
 二人はピストルを持って来て撃ち合いをはじめましたが、どこを打っても弾丸たまが途中でつかってどっちにも当りません。
 次にはつるぎを持って来て斬り合いましたが、打ち合うたんびに剣が折れて斬り合うことが出来ません。
 二人はとうとう取り組み合いをはじめましたが、どちらも力が同じように強いので、取り組んだまま動く事が出来ません。そのうちに日は暮れるしおなかはすくし、二人とも疲れてイヤになって来ましたが、負けるのが口惜くやしいからやめる訳にゆきません。とうとう二人共閉口して一時に、
「助けてくれイ」
 と叫びました。ちょうど空車をいて傍を通りかかった男は、ビックリして車をとめて、
「どうしたのですか」
 と尋ねました。
 二人がはじめからの事を話しますと、荷車曳きはため息をして、
「それは大変です。ではこうしたらどうです。私がお弁当を上げますからそれを二人で食べて、それから私についてお出でなさい。そうしたらうまく勝負をつけて上げます」
 二人は喜んでお弁当をたべて、荷車曳きについて行きました。
 荷車曳きは二人を連れて市場に行くと、いつもの倍もその上に荷物を積んで、二人に言いました。
「この車のあとを押して下さい。先に疲れた方が負けです。私が審判官になります」
 二人は一所懸命に押しました。それから何里も行くうちに二人はもう死にそうにつかれましたが、それでもやっとこさ向うへ着きました。
 荷車曳きはいつもの倍もある荷物を売って、お金を沢山に儲けました。
 荷車曳きは二人にお礼を言って、行こうとしました。二人は驚いてひきとめて、
「一体どちらが勝ったのだ」
 と尋ねました。
「どちらも負け勝ちなしです。負け勝ちがつけたいならば、明日も一ぺん今日の処へいらっしゃい。そうしても一ぺん車のあとを押して下さい」
「馬鹿にするな」
 と二人は怒りました。しかし荷車曳きは平気で笑いました。
「私は、あなたがたが往来に棄ててお出でになる無駄な力を拾っただけです。お二人の力をこんな方に使ったら、馬を一匹養うよりもずっと役に立ちます。勿体ない事です」
 二人は恥かしくなってコソコソ逃げて行きました。

底本:「夢野久作全集7」三一書房
   1970(昭和45)年1月31日第1版第1刷発行
   1992(平成4)年2月29日第1版第12刷発行
初出:「九州日報」
   1923(大正12)年11月27-28日
※底本の解題によれば、初出時の署名は「香倶土三鳥」です。
入力:川山隆
校正:土屋隆
2007年7月21日作成
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