あらすじ
箪笥の奥で、懐中時計は一人、チクタクと時を刻んでいます。そこに現れたのは、懐中時計の動きを面白く思った鼠でした。鼠は懐中時計に向かって、人の見ていないところで働くのは無駄だと嘲笑しますが、懐中時計は静かに反論します。二つの異なる生き物の、意外なやり取りが、不思議な空気を生み出す、奇妙で魅力的な物語です。
 懐中時計が箪笥の向う側へ落ちて一人でチクタクと動いておりました。
 鼠が見つけて笑いました。
「馬鹿だなあ。誰も見る者はないのに、何だって動いているんだえ」
「人の見ない時でも動いているから、いつ見られても役に立つのさ」
 と懐中時計は答えました。
「人の見ない時だけか、又は人が見ている時だけに働いているものはどちらも泥棒だよ」
 鼠は恥かしくなってコソコソと逃げて行きました。

底本:「夢野久作全集7」三一書房
   1970(昭和45)年1月31日第1版第1刷発行
   1992(平成4)年2月29日第1版第12刷発行
初出:「九州日報」
   1923(大正12)年11月4日
※底本の解題によれば、初出時の署名は「土原耕作」です。
入力:川山隆
校正:土屋隆
2007年7月21日作成
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