私はアスピリンを服用し、蒲団の中から首だけを出して毎日を過すのであるが、昼間はそんなに苦しいとも思はない。眠れなかつた翌日はうつらうつらと半睡状態で過し、どうにか眠れた翌日は窓の外を終日仰いで時を送つた。
まだ八月の下旬に入つたばかりであるが、それでも窓外はすつかり秋めき、夜になると部屋の中へスイッチョが忍び込んで啼いたりする。
≪日あしは日毎に短くなつて≫
≪ひるがへる紙の白さに秋がたはむれ≫
≪空は湖≫
≪きれぎれに流れる雲に乗つて≫
≪風は冷気をつつんでゐる≫
≪あのふるさとの潮鳴りが≫
≪湖に奔騰する雲の泡≫
秩序も連絡もなく、退屈になるとそんなことを口から出まかせに呟く。しかしさういふことを呟いてゐる自分を考へ出すと、私はいひやうもない侘しさに襲はれる。床に就てゐるため気が弱くなつたのであらうが、旅愁にも似たものを覚え、やがては、かうした小さな世界に隔離されたまま生涯を埋めて行く自分が思はれて、堪らなくなつて来るのだ。自分は何のために生れて来たのだらう、ただ病んで苦しんで腐つて行くために生れて来たのだらうか。幼稚な疑問と思はれるかも知れないが、かういふ疑問が執拗にからみついて来るのである。勿論このことに就いては既に考へ抜いて来たつもりでゐるし、また考へもしたのであるが、それでゐて、この疑問が襲つて来る度に以前の考へが変に白々しく感ぜられ、それでいいのか、それでいいのかと、自分の考へを嘲笑するやうに迫つて来るのである。≪ひるがへる紙の白さに秋がたはむれ≫
≪空は湖≫
≪きれぎれに流れる雲に乗つて≫
≪風は冷気をつつんでゐる≫
≪あのふるさとの潮鳴りが≫
≪湖に奔騰する雲の泡≫
(未完)