私は嘗つて巡歴中に制服を着た少年に出遭つたので、その制服は何の服であるかと尋ねた。私はその制服が外國製の布、即ち外國製の羅紗で作つてあるのを見た。少年たちは、これはスカウツの制服であると云つた。その答は私の好奇心を煽つた。私は彼等がスカウツとしてどんな働きをしたかを知りたいと思つた。彼等は、自分たちは、神と、國王と、國家のために働いてゐるのだと答へた。
「君たちの國王とは誰か。」と私が尋いた。
「キング・ジヨージです。」といふ答である。
「それでは、ジヤリアンワラ事件をどう思ふか。若し君たちが一九一九年四月十三日にあの場處にゐて、ダイヤー將軍から君たちの慴えてゐる同胞を射撃せよと命ぜられたら、君たちはどうしたか。」
「勿論、私はそんな命令には從はなかつたでせう。」
「しかし、ダイヤー將軍は國王の定めた制服を着てゐるではないか。」
「ええ、けれども、將軍は役所の人です、私は役所とは關係はありません。」
 私は役所と國王とは離すことが出來ないこと、國王は大英帝國を意味する非人格的な理想的存在であること、いかなる印度人も英國と神とに兼ね仕へることは出來ないことなどを彼に説いた。[#「説いた。」は底本では「説いた」]戒嚴令制度のテロリズムの責任を責ふべき國家、惡を悔い改めざる國家、嚴肅な義務を破つて祕密條約を結ぶやうな國家は、神を有せざる國家に過ぎない。かかる國家に忠誠を致すのは、神に對して不忠實である。
 その少年は當惑した。
 私は議論を續けた。我が國が國を富ますために無神的になり、他國の人民を利用し、酒精を輸入し、貿易を擴張せんがために戰爭をなし、その權力と特權を維持せんがために詐欺を行ふとしたならば、吾々はどうして斷えず神と國家に忠實になり得ようか。吾々は神のために國家を見棄ててはならないのか。故に、諸君は神に對してのみ忠誠を致し、その他の何ものに對しても同じ意味の誠を致すべきではないと私は説いた。
 この少年の多くの友達は、この會話に深い興味を有つた。彼等の隊長もやつて來た。私は彼にも私の論斷を繰返し、彼が導いてゐる少年たちの何事にも疑問を抱きたがる心を刺戟するやうに頼んだ。興味深き議論は盡きなかつたが、汽車は停車場を發車してしまつた。私は立派な少年たちのために氣の毒に感じた、そして「非協同」運動の深い意味を一層よく理解した。人々はただ一つの普遍的信條があるだけだ、即ち神への忠誠である。その信條は、それが矛盾しない時は、國王、國家、及び[#「及び」は底本では「及ひ」]人道への忠誠を含んでゐるのだ。けれども、それは往々にして他のすべてのものを除外する。私は我が國の青年が彼等の信條を調べて見て、若しそれが間違つてゐると信じたらそれを正しくすることを望むものである。若い人たちの精神が研究に耐へ得ないやうな形式に當てはめられることは、小さな問題ではない。

(一九二一年三月二十三日「ヤング・インデイア」紙所載。)

底本:「ガンヂーは叫ぶ」アルス
   1942(昭和17)年6月20日初版発行
初出:「ヤング・インデイア」
   1921(大正10)年3月23日
入力:田中敬三
校正:小林繁雄
2007年5月2日作成
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