是れは實驗の結果ではなくして、唯、學究的の觀察に過ぎぬのであります。

     一 苦に對する三種の態度

 苦を脱するために苦に對する我々の態度に大凡三種の別があるだらうと思はれます。第一は苦をあきらめるのである。第二は苦と健鬪するのである。第三は苦を樂觀するのである。
 途中で不意に風雨に遭ふ。傘はなし。雨宿りすべき家もない。立寄るべき樹陰もない。かういふ場合に、先づ、切りに愚痴をこぼして、恨んで甲斐もない天を恨むなどは到底苦を脱する所以ではないのであるが、其外に、一旦は、これは困つたことになつたと思ひながら、又忽ちに思かへして、まあまあ※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)り合せが惡るかつたのだから仕方がないといふ風にあきらめて、濡れながらぽつぽつ歩くといふのは第一に屬するものであります。併しながら、我々は又、時としては、殊更に困難と健鬪して見たいといふ樣な氣を起して、履物でも脱いで、尻でも高く端折つて、強て風雨を衝て駈出して大に痛快を覺ゆるといふ樣なこともある、是れは第二に屬するのであります。又、在り合せの蓮の葉でもちぎつて頭にかぶり、自ら畫中、詩中の人となつて、是れも風流だといふ風に、苦の根本たる風雨を美化し、樂觀するのは第三に屬するのでありませう。
 非常の貧苦に迫るとか、非常の不幸に遭遇するとか、非常の迫害に出遭ふとかいふ場合に當て、一旦は神の正義を疑ひ、佛の慈悲、聖母の愛を疑ひ、天道の是非を疑ふて、人を怨み天地を恨むといふ樣なことは、時に人情避くべからざることではありますが、併しながら、是れは到底苦を脱する所以ではない。夫れで、我々は是れを因縁事とあきらめる、是れは第一である。一つ大奮發をやつて、息の續く限り、此貧苦、此不幸、此迫害と健鬪して見んとする、是れは第二である。尤も此場合では、苦と健鬪して苦の原因を絶つた時にも勿論苦を脱することが出來るのでありますけれども、此第二の場合は决して之を指すのではなくして、其健鬪の瞬間に於ける脱苦の状態を指すのであります。又、疏食を食ひ、水を飮み、肱を曲げて枕にす、樂亦其中に在りといふ風に、貧苦を美化し、或は、若し我配處に赴かずんば何を以てか邊鄙の群類を化せんと言つて、迫害を樂觀し、或は其中に一種の意義を認むる樣なのは第三である。
 第一も第二も、畢竟、苦の避くべからざること、已むを得ざることを觀ずるといふ點に於ては同一であるけれども、前者は受動的であつて、後者は能動的である。前者は苦を因果と觀じ、後者は之を義務と觀ずる。尤も、此因果の觀念と義務の觀念とは、人により、場合により、明亮に意識上に現はれて居ることもあり、又は現はれて居らぬこともあるけれども。第一は、苦を因果と觀じ、自己は徹頭徹尾受動的の態度を取つて、全然苦に服從するのである。苦に服從するといへば、未だ苦を脱して居らぬ樣にも聞ゆるけれども、左樣ではない。苦なるものはもと精神の攪擾、不均衡に基くのであるから、此絶對的服從によつて我々の精神は平和と均衡とを囘復し、以て苦を脱することが出來るのであります。第二は、苦を義務と觀じ、自己は徹頭徹尾能動的の態度を取つて、思切つて此何れ果さゞるべからざる義務たる苦を果し、此苦と健鬪するのである。苦と健鬪するのであるから、未だ苦を脱し得ぬのである樣にも思はるゝが、决して左樣でない。凡ての活動には快樂を伴ふものであるから、此自己の能動的活動によつて起る快樂によつて苦に打勝ち、苦を征服することが出來、之に依て苦を脱することが出來るのである。第三に到ては、斯る受動若くは能動の道行きを經ずして、直接に苦若くは苦の對象其物を樂觀して苦を忘るゝのである。勿論此場合とても、其苦に逢着した刹那に於ては、苦であるには相違ない、けれども、上に述べた樣な手段によらずして其次の刹那には直ちに此苦若くは其對象を樂化してしまふのである。第一と第三とは、共に第二の樣に動的でなくして靜的であるといふ點に於ては同一であるけれども、前者は苦或は苦の對象其物には毫も美や、樂や、意義を認めぬのである。後者は、苦若くは苦の對象其物に、美や、樂や、意義を認むるのである。であるから、前者の樂は消極的であつて、後者の樂は積極的である。又、第二と第三とは、第一の樣に受動的でなく服從的でないといふ點に於ては一致して居るけれども、前者は排他的の態度を以て苦に對し、後者は包容的の態度を以て之に對するのである。前者は苦に對して戰鬪の姿勢を取り、後者は之に對して平和の姿勢を取る。而かも其平和は决して第一の樣に服從的の平和ではない。
 勿論、此三者は、唯、抽象の結果、類型的の形を示したものに過ぎませんから、個々の具象的の塲合に於ては此中間の形があつて、三者中の孰れに屬するか分らぬものが多く、又一人の人で、場合によつて、甲の類型に依ることもあれば、乙の類型に依ることもあるといふ樣なことは必ずあるに相違ありませんが、併しながら、個々の具象的の塲合に於て、何れの要素かゞ多量を占め居るとか、又は、人によつて重もに何れかの類型によるといふ樣なことは必ず言ひ得るに違ひないと思ひます。
 又、あきらむるにせよ、健鬪するにせよ、樂觀するにせよ、已にあきらめ、健鬪し、樂觀することゝなつた以上は夫れは最早苦ではないのであるから、其結果から言へば三者共に樂觀するといふことになるかも知れませんけれども、併しながら、其苦に逢着した刹那に於ける精神の状態と、其結果に到着するまでの道行きとは隨分ちがつて居ります。尚又一歩を進めて言へば、其所謂結果と稱するものにても、嚴密に言へば决して純粹に快樂の感情のみではなくして、苦と樂とが律動リズム的に交替起伏して居るのでありますから、此苦樂の律動の交替の間に於ても、尚ほ、前に擧げたる三個の類型中の孰れかゞ、全くか、若くは重もにか、働いて居るには相違ないのでありますから、結果其物も亦三樣の類型に區別さるゝのであります。

     二 惡に對する三種の態度

 大そうヘーゲル流になりますが、惡或は罪に對する我々の態度も亦、上に述べた處と同樣、三種の類型がある樣に思はれます。第一は、どうせ罪惡は不完全の人生に避くべからざるものであるから致方がない、不滿足ではあるが、先づ/\大目に看て置くより外はないといふのである。第二は、自分の主義と相容れぬものに對しては飽くまでも嚴肅の態度を取り、罪惡と健鬪するのである。第三は罪惡其物に一種の意義を認め、ユーモア的に罪惡を視るのである。
 第一と第二とは、共に、惡は厭くまでも惡として視るのであつて、毫も之に意義を認むるものではない。此點に於ては兩者共に一致するのであります。併しながら、前者は受動的で後者は能動的である。前者は罪惡を看過し、後者は之を打破せんとするのであります。第一と第三とは、共に、惡に對して寛容の態度を取つて居る點に於ては同一であるけれども、前者は冷淡に寛容の態度を取り、後者は好意的に寛容の態度を取るのである。前者は reluctantly に罪惡を許し、後者は willingly に罪惡を許す。前者は罪惡に何等の意義をも認めて居らぬけれども、後者は之に何等かの意義を認めて居る。又、第二と第三とは、罪惡に對して無頓着の態度を取らぬといふ點に於ては一致して居るけれども、前者は敵愾心を以て之に對し、後者は同情を以て之に對する。前者は戰士として罪惡に對し、後者は慈母として之に對する。
 偖て、苦及び惡(兩者を兼ねたる語を用うれば、禍惡、evil 或は ※(ダイエレシス付きU)bel)に對する態度に上に擧げた樣な三種の類型があることを許しまして、此處に、宗教上哲學上などの偉人の性格や思想に矢張り各此類型を代表するものがあると思ふのであります。

     三 三種の禍惡に該當する宇宙觀

 前に述べたる禍惡に對する三種の態度を我々は、便宜上、順次に知的、意的、情的と呼んでよかろうと思ひます。
 第一の禍惡觀は重もに學理的の徑路だけを履んで到達することが出來る。樂であれ、苦であれ、善であれ、惡であれ、一切の事象は避くべからざることであること、必然の理法によつて起るのであつて、悶へても、祈つても詮ないことであるといふことを悟れば足るのであります。此苦とか、樂とか、善とか、惡とかゞ、皆な何等かの意義を有して居るものであるといふ觀念と、從つて、我々は自ら進んで禍惡と戰ひ、苦を冒し(第二の禍惡觀)若くは、歡喜の情を以て禍惡其物を美觀樂觀せねばならぬ(第三の禍惡觀)といふ樣な觀念は無いのである。第一の禍惡觀は、宇宙秩序に目的といふものを認めずとも成立つものである、換言すれば純粹の非目的論的宇宙觀、機械論的宇宙觀の上に於ても成立つものである。乍併、第二、第三の禍惡觀は非目的論的宇宙觀の上には决して成立つものではない、宇宙秩序に、何かの目的、何かの意義を認めた上でなければ决して成立つものではない。宇宙秩序に目的、意義を認むるは知性の仕事でなくして情性(Gem※(ダイエレシス付きU小文字)t)の仕事である、頭腦ヘッドの仕事でなくして心胸ハートの仕事である、從つて學理上の要求でなくして倫理上若くば宗教上の要求である。
 古來、目的論を否定しながら、第二、第三の禍惡觀を立てた哲學者はあるが、是れは論理的には决して成立つものではない。哲學上の非目的論的宇宙觀と、倫理上、宗教上の目的論的禍惡觀との間には論理的の連鎖は到底ないのであります。
 今之を上古の哲學者中に求むれば、原子論者の始祖たるデーモクリトスは其適例でありませう。デーモクリトスは先づ機械論的非目的論的宇宙觀の主唱者の好代表者であると言つて宜しい。彼れは、當時の目的論者、否な目的論的世界觀の始祖と言はるべきアナキサゴラスが「ヌース」の原理を立て、宇宙秩序を以て『目的』『設計』に基いて成立つて居るとしたのに徹頭徹尾反對して、原子の瞽盲的、機械的の運動によつて一切を説明したるものである。是れが即ち彼れの宇宙觀であります。然るに其禍惡觀はどうであるかといふに、彼れは斯ういふことを言つて居る。天地を支配するものは、必然の法則、至上、非人格的、無偏頗の必然の法則である。等しく一切の事物を支配する此法則に我々は歡喜の情を以て服從せねばならぬと言つて居ります。
 乍併、一切の事象は必然の法則に據つて起るといふことゝ、歡喜の情を以て之に服從せねばならぬといふことゝの間には决して論理上の關係はない。必然の法則であるといふ前提のみにて、必ずしも、歡喜の情を以て之に服從せねばならぬといふ歸結は出て來ません。已むを得ぬことであるから之に服從するは已むを得ぬことであるとは言ふことが出來るけれども、歡喜の情を以て服從せねばならぬとは論理上よりは言へぬ。
 尤も、第一の禍惡觀にしても、其一旦禍惡に服從し、禍惡をあきらめたる結果として、精神の均衡平和を得、或は歡喜の情を起すことあるべきは前にも述べた通りでありますけれども、歡喜の情を以て禍惡に對すると、受動的に禍惡をあきらめたる結果として歡喜の情を起すとは大に趣きを異にして居ると言はねばなりません。
 スピノーザも亦徹頭徹尾目的論を否定した學者であつて、而かも一方に於ては第三の禍惡觀を取つた人であります。氏の本体は徹頭徹尾無規定のものであつて、毫も『善』といふ着色を帶びて居らぬものでありますが、而かも結末に行くといふと、所謂『神の知的愛』といふことを言つて居る。但し、氏は、其所謂『知的の愛』といふものは通常の愛とは異なるものであつて、唯、一切の事象は神の必然の變態として起るものであるといふことを明むるにあるといふことを、再三、再四、反復して言つては居りますけれども、單に知的の面よりして一切の事象の已むべからざることを知つたからといつて、歡喜の情を以て之に服從することが出來るや否やは疑問である。少くとも其間に論理上の關係のないことは前に述べた通りであります。已むを得ざることなれば必ず willingly に服從せねばならぬといふ理窟はない。等しく服從するとしても、willingly に服從することもあれば、reluctantly に服從することもある。スピノーザの本体の觀念と『神の知的愛』との間には矛盾はないとしたところが、乍併又論理上の必然の關係もないと言はねばなりません。勿論『愛』といふ語を、唯、云々の事を知り明めるといふ意に使つたとすれば、差支はないが、乍併、此の如き『愛』は所詮非心理的であることを免れません。若し之を以て『神の知的愛』と言ふことが出來るとすれば、今日の自然科學者は悉く此境界に到達して居ると言つても差支ないのであります。而して言論の上のみのスピノーザを見ずして其全人格を見る時は、氏が体達して居つた『知的愛』も亦决して此の如きものではありません。氏が其哲學上の汎神論の立脚地よりして、成立宗教の人格神の觀念を排斥し、成立宗教の所謂『神の愛』を否定し、祈祷を聽き因果律を左右するといふ樣な擬人神の觀念を打破したのは非常の効績と言はねばなりません。是れ即ち氏が知の方面の偉大なるを示すものであります。乍併、此汎神論と『神の知的愛』との間には論理的の必然の關係は無い。氏は純粹なる學理の一方よりして、其本体を何等の規定も着色もなきものとしながら、而かも一方に於ては情性の要求よりしては、不知不識の間に『』といふ着色を與へて居るものと言はねばなりません。少くとも、本体にといふ着色を與へなければ其本体論の後件として氏の禍惡觀は出て來ぬと言つて宜しいのであります。而かも、此論理的の關係の無い處に神の知的愛を唱ふるところが又氏の人格の偉大なる所以であります。若し是れが無つたならば、氏は單に一個の學者としてえらいのみであつて、完全な人としてえらいとは言はれません。此點は實に、氏が單に知性の人として卓越な學者であるのみならず、情性の人として卓越して居ることを示すものであらうと思ふのであります。
 以上は、單に宇宙觀の性質上より言へば論理上决して第一の禍惡觀以上に出ることの出來ぬものが、不知不識の裡に第三の禍惡觀を取れるものゝ例でありますが、又其宇宙觀の性質上より言つて第三の禍惡觀とよく契合して居るものもあります。是れは即ち、の要求に基ける實在の觀念と情性の要求に基ける『』の觀念とを一緒にしたものであつて、プラトーンの世界觀などは即ち其一例であります(但しプラトーン自身は現實界と實在界とを峻別した結果として第三の禍惡觀を取つては居らぬけれども)。一切の事象は『善』の觀念に規定されて居るといつて初めて歡喜の念を以て之に服從せねばならぬといふことが起るのである。此塲合に於ては、實在其物が、デーモクリトスの原子の樣に瞽盲的のものでなく、又スピノーザの本体の樣に無色無規定のものでなく、『善』といふ目的論的の着色を帶びて居るのであるから、我々と實在との間に人格的の關係(但し、前に述べた成立宗教の所謂人格的の關係とは異なる)が成立つて、一切の事象を歡喜の情を以て迎へねばならぬといふことが起るのであります。
 次に第二の禍惡觀と契合する世界觀の例を擧ぐれば、ハルトマン氏の世界觀は其適例であります。即ち、宇宙其物が贖罪の過程に於てあるのである。此過程が終局に歸せざる間は禍惡は决して根絶するものではない。夫れで我々は出來るだけ苦をし、禍惡と健鬪し、宇宙の贖罪に出來るだけの貢献をなさなければならん。是れが我々の本務である。苦は苦であるけれども解脱の道行きには避くべからざる嶮路であるから、勇を皷して之を越えねばならぬと言ふのであります。即ち第三とは異なつて、禍惡は飽くまでも禍惡と見て、決して禍惡其物を美觀樂觀するものではありません。禍惡としての禍惡を認め、而して此禍惡と戰ひ禍惡を冒すを以て本務と心得ねばならぬといふのであります。
 要するに、第一の禍惡觀は非目的論的によつても立つことが出來るけれども、第二、第三の禍惡觀は目的論的の宇宙觀の上でなければ立つことは出來ぬ。而して、等しく目的論的宇宙觀にしても、第二の禍惡觀は實在の觀念と『美』の觀念とを直接に一緒にせずして、實在を進化的發展的に見たる世界、從つて、一切の事象は其儘美ではないけれども美に對して何等かの旨趣を有して居るといふ世界觀とよく契合し、第三の禍惡觀は、直接に實在の觀念と『美』の觀念とを一緒にしたる世界觀、從つて一切の事象は其儘美であるとなすことの出來る世界觀とよく契合するのであります。
もう少し精しく書きたかつたのですけれども、家族に半病人がある上に下婢が病氣で自宅に皈るといふ始末で、炊事の手傳ひなどゝいふ小禍惡と健鬪最中で、さらでだにまはらぬ筆がまはりません。機會があつた節、同じ題目でもう少し精しく論ずることが出來るだろうと思つて居ります。
(明治三十五年十一〜十二月「精神界」第二卷一一〜一二號)

底本:「明治文學全集 80 明治哲學思想集」筑摩書房
   1974(昭和49)年6月15日初版第1刷発行
   1989(平成元)年2月20日初版第5刷発行
初出:「精神界 第二卷一一、一二號」
   1902(明治35)年11、12月
※「場合」と「塲合」の混用は、底本のままとしました。
入力:岩澤秀紀
校正:川山隆
2008年5月21日作成
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