あらすじ
夕暮れ時、松並木が琥珀色に染まる中で、大きなひのきが風になびいています。まっ黒な家の中で、若い女がひとり、ランプの明かりを頼りに食事をしています。澱粉の灰色の飯を黙々と食べる彼女の姿は、暗闇から引きずり出された梢の緑のように、恐ろしく青く、深く、そして不安定に見えます。
 そらのふちは沈んで行き、松の並木のはてばかり黝んだ琥珀をさびしくくゆらし、
 その町のはづれのたそがれに、大きなひのきが風に乱れてゆれてゐる。気圏の松藻だ、ひのきの髪毛。
 まっ黒な家の中には黄いろなラムプがぼんやり点いて顔のまっかな若い女がひとりでせわしく飯をかきこんでゐる。
 かきこんでゐる。その澱粉の灰色。
 ラムプのあかりに暗の中から引きずり出された梢の緑、
 実に恐ろしく青く見える。恐ろしく深く見える。恐ろしくゆらいで見える。

底本:「【新】校本宮澤賢治全集 第十二巻 童話5[#「5」はローマ数字、1-13-25]・劇・その他 本文篇」筑摩書房
   1995(平成7)年11月25日初版第1刷発行
※底本の本文は、草稿による。
入力:砂場清隆
校正:noriko saito
2008年8月25日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。