火皿は油煙をふりみだし、炉の向ふにはこの家の主人の膝が大黒柱を切って投げ出しどっしりがたりと座ってゐる。
 その息子らは外の闇から帰って来た。肩はばがひろくけらを着て馬を廐へ引いて入れ、土間でこっそり飯をたべそのまゝころころ寝てしまった。
 もし私が何かまちがったことを云ったらそのむすこらの一人でもすぐに私を外のくらやみに連れ出すだらう。
 火皿は黒い油煙を揚げその下で一人の女が何かしきりに仕度をしてゐる。どうも私の〔膳〕をつくってゐるらしい。それならさっきもことはったのだ。
 ガタリと音がして皿が一枚床板の上に落ちた。
 主人はだまって立ってそっちへ行った。
 三秒ばかりしんとした。
 主人は座へ帰ってどしりと座った。
 どうもあの女はなぐられたらしい。
音もさせずに撲ったのだな。その証拠には土間がいやに寂かだし主人のめだまは黄金のやうだしさ。

底本:「【新】校本宮澤賢治全集 第十二巻 童話5[#「5」はローマ数字、1-13-25]・劇・その他 本文篇」筑摩書房
   1995(平成7)年11月25日初版第1刷発行
※底本の本文は、草稿による。
※本文中〔〕で括られた部分は、底本の編者により校訂された箇所である。
 (例)私の〔膳〕を
※作品名のうち、「〔「家長制度」先駆形〕」は底本の編者によるもの。
入力:砂場清隆
校正:noriko saito
2008年8月21日作成
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