フランス中部の或る都市の
とあるお家の鳥籠に、
たつた一と言口眞似の
出來る鸚鵡が飼はれてた。
出來るといふのは他でもない、
誰れかゞ籠に近寄ると、
すましかへつて大風に、
叱つていふのは次ぎのこと――

誰れだ…?

*
ところで或る日籠の扉を
うつかり女中が開けたとき
得たりと鸚鵡は逃げ出して
早速庭の木にとまる。
呼んでも籠へは歸らない、
傍まで行くと例の聲

誰れだ?…

*
それから森へ飛んでゆき、
櫻實なぞ啄ついた。
森は胡桃が花盛り、
莓は藪に熟れてゐる。
天氣はよいし、人はゐず、
鸚鵡は愉快でたまらない。
*
さてこゝに一人の百姓さん、
鐵砲かりて獵に出て、
森を朝からさまよつて
見つけたものはこの鸚鵡。
『ホウ!』と思はず喜んで、
銃とりあげて忍び足、
獲物目がけて近よつて、
銃のねらひをつけかける。
すると鸚鵡は氣がついて
例の言葉を云ひ出した

誰れだ?…

*
呆つ氣にとられて百姓は、
聲する方を見まもつた。
この百姓はその日まで
鸚鵡といふもの知らなんだ
こんなに上手にものをいふ
鳥に出あつた試しなし

誰れだ?…

*
そこで段々怖くなり、
鐵砲は手からずりおとし、
帽子をとつて丁寧に
お辭儀したあと言ふことは、
『いや御免ください、わたくしは
貴方を鳥だと思ひました。』
そして鐵砲をひろひあげ
もと來た路へと逃げ出した。
鸚鵡はこれで大得意、
一日森をば飛びまはる。
(了)