あらすじ
民選議院は、容易に実現するものではありません。時節が到来しなければ、決して実現することはないでしょう。そして、時節が到来したとしても、決して喜ばしい時節とはならないはずです。

なぜなら、民選議院建設の時節は、国体が大きく変化し、君主の専権から、君主と民衆が権力を分担する体制に移行する時だからです。そのとき、民衆は権利を得ますが、それを受け入れるかどうかは、決して確実ではありません。朝廷も、権力の半分を譲り渡すことに対し、快く承諾するとは限りません。仮に承諾したとしても、その決定は、一時的に民心を慰めるための手段であり、将来再び奪還される可能性もあります。
このように、民選議院の実現には、多くの困難が予想されます。しかし、状況は常に変化していくものです。いずれ、民選議院が実現する時が来るかもしれません。その時こそ、国民は真に喜ぶべき時節と言えるでしょう。
 民選議院あに容易に起るべけんや。時節到来せざれば、けっして起らず。かつ時節到来すといえども、その時節は、けっして喜ぶべき時節にはあらざるべし。
 そもそも民選議院建設の時節は、国体の変じて君主専権より君民分権に遷(うつ)るの時なり。この時や、人民は権利を得ることなれば、あるいは不承知あるまじきか、それすらいまだ屹度(きっと)とは云(いい)がたし。朝廷においてはその権の半(なかば)を譲りたまうことなれば、快(こころ)よく許可したまうべきや否(いな)や、いまだ知るべからず。もし快よく許可したまわば、おおいに事の捗取(ちょくしゅ)となるべけれども、この事ほとんどあるべしとも思われず、一時人心を慰撫(いぶ)せんがために与えたまえるがごときは、他日また奪回したまうことあるべければ、とかくいまだ確定とは云がたし。いわんや快よく許可したまわざるときは、人民いかに冀(こいねが)うといえども、せんすべなからん。我国人民の淳良なるを見れば、外国人のごとく兵を起し朝廷に迫り、戦い勝て条約を立(たつ)るというほどにも至り難からん。ゆえに時節到来せざれば起らず。しかして方今は、いまだ到来の時節にあらざるなり。
 概してこれを論ずるに、聖賢位(くらい)に在(あ)る間は、民選議院起らず。敵国・外患の迫らざる間は、民選議院起らず。外国人の金を貸す間は民選議院起らず。楮幣(ちょへい)通用する間は、民選議院起らず。人民増税を甘承(かんしょう)する間は、民選議院起らず。しかりといえども、世界は活物なり。いつでも聖賢、位に在りと定むべからず。いつでも敵国・外患なしと定むべからず。いつでも外国人、金を貸(かす)と定むべからず。いつでも楮幣、通用すと定むべからず。いつでも人民、増税を甘承すと定むべからず。向来(きょうらい)時ありて人民増税を甘承せず、楮幣通用止まり、外国人金を貸さず、敵国・外患競い起り、聖賢たまたま位に在らざることあらん。万一かかることあらば、その時にはいかがわせん。民選議院起らずんば必ず国亡びん。国亡びずんば必ず民選議院起らん。これ我いわゆる時節到来の時なり。しかりといえども、これはなはだ企望すべきことにあらず。ゆえに云(いう)、時節到来すといえども、その時節は、けっして喜ぶべき時節にあらざるなり。
了

底本:「明六雑誌(中)〔全3冊〕」岩波文庫、岩波書店
   2008(平成20)年6月17日第1刷発行
底本の親本:「明六雜誌 第十九號」明六社
   1874(明治7)年11月4日
初出:「明六雜誌 第十九號」明六社
   1874(明治7)年11月4日
※表題は底本では、「○民選議院の時未(いま)だ到らざるの論」となっています。
※校注者による冒頭の解説は省略しました。
※校注者による脚注は省略しました。
入力:田中哲郎
校正:きゅうり
2020年9月28日作成
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