あらすじ
山岸外史氏の「人間キリスト記」は、読者を深く考えさせる力を持つ作品です。作者の表現は、時間を止め、瞬間を切り取り、その断面を鮮やかに描き出すような力強さがあります。それは、鏡が無限に映し出すように、深淵へと突き進むような感覚です。山岸氏の苦悩、そして作品が持つ深みは、読者一人ひとりの解釈によって形作られるでしょう。ぜひ、この作品を読み、あなた自身の感想を聞かせてください。世間の人の、あまり讀んでゐない本で、さうして、その著者の潔癖から、出版しても知らぬふりしてちつとも自己宣傳せず、また、木屋でもあまり廣告してゐない、ぢみな本を、何かの機會に、ふと讀んで、さうしてそれが、よかつたら、讀者として、これは最高のよろこびであらう。山岸外史氏の、すぐれた著書も、やや、それに似てゐるが、これは、後日、きつと讀者に、ひろく頑強に支持されるにちがひない要素を持つてゐて、決して埋もれる本ではない。けれども、ここに一つ、ささやかな、ともすると埋もれるのではないかとさへ思はせる、あまりにも謙讓の良書が在る。山崎剛平氏の隨筆集、「水郷記」である。これは、まさしく逸品である。私はこれを讀了するまでに、なんど腹を抱へて笑ひころげたかわからない。滑稽感ではない。たのしいのだ。私は、五郎劇を見て、いちどだつて笑つたことがない。見てゐるうちに、まじめになつて來るばかりである。憤怒に似たものをさへ、覺える。けれども、羽左衞門の氣取つた見得に、ときどき、しん底から哄笑することがある。俗惡のポンチ畫には、笑ひたくても笑へないが、小川芋錢の山水に噴き出すことがあるのと、同斷である。あれを、讀んで見給へ。まづ、「登別」それから、必ず「山陰風景」を讀み給へ。
了
底本:「太宰治全集11」筑摩書房
1999(平成11)年3月25日初版第1刷発行
初出:「文筆 初夏随筆号」
1939(昭和14)年7月10日発行
入力:小林繁雄
校正:阿部哲也
2011年10月12日作成
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