何を書けばいいのか。十數年前、私が東京へ出て來て、すぐに井伏さんのお宅へ行つた。その時、井伏さんは痩せて、こはい顏をしてゐた。眼が、たいへん大きかつた。だんだん太つた。けれども、あの、こはさは、底にある。
こんな事を書いてゐながら、私は、私の記述の下手さ加減、でたらめに、われながら、うんざりする。たかだか、三枚か四枚で、井伏さんの素描など、不器用な私には出來るわけがないのだ。
「このごろ僕は、人をあんまり追ひつめないやうにしてゐるのだ。逃げ口を一つ、作つてやるやうにしなければ、――」れいの、眼をパチパチさせながら、おつしやつた事がある。このごろ、井伏さんは、ひとの痛がる箇所にあまりさはらないやうにしてゐるやうだ。わかり過ぎて來たから、かへつて、さはらないやうにしてゐるのかも知れない。そんな井伏さんを見て、井伏さんを甘いなと、なめたら、悔いる事があるかも知れない。
まづ今囘は、これだけにして、おゆるしあれ。どうも書きにくい。これは、下手な文章であつた。いづれ、また。
底本:「太宰治全集11」筑摩書房
1999(平成11)年3月25日初版第1刷発行
初出:「新日本文學全集第十四巻・坪井譲治集 月報第十六号」
1942(昭和17)年7月13日発行
入力:小林繁雄
校正:阿部哲也
2011年10月12日作成
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