大井廣介といふのは、實にわがままな人である。これを書きながら、腹が立つて仕樣が無い。十九字二十四行、つまり、きつちり四百五十六字の文章を一つ書いてみろといふのである。思ひ上つた思ひつきだ。僕は大井廣介とは、遊んだ事もあまり無いし、今日まで二人の間には、何の恩怨も無かつた筈だが、どういふわけか、このやうな難題を吹きかける。實に、困るのだ。大井君、僕は野暮な男なんだよ。見損つてゐるらしい。きつちり四百五十六字の文章なんて、そんな氣のきいた事が出來る男ぢやないんだ。「とても書けない」と言つて、お斷りしたら、「それは困る。こつちの面目丸つぶしです」と言つて來た。「丸つぶれ」でなく、「丸つぶし」と言つてゐるのも妙である。これでは僕が、大井廣介の面目を踏みつぶした事になる。ものの考へかたが、既に常人とちがつてゐる。實に、不可解な人である。僕は、いつたい、なんの因果で、四百五十六字といふ文章を書かなければいけないのか。原稿用紙を三十枚も破つた。稿料六十圓を請求する。バカ。いま拂へなかつたら貸して置く。

底本:「太宰治全集11」筑摩書房
   1999(平成11)年3月25日初版第1刷発行
初出:「現代文學 第五巻第七号」
   1942(昭和17)年6月28日発行
入力:小林繁雄
校正:阿部哲也
2011年10月12日作成
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